ラケシスの病気とアリシアの患者と向き合う難しさ
薫の一言で場の空気が変わる。
特に驚いていたのはフィリスだった。
「冬吸風邪じゃないのですか!?」
フィリスは薫にそう言って動揺を隠せないでいた。
症状的には、完全に冬吸風邪だということは明らかと思っていたからだった。
薫は、赤みのある小さな水泡の胸の部分に光源を近づけ、最終確認をする。
そして、決定的なものを見つけて言葉を発する。
「魔法は掛けとるけど、この場所は危ないかもしれん。皆、一旦外へ出てくれ。これを渡しとくから、フィリスさんはコテージを外で組み立てて準備を。ウンディーネ、少しやけど動けるか?」
薫は、フィリスに小さい箱になっているコテージを渡し、ウンディーネに声をかける。
「は、はい! 大丈夫です」
「フィリスさんのサポートと水の羽衣を1着作っといてくれ。俺はラケシスさんを運ぶ」
そう言って、フィリスとウンディーネは急いで外へと出て行く。
少しして、準備ができたと言われて薫はラケシスを抱えて隠れ家を出るのであった。
外へ出ると、薫は白衣を脱いでその場に捨てる。
そして、ラケシスの服は全て脱がして、ウンディーネが作った水の羽衣をラケシスに着させる。
そして、そこからようやくコテージへと連れて行く。
フィリスは、なぜラケシスの服を全て捨てたのかわからなかった。
それと薫の白衣もそうだ。
病気もまだ説明されていないからどうしようもない。
ラケシスを布団に寝かせて、様子を見ている薫にフィリスは問いかける。
「か、カオルさん。ラケシス様の病気は何なのですか?」
「ああ、説明してへんかったな。この病気は感染症や。俺の知ってる病名は【ツツガムシ病】……。こっちの世界では【冬ツツガムシ病】やな」
そう言って、解析を掛けながら病名を口にする。
病名:冬ツツガムシ病
病原菌:冬ツツガムシリケッチア
感染源:冬ツツガムシ(ダニ)
症状:冬吸風邪と似た症状で知られ、誤診もされやすい。
主に症状として、発熱、倦怠感、食欲不振、強い頭痛に見舞われる。
この中で、主要3徴候と呼ばれるものが、発熱、発疹、刺し口がある。
大体、刺し口が見つかると冬ツツガムシ病とされる。
38~40度の高熱が続き、時間が経過すると体幹部を中心とした全身に2~5mmの大きさの紅斑の発疹が出現して5日ごろに消退する。
また、刺し口近くに局所的なリンパ節の腫れが見られ、押すと痛みを発する。
治療しない場合の致死率は50%とされる。
治療方法:抗生物質のテトノロンを投与しする。
※早期に十分な量、必要期間服用しないと悪化することがある。
これは、リケッチアの特性のためである。
現代だと、ツツガムシ病は年間で発症した人数は100人以下だと言われている。
主な感染源は、ツツガムシというダニの幼虫に吸着されて感染する。
人から人への感染はない。
昔からこの病気はあり、感染してなにもしない場合の致死率は30%とされる。
死亡する原因としては、インフルエンザと勘違いして発見が遅れて、症状が長引いてしまい髄膜脳炎や播種性血管内凝固症候群《はしゅせいけっかんないぎょうこしょうこうぐん》や多臓器不全で死亡する。
ほとんどの死亡例は播種性血管内凝固症候群での死亡が多い。
播種性血管内凝固症候群は、本来出血箇所に生じるべき凝固反応が先進の血管内で無秩序に起こる病気で、早期治療をしないと死に至ることがある病とされている。
薬は、テトラサイクリン系の抗菌薬かクロラムフェニコールも使用する。
注意しないといけないのが、リケッチアの生物学的特徴である細胞壁がペプチドグリカンを持たないため、ペプチドグリガンを阻害して菌を殺すペニシリンなどの抗菌薬は使えない。
(リケッチアの細胞壁は糖を含まないため、ペニシリンの特性の糖を破壊するという効果が効かないため意味がない)
予防方法も、感染地域に発生時期は入らないことや、長袖長ズボンに手袋をして露出を減らす等がある。
現代でも、予防ワクチンが存在しないためである。
「ふゆつつがむしびょう? き、聞いたこともない病気です」
「俺も実際に2、3人しか見たことない症例やからな。もしかしてと思ったんやけど、この赤みのある小さな水疱で絞り込めたのもある。あとは、刺し口で確定や。この病気は冬吸風邪とほとんど変わらん症状やから見逃しやすいってのもあるな」
それを聞いて、ゾッとする。
もしも、あのまま薫がこの水泡を見つけなければどうなっていたかと。
フィリスは、ウンディーネが止めてくれたことに感謝する。
服を脱がした行為は、これを確認することだったんだなと思い自身の浅はかな行動にいらだちを覚えるのである。
薫は、この病気の症状とこれからの治療方法をフィリスに言う。
そして、それを処置して良いかを聞くのである。
フィリスは、この病気が治ることに驚きの表情を浮かべ、治療を承諾する。
ラケシス本人は現在、症状がひどく頭がまわらないため、正常な判断ができていないからフィリスを代理としてこのような話をする。
「お、お願いします。ラケシス様をよろしくお願いします!」
そう言って、フィリスは頭を下げる。
そんな時だった。
ウンディーネが、「大丈夫ですよ」と言ったあとに、フィリスを本気で助けた薫の勇姿を話し始めた。
「もう、あの時のカオルさんは凄くかっこ良くて、治療のことならカオルさんに任せれば問題ありません!」
そう言って、ちょっと気分が良くなったのだろう。
笑顔でそう言うのである。
しかし、それがいけなかった。
心臓マッサージなどの知識の無い者にその話はアウトであった。
「な、な、なあああああ! わ、私の初めてを……。気絶している間に……」
そう言いながら、顔をりんごのように真っ赤に染めて今にも爆発しそうな感じになる。
それを見た薫は、ウンディーネをジト〜ッとした目で見る。
「……おい、ウンディーネさん? 引っ掻き回してどないすんねん」
「あ、あれ? お、おかしいですね……」
「おかしいとかそんなもんちゃうわ。そういった知識のない者からしたら、それはもう寝ている間に襲われたと思うやろうな……。どないすんねん、説明がめっちゃ面倒くさいんやけど」
そう言って、薫は溜め息を吐く。
1から説明しても納得できるか微妙で、そういった行為を正当化していると思われるのが関の山である。
現にその行為で回復するところを見ない限り、無理だろうなと思う。
その後は、完全に変な目で見られていたが、ウンディーネが本気で説明をしたため一応納得してくれた。
信じたかは不明である。
薫は、もうどうでもいいと言った感じで、ラケシスに抗生物質のテトノロンを投与していく。
ラケシスは、口から物を食べることの困難な高熱で呼吸も荒くなっていた。
薫は熱を測ると、ラケシスの体温は39.2度であった。
「やっぱり熱が高いな。汗もまた掻いとる。点滴も入れるか……。フィリスさん、とりあえずラケシスさんの体を拭いたってくれへんか?」
「わかりました。カオルさんに任せたらどのような如何わしいことを正当化するかわかりませんから!」
フィリスがそう言った瞬間だった。
薫の後ろに引っ付くようにしていたクレハが小さな声で言う。
「今の発言は、凄く……失礼」
「っ……」
その言葉に、フィリスは自分の立場を忘れていたことに気がつく。
助けてもらい、無償でここまで連れて来てくれたことなどを先程のウンディーネの発言で忘れていたのである。
そして、一時的な感情の発言であった。
「カオルさんは……あなたを必死に助けたのに……。よく……そのようなことが言えますね」
「……」
「カオルさんが助けなければ……。死んでたのに……」
「……」
「対価すらもらってないのに……」
「……」
クレハの言葉に何も言い返せず、大量の嫌な汗を掻いていた。
クレハは、そのまま薫の後ろに隠れてギュッと引っ付く。
今までのクレハとしては、思っていることを口にしていることから、少し良くなってきているのかなと思う。
まぁ、結果的にフィリスが青ざめて絶望的な表情を浮かべているのだが。
「も、申し訳ありませんでした。一時的な感情での発言です……。無礼をお許してください。ち、治療は止めないでください!」
そう言って、コテージの床に頭を擦りつけて謝る。
薫の治療を今やめられたら困るというのが伝わってくる。
一気に立場が逆転して、ウンディーネはオロオロとしている。
まさか、ほとんど喋らなかったクレハがあのようなことを言うと思いもしなかったと言った感じなのである。
「ええよ、気にせんでも。まぁ、初めてならすまんやった。死ぬか生きるかの時に、そんなん考えとったら人の命は助けれへんってのがこっちの考えやからな。一分一秒が本当に生死を分ける時なら尚更や」
「ごもっともな意見です……」
薫が治療をやめると言うのではないかと思ったのかわからないが、血の気が引いてかなり顔色が悪い。
クレハの追撃があと1つあれば、完全にノックアウトしていただろう。
しかし、今まで嫌味は言われてきたが、クレハからこのように言われるとは意外であった。
丸くなったのだろうかと薫は思う。
このまま、少しづつ出会った当時のクレハに戻っていくのかなと思ってクレハを見ると、相変わらずこちらをジッと見つめてくるだけなのである。
これは、まだまだ時間がかかるなと思い頭をポンポンとして「さっきは、ありがとな」と言うと、クレハは儚げだがスッと笑顔を作るのであった。
真夜中、風が吹き木々を揺らす音だけが辺りを支配する。
コテージ内は間接照明だけをつけている。
そんな薄暗い中で、布団からぴょこりと耳を出しウンディーネの布団から抜け出しトコトコと歩くピンクラビィ。
魘されるラケシスをひょこりと見つめる。
その横には、薫が壁に背をつけ船を漕いでるのである。
ピンクラビィは珍しいものを見たと言わんばかりにピンと耳を立て、ほんの数秒動かなくなる。
そして、その横で体を丸めて薫の膝に頭を置いて必死に寝ようと頑張っているクレハを発見する。
目をギュッと瞑っているからまだ起きているのだろう。
眠れないクレハはモゾモゾ動いて、あぐらをかいて眠っている薫の膝の上に乗って、両手を肩に乗せ揺さぶり起こそうとする。
疲れの溜まった薫は、なかなか起きることがない。
つい先程まで、ラケシスの看病と薬の投与してからの経過をずっと見ていたからである。
フィリスは、途中まで頑張っていたが先に疲れから睡魔に襲われノックダウンしていた。
クレハは揺するのを止め、不安な表情で薫の首に腕を絡めてスッと引っ付き、薫の胸に耳を当てて心音を聞き、ちょっと安心したのか目をそのまま瞑る。
「……寝れへんか?」
「……」
揺すって起きなかったため、ちょっと驚くクレハ。
目をぱちぱちしている。
そして、薫の言葉にコクンと頷く。
薫は、目頭を人差し指と親指でつまんで揉みほぐしながら1つ深い息を吐く。
「これやったら寝れそうか?」
「……ん。……ほし、い」
クレハは身を乗り出し、耳元で微かに聞こえる言葉でしゃべり、それを聞いた薫は若干苦笑いになる。
流石にちょっと困る体勢を言われたため、妥協してもらうために現在引っ付いている体勢から、両手でヒョイッと持ち上げ反転させる。
あぐらの中心の隙間にクレハをストンと下ろして、後ろから抱きしめる形にする。
流石に正面から抱きしめて欲しいは、色々とアウトな気がする。
クレハ的には、契約が発動した際に直ぐに捕獲出来るからという事らしいが、出ているところが出てる体を押し付けられ続けのは困る。
なので、後ろ向きに変更したのである。
しかし、クレハは強引に手を取って、お腹をホールドしてと言った感じでクイクイッと引っ張ってくる。
手をお腹の前に回すとどうしても柔らかい二つの果実が腕に当たり、力を込めるとぽよんと形を変えて腕に乗ってくる。
もう少し、恥じらいというものが戻って欲しいと思う。
しかし、そんなことを思っていても何も解決しない。
そして、今は突き放す事もできない。
いや、拒否権がないと言ったほうがいいだろう。
街1つ吹っ飛ばすSランクの身勝手な暴走など見たくはない。
止める人間がいなければ、火の海になるのは明確だと思う。
まだクレハの完全固有スキルを見ていないが、一瞬だが莫大な魔力を感じ取った事は覚えている。
あんな物が発動すれば、こちらも人数が多いだけに守りに回らなければならない。
問題の多いクレハに頭を抱える薫。
全ての元凶である帝国の奴らに、この受けた苦労を身をもって受けて貰おうと思うのである。
同じSランク同士であるからなんとかなるが、A、Bランクならば確実にストレス性の病気を発症するだろう。
「あ〜、どんな目に合わせたろかあいつら……。無性に腹立たしいわ」
「……?」
クレハは、なんのことを言ってるのだろうと言った感じでこちらを振り向く。
薫は笑顔で「なんでもないでぇ」と言う。
少し前までクレハが羽織っていた毛布を足で引き寄せ纏う。
「寒くないか?」
「……ん、大丈夫」
少し無言の時間が続いたあとに、クレハが口を開く。
「迷惑?」
「それ程でもないかな……。クレハさんは気にせんで安静にしとき」
「私に出来ること……ある?」
「無理してせんでもええよ。気持ちだけで十分や。あとは、早よ良くなってくれることが望ましいかなぁ」
そう言うと体をモジモジさせて、薫の方を向く。
「良くなるかな……」
「そのために俺も動いとるやろ? 安心してええよ。帝国くらい跡形もなく消滅させたるから」
軽々と笑顔でそのようなことを言って、クレハを安心させるが、薫の力を知る者ならば身震いがして本気でやめろと言いそうなのである。
有言実行出来るレベルの強さを持つ薫。
全力での攻撃はやったことがないが、多分人ではないレベルの破壊力を出せる自信がある。
魔力のコントロールを完璧にして、攻撃に全振りしたら流石にやばいということは妖精の国で経験済みである。
攻撃に関してはかなり絞った方だが、威圧に関しては異空間手術室の魔力量を全開でぶっ放していた。
そのせいで、魔物の群れが本気で未開の地から逃げるため、大移動を行うという前代未聞の事件を起こしてマリーに注意を受けている。
まだまだ魔力量を上げることができるが、地形どころではなさそうなので、消費出来る魔力量を設定されている範囲で最高の異空間手術室の魔力量を上限としている。
「もう少しやから、それまで大丈夫か?」
「ん……。カオルさん……」
「ん? どないしたんや」
「……ありがと」
そう言って、薫の頬にクレハの頬が重なる。
その後は、クレハは体を戻してお腹の位置にある薫の手をそっと握って、薫に体を預ける形にして目を瞑る。
一瞬の出来事に目が点になる薫。
あり得ないことが起きると、人というのは思考が停止するのは本当だったのかなと思う。
「ど、どうなっとんねん!?」
真夜中の出来事に夢でも見ているのかと錯覚する。
クレハがそのようなことをしてくるなどあり得ないというのが、薫の中に大前提であるが故にこのような言葉が出てくるのであった。
そんな2人をぴょこぴょこと耳を立て、ジッと見つめるピンクの悪魔がいることなど薫は知る由もないのであった。
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妖精の国へと消えたサラマンダーとフーリ。
ドリアードもそれを見送ったあとトコトコと歩いて境界に差し掛かった時、後ろから声が聞こえてくる。
「精霊ドリアード! ちょっと待ってください!」
「ん? なの?」
ドリアードが振り返ると3人の冒険者がいた。
真ん中にいる女性は栗色の髪の毛で肩まで伸ばしている。
前髪の3分の1をクローバーのピンで横に分けている。
軽装備で分厚いマントを羽織り、三又の槍を持っている。
月明かりでキラリと光るそれを見て強そうと思う。
そしてその横で、息を荒くしている金髪の男がいる。
天然パーマなのか、くるくると毛先が跳ねていてちょっと鬱陶しそうとドリアードは思う。
そして、無駄に八重歯がキラリと光る。
ジョブは魔導師系なのか、法衣を着ている。
最後の一人は、赤髪でショートヘアの女性。
活発な感じの表情が印象的でエルフ耳がピンとしていてちょっと触りたいと思う。
武器は弓のようだった。
「誰なの?」
「これは失礼しました。金髪ロリ巨乳なドリアードさ……グハァ」
「「あんたは黙ってなさい!!」」
女性陣2人に後頭部を強打され、金髪天パは地面を転がりピクリとも動かなくなる。
ドリアードは、大丈夫なのかな? といった感じで金髪天パを見る。
「わ、私たちは怪しいものじゃないの! コミュ二ティ【三又の牙】って言って冒険者なのよ」
「そうです! あんな変態みたいな奴がいますけど、ちゃんとしたBランクの冒険者なんです」
女性陣2人は、必死に金髪天パとは違うと誤解を解こうとする。
ドリアードは、ぽけ〜っとした表情で2人を見る。
「わ、私は、コミュニティのマスターのケイティです。こっちはベルで、あの天パなのはセントです」
そう言ってケイティは自己紹介をする。
ドリアードは、相変わらずぽ〜っとした眠そうな表情で2人を見つめる。
「ケイちゃんにベルちゃんに天パなの?」
首をかしげながら名前言うドリアードは、天使のように可愛かった。
月明かりに照らされ、幻想的に見える。
そのせいで、ケイティはついついドリアードを抱きしめてしまった。
「やだ、この子可愛すぎよ! 私の子供にしたいくらいに可愛すぎよ!」
そう言って、頭も撫で撫でするのである。
ドリアードは、悪くないといった感じで左右に揺れる。
ベルもその行動に心を奪われたのか、プニッとしたほっぺをぷにぷにと突くのである。
もち肌といったらよいだろう。
吸い付くような肌は、もはやずっと触っていたくなってしまうのである。
「精霊ドリアード様、宜しければ私達のコミュニティには入りませんか?」
「もうマスコットとして……いえ、神として崇めますから!」
そう言って、ドリアードを勧誘するのである。
「いや〜最高な刺激を有難う! そう……。こんなに神々しい金髪ロリ巨乳なドリアード様を毎日見られるだけで、眼福でございます。あわよくば、その豊満なバァストゥっで僕を神々の世界へといざ……ぐぼらぁあああ」
セントはぶん殴られて、空中で3回転半して木に突き刺さりグッタリする。
「何気色の悪いこと抜かしてんのよ天パ!」
「ドリアード様が汚れてしまいます。あなたは近寄らないで!」
ケイティとベルがセントを罵る。
ドリアードは、セントが殴られた瞬間最高の笑顔だったことを見て、男の人は殴られるのが好きなのかなと思う。
これは只のどMなだけである。
そこ気付くことなく目をパチパチさせるのである。
「駄目ですか?」
「うーん。カオルさんから頂いた力なの。カオルさんとも約束したの。妖精の国を守らないといけない使命があるの」
「「……ん?」」
ケイティとベルは、聞き覚えのある名前に若干違和感を覚える。
ここ数日トルキアでその名を聞かないことがないレベルの有名人。
Sランクのマリーに勝ち、嫁もSランク武器を操る化け物夫婦。
治療師ではなく医者という新たな職業として、病気に特化した者と治療師ギルドが騒いでいた。
どうにか治療師ギルドに取込みたいらしいが、知らぬ間に喧嘩を売ってしまっていて取り込めない状況にあるらしい。
だから、どこにも所属していない最強の治療師とも呼ばれている。
本人も、資格無いから闇医者などと闘技場で公言していたらしい。
「えっと……。そのカオルさんってもしかしてカオル・ヘルゲンさん?」
「そうなの。すごく強い人なの。強い冒険者達を1人で一瞬で薙ぎ倒したの。泉の近くの大きな穴もカオルさんなの」
「「……」」
絶句するケイティとベル。
話をかけてはいけない分類の関係者に勧誘をしてしまっている。
嫌な汗がダラダラと流れる。
気安く頭を撫でたり、抱きついてはならないと思いサッと離れる。
「何かあったら、カオルさんにも報告しないといけないの。妖精の国をとっても大事にしてくれてるの」
「「おうぅ……」」
ドリアードの言葉に、未だ発見されていない妖精の国は、薫の領地と化しているようだ。
手を出したら最後。
噂のSランクの無慈悲な暴力が、その者達に鉄槌として降りかかってくる。
それは死を意味する。
いや、もしくは噂のお仕置きという刑が執行されるかもしれない。
死よりも恐ろしいと言われるそれは、受けた者達は皆口を揃えて、怒らせてはならないお方と言って刑の内容を一切語ることはなかった。
語ればまたあのトラウマが蘇るのか、皆表情が青くなっていたと言う。
あくまで噂話であるが、事実も勿論入っているのだろう。
ケイティは、今ならまだ間に合うと思い、回れ右をしてセントを回収してベルと共にその場をあとにしようとする。
しかし、それは叶わなかった。
草木が、一瞬にして進む道の前を塞ぐ。
そして、先程まで可愛らしかったドリアードから殺意を感じる薄い緑色の魔力が流れだす。
「どこ行くの? ずっと隠れて付いて来てたのは知ってるの。森の中で息を殺してても私にはわかるの。わざとゆっくり歩いてたら、そっちから話しかけてきたからちょっとびっくりしたの。くだらない用件でちょっとどう対応して良いかわからなかったの」
ゆらりと眠そうだった目をしっかり開き、ケイティ達を見据える。
「本当の目的は、私達に危害を加えるつもりだったの? それとも私を取り込んで妖精の国へ侵攻でも考えてたの? もしそうなら……。排除するの」
「「「……!?」」」
3人は、今までに感じたことの無い重圧と大気の揺れにさらされる。
慌てて横に首を振る。
そのようなことなど考えてないという意思表示をするのだ。
ドリアードの体から垂れ流さた魔力に触れた植物達は急激に成長して釘のように鋭い物へと変換されていく。
それを見て、恐怖、絶望、完全なる強者が放つそれは、浅はかな考えなど簡単に打砕いてしまう。
セントもこの異常な威圧で正気に戻り、軽口など叩けない程のレベルの恐怖に支配される。
一瞬にして支配される空間。
こんなに可愛い子が放てる威圧では無いのは明らかである。
だがそれを可能とする存在が目の前にいる。
何も考えず、命を差し出しても構わないとすら思える。
その方が、今さらされている状況よりもマシだと思うからだ。
自害しろと言われれば喜んでそうしたくなるほどの絶対的な力の差に、もう3人は声すらまともに出なかった。
「私は妖精の国の守護者なの……。危害を加えるなら命を貰うの。今回はただの勧誘だったからいいの。でも二度目はないの……」
ケイティ達は、その言葉に何度も頷く。
そう言って、ドリアードはゆっくりと姿がゆがんで消える。
その瞬間、放っていた威圧も植物達も殺意が消える。
その場でへたり込む3人。
もしも、妖精の国を見つけるために動いていたら死んでいたかもしれないと思うと身震いがする。
のほほんとした口調と姿は、完全に相手を油断させるためだったと気づきゾッとする。
上位精霊がどれほどの能力を持っているかを再認識する。
人があれを仲間に引きこむことなど不可能に近い。
「死ぬかと思いました……」
「ただの勧誘のためだったからよかったけど……。もしも妖精の国へ行くのが目的で動いてたら……。死んでましたね」
「か、軽口も叩けないくらいの魔力量には感服するよ……。この未開の地の探索で妖精の国を探すというのはやめよう。命がいくらあっても足りない……。もう一人、ちっぱいなサラマンダーも居たけど……あれも多分同等のレベルだろうな……」
セントの言葉に、ケイティとベルは生唾を飲み青ざめる。
自分達より格上の者が2人。
そして上位精霊の能力はその属性に完全に特化した能力というのは確定している。
今回見たドリアードの能力は植物や木などを自在に操る能力だった。
この森の中では、独壇場と言ってもいい。
見渡す限りいたるところに植物などがある。
それと、レイアドラゴンすら簡単に殺すレベルの能力。
あれもどこまで本気でやっているかわからない。
まだ底が見えないレベルの魔力を持っているなら絶対に戦いたくない相手となる。
「私達はこのことを報告しないと……。死人が出ます」
「そうね。妖精の国を探す者も居るみたいですから、早めに対処しないと私達まで巻き込まれかねないです」
ケイティとベルはそう言って話をしてまとめる。
かなり言葉が震える形となっている。
まだ、あの恐怖が抜け切れていない。
いや、簡単に切り替えれるほどの出来事ではないからだった。
セントも強がっているが、足がぶるぶると震えているのだ。
「一旦、キャンプ地に戻りましょう」
「そうね」
「そうしよう。まずはここから脱出だ」
そう言って、足取りは重いが3人はそそくさと迷宮の方へと引き返すのであった。
その姿をドリアードは妖精の国側から体育座りで見つめる。
妖精の国を認識出来ないようにする障壁の内側から話し合っている3人をずっと観察しているのである。
「これで大丈夫なの。ちょっと脅しすぎたの」
そう言いながら、ちっちゃな木の妖精の兵たちを引き連れてトコトコと妖精の国に帰るのであった。
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スパニックのパナン夫人の屋敷の前でジッと待つアリシア。
20分くらい経っても門番が戻ってくる気配がない。
「ど、どうしましょうか……」
「きゅっ……」
スノーラビィに不安そうな表情で語りかける。
スノーラビィも耳をへにょんとさせてアリシアの肩に乗ったまま鳴くのである。
「やはり、無理なのでしょうか……。私の力不足なのでしょうか」
そう言った時だった。
屋敷の中が少し騒がしい。
耳をすませると少し声が聞こえた。
「あの治療師が来たですって? 早く帰ってもらいなさい! 何度言えばわかるの!」
「パナン様、少しだけでも聞いてもらえないでしょうか……」
「聞くも何ももう薬は貰ってるわ! 効かなければその薬は効果がないってことでしょ! いくらオルビス商会の治療師でもそこまで信用してないわ。どうせ、効かなかった時の言い訳でも考えてここまで来たのよ。私は娘を治すために必死なの! 今は娘に付いてあげなければいけないの! あなたはさっさと警備に戻りなさい! 長い年月務めていているからって、私に意見など出来る立場ではないでしょ!」
そのような声が聞こえてくる。
アリシアは、聞き捨てならないといった感じで胸が熱くなる。
言い訳をしに来た? 何を馬鹿なことを言っているのかと思うのである。
病気で苦しむ人を助けるため、ちゃんと検査をし、それに合う薬を処方したいだけなのに、そのようなことを言われないといけないのかと思うのである。
バンと扉が勢い良く開いたため、アリシアとスノーラビィはビクッと驚く。
姿を表したのはパナン夫人だった。
「帰ってもらえますか? 薬は貰ってますし、お金も払ったはずです。あなたはもう用済みなのよ。娘の病気に効かなかった時の言い訳でもしに来たの? ああ、オルビス商会の看板を背負ってるから当然よね。私の娘の病気が治らなければ責任をとってもらうわよ!」
「ぱ、パナン様! やめてください。この方はそのようなことで来られたのではないと思います」
門番は、なんとか落ち着かせようとするが、全く聞く耳を持たないでパナン夫人はそのように言い放つ。
娘のことになると全く周りが見えてないのか、もうわけのわからないことを言い始めていた。
アニスの言っていたことが良くわかった。
だが、アリシアはここで引き下がるわけにはいかない。
アイテムボックスから検査キットを取り出して言う。
「何と言われても構いません! ですから、ちゃんと検査をさせてください!」
「薬だけでいいのよ! あれは、冬吸風邪ってわかるでしょ! 私でもわかるわよ。あなたは本当に治療師なの? いちいち検査をしなくてもわかることでしょ!」
「それでも、調べないとわからないことだってあります! 勝手な決め付けは、あとあとで大変なことになります。早めの処置で治るものでも手遅れになることだってあるんです」
「まだ子供のくせに、わかったようなこと言ってるんじゃないわよ! 帰りなさい! ほら、あなた達何をしてるの……。帰ってもらって」
そう言って、パナン夫人は豪邸へと入っていく。
アリシアは止めようとしたが、門番に止められる。
「は、離してください! 何かあったあとでは手遅れに……」
「落ち着いてください! 今は何と言われても聞く耳を持ってくれません」
「ど、どうしたら……」
アリシアはしゅんとして八方塞がりと言った感じで俯く。
警備兵の男は、そんなアリシアを見て言う。
「私は、ずっとこの家に仕えてます。一番古い人間でもありますから、旦那様にこっそりその検査キットを渡すことが出来ます。パナン様に渡すことは多分出来ないと思うので……」
「ほ、本当ですか!」
「はい、えっと、使い方を教えていただけますか? 中年の私は、このような物の使い方がわかりませんので……」
そう言って困った感じで笑う。
アリシアは、パーッと明るい表情で検査キットの使い方を教える。
丁寧にわかりやすいようにである。
「わかりました。旦那様は明日の夜中に帰られますのでその時に渡しておきます」
「有難うございます。で、でも、良いのですか? このような勝手なことをしても……」
なぜこのようなことをしてくれるのだろうと、ちょっと不思議に思うアリシア。
そんなアリシアに、ニッコリと微笑み門番の男は言うのである。
「小さな治療師さん、あなたの必死さは周りの治療師とはちょっと違う気がしましたからね。それに、オルビス商会なら薬が効かない物を流通させたとなると、大損害と信用問題に関わるのに、あなたは商会よりも病人を優先させましたからね。まぁ、問題発言とも言えますが」
「……あっ!」
指摘され、今頃になってアリシアは嫌な汗をかく。
オルビス商会の看板を背負って治療院をしているのに、何と言われても構わないと言ってのけてしまっていた。
今までの信用をぶち壊しかねない発言に、急に怖くなりオロオロとし始めるのである。
「これはまた……。必死過ぎて言ったことを忘れてましたか」
「は、はい、とんでもないことを言ってました……」
アリシアの発言に門番は笑いながら「大丈夫ですよ」と言う。
「上手くこちらでしておきますので、結果を報告出来るのは明後日になると思いますがよろしいですか?」
「はい、出来れば早くの方がいいですが……。無理は言えませんから」
「わかりました。明後日でしたらいつでも構いません。私はその日は朝から居ますので」
「では、朝ここに聞きにきます。よ、よろしくお願いします」
アリシアは、そう言って頭をペコっと下げてからパナン夫人の豪邸をあとにするのであった。
今の自分には、これが限界だった。
結果は明後日の朝にわかる。
それまでは、何事も起こらなければいいのだがと思いながら、不安を胸に宿屋へと戻る。
「薫様だったら……。どう切り抜けるのでしょうか……」
そう言って、星空を見上げながらアリシアはつぶやくのであった。
読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。
はい、最近投稿遅いんだよなぁといった感じで言われたので、少し早めに投稿してみる。
SSは、投稿後1日で時系列の場所に差し込み移動する方法を取ります。
あと、SSは筆休めではなくもう書いてあるので投稿するだけとなってます。
SS新たに書いてる時間など無いですよ……。
はい、次回も頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。




