ピンクラビィ祭り! アリシア大興奮
翌日になり、薫達三人はマリーのいる屋敷へと来ていた。
門をくぐり、だだっ広い広場へと入る。
すると、窶れたミィシャとツヤツヤなマリーが出迎えてくれた。
服装は、マリーはいつも通り踊り子の服を少し派手にしたような物で、ミィシャは可愛らしいフード付きのパーカーに動きやすいストレッチパンツを履いていた。
「ミィシャちゃんどうしたのですか? 凄く窶れてるのですよ」
「心配、ミィシャちゃん大丈夫?」
「ああ、だ、大丈夫ですよ……」
目に生気がない。
屍一歩手前といったところだろうか。
昨日の整った毛並みはくったりとしているのだ。
アリシアとフーリは、心配そうにミィシャを見る。
「大丈夫、昨日私が可愛がってあげたのよ~」
「ああ、ちょっと可愛そうになってきたわ。ミィシャ大丈夫か?」
「ぐすん、カオルさんもうあの人の下で働きたくないです」
そう言いながら、ミィシャは薫に引っ付き助けを求めるのであった。
薫は、マリーにやり過ぎだといった目線を送るとぺろっと舌を出すのである。
ミィシャの頭を撫でながら、溜息を吐くのであった。
「今日は、フーリちゃんの試験ですよね? どのようなことをするのですか?」
アリシアは、首を傾げミィシャに聞くのだ。
薫に引っ付いていたミィシャは、すっと離れて言う。
「私が試験官として一戦します。一応、Aランクですから。判定はマリー様にしてもらいます」
「なるほどな。で? 内容はどないするんや?」
「戦闘技術を見るので、倒すとかそういったことはないです。あと、精神攻撃に変換されてますので怪我などはないです」
「ああ、闘技場のあれと同じってことか」
「そういうことです」
薫は、フーリの頭に手を置き「頑張って来い」と言ってくしゃくしゃっとする。
元気な笑顔で、フーリはスキップしながら前に出る。
ミィシャも出てフーリと向き合うのだ。
「それじゃあ、始めるよ」
マリーがそう言って開始の合図を掛ける。
「固有スキル……『傀儡人形・炎鬼』」
フーリは、開始と共に炎を纏った鬼の傀儡を具現化させる。
熱気が辺りを漂い始めるのだ。
「あー、やっぱり本物だったのね……」
「ん? どないしたんや?」
「こっちの話しよ」
マリーは頭を抱えたくなった。
クレハ・ミズチと同じ『傀儡人形・炎鬼』を使うフーリが紛うことなき妹と確定してしまったからだ。
ミィシャの情報だけでは、確定と思えなかった。
いや、そうであってほしくなかったといった方が正しいだろう。
フーリは、炎鬼に魔糸を設置させ自在に操る。
ミィシャは、嫌そうな表情でフーリの出した炎鬼を見るのだ。
「大体、流し込めてる魔力量は、Cランクでも問題無いですね……」
「私、元々Bランクの強さ持ってる……ミィシャちゃん、私より強いからわくわくする」
「あははは、私はそんなに強くないですよ」
ミィシャは、フーリの力量を図りながら行動に移る。
俊敏な動きで、ミィシャは自身の残像を作る。
フーリは、残像の中の一体だけを追い続ける。
「へー、あの子見えてるみたいね」
「俺は、強化せえへんと見えんわ」
「当たり前でしょ。生身で見えたら化物よ」
そのような会話をしているのだ。
アリシアは、フーリの行動をじっと見ているのだ。
アリシアよりも現在は下だが、稽古の時は必ず負けているのだ。
どのような動きをすれば効果的なのかをじっくりと観察するのだ。
「もう大丈夫。行く」
そう言ってフーリは、炎鬼を片手で操りミィシャへと突撃させる。
残像が一瞬で消え、炎鬼が向かったミィシャが本体だというのが分かるのだ。
ミィシャは、笑顔で炎鬼の連撃を躱す。
体を捻りぎりぎりのラインを攻めるのだ。
余裕がなければ出来ない芸当だ。
そして、そのアクロバティックな回避運動にアリシアは「す、凄いのですよー」などと言っているのだ。
「ミィシャちゃん凄い」
「どうもです。フーリさん」
一瞬でミィシャはフーリの背後をとった。
かなり距離があったのにも関わらず、瞬間的な加速を利用して一気に詰めたのである。
拳をフーリの脇腹に這わせて止めているのだ。
「はい、それまで」
「フーリちゃんの負けなのです……」
「いや、引き分けやな」
「隙を見せて、自分の思い通りの場所に来てもらったって感じだね」
「ど、どういう事なのですか?」
アリシアは、不思議そうに薫を見るのだ。
まだ分かってないアリシアに今の状況を説明する。
先ほどの連撃は囮で、ミィシャをおびき寄せる為にわざと放った。
魔力もCランク程度のレベルに抑え、おびき寄せたところで最大出力で攻撃を放つという事をしていたのだ。
途中でフーリは、片手のみで炎鬼を操るようにしてずっとそのタイミングを伺っていたのだ。
そして、現在空いてる片手には、仕込みのナイフが綺麗にミィシャの心臓を捉えていた。
それを見てアリシアは「おお!」と言いながら手を叩くのだ。
「まぁ、Cランクは確実にあるわね。書類出したげるわ」
「やったのですよ。これでピンクラビィちゃんの国に一緒に行けるのですよ」
マリーは、胸の谷間から書類を取り出す。
それを薫に渡すのだ。
「なんや……もうどうでもええわ」
「あはははは」
「それに、最初から書類作っとるんかい」
「そりゃそうでしょ。だってミズチ一族ですからね」
マリーは笑ながらそういうのだ。
薫は呆れながら書類をアイテムボックスへとしまう。
するとアリシアは薫の白衣を引っ張る。
薫はアリシアの方を見ると、両腕で胸をはさみ強調するような格好で頬を膨らませて「むぅー!」っと言いながら見つめてくる。
面倒なのがもう一人いらっしゃいました。
薫はアリシアに笑顔を向けてそっと放置する。
そうするとフーリとミィシャが帰って来た。
「フーリよう頑張ったな」
「えへへ」
薫はフーリの頭を撫でながらそう言う。
嬉しそうに撫でられながら満面の笑みを浮かべるのだ。
アリシアは、構ってもらえず涙目になりながら薫にちょこんと引っ付く。
薫はアリシアの頭も念入りに撫で回すと、嬉しそうに喉を鳴らすのであった。
「ミィシャ、ちょっと油断してたね」
「まさか、あそこまで戦略を考えてるとは思いませんでした」
「まぁ、本気出したら一秒も持たないだろうけど、格下と思って行動すると痛い目を見るってところだね」
「今回は、いいんですよ。勝ち負けとかそういうのではないので」
「強がっちゃって……ミィシャ可愛い」
「う、鬱陶しいですぅ! だ、抱きつかないで下さい。もう毛並みがぐちゃぐちゃなんですからぁ!」
マリーに弄られ、ミィシャは威嚇をしながらそう言うのだった。
仲がいいのか悪いのかよくわからないと思いながら二人を見るのであった。
「それじゃあ、これを今から冒険者ギルドに持って行ってくるわ」
「そういえば、何時出発するの?」
「発行してもらったらそのまま出発やな」
「じゃあ、調査の方もお願いね」
「ああ、任された」
そう言って、薫達はマリー達と別れるのであった。
「ふぅ……。さて、本物だったわけだし。これからちょっと危ないわね」
「あー、どうか、こちらに来ませんように」
ミィシャは拝むようにしながら天を仰ぐ。
「どんだけ来てほしくないのよ……。年に数回でしょ? そう再々来ることなんて無いわよ」
「ですよね。私の心配しすぎですよね」
「そうよ。それにカオルさんもいるんだから、どうにでもなるでしょ」
そう言って良い笑顔を見せる。
こんな時期に、ピンポイントでクレハ・ミズチが来るなんて相当低い確率なのだ。
もう一度薫のような人が現れて、トーナメントで無傷でストレート優勝するくらい確率は低いのだ。
そう考えたら、ミィシャは心が少し軽くなるのである。
下手したら天文学的確率なのだ。
全てが咬み合うなどありえないと答えを出して、二人は仕事へと戻るのであった。
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冒険者ギルドの中。
薫たちは書類を片手にカウンターに居た。
「Cランクの仮発行をお願いしたいんやけど」
「本当に優勝してしまうなんて……私びっくりです」
「私達にかかれば余裕なのですよ!」
「余裕!」
受付の女性は呆れ顔で書類に目を通し、薫達の冒険者カードを預かる。
奥へ入って数分後、受付の女性が帰ってきた。
「はい、更新の手続きが完了しました」
そう言って冒険者カードを渡してくるのだ。
カードにはランクCと書き換えられてあった。
「おおきに、これで未開の地に入っても問題ないやんな?」
「はい、ランクCからですので大丈夫ですよ。あまり無理の無い冒険をして下さいね。いくら強くても、食料がなければ死んでしまいます。ですのでそこら辺の準備をしっかりして冒険に出て下さい」
「ああ、そうするわ。ありがとな」
「いえいえ」
薫たちは受付の女性と別れ冒険者ギルドを後にするのであった。
冒険者ギルドを出て、薫達は商業地区へと向う。
冒険に必要な物を揃えていくのだ。
「どのくらいの旅になるんやろうな?」
「どうなのでしょうね。食料はたくさんあったほうが良いのでしょうか?」
「現地調達でもいい。レイアドラゴンのお肉でも。じゅるり」
「そうやな。今回はそれもあるからな。狩りまくるぞ」
「おー! なのですよー!」
三人の言葉に周りの冒険者達は呆気にとられる。
Aランクの魔物で、最強と言われるレイアドラゴンを狩りまくると言っているからだ。
しかし、薫達を見て「あー、こいつらなら出来るか」と納得するのであった。
Sランクといっても過言ではない薫の能力を、この街の殆どの者は知っているからだ。
「ホカホカブとかでもええかな。寒い時は体を温めれるしな」
「はい、あれは美味しかったですよ。ここにも売ってますので買いましょう薫様」
「おいしいの?」
「美味しいのですよ! 体がほかほかします。この季節にはうってつけだと思います」
そう言いながらアリシアは、ホカホカブを薫に渡す。
薫はそれを袋に詰めていく。
フーリも他の食べたい野菜などを袋に詰める。
三人は、ウキウキな表情で買物をするのだ。
途中、アリシアはピンクラビィの好きなクッキーの素材を渡してきた。
ビスタ島でピンクラビィが絶賛した餌付けの餌だ。
今回もこれを使って、ピンクラビィと仲良くなろうと思っているようだ。
お目目を輝かせ、何度も頷きながら無言の圧力をかけてくる。
薫は、「はいはい」と言いながらその材料も購入する。
準備で一時間ほど商業区域をグルグルと周った。
トルキアの南の門。
未開の地への入り口前に来ていた。
馬車は、未開の地には持っていけなかった為、トルキアに置きっぱなしとなる。
もう少し、コンパクトな馬車ならば行けたのかもしれない。
門番に冒険者カードを見せてからその門をくぐる。
「よーし、じゃあ出発するか!」
「「おー!」」
元気よく腕を高らかに上げそう言いながら三人は出発する。
完全にピクニック気分だ。
冒険に必要な一式を揃えており野宿もできる。
「お散歩なのですよ。フーリちゃん」
「楽しいね。アリシアちゃん」
「ほのぼのしとるけど、他のやつから見たらかなり危ない探索なんやろうなぁ」
薫は、周りをみながらそう言うのだ。
森に入ってから、いたるところに魔物がいるのだ。
戦闘している声が薄暗い森のなかで響き渡る。
そして、薫の前にも魔物が現れるのだ。
「戦闘か……こいつはどんな魔物なんや?」
「これ、スタースコーピオン。Bランクの魔物。鈍足で魔法に弱い」
「私の出番なのですよ!」
そう言って、アリシアが胸を張って一歩前に出る。
剣術を習っている成果を見せたいといった感じなのだろう。
属性攻撃は、魔法と同じ効果を持つ。
この魔物にはうってつけなのだ。
薫は、近くの岩の上に腰掛けアリシアの戦闘を見守るのだ。
何かあれば、即手を出せる範囲で薫は待機する。
フーリも同じだ。
薫の横に腰を掛けニコニコしながら見守る。
「では、勝負なのです!」
アリシアは雪時雨で自身の足元に一太刀入れる。
するとその部分から冷気が沸き上がってくる。
空間大気を一瞬で冷却して氷の礫を生成するのだ。
その氷の礫をアリシアの周りに停滞させ雪時雨を構える。
「シャアアアアアア!」
2mを越すスタースコーピオンは奇声を上げながら、カサカサとアリシアに向かってくる。
尻尾の針を高らかに上げ、威嚇しているのだ。
魔力強化をして、雪時雨にも凍気を纏わせる。
スタースコーピオンは攻撃範囲に入った瞬間、物凄いスピードでアリシアに向けて尻尾の針を突き立てる。
アリシアの心臓部分を的確に突いてくるのだ。
アリシアはギリギリまで尻尾の針を惹きつけて、ほんの少し体を捻って回避する。
今日見たミィシャの回避の仕方だ。
最小限の回避で相手の攻撃を躱し、その後の隙を見て攻撃をかけることが出来る。
その行動を見て薫は「おお」と驚くのであった。
しかし、アリシアは躱した後とてとてと距離をとってしまっていた。
「あ、危なかったのですよ!」
胸に手を置きホッと溜息を吐いているのだ。
躱せたが、そっちにばかり気が行っていて攻撃できなかった。
「アリシアちゃん頑張って!」
「次は大丈夫なのですよ!」
そう言ってもう一度構えて尻尾の針の攻撃を同じように躱す。
今度はそこから尻尾の付け根へ攻撃を繰り出せた。
太刀筋はフーリからちゃんと教わっている。
綺麗な半月を描きながら、攻撃を加えてその場から一歩引くのだ。
スタースコーピオンは、アリシアの方を向いてもう一度攻撃しよと近寄ろうとした瞬間、尻尾の付け根から全身が凍っていく。
「うまくいきましたぁ~!」
「おお、凄いな。手首の返しとかなんかカッコよかったで」
「えへへ、薫様にそう言われると照れてしまいますよ」
アリシアは頬を掻きながら嬉しそうな表情をするのだ。
ふと見せるこのような表情はついドキッとしてしまう。
「さて、先に進んでいくかなぁ」
「はーい」
「次、私が頑張る!」
「フーリちゃんガンバ! なのですよぉ~」
フーリもやる気いっぱいのようだ。
お目目を輝かせて薫に言ってくる。
アリシアはそれを後押しするかのように応援しているのだ。
三人で開拓されてないガタガタな道を歩く。
この辺の魔物は、三人共まだまだ楽勝の範囲内で片付けられた。
フーリも楽々排除できる。
戦闘経験の差であろう。
相手の弱点など様々な情報を持っていて、そこを突いて有利に戦闘を運んでいった。
薫は言わなくても分かる通り、回し蹴りの一撃で光の粒子に変換していった。
どんな巨大な魔物も関係ないと言ったレベルだ。
日が暮れてきたので、少し開けた水辺のところで三人は野宿するための冒険者セットを広げていた。
フーリは途中、薪の回収に行くと言って今はアリシアと二人だ。
「ふんふんふふーん♪」
「アリシア楽しそうやな」
「えへへ、まさかこのようなことが出来るなんて夢のようですよ。薫様有難うございます」
伸縮するコテージを設置しながらそのように言うのだ。
不治の病だった為、半年前まで外の世界など全く知らなかった。
残りの命をベッドの上で過ごす日々から、この未開の地へと自身の足で踏み入れるようになる事など考えられないのだ。
「どういたしまして、アリシアが頑張ったからってのあるんやで」
「それでもです。薫様がいたから、こうして私は自由に世界を見ることが出来るのですから……だから、有難うございます。そして……愛しております」
胸に手を置き、照れくさそうに頬を染めてそのように言うのだ。
薄っすらと月明かりに照らされるアリシアは、なんとも言えない美しさを醸し出していた。
自身の特別な人だからというのもあるだろうが、心が鷲掴みにされるそんな感覚がしたのだ。
薫はそんなアリシアを愛おしく思い、抱きしめ優しく頭を撫でる。
「か、か、薫様! な、な、なあああああ!」
アリシアはいきなりの薫からの抱擁に、すぽーんと頭の上でお湯が沸くかのように赤くなるのだ。
不意打ちなどにはからっきし弱いアリシア。
自分のペースが崩れると全てが総崩れしてしまうのだ。
それを知ってる薫は、意地悪じみた表情で真っ赤になったアリシアの顔を覗き見るのだ。
「俺も愛しとるから安心してええよ。アリシア置いて何処にも行かへんからな」
「……きゅ~」
アリシアの脳が容量オーバーを迎えた。
その場でぽてんと崩れ落ちてしまったのだ。
薫はやり過ぎたと思いながら頭を掻く。
コテージの中へアリシアを運び寝かせるのだ。
コテージは、三人が楽々寝られる広さだ。
個室シャワーとお手洗い付きといういたれりつくせりな設計になっている。
そして、ふかふかな毛布と布団がセットされている。
中に魔法のランタンが入っていて、明かりも点けることが出来る。
布団に寝かせたアリシアは、目をぐるぐる回す。
アリシアは、幸せ死を起こしているのではないかというくらい笑顔なのであった。
薫は、アリシアをコテージに残して外へと出る。
少ししてフーリが薪を持って帰ってきた。
「ご苦労様」
「はい、魔物とちょっと遊んできた」
「怪我はないか?」
「大丈夫」
いい笑顔でサムズアップするフーリ。
無邪気で可愛いなと思うのであった。
「あれ? アリシアちゃんは?」
「ああ、うん、ちょっとやり過ぎた」
苦笑いを浮かべ薫は頬を掻く。
フーリは何のことかわからず、首を傾げるのであった。
「まぁ、料理でも作っとったらその内アリシアも復活するやろ」
「そうなの?」
「そうなんや」
からからと笑いながらフーリにそう言うのだ。
やはり、フーリはわかっていない様子であった。
二人で料理をしていく。
薫はこの周辺一帯に、強力な威圧を放っている状態を保ち平然と作業をする。
フーリはその化物レベルの行動を不思議そうに見るのだ。
「薫様は、すごい」
「どうしたんや? 急に」
「知らない病気を治したり、凄い威圧を放ちながら平然としてるところ」
「俺は出来る事しか出来へんよ」
「うーん、なんでも出来そう!」
「買いかぶり過ぎや。自分の周りだけで精一杯や」
「そうなの? よくわかんない」
そう言いながら、二人でホワイトシチューを作っていく。
フーリは、意外と器用にホカホカブとコロコイモなどの野菜の皮を剥いていく。
調理セット付きの少し値の張る冒険者セットを購入していたから、万能器具まで完備されているのだ。
釜を設置し、薪を中へ入れる。
火の魔水晶を近づけて魔力を流すと火がつくのだ。
釜の上に鍋を置き、バターを入れる。
溶けたところに一口サイズに切ったベジタルボアの肉を入れる。
じゅーっとイイ音色を奏でる。
辺りに肉の匂いが漂うのだ。
魔物は、その匂いに釣られ薫たちのいる方に来るが、得体のしれない化物級の魔力の威圧に当てられそれ以上近づくことができないでいた。
野生の本能が、これ以上先へ進むと死ぬと言っているからだ。
薫のいる場所が完全に安全地帯と化すのだ。
薫は野菜を入れ、ほんのり焼き色がついたところで、火から下ろし小麦粉を入れて混ぜる。
全体がなじんだら、牛乳と水そしてコンソメを入れてまた火にかける。
ゆっくり、混ぜながらとろみが出るまで煮込む。
「良い匂い……じゅるり」
「ちょっと味見するか?」
「うん!」
銀の皿にシチューを少し入れてフーリに渡す。
ふーふーっと冷ました後にスプーンですくいシチューを口に運ぶ。
口に入れた瞬間、フーリは遠くを見ながらホッとした表情になる。
「美味しい。とろーりほっかほか」
「ならオッケイやな」
「何杯でもいけそう」
味の確認をしたフーリはもくもくと口にシチューを運んでいく。
一定のスピードで止まることを知らない。
ペロリとたいらげご満悦な表情なのだ。
「そしたら、アリシア起こしてくるわ」
「うん」
薫はそう言って、川辺のコテージへと向う。
中に入ると、毛布を抱きしめ幸せそうな表情で、毛布に頬ずりをしているのある。
薫は、そんなアリシアの頬を突く。
突かれる度に「きゅ~」と鳴くのだ。
悪戯してくれと言わんばかりの表情に、ついつい薫も手が出てしまうのだ。
少しの間、突いていると目をぱちくりしながらむくりと起きるのだ。
「おはようごじゃいましゅ」
「うん、おはよう。晩御飯できたで」
「?! も、もう夜なのですか!」
完全にアホの子とかしたアリシア。
寝ぼけているようだ。
「まぁ、俺のせいやから何も言えへんけど……これはちょっとあかんな」
「はうぁ!」
アリシアの頭をぽんぽん叩くと良い反応をする。
そうしていると、やっと思い出したようだ。
「か、薫様の不意打ちのせいでした!」
「うん、やっと思い出したか……まぁ、あれはアリシアも悪いからな」
「わ、私は悪くないでわないですか!」
「はいはい、ちょっと落ち着こうな」
「あ、あのような不意打ちは卑怯なのですよ!」
落ち着くどころか、頬を真っ赤にさせてぽかぽか叩いてくるのだ。
薫は、アリシアの両手を掴み床に押し倒す。
そのまま、薫はアリシアの上に覆いかぶさるような位置になる。
面と向かってまっすぐアリシアを見る。
「もう一回、気を失うことしたろうか?」
「あ、……え、えっと……」
ショート寸前のアリシア。
そっと両手を掴んでいる手の力を緩める。
片手でアリシアの頬をそっとなぞる。
アリシアはそっと目を閉じる。
何かを期待したようなそんな感じがするのだ。
薫はそっとアリシアに近づいて行く。
「あう!」
おでこを押さえながら、アリシアはぴくぴくするのだ。
薫のデコピンがアリシアのおでこに炸裂していた。
「フーリがお腹すかせて待っとるからな。お預けや」
薫はからからと笑いながら、おでこを擦っているアリシアを見るのだ。
アリシアは「ぐぬぬ」と言った感じでジトッとした目つきで見てくる。
「ほら、行くで」
「ちょ、ちょっと薫様ぁ」
アリシアの手を持ち、引っ張り起こす。
アリシアは、勢いよく薫の胸に優しく抱きしめられるのだ。
そっと離して、デコピンをしたおでこにキスをする。
一瞬の出来事に、アリシアはポケーっとした表情になっていた。
薫は、アリシアの手を引きながらフーリの下へと向うのであった。
「アリシアちゃん、もう大丈夫?」
「は、はい。もう大丈夫ですよ」
「顔赤いけど大丈夫?」
「そ、そうでしょうか?」
「うん、何かあったの?」
「うーん、薫様の飴と鞭の雨あられを受けたと言ったら一番納得すると思います」
アリシアの言葉に、フーリはちょっと違った方向に納得する。
「どんな刑を受けたの。またビリビリの刑?」
「え、えっとそういうのとは違うといいますか……」
頬を赤らめ説明しにくそうなアリシアに、薫は口元に手を当てくすくすと笑うのである。
そんな薫を見て、アリシアは頬をふくらませているのであった。
「さぁ、腹もすいたからご飯にしようか」
「はーい」
「は、はーい」
フーリは折りたたみ式のテーブルと椅子を組み立てる。
薫は、お皿にホワイトシチューを入れて渡していく。
そしてさっとパンを焼き、それもお皿において三人がけのテーブルに置く。
「じゃあ食べようか。いただきます」
「「いただきます」」
フーリはパンをちぎってシチューにさっと浸して口に運ぶ。
パクリと頬張った瞬間満面の笑みを浮かべるのだ。
アリシアも同じようにして口に頬張ると、先ほどまでの膨れていた頬はとろーんと緩み笑顔が戻るのであった。
「物凄く美味しいのですよ!」
「味見した時より美味しい。染み込んでる」
二人は笑顔で見つめ合うのであった。
薫も食べて、合格と思うのであった。
その後は、4時間交代で見張りをするという体勢をとり睡眠をとる。
アリシアは言わずもがな一度寝たらなかなか起きない為、フーリと薫で交代しながらやりくりをするのだ。
交代の時に薫は、フーリに一言お礼を言うのだ。
「フーリが居ってくれてマジで助かったわ。おらんやったら、俺が二十四時間フルタイムで見張りするハメになるところやったわ」
「適材適所だから大丈夫」
そう言って笑顔を作ってくれるのだ。
薫は、ぐっすり寝ているアリシアに何かお仕置きが必要だなと思うのであった。
そして、それから一週間ほど未開の地を探索していると、大きな泉のある場所に出た。
人の手が全く付けられていないその泉は、澄み切った空気と木々の隙間から溢れる光が光のカーテンになっていてとても綺麗だった。
「凄いのです! 物凄くきれいなのですよ!」
「うん、綺麗」
「ああ、これはすごいなぁ。やっぱり自然はええな」
三人は深呼吸をして、澄み切った空気を体に取り込み大きく吐き出す。
「ここで少し休憩でもしようか。魔物もここら辺は少ないみたいやし」
「はい、そうしましょう」
「おやつ、おやつ」
薫は、折りたたみ式のテーブルと椅子を出し、その上にラックスティーとクッキーをお皿に入れて出す。
アリシアとフーリは、元気よくクッキーを頬張り、ラックスティーを飲む。
「やはり、薫様のクッキーは美味しいのですよ」
「絶品、甘さ控えめ」
二人共、大絶賛で食べる。
薫もそれを聞き笑顔でクッキーを囓るのだ。
そうしていると、背後でがさがさと音がする。
薫は威圧を放とうとした時、ぴょこんと見たことのある小動物が現れるのだ。
「ぴ、ピンクラビィちゃんですぅ~!」
ガタッと立ち上がり一枚のクッキーを手にピンクラビィに近づいていくアリシア。
かなり手慣れた感じで、「薫様特製クッキーですよ~。甘々なのですよぉ」などと言いながらクッキーをちらつかせてゆっくりとピンクラビィに近づいていくのだ。
「き、きゅ~?」
「美味しいのですよ~。ほらほら、ちっちっち」
警戒しながら、アリシアとクッキーを交互に見るピンクラビィ。
愛くるしい行動にアリシアは飛びかかる寸前まで来ていたがグッと堪えていた。
その瞬間、ピンクラビィの後の茂みががさごそと揺れる。
アリシアもそちらを見ると十数匹のピンクラビィが現れたのだ。
アリシアはお目目がハートマークに代わり、「ピンクラビィ祭りなのですよ―!
」っと興奮状態へと向かってしまった。
寧ろ、ピンクラビィラブメーターは完全に振り切れていた。
大量のピンクラビィに突撃するアリシア。
「きゅっきゅー!」
そう言いながら仲間だよアピールをし、ぴょーんっとピンクラビィの群れにダイブするのだ。
アリシアは空中で放物線を描きながら、ピンクラビィへと向かっていく。
満面の笑みで、「もふもふにしてあげるのです」と言わんばかりの表情なのだ。
その瞬間、十数匹のピンクラビィの体が一斉に青白く光り輝く。
薫は、「あ…」っと小さな声が出てしまった。
これから起こる事が容易に想像できてしまうのだ。
「「「「「「「「きゅっきゅー!」」」」」」」」
アリシアの頭上にお鍋が出現するのだ。
アリシアはそれに気がついていない。
放物線上に綺麗に並んだ鍋は全てアリシアの頭に直撃するのであった。
一個一個当たる度に「はぅ」「あふん」などと言うちょっと痛そうな声が聞こえてくるのだ。
それが十数個当たった後、アリシアは地面にぺたんと弱々しく墜落するのであった。
「い、いだいのです……あふん」
時間差でラストの一撃がアリシアの心を打ち砕いた。
ぴくりとも動かなくなたった瞬間、ピンクラビィ達は「きゅっきゅー!」と一斉に鳴き出すのであった。
「か、薫様、あ、アリシアちゃん大丈夫なの?」
「ああ、う、うん、大丈夫やろ……良く食らっとったから……」
笑いを堪えきれずに薫は吹き出す。
フーリは心配そうな表情で、ピクリとも動かないアリシアを見るのであった。
少しして、むくりと立ち上がるアリシア。
今にも泣きそうな顔で薫の下へ戻ってくるのである。
「薫しゃまぁあああ。私はピンクラビィちゃんと仲良く出来ないのですよぉ~~」
「おお、よしよし。がっつき過ぎやからやろ。前もあったし大丈夫やから」
薫にひしっと引っ付き涙を流す。
どんだけ好きなのかよく分かる。
薫は仕方ないと思いクッキーを一枚取ってぽーんとピンクラビィの群れに投げ込む。
ちょっと大きめのピンクラビィが、クッキーの匂いを嗅ぎ意を決したかのようにかじりつく。
「きゅー!」
「「「「「「きゅ?」」」」」」
「きゅっきゅっきゅー!」
「「「「「「きゅきゅ?」」」」」」
「きゅー!」
何やら会議が開かれているようだ。
そんな会議中のピンクラビィ達にもう二個クッキーを投げ込む。
先程の大きなピンクラビィとその次に大きいピンクラビィがクッキーを食べるとまた会議をする。
何かが決まったのか、ピンクラビィ達は薫の足元まで来て、クッキーを頂戴と言った感じで忙しなく鳴き始めたのだ。
小さいピンクラビィの数匹は薫の肩まで上がってきている。
薫は鬱陶しそうな表情へと変わっていくのであった。
「か、薫様は凄いのですよ! 私にも分けて下さいそのもふゅもふゅ天国を」
アリシアは両手を広げ、物欲しそうな表情で言うのだ。
「じゃあ、今度は絶対動いたらアカンで。何があってもや。ええな?」
「は、はいなのですよ」
薫は、クッキーをアリシアの頭の上に乗っけて、肩に乗っている小さなピンクラビィをそっと乗っける。
ほわほわなピンクラビィの毛が、アリシアの頭の痛みを癒やす。
頭の天辺に意識を集中してピンクラビィの柔らかさを堪能するのだ。
そんなアリシアの表情が楽しくなったのか、薫はアリシアの体にクッキーを乗せて一匹ずつ乗っけていくのだ。
最終的にアリシアの体には、十三匹のピンクラビィが乗って、「もう死んでもいい」などと言いながら肩に乗っているピンクラビィに頬ずりをするのだ。
少しすると、餌がなくなったピンクラビィ達は、アリシアからぴょんと飛び降りていく。
アリシアは、ちょっとさみしそうな表情をするが、追いかけるのをぐっと堪えじっとしているのであった。
「アリシアちゃん、ピンクラビィまみれだった」
「さ、最高でした!」
「アリシアちゃんがしあわせで何より」
フーリはそう言ってアリシアの頭を撫でる。
ちょっとたんこぶができていた。
ふと、アリシアはフーリの頭の上を見ると、ピンクのお団子が乗っているのだ。
「……」
「どうしたの? アリシアちゃん?」
「ふ、フーリちゃん……その頭の上に乗ってるのって……」
「うん、さっき私の足元来たからクッキーあげた」
屈託のない笑顔でそう答えるのだ。
アリシアは、がっくりと肩を落とす。
最終的に仲良く出来たのは薫とフーリで、アリシアは一歩遅れているといった感じになっていた。
涙をぐっと堪えアリシアはリベンジを狙うのだった。
フーリの頭の上にいるピンクラビィを、羨ましそうに見つめるアリシアはいつかピンクラビィハーレムを作ると決意するのであった。
薫たちは、テーブルを片付け探索へと戻る。
歩いてる最中、アリシアの目線はずっとフーリの頭の上の住人へと注がれる。
三人と一匹は、泉の横を沿って歩いて行くと、目の前に幻想的なお城が現れたのだ。
精霊達が無邪気に光を放ち飛び交う。
初めて見る精霊達に皆心が踊るのだ。
薫たちは、妖精と精霊の国へと足を踏み入れるのであった。
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