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アリシア治療院スタートとまさかの進展

 コテージに戻った薫とクレハは、フィリスにフルーツジュースをコップに注いで渡す。

 ウンディーネは、気持ちの良さそうな表情ですやすやと眠っていた。



「す、すごく寒気のする殺気を感じましたけど何かあったんですか?」



 ちょっと不安そうにフィリスは聞いてくるのだ。

 命を狙われていたから、そう言った感覚に敏感になっている。

 まさかコントロールしても気がつくとはなと思い、片手を前に出し拝むように「すまんすまん」と言うと、ギョッとした表情でこちらを見るのである。



「ちょっと面倒そうなんに絡まれたから撃退しただけや。威圧に当てられたんやったらすまんかった」

「ほ、本気の殺意を感じたので……。てっきり追手の者かと」

「うーん。そんなに強そうには思わへんかったな。ちょこまかとされて面倒いってのが妥当やろ」

「なっ!? 相手はミズチですよ!」



 あり得ないとでもいう感じに言葉を発する。

 まぁ、普通の者なら死ぬ気で逃げ出すレベルなのだろうが、スペック的に圧倒しているためそこまで脅威とも思わない。

 どちらかと言えば、守りながらではきついといった感じだ。



「今日はゆっくり休み。体は緊張して寝れへんかもしれへんけど、明日から移動やからな!

「え、えっと、その……私を……」

「ええよ」

「え!? まだ何も言ってませんよ!」



 薫の回答に驚き目をに開く。

 まだ何も言ってないのに、即決して良いのだろうかとも思うのだ。



「ご主人の下まで連れて行ってくれないか? て言いたかったんやろ?」

「は、はい。身勝手なお願いだというのは重々承知です。お、お金もないし、何でしたら私の体で払っても構いませんですから……」

「そういうのはいらへん。たく、なんでそうやって直ぐに身を売ろうとするんや? もっと大事にせなあかんで。それに患者のことを一番に考えるのなら、一緒に経過を診てかへんとあかんからな」

「……」



 薫の言葉に涙を流すフィリス。

 本当に何でもしようと思ってたのだろう。

 それほどまでに、主人であるラケシスとの約束を果たそうとするのかとも思う。

 自分以外の男なら、取り返しのつかないことになってた可能性があったかなと思う。



「それじゃあ、ちょっとでもええから休むんやで」

「は、はい」



 そう言って、布団に入り目を瞑るフィリス。

 薫も少し整理しながら、どう動くかを考えなる。

 すると、クレハが横から白衣をちょんちょんと引っ張ってくる。

 そう言えば、後ろにちょこんと座っていたことを思い出す。

 ずっとこの調子なだけに、慣れというものが発生してきていた。

 視線が最初は刺さるような感じがしていたが、今はなんとも思わなかった。




「クレハさんも寝なあかんよ。今一番厄介なもの抱えとるんやからな」

「……うん」



 そう言って、そっと布団に潜っていく。

 手はしっかり白衣を掴む。



「そうしとけば安心か?」

「……」



 こくんと頷き、目を瞑るクレハ。

 すると、直ぐに寝息を立てる。

 起きてるだけで相当な体力を持って行かれてるのか、よく眠るようになった。

 薬もちゃんと飲んでいるが、何とか早く治してあげたいと思うのだ。

 クレハの横髪が顔にかかっていたため、そっとのける。

 その時、寝言で「フーリ……。ごめんなさい……」と言うのである。

 眉をひそめ、魘され始めるとそっと手を取りしっかり握る。

 そうすると、幾分マシと言った感じになるのである。



「フーリも大丈夫やろか……」



 サラマンダーもプリシラも居る。

 何かあれば、プリシラが知らせる筈だが近くに居ないと全く把握出来ないため、心配になるのである。

 皆の親かとツッコミを入れたくなったが、段々そんな感じになってきているのが笑えないなと思う。

 そのまま胡座をかいて、寝るかなと思っていたらピンクラビィが布団に足を取られながらも頑張って進んでくる。



「きゅ!」

「はいはい、よう仕事したな」

「きゅっきゅきゅー♪」



 薫に撫でられて、上機嫌なピンクラビィは元いたウンディーネの布団ではなく、近いフィリスの布団へと向かう。

 フィリスの枕に乗って、頬の近くでちょこんと座り、まん丸しっぽをちょんと当てながら眠りにつこうとする。

 薫も、皆が眠りについたことを確認してから間接照明を消す。

 明日からペースを上げるかなと思うのであった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 朝日が昇る頃。

 スパニックの宿屋の一室では動き出すものがいた。



「診察道具よし、お薬よし、薫様のマニュアル本よし、これで万全です。忘れ物無しです」



 そう言って、指差し確認をしているのである。

 アイテムボックスに全てを入れる。



「あとは、身だしなみですね」



 そう言いながら、とてとてと歩き洗面所へと向かう。

 鏡を見て、おかしくないかを確認する。

 ぴょんと外にハネる寝ぐせを発見し、それを撲滅させるためにブラシを持つ。



「えい! あ、あれ? こ、こうですか? あれれ!?」



 撲滅出来ない。

 被害は拡大する。

 ラスボスと化すアリシアの寝ぐせ。

 冬になり、乾燥が原因でブラシを通したところから広がる。



「こんな時は、お水を使えばチョチョイのチョイです」



 手を少し濡らして、ピョコンとハネた寝ぐせと静電気を帯びた毛先に水分を含ませる。


 そして、ドライヤーでブーンとブラシを入れながら抑え込む。

 結果は、寝ぐせは撲滅出来たが、その周りの髪の毛の水分がなくなり静電気を帯びて広がる。

 鏡を見ながら目をパチクリさせる。

 いつもは薫が笑いながら優しく寝ぐせだけを直してくれる。

 だが、薫は今はいない。

 アリシアは、お風呂に入ってリセットと言う最終作戦を執行する。

 肌寒いので、一石二鳥と思ってお風呂にお湯を張っていくのである。

 ちょっと熱めに入れたお風呂に、ゆっくり浸かって心も体もリフレッシュといった感じにしようと思い、手で混ぜ混ぜしながら調節する。

 準備ができて、アリシアは下着とタオルをアイテムボックスから取り出し籠へ入れぱ状を脱いでお風呂場へと進む。

 桶で体にお湯をかけると肌寒いと思っていた肌はお湯の温かさに包まれる。

 白く透き通った肌に、まん丸な水滴ができてタイルへと流れ落ちる。

 そのままお風呂にゆっくり浸かると、表情が緩むのである。



「温かいです……。極楽です♪」



 そう言って、ホッと息が漏れる。



「薫様のお風呂好きが私にもわかるのですよ……。こんなに気持ちが良いと心が洗われるようです」



 アリシアはゆっくり肩まで浸かっていると、髪の毛がお風呂に浸かってゆらゆらとしていた。



「ちょっとずつですけど、長くなってきました。えへへ、ニーグリルからですから1cmくらいでしょうか……」



 そう言ったあと、ニーグリルでの思い出に浸っているとポンっと顔が赤くなる。

 恥ずかしくなり直ぐに頭を切り替える。



「あ、朝からなんてことを想像してるのですか、私は!」



 カオルニュウムが足りないせいと言い聞かせ、邪念を払いながら頭を洗って流したあとは直ぐに出る。

 タオルで体を拭いてサクッと着替える。

 洗面所へ行き、ブラシを通してからドライヤーでハネないように気をつけながら乾かす。

 上手くいってようやく洗面所をあとにする。

 洗面所から出ると、スノーラビィがアリシアを見つけて勢いよく飛びついてくる。

 きゅーきゅーっと鳴きながら、まるでどこ行ってたの! と言ってるかのようであった。

 いつもの定位置の肩に乗るスノーラビィは、とっても安心と言った感じでホッとしていた。

 そんなスノーラビィの喉元をクリクリと撫でると嬉しそうに鳴く。

 お返しに頬擦りをされ、アリシアも嬉しそうにするのである。



「では、朝ご飯に行きましょうか」

「きゅー」



 そう言って部屋を後にする。

 1階の食堂には、なんとカールとワトラが来ていた。

 先にカウンターに座って、こちらに気付いたワトラが手招きをする。



「おはようございます。早いですね」

「うん、この街を出る前に挨拶したかったから」



 そう言って笑う。

 カールは、カウンターに突っ伏し全く動かないのである。

 これは二日酔いかなと思い、アリシアは触れないでおこうと思う。



「お昼に出ると言ってましたけど……。もう出るんですか?」

「この駄犬……全く動こうとしないんだよ! このままだと、もう一泊することになりそうだから早めに叩き起こしたんだよ」

「……鬼め。いでぇ!」



 悪態をついたカールの頭にワトラのげんこつが降る。

 頭がガンガンしているカールは、悶絶気味に頭を抱えながらジタバタする。

 目尻に涙を溜め、悔しそうにワトラを見るのだ。



「何? 文句あるの?」

「ご、御座いません」



 完全なる上下関係が出来ている。

 ワトラに睨まれ、サッと目線をそらす。

 ちょっと面白いと思う。



「そ、そうです。スノーラビィちゃん、薫様に冬吸風邪の薬をワトラさんに分けても良いか聞いて下さい」

「きゅー!」



 耳をピンと立て、動きを止める。

 少しすると、耳で器用に丸を作る。



「よかったです」

「え!? いいの?」

「はい、薫様から大丈夫と出ましたので」



 ワトラは、目を輝かせながら診察方法と薬を貰うのである。



「まさかこんなところで薬を分けてもらえるとか。カオルさんだから効果は大丈夫だろうし、安心して処方出来るよ」



 そう言って、嬉しそうにする。

 本当は、一緒にここで治療をしたいなというオーラが滲み出ていることはわかる。

 現在、板挟みでそういうことが出来ないのである。

 カールもそれがわかり、ワトラの頭をポンポンと叩く。

 耳が忙しなく動いているのだ。



「今度は、僕が作った薬をカオルさんやアリシアさんに使ってもらえるように頑張るからね」

「はい、頑張って下さい。私も薫様も応援してますからね」

「ふふふ、大きく胸を張れるような凄いのを作るんだから」



 ワトラは、目標に向かって突き進むと言わんばかりに言う。

 そんなワトラにカールは釘をさすように言う。



「とりあえず、飯と睡眠と風呂は絶対に取れよ。何も言わなかったら、とことん夢中になる癖があるんだからよ……」

「う、うるさいなぁ……」

「う、うるさいとは生意気な! このチビ助が!」

「チ、チビ助って言うな! 僕だって好きでこんな身長じゃないんだぞ! 毎日欠かさずミルクを飲んでも伸びなかったんだぞ! 世界のちっちゃい子に謝れ!」



 顔を近づけお互いに睨み合う。

 いつ手を出してもおかしくない。

 そんな時だった。

 スノーラビィが言い争うワトラとカールを見兼ねたのか、「きゅー♪」っと鳴きながらワトラの背中に体当たりをする。



「え?」

「あ……」



 体当たりされたワトラはバランスを崩し、そのままカールに向かって進んでいく。

 そして、ワトラをカールがギュッと受け止めた。



「はわわわ」

「きゅ〜♪」



 アリシアは、ちょっと恥ずかしそうに2人を見る。

 スノーラビィはやったー! と言わんばかりに飛び跳ねるのである。



「だ、大丈夫か? ワトラ」

「う、うん……」



 そう言って、表情がりんごのように赤くなるのである。

 サッとカールから離れる。



「あ、ありがと」

「あ、ああ」



 ちょっとぎこちない感じになる2人。

 アリシアとスノーラビィはあとちょっとと思うがなかなか進展しない。

 もうひと押しが足りない。

 そんなことを思っていたら、周りの目線がこちらへときていた。

 その視線を感じ取ったのか、カールとワトラを恥ずかしそうに小さくなる。



「た、たくよぉ。気をつけろよ」

「わ、わかってるよ」



 そう言って、小さな声で言うのである。

 その後は喧嘩もなく食事を済ませた。

 ワトラは、真っ赤なままなのがちょっと面白い。

 言い争っていても、なんだかんだ想い合っているのだなと思う。



「あー、アリシアさんは今日から冬吸風邪の診察を始めるんだよね?」

「はい、お昼からですね。緊張します」

「だよねー。あー、僕も時間がもっとあればなぁ……。一緒にしたかったよ」

「いつか一緒にしましょうね」

「もちろんだよ」



 そう言って笑い合うのだ。

 そんな2人を微笑ましい感じで見守るカール。

 ふと、カウンターの上を見ると、白くてまんまるなスノーラビィを見つける。

 ジッとカールを見つめて、ウインクをぺちーんと決めてとことことアリシアの方へと歩いて行く。

 そういえば、ワトラがバランスを崩した原因はこのスノーラビィだということに今気が付き、イラッとする。

 今まで島でピンクラビィと戯れたが、色違いなためちょっとどう接していいかわからないでいた。

 まんまるなおしりをフリフリしながら、歩いて行くしっぽをちょんとつまんで、前に進まないようにしていると、ぴたりと止まったスノーラビィはくるりとカールの方を向く。

 まんまるしっぽをつまんでいる手を見たあとカールを見て、もう一度しっぽへと視線を戻したあとに、ほわんと青白い光を放つとカールの頭にたらいが落ちる。

 いい音とともに、見事なたんこぶが出来て島のピンクラビィと一緒と思うのだった。

 そんなカールを冷たい目で見るワトラ。

 その後は、たらいのことなどなかったかのようにアリシアに一つだけ忠告をする。



「アリシアちゃん、これは全ての人とかじゃないんだけど、貶めようとする奴らがいるから気をつけるんだぞ」

「はい、薫様からも言われてます」

「あ、それなら安心か……。あいつの場合だとそんないちゃもんつけたやつをぶっ飛ばしそうだもんな」

「か、薫様はそのようなことはしませんよ。ちょっとお仕置きするくらいです!」

「いや……。それが一番怖いっていう罠だよなそれ」



 嫌な汗を掻きながらアリシアに言う。

 アリシアは、薫が殴ったら多分街が跡形もなく吹っ飛ぶと思っているがために、お仕置きで終わらせるという意味で言ったがカールにはそれは伝わらないのであった。



「そんじゃあ、俺らはこれで」

「あ、もうそんな時間ですか」

「あ! ほんとだ! 予定より遅くなちゃった」



 そう言って、カールとワトラはラックスティーを飲み干してアリシア達と一緒に食堂を出る。



「じゃあ、ここでお別れだな」

「はい、またお会いしましょうね」

「アリシアさんもがんばってね」



 そう言って、手を振って別れるのだ。

 アリシアは、そのままスパニック支店へと向かう。

 スパニック支店の前まで来ると、ドキドキする気持ちを抑えながら首に下げているペンドラグルをギュッと持つ。



「よーし、がんばりますよー!」

「きゅー!」



 そう言って、お店に入る。

 中へ入ると、アリシアとスノーラビィはポケーッとしてしまう。

 カウンターの横のスペースに、でかでかとオルビス商会直営治療院【アリシア治療院】という看板がある。

 看板の横にマスコットとしてスノーラビィがチョコンと添えられている。



「こ、これは凄いのです……」

「きゅ、きゅ……」



 アリシアとスノーラビィは、看板を見上げてちょっと恥ずかしそうにする。

 そんな時だった。



「アリシア様、お待ちしておりました! どうです、このインパクト大な看板は! お客様の目を引きますし、もう冬吸風邪の薬の宣伝もしております」

「あ、有難うございます。で、ですが、派手ではないでしょうか?」

「きゅっきゅー」

「何を言ってるのですか! 最高にカッコイイではないですか!」



 なんとも言えないといった感じで看板を見つめるアニス。

 アリシアはちょっと苦笑いになる。

 でも、いろいろとしてもらっているため、無下には出来ない。

 大変な工事をされているのはたしかだった。

 違和感のない改造に、元々そこにこの医療院があったのではないかと思うのである。



「それと、頼まれていた物は全て中に揃ってます。無くなりかけたら言ってくださいね。ストックはたくさんありますから」



 そう言って、仕事は完璧ですと言わんばかりに胸を張る。

 頼もしい上この上ないといった感じなのだ。

 アリシアは、中へと足をすすめる。

 中は、ビスタ島の治療院と一緒の大きさで、1人ではかなり広いと思ってしまう。



「棚も全てオーダーメイドです。使いやすさを追求した最高のグレードですし、アリシア様の身長に合わせるように作らせております」

「ほ、本当ですね。手を伸ばすとほとんど違和感なくいけます」

「では、準備の方をお願いします。でき次第、患者さんが来たらお通ししますね」

「わ、わかりました」



 そう言って、アニスは外へと出て行く。

 アリシアは、アイテムボックスから診察道具、薬、マニュアル本を出す。

 マニュアル本は、自身の机に置いて薬は後ろの棚にしまう。

 診察道具をワゴンの上に乗せ、準備万端といった感じでアニスに言うと、「では、開店でーす」と声が聞こえた。

 その声が響いた瞬間、一人目の患者さんが入ってきた。

 親子連れであった。



「む、娘が冬吸風邪に罹ってしまったんです。どうか助けてください」

「ごほ、ごほ、お、お母さん苦しいよぉ」



 そう言って、必死にアリシアにすがってくる。



「では、まず初めに本当に冬吸風邪か調べますね」



 そう言って、検査キットを手に取ろうとした瞬間のことであった。



「そんなのいいのよ。娘が苦しんでるの! 早く薬だけくれればいいのよ!」

「え、えっと、でもちゃんと調べないと、もしも違う病気だと大変なことになりますから……」

「はい? 私でもこの病気くらいわかるわよ! 検査? そんなことしてる暇があったら、薬を飲ませるほうがいいに決まってるでしょ!」



 母親は、まくし立てるようにそう言ってくる。

 アリシアは困った表情になる。

 出だしから躓く訳にはいかないと思って、ちゃんと説明しようとするが視野が狭くなっているのか、母親は早く薬を出せと何度も催促するのである。

 強く言われてもアリシアは、ゆっくりと穏やかに話をしようとするがまったくもって聞いてくれない。

 母親は、薬の入った箱に目をつけ、それを棚からとり中身を勝手に出して持っていく。

 アリシアは、慌てて止めようとするが、それを振りきってお金をドンとテーブルに置いて、母親は娘を連れて帰ってしまった。

 あっという間の出来事に、どうすることも出来なかった。

 薫なら、このような事にはならなかったと思ってしまう。

 アリシアは、自身初の治療院は最悪のスタートを切ってしまうのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 アリシアと別れたカールとワトラは、スパニックの街を出てゆっくりと馬車を走らせる。

 小一時間くらい走ったところで、もうすぐ休憩地点というところであった。



「アリシアさん大丈夫かな?」

「俺は治療師じゃないからなぁ。どうなんだ? やっぱ難しいのか?」

「患者さんの対応の仕方かな……。僕が最初に躓いたのはそこだったよ。難しいというより数をこなさないとわからないと思う」

「さすが、治療師の先輩ワトラさんは違うなぁ」



 そう言って、カールはワトラを茶化して言う。

 だが、それにはまったく反応しないで、ちょっと俯いた形で言葉を発する。



「そ、その、さっきはごめん」

「お、おう、まぁ、いつものことじゃねーか。気にすんなって」



 そう言って、カールの横に座るワトラ。

 ぴこぴこと動く耳はちょっとせわしなくなっている。



「それになんだ。俺も言い過ぎたし……」

「うん……」



 馬の走る音が妙によく聞こえる。

 これは、会話が途切れてしまうからだろう。

 昨日からちょっとワトラの様子がおかしい。



「な、なあ、ワトラ」

「な、なに?」

「俺昨日なんかやったか?」

「………」

「いやいやいや、無言はやめてくれよ!」

「何もしてないよ」

「ほんとか? 体触ったりとかしてないか?」

「あ!」

「し、しちゃったのか!?」

「ぼ、僕の、む、胸を……」



 恥ずかしそうにそっぽを向いてしまうワトラに、そろそろマジで飲酒を禁止しないと行けないのではないかと思うカール。

 薫がビスタ島を出てから、ずっとお酒に関しては調整してくれているが、ここ3、4日は記憶が無いことがある。

 これは、ワトラの調節が狂ってしまったのかと思うが、もしかしたらワトラが寝たあとに勝手に1人で飲んでいるのかもしれない。

 まぁ、こればっかりはわからないのでどうしようもない。



「最近、酒の調整間違ってないか?」

「そ、そんなことないよ」

「なんで詰まるんだよおい!」

「つ、詰まってないし、僕がちゃんと調整してるんだからいいの! 気にするな!」

「ほんとかよ……。丁度酔いつぶれるラインをわざと調整して、ナニかさせようとかそんなことないよな?」

「……」

「……え?」



 カールは、この無言の意味することがなんとなくわかってしまいどう答えていいかわからない。

 まさか、適当に言ったことを否定してくれないとは思いもよらないのである。

 カールは、心の中で「ワトラは俺が好きなのか? LOVEなのか? ちょっと待て、まじかよ! 照れるじゃねーかって、そうじゃねー! どうすんだよ!? 最近、やけにスキンシップしても、そこまで嫌がらないからおかしいなとは思ったけど……まじかよ! 俺に春がくるのか? 来ちゃったのか! お、襲ってほしいとかそんな感じなのか? ど、どんだけ可愛いんだよこんちくしょう! 仕方ない! ここは男を見せる時だ!」などと思う。



「ワトラ……」

「え、え? な、なんだよ」

「そうと言ってくれればよかったのによぉ」

「へ?」



 そう言って、ワトラの肩に手を回し自身の方へと引き寄せる。

 どきどきしてか、ワトラの表情が見る見る赤くなっていく。

 プルプルと震えながら、俯いてしまう。

 カールは、愛くるしい奴めと思いながら続ける。

 ソッとワトラの頬に手を当てそのまま滑らせて顎へと持っていく。

 クイッと俯くワトラの顎を優しく持ち上げ、こちらへと向ける。

 潤んだ瞳で見つめられ、これは行くしか無いと思いカールは顔を近づけていく。

 触れるか触れないかの距離まで迫った時にカールは目を瞑る。

 次の瞬間、熱い感触が頬を強打する。



「順番がちがああああああう!」

「ぐへぼああああ」



 カールの頬に懇親のビンタが飛んできた。

 1回転半空中で回転して、斜め45度地面に突き刺さる。



「な、なんでチューが先なんだよ! 告白とかそういうのが先でその後だろ! この駄犬!」

「……だ、だったら、そう言ってくれ……よ。がく」



 そう言って、カールはのびてしまった。

 ワトラはしまったと思い、あわあわしてしまう。

 つい、隠していたことを口走ってしまったことと、ビンタしてしまったことへの後悔が押し寄せてくる。

 急いで馬車を止めてから、斜め45度に刺さったカールを引っこ抜く。

 顔は、泥で汚れて目を回しているのである。



「うぅ……。またやっちゃったよ。これで5度目だ……」



 そう、ここ最近カールの酔っ払わせて、好きだという言葉を聞きたかったため何度か挑戦してみたが、獲物を狩るようなオオカミさんのような目で襲いかかってきたためその都度撃退してしまっていた。



「べ、別にしたくないとかじゃないんだ……。でも、じゅ、順序って物があるから……。うぅ、恋愛なんて知らないからもうわかんないよ……。僕がおかしいのかな……」



 そう言って、カールの顔にできた傷を回復魔法で治す。

 ハンカチで泥を拭きとって、膝枕をする。



「暴力的でわがままな僕を好きだなんて言ってくれないよね……。性格も面倒くさいし。どうせ、僕なんか妹みたいとしか思ってるんだろ? でも、僕はカールが好きだよ……。1人で居たあの場所から手を引いて出してくれたから、出会い方は最悪だったけど……ね。ふふふ、卑怯だよね。気絶してる時にしか、本音が言えないなんて……卑怯だよね」

「……いや、そんなこと無いぞ」

「ひゃ!?」



 本気でびっくりして、変な声が出る。



「そういうのがワトラって知ってるしな。くそ……、気絶してるふりしてやり過ごそうと思ってたのに、そんなこと言われたらこっちもちゃんと答えねーといけないじゃねーかよ。俺もワトラが好きだ! その……じゃなかったら、胸揉んだりなんてしねーよ。あれは、まぁスキンシップみたいなもんだ。好きな子にイタズラしたくなるってやつだ。俺は不器用なんだよ。お前と一緒でな。どう接していいかもわかんねーし。だから、軽い感じになるんだよ……。ワトラ、お前を守ってやりてぇって思ってる。でも、俺そこまで強くねーんだわ。かっこわりーだろ?」



 そう言って、膝枕されながら言うのである。

 ワトラは、カールの言葉に涙が止まらなくなる。

 カールは、膝枕から起き上がりワトラと向き合う。



「弱くて頼りねーけど、これからもよろしく頼むわ」

「うん」



 涙を流しながら、笑顔を作るワトラ。



「ワトラ、俺はお前が好きだ」

「うん……」



 ゆっくりと頷く。



「その……キスしてもいいか?」

「……うん」



 カールは了承を貰い唇を重ねる。

 そして、ゆっくりと離れる。



「もう一回……」

「お、おう」

「んっ……んっ……」



 そして、唇が離れるとワトラは今までで一番いい笑顔で、



「カール……僕もだーいすき」



 そう言って、抱きつく。

 あまりのデレっぷりにカールはたじたじになるのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。


はい、感想ちょっと返すの遅くなります。

申し訳ない。

一応、見てはいますが返信する時間がなかなか取れませぬ。

次回も頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。

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