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小さなピンクラビィとアリシア

 辺りが暗くなってきた頃、イズル達が妖精の国の広場に帰ってきた。

 

 

「もう無理だ」

「何処にあんだよ」

「見つかる気がしない」

 

 

 デナンとリュードとバースが揃いも揃って弱音を吐き始める。

 それも仕方が無い。

 3日間、穴を掘る作業をしてクタクタになっていた。

 

 

「ほら、弱音を吐いてる暇は無いぞ。明日こそ迷宮の入り口を見つけないと、その内他の者が来て、妾達の苦労を横から掻っ攫われるかもしれないんだから」

「そうよ。デナン達の頑張りが水の泡になるのよ」

「回復魔法を掛けますから元気出して下さい」

 

 

 イズル達の励ましにも中々反応出来ない。

 

 

「ああ、魔物が近寄って来なければ作業が捗るんだがなぁ。バース、何か良い案は無いか?」

「そうだよな。アレがかなりネックだ。毎回中断して戦闘だもんな」

「カオルも参加してくれねーかな。あいつ、釣りしてたけどあの光景は異常だぞ……。完全に魔物が避けて移動するって、どんだけ危険視されてんだよ! Aランクの魔物のキングオークが、目を逸らして無害アピールするとか俺初めて見たぞ!」

 

 

 3人は、若干呆れ気味に話す。

 イズルも、この状況をなんとか改善出来ないか模索する。

 ミーナの回復魔法では、追い付けないレベルの魔物が闊歩するこのエリア。

 テテスも、Cランクの魔導師でそこまで期待出来る援護も出来ない。

 確かに、薫に頼めば作業は捗るだろうが、了承してくれるかどうかは全くもって分からない。

 回復薬も残り数個しか無い。

 薫から全て買い取ったが、やはり攻略は難しかった。

 イズルは、少し考えてから口を開く。

 

 

「い、一応聞いてみるが、期待はするなよ」

 

 

 そう言うと、皆「了解」と言ってかなり期待した表情をする。

 イズルは、断られたらモチベーションが下がるだろうなと思いながら、薫の下へと向かう。

 皆の期待の重さが肩に乗り、ちょっと憂鬱になる。

 

 

「カオルさん、あの……ちょっと言いにくいのだけど……」

 

 

 料理中の薫に、イズルは話し掛ける。

 

 

「え、えっと、あの……た、探索を手伝って貰えないか?」

「ん? ああ、ええよ」

「そうだよな。駄目だよなって、ええ!? いいのか??」

 

 

 薫は断るだろうと思っていたから、この返しについ突っ込んでしまう。

 

 

「俺は、昼から暇しとるから別に構わへんよ。最近、運動不足やしな」

 

 

 そう言いながら、カラカラと笑うのであった。

 イズルは、嬉しそうに何度もお礼を言って薫と別れる。

 そして、イズルはデナン達の下へ戻ると慌てた感じで言う。


 

「か、カオルさんが一緒に来てくれる事になった」

「「「マジかよ!!?」」」

「かなり楽というか……。回復と魔物は問題なさそうね」

「じ、じっくり勉強させて貰う」

「ミーナあんた顔赤いわよ〜」

「て、テテス五月蝿い!」

「ミーナ、分かりやすいよね。しっぽまで振っちゃって」

「そ、尊敬してるだけだし」

 

 

 そんな事を言いながら、皆で明日回るルートを決める。

 薫の参加は、一騎当千クラスといっても過言ではない。

 皆、探索が楽しみといった感じなのだ。

 奥まで調べれない所も、明日は調べれる。

 皆、ワクワクする気持ちを抑えきれず、大いに盛り上がるのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 コテージの中、ほんのり薄暗く余り周りが見えない。

 

 

「此処は、何処なのでしょうか?」

 

 

 アリシアはむくりと上半身を起こし辺りをキョロキョロする。

 見覚えのあるランプを見つけ、此処がコテージの中だと理解する。

 まだ眠く、もう一眠りと思い布団に体を預ける。

 すると頬に、柔らかくふわふわな毛がすりすりと擦り付いてくる。

 

 

「ああ、気持ちいいのですよ……。ピンクラビィちゃんのふわふわと似てるのですぉ~」

「きゅ?」

「……?」

 

 

 聞き覚えのある鳴き声に、遂に好き過ぎて幻聴が聞こえてくるようになってしまったかと思う。

 アリシアは、ふわふわの物体に頬を擦り付けながら眠りにつこうとする。

 

 

「きゅ〜♪」

「……?」

 

 

 一頬擦りにつき、一回鳴き声がする。

 気のせいと思い、三回程頬擦りをする。

 

 

「きゅっきゅっきゅ〜♪」

「……きゅっきゅきゅ〜♪ なのですよぉ〜♪ って、ほ、本物なのですよぉおおおお!!!?」

 

 

 ガバッと起き上がり、一度ピンクラビィと距離を取る。

 欲望に負け、撫でくりまわして嫌われてしまってはいけないからだ。

 アリシアはランプに光を灯す。

 そこには、妖精の国では一回り小さいピンクラビィが、ちょこんと枕元に丸まっている。

 

 

「あ、あの時の子なのですよ! って、そうなのです! わ、私はピンクラビィちゃんに危害は加えないのですよ」

 

 

 そう言って、わたわたと手を上にあげ、取り敢えず警戒心を解いてもらおうとする。

 今まで、必ず逃げられたりしていたからだ。

 しかし、此処にいるピンクラビィは、全く警戒するどころかリラックスした状態で伸びをしている。

 

 

「あれ? おかしいのです?? あれれ?」

 

 

 首を傾げ、クエッションマークを頭上に出す。

 目を点にし、ぽけ〜っとした表情で、どうして逃げないのだろうと考える。

 そんなアリシアを、つぶらな瞳で見つめてくるピンクラビィ。

 アリシアは、その表情に一瞬でハートを打ち抜かれるのであった。

 ぽてんとその場にうつ伏せに倒れる。

 幸せ死寸前で、今にもこの嬉しさを体で表現したくなる。

 そんなアリシアを心配したのか、ピンクラビィはぴょんとうつ伏せのアリシアの頭に乗り、ぴょんぴょん跳ねながら鳴き出す。

 

 

「ああ、もう死んでもいいのですよ〜♪」

「きゅ〜!? きゅっきゅ!」

 

 

 アリシアの言葉に、何故か必死にピンクラビィは反応する。

 頭から降りて、アリシアの頬をぺちぺちと叩いてくる。

 全く痛くなく、蕩けた笑顔のまま、ピンクラビィのプニッとしたお手手の感触を堪能するアリシア。

 これはやばいと思ったのか、ピンクラビィは青白く体を光らせお鍋をアリシアの頭上に出現させる。

 

 

「きゅー!」

「あふん……」

 

 

 コンッと良い音と共に正気に戻るアリシア。

 

 

「あ、危なかったのです。綺麗な川を、ピンクラビィちゃんと一緒に渡るところでした! あれは楽園なのですよ!」

 

 

 そう言いながら、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「何やっとるんや?」

「か、薫様! 何時から見てたのですか!?」

「もう死んでもいいのですよ〜のところからかな」

「……」

 

 

 かぁ〜っとアリシアは紅くなる。

 蒸気が出て、やかんを置けば簡単に沸騰するのではないかと思う。

 

 

「えかったな。ちゃんとアリシアにこいつは懐いとるで」

 

 

 そう言って、アリシアの頭を優しく撫でる。

 薫の言葉に「本当なのですか?」と聞いてくる。

 今まで餌付けや、薫から乗っけられたり、ピンクラビィの気まぐれでしか、そのような事をされてないので中々薫の言う事を信じない。

 薫は頬を掻きながら言う。

 

 

「じゃあ、呼んでみたらええやん。すぐに結果は出ると思うで」

 

 

 そう言われ、アリシアは恐る恐る右手をピンクラビィの前に持って行く。

 

 

「ピンクラビィちゃん、おいでなのですよ」

「きゅっきゅ〜♪」

 

 

 ピンクラビィは、ぴょんとアリシアの手の上に乗りコロンと丸まった。

 

 

「か、薫様! 丸まったのですよ! わ、私の手の上なのですよ!」

「な? 言った通りやろ?」

「は、はいなのですよ♪」

 

 

 半泣きの状態で喜ぶアリシア。

 本当に嬉しいのだろうなと薫は思う。

 薫は、優しくアリシアの背中を摩る。

 嬉しそうに、掌に乗るピンクラビィをアリシアは何時までも見つめるのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 皆が寝静まった頃。

 古城の謁見で、1人頭を抱える者がいた。

 

 

「きゅっきゅ〜! やってしまいました! アリシアさんに好かれれば、あの子のように、ずっと一緒に居られる事を今気付いてしまいました!」

「きゅ〜」

「え? 何で教えてくれなかったの」

「きゅっきゅ」

「聞かなかったからって……。ぐすん、こ、こうなったら私の完全固有スキルで……」

「きゅ〜!」

「えー、なんで駄目なんですか? ちょっとくらい良いじゃないですか」

「きゅー!」

「他人の手柄の横取り……。わ、わかりましたよ! 正々堂々当たって砕けてやりましょう! きゅっきゅ〜!」

 

 

 そう言いながら、ピンクラビィの耳を立てプリシラはチョコをヤケ食いする。

 ピンクラビィは、どうしたものかといった表情でプリシラを見つめるのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 朝を迎えて、薫は早々に古城へやって来ていた。

 謁見の間に入ると、ぐったりしているプリシラを発見する。

 

 

「本当に懲りへんなぁ。プリシラ、ほんまに治す気あるんか?」

「ぐしゅん……。昨夜は、ちょっと荒れてたんです……」

「まあ、ええわ。取り敢えず、これ飲んで少し休め。たく、ほんまに手のかかる患者やな」

「ごめんなさいですぅ……」

 

 

 プリシラはぼろぼろと涙を流し、鼻水をぴよんと出して薫に謝るのである。

 そんなプリシラの鼻にティッシュをひっつける薫。

 

 

「ほれ、鼻をかまんと。かっこつかへんで」

「は、はい。きゅう~~~~~ん!」

 

 

 鼻をかんだプリシラは、スッキリしたのかちょっと元気になる。

 

 

「こういったプレイもまた……きゅー! 痛いです!」

 

 

 また変な事を言おうとしたので、薫は先にそれを制止する。

 プリシラのおでこにデコピンを打ち込んだ。

 強化なしでのデコピンだが意外と痛い。

 プリシラは、おでこを擦りながらちょっと嬉しそうな表情を浮かべる。

 これは、もう目覚めております。

 

 

「はぁ……、さっさと診察するで」

「はい……」

 

 

 ちょっと薫の不機嫌な雰囲気を察したのか、プリシラはしょぼんとする。

 何も言わないまま、薫は診察を進めていく。

 

 

「カオルさん、怒ってます?」

「別に怒っとらんよ。ただ、治るものを何か意図して長引かせてるのが気に食わんだけや」

「ほ、本当のこと言ったら……嫌いにならないですか?」

「内容によりけりやな」

「……」

 

 

 薫がこのような雰囲気を出しているのは初めてだったので、段々プリシラは居心地が悪くなる。

 そして、意を決したのかプリシラは口を開く。

 

 

「あ、あのですね。その……カオルさん……。私の頭を撫でて下さい!」

「はぁ?」

 

 

 いきなりそのような事を言われ、薫は素っ頓狂な声が出る。

 そして、どういう流れでそうなったのか理解できないでいた。

 プリシラは、慌てて薫に分かるように説明する。

 ちょっと申し訳ないといった表情をしてである。

 

 

「あ、あのですね……。ビスタ島の子達が言ってたんです。カオルさんの撫で方は、世界一だって……。それで、初めて会った時に撫でられて確信しました。カオルさんの手は神の手だって……。私達を駄目にするカオルさんの手で、思う存分撫でくりまわして貰えたらいいなぁって……。その……あの」

 

 

 バツの悪そうな表情で薫を見上げる。

 人差し指同士をちょんちょんと引っ付けながら言うのである。

 

 

「はぁ……。何かと思えばそんなことかいな……」

 

 

 薫は呆れ顔で溜め息を吐く。

 プリシラは、嫌われたと思いまたぼろぼろと涙が溢れ出てくる。

 そんなプリシラに、薫は優しく頭を撫でる。

 

 

「え?」

「撫でてほしかったんやろ?」

「は、はい……」

「そう言うのんは、口で言わんと分からんからちゃんと言うんやで。それに撫でて欲しいだけで、この国を危険に晒しとるんもあるんやからな」

「はい……」

 

 

 薫の言ってる事が尤もで、何も言えなくなるプリシラ。

 自身の軽率な行動に反省するのである。

 

 

「まぁ、ちゃんと病気治すんならそっちの言った事は聞いたる。これ以上周りに迷惑かけるんなら、もう俺はここから今すぐ出て行くで」

「そ、それだけは……、私これから心を入れ替えますだから……」

 

 

 必死に薫を引き留めようとギュッと白衣を握りしめる。

 

 

「態度で示してもらおうか……。もう信用は無いに等しいからな」

「……」

 

 

 ピンクラビィの耳が萎れてく。

 プルプル震えながら、椅子の後ろに隠していたチョコの入った容器を精霊に渡す。

 そんなところに隠していたのか!

 よたよたと精霊は、チョコの入った容器を下げる。

 

 

「これからは、絶対に食べません! 見ていて下さい! 絶対にカオルさんにこねくり回して貰えるように頑張ります!」

 

 

 物凄く邪な事を胸を張って言いながら、気合充分といった感じで薫を見るプリシラ。

 薫は、これでどうにかなればいいなと思うのであった。

 あまり期待はしていない。


 

「とりあえず、これ以上食うと命に関わる病気になる。そうなると、困るんはこの国に住む者達なんやからな」

「はい、ちゃんとお昼寝を3回と木の実の盛り合わせなどで我慢します」

「うん、まぁ……。そんだけ寝れば、ストレスも感じなさそうやからええか……」

「で、ですから、ほ、ほんの少しこねくって下さい!」

 

 

 薫の方へ頭をグイグイ向けてくる。

 耳が今か今かとぴょこぴょこ動く。

 薫は、仕方なしに優しく撫でると嬉しそうに喉を鳴らすのであった。

 完全に大きなピンクラビィにしか見えない。

 

 

「あ~、幸せです。幸せぇ~。駄目プリンセスラビィになっちゃいます~」

「十分、駄目プリンセスラビィやん」

「!?」

「いや……、驚いた顔してるけど、もう手遅れやん……」

「……」

 

 

 頬を膨らませながら、撫でられている状態。

 プリシラの表情はコロコロと変わっていく。

 とろーんとした表情になりそうになると、直ぐに先ほど言われた事を思い出し、ふくれっ面へと変わっていくがまた直ぐに崩れていく。

 ちょっと面白いと思いながら薫は撫でるのであった。

 

 

「ほれ、もう満足やろ?」

「も、もうちょっと……あと二時間ほど……」

「長いわ!」

「きゅ~! 痛いですよ~!」

 

 

 またしてもデコピンをくらう。

 プリシラはおでこを擦りながら、今度は舌を出して「冗談ですよ冗談。ちょっとしたお茶目です」と言う。

 全然、冗談に聞こえないからいけない。

 

 

「夕方にまた来るから。今のところは大丈夫なんやけど、ちょっと気になるところがあるからな」

 

 

 薫は、言葉を濁す形でプリシラに言う。



「大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、今のところはな」

 

 

 薫の言葉に少し安堵する。

 少しでも安心できるように確定事項ではない部分は薫は省く。

 薫は解決策を練りながら、プリシラに別れを告げて古城を後にする。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 薫が広場に帰ってきたら、フーリがコテージから目を擦りながら出てくる。

 

 

「おはよう、フーリよう寝れたか?」

「ばっちり……」

 

 

 船を漕ぎながら言うさまは、どう見てもバッチリではない。

 そのまま、フーリは泉へと足を運ぶ。

 ふらふらとして歩いてるところを見るとちょっと心配になる。

 薫は、フーリに付き添いながら泉へと一緒に向う。

 泉に着くと、フーリは水を救い上げ顔を洗う。

 パシャパシャと何度か顔を洗うと、目が覚めたようだ。

 

 

「段々、冷たくなってきた」

「そうやなぁ、もう冬になるからなぁ」

 

 

 辺りは、空気が冷たいのか霧が発生していた。

 それを見ながら、薫とフーリは話をする。

 

 

「フーリ、手の調子はどうや?」

「完全ではないけど、凄くいいよ」

「ならえかったわ」

「薫様、ありがと」

「どういたしまして」

「えへへ」

 

 

 フーリは笑顔で自身の手を見つめる。

 グー、パーと何度も繰り返す。

 思い通りに動くことが嬉しいのだろう。

 

 

「薫様は、どんな病気でも治せるの?」

「んー、全てを治せると言ったら嘘になるな。例えば、病気で弱り切った人がおるとするやろ?」

「うん」

「そういう人にあった治療をするんやけど、病気の進行とかが進みすぎてると手の施しようがない。そういった人は、延命治療しかできへん」

「そうなんだ。でも、何もしないよりかはいいの?」

「それもなんとも言えへんな。その状態で長く生きるという事は、痛みも続くって事や。痛みを和らげる薬もあるけど限界がある。どんどん痛みが強くなって、苦しくなるのを薬で抑える事が困難になると病気の人も家族の人達も辛くなったりもするねん」

 

 

 ちょっと複雑な表情をする薫。

 それを見て、フーリは薫の白衣を強く握る。

 

 

「でも、薫様がいたなら少しでも家族の人達は、その人と一緒に居られるんだよね?」

「最大限、手の尽くせる限りはするかな。それが本当にええんかは分からんけどな」

「私がそうなったらお願いしそう。お姉ちゃんに会うまでは死ねないから」

「アホか、絶対に会わせたるからそんなこと言うもんやないで」

「うん、薫様がいれば千人力!」

「調子ええな。まぁ、ええわ。さて、そろそろ戻るとするか」

 

 

 薫とフーリは、泉から広場へと引き返す。

 

 

「そういえば、プリシラさんはチョコのつまみ食いもうしないの?」

「次したら帰る言うたからな」

「納得、じゃあ大丈夫そう」

 

 

 フーリはにこやかな顔でそう言って薫と一緒に歩く。

 コテージに帰ってくると、アリシアはヨダレを垂らしながらピンクラビィと一緒に寝ている。

 相変わらず朝は弱い。

 薫とフーリがコテージに入った気配でピンクラビィは目を覚ます。

 

 

「きゅ?」

「おはよう、よしよし」

「きゅー!」

「よしよし」

「きゅっきゅー♪」

「可愛い」

 

 

 フーリも段々ピンクラビィの虜になってきていた。

 優しく頭を撫でると嬉しそうにピンクラビィは鳴くのである。

 その鳴き声に、アリシアもむくりと起きる。

 大きく伸びをしてから、そのままぽてんとまた枕に倒れる。

 

 

「今、起きたと思った」

「安定の二度寝やな」

「きゅ~!」

 

 

 布団に包まり、もごもごと丸まっていく。

 実に器用に動くアリシアに皆言葉を失う。

 

 

「とりあえず、飯の準備をしようか」

「私が作る! いつも作ってもらってるから」

 

 

 ピシっと挙手をするフーリ。

 やる気満々なフーリに薫は了承する。

 どのような料理を作るのかちょっと気になったが、フーリは「出来てからのお楽しみ」と言って、薫から調理キットと材料を貰いとっとことコテージから出て行った。

 ピンクラビィも頭に乗せたまま軽やかに走るのだった。

 薫は寝ているアリシアを、どうやって起こすかなと考えながらとりあえず声を掛けてみる。

 

 

「アリシア、起きへんとあかんで」

 

 

 とりあえず、そう言いながら丸まったアリシアを揺する。

 

 

「あと……あと、五分だけ……むにゃむにゃ」

「これ、絶対起きんパターンの言葉返しやん」

 

 

 薫は胡座をかいて座わり、そっと布団を自分の方へ引っ張っていく。

 すると、それに合わせて器用に体を回転させながら付いて来る。

 

 

「……これ、起きとるんやないか?」

 

 

 そう思っても不思議ではない動きに薫は溜息を吐く。

 そして、布団を引っ張った事で、薫のところまでころころと転がって膝にチョコンと頭を乗せ、ぐいぐい白衣を引っ張りニマニマしている。

 薫は、その行動にイラッとしてアリシアの弱点の脇に手を入れ軽く擽る。

 

 

「にゃ! はふぁ!!!!!」

「おはよう、アリシア。もうおきなアカンで」

「ひ、酷いのですよ! ゆっくり寝ている乙女を無理やり……」

「お? なんや、ほんまにやって欲しいんやったら、やったってもええんやぞ?」

「!? そ、それは、こ、困るですよ! お、起きるのです。だから……擽りの刑はやめて下さい!!!」

 

 

 わたわたと薫の手から逃れようと体を起こそうとするが、その都度薫は軽く擽る為逃げることが出来ない。

 

 

「うわぁーん。薫様がいじめるのですよー!」

「いじめてへんやん。ほら」

 

 

 そう言ってアリシアを持ち上げ膝の上に乗っける。

 そして、優しく抱きしめながら頭を撫でる。

 

 

「ど、どうしたのですか? 薫様」

「最近こうして二人の時間なかったからなぁ。ちょっと充電や」

「じゅ、充電ですか?」

「充電や」

 

 

 アリシアは体の向きを替えて薫と向き合う。

 

 

「そ、その……私も薫様で、じゅ、充電したいのですよ」

「どうしてほしいんや?」

「な、な、何を言わせようとしてるのですか! は、恥ずかしいのですよ!」

「なんや? その恥ずかしい言葉を夜に沢山言っとったのは、何処のどなたやったかなぁ?」

「ふにゃあああああああ!」

「あははは」

 

 

 アリシアは、顔を真赤にさせながら薫の胸をぽかぽかと叩く。

 かなり必死のようだ。

 薫はそんなアリシアを見て、からからと笑うのであった。

 

 

「薫様、その……き、きしゅしたいです……」

「何でかんでんねん」

「し、仕方ないじゃないですかぁ! 恥ずかしいし、緊張してるのですよ」

 

 

 ぷくっと膨れるアリシアにそっと口づけをする。

 不意打ちでアリシアは、ぴくんと反応してからそれに答える。

 とろんとした表情で、必死に答えるアリシアはとても可愛かった。

 

 

「薫様、不意打ちとかよくないと思います……。でも、その……もう一度……」

 

 

 そう言いながらまた重ねる。

 

 

「もう一度……。んっ……」

 

 

 ゆっくりとアリシアは、薫とのひとときを味わう。

 フーリが呼びに来るまでの間、アリシアは思う存分薫との時間堪能した。

 

 

 フーリに呼ばれて、薫とアリシアは広場にやってくる。

 フーリは、胸を張りドヤ顔でテーブルを指さす。

 そこには、レイアドラゴンの肉をサイコロ状に切って焼いたものとスクランブルエッグがお皿に乗せられ、食パンが横に添えられていた。

 そして、エスカのジュースが三人分置かれている。

 

 

「おお、ええやん」

「頑張った。見た目にこだわった」

「美味しそうなのですよ」

「召し上がれ」

「「頂きます」」

 

 

 薫は食パンに、レイアドラゴンの肉を置いてスクランブルをその横添える。

 そして、それを挟んでから口に頬張る。

 相変わらずのうまさに舌鼓をうつ。

 アリシアも美味しくて仕方ないといった感じでパクパク食べていく。

 小さな口で、頬張る姿はちょっと面白い。

 必死になりながら食べる。

 美味しすぎるのだろう。

 

 

「やっぱ旨いなぁ。フーリは、料理の才能もあるなぁ。食材を活かしとるわ」

「えへへ」

「か、薫様、私も頑張れば作れるのですよ! ば、晩御飯は私が作るのですよ!」

 

 

 そう言いながら、必死に薫にアピールをするアリシア。

 フーリを褒めた事により、何故か闘士を燃やす。

 

 

「じゃあ、楽しみにしとくわ。後、アリシアに今日は一個頼みたいことあんねん」

「へ? 何でしょうか?」

 

 

 きょとんとした表情で見つめてくる。

 ちょっと可愛いなこんちくせう。

 

 

「俺はちょっとイズル達と探索に出るから、アリシアは妖精の国に魔物が入らんように威圧を張っとって欲しいんやけど」

「か、薫様が今張ってるレベルでいいのですか?」

「ああ、それくらいでかまわへんよ」

「わかりました。でも、早めに帰ってきて下さいね」

「わかっとる。ちょっと当てがあるからな」

 

 

 薫は、そう言って笑顔を作る。

 アリシアは、一緒に行きたいなといった目線を向ける。

 妖精や精霊は魔物には襲われないが、フーリやイズル達の荷物といった物は魔物に襲われてしまう。

 だから、一緒に行くことは出来ない。

 しかし、薫と離れて行動と言うのはちょっと寂しいと思ってしまう。

 薫は、それを感じ取ってアリシアの頭を撫でる。

 

 

「直ぐ戻るし、その間はピンクラビィと一緒にのんびりしとくのもええんやないか?」

「そ、そうですね。な、名前をつけてあげたいのです! 私に懐いてくれたピンクラビィちゃんです。特別なのですよ!」

 

 

 そう言って喉を鳴らしながら言う。

 ピンクラビィも、アリシアの足元まで来て、柔らかい前足でぺしぺしとアリシアの足を叩いている。

 アリシアは、手を差し伸べ手に乗せてから肩に持っていく。

 アリシアの肩に乗ったピンクラビィは、特等席と言わんばかりにぐて~っとリラックスする。

 ほわほわのピンクラビィを頬で存分に堪能するアリシア。

 幸せいっぱいといった感じが滲みでるのであった。

 フーリもその表情を見て、アリシアが幸せそうで何よりといった感じで見守るのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 お昼になり、薫はイズル達と合流する。

 

 

「うおおおお! 本当にカオルが来てくれるとは物凄く心強いぞ!」

「デナン、声が大きすぎるぞ。でも、本当に心強いな」

「ああ、戦闘で楽できそうだよなリュード」

 

 

 そう言いながら、デナン、リュード、バースははしゃぐのである。

 

 

「本当にありがとう。カオルさん、妾達に協力してくれて」

「まぁ、ええよ。治療でまだちょっと掛かりそうやからな」

「カオルさん、回復魔法ではないのですか?」

「俺のは、そういったものとは違うからな」

「!? そ、それも講習で教えてください! 物凄く気になります!」

「ミーナ、がっつき過ぎよ。カオルさんに引いちゃうわよ」

「て、テテス! な、何を言ってるのですか!」

「はいはい、お前達、カオルさんの迷惑なる行為は禁止だ。そこら辺ちゃんと考えて行動するように」

「「「「「はーい」」」」」

 

 

 皆、イズルの言葉に返事をする。

 若干軽い気がするのは気のせいだろうか。

 笑顔でピクニック気分といった感じがする。

 そこまで頼られても困るが、まぁいいかなと思うのであった。

 

 

「では、しゅっぱ~つ!」

「「「「「おーう」」」」」

 

 

 元気の良い返事とともに皆で泉の北へと向う。

 妖精の国を出て三十分くらいの所でミーナは、薫の横へ来て話しかけてくる。

 

 

「あ、あの、カオルさん。カオルさんの使う魔法って回復魔法とどのように違うのですか?」

 

 

 尻尾と耳をぶんぶん振りながら聞いてくる。

 余程、気になるご様子だ。

 

 

「簡単に言ったら、回復魔法は外傷を主に治すことが出来る魔法や」

「確かに、切り傷や打撲、骨折などは簡単に治せますね」

「ああ、最上級で外傷の殆どを復元出来るくらいやな」

「そうなんですか? たしか、『完全治癒エクスキュア』を使われてましたけど、エクリクスの大神官ティナ様しか使えない魔法ですよ」

「まぁ、俺も使えるけどな。でや、使ってみて色々と効果を見とったんやけど、腕が千切れたりとか、体の何処かを抉られたりといった物は完全に治せるな」

「最上級回復魔法ですから、やはりそこまでの効果があるんですね」

 

 

 ちょっと興奮気味のミーナ。

 薫の『完全治癒エクスキュア』の効果を聞けて物凄く興奮する。

 自身が使う回復魔法の最上級魔法の効果は、殆ど明かされていない。

 エクリクスが、完全に情報を遮断している。

 だから、噂話しにしか聞けていないのだ。

 

 

「私は、どんな外傷でも病気でも治せると聞いてましたけどどうなんですか?」

「病気には効果が無いな。それができたらアリシアを治す事が出来とったしな」

「え? アリシアさんって病気だったんですか?」

「ああ、心臓の病気で大神官に治療をしてもらったけど治らんかったからな」

「心臓の病気ですか?」

「ああ、俺が行ってる治療は、そういった回復魔法で治せない病気に対して行える治療。医学って言うんやけどな」

「いがく?」

「ちょっと言い方が悪いけど、体を専用のナイフで切って、体内の悪いところを取り除いたりする事や薬で治す事を言うんや」

「体を切って死んだりしないんですか? って言うか、そんな事出来るんですか??」

 

 

 目を見開き薫の話を聞くミーナ。

 周りの者達は、にたにたとした表情で薫とミーナを見る。

 薫は、その視線に頭を掻き溜息を吐く。

 

 

「それを行うにも、色々な設備がいる。まぁ、俺はその設備を使えるしそういった知識と技術があるからな」

「凄い! 凄いですよ! カオルさんは大神官ティナ様よりも遥か上を行く方だったんですね」

「上やろうけど、ぶっちゃけ正規ではないしな。信用も実績も今のところは持ってないな」

「カオルさんは、大丈夫ですよ! ここ数カ月間で、もうかなりの発展を遂げているんですよ。一般治療師が迷宮熱の特効薬を開発したり、亞人に罹る病の特効薬を作ったりってもう今年度で二つもの病気を完治させる偉業を成し遂げてるんですから! カオルさんだって直ぐにそのくらいの実績を上げれるんじゃないですか?」

 

 

 薫は、自身が全て関わった事のある病気にちょっと苦笑いになる。

 もう、こんな所まで情報が広まっているんだなと思うのだ。

 そして、ワトラもちゃんと国にパイン菌の報告書を出したことを知る。

 これで、研究施設などを作ることもできるかなと思う。

 後は、ダニエラがちゃんと動くかを確認するだけだ。

 それに応じて薫も動かなければならない。

 

 

「まぁ、のんびりと治療をして実績を上げるわ」

「なんか、カオルさんなら直ぐに実績上げれそうでなんか羨ましいです。もう尊敬するレベルです」

 

 

 ミーナは、そう言いながら薫を見る。

 目を輝かせながら、尻尾を薫の手につんつんと当ててくる。

 

 

「ミーナ、あんたのいつもの悪い癖が出てるよ。しっぽ、しっぽ」

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 

 そう言って、ミーナは慌ててしっぽを薫から離す。

 

 

「尊敬ねぇ……。今、無意識にスキル発動しそうだったな」

「あれは、尊敬というより好意だな」

「愛人にでもなるつもりか? ミーナ」

 

 

 デナン、リュード、バースはミーナを誂うようにそう言う。

 ミーナは、顔を真っ赤にしてデナン達を睨む。

 デナン達は、口笛を吹きながら目を逸らすのであった。

 

 

「はぁ……。お前たち、いいかげんにしろよ。カオルさん申し訳ない……」

「賑やかでええやん。まぁ、のんびり行こうや」

「はい」

 

 

 そう言って、どんどん北上して行く。

 それから一時間位経っただろうか、土砂崩れが起きたところとすぐに分かる場所まで来た。

 

 

「本当に魔物がいっさい寄って来ないな……」

「さすが薫だな」

「さっき目逸らしたの見たぞ! いやー爽快だな! 俺らの時は、眼の色変えて走ってくるくせにな」

 

 

 そう言いながら、デナン達は言う。

 薫はその言葉を聞き、自分は蚊取り線香か何かかと思われているのではないかと思う。

 まぁ、別にいいかなと思いながらあたりを見回す。

 

 

「ここらへん一帯がそうやろうな」

「はい、妾達もずっと掘り返したりしてるが、なかなか見つからないんだ」

「そういう時は、専門のやつに聞けばええやん」

「?」

「ここに住んどる精霊にでも聞けばな」

「あ!」

 

 

 眼から鱗と言った感じでイズルは声が出てしまった。

 そこまで考えが回らなかった。

 薫は、白衣の胸ポケットから水の精霊をひょいっと掌に出す。

 

 

「カオルさん、まさか無理やり連れてきたんじゃ……」

「いや、ちゃんと交渉したで。魔力あげる代わりに迷宮の入り口を教えてくれってな」

「それで、知ってる子いたんですか?」

「こいつがそうや。魔力と引き換えに教えてくれるって言っとるからな」

 

 

 薫の手の上で両手を上げてきゃっきゃっとはしゃいでいる。

 

 

「かおる、かおる、まりょく、まりょく」

「はいはい」

 

 

 薫は、魔力を指先に魔力を溜めて食べさせる。

 

 

「まんぞく、まんぞく」

「そしたら、迷宮の入り口がどの辺にあったか教えてくれへんやろうか?」

 

 

 水の妖精は、土砂崩れの場所をジッと見ながらきょろきょろと見渡していく。

 そして、何かを感じ取ったのか指をさして薫に言う。

 

 

「あっち、あっち、嫌な空気、嫌な空気」

 

 

 そう言いながら薫の掌で騒ぎ出す。

 イズル達と一緒に薫は、水の精霊の指差す方へと歩く。

 10分くらいだろうか、水の妖精は地面を指さす。

 

 

「ここ! ここ! 変な感じがする」

 

 

 そう言って眉間に皺を寄せてそう言う。

 デナン達、男性陣はスコップを手に取りここ掘れワンワン状態で穴を掘っていく。

 

 

「どれくらい掘ったらいいかわかんねーけど、気合入れて行こうぜ」

「おう! 気合入れていこうぜ!」

「ここが踏ん張りどころだ。頑張っていくぜ!」

 

 

 そう言いながらスコップでガンガン土を掘り下げていく。

 二十分経った頃だろうか、三人は息があがってしまい穴から這い上がってきた。

 

 

「どんだけ埋まってんだよ!」

「おかしいだろ。かれこれ8mは掘ってるぞ!」

「まったく、迷宮の入り口が見つかる気配がない! 本当にあるのかここに!」

 

 

 そう言いながら、デナン達は悪態をつき始める。

 最初から全力でやっていたから、余計に体力が無くなってしまって肩で息をしていた。

 薫はそんなデナン達に、体力回復魔法を掛けて、馬車馬のように働けと言わんばかりの笑顔を向ける。

 

 

「「「鬼だ……カオルは鬼だ……」」」

 

 

 体力が全回復していく中で、デナン達は顔色が青くなっていく。

 

 

「まぁ、ちょっと手伝ったるわ。皆一旦この周辺から離れてくれへんかな」

 

 

 薫の言葉にイズル達は嫌な予感がしつつも距離を取る。

 薫は足で何度か地面を踏みつける感じで、足場を整え勢い良く踏みつけると、ズドンという音とともに薫を中心に10mのクレーターが出来る。

 

 

「よし、このくらい削れば後は楽やろ」

「カオル! お前バカか! 迷宮の入り口を壊す気か!」

「デナン、落ち着け! 迷宮の入り口はSランクであろうと壊すことが出来ない」

「リュード、そういう問題じゃねぇだろ」

 

 

 そう言いながら薫に近寄ってくる。

 デナンは、若干呆れも入っている。

 

 

「あ、あれが、入り口じゃないか?」

「「「え?」」」

 

 

 イズルの言葉にデナン達三人はイズルの指差す方を見る。

 すると、赤い鳥居のようなものが土から頭を出している。

 

 

「「「マジかよ……!」」」

 

 

 ドン引きするデナン達。

 

 

「まぁ、結果オーライっちゅう事で」

 

 

 薫はいい笑顔でそう言う。

 まったく悪びれたといった感じはない。

 

 

「カオルさん凄いです! 尊敬します」

「ミーナもうあんた目がハートマークになってるわよ……。寧ろ、あの一撃でここまで掘り下げるとか……。デナンの完全固有スキルの全力であれくらいでしょ。Sランクって化物よね」

「は、ハートマークになんてなってませんよ! へ、変なこと言わないでよテテス!」

 

 

 ミーナは、慌てながらテテスの言葉を否定する。

 ちょっと面白いなと薫は思うのだ。

 

 

「わ、妾もあんな力があれば……。もっと、修行しなければいけないのか……」

 

 

 イズルも薫の力に実力の差をまざまざと感じる。

 そして、もっと強くなりたいと思う。

 薫は、とりあえず迷宮の入り口を見つけて一件落着と思うのであった。

 その後は、デナン達男性陣は文句をぶりぶり言いながら、入り口を掘って開通させる。

 そして、今日の探索は一旦ここで打ち切りとした。

 ここ数日、全くと言っていいほど他の冒険者達が、この妖精の国まで来れていないところを見ると、かなり苦戦しているのだろと思う。

 だから、一度トルキアに戻って、物資を全て整えてからもう一度挑戦しようと思うのだ。

 イズルは、薫に感謝の言葉を何度も言う。

 今回の探索で魔物と戦うことは一度も無かった。

 ランクの高い魔物は知能が高く。

 本能的に強い者を避けるからである。

 薫がいることによって、そういった魔物は襲ってこなかった。

 帰りも、薫の威圧に当てられ、殆どの魔物はその場から早々に姿を隠した。

 皆、怪我もなく本当にピクニックといった感じになるのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 妖精の国の広場。

 アリシアは、ピンクラビィの頬をつんつん突付きながらご満悦な表情をしていた。

 

 

「つんつんなのですよぉ」

「きゅ~♪」

 

 

 突かれる度にぽよんと揺れるピンクラビィ。

 アリシアに突かれ楽しそうに鳴くのである。

 

 

「可愛すぎるのですよ。撫で撫でぇ~」

「きゅっきゅ~」

 

 

 気持ちよさそうな声で鳴くピンクラビィ。

 ジッとアリシアをつぶらな瞳で見つめてくる。

 ついついアリシアは、抱きしめてしまうのである。

 ふわふわなピンクラビィの体を、頬ずりと撫で撫でのダブル攻撃をしながら、夢見心地で表情が蕩ける。

 まったく嫌がら無いピンクラビィにアリシアは最高の時間を楽しむのである。

 一度、地面に下ろしてアリシアはとことこと歩くと、ピンクラビィも頑張って追ってくる。

 それだけで、笑顔になってしまう。

 

 

「アリシアちゃん、幸せそう」

「幸せすぎて死んでしまいそうなのですよ♪」

「うん、死んじゃ駄目」

 

 

 フーリは笑顔でそう言いながら、頭に炎の精霊を乗っけている。

 お腹満腹と言った感じでフーリの頭をころころと転がる。

 

 

「フーリちゃんもその精霊さんと仲良くなってるのですよ」

「うん、なんかいつの間にかいる」

「フーリちゃんの事が好きなのですよ」

「可愛いから、ついつい甘やかしちゃう」

「分かるのですよ! ついつい甘々にしちゃうのです!」

 

 

 二人は、笑顔でそう言いながら笑う。

 ピンクラビィは、アリシアのブーツの上に乗り置いていかれないようにぴったり引っ付く。

 

 

「あ~、駄目な子になっちゃいますぅ」

「皆可愛いから困る。私もここ別荘にしたい」

「そうですよね。フーリちゃんもやっとこっちの世界に来たのですよ! 私は嬉しいのです」

「まだ、そこまで行ってない」

 

 

 真顔でそう答えるフーリに、アリシアは「後もうひと押し」と思うのであった。

 その後、アリシアとフーリは訓練と遊びを交互にして薫達が帰ってくるのを待つ。

 かなり充実した一時になったのであった。



 薫達が探索から帰ってくる。

 アリシアは、薫の姿を見た瞬間ぴょーんと飛びつく。



「薫様! おかえりなさいですよ〜」

「おう! 帰ったで」



 薫は、飛びついて来たアリシアを優しく受け止める。



「なんや? 寂しかったんか?」

「さ、寂しくなんてありませんでした。全然なのですよ!」



 そう言いながらも、ギュッと薫に引っ付き離れようとしない。

 顔も見られないように薫の胸に埋める。

 そして、本当は寂しかったと言わんばかりに、頬を擦り付けてくる。

 薫は、そのままの状態でフーリに話しかける。



「ただいま、フーリ。なんか変わった事はなかったか?」

「薫様、おかえり。こっちは大丈夫、何にもないよ」


 そう言って、笑顔を向ける。

 薫はそれを聞き安心する。



「腹減ったなぁ。晩御飯はどうなっとるんや?」



 薫がそう言うと、アリシアはパッと薫から離れて得意げな表情で言う。



「今日は、訓練中に山菜を見つけたので、それの天ぷらにしたのですよ!」

「つまみ食い、止まらなかった!」



 フーリも、なぜかドヤ顔でペロリと舌舐めずりをして言う。

 美味しかったのだろう。

 薫は、先に晩御飯にしてそれから、プリシラの元へ行くかと思うのであった。

 イズル達もアリシアに誘われテーブルに着く。

 大量の天ぷらに、皆食いごたえがありそうと思いながら皿に取っていく。

 つゆと塩で食べられるようにしてある。

 これは、二度楽しめると薫は思うのであった。

 白米もアリシアは全員分配っていく。

 フーリは満面の笑みで、天ぷらを白米の上に乗せつゆを上から垂らす。

 最強の天ぷら丼の完成と言わんばかりに、目を輝かせながら食べる。

 口にかきこみ、口一杯に頬張って、至福の時と言わんばかりの表情になる。

 皆それを見て、真似をして食べる。

 すると、疲れが吹っ飛ぶと言わんばかりに「うめぇえええええ」と言うのであった。

 サクサクに揚げられた山菜はとても美味しく。

 丁寧に、二度揚げをしているのだろう。

 薫はビールが飲みたくなるのである。

 薫はアリシアを存分に褒めて、アリシアも大満足のご様子だった。

 アリシアは、また何か作ると薫と約束をして、自身もパクパクと食べるのであった。

 皆、満腹と言った感じでラックスティーを飲みながら話をし出す。

 今日の反省会と、今後のこの未開の地の攻略をどう進めるかを話し合う。

 薫は、皆にプリシラの下に診察に行くと言い一旦別れる。

 アリシアとフーリは、片ずけをしながら行ってらっしゃいと言うのであった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 古城の謁見の間に薫が入ると、プリシラはドヤ顔で待ってましたと言わんばかり薫を見る。

 薫は、プリシラの下まで行く。


「カオルさん、見てください! 私はチョコを食べないで我慢しましたよ」



 さぁ、今直ぐに頭を撫でてくださいと言わんばかりに、ぐいぐいと頭をカオルの前に持っていく。

 ピンクラビィの耳をぴょこぴょこさせ、今か今かと期待一杯に動くのである。



「ああ、それが普通の患者のあり方や。今迄出来てへん事の方がビックリやねんけど」



 ガーンと物凄い勢いでピンクラビィの耳が萎れる。



「ご褒美下さい! ごーほーおーびー!」


 プリシラはそう言いながら抗議する。

 薫は、「今日の診察が終わったらな」と言うと、パーッと明るくなりピシッと耳を立て、薫の言う事をテキパキと聴き始めるのである。

 薫は、少し気になっていた心臓に開いている小さな穴の穴の大きさを調べた。



「うーん、どうやろうなぁ」



 そう言いながら、薫は深刻そうな表情になる。

 プリシラは、薫のその表情を見てビクビクする。



「し、死んじゃうのですか?」

「いや、死んだりは今のところ問題はないねん。でも、このまま置いとくにはちょっと不安ちゅうだけや。これ以上広がるとなぁ」

「ど、どうしたらいいですか? チョコを一切食べませんですから……。ですから……治してください」

「治すのんは当たり前や。やけど昨日よりほんの少し広がってるのがなぁ。もう一日様子みるべきなんかなぁ。見極めがめっちゃ難しいねん」



 そう言いながら、薫は悩むのである。

 妖精の人体の構造は、薫の持つ『医学の心得』で完全に理解している。

 手術をするのはなんの問題もない。

 しかし、なるべくなら薬でどうにかなるならそれで治したいと思う。

 手術をすると言う事は、体の負担をかける事になる。

 薫は、最善の治療方法を模索しながら、脳をフル回転させるのであった。

 プリシラは、薫の真面目な顔にあたふたとして、撫でてもらう事などもうとうの昔に忘れてしまっていた。



「あわわ、私はどうしたらいいのですかぁ!」

「明日、再検査してから決める。薬はちゃんと飲む事。ええか?」

「はい! 絶対に飲みます! 治します!」

「最初からそうしとれば、こんなんにならへんかったのになぁ……」

「うぅ……。ごめんなさいカオルさん」

「まぁ、今言うても後の祭りや。ちゃんと治すから協力せえよ。ええか?」

「はい!」



 プリシラは、元気の良い返事をする。

 そんな、プリシラの頭を軽く撫でて薫はその場を去るのであった。

 不意に神の撫で撫でを喰らい、プリシラはへにょりと椅子にぺたんと座ってしまう。

 撫でられたところを自身の手で軽く添えて、ニマニマとしてしまう。

 薫の帰る姿が消えるまでずっと見つめるのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 未開の地。

 妖精の国まで後一日で着くといったところで、冒険者たちは最後の疲労を回復する為、ドルクから回復薬を貰っていく。



「お前たちもうすぐだ! もうすぐ妖精の国に着くぞ! 気合を入れて景気良くアイテムを使え! いいかぁ!!!」



 そう言ってドルクは、冒険者たちに大盤振る舞いする。



「しかし、ここら辺に来て魔物のランクが跳ね上がったな……」

「ああ、普通にBランクの魔物が出てくる。この人数じゃなけりゃあの量を狩り尽くすのは不可能だろ……」

「でも、これ未開の地攻略じゃあないんだよなぁ。もったいないな。俺、あいつを裏切って迷宮を探しに行こうかな」

「お! それいいね。あいつはなんか気に喰わないんだよな」

「俺らでちょっとあいつを出し抜いてやらねーか?」

「それ面白そう私も混ぜてよ。回復魔法なら出来るからさ。普通に使えると思うわよ」

「じゃあ、あたいも混ぜてよ」



 そう言って、皆が皆誰かを出し抜いてやろうと躍起になっている。

 ドルクはそんな者たちを見て、あざ笑うかのような不気味な表情を浮かべるのであった。


読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。

この度、書籍化することになりました。

読者の皆さんのおかげでございます。

これからも頑張っていくのでよろしくお願いします。

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