アリシアの不安とこの子誰?
ポツンと残されたアリシアは、頭に乗るスノーラビィにそっと手をやり優しく撫でる。
「1人の診療は……ちょっぴり心細いです」
「きゅ〜……」
アリシアの弱ったトーンに同調するかのように、スノーラビィも鳴く。
アリシアが心配といった感じで、スッと頭から肩にまで降りてきて、アリシアの頬を優しく頬擦りをしながら様子を見る。
「よ、弱音を言ってはいけませんよね」
「きゅ〜!」
「薫様の名を大陸中に広める第一歩ですから、私のせいで躓いてしまったら……。だ、大問題です……」
そう言った瞬間、今回アリシアに任されたことがどれほど重要なのかが良くわかる。
しょぼ〜んとした表情になりながら、アリシアは頭を抱える。
今まで薫が側に居て、間違ったときなど必ず優しくわかるまで教えてくれていた。
今回はそれがない。
もしも間違った診察をしたら、どうしようという不安が心を萎縮させる。
「薫様は、凄いです……。このような不安を感じさせないで、診察をしてるなんて……」
1人になって初めて気づくアリシア。
薫はそれでいて、患者の病状などを聞きながら不安を取り除き、安心させる話術も兼ね備える。
口下手なアリシアは、任せてくださいと言った手前、薫に聞くことを躊躇してしまうのであった。
しかし、以前言われたことを思い出し、アリシアは本当に困ったときは聞こうと決めて、薄いピンク色の白衣を纏い、薬や薫が作成したマニュアル本をアイテムボックスにしまって、宿屋を後にする。
向かうは、スパニック支店のオルビス商会だ。
アリシアは、恐る恐るスパニック支店に入る。
すると、満面の笑みで鼻息を荒くしながら、アリシアを出迎えるボブカットの女性が現れる。
黒のピシッとしたスーツを着こなし、見るからに出来る女のオーラを放つアニスである。
「アリシア様! お待ちしておりましたよ♪」
余りの弾むような声に、アリシアはビクッとしてしまう。
目をパチクリしながら、アニスを見る。
そのまま、アリシアはアニスに手をつながれ、あれよあれよと奥の部屋へと入って行く。
従業員は、どうしたのだろうといった様子で代表を見つめる。
終始スキップで、アリシアを奥の部屋のソファーに座らせ、口を開く。
「あの薬は、凄すぎですよ。服用して3日目には、殆ど問題なく動くことが出来たと言う報告を受けまして、こちらから伺おうかと思っておりました♪」
「は、はい」
アリシアの手を両手で握り、アニスはブンブン上下に振る。
アニスのテンションに付いて行けずにきょとんとしてしまっていた。
「もう世紀の大発見です! 帝国の審査なんて簡単におりますよ。冬吸風邪の特効薬が世に出回るんですから」
今にも踊り出しそうな動きを取りそうなアニス。
相当嬉しいのだろう。
このスパニック支店から、大陸全土に発信できる喜びはもう最高潮に到達していた。
完全に、オルビス商会の傘下に入れたことを心から感謝しつつ、これからどのように動くかをアリシアと話し合うのである。
「どうします? そのまま、このスパニック支店で薬の処方をしますか?」
「それなんですが、ちゃんと診察してからの処方をしたいのですが……」
アリシアは、もじもじしながらアニスを見る。
それを見て、なるほどといった感じでアニスは口を開く。
「では、スパニック支店の薬剤師のスペースが1つ空いてますから、そこで診察をなさってはどうでしょう?」
アニスは、どうぞどうぞお好きに使っちゃってくださいと言わんばかりに、スペースを提供してくれた。
アリシアは、それを聞いてぺこりと頭を下げてお礼を言うのである。
「必要な物があれば、なんでも言ってください。オルビス商会ですので、無い物はほとんど無いですよ」
そう言って、アニスは笑顔を作る。
アリシアは、薫のマニュアル本を取り出し、要る物を言っていく。
メモを取る仕草すらしないアニスに、アリシアは大丈夫なのだろうかといった感じで言う。
アニスは、アリシアの言った物を全て復唱して、それを了承する。
アリシアは、スキルを使ってやっと覚えれるレベルの量を言葉にしたのに対して、アニスは全くそのような物を使わずに地で行くぶっ壊れな人物だった。
まさに、仕事の出来る女と言っていいレベルなのである。
アリシアは、ちょっと尊敬の眼差しを向けながらお目々をキラキラとさせる。
そのアリシアの視線に気付いたのか、アニスはどうってことないと言わんばかりに微笑むのである。
この地の行く記憶力を買われて、アニスはオルビス商会に入ることが出来た。
オルビス商会の傘下に入るには、かなりの信頼と特殊な能力を保持していなければ入ることは出来ない。
入りたい商会は腐るほどある。
オルビス商会の傘下に入れれば、一生安泰と言われるレベルの巨大商業コミュニティとなっているためである。
全てを束ねるカインの手腕がどれほど凄いかがわかる。
「では、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。アリシア様のお役に立てるだけで私は感無量です」
「ま、まだ見習いの身ですが、ご迷惑をかけないように頑張ります」
お互いに頭を下げ合う。
アニスは、明日の午後には全て整うと言いアリシアと別れる。
不安な気持ちが一杯なアリシアは、スヤスヤ眠っているスノーラビィの頬をつんっと突きながら、「いつも通り、薫様みたいに頑張ります」と言いながら、スパニック支店を後にするのであった。
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薫達がゲートをくぐった先は、綺麗な庭園を思わせる場所であった。
冬なのに暖かく、緑が生い茂っていて、夏に咲く花や薬草がそこら中に生えている。
アーチ型に蔦が巻かれ、そこが出入口と言わんばかりに強調されている。
薫は辺りを見回すとテーブルがあり、その上でピンクラビィがクッションにぽよんと鎮座して、もぎたてのフルーツを頬張りながら満足そうな表情を浮かべる。
首には、魔拘束具に紐が括り付けられているが、全くもって不快とも思っていない表情なのである。
「これは完全に飼い慣らされとるピンクラビィやな」
「野生を失ったピンクラビィの成れの果て……」
「これが……普通」
「「え!?」」
「え……?」
クレハの回答に、薫とウンディーネが一斉に同じような声を上げる。
確かに、これなら運の吸収は出来ないし、愛玩動物としての飼い方ではあっているのかもしれない。
「王様かお姫様と言った感じやなぁ。魔拘束具使うんもありか……」
薫は、ピンクラビィとプリシラの対処として、拘束具を使った結果を想像すると、若干
1名喜びそうな者の表情が浮かんだため、即座に却下する。
いろんな意味で、危ないと思うのである。
薫は数個、妖精の国で魔拘束具を回収しているため、出来なくはない。
「うむ、何か目覚めそうで怖いな」
プリシラが完全に目覚めると、もう何をやってもご褒美になる可能性がある。
そうなると対処が非常に面倒くさいと言った感じに思う。
そんなことを考えていると、プリシラからの連絡兼ゲート受信のピンクラビィがぴょんとテーブルの上のピンクラビィに近付いて行く。
お尻をフリフリしながら歩くのはデフォなのだろうか。
「きゅー♪」
「きゅっきゅ!?」
「きゅっきゅきゅー」
「きゅー♪」
何やらピンクラビィ同士で会話が始まっている。
ウンディーネは、それを訳して薫に告げる。
「お久しぶり♪」
「ど、どうしてここにいるの!?」
「プリシラ様から頼まれたんだよ」
「そうなんだー♪」
「と言ってますね」
「めっちゃ同窓会みたいな感じにこれから発展しそうやな」
「どうそうかい?」
「いやなんでもないわ」
薫は、ハイタッチをして仲良く頬擦りし合うピンクラビィ2匹を見つめる。
話を進めてもらうため、薫はウンディーネに飼い主が居るのかどうかをピンクラビィに聞いてもらう。
すると、ここ数日帰ってきていないと言ってきた。
このような設備を持てるのだから、かなりの財力があるのではないかと思う。
ピンクラビィに詳しく聞いてみると、面倒な話になりそうだと薫は思う。
この庭園及び外の領地を収める者の名前は、ラケシス・ド・シャルディラという者らしい。
薫はここまでで、話を聞かなければよかったと思う。
元々この地を治める【シャルディラン】という国であった。
魔法を主に使う国で、上級魔法を執行出来る魔術師を大量に抱え、魔術の教育なら右に出る国は無いとすら言われる大国。
しかし、制約と契約により完膚無きまで滅ぼされて、この領地しか残らなかったという。
そう、薫は帝国に怨みを持つ元王族の領地で飼われているピンクラビィのところへ来てしまっていた。
「さっさと出て行かんと、余計な仕事が増える可能性が出てきたな……」
薫は、そう言いながら庭園の出口に向かう。
外に出ると、日差しは出ているが地面には薄っすらと雪が積もっている。
木や葉などに積もった雪は、ほんの少し重さで下に傾き、ポタポタと雪が解けた雫が地面に落ちるのである。
薫は辺りを見回すが、なんとも言えない殺風景な領地であった。
華やかさなどない。
生活していくのがやっとの荒れた大地。
作物も育てているのだろうが、ちょっと厳しいように思える。
人は歩いておらず、建物もポツリポツリと建っている状態なのである。
丘につながる道があり、その上に一軒の集会所なのだろうか、煙突から白い煙が上がる。
薫が旅をしてきた中で、一番活気のない街だなというのが素直な感想だ。
「で? どっちに向かったら帝国なんや?」
薫は、振り返り皆に聞く。
ピンクラビィがビシッと北を指し「きゅ!」っと鳴く。
「あっちだそうです」
「アバウトやなぁ……。まぁ、ええやろ。帝国までの道のりで他に街はあるか?」
薫の質問に、二度鳴き声を上げる。
ウンディーネは、2つの街があると言う。
1つは、【シルフル】、もう1つは【マダリア】という街らしい。
普通に行けば、3日で到着となる距離という事がわかる。
馬車はないので、今回は走る事になると思うと若干面倒だとは思うが、確実に馬車より早く着く。
魔力強化さえずっと使えればという事が前提になる。
ここにいる者は、それに対して全くもって問題ないが、クレハにあまり無理はさせられないかと薫は思う。
実際問題、魔力強化などは精神の集中力が必要になる。
今のクレハでは、ちょっと危ういというかコントロールが甘くなる可能性がある。
下手に強化し過ぎて、地図上の改変を引き起こしたら大問題というより、最悪な事になりかねないからだ。
暮らしてる住民が大災害と騒いでパニックを起こしかねない。
薫はどうするかなと悩んでいると、ウンディーネが口を開く。
「カオルさん、あそこに川があります!」
「ああ、あるな」
「あれを使いましょう!」
「?」
可愛らしい笑顔でそう言ってくる。
川を使ってと言われても、船などないからどうするのだろうと思う。
泳ぐのはこの季節は死にに行くようなものと思う。
ウンディーネは、大丈夫だろうが人間の薫は100%凍えてしまう。
魔力で寒さは軽減できるが、それは外気のみである。
水の中でそのような制御する集中力はない。
そんな事を考えていると、ウンディーネは私に任せてくださいと言い薫とクレハの手を引いてパタパタと歩き始める。
ピンクラビィは、慌ててウンディーネの羽衣にぴょんと引っ付く。
側から見たら、親子連れにしか見えないが、ここの街の住民は人っ子一人街の外にはいないのである。
ちょっと不気味でもあるが、そのような街もあるかと思う。
そんな三人と一匹を庭園の中から手をフリフリしながらピンクラビィは見送るのであった。
薫とクレハは、ウンディーネに連れられ川へとやってきた。
「んで? アレって何するんや?」
「見ててください! こうするんです♪」
そう言って、ウンディーネは手を自身の胸の前に持っていき、祈るようにして目を瞑る。
そして、何か呪文のようによくわかからない言葉を紡ぐ。
少しすると、川の水に変化が現れる。
沸騰したのか、ボコボコと泡が発生し始める。
そして、そのまま形状が変化していき四人乗り程度の船の形になる。
「はい、できました♪」
「何でもありやな……」
「うふふ、水の精霊ですよ? このくらい出来て当たり前ですからね」
「ホンマに、頼もしいなぁウンディーネは」
そう言いながら、ウンディーネの頭に手を置きゆっくり撫でる。
えへへ、と言った感じで嬉しそうにする。
上位精霊となったウンディーネの魔力は、計り知れないレベルになっている。
薫の魔力を50万も吸収したのだから、実質その分の魔力を保有していることになる。
水を自由に操るウンディーネからしたら、本当にこのくらいなんてこと無いのだろう。
「帝国までこの川は続いているそうですから、これに乗って行けばスイスイっといけますよ。街も川にそってあるようですからね」
そう言いながら、ウンディーネはぴょんと水でできた船に乗り込む。
ぽよんと弾む感じの船。
薫も恐る恐るその船に乗り込む。
水の膜を張っているのか、弾力があり服などが濡れることはない。
ウォーターベッドのような感じによく似ている。
クレハもそれに乗ってみるが、バランスを崩して薫の方へと倒れこむ。
あれ以来、まったくもって力の入ってないクレハ。
薫は、クレハを抱きとめてそのまま横の席に座らせる。
「ありがと……」
そう言って、薫に体を預けて目を瞑る。
そのまま、スースーと規則正しい寝息を立て始める。
精神的な疲れが取れていないのかと薫は思いながらそのまま肩を貸す形でいる。
ウンディーネは、非常にからかいたそうな表情をしているが、前回の事もあるため頑張って押さえ込んでいる。
しかし、完全に表情に出ているため薫のひと睨みでサッと顔をそらす。
ピンクラビィも乗り込み、ウンディーネの膝に乗って薫にちょっと違う視線を送る。
これは、一仕事しましたよ? 撫で撫でしてくれないかなぁ?? という目線である。
何度となくこの目線にさらされてきたから、薫はこれだけは何となく分かる。
視線は全くぶれないし、つぶらな瞳で完全に1点を集中してみている。
ある意味、目で殺すと言った感じのそんな感じなのである。
薫は、仕方なくピンクラビィの頭を撫でてやると、なんとも言えない表情になる。
とろんとして、お腹を見せて屈服の体勢をとる。
もっともっとと言わんばかりに両手をぱたぱたさせる。
あまりし過ぎると、あとあと面倒なのでこのくらいでやめて、ウンディーネに出発するように言う。
しかし、どのようにして動かすのだろうと思った矢先にウンディーネは片手を前に出し、ピッと指さす。
「では、出発です」
そう言った瞬間、ぐらりと波打ち始める。
そのままその波に乗って、一気に流れに乗って上流へと進み始める。
「嘘やろ……。流れに反する形に進むんか……」
「このくらい楽勝ですよ」
「ああ、もうなんかええわ。いろいろと」
薫は、驚くのをやめる。
自身の行動で驚いてた者達は、このような気持ちだったのだろうかと思いながら溜め息を吐く。
軽快に進む水の船は、どんどん進んでいく。
わずか二時間で、一つ目の街の中腹までやってきていた。
景色は、荒れ地から草原へと変わって現在は森になっている。
街道を走ってない分、いろいろと見て回るということが出来ない。
そして、疲れなどは全く無い。
しいて言うなら、船酔いといったところだろうか……。
「く、苦しい……です。うっぷぅ」
「ほら、ウンディーネ。大丈夫か?」
「無理です……。こんなの初めてです……。カオルさん……も、もっと優しく……」
「こんなもんか?」
「あっ……。そ、そんな感じで……。うっぷ」
そう言いながら、薫に背中をさすってもらうウンディーネ。
涙目で、お手々で口を抑えている状態である。
なんとか船を維持ているが、いつ解けてもおかしくない状況なのである。
薫は、一旦陸に上がるかと思い船を止めてもらおう。
ゆっくりと陸に水の船を打ち上げる。
はたから見たら完全に座礁したような感じだった。
その瞬間、底から空気が抜けるかのように水が抜けていく。
そして、完全に船の形は無くなった。
「なんとかなったけど……。少し休憩挟みながら進むほうがええやろ」
「面目ないです……。うっぷ」
「氷でもあればええんやけど……。アリシアおらへんやったらどうしようもないからなぁ」
薫はそう言いながら、クレハに手を貸しながらウンディーネを見る。
完全に船酔いグロッキー状態なのである。
「まさかウンディーネが船酔するとはなぁ……」
大きな石に抱きつく形でピクリとも動かなくなった。
クレハは相変わらず起きたと思えばずっとそばを離れないで白衣を後ろからギュッと掴む形でついてくる。
二人の子供を宥めているようで、ちょっと複雑な気持ちになるのである。
薫は、一旦この川辺で休憩のついでに何か食べ物でも作るかと思う。
朝食べた後、何も食べていないしクレハはあまり食事を取っていないためだ。
ウンディーネは、多分食べれそうにないだろうから飲み物でも作るかと思いキッチンセットを取り出す。
ジッと見つめられるピンクラビィの目線にクッキーも追加するのであった。
作ったものは、サンドイッチとスノーキンググレープの搾りたてジュースとキンググレープのドライフルーツクッキーを作った。
ウンディーネは、ちびちびとジュースを飲んでいく。
相変わらず顔色が悪い。
クレハは、こちらを見てサンドイッチをちまちまと食べている。
なぜこちらを見ながらなんだとツッコミを入れたいが、言うと前と同じでしゅんとしてしまうため何も言わずに薫は肩を落とす。
そんな薫の唯一の癒やしは、クッキーにお目々を輝かせてよちよち歩きでクッキーと戯れるピンクラビィくらいだった。
クッキーに目が行き、こちらにまったく興味が来ていないためだ。
薫は、早く街につかないかなと思うが、ウンディーネの回復次第だなと思いながら溜め息を吐く。
そんな時、川上から木材の残骸らしきものが流れてくる。
家でも流されたのかなと思いながら、ぼーっと見ていると車輪のようなものが流れてくる。
「車輪に木材か……。馬車の破片ぽいから、この次は人が流れてきたりしてなぁ」
「きゅ……」
そんな冗談を言った瞬間、本当に人が流れてきた。
下手なフラグを立てたせいかと薫は頭を抱える。
薫は慌てて流れてくる人の下へ行き川から引き上げる。
茶髪で腰まで長い髪の毛は、葉や土などがついてひどく汚れていた。
肌も切り傷だけではなく、何かで火傷したかのように水ぶくれになっていた。
顔もひどく汚れているが、顔立ちはいい方だろうと薫は思った。
衣服は、一般の人ではないのだろうと思う。
少し華やかなワインレッドのコタルディに、朱色のジャケットで銀の刺繍で家紋のような紋章が入っている。
薫はどこかで見たような感じがするが、今は人命救助が先だと思い、呼びかけて反応を伺う。
「あかんな……。反応も息もしてへん」
薫は、その子の上の服を下へと脱がす。
ウンディーネは、少し回復したのか薫が女性の衣服を脱がしていることに気が付き「何をしてるんですか!」と言わんばかりにこちらにこようとする。
ピンクラビィは、あたふたと倒れている女性の周りを跳びはねながら鳴く。
あまりの混乱具合に、とりあえず静かにしてくれと思いながら、瞬間的に威圧を放ち一人と一匹を落ち着かせる。
威圧を受けた一人と一匹は、ぴたりと動きを止める。
「人命救助のじゃまはせんでくれ……。一分一秒がこの子にとって致命傷になりかねへんのんやからな」
薫の言葉に何も言いえずにただ見るだけになる。
ウンディーネにいたっては、またやってしまったと思いしゅんとしてしまう。
相変わらずクレハは薫の後ろに付いているが、じゃまにならないのでそのままにしておく。
こっちが変な気起こしたらタダ事では済まないからだ。
薫は即座に場所を移す。
下が川原で小さな石ころしか無いため、心肺蘇生が出来ないため草むらへ移動する。
その子の横に膝立ちでもう一度、声をかけて反応がないのを確認する。
両方共無いため、薫はその子の顎に親指で添えてグッと上げる。
そのまま薫は、そのこの鼻をつまみ人工呼吸を開始する。
薫の吐く息で、その子の肺に空気が入って胸が脹らむ。
一秒間かけて吹き込んでいく。
それを薫は確認しながら二度行い、そのまま心臓マッサージを行う。
膝立ちのまま、胸の真ん中に片方の手の付け根を置いてもう片方で手を重ねるように持つ。
そのまま体を垂直に下ろして5cm沈むように心臓マッサージをする。
1分間に100回のテンポで30回心臓マッサージをする。
これを1セットとして繰り返す。
十数回繰り返していくと、その子は口から水を吐き出しむせて呼吸が弱いが回復する。
薫は直ちにウンディーネに毛布などで温めるために必要な物を言い持ってきてもらう。
ウンディーネは、あたふたしながら自身のアイテムボックスからちょっと大きい毛布を取り出した。
薫はその子の濡れた衣服を脱がせてタオルで体を拭きウンディーネの毛布に包める。
体力の消耗が激しかったため、回復魔法を処置してから医療魔法の点滴で栄養分と水分を体内へと入れていく。
解析をかけたところ、脳へのダメージはないようだった。
たぶん、呼吸が停止したのが発見の少し前くらいだったのだろう。
呼吸や心肺が止まった人が助かる確率は、わずか3分後には20%で6分を超えると10%程度しかない。
これは、何もしなければこのような生存率になる。
しかし、心肺蘇生法をすることで、約2倍の確率に跳ね上がる。
大体、心肺停止して脳にダメージが有る時間は、停止してから3分とされている。
脳にダメージを受けると、何かしらの障害が出てしまい、日常生活に何らかの支障が出る。
リハビリをすることによって、ある程度は改善されるとはされているが、なかなかうまくは行かない。
現代社会でも時間との勝負と言われる。
救急車が来るまでの平均時間は約6分で、それまでに迅速な心肺蘇生法をしておかなければ、殆ど助かる確率がゼロになる。
しかし、ほとんどの人たちは自動車免許などを取得するときや、学校などでこの蘇生法を教わる。
だが、この異世界にはそのような習慣がないためほぼ死亡率は100%だろうと思う。
何もしなければ、助かることはない。
「はぁ、間一髪やなぁ」
薫は、そう言いながら額の汗を白衣の袖でふきとる。
寒いのに、体から蒸気が上がる。
久々に薫はヒヤヒヤするのであった。
脳にダメージを食らったら、現代医学でもどうにも出来ないからだ。
一度死んだ脳細胞は、殆ど復活はしない。
だから、解析で脳にダメージがなかったことに安堵するのであった。
「しかし、この子は誰なんやろ?」
読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。
感想を返信遅れて申し訳ない。
もう少し遅れます……。
読んでるんですが、なかなか返す時間がありません申し訳ないです。
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次回も一週間以内の投稿を頑張ります。




