表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/95

薫のいない戦い

書籍化でのダイジェスト化はございません。

Web版は、このまま残ります。

 薫はプリシラと別れて、広場に向かいながら考える。

 すると、ピンクラビィパーカーを着たアリシアが、木に身を隠しながらこちらをちょこんと見ている。

 辺りが暗かった為、一瞬危ない者かと思い薫は拳圧で吹き飛ばすところであった。

 危ない危ない……。

 

 

「アリシア、コテージにおると思ったんやけど、どないしたんや?」

「か、薫様が心配だったのですよ!」

 

 

 そう言いながら、もじもじとするアリシア。

 頭の上には、ピンクラビィがちゃっかり乗っかって船を漕いでいた。

 

 

「べ、別に、朝の続きがしたいとか、そんな事これっぽっちも考えて無いのですよ!」

 

 

 真っ赤な顔で言うアリシアは、全くもって説得力が無い。

 表情に出てしまい、隠しようのない愛くるしい仕草がまた無駄に心に攻撃してくる。

 弄りたいという気持ちも大きくなる。

 

 

「ふーん。じゃあ、どんな事して欲しいんかな?」

「あ、朝と同じ手は食らわ無いのですよ!」

 

 

 必死にそう言うアリシアは、もう一杯一杯なのである。

 そんなアリシアが、可愛くて仕方がない。

 薫はちょいちょいと手招きをして、泉の近くの石の階段に座る。

 アリシアは、薫の膝下が定位位置だと言わんばかりにすとんと体を収める。

 恥ずかしそうにもじもじしつつ、こちらをちらちらと見てくるのだ。

 

 

「ほんまに可愛いやっちゃなぁ」

「ぷ、ぷいなのですよ」

 

 

 そう言いながら、口を尖らせる。

 そんなアリシアの頬を優しくなぞると、ピクンと反応するが直ぐに薫の手に委ねてくる。

 頭に乗るピンクラビィをそっとお腹に付いてるポケットに移動する。

 

 

「薫様……ギュッとして欲しいのです……」

「はいはい」

 

 

 そっと後ろから抱きしめると、アリシアは幸せそうな顔をする。

 ずっと、この時間続けばいいのにと思ってしまう。

 

 

「薫様、プリシラさんはどうなのですか?」

「急にどないしたんや?」

 

 

 アリシアは、心配そうな表情で薫に言う。

 

 

「い、いえ……。あの、薫様が苦戦してると言いますか……」

 

 

 薫なら、直ぐに治してしまうと思っていたから、アリシアはそのような事を言う。

 薫はクスクスと笑いながら、優しい表情でアリシアの頭を優しく撫でる。

 

 

「まぁ、患者って言うのも、また面倒事を引き起こす人もおんねん」

「どういう事なのですか?」

 

 

 くりくりしたを目目をこちらに向けて聞いてくる。

 薫の言ってる意味がわからないと言わんばかりの表情でだ。

 

 

「うーん、故意に病気を長引かせるといった事をする患者やな」

「何故、そのような事をするのですか? 早く治った方が絶対にいいのに……」

 

 薫の手に、自身の手を添えながら「うーん」と言いながら考える。

 撫で撫でするのは止めて頂きたい。

 

 

「治ると困る患者もいるんや。大体が利権や私欲やけどな」

「うーん、分からないのですよ……」

「そうやな……。じゃあ、もしもアリシアが簡単に治る病気で、俺が治療をするとなった場合。治療が終われば俺は居なくなるとなったらどないする?」

 

 

 薫の問いかけにちょっと渋い顔をしながら考える。

 

 

「え、えっと……。言い難いのですが……。な、長引かせちゃうかもしれません」

 

 

 アリシアは、申し訳なさそうにそう言う。

 薫は、「そう言う事や」と言い苦笑いを浮かべる。

 

 

「うう、究極の選択なのですよ! 病気は治したいと思いますけど……。治ったら、薫様が居なくなっちゃうのなら治りたくないと思っちゃいます。私は悪い子なのですよ〜」

 

 

 頭を抱えながらアリシアは悶える。

 なんとも面白い動きをする生き物なのだろうか。

 いけない、撫で回したくなる。

 

 

「そういった私利私欲があると、そういった事をしたりする患者もいるんや。まぁ、ほんの一部で、全てやないけどな……」

 

 

 薫はそう言ってアリシアを見る。

 アリシアは、難しそうな顔で考え込む。

 

 

「薫様、患者さんを見るという事は難しいのですよ。私に出来るでしょうか?」

「俺がちゃんと教える言うたやろ? 大船に乗った気持ちでええよ」

「はいなのですよ! いっぱいいっぱい勉強もするのです。技術もいっぱい覚えるのですよ」

 

 

 アリシアはそう言いながら左右に揺れる。

 凄く嬉しいようだ。

 

 

「技術もそうやけど、そればかりを求めたらアカンで」

「どういう事なのですか?」

「今教えてるのは、言うたらマニュアルみたいなもんや」

「はい、でも、技術がないと何も出来ないのですよ」

「アリシア、すべての技術は患者さんのためにあるんや。マニュアルは所詮、マニュアルでしかないんや。表面だけを見ないで、ちゃんと患者さんと向き合わなアカンねん。じゃないと、またプリシラの時みたいになんで」

「……」

「知識もそうや。一個でも当てはまる物があったら、それしか見えん事なったやろ?」

「はい……」

「患者さんがどんな私生活をしているか。どこが痛いかとか、そういったところにもヒントっていう物は落っこちとるんや。見逃さんように、しっかり患者さんの言う事を良く聞くって事も大事なんやで」

 

 

 そう言うと、アリシアは眉をハの字にして薫を見つめる。

 

 

「薫様、難しいのですよ……」

「そりゃそうや。そう簡単に分かったらホンマに苦労せえへんやん。俺だって色んな患者を見てきたんやで? 数ヶ月のアリシアに出来たら俺はいらん子やんか」

「数がモノを言うのでしょうか?」

「まぁ、数もこなさなアカンなぁ。そうやな、次の街でも色々と見て回ってみるか?」

「はい、私も沢山の患者さんと向き合うのですよ!」

「ちゃんとフォローはしたるから、安心して診察してくんやで」

「はい、薫様大好きなのです」

 

 

 そう言って、アリシアは体を薫の方に向けギュッと抱きつくのである。

 

 

「薫様……す、好きにしても……」

「きゅ~……」

「……? !? ぴ、ピンクラビィちゃん! か、薫様、ピンクラビィちゃんを私はお腹でギュッとしてしまいました! ど、ど、ど、どうしましょう!??」

 

 

 そう言いながら、ピクピクしているピンクラビィをそっと掌に乗っけて揺するアリシア。

 あたふたするアリシアに、薫は笑うのである。

 

 

「大丈夫やて。アリシアのお腹は、ぷにぷにやからそんなんで死んだりせえへんやん」

「?! 薫様! 今さらっと失礼なこと言いませんでしたか? って、それどころじゃないのですよ!」

 

 

 そう言いながらアリシアは、ピンクラビィに回復魔法を掛けるのであった。

 回復魔法を掛けてから少しすると、元気よく動き始めた。

 

 

「よ、よかったのですよ~。物凄く焦ったのです……」

「ほんまに楽しそうやな」

「今のは、楽しくもなんともないのですよ! 心臓に悪いだけなのですよ!」

 

 

 胸に手を当て、アリシアは溜め息を吐く。

 ピンクラビィはアリシアの肩に乗り、前足でぺしぺしとアリシアの頬を叩く。

 これは怒りの表現なのだろうか、ピンクラビィは必死で全く痛くないパンチを繰り出す。

 アリシアは、蕩ける表情でそれを満足げに受けるのであった。

 

 

「これはあかん。ご褒美や……」

「きゅ?」

 

 

 薫の声に反応するピンクラビィ。

 ひょいっとピンクラビィを回収し、薫はアリシアのピンクラビィパーカーの袖から、脇へ走らせるような形でピンクラビィを放り込む。

 服の中にストンと入ったピンクラビィは、焦ったのかじたばたと動きまわる。

 そのせいで、アリシアは擽り地獄を食らうのであった。

 

 

「や、やめてください……。ピンクラビィちゃん……あははは、ちょ、ちょっと待って下さい。そこは………んっ………」

 

 

 そう言いながら、アリシアはころころと悶え苦しむ。

 ピンクラビィが、アリシアの服から脱出した時にはアリシアはぐったりとしていた。

 

 

「きゅ?」

「うん、ええ復讐になったな」

「ひ、酷いのですよ……。ぐすん」

 

 

 アリシアは、半泣きでぴくぴくと体が痙攣する。

 ピンクラビィは、何故アリシアがこのように弱っているのかわからずちょっと困惑する。

 

 

「酷いのですよ……。薫様は、ピンクラビィちゃんを使ってまで私に擽り地獄を執行してくるのですね!」

「まさか、そうなるなんてこれっぽっちも思っとらんで」

 

 

 平然とそう言う薫。

 結果的にそうなってしまい、故意でやったのではないといった感じの雰囲気を醸し出す。

 

 

「そ、そうなのですか? う、疑ったりして、ご、ごめんなさいなのですよ……」

「アリシアはちょろいなぁ」

「うわぁあん。やっぱり嘘だったのです! おかしいと思ってたのです」

 

 

 プク〜っと頬を膨らませ、怒っていることをアピールする。

 アリシアの反応が面白すぎて、ついついこのような事をしてしまう。

 その後は、アリシアを宥めて丸く治める薫。

 巻いた種は、確実に刈り取る。

 コテージに戻ると、フーリは気持ちよさそうに布団に丸まって眠っていた。

 

 

「な、何でしょう。物凄く気持ちよさそうに寝てるのですよ」

「疲れたんやろ。俺らも寝ようか」

「はい」

「きゅ~」

 

 

 薫とアリシアは布団に入りる。

 そして、薫の方をアリシアは熱い視線を向けてくる。

 薫は、そんなアリシアに軽くキスをして「今日は、これで我慢してな」と言う。

 アリシアは、満面の笑みで小さな声で「はい」と言うのであった。

 そのまま、二人は夢の中へと沈んでいく。

 ピンクラビィも、アリシアの頬にお尻をくっ付ける形で丸まって眠りにつくのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 朝を迎える。

 薫は、目を擦りながら体を起こす。

 アリシアは、当然ながら起きる気配はない。

 とても幸せそうな表情で眠っている。

 しかし、お手手がピンクラビィを探しながら彷徨っているのは触れないでおこう。

 薫は、辺りを見回すとピンクラビィはフーリに捕まっていた。

 両手で抱きしめられ、大きな胸に押し付けられてちょっと苦しそうな表情をしている。

 薫は、それも触れずにそのままコテージを後にする。

 外の空気を吸いながら伸びをする薫。

 すると声をかけてくる者がいた。

 

 

「カオルさん、早いですね」

「ん? ああ、イズルか……。どないしたんや?」

 

 

 ちょっと恥ずかしそうにイズルは薫を見る。

 服装も着物ではなく、ラフでちょっとだぼっとした厚手の服を着ている。

 フードに、もふもふの毛がたっぷりと付けられて暖かそうに見える。

 パジャマといった感じなのだろうか。

 このような服装を見るのは新鮮な感じがした。

 

 

「そんな服も着るんやな。なんか可愛いやん」

「な、な、な、何を言ってるんだ! カオルさん、私をからかってるのか?」

「いやいや、素直な感想を言っただけやん。それに、なんでそんな焦ってんねん」

「あ、焦ってなどいない。妾は、断じてそのような事など!」

 

 

 わたわたと完全に慌てるイズル。

 その内、目を回すのではないかとちょっと心配になる。

 

 

「言われ慣れてないからその……。恥ずかしいんだ!」

「イズルのコミュニティに男いるやろ? 誰も言わへんのんか?」

「奴らは妾に負けて、なぜか共について行きたいと言ってきた者達だ。そのような事、一言も言われた事ない」

 

 

 ちょっとムスッとした表情で、愚痴をこぼすように言う。

 そして、小さな声で「幼児体型だからか? それとも、胸のせいなのか?」などと口元に手を当てながら呟く。

 聞こえてしまったが、軽くスルーする。

 突くと話がややこしくなりそうだからだ。

 

 

「まぁ、そうやって付いてきたんなら、そう言う事は言えへんのんやろう。崇拝するイズルに、そのような事言えへんみたいな」

「そ、そうか?」

 

 

 ちょっと不安な表情を浮かべるイズル。

 自身に、女性としての自信が持てないのかとも思う。

 

 

「そうやろ、綺麗で強いんやからな。やから、安心してええんやないか?」

「カオルさんは、妾の事綺麗と思うか?」

 

 

 目を輝かせながら、そう聞いてくる。

 現に、イズルは綺麗で強い。

 それに礼儀なども出来る女性であった。

 ここ数日、一緒にこの妖精の国で滞在しているから、段々イズル達の事もわかってくる。

 

 

「ああ、魅力的な女性やと思うで」

 

 

 イズルは、その言葉に物凄くご満悦な表情になる。

 薫は嘘は言ってないが、これから面倒な事にならなければいいなと思うのであった。

 

 

「ああ、そうや。今日なんやけど、もしかしたら俺は治療で2時間くらい行動できへんところに行くかもしれへん。やから、その間この街の事頼んでええか?」

「わ、私のコミュニティだけでは、ちょっと了承しかねるな……」

「アリシアとフーリもおるから。まぁ、大丈夫とは思うんやけど」

「なら、安心出来る。アリシアさんも妾と同じくらいの実力は持ってるから」

「じゃあ、そうなった場合は頼めるか?」

「ああ、任されてくれ」

 

 

 そう言って、平たい胸をトンと叩く。

 満面の笑みで了承してくれた。

 薫は、これでプリシラの治療が手術になっても、安心して入れると思うのであった。

 その後は、他愛のない話に花が咲く。

 イズルは、結婚するなら自分よりも強い人とじゃないと嫌と言って笑っていた。

 Aランクでイズルよりも強いなど、殆ど限られるレベルなのだが、本人はわかって言っているのだろうかとカオルは思うのであった。

 それと、一夫多妻制はどう思うなどと聞かれたが、今のところそのような事は考えていない。

 そのような習慣はないから仕方がないと言ったら、イズルは「頑張れば行けそう」などと、ちょっと怖い事を言っていた。

 薫は頭を掻きながら、プリシラの診察時間が近づいていたので、話を切り上げ古城へと向かうのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 コテージの中。

 アリシアは、ピンクラビィの温もりを探しお手手が彷徨う。

 寝返りを打ち、範囲を広げるという荒技を使っていた。

 薫がいれば、「絶対に起きているやろ!」っとツッコミが入るレベルだ。

 そして、ようやくそれらしき物に手が触れる。

 むにゅりとした柔らかい感触。

 手で収まりきらない。

 そして手に力を入れると、形は簡単に変化し指と指の隙間から溢れる。

 その度に、ピンクラビィの声とフーリの声が聞こえるのだ。

 眠気まなこでアリシアは、その柔らかい物体をこれでもかとこねくり回す。

 近くに必ずピンクラビィがいる。

 早く触れたい。

 ぴょこぴょこと弄りながら、ピンクラビィを探す。

 

 

「どこですかぁ〜。ピンクラビィちゃぁん。むにゅむにゅ」

「あ、アリシア……ちゃん、駄目……。んっ……!」

「きゅ〜……」

 

 フーリは目覚めて、状況を把握するまでに少し時間がかかった。

 アリシアが、フーリのお腹に頭を置き、左手で胸を揉みしだきながらピンクラビィを探す。

 ピンクラビィは、フーリの谷間になぜか挟まれ苦しげに「きゅ〜」っと鳴いている。

 アリシアが手を動かすと、ピンクラビィはフーリの胸にぎゅッと挟まれ鳴くのだ。

 フーリは、取り敢えずピンクラビィを谷間から救出して、アリシアの手の甲をキュッとつねる。

 

 

「はうぁ!?」

 

 

 そう言いながら、アリシアは飛び起きる。

 痛みの走った手の甲を見ながらキョロキョロすると、フーリがピンクラビィを掌の上に置いて言う。

 

 

「犯人、この子……」

「きゅ?」

 

 

 息遣いが少し荒いフーリ。

 目線はアリシアから外し、罪をピンクラビィに押し付けそう言う。

 

 

「ね、寝てる間にまたしても、ピンクラビィちゃんに嫌われるような事をしてしまったのです!」

「気をつけた方がいい……」

「そうするのですよ! あれ? でも凄く柔らかいと言いますか……。ずっと触っていたくなる触り心地のもちもち感は……」

 

 

 アリシアは、左手を何度かグーパーしながら自身の手を見る。

 

 

「もふもふと言うよりは……。むにゅむにゅ?」

「……!」

「きゅ?」

 

 

 アリシアは、自身の手から目線を外し、フーリの大きな胸に目線を移す。

 

 

「どちらかと言うとフーリちゃんの……」

「アリシアちゃん、気のせい!」

 

 

 なぜか、物凄い目力でアリシアを見るフーリ。

 自身の胸をターゲットにされては、たまった物ではないと思いそのような行動に出る。

 ピンクラビィの情熱でロックオンされたら逃げ場がない。

 アリシアの頬にピンクラビィをぐいぐい押し付ける。

 もふもふのピンクラビィのヒップアタックに、アリシアは先程思っていた事はころりと頭の中から転げ落ちていく。

 

 

「アリシアちゃん、危険!」

 

 

 深い溜め息を吐きながら、フーリは小言のようにそう言うのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 薫は古城に入り、プリシラの居る謁見の間にいた。

 プリシラは、大量のピンクラビィに押しくら饅頭にされ、ぬくぬくと寝息を立てていた。

 

 

「アリシアが、これされたら即死やろうな……」

 

 

 そう言いながら、プリシラに近づく。

 一匹のピンクラビィが、ぱっちりとお目目を開けて物欲しそうに薫を見つめる。

 薫は、その子の頭をくしゃりと撫でると「きゅ〜きゅっきゅ〜♪」と鳴いた後、くてぇっと気持ちよさそうにする。

 プリシラが言っていたのは本当らしい。

 普通に撫でているだけなのだがと思いながら、目を覚ましていく他のピンクラビィ達にも軽く撫でる。

 ちょっとした気まぐれな行動でしていく。

 プリシラの周りに居た全ピンクラビィは、薫の手によって骨抜きにされてしまった。

 気持ちよさそうな声を上げながら、もっともっとと言わんばかりに薫に擦りついてくるのだ。

 若干、薫は「嘘やろ」と言いながら引いてしまうのである。

 アリシアなら歓喜するだろうが、薫はちょっと違う。

 大量のピンクラビィが、一斉に襲い掛かろうとする図はかなり危険な行為だ。

 ピンクラビィで埋もれるのは、まず間違いないだろう。

 そして、拒めばたらい以上の物が降ってくる可能性がある。

 簡単に躱せるし、強化で耐えると余計に殺しに来るんだろうなと思う。

 薫が見た中で、アリシアはフライパンを強化無しで受け、声にならない痛みで泣きながら抱きついてきた事を思い出す。

 あれは、喰らいたくない。

 むしろ、関わりたくない。

 そんな事を思っていたら、プリシラが目を覚ます。

 小さな口を手で押さえ、あくびをした後薫と目が合う。

 

 

「あ、カオルさん、おはようございます」

「めっちゃ暖かそうやな」

「はい、この子達、物凄く暖かいんですよ! ふわふわで、この時期はやはりピンクラビィ布団ですね」

 

 

 そう言いながら、笑顔を作る。

 ピンクラビィ達は、何やらプリシラに報告をしているようだ。

 プリシラに、きゅーきゅー鳴きながら話をしている。

 話終わったのか、プリシラはそっと薫に頭を差し出す。

 ぴょこぴょこと耳を動かしながら「さぁ、私にも」と言わんばかりにである。

 薫は、仕方がないと思いながら、くしゃりと撫でると蕩けた表情で幸せを噛みしめるのである。

 なんとも安いと思う薫。

 少し撫でた後、薫はプリシラの病気の診察をすると言って、ピンクラビィ達を解散させる。

 もっと撫でて欲しいと言った表情で、ジッと向けるピンクラビィはアリシアに似ていると思うのであった。

 

 

「じゃあ、診察をするで。細かく調べるからな」

「ちゃんと受けるので、後で撫で撫でお願いします!」

 

 

 薫は、それを了承する。

 でないと、診察中に動いたりして作業が捗らないからである。

 プリシラは、ぴょこぴょこ跳ねながら「わーい」と言いながらはしゃぐ。

 もう、子供としか思えない動きに、薫は溜め息を吐き上手く転がすかなと思うのである。

 

 

「取り敢えず、『経食道心エコー図検査』をもう一回するで。どれくらい漏れとるか調べるからな」

「う、また霧状のアレを飲み込むんですか?」

「大丈夫やて、ちゃんと検査手伝う言うたやろ? ほんとやったらアリシアにも、こういう検査を見させてやりたいのをこっちは無しでやっとるんやからな」

「発狂しながら、抱きしめられそうで怖いです……。報告によれば、も、揉みくしゃみにされるようです……。隅々まであの子はむしゃぶりつくすはずです!」

 

 そう言って、ピンクの小悪魔アリシアちゃんを怖がるプリシラ。

 そこまで怖がらなくてもいいと思う薫なのだが、やられる本人からすればそう思ってしまうのかと思う。

 

 

「でも、アリシアもええ子やから、あんまそんな感じで苦手意識持たんでほしいなって思うんやけど」

「そ、それは、わかってます。でも……、情報が玩具とか、いっぱいお菓子くれるとか……そんなのばかりで……。私もよくわからないんです……。少しずつなら……いいのかな」

 

 

 ちょっと困った表情をするプリシラ。

 でも、薫の言葉で少しはアリシアと接してみようかなと考え始めてくれた。

 アリシアも、まさかプリシラがピンクラビィの上位種とは思わないだろう。

 しかし、アリシアのピンクラビィ好きのレベルでは、もしかしたら知っているかもしれない。

 アリシアの反応が少し楽しみになる薫なのであった。

 

 

「何を笑ってるんですかカオルさん?」

「いや、プリシラの正体知った時のアリシアの反応を想像したら、ちょっと笑えるなと思うてなぁ」

「カオルさんちょっと楽しんでないですかねぇ……」

 

 

 そう言いながら、ちょっと不貞腐れるプリシラを簡単に撫でてご機嫌をとる。

 納得行かないといった感じなのだが、撫でられてそのような事など直ぐに抜け落ちてしまうのである。

 

 

「診察始めるから、ちょっとそのまま横になって右向きに寝てくれ」

「はーい」

「医療魔法――『経食道心エコー・ベクトル1』」

 

 

 青白い霧の約1cmくらいの管のような物が、プリシラの口の中に入って行く。

 経食道心エコー図検査は、心臓の直ぐ後を走る食道から超音波エコーを使って心臓を見る検査する。

 心エコー図検査よりも詳細に、より詳しく心臓の検査ができる。

 先天性心疾患、血栓症などの精密検査として必要な検査とされる。

 卵円孔開存症の状態もこの検査でわかる。

 そして、普通にこの検査をすると喉に麻酔の点滴をして、必要ならば鎮静剤を静脈注射で行う。

 右横向きに寝て、胃カメラのような直径約1cmの筒の先端に超音波の機械が付いた筒を、口から投入して行う。

 だが、薫の使う医療魔法は、筒などのチューブなどではない。

 霧状にまとまった物が空気と同じような感じで食道に入って行く。

 麻酔などはいらず、患者にも優しい仕様になっている。

 食道に到達したら、超音波エコーを使い薫のステータス画面にエコー図を出す。

 心臓の左房と呼ばれる部分と、右房と呼ばれる部分の間に開いている小さな穴を、心拍とともにどのくらいの量が漏れているかをチェックする。

 この穴は、胎児期に開いていてそれから直ぐに塞がってしまうものだが、完全に塞がらず一種の弁として一定の交通を残してしまったりする。

 基本的に漏れが発生するのは、いきんだり、咳き込んだりして腹圧が掛かった時に起こる。

 この病気は、多くの人が知らずに持っている可能性のある病に入り、最近では偏頭痛の一つの要因とも言われている。

 

 

「うーん、やっぱり洩れとるな……。他の病に発展する原因になるから手術をしたほうがええやろうな」

「い、痛いですか?」

「寝とる間に治るわ」

 

 

 薫の寝てる間に治るという言葉に安心したのか、プリシラは決心したような表情で薫に言う。

 

 

「では、カオルさんお願いします」

「ああ、手術時間もそんなりに掛かるからな」

「え、えっと、ではどうしましょうか?」

「ここで、少し待っとってくれ。俺はちょっとアリシア達に伝えてくるから」

「はい、いってらっしゃーい」

 

 

 薫は、アリシア達の下へと向う為、古城を後にする。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 妖精の国から2km離れた地。

 

 

「くそったれがぁあああああ」

 

 

 キングオークをバトルアクスで切り倒す。

 光の粒子に変換され、ドロップアイテムが散乱する。

 二体目のキングオークが、冒険者達との距離をとり大きな棍棒を構える。

 

 

「多すぎる……どうなってるんだこのエリアは? もうすぐ妖精の国と言っていたが……その前のエリアでこれでは本気でやばそう」

「大丈夫よ。回復アイテムだってまだまだ腐るほどあるんだからね」

「魔法の援護いくよー! 一旦下がって―」

 

 

 そう言いながら、総勢30人の冒険者達は一斉に殲滅する。

 連携もここ数日でかなり上がってきている。

 アイテムも、どれだけ使ってもいいという制限なしときている。

 魔法使いは、中級以上の魔法をどんどん惜しみなく使っていく。

 

 

「くっくっく。いやー、本当にこの数がいれば楽に攻略できそうです。契約書の仕掛けに気付いた者はいないか……。まったく、帝国で一度やられてるのに本当に学習能力のない奴らだ」

 

 

 そう言いながら、ドルクは一番後ろで肩を震わせながら戦っている冒険者達を見つめるのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 薫は、古城に戻っていた。

 一度、広場でアリシア達にプリシラの治療に入る事を伝える。

 アリシアは一緒に見たいと言ったが、妖精の国に魔物が入らないようにする為、残るように言うと少し不貞腐れた表情をした。

 埋め合わせは必ずすると言うと「仕方ないのです」と言いながらちょっとニヤけるのであった。

 

 

「プリシラ、ええか?」

「ドキドキしますが、大丈夫です」

 

 

 薫は右手を正面にかざして、今回の手術で使う設備とそれ以外のものも対応できる手術室を脳内で思い浮かべる。

 

 

「固有スキル……『異空間手術室』」

 

 

 そう唱えると、金色に輝きながら時空が歪み強烈な稲光が迸る。

 強大な魔力が、空間をバキバキと鈍い音を響かせ歪ませる。

 そして、手術室の入り口が形成され出現する。

 プリシラは、「ほぇ~」と言いながらピンクラビィの耳をぴょこぴょこさせる。

 

 

「カオルさん凄い魔力ですね。神格を持ってる精霊さんなら、上位にランクアップできる魔力量ですよ」

「なんか、前にもそんなこと聞いたな。そういえば、ピンクラビィもそういったのがあるんやろ?」

「ありますよ。私達は、人の幸せを貰う事によって神格がランクアップできます。まぁ、神格を持ってないと出来ないんですけどね」

 

 

 そう言いながら、プリシラは笑顔で答える。

 薫は、ここにいるピンクラビィなどは、どうなのだろうかと思うのであった。

 アリシアなら、神格の為に幸せを分け与えそうで怖いと思う。

 

 

「まぁ、それは、あとで詳しく聞くわ。まずは、プリシラの病気を治すのが先決やからな」

「はーい」

 

 

 ぴょこんとジャンプしながら手を上げるプリシラ。

 手術室に二人は入って行く。

 

 

「見たこともない。器具でいっぱいですね」

 

 

 そう言いながら、プリシラは手術室の中をキョロキョロと見渡す。

 薫は勝手に触るなよと釘を刺してから、プリシラに手術服に着替えてもらう。

 

 

「それを着たら、その台の上に寝っ転がって待っとってくれ」

「わかりました」

 

 

 そう言いながら、プリシラは着替え始めた。

 薫は、手術室の脇にある小さな部屋に入り、手術用の服に着替える。

 小部屋で手を洗い消毒する。

 ブラシで更に綺麗に洗う。

 そして、手術用の手袋をつけ手術台へと向う

 手術台の上に仰向けに寝るプリシラ。

 

 

「カオルさん、なんか凄く怖いのですが……」

「大丈夫や、心配あらへんから」

 

 

 そう言いながら、プリシラの頭を撫でて落ち着かせる。

 撫でられる事により、不安も直ぐに何処かへ吹っ飛んでしまっていた。

 もっともっとと言わんばかりに頭を擦り付けてくる。

 

 

「そしたら、今から【卵円孔閉鎖手術】をしていく。眠くなる薬を使うから、そのまま寝てええからな」

「はい、あ! 起きたらまた撫で撫でして下さいね♪」

「はいはい、いっぱいしたるから。やから、大人しくしといてくれよ」

「やったー」

 

 

 嬉しそうにその後は動かずに薫に委ねる。

 

 

「医療魔法――『心電図・ベクトル1』」

「医療魔法――『血圧計・ベクトル1』」

 

 

 薫は、ステータス画面にプリシラの心電図と血圧計を表示させる。

 ピッ……ピッ……っと脈を打つ音がする。

 薫は、プリシラの体に触れる。

 

 

「それじゃあ、今から麻酔を掛けていくからな」

 

 

 プリシラは、こくんと頷く。

 薫は、それを確認してから

 

 

「医療魔法――『全身麻酔・ベクトル1』」

 

 

 ほわっと青白い光がプリシラの体全体に纏う。

 ゆっくりと薬が全身に回っていくのだ。

 薫は、そのまま医療魔法をかけていく。

 

 

「医療魔法――『酸素マスク・ベクトル1』」

 

 

 プリシラの口元に薄く蒼い膜が張られる。

 医療魔法で非脱分極性の筋弛緩薬(筋を完全に麻痺させる薬)投与し様子を見る。

 すると、プリシラの目がトロンとしてくる。

 そして、眠りに落ちそうな瞬間一瞬だけ、プリシラの心拍数が勢い良く上がった。

 薫は、一瞬何かあったのかと思いプリシラを見るが、それ以降は何事もない状態に戻っていた。

 薫は、プリシラに呼名反応と睫毛反射の消失を確認する。

 何もなく麻酔麻酔が効いている。

 

 

「何やったんやろう? 拒絶反応ってわけでもないしな……。医療魔法――『人工呼吸器・ベクトル1』」

 

 

 プリシラの口が開き気道が確保される。

 光のチューブみたいなものがプリシラの口の中に流れていく。

 光のチューブは、どんどん喉の奥へと進んでいく。

 気管に挿管されるとそこで止まり、薫のステータス画面に呼吸炭酸ガスモニターでCO2が呼出されているかを確認する。

 そして、光のチューブが分裂して麻酔回路を作る。

 医療魔法の全身麻酔とこの麻酔回路が連動する。

 薫は、吸入酸素濃度と吸入麻酔薬濃度を調整し、人工呼吸を開始させる。

 薫は、適正な換気が行われてるかを確認する。

 最大気道内圧、一回換気量、患者の胸郭の動き、呼気炭酸ガスモニター全てを薫は確認するのである。

 最後に、瞳孔を観察してメパッチ(角膜保護用テープ)をはる。

 麻酔を調整して、薫は手術に入る。

 しかし、先程の急激な心拍数の上がり方が、何かを伝えるためだったのかどうなのかわからない。

 薫は、プリシラの体を見ながら慎重に手術を行おうと思うのであった。

 

 

「さぁ、始めようか……いつも通りや。気合入れて行こうか!」

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 妖精の国の目の前の泉。

 冒険者たちは、精霊を捕まえては麻の袋に入れていた。

 

 

「ヤバイぜ! 大量過ぎる」

「損失を簡単にカバーできそうね」

「一匹でかなりの額だ! ピンクラビィならもっと高い。乱獲するぜ―」

 

 

 そう言いながら、30人の冒険者たちは一斉に必死に逃げ惑う精霊達を捕まえる。

 草むらで怯えるピンクラビィは、プリシラにこの事を伝えるが今は動けないと言うばかり。

 ピンクラビィは冒険者に見つからないように、妖精の国へと全速力で向う。

 妖精の国にはアリシアとフーリ、そしてイズル達もいる。

 どうにかしないと仲間がこの場所から居なくなってしまう。

 そんなことを考えながら「きゅっきゅー!」と鳴きながら、ひた走るのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 妖精の国の広場。

 アリシアとフーリはテーブルに顎を突き、目の前で講義するとピンクラビィを見つめる。

 

 

「きゅー!」

「もう無理なのですよ……。クッキーは全部あげてしまいました……。ないのですよ……」

「私もない。さっき、火の妖精さんにあげちゃった」

 

 

 ピンクラビィは、アリシアとフーリの言葉を聞きしょんぼりと耳が萎れる

 その時、猛ダッシュでアリシアの顔面にピップアタックを食らわせるピンクラビィが現れた。

 アリシアは、最高の笑顔で真後ろにぽてんと倒れた。

 

 

「ふわふわ、ましゅまろアタックなのですよぉ~。がくっ……」

「あ、アリシアちゃん!」

「きゅっきゅーきゅー!」

 

 

 フーリと小さなピンクラビィは、倒れたアリシアを心配そうに覗きこむ。

 目を回しながら、幸せそうな表情を見て大丈夫そうと思う。

 

 

「きゅっきゅっきゅーーきゅきゅ!」

「きゅ?」

 

 

 何やら、ピンクラビィ同士で話をしている。

 フーリは、その光景をじっと見つめる。

 

 

「きゅっきゅー!」

「きゅ?!」

「きゅっきゅきゅー!」

「きゅきゅっきゅー!」

 

 

 小さなピンクラビィは、急いでアリシアの頬をぺしぺしと叩き起こそうとする。

 フーリは、何かあったのだろうと思いアリシアを起こすのを手伝う。

 なかなか起きないアリシアに、擽り地獄を執行するとすぐに回復する。

 

 

「あ、危なかったのですよ……。ってどうしたのですか?」

「わかんない、でも何かあったみたい」

「きゅー!」

 

 

 ピンクラビィが先導を切って、ぴょんぴょん跳ねながらこっちこっちと言わんばかりに鳴き声をあげる。

 アリシアとフーリは、それに付いて行く。

 妖精の国の入り口まで来ると、アリシアとフーリの目の前で、十数人ほどの冒険者達が精霊達を捕まえ麻の袋に入れる姿が確認できた。

 

 

「あ、アリシアちゃん、あれ……」

「な、なんて事をしてるのですか! あんな酷いこと私は許さないのですよ!」

 

 

 そう言って、アリシアはアイテムボックスから雪時雨を抜き出す。

 怒りを露わにするアリシア。

 フーリはアリシアに、イズル達に知らせると言うと、アリシアは「お願いします」と言って、先に冒険者達の方へ走る。

 1人突っ込んでいくアリシア。

 膨大な魔力を纏いながら、冒険者たちへと近寄る。

 アリシアの魔力に気が付いた者達は一瞬怯む。

 

 

「な、なんで、ここにピンクの小悪魔アリシアちゃんがいるんだよ!」

「び、Bランクの俺らじゃ、かなわないぞ……」

「待て……。あ、アリシアちゃんがいるってことは……。アレも居るってことだろ……」

 

 

 最後に言った者の言葉に、Bランクの冒険者は青ざめる。

 Sランクのマリーを倒した怪物。

 薫の事を指す。

 どよめき、冒険者達の指揮が一気に下がる。



「お前ら、何をしている! たかが1人の小娘に、30人ものBランク以上の冒険者がたじろぐなど馬鹿か!」



 ドルクは、そのようにまくし立てる。

 ここまで来て、失敗などあってはならない。

 採算が取れず、今回の計画で収支がマイナスを叩き出しそうだから余計に焦る。



「あの子をお前は知らないのか? トルキアのトーナメントで、異常な強さを見せた1人だぞ! 下手すれば、Aランク以上に匹敵するって言われてる子に、突っ込んで行けなんて自殺行為にしかならないだろう!」



 1人冒険者がそのように言うと、ドルクは苦虫を噛み潰した表情になる。

 確かに、纏う魔力はAランクに匹敵する力量だ。

 威圧を放たれ、こちらに制限を食らえば、Bランクの冒険者は負けてしまうかもしれない。

 だが、同ランクの者同士ならば、それを止める事ができる。


「Aランクの冒険者はどこだ! あの小娘をどうにか押さえつけろ! 魔拘束具を付ければただの小娘だ! だから、総力を挙げて止めろ!」


 ドルクは、そう言って6人いるAランクの冒険者に指示を出す。

 しかし、Aランクの冒険者は3人しかいない。

 ドルクはやはり裏切ったかと思い、契約書を取り出し、自身の親指にナイフを当てスパッと薄く切る。

 ポタポタと血が流れる。

 その血が契約書に落ちた瞬間、魔法陣が出現する。



「私を出し抜けると思うなよ! 固有スキルーー『血界奴隷』」



 そう言って、ドルクはスキルを発動する。

 草むらに潜んでいたAランクの冒険者3人と、Bランクの冒険者2人が現れる。

 目が充血し、普通とは思えない奇声を上げながら、アリシアに向って突っ込んでいく。

 アリシアは、威圧を放ちその者達に制限を掛けるが、全くかかる気配がない。



「あ、危ないのです!」



 そう言いながら、アリシアはギリギリのところで攻撃を躱す。

 双剣使いと大剣使い、そして魔導師2人に治療師1人とバランスも取れた者達。



「よし、見ろあの小娘をどうにか5人で止められる! 今内に他の奴らで魔拘束具を付けろ!」



 ドルクは、そう指示を出す。

 しかし、薫が出てきた瞬間一瞬で総崩れする。

 それに、アリシアに手を出し、危害を加えた事が知られればもう生きてこの未開の地から出る事はできないだろう。



「お前らも、あの冒険者達のように、理性の欠片もなくして戦闘をしたいか? それとも頑張って俺の契約通り働くかだ! さあ選べ!」



 脅しを入れていくドルク。

 どちらを選んでも、間違いなく死に直面する事は間違いない。

 冒険者達は、最悪の選択をしなければならないと心の中で思うのであった。


読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。

この度、書籍化することになりました。

読者の皆さんのおかげでございます。

これからも頑張っていくのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ