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薫の講習会と動き出すクレハ

 朝を迎える。

 朝日が気持よく薫は体を起こす。

 横にはアリシアが、幸せそうな表情で眠っている。

 薫はそのままベッドから出て、着替えを済ませる。

 フーリは、ちょっと寝相が悪いが、布団を蹴ってベッドから落としていた。

 薫はやれやれと思いながら、布団を元の位置に戻す。

 こちらも起きる気配はない。

 薫は、一旦部屋を出て食堂まで行く。

 朝食は皆で食べるが、ちょっと何か飲み物が欲しくなった為、カウンターに座りラックスティーを頼む。

 温かいラックスティーを、少し冷ましながらゆっくりと飲む。

 まだ朝が早い為、冒険者の姿は少ない。

 皆、未開の地への攻略で、色々と頭を悩ませているといった感じだった。

 薫はそんな者達を横目に、のんびりとラックスティーを飲みながら心を沈める。

 すると、後ろから薫を呼ぶ声が聞こえる。

 

 

「あれ? カオルさん早いですね」

「ん? ああ、ミーナか。そっちも早いやん」

 

 

 そう言って、挨拶をする。

 ミーナは可愛らしいオレンジ色のパジャマを着ていた。

 獣人専用なのだろうか、尻尾の部分に穴がありそこから尻尾が出ていた。

 薫は珍しいなと思いながら、それを見ているとミーナが恥ずかしそうに言ってくる。

 

 

「か、カオルさんあまり……。その見ないで下さいよ」

「ああ、すまんすまん。ちょっと珍しかったからついな」

「え? 尻尾空きですか?」

「そうやな、まぁ、俺のパーティは獣人おらへんし」

「えへへ、冬場は物凄く重宝しますよ。なんたってこの尻尾がふわっふわでもうねぇ。モッテモテですよ」

 

 

 そう言いながら、ミーナは自身の尻尾を丁寧に撫でて毛並みを良くする。

 薫は、ブラッシングしたらもっと綺麗になるだろうなと思うと、そっとミーナはブラシを差し出す。

 素知らぬ顔でだった。

 

 

「なんや?」

「いえ、ブラシを掛けて頂けないかなぁと……」

 

 

 ちょっと目線を逸らしながら、ミーナはそう言う。

 して欲しいのだろうなと思い、薫は一応許可を取る。

 ミーナは、「仕方ないですねぇ」と言いながら、尻尾を揺らしている。

 言葉と行動が、あべこべ状態であることに気がついているのだろうか。

 薫は、そっと尻尾を手で取り、毛先からゆっくりとブラシを通していく。

 ミーナは、気持ちよさそうに耳をぴょこぴょこさせている。

 

 

「ほい、出来たで」

「いやー、カオルさんのブラッシングは最高ですねぇ。一家に一人、薫さんがほしいですよ」

「なんやろ、前にもそんなこと誰かに言われた気がするわ」

 

 

 そう言いながら薫は頭を掻くのであった。

 そうしていると、何やら視線を感じる。

 丁度、三人分の視線だ。

 そちらをちらりと横目で見ると、アリシア、フーリ、スノーラビィがこちらを柱の陰からこちらを見ている。

 なにこれ怖い。

 ジトッとした目線でこちらをじっと見ているのだ。

 若干一名、嫉妬のオーラを感じるが気にしない。

 薫は、手でちょいちょいとアリシア達を呼ぶ。

 すると、とぼとぼと歩きながらこちらへとやってる。

 二人と一匹は、ちょっと寝ぐせが立っている。

 

 

「ほら、こんな髪の毛で外でたらみっともないやろ」

 

 

 そう言いながら、アリシアのぴょんとはねた寝癖を整えながら言う。

 しかし、今日のアリシアは一味違った。

 薫に寝癖を整えて貰いながら、ビシッとミーナを指差し言う。

 

 

「薫様のブラッシングを味わうなんて、羨ま、じゃなくて……ずるいのです! ミーナさん! こ、この泥棒ネコなのですよぉ!」

「私も、あんまりされた事ない。ずるい」

「きゅっきゅー!」

「今日たまたまして貰っただけですし。い、いきなり、そのような事を言われても困りますよ。不可抗力です」

 

 

 何やら二人と一匹で抗議をしている。

 ミーナは、目を逸らしてそう言う。

 全くもってどうでも良い。

 薫は溜め息を吐きながら、アリシアの寝癖を直してから椅子に寄りかかる。

 そんな時、薫はステータス画面の端っこに、お知らせと書かれた項目が現れている事に気がつく。

 自身のステータス画面は、あまり見ないので気付くのが遅れてしまっていた。

 薫はそれを開くと、そこには新たな称号を獲得しました! と称号がレベルアップしました! と二つ書かれてあった。

 詳細画面を出すと、そこにはこのように書かれてあった。

 

 

 ・撫でリスト・極 (魔性の手の持ち主)

 動物、亜人、人など、様々な種族を撫でて、屈服させた者に与えられる称号。

 能力上昇は無いが、特に動物系、獣人系統に好かれやすくなる。

 動物系、獣人系統からは、魔性の手とも呼ばれ、その者を神と崇められる存在に位置する。

 撫でるだけで虜にしてしまう為、この称号を持つ者は注意が必要。

 撫でられた者は、撫でられれば撫でられるほど、どんどんその魔性の手の快楽に溺れていく。

 そして、一度ハマると抜け出すのに苦労する。

 人間もある程度効果があるが、この二系統よりかは薄い。

 

 

 薫はラックスティーを吹きかける。

 そして、これを見て「心底いらねー」と思うが、今まで何故かコロリと好かれる事が多かった。

 亜人の中でも、特に獣人に好かれる事が多かった気がする。

 こいつのせいか!

 なんちゅう要らない物を寄こしやがるんだ!

 一体どの時点で、この称号を手に入れていたのか分からないからどうしようもない。

 溜め息を吐くなどのレベルではない。

 いっそうの事、この称号ごと投げ捨てたくなるレベルである。

 出来るなら、アリシアに譲渡したい。

 まぁ、それが出来れば、苦労はないかと思う。

 そして、今まさに目の前で起こっている惨状に目をやる。

 アリシアと愉快な仲間達と涙目ミーナの戦いが今か今かと火蓋が切られそうな展開になっていた。

 

 

「はい、ストップ。喧嘩したら刑を執行する。異論のある奴は言うてみぃ」

「「「「……!?」」」」

 

 

 三人と一匹は、全くもって異論がないようだ。

 刑の執行は、どのようなモノが来るかわからない。

 今迄食らってきたアリシアとフーリは、目を丸くさせ可愛らしく横に首を振る。

 スノーラビィも、薫の言葉を聞いた瞬間、ピクリと反応して大人しくなる。

 ミーナは薫の刑を一つしか知らない。

 あの冒険者達にした刑が思い浮かべられる。

 強烈なインパクトを残した骨折り回復を繰り返す刑。

 まさに、終わらない悪夢。

 ミーナは青ざめ、薫の言う事をこくんこくん頷き聞く。

 殺されるよりもきついと思ってしまう刑な為、聞かざるをえない。

 

 

「皆、素直でよかったわぁ。手間が省けるってもんや」

「か、薫様。刑は無しでお願いするのですよ。戦意喪失というレベルではないのです」

「言う事聞く、刑は無し!」

「きゅっきゅきゅっきゅー!」

 

 

 必死過ぎるアリシアと愉快な仲間たち。

 それに薫は笑いそうになる。

 どんだけ恐怖を植え付けてしまったのかを理解してしまう。

 そして、薫はこの称号については、アリシア達に言うことを伏せようと思う。

 下手に言うと、どんどんエスカレートしていく。

 それと、プリシラにその情報が行けば、また厄介事が増えると思うからだ。

 

 

「とりあえず、当分は撫でる等は無しで行こうと思う」

「「「「!!!!!?」」」」

 

 

 皆が皆、肩を落とすレベルでがっくりとする。

 特にアリシアが、ぺたんとその場で崩れ落ちた。

 撫でて貰えないという事は、あの幸福な感覚が味わえないし気持よくなれない。

 ミーナなど、殆ど薫との接点が無いだけに本気で涙目になる。

 しかし、薫はそれを譲る気は無い。

 麻薬並みと化した薫の手の後遺症を解く為、仕方なしで禁止令を出す。

 

 

「か、薫様に撫で撫でして貰えない……。これは死活問題なのですよ!」

「いや、死活問題でもないやろ。しなくてもいいやろ。死ぬわけでもないんやから……」

「無理、薫様の撫で撫ではお姉ちゃんの次に気持ちいい」

「おいやめろ! どんだけ撫でられる事を楽しみにしてんねん」

「カオルさんの手は、魔性の手と同等の価値があると私は思ってます。本当ですよ!」

「ま、魔性の手とかじゃないって。てか、お前ら目が怖いからやめろや」

「きゅっきゅー!」

「いや、言ってる意味わけわからんから本気でやめてくれ……」

 

 

 薫は皆の言葉に溜息を吐き、これからどうするかを考える。

 せっかくのんびりと出来ると思ったのに、朝からこれでは疲れてしまう。

 薫は、なんとか皆を落ち着かせる為に一度だけ撫でる。

 皆幸せそうな表情をするだけに、ついつい余分に撫でてしまう。

 これぞ悪循環といってもいい。

 薫も昔からの癖もあり、宥めるなどの時についついこの行動をとってしまう。

 なんとか、この状況をこの一撫で収める。

 ミーナにも、お昼から講習をする場所を伝えてその場で別れた。

 アリシアとスノーラビィは、ちゃっかり薫に擦り寄って「もう一度撫で撫でしてぇ」と言わんばかりに上目遣いをしてくるが、まずは部屋に帰還したいので一旦おあずけをする。

 しょぼんとした表情になるが、これ以上この場に留まるのはまずい。

 自身が撫でた者がこの場に来れば、またおかしな事になる。

 薫は、アリシアとフーリを脇に抱えて部屋へと戻った。

 その後は、アリシアの撫でてコールが部屋で始まったが、スノーラビィのヒップアタックを頬にぐりぐりするとぴたりと黙った。

 ヘンテコな踊りと手拍子、そして「撫でて! 撫でて!」とコールをする。

 最初は、スノーラビィもそれに合わせて、きゅーきゅー合いの手を入れていた。

 本気で勘弁してください。

 少しでいいので、考える時間をくれといった感じでの苦肉の策だった。

 フーリは、まだ撫でられたい順位がクレハの方が上の為、今のところは大丈夫のようだ。

 おとなしくベッドに寝っ転がって、ごろごろしている。

 スノーラビィは、現在アリシアを黙らせる為に協力して貰っているので、後で撫でるかなと思う。

 しかし、お昼になるまでこの状態は継続し、薫は頭を抱える事になるのであった。

 撫でリスト・極恐るべし……。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 トルキアから約80km離れた街【スパニック】の高級宿屋の一室。

 窓を開け、一人の女性が椅子に持たれている。

 すると、ドアをノックする音が聞こえる。

 女性は返事をすると、中に宿屋の従業員が入ってくる。

 

 

「お客様、ご注文頂いたラックスティーをお持ちしました」

「ええ、ありがとう。そこに置いて下さい」

 

 

 宿屋の従業員は、言われた所にラックスティーを置く。

 横目でチラリとその女性を見る。

 黒髪のロングヘア、腰まで伸びた髪をリボンで一纏めにしている。

 狐のような面をしているが、目元に穴が空いている。

 そこから見える眼の色は、真っ赤で燃えるような炎を連想させる。

 服装は、着物に近い。

 眼の色と一緒でまるで、炎を纏ったかのよう真っ赤な赤色。

 柄はワンポイントで、ダイアモンドリリアという白い花が描かれている。

 着物は着崩してある。

 動きやすいようにする為にわざとそうしているのだろう。

 纏うオーラは異質を極め、関わらない方がよいと体がそう反応してしまう。


「冬吸風邪が流行っております。お客様も気をつけて下さいませ」

「ええ、気をつけます。ありがとう」


 従業員は、一礼をして部屋から出て行く。

 

 

「はぁ、この街でのやる事も終わりね……。結局、全く足取りが掴めなかったわ」

 

 

 そう言いながら、溜め息混じりに机に置かれたラックスティーを手に取る。

 仮面を外し、一口飲む。

 

 

「うん、おいしい……」

 

 

 そのまま、小瓶に入った粉を口に含み、ラックスティーで流し込む。

 気分が落ち着き、ほんの少し表情が柔らかくなる。

 

 

「最近は、ちょっと動きすぎでしょうかね……。フーリ……貴方は何処にいるの……。お姉ちゃん、早くフーリに逢いたいよ……」

 

 

 そう言いながら、クレハは机に突っ伏す。

 そうして、ほんの少し時間が経つ。

 薬の副作用で、服用すると睡魔が襲ってくる。

 お昼ごろだろうか、一匹の火の小鳥が窓に降り立つ。

 

 

「ぴぃ〜! ぴぃ〜!」

「……んっ」

 

 

 火の小鳥はけたたましく鳴き、クレハを起こそうとする。

 目を擦りながら、火の小鳥の足についている手紙に目をやる。

 

 

「どこの罪人の館からかしら……」

 

 

 そう言いながら、手紙に目を通し一旦手紙から目を離す。

 見間違いかなと思い、一旦両目を擦りもう一度手紙を舐めるように近ずけて見る。

 間違いなくその手紙には、フーリの事が書かれていた。

 

 

「ふ、フーリ!? フーリがトルキアにいる!!!!!!!! ど、奴隷になってる!? わ、私が助けなくちゃ!!!! 悪人の手から救わなくちゃ!!!!」

 

 

 そう言いながら、無理やり体を起こそうとしてパタンと床に倒れる。

 思うように体が動かない。

 先ほど飲んだ薬の副作用が残っているせいだ。

 歯がゆそうに、表情を歪めながらクレハは一旦ベッドへと向かう。

 一眠りすれば、直ぐに動ける。

 トルキアまで馬で2日。

 走った方が早いと思う。

 走れば、1日弱で着く。

 フーリに会えると思ったら胸の高鳴りが最高潮に達してしまう。

 逢えたら何をしようなどと、色々な事を考えながら睡魔に襲われ眠りにつく。

 手紙に書かれてあるドルクの件など、脳に全くもって入ってもいない。

 手紙を握りしめ、幸せそうな表情で眠るのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 お昼になり、薫はげっそりした表情でミィシャから許可が出た会議室に来ていた。

 食事は早めに済ませてきている。

 まだ、誰も来てなく部屋は閑散としている。

 石造りで、天井は少し低い。

 窓も小さく、お昼なのに薄暗い。

 薫は魔工具のランプに魔力を流し、灯りをつける。

 何故か、一瞬悪寒が全身に走る。

 これから、何かとんでもない事でも起きるのではないかと言わんばかりに、鳥肌まで両腕に浮かび上がる。

 それをアリシアはジッと見つめながら言う。

 

 

「薫様、病気になってしまったのですか?」

「いや、それは無いな。体調管理だけはバッチリしとるしな」

「治療は、私にお任せなのです。親身に薫様を介抱するのです」

「襲いかかるの間違いやろ……」

「ふぅ~、ふぅふふぅ~」

「口笛吹けてないで」

「……」

 

 

 アリシアは、ぺろっと舌を出して笑顔を作る。

 薫は、鳥肌がたっている両腕を摩るりながら溜め息を吐く。

 フーリは、講習に必要なボードを奥の部屋からコロコロと持ってきた。

 何か転がすのが楽しいのか、行ったり来たりして遊ぶ。

 とてもいい笑顔で、こちらを見てくるので薫も笑顔で返す。

 そんな事をしていると、続々と講習を受ける者が中に入ってくる。

 薫の思っていた以上に人が集まっている。

 ミーナは苦笑いで集まった人たちを中に誘導して、こちらへと来る。

 

 

「す、すいません。なんか、いろんな人が集まってしまったんです……」

「ちょっと多すぎやないか? この場所はそこまで入らんからんぁ」

「た、立って受けると言ってた人もいるんですよ。ですので、大丈夫と思います……。たぶん」

「おい、目逸らしながら言うなや……。まぁ、それでええんやったらかまわへんけど」

 

 

 薫はそう言いながら、ざっと人数を数える。

 大体、15、6人集まっている。

 中には、治療師ギルドの者が混じっている。

 無駄にギルドのマークをローブに刺繍として縫っている為、すぐに分かってしまう。

 そして、会いたくもない者が若干一名いる。

 こちらを睨みつけている。

 不死鳥の刺繍のローブを来た者。

 エクリクスの治療師だ。

 面倒なのも混じってるなと思いながら、薫は講習を開始させようとする。

 長々と待たせるのも嫌というのもある。

 

 

「えー、今日は講習に来て頂いて有り難うございます。まぁ、固っ苦しいのは最初だけでええと思うから、こんな挨拶でええかな」

 

 

 薫はそう言いながら教壇の前に立つ。

 エクリクスと治療師ギルドの者は腕を組み、どのような講習を開くか見ものだといった感じで薫を見る。

 

 

「そうやなぁ、まずはなんで病気に罹るかってのはわかるやろうか?」

 

 

 薫は、まずはそういった質問をする。

 皆、その言葉になんと答えたらよいかわからないでいた。

 それもそのはず、この異世界でなぜ病気になるかがまだ解明されていない。

 医療の発展が皆無の世界で、この質問は絶対に答えられない質問と言っていい。

 なので薫は、なぜ病気になるかを説明する。

 細菌、ウイルス、食生活、ストレス、怪我、遺伝など様々な要因から病気になると言うことを薫はボードに書いていく。

 そして、人の絵を書きその中に免疫力と色を変えて書く。

 それを見た者達は、わけが分からないと言った感じでクエッションマークを頭に出す。

 これは、アリシアも同じだった。

 全くそのような知識がなく、一から説明が必要なことでもある。

 うがい、手洗いなどの消毒を欠かさないようにするという事も色々な意味で予防になる。

 という風に薫は、ボードに書いていく。

 ミーナは、それらをきっちりとメモを取っていく。

 薫の言っている事が正しいと思っている為、勉強熱心に一字一句ボードに書いたことをきっちりと書いていく。

 周りの皆は、そのようなことがあるのかと言った感じで驚いていた。

 まったく知らない知識の為、それを鵜呑みにしていいのか迷う。

 なんども言うが、この異世界は医療が進んでいないから仕方がない。

 全く効かない薬を処方したり、体力を回復させてどうにか和らぐまで待つ。

 挙句の果てには、神に祈ったりもするものもいる。

 生贄などを出したりする地域もあるとかないとか。

 薫は、その事を理解した上で皆がわかるように一つ一つ簡単な言葉に変換したり、例を入れながら教えていく。

 そして、例の中に迷宮熱を入れて説明もしていく。

 病気は、体の免疫力の低下などで発症する。

 そして、病気は人から人へと感染するということもあると付け加える。

 それを防ぐためには、どうしたらいいかということも一つ一つ丁寧に教えていく。

 アリシアも、復習とばかりに薫の講義をちゃんと椅子に座って聞いていく。

 何故か、フーリもそれをちゃんと聞いている。

 医療に興味があるのかと思うが、多分クレハの病気を治したいと思っているからだろう。

 しっかりと聞くがやはり首を捻っている。

 くりくりなお目目の中が、クエッションマークになっていることだけはよく見える。

 後で、わからないところを教えて上げるかと思う。

 エクリクスの者は、目を見開き薫が説明する事を必死になってメモを取り始めていた。

 最初は、くだらない理論と思っていたが、聴けば聴くほど思い当たる節が多々出てくる。

 薫は、何故こうなるかという事を事細かく説明する。

 アリシアの時がそうであったから、二度目は凄く説明しやすい。

 大体、聞いてくる部分が一緒なので順番を設定しやすいというのもある。

 この世界では、今までの研究などが全てひっくり返るレベルの事を薫は簡単に説明している。

 はっきり言ってこのようなものは序の口だった。

 現代の一般人でも知っている基礎知識を始めに教えているだけだ。

 それでも、まったく知らない知識、理論を薫の口から次から次へと飛び出してくる。

 それも、ちゃんと根拠も入れての説明なだけに、これからどんどん治らない病気が治る病気へと変わっていくのがわかる。

 治療師ギルドもそうだ。

 薫の最先端の治療薬の作り方、そして病原菌の見つけ方などを聞いて度肝を抜かれる。

 そして、決め手となったのが、薫の『顕微鏡』という新魔法で大まかだが、ミクロの世界を体験することが出来る魔法を皆に教えた。

 この顕微鏡は、小学生でも作れるレベルのものと同じような代物だ。

 ペットボトルとビー玉で顕微鏡は出来る。

 それを魔法の方式に組み込み、なんちゃって顕微鏡を作った。

 これは、ワトラにも教えた魔法よりかなり劣る魔法である。

 ワトラ自身の劣化版だが、簡単に皆がそれを使うことができ、ワトラの言っていた世界が見える。

 ワトラの固有スキルは顕微鏡は現代の最新鋭とほぼ同じと言ってもいい。

 電子顕微鏡などのミクロの映像をワトラは見ることが出来る。

 しかし、他人に見せることが出来ないといった点では、証明出来ない為様々な問題が出てくる。

 嘘を付いているなど言われたり、妄言と言われてしまっていた。

 実際見ないことには、このミクロの世界はわからない。

 薫は、ワトラの論文を見てそれをすぐに気がつけた。

 しかし、ワトラしか使えない為、皆に理解されない。

 だが、薫が教えた魔法を使うことによって、ダニなどのアレルギーの一種であるモノまで確認できる。

 細菌やウイルスなどの病原菌を発見する為に、不可欠なスキルである。

 それを薫は簡略化して教えた『顕微鏡』を今回の講習で皆に開示して一度使ってもらう。

 紙に書かれた魔法の方程式を皆試しながら使う。

 すると、ダニやホコリなどが肉眼で見えるようになる。

 皆な驚き、悲鳴を上げる者も居た。

 

 

「な、なんだこれは!」

「す、すごい……」

「き、気持ち悪いなこれは……」

 

 

 皆、個々に感想を言いながら、ミクロの世界を体験していた。

 

 

「微生物やな。そんなに小さかったらわからんやろ」

「た、たしかに……。しかし、これはいったい」

「迷宮熱なんかでもそうやけど、病気の元となる病原菌はそれくらい小さいんや。それが体の中に入って、悪さをすると人間は病気に罹るってわけや。まぁ、免疫力が高い場合は、発症することなくその病原菌を殺すこともあるけどな」

 

 

 その言葉を聞き、皆また驚きの声を上げる。

 アリシアはこの魔法を知っている為、使えてない者にコツを教えながら回っていく。

 難しい魔法ではない。

 皆が驚き新たな発見に心が踊っていた。

 年のいった治療師ギルドの者は、まるで子供のような表情でミクロの世界を見る。

 そして、研究のためにこの魔法を広めてもいいかと薫に聞いてくる。

 エクリクスの者も、薫に近づき小声で許可をくれと聞いてきた。

 薫は、独占してこの魔法を保有することなど考えていない。

 現にワトラにもこのことを言ってある。

 その内、ワトラが出した資料から、帝国が全治療師ギルドへと今日教えた魔法よりちょっと上の魔法が公開される。

 そして、それを皆が研究の基盤として、病気発見と新薬を見つける為に役立ったらいいと思っている。

 アリシアは、ちょこちょこと動き回りながら丁寧に教えていく。

 完全に助手状態である。

 スノーラビィは、アリシアの頭の上でお疲れモードと化してぐったりしている。

 耳までへにょらせて、もう元気はないですよーと言っているようだった。

 ここまでの説明でいろいろな事を質問され、薫はすべてに答えていった。

 大体、一時間半くらいの時間が経っていた。

 主に、治療師ギルドとエクリクスの者が殆ど質問していた。

 その質問は、他の治療師達もわからない部分でもあったため、ありがたいと言った感じで薫の返答を皆待っていた。

 主に、新たな新薬の作り方についてだった。

 ミクロの世界が見えるようになって、これをどのように使えばいいのかがわからなかった。

 薫は、今まで作られてきた薬を一つずつ試すように病原菌に投入していくと言う。

 効果があれば、その病原体は活動を止め、死に至る。

 

 

「き、気が遠くなるような作業ね」

「本来は、そうやって見つけ出していくんや。人数もそれなりにいるしな。莫大な時間もいる。あと、治療師じゃなくてもこの研究は出来るってのも強みやな」

「そうか! 奴隷の新たな仕事としても使えそうだな」

「新たな雇用としても、一役買ってくれる。あとは、どれが病原菌かわからないといったところか……」

「まぁ、そこら辺はもう少ししたら、色々と周りが動き出すやろうから気にせんでええよ。覚えることのほうが多いからな」

「どういう事だ?」

 

 

 薫の言っていることがわからないといった感じだが、殆どワトラにまかせてある。

 サンプリングを取る方法もだ。

 鼻、口、血液などで、採取する方法を全て分厚い論文として渡してある。

 ビスタ島で薫が作り上げたものだった。

 それが、公開されれば一段と研究が進む。

 ワトラはそれを見た時、目が点になってぺらぺらとページをめくっていた。

 そのまま、しょぼんとした表情で補足事項などを食い入る様に見つめていた。

 全て、知らない知識。

 病原菌を見つけるための薬品の作り方など様々な物が載っている。

 この異世界で手に入る物で代用がきく。

 ワトラが書いた論文など、その薫の作った論文に比べたら天と地の差があった。

 いや、比べるのもおこがましいといったレベルでかけ離れていた。

 ワトラは、薫から基板を固めてもらったので、これから成果を絶対に出してやると思うのであった。

 目指せ、薫超えといった感じなのである。

 

 

「そう言う専門の機関が設立されるからや」

「な、なんと! 私達もぐずぐずしてられないということだね。グランパレスの迷宮熱の特効薬を作った人みたいに一攫千金狙うことも出来るわ」

 

 

 皆、これから医療に関して、どんどん良くなっていくと思う。

 自らの手で、不治の病がなくなっていく。

 薫は、その手助けとして少しずつだが色々な情報を流していくつもりだ。

 完全な答えを渡すと、せっかくの研究機関が意味をなさなくなってしまう。

 そして、薫一人での治療は限りがある。

 未然に防げる病は、大量にこの世界に存在する。

 元々、迷宮熱もそうだった。

 発症した約15パーセントの確率で人が亡くなっていた。

 冒険者や探求者、それに関わる全ての者が飛沫感染して広がっていく。

 一つの街まるごと迷宮熱の病人で溢れかえることもある。

 そのような病気を防げる。

 そして、一般に公開して病に苦しむ人達を助けるという達成感を味わってほしい。

 今まで、何も出来ずただ回復魔法をかけることしか出来なった時代はこれから終わる。

 ほんとうの意味での改革が始まろうとしているのだ。

 

 

「薫様、手術の話はしないのですか?」

「ん? ああ、これは安易に教えられへん。ちゃんとした技術と知識、それをする為の場所もいるんやからなぁ」

「そ、そうですよね」

 

 

 アリシアと薫は小声でそのような会話をする。

 丁度二時間くらいがすぎる。

 完全にあちらこちらで熱い議論が勃発している。

 薫の言った理論に当てはめ、なぜ薬が効いたのかなどで口論になる。

 薬草や果実でも、病原菌に効く効果があるやもしれないと思い、メモに書き出し戻ったら色々と試したいと皆思ってしまっていた。

 ふと、一人の治療師が言葉を発する。


「カオルさんの講習をもっと受けたいなぁ。治療師ギルドに入ってても、あまり役立つ事がないし……」



 そう言ったあと、その治療師は自身の口元に手をおき俯く。

 治療師ギルドとエクリクスの治療師がいる中で、この様な事を言えば完全に目を付けられる。

 空気が一気に悪くなる。

 治療師ギルドとエクリクスの治療師が、失言した治療師を睨みつけているからだった。



「したいのは山々なんやけど、俺どこにも所属して無いからなぁ」

「では、治療師ギルドに今から是非入って……」

「いや、エクリクスに入る方が貴方にとってプラスはでかい!」



 そう言いながら、エクリクスと治療師ギルドが揉め始める。

 しかし、薫はにっこり笑顔で二人に言い放つ。



「おたくら2つの組織から、俺喧嘩売られとるから無理やわ」

「「はぁ?」」

「都合のええ時だけ、そんな事言ったらあかんやろ。こちとら、治療を仕事にしとるのに、完全に営業妨害されたんやからなぁ」



 先ほどまで、治療師を睨みつけ、空気を悪くしていた二人が今度は標的になる。

 二人とも薫に何かしたのか心当たりが無い。

 今回も、薫の強さと回復魔法が凄いというこの街の噂は本当なのかといった感じでこの講習を見に来ただけだった。

 直ぐに上のゴタゴタのせいかと思いながら、互いを見る。



「まぁ、定期的に出来たらする形を取りたいねんけど。今はこの大陸を色々と見て回りたいから無理やな」

「新婚旅行も兼ねてるのですよ! 邪魔はさせ無いのです」



 アリシアはそう言いながら強めに威圧を放つ。

 特に、治療師ギルドとエクリクスの治療師にだ。

 小悪魔少女アリシアちゃんなどと言ってられない威圧に、嫌な汗をかく二人。

 邪魔したら、排除すると言わんばかりに笑ってない笑顔に苦笑いになるのである。

 集まった者達は、有無も言わずに二度頷くだけだった。

 その後は、片付けをして解散となった。

 ミーナは、その場に残って薫たちの手伝いをした為、今も一緒にいる。

 宿屋も同じだから仕方が無い。

 そして、外はすっかり夕暮れ時になっていた。



「やっぱり、カオルさんは凄いなぁ。今迄の研究を全て書きかえる事やってのけてるのに、お金すら貰わないなんて太っ腹ですね」

「あんなんは、初歩の初歩や。これから本気で忙しくなるんやからな。治療師でもランク分けされとった者にも、新たな新薬の発見で人生変わる奴がでてくるやろうしな」

「夢が広がりまくりですよ。あ〜、私も研究したくなりました」

「冒険者しながらでもできるんやから気楽にやればええねん」

「じゃあ、カオルさんを追い抜く感じで頑張っちゃいますよ」



 そう言いながら、ニコッと笑みを浮かべる。

 異様に頭を薫に近づけていた。

 アリシアは、そんなミーナをジッと見る。

 好意と言うより、撫でて欲しい? と言った感じに見えてならない。

 首を傾げながら、うーんとアリシアは考えるのであった。

 フーリとスノーラビィは、頭から煙を出しながらとぼとぼ歩く。

 頭がパンクしてしまったのだろう。

 スノーラビィは、あまりの人の多さにぐったりと言ったところか。

 一旦、薫達は宿屋に戻るのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 薄暗くなった部屋。

 窓は開きっぱなしの状態で寝てしまっていた。

 クレハは、ゆっくりと体を起こす。

 薬の副作用はもうない。

 気分もよく、最高の目覚めと言ってもいい。

 フーリに会えると思うと、居ても立ってもいられないという気持ちを抑えて眠ったのだ。

 今直ぐにでもこの宿屋を飛び出し、フーリのいるトルキアへと向かいたい。



「待っててね。フーリ! お姉ちゃん今直ぐ行くからね……」



 そう言いながら、クレハは身支度を整えてさっさとフロントへ行く。

 フロントの者は今日来たばかりのお客様が、その日に帰ると言ってくるということは、何か粗相をしたのではないかと思い何度も頭を下げる。

 一応、スパニックでは最高級の宿屋でもある。

 だから、このようなことがあってはならないのだ。

 しかし、クレハはるんるんな声色で言う。



「すごくよかったわ。ちょっと急用が入っただけよ。また、帰りに泊まらせて貰うからよろしくね。それと、馬を二、三日お願いできるかしら」

「はい、大丈夫ですよ。では、いってらっしゃいませ」

「ありがと」



 クレハはそう言って片手をひらひらさせながら宿屋を出る。

 フロントの男は、深々と頭を下げる。

 クレハは仮面をしている為、怒っているのかすらわからないから仕方ない。

 宿屋を出て、直ぐに南の門まで行き、そこで冒険者カードを門番に見せる。

 カードの色はブラック。

 Sランクの証でもある最高ランクのカードを見た門番は、敬礼してクレハを見送る。

 下手なことを言うと死ぬかもしれないので、無駄口を叩かず、さっさと通すのである。

 クレハは、門をくぐった瞬間地面にものすごい勢いでヒビが入る。

 門番はぎょっとした表情になるが、その時にはクレハの姿はなかった。

 簡単に言うなら、地面を蹴っただけでその現象が起こっている。

 実にありえない光景に、何度もその場所を門番は確認するのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。

ギリギリで申し訳ないです。

もっと早く投稿できると思っておりましたが無理でした。

次回も一週間以内の投稿を頑張りたい。

ではー

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