レイアドラゴンのお肉でBBQ
妖精の国の広場で皆が集まる。
薫は料理キットを出して料理の準備に取り掛かる。
辺りは夕方になり、木々は赤く染まっていく。
「ああ、凄く機材が多いですね。水回りも魔法石でずっと使える仕様になっています。オーブンに薪を点火すれば、後は楽々調整ができる便利コンロ……。お鍋も多種多様で使える物まで付いてる……」
薫が広げた料理キットにミーナが食いついてくる。
獣耳をピンと立てて、尻尾をぶんぶん振る。
「ああ、俺が料理が好きやからな」
「カオルさんって料理もできるんですか?」
「まぁ、それなりにな」
薫は、カラカラと笑いながらミーナに言う。
ミーナは、目を輝かせながら料理キットを見つめる。
「いいですよね~。でも、なかなかこういったキットにお金を使えないんですよ。装備品だったり、道具とかにお金を使ってますからね」
「それは仕方ないやろな。俺は娯楽みたいなもんで買っとるからなぁ」
「羨ましすぎです! これ、現在出てる料理キットシリーズでの最新版ですよ! グレード5つ星のすっごく高いやつです」
「金額は覚えとらんけど、旅はやっぱりええもん食べながらしたいやん? やから、俺にとっては必需品になるんかな」
「うう、欲しい!」
そう言って、ミーナはイズルの下へピューッと走って行き、料理キットを指さして何やら熱い交渉をしていた。
しかし、結果は駄目だったようだ。
へヒョリと耳と尻尾を垂らしてこちらに帰ってきた。
「そんなお金は無いと言われました……。私達の料理キットは一番下のグレードなんですよ。焼くとか煮るくらいしか使えないです。せめて、もう一つグレードアップをしたいですよ」
「ああ、よかったら一つ前に使っとやつがあるけどいるか?」
「え? いいんですか?」
ミーナは嬉しそうに薫の手を掴みぶんぶんと振ってくる。
ミーナのいい笑顔にどうも邪険に扱えない。
薫は、アイテムボックスから掌に乗る正方形の小箱を取り出す。
「これなんやけど」
「え? これ……本当に貰っていいんですか?」
「ああ、今回これ買ったからなぁ。同じような物あっても使わへんやん」
「いやでも、これ1年落ちのグレード5つ星の料理キットですよ……」
「ああ、初めて買った時にそれが1番よかったからな。使ってくれるんやったらその方がええやろ? アイテムボックスの肥やしとか勿体無いからな」
「あ、有難うございます。やったー♪」
ミーナは、飛び跳ねながら喜んでいた。
そうしていると、フーリが帰ってきた。
「フーリ、なんの食材を手に入れれたんや?」
「これ、精霊さんにアリシアちゃんが魔力と交換した」
そう言って頭に載せたバスケットを薫の前まで持ってくる。
実にいいバランス感覚を持っている。
そのまま薫にバスケットを渡す。
「うーん、完全にデザートとしてしか使えそうにないなぁ。明日にでもなにか作るか」
薫は、そう言いながら顎に手を当てる。
妖精や精霊などしかいないので、仕方ないかなと思う。
そんなふうに考えていたら、アリシアも帰ってきた。
ちょっと嬉しそうな表情をしている。
なにか良いことでもあったのかなと思いながら、薫は晩御飯の献立を考えるのであった。
薫の横まで来て、アリシアはチラチラこちらを見ながら同じような格好をとる。
薫はそれに気が付き、笑顔で頭を撫でる。
かまって欲しくて仕方ないといった感じだったからだ。
嬉しそうに喉を鳴らしながら、ニコニコするアリシアの表情に少し癒やされる。
「薫様、気持ちいいのですよ……。こ、これは、か、薫様皆さんの前でこのようなことは……」
「どうしたんや? いつもなら、可愛らしく引っ付いてくるのに今日はせえへんのんか?」
「な、なんて事を言ってるのですか! そ、そのような事を言ったら恥ずかしいのですよ」
そう言いながら、薫の手からアリシアは逃げる。
ちょっと嬉しそうな表情で、ちょこんと薫から一歩離れる。
「イチャイチャしやがって、魅せつけてくれるじゃねーか」
「まぁ、夫婦なんだからいいだろ。寧ろ、いちゃつかないほうが可怪しいだろ」
「トーナメントの時もそうだったからな」
リュードとデナンとバースは、薫とアリシアの絡みを見て言う。
テテスは、椅子に座りテーブルに突っ伏したまま動かないでいた。
完全に疲れていたのだろう。
気持ちよさそうに眠っていた。
イズルは回りにいる精霊に夢中になっていた。
水の精霊がイズルの周りを飛び回っている。
「わ、妾と遊びたいのか? こ、こいつめ……か、可愛い顔をしているな……」
そう言いながら、手のひらに乗った水の精霊に魔力を与えながら頬を緩めていた。
「そういえば、フーリ。さっきのレイアドラゴンから何かドロップしたんか? なにか拾ってように見えたんやけど」
「うん、大収穫。これ」
フーリは、10kgの肉の塊をアイテムボックスから取り出した。
「こ、これってもしかしてあれか!?」
「うん、あれ!」
「す、すごい量なのですよ!」
3人はちょっと興奮状態でその肉を見る。
霜降りで艶のある肉。
レイアドラゴンの肉だ。
「でも、何であの時言わんかったんや?」
「倒したの私達。でも、イズルさん達があそこまで弱らせたから、これの権利イズルさん達にもある」
「なる程な、まぁええやん。向こうも欲しいって言うんなら半分にしても」
「あの場で、もめるの嫌だったから回収した」
えっへんと言った感じで胸を張るフーリ。
ぽよんと胸が揺れる。
「まぁ、そういったルールは、フーリが詳しいから凄く助かっとるわ」
「えへへ」
そう薫は言いながら、くしゃくしゃと頭を撫でる。
嬉しそうにするフーリ。
それをアリシアは見ながら、ちょっと羨ましいといった表情になる。
「わ、私もそういった事を覚えれば、薫様にもっともっと頼りにされるのですね!」
「アリシアは、大丈夫や。もう十分頼りにしとるからな。やから、それ以上せんでもええよ」
「そ、そうですか? え、えへへ。そう言われるとて、照れちゃうのですよ」
「ちょろいな」
「ん? 薫様なにか言いましたか?」
「いや、なんも言ってないで」
平然とした態度で言う薫。
アリシアを誂って楽しんでいるのである。
フーリは、アリシアが幸せそうで何よりと思うのであった。
「さて、どんな料理にするかやなぁ」
「シンプル! 塩と胡椒で焼く!」
「では、バーベキューのようにしましょうか?」
「そうやな、人数も多いからそうするか。あと、野菜もしっかり食べるんやで」
「「はーい」」
そう言って二人は、元気の良い返事をする。
薫とアリシアは、一緒に肉を切り分ける。
厚切りで、十分楽しめる大きさにする。
フーリは、野菜を切って薫たちが切った肉と交互に串に刺していく。
30cmの串には分厚いレイアドラゴンのお肉がふんだんに使われている。
「じゃじゃん!」
そう言いながら、フーリは最強の剣を手に入れたかのような満面の笑みで、串を天に掲げてポーズを決める。
「す、凄く……強そうなのですよ!」
「ああ、主に旨さでは最強やろうな」
アリシアは、目を輝かせながら串に刺さった具達に惹かれてしまう。
ここにいる全員が、お腹一杯になる量を作るのは意外と大変であった。
一人、六本食べれるようにする。
あのレイアドラゴンのお肉なら、多分ぺろりと食べてしまうだろうなと薫は思う。
だが、一回で食べ終わるようにするにはちょっと勿体無い。
だから、もう数回食べれるように分ける。
「よし、こんなもんでええやろ。アリシアとフーリで焼いていってくれ。俺は他の料理を作るからな」
「了解なのですよ」
「うん」
良い返事とともに、二人はお皿に並んだ串をバーベキューセットを展開しての上に載せて焼いていく。
ジューっといい音と香りが辺りに漂いだす。
「な、なんだこの食欲をそそる匂いは!」
「アリシアとフーリが焼いてるぞ!」
「こ、これは手伝ってやらねば! でないと食えないかもしれない」
そう言いながら、デナンとリュードとバースは走って行く。
その他の者も匂いに釣られて、アリシア達の下へとやってくる。
出来上がった物から皆口に運んでいく。
「な、なんだこれ……こ、こんな旨い肉食ったことねーぞ!」
「何の肉なんだ……。柔らかいってレベルじゃないぞ……。最高級と言っても問題ない旨さだ!」
「あれ? 俺これ食ったことあるぞ……。レイアドラゴンの肉だろこれ……。まさか、ドロップしてたのか……。うわぁあああ。一度食べ始めると止まらない旨さだ!!!!」
3人は、涙を流しながら口に運んでいく。
本当に美味しいのだろう。
ガツガツと勢いは止まらず、口を動かしていく。
「ほ、本当に美味しい。蕩ける美味しさってこのことを言うのね……」
「妾もこんなの食べたこと無い……。レイアドラゴンの強さのせいもあって、高級品と言われるだけのことはあるわね」
「ほっぺたが落ちちゃいますね……。あー、幸せです。料理キットまで貰って、こんな美味しいごはんも頂けるなんて夢のようです」
イズル達も満面の笑みを浮かべてパクパクと食べていく。
そんな光景を見ながら、薫は微笑ましいなと思うのであった。
「おかわりもあるのですよー」
「皆、沢山あるからゆっくり食べる」
そう言いながら、アリシアとフーリは串を焼いていく。
軽く表面を焼いてレアで提供していく。
一息付いたのか、イズル達は椅子に腰掛けラックスティーを飲んでいた。
「ほい、だんだん寒くなってきたから温かいスープにしたんやけど飲むか?」
そう言って、テーブルにポトフを置く。
ちょっと大きめに切った具が沢山入った物だ。
ちゃんとホカホカブを入っている。
「体の中からほかほかする。妾はこのような料理は、お店でしか食べた事がない……」
「やだ、これ凄く美味しい。体がホカホカになるわ」
「テテス、行儀悪いわよ。肘をテーブルに突かないの!」
「ミーナは、お母さんみたいなこと言わないの! ちょっとくらいいいじゃないのよ」
そう言いながら、賑やかに食事を取っていく。
薫も一息ついたので、バーベキューに手を出す。
アリシアとフーリももしゃもしゃと食べていた。
頬に手を当て、幸せの絶頂と言ってもよいくらいの表情を浮かべながらである。
薫も分厚いお肉にかぶりつく。
溢れんばかりの肉汁に思わず笑みがこぼれる。
「やばいな、こんなんばっかり食っとったら他の肉が食えん事となりそうや」
「薫様もう遅いのですよ……。私は、このレイアドラゴンのお肉に魅了されてしまったのですよ」
「一年間、ずっとこれでいい。はむはむ」
二人は完全に、レイアドラゴンのお肉にダメ人間にされてしまったようだ。
薫は、教育が必要かなと思いながらポトフを飲む。
「薫様、このポトフ物凄く美味しいのですよ。ほっかほかなのです」
「凄い、野菜の旨味一杯出てる。ほっかほかで美味しい」
「ならえかったわ。さっさと食ったらプリシラのところへ行くぞ」
「何をしに行くのですか?」
「カカオラを食べてないかの監視や」
「うん、納得」
薫の言葉に、アリシアとフーリは同時に頷く。
信用が無いとは、悲しい事だなと薫はしみじみ思う。
食事を終えて、ラックスティーを飲んでいるとイズルがこちらにやって来た。
「あの、カオルさん申し訳ないのだが……」
「ん? どないしたんや?」
イズルは、もじもじしながら申し訳なさそうな表情をしている。
「カオルさんは、回復アイテムを多めに持ってるか?」
「いや、少ないな。使ってないから買った分だけしか備蓄は無いんやけど」
「それを売ってくれたら嬉しいのだけど……」
「別にええけど、それで足りるんか?」
薫はアイテムボックスから、今持ち合わせの回復アイテム一式を出す。
その量を見て、イズルの表情が暗くなる。
「足らへんか?」
「はい。この3倍は必要です。この未開の地を抜けるには……」
「では、私達と一緒に未開の地を抜けますか?」
「え? いいんですか??」
「かまへんよ。その代わりちょっと用があるから、1週間はここに滞在するけどええか?」
「も、問題無い。寧ろ、迷宮を見つける為の探索も出来るから……。えっと、カオルさん達も迷宮を探してるのですか?」
「迷宮には興味が無いのですよ。私達は、妖精の国に観光に来たのです。迷宮はついでなのですよ」
笑顔で言うアリシアに、若干苦笑いになる。
観光やついでで来れるところでは無い。
アイテムを買い込み、色んな準備をしてこの未開の地を攻略して行くのが当たり前とされる。
薫達も回復アイテムを一式持っているが、数が少な過ぎる。
街から街へ移動するくらいの量しか無い。
だから、この時点で普通にありえないのだ。
「Sランクと言われる者との格の違いを思い知らされるなぁ」
そう言って、ちょっと悔しそうに作り笑顔を浮かべるイズル。
「イズルもSランクに最も近いって言われとるんやろ?」
「妾は、まだまだです。レイアドラゴンすら一撃で倒せ無いのにSランクに認定なんて程遠いです。Sランクは、1人で帝国を潰せるレベルとして危険視されてると言う見方が強いんです。まあ、現にほぼSランクは帝国に押さえつけられて制限を食らってます。私もそうです。Sランクになれれば制限が入ります」
イズルは溜息まじりに言う。
アリシアは、ぽけ〜っとした表情で薫に聞く。
「薫様は、帝国を潰せるのですか?」
「どうやろ? 本気でやろうと思えば半壊には出来るんやないかな。相手も同じランクが居れば話は別やろうけど。まあ、俺は制限とか無いから、大いにこの世界を楽しむ気満々やし」
薫の危ない発言にアリシアは、「凄いのです。薫様は強いのです」などと言う。
意味が分かっているのか不安になる返しに、薫は頭を軽く掻くのであった。
「契約書を交わしてないんですか?」
「ああ、何も帝国とはしてへんよ。Cランクもマリーから貰ったやつやからな」
「後々、絶対に色んな人たちに狙わてそうですよ……。帝国の裏で動く者がいますから……」
「へー、どんな奴なんや?」
「ミズチ一族の族長ですよ。会った事は無いですけど……マリーですら嫌がる存在だそうです」
「お姉ちゃん、やっぱり強い」
フーリは、クレハの話になった途端に目を輝かせながら話に入ってくる。
「えっと、カオルさん……。フーリさんはミズチ一族に似た者と聞いてますが」
「ん? そんなん誰が言ったんや?」
「街でミズチ一族を買っていたと聞きましたが、大怪我をしていたという事もあって偽物を掴まされたと言う噂で持ちきりでした」
「偽物違う。私はミズチ一族のフーリ・ミズチ。お姉ちゃんはクレハ・ミズチだよ」
「凄く聞きたくない情報を耳にした気がします……。今すぐに忘れてしまいたい情報ですね」
額に手を当て、若干目眩でもしたのかというくらいふらつく。
クレハの名前を即座に出してきた事にも驚く。
Cランクには絶対に流れていない情報だからだ。
「カオルさんのパーティは凄いですね。強者になる方ばかりでちょっと羨ましいです」
「そこら辺は、本人次第やろ? 努力せんかったら強くもならへんしな」
「そうですね。妾も頑張らなければなりません」
「じゃあ、のんびりしとき。俺らも用を終わらせて来るから」
「そうさせて頂きます。カオルさん本当にありがとう」
薫は「ええよ」と言いながらその場を後にする。
アリシアとフーリも薫について行く。
「薫様、お姉ちゃんから会いに来てくれるかも」
「そうやな。俺は命狙われるかも知れへんけど」
「薫様なら大丈夫なのですよ!」
「その大丈夫はどっから来るかわからんな……」
「私も説得する!」
薫は二人の言葉に、苦笑いにを浮かべながらプリシラの下へと向かうのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
古城の謁見の間。
プリシラは、夜御飯を目の前にお目目をキラキラさせていた。
「カオルさんのお薬の効き目はピカイチですね。このままでは早く治ってしまいますから、少し長引かせちゃおう大作戦です。いっただっきま〜す」
そう言いながら、エスカをフォークで突き刺し、たっぷり注がれたチョコに浸してお口に運んでいく。
口に含むととろんと蕩ける甘さが口いっぱいに広がる。
最高の笑顔で次々に口に運ぶ。
「ああ、この甘さは最高の甘味です。至福です」
「「「……」」」
「きゅ?」
視線を感じてそちらの方を見るプリシラ。
三人の人影が、あからさまに残念な子を見る目になっている。
プリシラはフォークをポロンと落とし、大量に嫌な汗を掻く。
「い、何時から此処に居たのでしょうかカオルさん」
「四、五個口に運んで至福ですのところまでやな」
「……」
バツの悪そうな表情をしながら、チョコと薫を交互に見る。
肩をがっくりと落として、精霊にチョコの回収を言って持っていってもらう。
「きゅ〜。チョコぉ〜」
涙目で、下げられて行くチョコをジッと見つめるプリシラ。
プリシラの言葉を聞いた三人は、心の中で「どんだけ好きなんだよ」とツッコミを入れる。
薫はプリシラの正面にまで移動する。
そして、腕を組む。
「初日から約束破ってチョコ食べるとは、ええ度胸しとるやないか」
「きゅっきゅ〜。か、カオルさんお目目が本気で怖いです」
「小一時間説教せなあかんかもなぁ」
「い、嫌です。あの子達から聞いてる情報が正しければ、トラウマになるから嫌です。私は女王です! 少しのわがままをってきゅ〜!」
必死に手をわたわたさせながら拒否権を使おうとするプリシラ。
しかし、そんなものが通用するはずもなく、プリシラは椅子の上にちょこんと正座をさせられ半泣きで一時間ぐらい薫の説教を受けた。
「ええか? これに懲りたら二度とせん事や」
「はいです……ぐすん」
「凄いのです。はたから見るとえげつないのです……」
「怒った時の薫様怖い……」
アリシアとフーリは、改めて薫の怖さを実感する。
プリシラは、しょぼくれてしまった。
最初は、頑張って自分が正しいと言っていたが、後半はごめんなさいとしか言えなくなっていた。
薫の正論のみの切り返しで、完全敗北を食らうのである。
「これに懲りたらちゃんと言いつけを守る事。でないとほんまに治らへんし、他の病気に罹る可能性だってあるんや」
「はい」
「上に立つ者がちゃんと皆を引っ張らないやんやろ?」
「ごもっともです……」
「俺の治療に掛かるんやったらそれを守ってもらう。守れないなら此処でさいならやええか?」
「きゅ〜。わかりました」
「よし、説教は終わりや」
そう言って、プリシラ頭を撫でる。
しょぼくれた顔は、一気に幸せ一杯な表情に早変わりする。
もっと撫でて欲しいと思い膝立ちになろうとした瞬間。
「きゅっきゅ〜!」
「おっと」
足が痺れて、前のめりに倒れそうになる。
薫は、地面に落ちないように抱きとめた。
薫にギュッと力一杯抱きついたままの状態で、プリシラはピクリとも動かずにいる。
「薫様、大丈夫なのですか?」
「ああ、足が痺れてる状態や」
「なる程です。あれはきついのですよ……。薫様の追撃が無いだけいいのですよ」
「ビリビリ地獄、ダメ絶対!」
フーリは、ペケマークを両手で作る。
アリシアは、ホッと胸を撫で下ろす。
何か悪い病気でも発症したのかと心配になった。
「きゅ〜♪」
「え!?」
プリシラの頭にぴょこんとピンクラビィの耳が生えていた。
頬擦りを存分にしながらとろんとした。
薫は、一応本物かどうか調べる為耳を突く。
ツンツンとすると、もっともっとと言わんばかりに薫の方へ耳を近づけてくる。
ああ、これはピンクラビィですわ。
初めて会った時のあの違和感に納得がいった。
「プリシラ、アリシアに見つからんようにせえよ。でないと大変な事になるで」
その言葉を聞いたプリシラは、大急ぎでピンクラビィの耳を隠す。
危機感はあるようだ。
ピンクラビィ達から、情報を集めているだけの事はある。
「プリシラさん大丈夫ですか?」
そう言いながら、アリシアがこちらに近づいてくる。
サッと薫から離れる。
足の痺れももう大丈夫のようだ。
「はい、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
にっこりほくほくな笑顔をして言う。
薫はちょっと意地悪な事を思いつき、プリシラの耳下で「次チョコを食べたらアリシアに突き出す」と言うと笑顔のままだが、若干引きつるのであった。
アリシアは、きょとんとした表情で薫とプリシラを見る。
薫は楽しくなりそうと思いながら、カラカラと笑うのであった。
そして、フーリは相変わらずマイペースに火の精霊と戯れる。
今回は、たわわに実った大きな胸の谷間にちょこんと座り、特等席と言わんばかりの表情で火の精霊はのんびりとリラックスしていた。
実にけしからん。
薫は、もう一度プリシラに釘を刺し古城を後にするのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから、4日が過ぎる。
プリシラの頭痛も段々良くなってきている。
然し、相変わらず薫の居ないところでこっそりチョコをつまみ食いしている。
口元にチョコを付けて「食べてません!」と強気な発言をするのである。
その都度、薫からの容赦の無い刑が執行され、「きゅっきゅ〜」と鳴きながら涙を流す。
最近、若干嬉しがってるように見えていけない。
本気でそろそろアリシアにバラしてやろうか考える薫。
最終兵器アリシアの投入を検討中なのである。
イズル達は、薫が迷宮の大体の位置を教えたのでそこ目指して探索をしている。
まだ、迷宮は見つかっていない。
土砂崩れでどこに埋もれているかわからない状態が続いている。
回復薬の残が心許なくなってきている為、中々突っ込んだ探索が出来ないでいた。
薫は、妖精の国の目の前にある泉で、のんびりと釣り道具を持ち釣りに勤しむ。
食料の確保の為でもある。
タバコを吸いながらウキをじっと見つめる。
するとフーリがやって来た。
「薫様、最近アリシアちゃん変な視線を感じるて言ってた」
「ん? ああ、正体はなんとなく掴めとるから大丈夫や」
「そうなの?」
「害は無いから安心してええよ。それにその正体に気づいたら歓喜するレベルや」
「なんとなく、正体わかった」
フーリは、そう言いながら笑顔で薫の横に座る。
薫は、ポケット灰皿にタバコを突っ込み火を消す。
「フーリ、今から面白いもん見したるわ」
薫は、ちょっとクスクス笑いながら竿を戻して、針の部分を取りそこにアイテムボックスからピンクラビィストラップ(ご当地限定品)を括り付ける。
「じゃあ、行くで」
ポーンとそれを地上にキャスティングする。
ぽてんと地面に落ちたほわほわのピンクラビィストラップ。
フーリは半信半疑だが、まさか釣れるとは思わないといった感じでストラップを見つめる。
次の瞬間、草むらからぴょーんと何かが飛び出してくる。
ストラップにまっしぐらで、しっかりとにぎりしめた瞬間薫は竿を立てる。
「ほれ、アリシアが釣れたでぇ」
「……」
ぷらーんとアリシアが、ストラップを持って見事に釣れた。
「こ、これはご当地限定ピンクラビィストラップちゃんです! お金を散財して買えなかった一品なのです!」
そう言いながら、薫の下へスーッと引き寄せられる。
「あれ? 何故薫様がこんな所に? って、はっ! 薫様に釣られてしまいました!」
そう言いながらも、全くピンクラビィストラップを離す気はないらしい。
薫とストラップを交互に見ながらわたわたするアリシア。
ちょっと面白いと思いながら、薫は自身の膝元へと引き寄せる。
チョコンと座って幸せそうにストラップを見つめるアリシア。
「薫様、あの時買ってくれてたんですね!」
「ああ、ビスタ島に着く前の街で買ったからな。渡すの忘れとったからついでに釣りも楽しんだんや」
「一石二鳥なのですよ」
「うん、ちょっと違うけどもうええわ」
笑顔でそう言うアリシアに薫はどうでも良くなった感じになっていた。
フーリは、アリシアのピンクラビィ好きは常人を超えていると再確認したようだ。
アリシアが、薫の膝からヒョイっと立ち上がる。
辺りをきょろきょろしだす。
「どうしたんや?」
「やはり何かに見られてます……。誰なのでしょうか」
薫とフーリは顔を見合わせクスリと笑う。
背後の草むらに特徴のある耳が二本出ている。
それに全く気がついてないアリシア。
向こうは、ずっとこちらを観察しているようだ。
「しゃあない。もう一匹釣るか」
「今度は大物?」
「ちっちゃい小物や」
そう言って薫は、クッキーを糸に巻きつけて耳の生えた草むらの前にキャスティングする。
ぽてんと落ちたクッキーに、ヒョコリとちっちゃなピンクラビィが頭を出し、小さな手でつんつんとクッキーを突いている。
かなり警戒しているようで、なかなか食いつかない。
薫は、じっくり待つ形でそれを見極める。
なにもない事を確認できたのか、ピンクラビィは両手で器用に持ちクッキーにパクリとかぶりつく。
そうすると耳がぴょこんと直立する。
美味しかったようだ。
夢中でかりかりとかじりつくピンクラビィを薫はゆっくり竿を引いていく。
よたよたと後ろ足で歩きながら、こちらへとクッキーをかじりつつ前進してくる。
フーリは、その光景に「アリシアちゃんみたい」と言いながら口元を抑えて笑うのである。
ピンクラビィは、クッキーに夢中になり過ぎたせいで薫の目の前まで来たことに気がついていない。
必死にクッキーを頬張って、全て食べ終わってやっと今の状況を把握する。
「きゅ?」
首を傾げ、何でこんなところにいるのと言わんばかりの表情に、薫はお腹を抱えて笑うのだ。
フーリもさすがにこれにはキュンと来たようだ。
愛くるしい表情に心を奪われてしまった。
「可愛すぎ、そんなの反則!」
そう言いながら、フーリはピンクラビィの頬をつんつんと突くのである。
アリシアは、周りを隈なく見渡して視線を送るものを探していた。
こちらのやってる事に気がついていない。
「ほれ、もう一枚食うか?」
「きゅっきゅ~♪」
ピンクラビィは鳴きながら、薫から手渡しでクッキーを貰いご満悦な様子なのである。
その鳴き声に気がついたアリシアは、お目々をハートマークにしながらゆっくりと薫たちの下へと駆け寄る。
「ピンクラビィちゃんです。ってあれ? この子この前の子なのですよ」
「アリシア凄いな……。俺は全部一緒に見えるわ」
「私も無理。見分けがつかない」
アリシアの発言に薫とフーリは驚愕する。
殆ど変わらない見た目なのに、何故それを見分けれるかがわからない。
ある種の才能かなと思うのである。
「この子は、この前棘の付いたツルに引っかかってたのですよ」
「なるほど、アリシアがそれを助けたんか」
「はい、あの時はもふゅもふゅしたい気持ちを抑えて頑張って助けたのですよ」
「アリシアちゃん、成長したんだね」
薫とフーリはアリシアの成長を少し喜ぶのである。
何故か納得の行かないといった感じのアリシア。
でも、そう思われても仕方ない行動をとっているので言い返せないのであった。
「今日も、み、見るだけです。さ、触ったりなどしないのですよ」
「フーリ何秒で飛びつくと思う?」
「一分は無理、52秒……」
「酷いのですよ二人共! 私だって、さ、触らないように、で、出来るのですよ!」
「俺は10秒やな」
「ぐぬぬ」
薫とフーリは、このピンクラビィがずっとアリシアを観察していた子だという事がわかっているので、上手く行けば懐くんじゃないかなと思うのだ。
ピンクラビィから擦り寄ってきたら絶対に手を出すと予測する。
「そ、そうなのですよ。カカオラの実があるのです。はいなのですよ」
そう言って、ピンクラビィの前に手の上に乗っけたカカオラの実を差し出す。
そうすると、ちょこんと前足だけを乗っけてジッとアリシアを見つめるピンクラビィ。
お目目が段々ハートマークへと変わっていく。
我慢と思いながらアリシアは、欲望と理性が脳内でバトルを始めているのである。
クラクラとする頭でなんとかピンクラビィと見つめ合う。
「きゅ~♪」
「!!!!!?」
小さなピンクラビィはアリシアの手の上に乗り、ころんと丸まってカカオラの実を食べ始めた。
「アリシア、よかったな。懐いたやないか」
「アリシアちゃんおめでとう」
「………」
しかし、返答が帰ってこない。
「あかん……アリシア、気失っとる……。欲望に理性が勝ったがブレーカーが落ちたんやろ」
「なんかちょっと可哀想」
「きゅ~♪」
ピンクラビィはアリシアの頭の上に乗っかり、ピョンピョン跳ねるのであった。
当の本人は、こんなに幸せなひとときを夢の中で過ごす羽目になっていた。
薫は、アリシアを抱えて一度妖精の国へと戻る。
目を回しながら、アリシアはうわ言のように「な、懐いてくれたのですよぉ~」と言っていた。
起きたら二度驚くだろうなと思いながら、アリシアの頭の上に乗っているピンクラビィの頬を突くのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
妖精の国に戻って、薫はアリシアを冒険者キットのコテージへと寝かせる。
幸せそうな笑顔で、ピンクラビィと一緒に添い寝しているのだ。
「起きたら楽しみやな」
「うん。よかったねアリシアちゃん」
二人で笑いながらコテージを後にする。
「フーリはこの後どないするんや?」
「精霊さんと遊ぶ約束した」
「そうか。フーリも満喫しとるみたいやな」
「うん」
いい笑顔を向けて頷く。
「俺は、プリシラのところへ行ってくるわ。最近駄目姫と化してるからな」
「薫様、大変」
「なんか、大きな大人をしつけるのが一番疲れるわ」
「薫様、ファイト!」
胸の前でグッと拳を作り上下するフーリ。
その運動でよく揺れるみたいです。
「ああ、頑張ってくるわ……。ほんまに早く治ってくれんと困るからな」
そう言いながら、薫はフーリと別れた。
薫は、古城へとやってくる。
謁見の間に入るやいなや、プリシラが薫目掛けて抱きついてくる。
「きゅっきゅきゅ~~~~!」
「あらよっと」
「きゅ!!!?」
薫は軽く躱す。
ここ数日のお決まりの行動にもう体が躱すことを覚えてしまった。
くるんと前転して立ち上がるプリシラ。
頬を膨らませちっちゃく舌打ちをするのだ。
「プリシラ、もうチョコ食うとらんやろうな」
「えへへ、食べてないですよ。カオルさん、私の事信用してないのですか?」
「いや、ほんまに懲りへんなぁ思うとるよ……。なんで口元にがっつりチョコつけとるんかを問いただしたいもんやなぁ」
「おっと、ぺろり」
「おい、舐めとっても意味あらへんやん。もう見つかっとるんや。それもう事後やからな……」
薫は、段々突っ込みを入れるのが疲れてくる。
プリシラは、嬉しそうに笑顔を向ける。
「ほら、診察するからジッとしときや」
「きゅ~♪」
左手をピシっと上げて薫の指示に従うプリシラ。
「絶対動くなよ。『診断』」
直ぐに結果が出る。
「うーん。治りが遅いな……」
「し、仕方ないですよ。薬の効果が弱いのかもしれません」
薫はその言葉にチョップを放ちたいと心で思う。
私悪くないもんといった表情なのだ。
「これやと、手術して治した方が早そうやな。試さな分からんけど……」
「!??」
薫の言葉にビクッと反応する。
プリシラは、直ぐに治るという言葉に変換されそれを拒否しだす。
「そ、そのような事をしなくてもゆっくり治して行くのがいいと思います」
「大丈夫やって、血管よりも細い管で心臓の中に開いた穴を塞ぐだけの簡単な手術や。やから安心してええよ。まぁ、確実に治るとは言えんが、これが原因としての一つとも考えられるしな。それに、痛みも感じたりせえへんし。寝てる間に終わるからな。ちゃんと1から10まできっちり説明したるわ」
「わ、私はそのような治療はしたくないです。か、体にそんなもの入れたら死んじゃいます」
「いや、そんなんで死んだりせえへんから……。じゃあ、もしもあと3日で治らんかったら手術もあり得るって事で。内容は、卵円孔閉鎖手術や。もう情報は最初にとってあるからな。心臓に小さな穴があるんは知っとるからそれを塞ぐ手術や」
「カオルさんは、ドSですよね。いやいやって言ったらしたくなっちゃうんですよね」
「そい!」
「きゅっ!? い、痛いですよ~。縮んじゃいます……。その撫で撫では殺しにかかってます……」
薫のマジな表情でプリシラの頭を撫でる。
主に下方向に押しつぶす感じでだ。
目が笑ってない薫の表情を見て、涙目になりながら謝るプリシラ。
本気で死ぬと思ったのか、途中から平謝りへと変わっていった。
「ぐしゅん……痛かったです……。身長が3cm縮みました」
「そんなんで縮まへんわ」
「でも、ちょっと気持ちよかったです」
「………」
何かに目覚めつつあるプリシラに、薫は悪寒が走るのであった。
薫は最終宣告をした後、プリシラと別れた。
プリシラは別れ際に、「また来て下さいね~」と言いながら笑顔で両手で手を振る。
全くと言っていいほど懲りてすらいない。
ドッと疲れた薫は、額に手を当てながら帰るのであった。
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未開の地。
妖精の国まであと二、三日で着く場所で、冒険者キットを広げる冒険者の集団が居た。
「お前等、回復薬は大丈夫か?」
「こっちは尽きたから補充を頼む」
「ああ、他にいる者はいるか?」
そう言いながら、回復薬を配っていくドルク。
大量の回復薬をアイテムボックスに詰め込んでいる。
それをどんどん分け与えていく。
「あと二、三日だ。かなりいいペースで進んでいる! さすがは高ランクの冒険者だ。雇ったかいがあったってものだ」
そう言いながら悪どい顔をする。
今のところ、Bランクの魔物しか出てきていない。
これから奥へと進むと出てくるであろうと思い、この場所で休憩を挟んでいる。
「しかし、この人数だから半端無く早いな……」
「そうだよな。俺らのパーティじゃあ、こんなにさくさく攻略なんて出来ないからな」
「ローテーション制でちゃんと組んであるのも凄いと思うぞ。分け方もバランスをきっちり考えてやってやがる。これに関しちゃ流石と言ってもいいな」
「まぁ、このまま行けば本当に妖精の国まで一直線だろうな」
「ああ、Aランクの魔物のレイアドラゴンがネックだがな。だけど、これほどの高ランクだったら簡単に殺れそうだ」
「裏切り者が出なければいいけどな………」
「おい、そういうのやめろよ! たしかにありそうだよな……」
「あるに決まってるでしょ。あのAランクの数人……。絶対攻略組だと思う。連携が異常過ぎる」
「金より、攻略を優先するってことか……それも視野に入れながら動くか?」
「そうね。それがいいかもしれないわね」
そのように話をする冒険者たち。
完全に探り合いと疑心暗鬼になりかけている。
ドルクは、それも織り込み済みといった感じで不敵に笑っているから余計に質が悪い。
全ては、自分の思い道理に動いているといった表情をする。
そしてAランク冒険者もまた、それに乗せられているかのように装っているから気味が悪いのだ。
Bランクの冒険者達は、何事も無く終わればいいなと思う。
日が傾きつつある未開の地で、不安との戦いに精神的に追い詰められていく者も出てくるのであった。
読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。
感想の方もちゃんと見させて頂いております。
そして、累計アクセス数が500万pvを突破しました。
皆様の御蔭でございます。
これからも頑張っていくのでよろしくお願いします。
次回も一週間以内の投稿を頑張りたいと思います。
ではー




