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クレハの治療

 スパニックの街中を歩く。

 ピンク尽くしの完全フル装備。

 肌寒いため、薄いピンクと白色のポンチョにロングスカート。

 そして、うさ耳ぽんぽん付きのミトンを手につけている。

 黒いブーツが、ちょっぴり大人感を出している。

 頭にスノーラビィを乗せて、とてとてと薫と一緒に歩く。

 薫はいつも通りの白衣に、下はワイシャツに黒のパンツのフレアタイプの物を着用している。

 

 

「寒くなってきましたね」

「そうやなぁ……。雪とかって降るんやろうか?」

「どうなのでしょうね。私は見たこと無いので」

「それじゃあ、楽しみにしとくとええよ。かなり幻想的やで。って、そういえば、それに近いものは一回見とるやん」

「?」

「ほら、闘技場でアリシアが使ったブリザードみたいなのが、一応あれも雪みたいなもんやで」

「えー!? あんなに硬くて細かいものが降ってくるのですか!?」

「いや、すまん。ちょっと誤解があるな。あれだと人が外を歩けんやろ……。むしろ、血だらけになるわ。もっと、ふわふわで手に落ちると溶けてなくなる細かいものを言うんや」

 

 

 ほえーっと言った感じで薫を見てくる。

 見てみたいといった感じで、ちょっとルンルン気分で歩く。

 二人は、そんな話をしていると目的地であるこの街の領主の館へと着いた。

 作りはやはりどこも同じで、一際大きくこの街の看板と言っていいのか、豪邸といえる建物であった。

 

 

「さぁ、どの程度話のわかる奴やろうなぁ」

「大丈夫ですよ。薫様なら話せば(物理)理解してくれますよ」

「なんやろ、今なんかちょっと含みの違う意味合いに聞こえたんやけど……」

「そ、ソンナコトアリマセンヨー」

「たく、ほんまに……」

「えへへ、ちょっと薫様をからかっただけですよ」

「ほう、言うようになったなぁ」

 

 

 薫は、笑いながらそう言う。

 二人で出歩くなど、最近はあまりなかったからちょっと新鮮だなと思う。

 そんなことを思いながら薫はアリシアを抱き寄せ、頬を優しくつねりながら「この口か? この口が悪い言葉を覚えたんか?」と言いながらぐりぐりとする。

 アリシアは、きゃっきゃ言いながら逃げようとする。

 はたから見れば、バカップルといえる行動である。

 領主の館の門番は、そんな薫たちを見て、若干だが爆発しろと言わんばかりの目つきでこちらを見てくる。

 じゃれ合いもそこそこにして、薫は門へと向かう。

 

 

「すまんのんやけど、領主さんと面会したいんやけど」

「ああ、すまないが、現在領主様と会うことは出来ない。冬吸風邪で寝込んでいる」

「タイミングが噛みあうと話が早く回りそうやな。その冬吸風邪の特効薬を持ってると言ったらどないする?」

「はっ! そう言う嘘をつくのはよくないぞ。最近、グランパレスの治療師の影響を受けたのかそういった輩が多くて困る」

「ほ、本当に治りますよ? 嘘ではないのですよ」

「はいはい、薬だけ貰っといてやるからさっさと帰ってくれ」

 

 

 門番は、薬をさっさと出せと言わんばかりに手を出す。

 面倒だという表情が見えてとれる。

 

 

「ああ、すまんな。俺の薬は、ちゃんと診断してやないと出せんのんや。他の薬と一緒に飲んで効果が薄れたりするからな」

「はぁ?」

 

 

 薫の言葉に何を言ってるんだといった感じで首を傾げる。

 言ってる意味がわからないというのが、ひしひしと感じる。

 薫は、この者に言ってもしかたがないかと思いそのままその場を離れようとする。

 今までの者と全く違う行動に、門番はきょとんとする。

 強引に薬を渡してきたり、どうにか取り次いでくれと言ってしつこい者が多かった。

 薫もまた、別に領主に必ず取り次ぐ必要もないのでそのような行動を取る。

 のちのち、慌てたように向こうから接触してくるであろうと思う。

 その時でもいいかなと思うのだ。

 しかし、アリシアは先程の門番の態度が気に入らないのかムスッとする。

 アリシアは、薫の能力を知っているだけに信用できるが、全く知らない人からしたら怪しいと思うのは当然だ。

 それをアリシアに説明するとしゅんとしてしまった。

 

 

「まぁ、ちょうどええ機会や。名をそろそろ売ってこうか」

「といいますと?」

「ん? 俺の名前で薬を発行する」

「つ、ついに薫様が動くのですね!」

「もっと、早めにしたほうがよかったんやけどな。喧嘩売られた瞬間からもう隠す必要性無いしな」

「薫様なら、一瞬で名声は手に入れられますね」

 

 

 満面の笑みでアリシアは薫を見る。

 もう、名声を手に入れたといっても過言ではないというか、確定事項といった感じであった。

 薫は取り敢えず、街のオルビス商会の系列店へと向かう。

 商業地区のもっとも中央によりの店。

 外装は、レンガ造りで四階建て。

 この街の商店では最もでかいく存在感を放っている。

 そして、オルビス商会の旗が風になびく。

 

 

「なんか、アリシア。物凄く大きい店やな」

「はい、オルビス商会はこの大陸では一番大きい商会ですから」

 

 

 胸を張ってえっへんと言わんばかりにアリシアは言う。

 カインとサラの経営する商会。

 その系列店は品揃えが豊富で、いろんな地域に店舗があるから、その地域にしかない物ですら店頭に並ぶ。

 そのため、営業中はかなりの人が入る人気の店となっていた。

 冒険者御用達の最高の店。

 安価な物から高級品までを取り揃える。

 迷宮熱の薬ももちろん取り扱っているが、現在は夏ではないので、在庫を抱えて夏に放出するといった感じになっている。

 今は、パイン細菌の薬の店頭に並んでいる。

 これも、安価で治療院でも出されているものより5%ほど高く設定されている。

 緊急の時などは、こちらで直ぐに購入できる。

 ちゃんと薬剤師が商店に配備されている。

 これは、薫が導入した方がよいといったやり方である。

 現代のドラックストアでもやっていることだ。

 資格を持っている人が居ないと売ってはならないと言う規定がある。

 こっちの世界でも、薬剤師が居たほうが安心というのと信用問題もある。

 それによって、オルビス商会はまた一段と大きい組織になっていた。

 二位とかなりの差をつけての独占状態と化している。

 薫とアリシアは店の中へと入った。

 

 

「品揃えもまた凄まじいな」

「はい、お客さんの要望にも応えれますから」

 

 

 薫にお店を褒められると、自分のことのように嬉しそうに笑う。

 そんなアリシアを見ながら、薫も微笑むのであった。

 薫は、そのままカウンターへと向かう。

 一人の亞人のおねえさんに話をかける。

 

 

「ちょっとええやろうか?」

「はい、何でしょうか?」

「ここの代表に話があるんやけど」

「え? えっと、何ようでしょうか?」

「ああ、すまんやった。俺は、カオル・ヘルゲンって言ったらわかるやろうか? それとも、芦屋薫と言ったらええやろうか?」

「!! え、えっと、と言うことは、そちらのお連れのお嬢さんは……。アリシア・オルビス様でよろしいでしょか??」

「はい、今はアリシア・ヘルゲンです」

 

 

 にっこりと笑うアリシア。

 若干引きつるカウンターのおねえさん。

 カウンターのおねえさんは、「少々お待ちください!」と言ったあと、猛ダッシュで裏へと走っていった。

 数分後、カウンターのおねえさんが帰ってきたら即座に裏へと通された。

 高級な品々が並ぶが、嫌味のない程度に飾られている。

 商談室だろうかと思わせる部屋。

 ふかふかなソファに光沢のあるテーブル。

 間接照明で落ち着きがある。

 薫とアリシアは、その部屋で座って待つように言われた。

 スッと座ると体を包み込むように沈むソファ。

 人間を駄目にするような心地よさに襲われる。

 スノーラビィもアリシアの頭から降りて、ぽよんぽよんと跳ねながら座り心地を確かめる。

 スノーラビィには、そこまで心地よくはなかったのだろう。

 アリシアの太ももへと上り、くるりんとまるまった。

 アリシアは、スノーラビィの体を優しく撫でながら微笑む。

 慈愛に満ちた優しい表情に薫は一瞬目を奪われる。

 一度咳をして、気持ちを切り替える。

 少しすると、部屋に一人の女性が入ってきた。

 背はアリシアと同じくらいだろうか。

 年齢は、30歳半ばくらいで髪型は前下りのボブヘア。

 茶髪で、紺色のスーツのような物を着ている。

 いかにも仕事ができますよと言わんばかりのオーラを醸し出している。

 

 

「お待たせしました。このスパニック支店を任されてます。アニス・ロナードです。カイン様のご令嬢様と旦那様が来られるのでしたら、お迎えの一つでもしましたのに……」

 

 

 そう言いながら、スッとソファに座る。

 メガネをつけていたら、クイッと摘んで上げそうだと薫は思う。

 そのくらいメガネが似合いそうな人だと思う。

 

 

「そんなんせんでもええよ」

「はい、お仕事中に来てしまい。ちょっと申し訳ないです」

「いえいえ、私どもは、カイン様の商会でかなりお世話になっておりますから」

 

 

 そう言いながら、スッと鈴を鳴らすとメイドの格好をした猫耳の少女が部屋に入ってきた。

 ティーセットを持って、まったく音を立てずにテーブルへ置き、サッと手際よく三人分のラックスティーを入れる。

 そのまま、一礼をして部屋を出て行った。

 

 

「どうぞ、外は寒かったと思いますので」

「ああ、助かるわ」

「頂きます」

 

 

 クッと一口飲むと、今までとは少し違う風味を感じる。

 体の芯から温まり、スーッと気持ちが落ち着く。

 ほんのり甘みがあり、後味がスッキリとしている。

 

 

「凄いな、物凄くうまいわ」

「はい、今までのラックスティーとはちょっと違います」

「うふふ、よかった。お口にあったみたいですね。こちらの商品は、ちょっと葉の比率を変えてます。そして、キンググレープを少し混ぜております。まだ、商品化には行き着いてませんが、これからもう少し改良してから売りに出そうかと思ってます」

「これ、ちょっとほしいな」

「はい、私も気に入りました」

 

 

 そう言いながら、もう一口飲む。

 

 

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、そうやったわ。冬吸風邪の特効薬をちょっと市場に流して欲しいんやけど」

「!!? え? 冬吸風邪の特効薬ですか??」

 

 

 薫の言葉に先ほどまでの落ち着いた話し方が崩れる。

 必死に平常心を保とうとする。

 しかし、そのようなことが出来るわけもなかった。

 年間でかなりの人数が冬吸風邪に罹り、三割の確率で命を落とすことがある。

 迷宮熱と並んで、かなり厄介と言われる病気の一つの特効薬を自身の店から世に流すことが出来る。

 前回も迷宮熱の特効薬を流そうとした時、心が震えた。

 世紀の大発見をしたかのような名誉なことをこの商会に入って出来た。

 今では、当たり前のように特効薬の在庫を抱えていつでも対応出来るようにしている。

 精製するための材料もある。

 治療師へと流す事も可能になっている。

 しかし、これが出回る前などどうしようもないレベルであった。

 体力回復剤が毎日飛ぶように売れるくらいで対処のしようもない。

 本当に、役立っているのだろうかと思いたくなった。

 

 

「そ、それの効果は、か、確実にあるのですか?」

 

 

 生唾を飲み、声が震える。

 本物ならば、オルビス商会がまた一段と大きくなる。

 それでなくても、相当な支持率のある商会で、将来も安泰と化しているのにまだまだと言わんばかりに膨れ上がるようにも感じる。

 そう、本物ならばの話だ。

 そう思った瞬間、アリシアの言葉からありえない言葉を耳にする。

 

 

「大丈夫ですよ。迷宮熱の特効薬を作ったのも薫様ですから」

「へ? め、迷宮熱は、グランパレスのリースという方が作ったのでは?」

「ああ、これは口外しないでほしいんやけど。オリジナルは俺が作って、劣化版の精製方法をリースに渡したんや。あの街の治療師達の向上心を上げるためでもあったからな」

 

 

 とんでもないことを聞いてしまったと言わんばかりに、目を見開き固まってしまうアニス。

 アリシアは、心配したような表情でアニスを見る。

 数秒固まった後、直ぐに再起動したかのように動き出す。

 意外と順応しやすいのだろうか。

 そんなことを思いながら、薫は話を進めていく。

 現在、領主のところへ行ったが、取り合ってすら貰えなかったことなどを話す。

 

 

「ああ、それは仕方がないですよ。今、一攫千金と言った感じで、治療師たちが本気で薬の開発に乗り出してますからね」

「そういうのはええことやん。まぁ、粗悪品が出回ったり、体に害があるものが出まわるのはようないやろうけどなぁ」

 

 

 薫は、そう言いながら顎に手を当て考えながら言う。

 もう少ししたら、ワトラの研究が公表される。

 それまでは、皆手当たり次第に自身の研究の仕方で薬を精製するだろうと思う。

 基礎すらできていないのであれば、失敗例が天文学的数字の確率に跳ね上がる。

 だから、今のところは新たな薬ができるのは奇跡に近いだろう。

 

 

「取り敢えず、薬は飲み始めてから五日間で完治する。まぁ、人と亞人では効果の効き方が違うから、それより早く治ることもあるし、遅く治ることもあるってことは頭に入れといてほしいんやけどええか?」

「はい、わかりました。それで、精製方法は?」

「んー。まぁ、全体公開するつもりやから処理はそっちで頼めるとありがたいかな。この紙に書いてある通りに作れば確実や」

 

 

 そう言って、薫は二枚の紙を渡す。

 アニスは、それを見て驚く。

 精製に使う素材の分量が事細かく書かれている。

 そして、使う道具など今までに見たこともない機材がある。

 機材は、代用の効く機材の名前も書かれてある。

 

 

「な、なんと言って良いのか……。凄いの一言ですね」

「薫様ですから」

「まぁ、その特効薬の材料は、かなり代用の効く奴が多かったから比較的楽やな」

「ら、楽ですか……。もう、言葉も出なくなりますね。世紀の大発見をここ数ヶ月で何度も経験しているといろいろと感覚がおかしくなりますよ。それでは、この精製方法は、帝国へとスパニックの領主へと報告します。登録名はどうしますか?」

「ああ、よろしゅう頼むわ。登録名は、カオル・ヘルゲンでええよ」

「承知しました。では、私は素材の入手を各支店へと流しますね」

「それでかまわへんよ。初期で流す量は、そうやなぁ……。五千人分の五日間でええか?」

「十分だと思います……。服用は、一日三回ですか?」

「いや、朝と晩の二回や」

「わかりました。では、薬剤師へそれは伝えておきますね」

「ああ、それと、この支店には冬吸風邪に罹った人っておるんか?」

「はい、数人現在は自宅で休んでいます。出勤してしまうと周りにどんどん広がるので」

「なら、その人らに最初に服用してもらうのがええかもな。効果が気になるやろうから」

 

 

 薫は、ちょっと悪い顔をして笑う。

 完璧に信用しているわけではないということは知っている。

 だから、それを確実にするためにその薬の効果を確かめてもらう。

 いくら、オルビスと言っても簡単には信じてはならない。

 だが、これからほとんどの薬をこの商会を通して大陸全土へと供給させる。

 なので、確実な信頼関係を築かなければならない。

 カインとの直接の取引ならそのような心配はないが、支店となるとまた変わってる。

 一つの失敗が、後々思いもよらないことへと繋がることもあるからだ。

 薫は、アイテムボックスに手を入れ、麻の大袋に薬を精製する。

 凄まじい量が袋一杯に一瞬で出来上がる。

 一つ出来ると一つずつテーブルの上に出す。

 それを5袋分作る。

 アニスは、薬の量を見て引きつる。

 アイテムボックスの規定量を確実に超えている。

 薫は、何事もなかったかのように話を進める。

 

 

「じゃあ、流すのは服用して五日後で頼むわ」

「わ、わかりました。では、早速病気の者へと薬を届けさせますね。五日後にまた結果を報告で宜しいでしょうか?」

「ああ、そのときは頼むわ」

 

 

 そう言って、薫はソファから立つ。

 アリシアも一緒に立ち上がる。

 手の上で、ずっとお腹をくりくりと撫でていたため、スノーラビィは服従のポーズをとっていた。

 そっとそのままスノーラビィを頭の上へと乗っける。

 定位置になったのか、スノーラビィはお団子のように丸まってしまった。

 

 

「え、えっと、アリシア様、そのピンクラビィらしき生き物は……本物ですか?」

「はい、この子はピンクラビィの珍しい子ですよ。スノーラビィちゃんです」

「か、可愛いですね……。ピンクラビィを見るのは初めてです」

「ふわふわですよぉ」

「スパニックでも、ピンクラビィのご当地を作りましょうか……」

「ぜひ、お願いするのですよ! 私は買いますよ」

「うふふ、カイン様の言った通り、ピンクラビィが大好きなのですね」

「はい、大好きです」

「では、出来たらお送りしたいと思います」

 

 

 そう言って、アニスはアリシアに笑顔で一礼する。

 そのまま、薫とアリシアはオルビス商会の支店を出る。

 アリシアは、終始笑顔で楽しそうに歩く。

 

 

「ピンクラビィのご当地が楽しみなんか?」

「はい、それもありますけど。薬を流してくれると言ってくださいましたから嬉しいのですよ」

 

 

 そう言いながら、くるんとターンをする。

 ふわりとスカートがなびく。

 

 

「期間は五日後か、その間にクレハさんの治療やな」

「手術ですよね」

「ああ、でも、今回はそこまで大層なことはせんけどな。内視鏡で癌の部分を回収してから様子見ってところや」

「なるほどです。でも、これでクレハさんは大丈夫ですね。あ! でも、アレルギー性の気管支喘息はどうしましょうか……。あれは、ハウスダストとかですから……」

「今のところは、泊まってる階層に『無菌室』掛けとるから問題ないけどなぁ……。アレルギー反応を起こすとやっかいやからな。いろいろと考えなあかんことが多すぎやな」

「わ、私も一緒に考えます」

「ああ、頼りにしてるで。嫁さんなんやからな」

「あ、あい!」

 

 

 ちょっと噛むアリシア。

 恥ずかしそうに、薫の手を取る。

 ツッコミは、入れないでくださいと言わんばがりに俯く。

 薫は、何も言わずにそっと肩に手をやり、自身に引き寄せる。

 そして、そのまま薫は何も言わずに宿屋へと戻るのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 少し時間が遡る。

 宿屋の一室。

 クイーンサイズのベッドで、フーリの寝顔をじっと見つめながら微笑むクレハ。

 時折、ほっぺをつんつんと突付き反応を伺う。

 夢の様なひとときを送っていた。

 昨日の晩は、遅くまで話をしていたため、フーリはなかなか起きる気配がない。

 頬を引っ付けても、フーリのお腹を枕にしても、ギュッと! 抱きしめても全くなのである。

 クレハは、思う存分フーリニウムを蓄えるのであった。

 

 

「フーリぃ……。もう、絶対に離さないからね」

 

 

 そう言いながら、左胸に耳を当て抱きしめる。

 フーリの心音を聞いて、生きているという喜びを噛みしめる。

 なぜか、涙が出てくる。

 昨日たくさん泣いたのに、まだ収まる気配がない。

 とうに枯れてしまったと思ってしまった涙は、ただダムのようにフーリと別れた時から大量に溜まっていただけだったようだ。

 決壊すると、なかなか止まることがない。

 そのままフーリの頬に両手を置いて、優しく撫でる。

 馬乗りになった状態で、顔をフーリに近づける。

 そのまま目をつむり、おでこを引っ付ける。

 

 

「フーリ……。これは、私の誓でもあるの……。フーリを悲しませたりはもうしない。フーリが一生笑って暮らせる世界を作るからね……」

 

 

 そう言って、少しの間そのままの状態でいる。

 

 

「じゃあ……。私は……おねえちゃんが笑顔でいられる世界を作る」

「っ!?」

「おはよ。クレハお姉ちゃん」

 

 

 そう言って、挨拶をするフーリに、クレハは顔を真っ赤にさせて顔を見ないでと言わんばかりに顔をフーリの胸に埋める。

 まさか、あのタイミングで起きるとは思わなかった。

 

 

「……おはよ。……いつから起きてたの?」

 

 

 消え入りそうな声で言うクレハ。

 自身の心音がとても早く聞こえる。

 フーリの心音は、とても落ち着いていた。

 恥ずかしくて消えてしまいたいと思うクレハの頭を撫でながら、フーリは優しく穏やかな声で言う。

 

 

「えへへ、おしえなーい」

「こ、こら! フーリ、お姉ちゃんに教えなさい! は、恥ずかしいじゃないのよ。拒否権なんて無いのよ!」

「やだー。えへへ。言わないもーん」

 

 

 そう言って、クレハの頭を撫でる。

 ちょっと頬を膨らましてジト目でフーリを見る。

 訴えかけるような目線にもまったく動じないフーリ。

 クレハは、諦めて一度深呼吸をする。

 

 

「いいわよいいわよ。お姉ちゃんイジケちゃうんだもん」

「?」

「イジケちゃうんもーん」

 

 

 そう言いながら布団に丸まって出てこなくなった。

 フーリは、今までと違ったアプローチにオドオドとする。

 いつもなら、強引に締めあげられることがしばしばだった。

 しかし、このようなことはない。

 本当にイジケたのかと思い。

 そっと顔の部分の布団をゆっくりとはぐると笑顔のクレハが「引っかかった!」と言いながら、フーリの手を取り布団の中へ引きずり込まれる。

 ぱたぱたと助けを求めるフーリの手は、空を切る。

 お姉ちゃんホールドに捕まったフーリは、為す術もなくクレハのいいようにされるのであった。

 そんな時に、こんこんと部屋を叩く音がする。

 クレハは、せっかくのじゃれ合う時間を邪魔されたと言わんばかりに不機嫌になる。

 フーリを開放して、扉へと向かう。

 黒く長い髪は、全くと言っていいほどクセもなくストンと流れるように揺れる。

 扉を開けると、ちょっと嫌な顔になる。

 

 

「あら、私達の時間を邪魔するおじゃま虫カオルさんじゃないですか」

「気のせいやろ。どっちかと言うと、フーリは助けを求めていたように感じたんやけど」

 

 

 クレハは、笑顔で「出てってよ~!」という念力でも送っているかのように見えた。

 そのようなことは聞けないとばかりに、薫はクレハに言う。

 

 

「それじゃあ、クレハさん治療しようか。時間的に丁度ええし」

「何が丁度いいのよ!」

 

 

 笑顔で言いのける薫にイラつくクレハ。

 ついつい噛み付いていく。

 しかし、薫の目が「今直ぐYESと言え、文句言うたらフーリにバラすぞ」といった脅迫的な内容に見えて、クレハは飼い犬のようにわんわんと言わんばかりに「治療します」と言うのであった。

 ぷるぷる震えながら、涙目になるのである。

 

 

「お姉ちゃんの病気を治すの? 薫様」

「そうやで。今回は、内視鏡的粘膜切除術(EMR)やな。手術室は出さんでもええねんけど、不測の事態ってのも起こると厄介やからな」

「念には念を入れてですね」

 

 

 薫の言葉に、アリシアは気合を入れる。

 新たな手術を見て、色々と学べるというのがあるからだろう。

 そして、早くクレハに元気になってほしいというのもあるのだろう。

 フーリがずっと笑顔でいられるようにとアリシアは思う。

 

 

「じゃあ、始めるか。ちょっと下がっといてもらえるやろうか?」

 

 

 薫がそう言って、壁際へ移動する。

 そして、魔力を注ぎながら、今回使う手術の器具と不測の事態も考えて手術室をイメージする。

 そのまま、薫は右手を壁にかざす。

 薫を中心に大気が一瞬で異質な程歪む。

 

 

 

「固有スキルーー『異空間手術室』」

 

 

 金色のオーラが発生し、空間がねじ曲がり稲妻がほとばしる。

 バキバキと異質な音を立て、手術室が薫の目に前に現れる。

 クレハは、自身の持つ魔力量を遥かに超えるこの異質な空間を見て驚く。

 攻撃にこの魔力を回せば、一撃で半径数十kmは地図上から綺麗に消えると確信する。

 自身の完全固有スキルでも、確実に止められるか少し不安を抱くレベルである。

 実力があるからこそわかる。

 なぜ、このレベルで制限が掛かって無いのかと思う。

 確実にSランクに入る実力がある。

 思考を走らせるが、納得行く答えにたどり着け無い。

 そんなことを思っていると、自身を呼ぶ声が聞こえる。

 

 

「おーい、クレハさん。治療するから中に入ってくれるか?」

「あ、ああ、ごめんなさい」

 

 

 そう言いながら、クレハは恐る恐る手術室へと入る。

 見たことも無い部屋。

 知らない器具の数々。

 不安が押し寄せてくる。

 しょぼんとした表情で、入り口にいるフーリを見る。

 フーリは、「大丈夫だよ」と言い、クレハの不安を取り除こうと必死になっていた。

 クレハは、頑張って笑顔を作る。

 心臓の鼓動がどんどん早くなる。

 そんなクレハに、薫は「これが終われば、フーリと楽しい時間が一杯過ごせるんやから頑張れ」と言う。

 いつもの軽い口調ではなく。

 初めて診察をしたときと同じで、安心して任せられるというなんとも不思議な感覚に陥る。

 なぜ、このように思ってしまうのかわからない。

 フーリが、大丈夫と言ったからだろうと思い、思考を停止させる。

 扉がゆっくりと閉まる。

 クレハは、薫に連れられ手術台へと来る。

 クレハに手術衣に着替えて貰い、手術台に寝る。

 薫とアリシアは、裏へ入り消毒をしてから着替えて出てくる。

 

 

「そしたら、早いところ元気になって貰わんとな」

「失敗したら怒るわよ! 一生呪ってやるんだから」

「失敗はするつもりあらへんよ。そんなんしたらフーリが悲しむやろ?」

「……」

「さて、内容は前話した通り、癌の部分の切除や。麻酔を使うから痛みはないけど、今回はチューブを入れるから変な感じがするかもしれへん」

「前みたいな空気の塊ではないのね……」

「そういう事や」

 

 

 異物を飲み込むということは、したことが無いからだろう。

 不安にクレハは思う。

 薫は、話をしながら前回使っていない薬剤を使うため、それで薬害アレルギーが出ないかを調べる。

 結果は全て問題なかった。

 薫は、医療魔法の『消泡剤』と『インジゴカルミン(青い色素)』で、クレハの胃を綺麗にするのと、癌と正常の部分を見分けるための薬をかける。

 そして、前回は使わなかった医療魔法の『麻酔ゼリー(喉の麻酔)』を掛ける。

 ゆっくりと喉に滞在させる。

 その後は、胃の運動を止めるため前回も使用した『抗コリン剤』を使う。

 今回は、クレハが少し緊張しているので『鎮静剤』も使う。

 内視鏡を入れる準備が整ったので、左側を下にして横向きになって貰う。

 

 

「さぁ、始めようか。いつも通りや。気合い入れて行こか!」

「はい」

 

 

 クレハにマウスピースを咥えてもらい、細い内視鏡を口に挿入していく。

 

 

「!? んっ?」

 

 

 異物が喉を抜けて行く感覚が異質で、若干混乱する。

 しかし、その後はすぐに落ち着きを取り戻す。

 薫は、ステータス画面に映像を写しながら挿入していく。

 梨状陥凹りじょうかんおうに侵入しないように、食道入口部へと進める。

 薫は、内視鏡をほんの少し右に捻りながら操作する。

 

 

「するりと入りました! か、簡単にこのように挿入出来るのですか?」

「コツがあんねん。嚥下させんでもこうやって、ほんの少し右に捻りながら操作して入れると入りやすいんや」

「成る程です」

「まぁ、数こなさへんと理解ができへんからな」

「わかりました」

 

 

 そう言いながら、アリシアは薫の手の動きとステータス画面に映る映像を見つめる。

 薫は、そのまま進めていく。

 前回の検査で見つけている場所まで内視鏡を運ぶ。

 

 

「か、薫様、癌の部分の周りが青くなってます!」

 

 

 アリシアは、そう言いながら指を指す。

 この色素は、手術前にインジゴカルミンと言う物を使ったからこのようになる。

 正確な癌の大きさを調べるためには必要な薬だ。

 小さくポコっとした物がある。

 その周りに、青い色素が付いている形になっている。

 

 

「ほとんど初期の状態やな。これからこの癌細胞を切除するからよう見ときや」

「わかりました」

 

 

 薫は、内視鏡を操りポコっとした癌細胞の下へ移動させ、内視鏡の先端から局注針を出し、癌細胞の粘膜の下に刺して中に生理食塩水を注入する。

 僅かに膨らんでいた癌細胞を、持ち上がるように膨らむ。

 癌細胞の大きさは1cmにも満たない。

 それが、ぷっくりと取り除きやすい形になる。

 薫は、局注針を内視鏡に納めて、次にスネアと呼ばれる輪っか型のワイヤーを出す。

 それを持ち上げられた癌細胞に当てる。

 そのまま、輪っかを締め上げていく。

 すると、癌細胞だけが締めらていく過程で、綺麗に分かれる形になる。

 

 

 

「す、凄いです。綺麗に癌細胞だけを捕まえてます」

 

 

 そして薫は、スネアに電流を流して病変を焼き切る。

 ポロンと焼き切った癌細胞を、内視鏡で回収して体の外へ出す。

 薫は、『解析』を掛けて癌細胞が残ってないかを調べる。

 結果は、無し。

 そして、クレハの胃の粘液に『解析』を掛け、ピロリ菌が居ないかを調べる。

 結果は、有りと出た。

 薫は、ピロリ菌除菌治療の抗菌剤を服用してもらうためのスケジュールを組み立てる。

 全てが終わり、薫はクレハに話しかける。

 麻酔で呂律が回らないので、薫は手術成功を告げ、異空間手術室からクレハを運び出す。

 手術室の扉が開くと、フーリは走って薫の下へとやってくる。

 

 

「お、お姉ちゃんは?」

「大丈夫や。もう心配ないからな」

「薫様……、ありがとう」

 

 

 ぽろぽろと涙を流しながら、薫にお礼を言う。

 薫は、クレハをベッドへと移し、そのまま寝かせる。

 フーリに、現在のクレハの状態と、体の中にピロリ菌がいることを説明する。

 そのまま言ってもわからないと思い、悪い菌という風に言い換える。

 それは、薬で駆除出来ることも言うとフーリは、「お姉ちゃんの看病をする」と言って、寝ているクレハに付きっきりになる。

 フーリは、クレハの手を両手で持ち何か祈るようにしていた。

 薫は、仕事も終わりこれから回復に専念する。

 フーリにそのことを告げ、緊急時は叩き起こしてくれと言い部屋を後にする。

 扉を閉めると同時に、異常なほどの脱力感が襲ってくる。

 壁に寄り掛かり、どうにか倒れないようにだけして、アリシアに引き継ぎと薬を精製して渡す。

 アリシアは、薫からの引き継ぎを真剣な表情で「わかりました。薫様は休んでいて下さい」と言う。

 今にも倒れそうな薫を、必死に支え部屋へと連れて行くのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。


後もう少しで、総合評価が40000ptです。

自身のもう本望ですのラインですね……。これ以上は感無量ですから。

頑張って目標へと到達したいと思います。


はい、次回も一週間以内の投稿を頑張ります。

今回は、ギリギリでした申し訳ないです。

次の話は早くできるといいな……。

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