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薫出陣!!

 スパニックに宿屋の一室。

 辺りは暗くなり、外は肌寒くなっていた。

 応急処置で直された窓は、ほんのりと結露で水滴がつき、街の明かりがその水滴に反射して宝石が輝いているように見える。

 迷宮から帰ってきた冒険者や、今から酒場で馬鹿騒ぎでもするのかと言わんばかりに数人が肩を組み合って歩いてたりもする。

 薫は街の風景を見ながら、どこも変わらないのだなと思う。

 

 

「アリシアに任せて平気やろうか……。初めてのお使いみたいで、こっちがハラハラしてしまうわ」

 

 

 薫はそんなことを言いながら、この街で冬吸風邪の治療を夕暮れどきに、アリシアに任せれるというメッセージをスノーラビィに送ってもらったら、速攻で「任せてください」と返って来た。

 満面の笑みで、「頑張ります」と言っているアリシアの表情が、手に取るようにわかってしまい苦笑いを浮かべる。

 そして、薫は帝国の兵力がどのくらいのものなのかと思いながら、色々と考えながら頭を掻く。

 そんな時だった、クレハがガバっと大量に汗を掻き起きあがる。

 表情は、青く肩で息をしながら自身の肩を抱きしめるような形で体を震わせる。

 薫は、即座にクレハの下へ行き、話しかける。

 

 

「大丈夫やから、落ち着いて呼吸をしてゆっくりでええから」

「はぁ……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 ちょっとずつ早くなっていく呼吸を見て、薫は【過呼吸(過換気症候群)】の症状が出てしまったかと思う。

 フーリを傷つけたと思うことで、過度な精神的ストレスが襲ってきたのだろう。

 

 

「わ、……わたし……またフーリ……を」

 

 

 薫は、夢であの光景を何度も繰り返して見ているのだろうと推測する。

 フーリが、どれだけクレハの中で大きな存在なのかがわかる。

 大切な人を傷付け、どうして良いかわからない不安は、精神的にくるものがある。

 薫は、ゆっくりとクレハに呼吸の仕方を説明する。

 吸うと吐くを1:2で行うように言うが、クレハは胸を抑え苦しそうに薫の服をぎゅっと掴む。

 喋ろうとするが、うまく言えずにパニックを起こす。

 ウンディーネが、パジャマに着替えて髪の毛をまとめあげ、洗面所から戻ってくる。

 そして、クレハが苦しそうにしているのを見て、ウンディーネもパニックになる。

 

「か、カオルさん、早く治してあげて」

 

 慌てふためき、薫に近寄るが、薫はウンディーネに落ち着くように言って、何か処置するわけでもなく、「大丈夫やから、ゆっくり深呼吸するんや」と背中に手を置き言うだけなのである。

 

 

「くるし……い、た、す……」

 

 

 そう言った後、クレハは糸が切れたようにぱたんと気を失った。

 薫は、クレハをそのままベッドへと寝かせ、呼吸など安定しているかをチェックする。。

 ウンディーネは、薫が何もしなかったという行動を見て、幻滅といった感じで見つめながら言葉を紡ぐ。

 

 

  「なぜ、何もしてあげなかったんですか! あんなに苦しそうにしてたのに! カオルさんは酷い人です! 苦しがってる人に、呼吸がどうとかって意味がないじゃないですか! お昼に言われたことは嘘だったんですか!」

 

 

 プリシラの病気をも治すことのできる薫が、言葉をかけるだけで何もしていないことから、これは薫が故意に治すことを放棄したと思い、ウンディーネは薫に苛立たしさから酷い言葉を浴びせる。

 肩で息をしながら、ウンディーネは沸騰したやかんのように、体からグラグラ水蒸気のようなものが噴き出し始める。

 そんな初めて見るウンディーネの怒りを見て、薫は説明してわかるだろうかと思いながら言葉を発する。

 声のトーンは穏やかで、それでいて茶化すようなことはなく、ウンディーネをまっすぐ見つめてである。

 

 

「説明不足やったな。ウンディーネは、クレハさんに何の処置もしてないから怒っとるんやろ?」

「は、はい! そうです。おちゃらけてても、苦しんでる人を助けるのがカオルさんだと思ってました……とてもとっても優しい方だと!」

 

 薫は、一息軽く吐き話を続ける。

 

 

「呼吸を整えるんも、この症状では立派な対処法やで」

「え?」

 

 

 薫の言葉に、ドキッとする。

 何もしていないと思っていた薫の行動は、ちゃんと処置をしているということになる。

 しかし、酷い言葉を言ってしまった手前、引き下がることが出来ずに、納得がいかないといった感じで薫に突っかかってしまう。

 

 

「過呼吸っていう精神的ストレスでなる病気やなぁ。その他にも原因があるかもしれへんけどな」

「か、かこきゅう?」

 

 

 薫は、簡単にウンディーネに説明するが理解できるかはわからないかと思いながら言う。

 過呼吸は、吐き出す息から二酸化炭素の排出量が必要量を超え動脈血(肺に入って酸素を多く含んだ血液)の二酸化炭素濃度が減少して血液がアルカリ性に傾き、息苦しさを覚える。

 そのため、体が無意識に延髄が反射によって呼吸を停止させて、血液中にある二酸化炭素を増加させようとする。

 しかし、脳の中の大脳皮質は、呼吸ができなくなるのを異常と検出して、更に呼吸させようとする。

 そのせいで、血管が伸縮してしまい、手足の痺れが起こったりする。

 起こる症状は、息苦しくなったり、胸部の圧迫感や痛み、目眩、動悸、手足や唇の痺れや失神などがある。

 過呼吸のみで死ぬケースは無いが、ちゃんとした対処をしなければ、どんどん悪循環にハマって発作がひどくなる。

 

 

「こんな感じの病気や……って、わからんよな」

「……」

 

 

 ウンディーネは、俯き黙り込んでしまった。

 罵声とも言えること言い、薫を傷付けてしまったかもしれないと思うと顔を上げることが出来なかった。

 そんなウンディーネの気持ちを察して、薫はウンディーネの頭に手を置きくしゃくしゃっと撫でる。

 今にも泣き出してしまいそうなウンディーネは、それによってぽろぽろとダムが決壊したかのように泣きながら「ごめんなさい」と言うのであった。

 薫は、そんなウンディーネに「気にしてへんから。早とちりや失敗なんてようあることや。それに、病気の知識が無いんやから仕方のないやろ。ウンディーネは優しいからな」と言いながらゆっくりと頭を撫でる。

 鼻を啜りながら、申し訳なさそうにちょこんと座る。

 薫は、少し前のアリシアと同じような状況にクスリと笑ってしまう。

 薫はそのままソファーに戻り、アリシアに教えるための教科書作りをする。

 ウンディーネは、薫の側にちょこんと移動し、先ほどの自身の無知な発言をもう一度誤ってくる。

 

 

「ええよ。もう遅いから寝んといけんやろ?」

「大丈夫! カオルさんが寝るまで起きてる」

 

 

 

 そう言って、ウンディーネは少し経つとウトウトしてくる。

 薫のペンを走らせる音のみが、はっきりと聞こえ、一定のリズムを刻んでいるかのように心地よく聞こえる。

 瞼を必死に開けようとし、頑張るウンディーネだったが、睡魔には勝てず薫に寄りかかるように眠ってしまう。

 まだまだ子供と思い、薫はスースーと寝息を立てるウンディーネを自身のベッドへと寝かせる。

 先客のスノーラビィを、ウンディーネの横に移動させると、器用に転がりながらウンディーネの頬に体を引っ付けて眠る。

 薫は、そのままクレハを気にしながら、作業を続けるのであった。

 深夜を回った頃だろうか、クレハは目を覚ましてゆっくりと起き上がる。

 頭がぼーっとしているのか、動きが遅く周りを見渡すと薫と視線が合う。

 薫はゆっくりと立ち上がり、水の入ったコップを持ってクレハに近づく。

 

 

「気分はどうや? 悪ければ、薬出すことは出来るけど」

「……大丈夫」

「何しゅんとしとんねん。とりあえず汗かいてるから水分少し取り」

「……うん」

 

 

 薫にコップを貰い、中に入った水をこくこくと飲み干す。

 ほんのり冷たい水が、火照った体を冷ましていき、ボーッとした頭が回復していく。

 

 

 

「汗が凄いから、湯浴びだけでもするとええんやけど」

「……入る」

「そうか」

「……近くにいて」

「はぁ?」

 

 

 クレハの言葉に素っ頓狂な返事をしてしまう。

 今までのクレハと違い、弱々しく今にも壊れてしまいそうなそんな感じがした。

 

 

「……わたしが、暴れたら……止めて……」

 

 

 そう言いながら、体を震わせながら言う。

 また、フーリを傷つけるのではないかと不安から出た言葉だった。

 薫はそれを了承して、弱ったクレハの手を取り、お風呂場へと連れて行く。

 クレハを中に入らせたら、薫は外に出でソファーに戻ろうとすると、中から「かおる……さん、いる?」と言ってくる。

 薫は、返事を返してその場から離れようとすると、またそのように聞いてくる。

 そう、何度もである。

 

 

「……あかん。戻れへん」

 

 

 薫は頭を抱え、そう呟きながら風呂場のドアの横で座り込み、十数秒に一回の返事を返すのである。

 クレハの湯浴びの音が耳に入り、何か悪いことでもしているのではないかと思ってしまうシュチュエーションである。

 薫はアホなことを考えながら、火をつけてないたばこを口に咥えてボーッとしていると、いきなり扉が開き、体を拭いてない生まれてたままの姿のクレハが飛び出して、薫を押し倒してギュッと抱きつく。

 

 

「へ?」

「……返事を……してよ……」

「ああ、すまんやった。ちょっと考え事しとったから返事出来へんやった」

 

 

 そう言って、クレハを見るが流石に目のやり場に困る。

 メロンのような大きな胸は、薫の胸板に押し付けている状況で、弾力がある胸は大きく形を変え、湯浴びをしていたのに体が冷たいのだ。

 不安が最高潮に達したのだろう。

 裸なのを忘れているのか、とりあえずなんでも良いので隠して欲しいと思うのだが、離れようとしせず、薫の白衣はクレハの滴る水滴によって、びちゃびちゃになるのであった。

 薫はどうにかクレハを落ち着かせたが、一人で入るのが不安と言われ、お風呂場の扉を開けっぱなしの状態で、湯浴びをさせるというなんとも無茶苦茶な状態になっていた。

 薫は背を向け、濡れた白衣をドアにかけて乾かし、扉の前で座った状態で待つ。

 

 

「なんや……この状況……悪化しとるやん」

 

 

 アリシアに、この状況を見られたらどうなることやらと思いながら溜め息を吐く。

 ふと、目の前に白い塊がゆっくり横切る。

 薫と一瞬目が合ったとき、バチコーンと可愛らしくウインクを決めて、ワクワク気分でベッドに戻る白い悪魔スノーラビィ。

 薫は小さな声で囁くように「いらんこと言うたら……白い毛糸のアイテムにするぞ」とドスを効かせ言うと、ベッドに直行しようとしたスノーラビィは、薫の側までピューっと来て、人間でいうゴマを擦るかのような状態になるのである。

 命の灯火が消えかねないとも言える薫の先ほどの声のトーンに、本気で危機感を覚えるスノーラビィ。

 薫は、「そろそろ学習せんとなぁ。スノーラビィ、わかればええんや。裏切ったら即毛玉やからな」と笑ってない目で笑顔を作り撫で上げる。

 スノーラビィは、お水を飲みに起きるのではなかったと本気で後悔するのであった。

 ぐったりした状態で、ベッドに戻ってウンディーネの幸せそうな表情を見つめる。

 面白半分で薫をからかってはいけないと言っているかのように「きゅ……」と一鳴きして、ぽてんと転げ眠りにつく。

 薫は、クレハの湯浴びが終わったと言う一言で、ようやく解放されると思ったのもつかの間、髪の毛はまだ湿り気を残してとぼとぼと出てくる。

 

 

「はぁ……。その状態やと風邪ひくやろ……」

「……大丈夫」

「大丈夫なわけないやろが……。ちゃんと髪乾かさなあかん」

 

 

 薫の言葉にしゅんとするクレハにどうにも調子が狂ってしまう薫。

 今までなら、一言悪態を吐き鬱陶しいと言わんばかりに嫌な顔をするのに、全くの別人かのようなしおらしい感じだからだ。

 

 

「……ごめんな……さい」

 

 

 涙をぽろぽろと流して言われると、それ以上言うこともできず、薫は一度大きく溜め息を吐き言う。

 

 

「ほら、そこの椅子に座り。さっさと乾かすからな」

「……ありがと」

 

 

 スッとクレハは、洗面所の鏡の前に座り、薫から髪の毛を乾かしてもらう。

 薫は、トリートメントなどのコーティング剤無しで、良くこの長さでサラサラだなと思いながら乾かす。

 根元に熱を当て、先に乾かした後で毛先に手ぐしを上から下に流すように入れながら熱を上で固定して下に流すように当てる。

 ブラシを使ってブローすれば、もっと艶のある黒髪ストレートになるなと思うのである。

 柔らかく撫で心地の良い髪を、薫は綺麗に整えて纏め上げる。

 

 

「ほい完成や。これでゆっくり休み」

「……んっ」

 

 

 クレハから離れようとすると、白衣を摘み逃がしてくれない。

 薫は、苦笑いで最悪の一つ手前の答えを言う。

 

 

「ま、まさかやと思うけど……。不安やから手でも繋いどいてとか……言わへんやんな」

「……」

 

 

 無言の圧力と、子犬のように見つめてくるのに屈してはいけないと思うが、最終的に折れるのは薫だった。

 フーリと同じで、頑固なだけに折れることはまずない。

 薫は、クレハが寝たらそっと移動しようと思うのだが、それは出来なかった。

 眠ったクレハから、手を引き抜こうとすると逃げれないレベルで力が入る。

 それ以上力が入ると起きてしまうため、薫は観念してその場で眠るしかないと思いベッドの下であぐらをかく。

 そのまま、ベッドに頬杖を突きながらクレハを見ていると、大きな子供ができたかのような、そんな感覚に陥るがシスコンは勘弁と思うのである。

 薫は、そのままベッドに突っ伏し、目を瞑ると今日1日の疲れが津波のように押し寄せて、薫は眠りにつくのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 朝、薫はぐったりした様子で目を覚ます。

 背中が少し痛く、足が若干痺れている。

 そして、相変わらず手をクレハに握られた状態である。

 

 

「全く……」

 

 

 そう言いながら、薫は落ち着いて眠るクレハを見る。

 魘されているといったことはない。

 しかし、不安などは全て取り除けるわけではない。

 一時的な思いから、こうして頼っているだけだと薫は思う。

 クレハが、フーリに会えば確実に殺すであろう呪縛を掛けられている。

 それを止めれるのは、薫以外無理と言ってもいい。

 それがあって、このように防衛としてそばにいて欲しいと思ってるではないかと考えるが、そうでないこともある。

 吊り橋効果とでもいえば良いのか、面倒なことにさえならなければいいなと思う。

 そんな不安を抱えながら、薫は緩んだクレハの手からゆっくりと脱出するのであった。

 薫が脱出してから30分後にウンディーネとスノーラビィがまだ眠そうな表情で起きてきた。

 薫は、ラックスティーを飲みながら挨拶を済ませる。

 ウンディーネは、頭にスノーラビィを乗っけたまま、両目を擦りぽけーっとしながら洗面所へと向かう。

 薫は、何ごともなく見送ったあと、嫌な予感がし、洗面所に行こうとするが遅かった。

 

 

「きゅっきゅー!!!」

「まあ……、そうなるわな」

 

 

 ずぶ濡れのスノーラビィが、ぷるぷる震えながら薫に助けを求める。

 無残、ウンディーネの頭からコロンと洗面所に溜まる水に落下した模様。

 ふわふわだった毛は、水分を吸って少し膨らんでいる。

 

 

「きゅ……きゅ〜」

 

 

 なんとなく言いたいことがわかったが、とりあえず乾かそうと薫は思いタオルを出して一旦包む。

 くしゃみらしき鳴き声が、2、3回ほどしていることから、さっさと乾かさないと病気になると思うのであった。

 ウンディーネは、顔を洗ってさっぱりしたのか、なぜ薫がスノーラビィを乾かしているのだろうと思うが、わからないのですぐに放棄する。

 耳をへにょーんとさせ、じっとウンディーネの方を見る。

 ちょっとした負のオーラを感じるが、薫は気にせずにそのまま乾かしていく。

 撫でながらの乾かしに、負のオーラはなくなりかなり上機嫌といった感じでまんまるな尻尾を左右にふりふりさせている。

 薫は、これはのちのち危ないかもしれないと思いながらも今回だけと思いながら丁寧にブラシもかけていく。

 念入りにやったせいか、スノーラビィはつやっつやになった。

 ドヤ顔でウンディーネを見ながら、むふーっと鼻息を吐く。

 それを見たウンディーネは、ちょっと羨ましそうな表情でこちらを見つめ、薫に自分もしてほしいと言わんばかりに、見つめてくる。

 そんな一人と一匹の行動に薫は肩を落としながらソファーに座り冷めたラックスティーを飲みほす。

 そんな時だった。

 クレハが目を覚まして、薫の姿を探し始める。

 薫は、クレハに手を上げ居ることを確認してもらう。

 ホッとしたのか、クレハはスッと布団から出て、薫の横に来て白衣を掴む。

 

 

「どこにも行かへんから。やから、とりあえず服掴むんやめようか」

「私を止められるの……カオルさんだけだから……。そばに居て……」

「はぁ……」

 

 

 薫はどうしたものかと思いながら、この状況が長く続くことはあまりよろしくないため、早急に改善し無くてはならないと思う。

 そして、昨日の夜になった過呼吸のことも話す。

 対処法として、呼吸法などをちゃんと教えていく。

 

 

「死ぬと思った……。子供の頃のあの感覚が戻ってきたみたいに……」

「大丈夫や、過呼吸で死んだりはせえへん。他の病気での過呼吸ならあれやけどな」

 

 

 薫はそう言って不安な表情のクレハを見る。

 薫の説明でなんとか理解したのか、一人で吸うと吐くを1:2で繰り返す。

 腹式呼吸を心がけながら、お腹に手を当てゆっくりと呼吸して薫の方を向きながら、「これでいいの?」と聞いてくる。

 

 

「ああ、昨日の夜みたいに呼吸が早くなったりしたら、その呼吸法をすると失神したりはせんとは思う。やけど、今安定してるとは言えへん状態や。パニックを起こすんやったら、鎮静剤も使ったりするんやけど……」

 

 

 薫は、少し考えながら言葉をそこで切る。

 そんな時に、スノーラビィを耳がピンと立ち何かを受信したようにキリッとした様子になる。

 

 

「きゅっきゅー!」

「え? ああ、アリシアさんがこちらへ来ても良いかって言ってますね」

「そうやな、半径5km離れなアカンからちょっと待つように言ってもらえるか?」

 

 

 薫がそう言うと、スノーラビィはそのままピンと耳を立てたまま送信して、アリシアからの返答を待つ。

 

 

「きゅー!」

「了解です! だそうです」

「そしたら、スノーラビィ抱えて5km離れるか」

 

 

 薫は、そう言ってから窓を開け、スノーラビィを手で捕まえてから肩に乗っける。

 その瞬間、スノーラビィは全力で移動しそうと思ったのか、振り落とされないようにしっかりと貼り付く。

 

 

「そしたら、ちょっと迎えに行ってくるわ」

「え? もしかしてここから飛んで行く気では無いですよね?」

 

 

 ウンディーネは、目を点にしながら言うが、薫は楽しそうな表情のまま「え? いちいち階段とかめんどいわ」と言いながら、笑顔で返す。

 クレハは、薫が側にいなくなると思ったのか、急に震えだす。

 そんなクレハを薫は、優しく頭を撫でて「直ぐ戻るから安心しいや。絶対に傷つけたりは俺がさせへんからな」と言って落ち着かせる。

 撫でている間に、クレハの震えが止まったのを確認して薫はスノーラビィに「行くで」と言った瞬間、姿が一瞬で消える。

 ウンディーネは「はっやーい」と口走りながら、薫が一蹴りで飛んでいった方向を見つめる。

 消える瞬間、スノーラビィの悲鳴のような叫びが聞こえた気がするが、気のせいだろうと思うのであった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 スパニックから約5km離れた場所で、薫はゲートを開いてもらう。

 スノーラビィは、若干涙目で毛がぼさぼさなのは言うまでもない。

 高速移動で、振り落とされないように頑張ったためである。

 ゲートが開かれると、ぴょこんプリシラが頭を出す。



「か、カオルさん! 昨日のお詫びがしたいんです!」



 出て早々そのように言いながら、白のワンピースの上にリボンをくるくると巻きつけ、ちょっと恥ずかしそうにチラチラ見てくる。

 薫は、呆れて物を言わずにただ見つめるだけにしている。



「お詫びは、わ・た・し♪ きゅ……!」



 スコーンとピンクラビィバットで後頭部を強打され、ぽてんと倒れるプリシラ。

 殴ったのは、アリシアでした。



「す、すみません、薫様。これは手違いです」



 そう言いながら、ピンクラビィバットをアイテムボックスにしまい込む。



「アリシア……。あれ大丈夫か?」

「はい、気絶系効力付きのクッションバットですから」

「いや、音がスコーンって……」

「クッションバットですから」



 それ以上、聞いてはいけないといった感じのアリシアの喋りにちょっと笑いがこみ上げてくる。

 アリシアは転がったプリシラをゲートにゆっくりと転がしてポイッとしてしまう。

 目を回すプリシラが、ゲートに吸い込まれると、ゲートはスーッと消えてしまった。

 アリシアは、完全に汚名を塗りたくって、返上できずに悪循環の一途を辿ろうとするプリシラを華麗に救出(物理)したと言わんばかりに胸を張る。

 そして、よくよく見るとアリシアの頭の上に、一匹のピンクラビィがいることに気が付き、連絡用兼ゲート用かと思うのである。



「では、行きましょうか、薫様」



 ああ、これは完全になかったことにしようとしてますわと、薫は思いながらスノーラビィを回収してアリシアの頭に乗せる。

 スノーラビィは安心しきった様子で、ぐてっとする。

 薫の移動で逝きかけたので、アリシアなら安心といった感じでそのような行動をとる。

 アリシアは、乗っかったスノーラビィとピンクラビィをそっと手に取り、優しく手で風から守るようにしながら移動を開始する。

 薫の後ろを追いかける形で移動するのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 真っ白の部屋。

 レイディルガルドの一室で、モーリスは表情を歪めながら壁にかかった契約書の一枚を見る。

 契約書は、未だに赤黒く燃えるようにして存在し続ける。

 そして、豪華な額縁で飾られていたその額縁は木っ端微塵になり、地面に無残に落ちていて壁は、物凄い力で殴られたかのような深いヒビが入っていた。



「一体、何が起こっているんだ……」



 そう言いながら、額のテカった脂汗をシルクのハンカチで拭き取りながらつぶやく。

 今までにないこの状況に、胸騒ぎのようなものを感じる。

 クレハ・ミズチがそのような事が出来るわけがないと思う反面、Sランクの実力なら出来るのかとも思う。

 大帝国のブレインとして君臨するモーリスからしても、まったく理解が出来ない状況に頭を悩ませる。

 絶対に抜け出すことが出来ない呪縛のようなものなのに、それを食らってなお生きているということになる。

 ユリウスに報告をするか迷うが、今はやめておくかと思い手を翳して、壁のヒビだけを綺麗に消す。

 契約書はそのままの状態で、モーリスは様子見として部屋を後にする。

 歩くたびに、お腹の贅肉が縦に揺れ歩きにくそうといった感じでいる。

 呼吸をするたびヒューヒューと言いながら廊下を歩くのであった。

 モーリスが、去った後に真っ白な部屋の前に立つものが居る。



「うーん。開かないか……」



 そう言いながら、ニコニコした表情で歪な大剣を軽々と構える。



「厳重な魔法の鍵でも、俺には関係ないからねー」



 そう言いながら、軽くドアの前の空間を両断する。

 スッと切られた空間が歪み、ドアの先にある真っ白な部屋が見える。

 茶髪の髪の毛をかきあげながら、空間をねじ曲げて部屋へと入っていく。



「ここが契約書の保管場所か……。まぁ、どうこう出来るシロモノじゃないからどうにも出来ないんだけどね」



 そのようなこと言いながら、色々と物色していく。

 ふと、一枚だけ異常な赤黒く燃える契約書に目をやる。



「これは……クレハちゃんの契約書か……」



 ニコニコしていた表情が消えその内容を見る。

 そして、明らかに苛立ちの表情へと変わっていく。



「爺、てめぇの残したこの契約……完全に間違った方向に向かってんぞ」



 そう言いながら、赤黒く燃え上がるクレハの契約書を睨みつける。

 そして、アイテムボックスから一枚の手紙を取り出し確認するのように見る。



「ディア姉……。たく、たまたま(・・・・)旅の途中で帝国の話を聞いてここに居ろって……。これからなにか起きるってことだろ……。本当にどこまで見えてるんだよ。あと、誰だ? この帝国に突っ込んでくる恐ろしい者って? ある程度強ければいいが……。そうじゃなければ死にに来るようなものだろう。手助けでもすればいいのか? 面倒事は簡便なんだがなぁ、ディア姉……」



 悪態を付きながら、その手紙折りたたむ。

 そして、考え込みながら「ある程度は、自身で考えろってことなのか? 相変わらず面倒臭いことするよな」などと言いながら、部屋を後にするのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 薫とアリシアが帰還してた瞬間に、クレハは不安な表情はパーッと消えていく。

 そのまま、薫の横で白衣をキュッと掴んで安心したのか胸を撫で下ろす。

 アリシアは、いつもの悪態をついていたクレハの行動と明らかに違っていて、目を丸くして驚きドキッとしてしまう。



「か、可憐です……。何かあったのですか?」

「いろいろと面倒なことがあったとだけ言っとくわ……」



 薫は、そう言いつつ溜め息を吐く。

 アリシアは、ウンディーネとスノーラビィを見つめると、双方スッと目線を逸らす。

 一糸乱れぬ行動にちょっと困惑するのであった。



「あ、そうです。フーリちゃんからクレハさんに伝言を預かってます」

「!?」



 フーリという言葉にクレハは、ピクンと反応する。

 体が震えながら、その言葉を待つ。



「無理をしないで、私は大丈夫だから。思いつめたりしないでと言ってました」

「フーリ……。私のこと、嫌ってない?」

「それはないです! ずっとクレハさんの心配ばかりしてました。会えないから辛いけど今は我慢するって言ってましたよ」

「フーリ……」



 その言葉を聞いて、クレハは目尻に涙が溢れてくる。

 嫌われてなかったことへの安心と、もう二度と会いたくないと言われるかもしれない。

 不安でかなりネガティブな考えになっているためであろうと薫は思う。



「ほら、泣いてる暇なんてないで? これからのために、さっさと片付けなアカンことが山積みなんやからな」

「……うん」



 クレハは、涙を拭い薫を見る。

 まだ、不安はあるようだが、幾分はましになったかなと思いながらクレハの頭をぽんぽんと叩く。

 そのままアリシアの方へ向き、薫は表情を引き締めてこれからアリシアにしてもらうための全てを説明する。

 冬吸風邪の治療で使う薬。

 そして、マニュアル本を渡して説明していく。

 ソファーに座り、アリシアも横に座る。

 アリシアは、テーブルに置かれた1cmの厚さレポート用紙をめくりながら薫の話を聞いていく。

 完全に、アリシアもお仕事モードへと入る。

 いつものほわわ~んとした雰囲気はなく、表情を引き締めて薫の治療の方法を全て体に叩き込んでいく。

 大体、1時間で全ての説明が終わる。

 途中、アリシアの質問などがあったため、そのくらいの時間を有した。



「問題はあらへんか?」

「はい、大丈夫です」

「なら大丈夫や。もしもわからんことがあったら、スノーラビィで聞いてもええからな」

「はい、わからない場合は聞きます」

「ええ返事や。じゃあ、アニスさんに準備を頼んだら直ぐ出来るはずやからアリシア頼むで」

「薫様の名をこの大陸に轟かせます!」



 笑顔でアリシアは、そう言いながら胸の前でグッと拳を握る感じのポーズをする。

 愛くるしい笑顔でこちらを見てくるためついつい、手が頭に行く。

 撫でられながら、嬉しそうにしてアリシアは喉を鳴らし、へなぁっと力なく薫の体に預ける。



「ほら、そろそろ準備するで」

「もうちょっとだけ……かおりゅさま成分を補給中です」



 そう言いながら、幸せを噛みしめる。

 アリシアが、成分補給をしている間に、薫はスノーラビィに帝国の近くにプリシラの手のかかったピンクラビィが居るかどうかを聞く。

 返信は直ぐに帰ってきた。

 それをウンディーネが通訳する。



「帝国より約140km離れた街にいるとのことです」

「じゃあ、そっちにゲートをつなぐことは?」

「出来るみたいですね」

「ならオッケイやな」



 薫は、笑顔のままプリシラに「今回、いろいろと頑張ってもらうから、一段落したら撫でたる」と言うと、スノーラビィもびっくりする返信の早さで「頑張ります! 死ぬ気で!」と帰ってくるのであった。

 薫は、そこまでして欲しいのかと思いながらも苦笑いを作る。

 すべての準備を整えた後、薫はクレハをどうするかを考える。

 戦闘できる状態ではないため、クレハの護衛はウンディーネにさせるのがいいかなと思う。

 病気の再発や戦闘中に過呼吸を起こすと洒落にならない。

 契約の内容で制限も食らっているため無理はさせられないが、留守番も無理となるとウンディーネが適役かなと思う。



「ウンディーネは、クレハさんを頼むで」

「はい、カオルさんの命のままに」

「そんな固っ苦しくせんで、今まで通りで頼むわ」

「じゃあ、はい、わかりました」



 そう笑顔で言う。



「よし、皆準備はええか?」

「「「はい」」」

「「きゅっきゅー!」」



 薫は気を引き締め、人差し指を目頭に当て目つきを鋭くし、



「さぁ、俺の大切な仲間に手出したことを本気で後悔させたるか!」



 そう言って薫は、プリシラが開いたゲートに入っていくのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。


感想を返信遅れて申し訳ない。

書籍の方の加筆と書き下ろしなどの直しで、かなり時間を食っている状態です。

そして、どんどん伸びてるptにちょっと困惑気味でございます。

読者の皆様本当に有り難うございます。

これしか、言う言葉がありません。


次回も一週間以内の投稿を頑張りますが、もしかしたらほんの一日遅れる可能性があります。

身内の不幸で、ちょっとバタバタしますので申し訳ないです。

ではー

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