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トルキア帰還

 トルキアに帰ってきた薫。

 トルキアの南の門の前には、1kmに渡って地面をえぐられたような跡が広がる。

 人の力では到底出来ない所業の爪痕といってもいい。

 木々はなぎ倒され、草など一本も生えず荒野になっていた。

 元々木々があったのを覚えているだけに、ここまで地形に変化をもたらすものなのかと思う。

 

 

「す、凄いのですよ!」

「うわぁ、エグすぎるやろこれ」

「私じゃあ、絶対無理」

 

 

 3人は、思い思いにその光景を見て言う。

 Sランク限定解除の恐ろしさを垣間見たといったところだろう。

 マリーの実力もまた凄まじいという事がわかる。

 

 

「でも、薫様ならマリーさんのこの技でも吹き飛ばしそうな気がします」

「私も、そう思う。ドカンとしたら相殺しそう」

「お前ら俺をなんやと思っとんねん……」

 

 

 薫は、頬を掻きながら2人を見る。

 なんとも屈託のない笑顔を向けられ、怒ろうにも怒れない。

 2人は、「ねー」と言い合いながら笑うのであった。

 2人共、お揃いのラシャコートで色違いの物を着ている。

 アリシアはピンク色で、フーリは白色である。

 少し肌寒いので、フードを被りニコニコと歩いている。

 薫たちはそのままトルキアに入る。

 すると、周りの目線がやたらと薫達に注がれる。

 薫は、何かしたかなと思いながら、ドルクを引きずりながら罪人の館へと入っていった。



「すんませーん。誰かおらへんか?」

「これはこれは、最近話題のカオルさんですね。私は、この街の罪人の館の支配人のガッハと申します」

 

 

 そう言いながら老人が出てきた。

 年齢は50代半ばだろうか。

 立派な髭を蓄えていい笑顔でこちらを見てくる。

 ガタイもよく歴戦の戦士とも言える。

 

 

「薫様は、有名人なのですよ」

「色んな意味で、有名」

「きゅー!」

「……」

 

 

 ツッコミを入れたら負けな気がしたので、そのままアリシア達の言葉を聞かなかったことにする。

 というか、姿の見えないスノーラビィにまで鳴かれてちょっとイラッとする。

 まだそんなに長い付き合いではないのに、もうアリシア達の輪の中で馴染んでいる。

 薫は、まぁいいかと思いながらガッハと話をする。

 

 

「ちょっと、こいつを頼みたいんやけど」

「ん? この者は何かしたのですかな?」

「ああ、強姦未遂と妖精と精霊の乱獲を企んどったんや」

「ほーう、またずいぶんと大きな計画をして失敗しましたね。未開の地の妖精の国ですよね?」

「丁度、その時俺も居てなぁ。嫁に手出してきおったんでしばき倒したんや」

「あっはっはっはっは、馬鹿な者もいるんですなぁ。私だったら絶対に手出しはしませんよ。マリー様と同格の方に手を出すということは死を意味しますからねぇ」

 

 

 ガッハは笑いながら薫を見る。

 しっけいなやつだな。

 マリーのような戦闘狂と一緒にしてほしくないものだ。

 

 

「そうなのです。薫様がぼっこぼこにしたのですよ」

「大きな穴ができた。びっくり」

「でしょうね。哀れな男だ」

「ああ、ほんで、こいつの名前はドルクって言うんや」

「!? ドルク? 本当にその男はドルクというのですか?」

「ああ、間違いないで。なんか闇市ではかなり名のしれた商人だとか」

「かなり問題視されてる一角の男ですね。その者と関わった者の記憶がないので、なかなかしっぽをつかめなかったんです」

 

 

 そう言いながら、ガッハはにやりとした表情で白目を剥いているドルクを見る。

 完全にのびた状態のドルクをどうするか考えるのである。

 ドルクを探している人がいるので手紙を出すかとも考える。

 そんな事を考えていたら、薫から信じられない言葉を聞かされる。

 

 

「それと、こいつの運をピンクラビィに吸わせたから、運がすっからかんやで」

「え? ピンクラビィにですか? 調教でもしたんですか?」

「まさか、そんな面倒な事はせえへんよ。お願いしただけや」

「お、お願いですか……。警戒心が強く、なかなか懐かないと言われているピンクラビィにですよね?」

「この子は、私にデレッデレなのですよ! って、はうぅ〜」

「きゅー」



 アリシアがそう言うと、スノーラビィがアリシアの首元から、ちょこんと体を出してアリシアの頬にラビィパンチを繰り出す。

 デレデレではないという抗議ではないだろうか。

 ラビィパンチで頬をぐりぐりしているが、全く痛くない様子。

 寧ろ、ご褒美を受けているような感じでアリシアは微笑むのである。

 その光景を見てガッハは驚く。

 普通に拘束具無しの状態で、ここまで懐くものなのだろうかといった感じである。

 ガッハは、ピンクラビィ自体は見た事があるが、生まれてこの方このように懐いたピンクラビィを見た事がなかった。

 貴族に飼われたピンクラビィは、スキルが使えないように魔拘束具が必ず着けられるのは当たり前、尚且つ紐がその拘束具に取り付けてあり、逃げられないようにするのが基本なのである。



「あっはっはっは、本当に貴方達は話題の尽きないですね」



 そう言いながら、ガッハはドルクの下へ行く。

 その途中にフーリとすれ違う。

 その瞬間、またしてもガッハは目を丸くする。

 フーリの鬼の角に、目がいったからだった。



「な、なんで、こんなところミズチ一族が?」

「ん? ああ、フーリは俺が買ったんや」

「うん。薫様に、買われた」



 薫はそう言いながら、フーリの頭に手を置き撫でる。

 フーリは、笑顔で気持ちよさそうにする。

 その行動で、フーリの被っていたフードがするりと取れる。

 真っ黒なストレートヘアが露わになる。

 額にちょこんと生えた角。

 瞳の色は真っ赤で、まるで燃え上がる炎を思い浮かべるレベル。

 そして、どう見ても誰かにそっくりなのだ。

 白のラシャコートの下は、ジンベイらしきものを着ている。

 そう、狐のような仮面を着けて、顔を隠すとミズチ一族の族長クレハの姿に見えてならない。

 手紙を送ろうとしているのも、クレハからドルクの情報等があれば高く買うと言われていたからだった。

 この大陸の罪人の館、全てに対して情報を求めていた。

 何故、そこまでするのか当時は聞かなかった。

 あまり、深くこの内容に首を突っ込むと命を落としかねない。



「ほ、ほう、そうだったんですか」

「病気も治してもらった。薫様凄い」

「そうやな、まぁ、治せる病気なら治すやろ。比較的に治すのんは楽な病気やったからな」

「薫様なら、あのくらい楽勝なのですよ! 私はまだ無理ですけど……。いつか必ずできるようになるのですよ」

「きゅっきゅー♪」



 何故かアリシアも一緒になって言う。

 スノーラビィもそれに便乗して鳴く。

 二人共楽しそうなので薫はスルーを決め込む。

 ガッハは、そんな様子を見てこれ以上は詮索しないでおこうと思うのであった。

 薫に首を突っ込むと、何が起こるかわからないというのもある。

 薫に関する噂話が、ここ数日このトルキアで飛び交っている。

 薫達には、まだそのような噂は入っていない。

 入ったらそれを流した者が、どのようになるか恐ろしくて考えることも躊躇する。



「では、ドルクを預かりますね」

「ああ、頼むわ。こっぴどく絞ってええで」

「ふっふっふ、わかりました。罪人ですからどのようになるかはわかりませんが、かなり酷いことになると思いますよ」

「ならええわ。出てくることあったら今度は完全に潰したるからな……」



 薫の目がマジだった為、ガッハはちょっと表情が引きつるのである。

 一瞬で目つきが変わる薫の雰囲気に圧倒される。

 ガッハもまた元冒険者でかなりの腕を持っていた。

 マリーからのスカウトで、このトルキアの罪人の館を任されているが、薫の纏う異常な魔力に神経をすり減らす。

 しかし、それ以上ガッハは表情に出さず、なんとか平常心で対応していく。

 罪人の館を任されているだけのことはある。



「では、あとはこちらで任させていただきます」

「じゃあ、俺らは一旦帰るか」

「また、ピンクラビィの宿屋がいいのですよ!」

「私は、どこでもいいよ」

「きゅ~」

「よし、ピンクラビィの宿屋以外で行こうか」

「えー、薫様! なんでですか! ぶーぶー! なのですよ!」

「きゅっきゅー!」



 アリシアとスノーラビィのブーイングに、薫は笑いながら「冗談やて」と言うのであった。

 薫達はそのまま罪人の館を出た。

 薫達が出て行った後、ガッハはドルクを引きずり、配下の者にドルクを渡し自身の書斎へと戻る。

 立派な椅子にどかりと座り、腕を組む。



「うーん、ミズチの族長の依頼だが……。カオルさんと一緒にいるあのミズチの娘……。このドルクとの関連性があるのだろうか……。まぁ、送ってみれば結果は直ぐに分かるか」



 ガッハは、そう言いながら書斎でクレハ宛にドルクとフーリの事をほんの少し書く。

 そして、小さな箱を棚から出し、中から火の小鳥を取り出す。

 その鳥の足に手紙を括り付けて窓の外に飛ばす。

 ガッハは、顎に手を当てながら関連性を考え、何度やっても一番やっかいな答えを導き出してしまう。

 ラックスティーを飲みながら、ドルクをどのようにするかなと思いながら書類をまとめるのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 薫達は広場を歩いていると、目の前からこちらに走ってくる見覚えのある者がいた。

 いや、追いかけられていると言ったらいいのか。

 赤毛が物凄く目立つ。

 そして犬耳をぴんと立てながら猛ダッシュでこちらに走ってくる。



「だすけてぇー」

「「「……」」」



 あまりの必死な表情に薫達は絶句する。

 涙をぽろぽろと流しながら、ミィシャはそう叫ぶのである。

 ミィシャの後ろからもう一人見覚えのある者が追い回す。

 マリーだ。

 派手な踊り子の服を着ているにも関わらず、身のこなしがなんとも言えないくらい早い。

 しかし、全速力のミィシャに差を縮めることが出来ずにいた



「誰か! その子止めて!!! 賞金出すわよ! 賞金!」

「わ、わふん。最低ですよマリー様! お金で私を捕まえるだなんてさいてーです!」

「うるさい! 逃さないんだからね!」



 何やら揉め事のようだ。

 全くもって関わりたくない。

 絶対面倒事しか出てこないのだから当然といえば当然。

 しかし、薫達はミィシャの視界に入ってしまった。



「か、カオルさーん! 助けてくだしゃーい!」

「逃さないわよ! って、え? ぎゃー!」

「きゅー!」



 マリーはミィシャに手を伸ばし、捕まえられる寸前でスノーラビィの高速ヒップアタックを喰らい、頭を軸に体が前に90度回転する。

 そのまま地面に後頭部から激突して目を回すのであった。

 完全にラリアットを食らったかのような動きになっていた。

 周りの冒険者達は、目を点にしてその光景を見る。



「危ないところでした……。スノーラビィちゃんナイスなのですよ」

「きゅー♪」



 そう言いながらアリシアは、屈んでぴょんぴょん跳ねながら帰ってくるスノーラビィとハイタッチをする。

 スノーラビィにアリシアの魔力を与え、身体の強化をしてのヒップアタック。

 これを食らった者は幸せ死する。

 アリシア談だがな。



「うわーん。カオルさん達が居て助かりましたぁ」



 そう言いながらミィシャは、薫に引っ付き無駄に頬を擦ってくる。

 何かマーキングされている感覚だった。

 薫はそんなミィシャを優しく撫でてあげると、「くぅーん」と言いながらぶんぶんしっぽを振り始める。

 ピンクラビィだけでなく、亞人にも有効なのだろうかとふと思う。

 ミィシャは汗を掻き前髪がペタンと額に張り付いていた。

 ちょっとおもしろいなと思ったが言わないでおこう。

 女の子だしね。



「どないしたんや?」

「し、仕事を出しすぎた結果ですね。仕方ないんです。限定解除のせいで、街にも被害を出したので自業自得なんです。それで、鬱憤がたまったのでしょう。モフらせろって襲ってきたんです」

「さいてーなのですよ。よしよしなのですよ」

「よしよし、もふもふ」



 ミィシャが薫に引っ付いてるところで、アリシアとフーリは思う存分尻尾と耳をモフりだす。

 薫も撫でているせいか、今はモフってもオッケイらしい。

 しかし、毛並みは素晴らしくよい。

 撫で心地は最高クラスだ。

 ピンクラビィとはまた違った撫で心地といえばいいだろうか。

 そんな事をしていたら、マリーが目を覚ます。



「う、うーん。びっくりした……。ピンクの塊が襲ってきたことは覚えてるのに……。って、そうだった! ミィシャ! モフらせなさいよ! 仕事にならないじゃない……。って、あれ? カオルさんじゃないの。どうしたの? こんなところで?」



 きょとんとした表情で、マリーは薫たちを見ている。

 そして、何故残念な目で見られているのかわからないようだ。



「はぁ、マリー。もう少し本能を抑える努力したほうがええやんな?」

「何言ってるのかわからないわ」



 胸を張ってそう言い切るマリー。

 これはもうダメですね。

 何を言っても聞くということはない。

 むしろ、自身が全て正しいと思ってらっしゃる方の言い分だ。



「このようなアホの子マリーさんのところに、幼気なミィシャちゃんを一人で置いていけないのですよ!」

「相変わらずよく口の回るおチビちゃんね」

「お、おチビちゃんってなんですかぁ! 私はおチビちゃんでは……」



 アリシアの言葉が途中で止まる。

 辺りにいる冒険者と比べるとかなり小さい。

 しょぼんとした表情で、薫の後ろに隠れながら言う。



「ないのですよ……」

「え? 聞こえなかったわ? もう一度大きな声で言ってみなさいよね」



 ちょっと意地悪そうな表情でマリーはアリシアを誂う。

 弱点をついて言い返せない状態を作り上げている。

 全くもって大人げない。

 薫は面倒なので、マリーに軽いジャブ程度で言葉を投げる。



「ああ、マリー。妖精の国の迷宮なんやけど」

「おー、頼んでたやつね。どうだった?」

「それ以上、アリシアをいじめるんなら永久的に教えへんで」

「え゛? や、やだなぁ、虐めてなんてないじゃないの。ちょっとよ? ほんのちょっと誂っただけじゃないの」

「で? どないするんや?」



 薫のいい笑顔にマリーはちょっと引きつる。

 情報を貰わないと、色々と領主としてやばい。

 なので、ここは簡単に引き下がるのである。

 そんなマリーに、アリシアはにっこりとこちらを見てくる。

 喉元を撫でると嬉しそうに擦り付く。

 何故か、スノーラビィも一緒に撫でてもらおうと、ひょこりとアリシアの首元に出てきてちょんちょんと薫の手を突く。

 ついでに撫でると、くてぇっとしてしまった。

 そんなアリシアとスノーラビィを見ながら苦笑いになる。

 それに、イズル達が迷宮のことを言ってないのだなと思う。

 冒険者ギルドにでも情報が入っていれば、芋づる式にマリーにまで情報が流れる。

 丁度良かったなと思いながら、薫は未開の地での報告をする。



「なるほどねぇ……。埋まってたのね」

「まぁ、そういう事やな。妖精の国があって、そこで迷宮の場所を知っとる奴がおったからなぁ。あれがなかったら多分、物凄く面倒やったと思うわ」

「そうねぇ。でも、魔物がその場からいなくなれば話は別よね。ひとつ言っておこうかしら、カオルさんの開放状態での余波は異常よ」

「ん? どういうことや?」

「ああ、気がついてないのね……」



 マリーは溜め息を吐きながら頭を掻く。

 一週間以上前だが、薫の放った魔力がとんでもない威力だった。

 妖精の国で放った薫の魔力が、このトルキアまで届いていた。

 ぴりぴりとした、あの嫌な感覚は今でも覚えている。

 マリーが知るSランクの冒険者で、そのような事が出来たのは【時の旅団】の隊長のみ。

 それを考えると、街の中での限定解除を使っても、薫にはかなわないレベルということが理解できる。



「はぁ、カオルさんは、力を使う時は気をつけた方がよさそうよ。妖精の国から、このトルキアまでカオルさんの力が飛んで来たんだから……」

「……」

「「うわぁ……」」



 マリーの一言に、アリシアとフーリがついそのような言葉が出てしまった。

 仕方ない、それが普通の反応なのだろう。

 ああ、Sランクと言うのはそこまで危ないレベルなのだなと薫は再確認できた。

 これからは、少し絞った状態で戦ったりしようと思う。

 しかし、アリシアやフーリ、自身の大切な人に手を出したらその時は容赦なく力を開放する。

 出し惜しみなどして、傷つけられ取り返しの付かないことになったら目も当てられない。



「で? マリーは仕事大丈夫なんか?」

「あ!」

「あ! じゃないやろ……。さっさと済まさへんと何も出来へんで」

「し、仕方ない、ミィシャ! 後でたっぷりともっふもふにしてあげるから覚悟しときなさい! あと、カオルさん、この前の魔物の大群また呼んでもいいわよー。いつでもウェルカムよー!」



 そう言いながら、マリーは大急ぎで自身の館へと走っていった。

 嵐のような人だなぁと思いながら、未だに引っ付いたままのミィシャに目を向ける。



「ふふふ」

「もしもし、ミィシャさん?」

「わ、わふ!」

「もう、マリーはおらへんで」

「し、失礼しました。あまりの気持ちよさについ……」



 その言葉に亞人、特に獣人にも薫の手がかなりの効力を発揮するようだ。

 アリシアの肩で、くてぇっと駄目スノーラビィ化してしまった奴もいる。

 アリシアは毎度のことなので除外で。



「とりあえず、俺らは宿屋を取りに行くんやけど。ミィシャはどないするんや? 帰ったら帰ったで、面倒事が起こるのは確定しとるやろうし。一緒に来るか?」

「え? いいんですか?」

「かまわへんよな? アリシア、フーリ」

「問題ないのですよ。もっふもふですし」

「問題ない。繊細で、ぬくぬく」



 アリシアとフーリの後半の言葉に、本能的な言葉が入っていることは突っ込まないでおこう。

 狙われたミィシャの獣耳としっぽは、果たして無事でいられるのだろうか……。

 そんなことを考えながら、薫達は一緒に街を歩くのであった。

 薫は歩きながら、ミィシャにちょっと広めの部屋などを借りれないかと聞く。



「何に使われるんですか?」

「ちょっと、治療師の講習や」

「へー、さすがですね。エクリクスがたまにするあれですか」

「さぁ、俺は見たこと無いからなぁ」

「え? 大丈夫なんですか?」

「ん? ああ、そこら辺は大丈夫や。ただ、理解してくれるかわからへんってのがあるなぁ」



 薫は、顎に手を当てながらそう言う。

 ちょっと渋い顔をする。

 どのくらいの知識があるかもわからないので、アリシアに初めて教えた事を復習として出すのもいいかなと思う。

 この世界は、医療が殆ど発展していない。

 だから、どのくらい噛み砕いて話をするか迷うのである。



「どのくらい人が集まるんですか?」

「いや、それはわからんけど。三、四人くらいやないかな」

「そのくらいでしたら、そういった会議をする場所が一つありますね」

「じゃあ、そこを押さえといて欲しいんやけどええか?」

「問題無いです。殆ど使われてない場所ですから」

「いやー、ミィシャがおって助かったわ」



 そう言って笑顔でミィシャを見ると、照れてしまい俯いてしまった。

 薫は、そんなミィシャの頭をくしゃくしゃとするのである。

 ちょっと抵抗しながらも嬉しそう表情をする。

 その後は、宿屋を決め少しお茶をしてからミィシャと別れる。

 アリシアとフーリは少し寂しそうな表情をしていた。

 モフり足りなかったかな?

 そんな事を思いながら宿屋へ行く。

 宿屋が見えてくると、アリシアの満面の笑みを浮かべる。

 わかるだろうがあそこが今回の泊まる場所だ。

 ピンクラビィ一式で纏められた宿屋。

 この街に来た時に止まっていた【幸福の宿屋】だ。

 薫は、ため息混じりに中へ入り、チェックインを済ませる。

 ふと後ろを見ると、共同スペースでスノーラビィと一緒にピンクラビィ人形を突くアリシア。

 その光景を見ていた宿屋に泊まる冒険者達は、目がお金マークへと早変わりするのであった。

 ラシャコートのフードをかぶっている為、アリシアだと気が付かないのだろう。

 フーリは、薫の白衣をくいくいと引っ張る。

 薫は、笑顔で「大丈夫や」と言って、アリシアに近づこうとする阿呆な冒険者二人組に近づく。

 しかし、薫が手を出さなくても事態は収束する。

 スノーラビィの体が光り、冒険者の頭上にたらいが現れる。

 アリシアに触れようとした瞬間、スコーンといい音とともに床に2人共突っ伏す。



「きゅっきゅきゅー!」

「ん? どうしたのですか?」



 きょとんとした表情で、アリシアは振り返ると二名の残念冒険者が倒れていた。

 そして、その横にたらいが二個添えてある。

 ようやくそれで、事態をつかめた。

 アリシアは、スノーラビィを頬に当てながら「私を守ってくれたのですね。ありがとうなのですよぉ」と言いながら、頬ずりをしていく。

 幸せの絶頂とも言える表情で、アリシアはスノーラビィに喜びを表す。

 そうしていると、冒険者の二人組が目を覚まし青筋を立てて立ち上がる。



「よくもやってくれやがったな」

「いきなりたらいぶっ込んでくるとはいい度胸だ。あん?」



 そう言いながら、アリシアに向かう。

 そんな二人に、アリシアはスノーラビィをヒョイっと前に出し「半分くらいならいいと思うのですよ。なので、ゴ~! なのですよ」と言う。

 薫は、額に手を当てながらその光景を見る。

 見る見るスノーラビィの体が青白く光り輝き、冒険者二人の体からも青白い光が強制的に出てくる。



「な、なんだこれ?」

「お、おい! 何してんだ!」

「運を吸い取ってるのですよぉ」

「「はぁ? ちょっと待てよぉ!!!」」



 そう言いながら、慌てる二人の首根っこを掴む薫。

 にっこり笑顔が二人の冒険者の絶望を意味している。



「も、もしかして……カオルだよな?」

「って事は……。こっちのフードをかぶった女の子は……」

「ああ、アリシアやで」

「「……」」



 がっくりと肩を落とす二人の冒険者。

 目の前のピンクラビィに目が眩み、相手を見誤ってしまった。

 スノーラビィは、二人の運の5パーセントくらいを吸い取って、「きゅ~」っと鳴きながらアリシアの手のひらで丸くなった。

 お腹がいっぱいになったのだろうか。 

 そのまま、規則正しく寝息を立て始めるのである。

 その姿に、周りの女性達が騒ぎ出す。



「かわいい! かわいすぎよ!」

「ああ、なんて羨ましいのかしら。私の手のひらで寝てほしいわ」

「ほ、本物のピンクラビィよ。初めて見たわ」

「あんなにちっちゃいのね。ああ、守ってあげたくなっちゃうわ」



 このような声が、そこら中から鳴り止まない。

 完全にハートを射抜かれてしまっている。

 それに、この【幸福の宿屋】に泊まっているということは、そういったものが好きな人以外ありえないと言える。

 アリシアは、ちょっと鼻高々な感じで胸を張りつつ、スノーラビィを頭の上にちょこんと乗っけて薫に近づく。

 薫は、冒険者を宿屋の外にぶん投げて、手をぱんぱんと叩くのである。

 二人の冒険者は、頭から地面に突き刺さり直立するのであった。



「さて、これでもう宿屋の確保が終ったんやけど、どないするかなぁ」

「お腹、すいた」

「そうなのですよ。ちょっと早いですけど、夕食にしましょう」

「じゃあ、そないするか」



 薫たちはそのまま、【幸福の宿屋】の食堂へと入る。

 すると、見覚えのある冒険者が夕方から酒を片手に飲んだくれていた。



「かぁ~~~! せっかく未開の地の迷宮をみつけたのによう……。帰り道にあいつらと出くわしたせいで、この未開の地は攻略されちまうの確定じゃねーか。ねーちゃん、もういっぱいだ」

「バース、飲み過ぎだ。仕方ないだろ。むしろ、俺らはトルキアに帰還できただけでも上等だと思わなきゃいけないって事だ」

「でもよぉ、デナン。あそこまで頑張って手柄を持ってかれたらさすがにキツイぜ?」

「未開の地は、ここだけじゃないんだから次を頑張ればいいだろ」



 そう言いながら、デナン、リュード、バースが飲んだくれていた。

 薫はそんな三人に近づいていく。



「おいおい、何があったんや?」

「「「お! カオルじゃないか!」」」

「綺麗にハモるなや……」

「ああ、ちょっとなぁ。俺らが未開の地からの帰還中に【三ツ又のトライデント】に会ったんだよ」

「なんや? どこかのコミュニティか?」

「ああ、コミュニティだ。そして、ライバルみたいなもんだよ。イズル姫にとってはな」

「ほう、強いんか?」

「いや、まだBランクでくすぶってるが、その内上がってくるんじゃないかって言われてる」

「なるほどなぁ。まぁ、今回は諦めたほうがええやろうな」

「ああ、イズル姫は諦めたって言ってたが、俺らがなぁ……。まだちょっと諦めがつかないっていうか……」



 そう言ってデナンが溜息を吐く。

 本当に残念でならないのだろう。

 しかし、こればかりは仕方がない。

 帰還しなければ、迷宮をどうにかすることは出来ない。

 それに、アイテムを持ってない冒険者が、大多数いる状態での探索など死を意味する。

 相当発見が遅れていた迷宮なだけに、一階層から強力な魔物が出てきても不思議ではない。

 外にいる魔物がいい例だ。



「ところで、イズル達はどないしたんや?」

「ん? もう直ぐ降りてくると思うぞ」

「薫様、イズルさん達なのですよ」

「イズル、発見!」



 そう言いながら、薫の白衣を引っ張る。

 二人して引っ張るため首元が擦れる。

 そして、イズルも薫を見つける。



「あ! カオルさん帰ってたんですね」

「ああ、今日帰ったところや」

「カオルさんだ! わぁーい! って、カオルさん達もここに泊まってるんですか?」

「結果的にそうなっただけや」

「珍しいと思ったけど、アリシアちゃん見て納得」

「はぁ、納得してくれてありがとな。アリシアの強い押しでここになったわ」



 イズル、ミーナ、テテスにそう言う。

 薫は、笑いながら三人と話をする。

 アリシアとフーリは先にテーブルに座り。

 メニュー表とにらめっこをしている。

 二人は、笑顔でどれにするか迷っているようだった。



「あ! カオルさん、講習なんですけど……」

「おう、そのことでちょっと話があってん」

「え? なんですか?」

「なんかそっちは、未開の地に行くのを諦めたって聞いてな。最初は、それが終ってからでもええかなと思っとったんやけど、出来るんなら早めにやりたいってのがあんねん」

「なるほど、私はいつでもいいですよ! むしろ、今日の夜でも」

「さすがにそれは無理やわ。でも、講習する場所は確保しとるから安心してくれてええで」

「おお、凄いですねカオルさん。すごく楽しみです」



 そう言いながら耳と尻尾をぶんぶん振る。

 ミーナはすごく楽しみなようだ。

 かなり医療について関心があったから余計にかなと思う。

 この世界で、教えてくれるものなど居ないから仕方ない。



「まぁ、そっちのええ時で構わへんけど、一応言っとこうか。今日は無しな」

「ちっ、そうですよね」

「おい、なんで舌打ち挟んでんねん」

「いやー、言わないといけないかなと思って。えへへ」



 笑いながら、ミーナは薫を見る。

 その後は、明日のお昼ごろに講習をすることが決まり、ミーナに友達も呼んでいいかと聞かれたので薫はオッケイを出した。

 その代わり、人数がそんなに入れないこともちゃんと伝えた。

 ミーナは任せておいて下さいと言っていたが、本当にわかっているのか不安である。

 薫は、そのままアリシア達と一緒に食事をする。

 この前の魔物の大群の中にレイアドラゴンも居たようだ。

 レイアドラゴンの肉の料理が入っていたので、薫たちはそれを注文して堪能するのであった。

 アリシアとフーリは、相変わらず美味しそうに食べていた。

 こちらのストックももうあまりないので、今の内に沢山食べ貯めておくかなと思いながら食べた。

 そのまま、お腹いっぱいになったところで自分たちの部屋へと行く。

 疲れていたのか、フーリはベッドにぴょんと飛び乗ってぴくりとも動かなくなった。

 アリシアがこっそり確認すると、よだれを垂らしながらスースー寝息を立てていた。



「幸せそうなのですよ」

「せやなぁ。はよ、お姉さんに会わせてあげたいってのもあるんやけど、どうしたもんかねぇ」

「その内、あちらから現れるかもしれませんよ?」

「うわぁ、勘違いで俺が殺されるパターンやないかそれ」

「か、薫様に手出しなど、さ、させないのですよ!」

「はいはい、ありがとな。でも、危ない時はアリシアは後ろに下がっといてくれよ。俺も万能やないんやからな」

「はいなのですよ。え、えっと……かおるしゃまぁ」



 そっと薫の横にちょこんと座り、長くなった横髮を耳にかける。

 なんとも色っぽく見えてしまう。

 間接照明で、雰囲気もあるせいなのだろうか。

 アリシアは、そっと薫の首元の白衣を引っ張りながらキスをする。

 ゆっくりとその幸せな一時を味わうかのように。



「たまに思うんやけど、様付けいつになったらやめるんや?」

「う……。そ、その内です」

「でも、ある一定のライン超えると言うよな」

「!!!!?」



 すぽーんと一気に真っ赤なゆでダコになるアリシア。

 もう手をパタパタさせながら、思いっきり焦っているのがわかる。

 誂うのがやめられないのは、こういった反応が面白いからでもある。

 可愛いからね。

 仕方ないね。



「な、な、なんのことだかさっぱりです!」

「いや、ほら最後らへんで……」

「うにゃああああああああ」



 ぽかぽかと薫の胸を叩くアリシア。

 だめだ、可愛すぎて楽しい。

 そんな事を思っていたら、スノーラビィがアリシアの頭の上でむくりと目覚める。

 あくびをした後、毛づくろいをしてからぐてっとする。

 薫はヒョイっとスノーラビィを回収して、アリシアの頬にぺたんと引っ付ける。

 すると、ぴたっと止まる。

 そっと離すとまた「うにゃあああああ」と言いながらぽかぽか叩いてくるのだ。

 薫は笑いながら、そんなアリシアを抱きしめる。

 しかし、不貞腐れてそっぽを向くアリシア。

 スノーラビィは薫の手から降りて、歩くのがしんどいのかころころと転がりながら、枕元まで行き丸まって眠りにつく。

 まだ、ご機嫌斜めなアリシアを、薫はゆっくり押し倒し宥めるのであった。



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 真っ暗な部屋。

 地下だろうか。



「こ、ここは……。はっ! そうだった! カオルは?!」



 そう言って周りを即座に見渡す。

 全く見覚えのない一室。

 じゃらりと手には魔拘束具が取り付けてある。

 部屋は、トイレとベッドがあるだけの檻と言ったらいいだろう。



「罪人の館……なのか?」

「お! お目覚めのようだな」

「だ、誰だ!」

「なぁに、この罪人の館の支配人のガッハだ。ドルクだろ? ミズチの族長がかなり高額でお前を探しているぞ」

「ふん、ここにいるのがわかるわけない! 俺は悪運は強いんだ!」

「あっはっはっは、運がもう無いのに悪運というか……。多分最悪な方向に進むだろう。族長にはもう連絡を送ってある。お前の死は時間の問題だ」

「!!!?」

「どうした? ああ、声も出ないか……。今何処にいるかわからないが、お前の情報を耳に入れたら物凄いスピードで来るだろうな」

「……」

「簡単には死ねないから覚悟がいるぞ。お前は、手を出したらいけない人に手を出したんだ。二回もな」

「ど、どういう事だ?」

「ミズチ一族の族長とカオルだよ。両方共Sランクで、力の制限の解除されている族長と帝国の手がかかっていないSランクのカオルだ。今死んでないだけありがたいと思え。まぁ、生きてるほうが辛くなるだろうがなぁ」



 ガッハの言葉にどんどん青ざめていく。

 薫が野放しのSランク。

 そのことを知っていれば、絶対に手を出す事はなかった。

 悪運がもう尽きていたのかもしれない。

 今直ぐに舌を噛み切って死を選んだほうが得策とも取れる。



「ああ、変なことは考えない方がいい。自害しようとしても、うちには腕の良い治療師がいるからな。死ぬ寸前で治したりする奴だから、気をつけておくんだぞ。絶対に死ねないから」



 この言葉に、動悸、息切れがする。

 心臓の脈打つ音がやけに耳に響く。

 目眩のせいか、目の前がぐにゃりと歪んでくる。



「まぁ、おとなしく眠っていろ。地獄の始まりだ! 存分に楽しめ」



 物凄くいい笑顔で、ガッハは威圧を放ちドルクの意識を根こそぎ奪う。

 完全に意識を失いその場に突っ伏す。

 ガッハは、薫とクレハが激突しなければいいなと思いながら書斎へと戻る。

 そう、トルキアでぶつかれば、街はおろか住民が全滅する。

 それだけは、避けてほしいなと思うのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。

前回、質問の方たくさん書いて頂き有り難うございます。

色々な意見が聞けてとてもよかったです。

次回も一週間以内の投稿を頑張りたいのですが、ちょっと家の問題で少し遅れルかもしれません。

何もなければ、一週間以内です。

ではー

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