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動き出す者達

 リハビリを開始して一週間が過ぎた。

 フーリの回復力は群を抜いて早かった。

 鬼人族の回復量とまだ若いので治癒力も高い。

 薫はそれに驚きつつ、ゆっくりと丁寧にリハビリを進めていく。

 何かの拍子でまた痛めるか分からないからだ。

 街道で彷徨う魔物を探しながらである。

 

 

「薫様、もっとリハビリしたい」

「却下」

「え~、もっとした~い」

 

 

 フーリは、薫の白衣を引っ張りながらそう言ってくるのだ。

 アリシアの「これを買って下さい薫様! ピンクラビィのぽよぽよストラップですよ!」を真似ているのか、そっくりそのままコピーして使っている。


 

「フーリちゃん、急いでもいいことはないのですよ。痛めたりしたら、もっともっと時間がかかってしまうのですよ」

「うー、うん。わかった」

 

 

 アリシアはそのように言ってフーリを止める。

 そっくりそのまま使っている事にはまったく気がついてない。

 フーリは、やる気はあるのだが若干空回り中でもある。

 魔力コントロールも出来るようになり、指の違和感も抜けて嬉しくて仕方ないのだ。

 最近は、剣術の稽古を取り入れた。

 フーリは近距離戦も得意としていた。

 ミズチ一族の訓練の中で剣術の稽古もしていたのだ。

 なので、かなりの腕前を持っていた。

 傀儡を操らないで、短刀を用いて魔物を狩るといったことも出来るのだ。

 薫がグランパレスで購入したナイフをフーリに渡していた。

 

 

「フーリちゃんは、剣術もできるんですよね?」

「うん、一通りの武器は使える」

「で、でしたら、私に剣術を教えて下さい!」

「うん、いいよ」

「やったのですよ―」

 

 

 フーリから剣術を教えて貰えることになったアリシアは、ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶのであった。

 今まで、魔力を込めて力でねじ伏せるといった攻撃しかできていない。

 これに繊細な剣術も扱えるようになれば、かなり強くなると思うのだ。

 守られるより守りたいと言った感じだろうか。

 

 

「アリシアも無理はしたらあかんで」

「はーい」

 

 

 元気よく手を振りながらそう言うのだ。

 屈託のない笑顔に、薫はやれやれといた感じになるのだ。

 リハビリも終わり、薫たちはトルキアに戻る。

 街通りを歩きながら、薫はフーリの冒険者ランクをどうにかしないとなと思うのだ。

 このまま行けば、フーリはトルキアでお留守番確定なのだ。

 しかし、フーリ自身はCランクを取りに行く気満々だ。

 リハビリで、ほとんど違和感なく手を動かせるようになっている。

 然し、闘技場で優勝は難しそうだ。

 Cランクの強さまで持っていても、そこに出場する選手はそれ以上の力量を持っている者がいる。

 対戦カード次第では、一回戦負けもあり得るのだ。

 どうしたものかと思いながら、薫は晴天を見上げるのであった。

 そんなことをしていたら、目の前で自身を呼ぶ声がする。

 

 

「カオルさんどうしたんですか?」

「ん?」

 

 

 目の前で声がするが、見当たらない。

 アリシアがすかさず白衣を引っ張る。

 下を見るとミィシャがいた。

 小さく可愛らしい犬耳をぴょこぴょこさせて、上目遣いで薫を呼んでいるのだ。

 

「ああ、すまん気が付かんやった」

「小さいので仕方ないですよ」

 

 

 ちょっと耳をしゅんとさせてしまった。

 薫は申し訳ないと思いながら頭をぽんぽんと撫でる。

 ミィシャは、そうするとぶんぶん尻尾を振るのだ。

 

 

「ミィシャさん、薫様のなでなでは世界一なのですよ」

「クレハお姉ちゃんの次に上手い。ツボをしっかり突いてくる」

「た、たしかに気持ちいいですね。で、でもまだまだです。あ、あのようなものでコロッと落ちるほどの技ではありません」



 三人は、何やら変な談義を始めてしまった。



「と、ところで、そちらの子は……カオルさんとアリシアさんの新しい仲間ですか?」

「はい、そうなのです。フーリちゃんです」

「は、はじめまして、フーリ・ミズチです」

 

 

 ぺこりと会釈をするフーリ。

 ミィシャは、名前を聞き一瞬目を見開く。

 ミズチ一族特有の角もある。

 ミズチ一族が、何故このようなところにいるのかといった感じなのだ。

 Bランク以上の化け物集団と言われるのだから仕方がない。

 そして、現族長はSランクの完全最悪な化け物。

 マリーですら、戦うのを嫌がる相手だ。

 相性が悪いというのもある。

 その一族が目の前にいるのだ。

 

 

「か、カオルさん、そ、その子どうされたんですか?」

「どうって、奴隷の館で買ったんや。なんか問題でもあるんか?」

「いえ、何か恐ろしい者がこの町に降臨しそうで……。胃が少し痛くなっただけですよ。ミズチ一族とか……」

「ああ、確かフーリのお姉さんが族長やったよな」

「うん、クレハお姉ちゃん、かっこいいの」

「……わふ……わふ」

 

 

 

 ミィシャは、聞きたくない情報を耳にしてしまいより一層表情が引き攣る。

 完全に族長クレハ・ミズチの妹と言うことが確定した。

 それはミズチ一族は基本、本名を明かさないからだ。

 領主やAランク以上でなければ、そのような情報は入ってこない。

 それより下の者は、二つ名や一族の噂程度なのだ。

 下手に関わると殺されるというのが一番でかい。

 そして、ミィシャもAランクであるが故にクレハ・ミズチの事を知っているのだ。

 もしも、この子に何かあればこの街が消える。

 そう確信できるのだ。

 ミズチ一族の契約などもあり、奴隷の館に流出しただけでも大問題なのだ。

 闇で流されたと考えても、危険しか運ばない。

 クレハ・ミズチは『紅蓮の鬼神姫』と呼ばれ、一度傀儡を開放したら辺り一面火の海になり、草一本生えない砂漠地帯を作ると言われる。

 あくまで噂だが、そのようなものが流れているくらい危ない人物なのだ。

 この屈託のない笑顔を見せる少女もまた、あの『紅蓮の鬼神姫』の妹なのだから、相当な力量を持ってるかもしれないと思うのだ。

 

 

「なぁ、ミィシャ。フーリにCランクの書類を作って欲しいんやけど、闘技場でないとあかんかな?」

「と、闘技場に出るつもりなんですか!? や、止めた方がいいんじゃないですかね! 何かあったら、取り返しがつかないって言うかなんと言うか……わふ……わふ」

 

 

 わふわふ言いながら大いに焦るミィシャ。

 焦ってる時の口癖なのかなと薫は思う。

 この街の為、そして自身の為にもミィシャは頑張って止める。

 絶対出て欲しくないのだ。

 参加させたことがバレれば、運営している自分達が危ない。

 ミィシャは個別で審査すると言い、日時と場所を伝えるのである。

 薫からすれば、願ったり叶ったりかなと思いながらそれに乗るのだ。

 日時は明日のお昼過ぎ、領主の屋敷にて行う事になった。

 

 

「く、くれぐれも、無茶はしたら駄目ですよ。って、わふー!!!?」

「ふわふわ〜、もふもふ〜」

「あー、フーリちゃんずるいですよ! 私だって触るのを我慢してたんですからぁ。はぁ〜、もふゅもふゅ」

 

 

 フーリとアリシアは、ミィシャの尻尾を撫でくり回すのである。

 余程、触りたかったのであろう。

 ミィシャは女の子座りで、ぺたんと座り込んでくたぁっとしていた。

 力が入らないのだろう。

 薫は頭を掻きながら二人を止める。

 

 

「はい、二人ともそこまでや。ミィシャさん迷惑しとるやろ」

 

 

 二人はひょいッと薫に持ち上げられぷらーんとする。

 

 

「あれは、触ってと言わんばかりに私を挑発してました!」

「うん、挑発的!」

 

 

 二人は、真顔でそう言い切るのだ。

 触り心地が良かったのだろう。

 宙に浮いたまま手が尻尾へと向かうのだ。

 薫は両脇に二人を抱えてミィシャに謝る。

 まだ触られた余韻が残っているのか、ピクピクと震えているのだ。

 涙目になりながら、むくりと立つ。

 

 

「カオルさん、ちゃんと今度から見張ってて下さいね。次したら、本気で怒りますよ」

「ああ、次やったら擽りの刑とリハビリ禁止にするから許してくれると有難いんやけど」

 

 

 薫のは言葉にアリシアとフーリは青ざめる。

 それを見たミィシャは、「ぜ、絶対ですよ! お願いしますよ!」と言うのだ。

 二人共しょんぼりした表情で、人形のように力ない状態になる。

 二人のあまりにショックの受けように、言い過ぎたかなと思いミィシャは言うのだ。

 

 

「そ、その触っていい時は言います……。そ、それ以外は駄目ですよ!」

 

 

 その言葉に二人は、パァーッっと明るくなるのであった。

 先程までの反省は、とうの昔に置いてきてしまっていた。

 その後は、ミィシャと別れ薫達は宿屋に戻る。

 部屋に入るなり、薫は二人にお説教をした。

 二人を正座をさせ、二度とこのような事はしないと約束させるのだ。

 次回会ったら、多分完璧に忘れてそうだからだ。

 三十分くらいたった頃だろうか。

 

 

「か、薫しゃま……」

「ん? ちゃんと反省したか?」

「し、し、痺れましたぁ〜。きゅ〜」

「もう無理……。びりびり」

「……」

 

 

 二人は、前のめりにぺたんと倒れた。

 薫はそんな二人を見て、もうちょっとだけお仕置きをするかなと思うのである。

 二人の背後に立ち、痺れる足の裏をツンッと突くのだ。

 最高の笑顔でお仕置きを執行する。

 

 

「はにゃぁ〜!?」

「んっ~!?」

 

 

 薫に突かれた足の裏から、どうしようもないくらいもどかしい痺れが全身に走る。

 足の痺れで、思うように動けない二人。

 ほふく前進のような行動を取るも、呆気なく力尽きるのだ。

 薫は追撃の手を緩めなかった。

 限られた時間内に、きっちりお仕置きをする。

 途中、アリシアが『麻痺回復パラライズキュア』を使うが、麻痺攻撃を受けたわけではないので魔法ではどうにもならなかった。

 制限時間ギリギリまで攻撃を受けた二人は、ピンクラビィカーペットの上で突っ伏したまま動かなくなった。

 

 

「か、薫様は、鬼なのです! 人の皮を被った鬼なのですよ! ぐすん」

「アリシアちゃん、薫様に逆らっちゃダメ……悟った」

 

 

 そのように言うのだ。

 薫は、そんな二人に再度聞く。

 

 

「他の人に迷惑かけへんか?」

「「はい、かけません!!」」

 

 

 二人は息ぴったりにハモりながら言う。

 相当こたえたのだろう。

 アリシアとフーリの弱点に、正座麻痺ツンツンの刑が追加された。

 その後は、反省したのを確認して和気藹々と皆で時間を過ごすのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 


 お昼過ぎののどかな天気の中。



「リンガードさんお空が綺麗ですね……」

「そうだな……こんな日は、店を閉めてのんびり鉱物の研究でもしてぇな……」



 ニーグリルのフェンリル工房では、殺伐とした雰囲気になっていた。

 店内では、人が入りきらないレベルでごった返している。

 皆、我先にとカウンターへと詰め寄ってきていたのだ。

 ジグとリンガードは、口からエクトプラズマを出しカウンターで燃え尽きていたのだ。

 もう、うわ言しか言葉が出てこない状態なのだ。

 店の前にも相当数の人集りがある。

 

 

「この店ですよね? ピンクの小悪魔アリシアちゃんの属性武器を作ったっていう店は! 俺にも作って下さいよ」

「ちょっと押さないでよ! 暑苦しいわね。って、どさくさ紛れにどこ触ってんのよ! 触ったんならお金払いなさいよね! 10万リラよ。私の為に貢ぎなさい!」

「お、おい、ボケーッとしてないでちゃんと受け付けてくれよ」

「こ、ここにいる奴らの倍払うから、俺から受け付けてくれぇええ」

「あんたズルいわよ。私はこいつの倍出すわ! だから私に売ってよ」

 

 

 受け付けることが困難な状況で、勝手に価格のつり上げが行われ始めた。

 ジグとリンガードは、夢であってほしいと思うのだ。

 何もすることが出来ないレベルの繁盛っぷりに頭を抱える。

 そして、薫とアリシアの顔が浮かぶのだ。

 たしかに宣伝してくれといったが、ここまで凄すぎる宣伝というのは何をしたのだろうと思うのだ。

 飛び交う言葉の中に、トーナメント、優勝、準優勝した、Sランク治療師などと言う単語が聞こえてくるのだ。

 何となく、薫がまたやらかしたのだろうなという事だけははっきりと分かる。

 二人は、大きな声で助けを呼ぶ。

 二人の大声は、青空が広がる天空に高くこだまするのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 エクリクスの屋上。

 毎度変わらず、ほんのり寒くなってきたにも関わらず、ティナは敷物を敷きひなたごっこをしていた。

 肌寒い風が、体をそっと撫でる。

 小さく丸まって、出来る限り風を受けずに、日光を吸収しようとしているのだ。

 気持ちよさそうに寝息を立てているのである。

 金色に輝く髪の毛は、日差しを浴びて幻想的に輝く。

 その横で書物を読むダニエラ。

 優しく頭を撫でる。

 撫でる度にぴょこぴょこと猫耳が動くのだ。

 しっぽも左右へ動く。

 気持ちいいのだろう。

 そうしていると、もぞもぞと器用にダニエラの膝に頭を乗っける。

 一番フィットする位置を探り当て、そのまま安心したのか笑顔を作るのだ。

 そんなティナを見ながら、ダニエラはのんびりと時間を過ごしていた。

 十賢人のガイナスの仕入れる情報を裏で入手していたのだ。

 現在の薫の位置も把握している。

 こちらから出向いてもいいが、行っても必ず会えるとは限らない。

 情報にはかなり時間のズレが有る。

 なので、北上してエクリクスに近づいて来たら、こちらから行動を起こそうとしているのだ。

 ガイナスよりも早く事を運ばなければならない。

 そのため、ダニエラは数人ガイナスに見張りを付けている。

 何らかの行動を先に取られては困るからだ。

 

 

「ティナ、もう少し我慢して下さいね。私が貴方を自由にしてあげるから……」

 

 

 そう言って、ティナの頭を優しく何度も撫でるのであった。

 すると後で人の気配がする。

 威圧を向けると、なんともマヌケな声をあげる男がいた。

 

 

「おやおや、怖いなぁ。年寄りに向かってそのような威圧を向けるだなんてのう」

「オーランド、何しに来たの?」

「なぁーに、ちょっと可愛い愛娘を見に来ただけじゃよ」

 

 

 そう言いながらオーランドはティナの横に腰を下ろす。

 

 

「ほんとに食えない人ね」

「ダニエラに言われたくはないのぅ。全てを一人で背負う気なんじゃろ?」

「ふふふ、何のことでしょうね」

「ほれ見ろ、そうやってはぐらかすじゃろ?」

 

 

 まったくと言った感じで頭を掻くオーランド。

 

 

「まぁ、私に何かあったらティナを宜しく頼みますよ」

「それは聞けん話しじゃなぁ。ティナが悲しむのは見たくはないからのぅ」

「ここでは、貴方しか頼める人はいないのよ」



 ダニエラは真っ赤に染まる髪の毛をかき上げながら言う。

 美しく吸い込まれそうな、そんな妖艶な雰囲気を醸し出すのだ。



「そこまで言われると断りきれんのぅ。じゃが、無理はするんじゃないぞ」

「するつもりもないわ……」

「ならいいんじゃよ。でないと、ダニエラが居なくなったら……儂がティナに如何わしいことをするかもしれんぞ?」

 

 

 ちょっと意地悪そうに言うオーランド。

 その言葉に、ダニエラは殺気を纏った紅蓮の瞳をオーランドに向ける。

 

 

「向こうから這い上がって、道連れにしてあげるからその時は覚悟しなさいね」

 

 

 そう言って、本当にやり遂げそうな表情でオーランドを見るのだ。

 オーランドはその表情にゾクリとする。

 かつて、生きる伝説の男と呼ばれる者でも、その闘志を見て武者震いをしてしまう。




「気持ち悪い目で見ないで頂けますか?」

「おや? これはすまなかったのう。そんなに気持ち悪かったかのう」



 直ぐに、オーランドはその表情を裏に隠す。



「ええ、獲物でも見つけた草原の覇者と言ったところかしらね」

「はっはっは、歳をとるとついつい緩んでしまうなぁ。オーランド叔父ちゃん嫌われるのは嫌じゃからなぁ」



 そう言いながら、冗談めかしく言いながら顎に手を添えるのであった。

 そうしていると、ティナが目を覚ました。

 とろんとした目でダニエラを見る。



「おはよう。ティナ、回復は出来た?」

「もうちょっと……むにゅり」



 そう言って、器用にダニエラの体に手を回し、もぞもぞと上へとあがってくる。

 胸の位置まで来たら、そのまま顔を埋めて動かなくなった。

 ダニエラは大きな溜息を吐きながら、やれやれと言った感じで書物を置き優しくティナの頭を撫でるのであった。



「ふっかふか……ダニエラ大好きにゃ〜」



 そう言ってもっとダニエラの胸に埋もれていく。

 ダニエラは、ティナの言葉にちょっと戸惑う。



「ティナ様ぁ〜、オーランド叔父ちゃんにもギュッ〜としてもいいんじゃよ?」

「にゃぁ〜?!」



 愛くるしい表情で、うとうとしながらオーランドを見る。

 すると、バッとダニエラから離れて身だしなみを整えちょこりと座るのだ。



「ん? いつも通りダニエラに甘えてていいんじゃよ。オーランド叔父ちゃん、それだけでご飯三杯はいける口じゃからなぁ」



 そう言いながらいい表情でサムズアップする。

 言われたティナは、肌が真っ赤になって恥ずかしそうにする。

 その瞬間、ダニエラのチョキがオーランドの両目を襲う。



「あ、危ないじゃないか……。お目目が見えなくなってしまうとこじゃったわい」



 ちょっと冷や汗を掻きながら、サムズアップしていた親指で止める。

 ダニエラは舌打ちをしながら、睨みを効かせるのだ。



「潰す気で行ったのにしぶといですね……」

「まだまだ甘いぞ。ダニエラよ! はっはっは……あ!?」



 笑っていたオーランドの親指が、ポキッという鈍い音がする。

 ダニエラは、笑顔でチョキにしていた手で親指を握り捻っていた。



「ゆ、指が!? って、はい『軽傷回復キュア』っと」



 ホワッと青白く光って、一瞬で折れた親指は完治する。



「ハァ……もいいわ。貴方の相手をするのが疲れる」

「お? もう終わりかのう……。つまらんのう」

「オーランド……ダニエラを困らせたら駄目にゃぁ」

「からかっとるだけじゃよ」

「悪いオーランドは嫌いにゃ……ぷい」



 嫌いにゃと言う言葉に、オーランドは膝から崩れ落ちる。

 ティナからの言葉で最大級のダメージを受けるのだ。

 ダニエラはトドメを刺す為に、ティナに笑顔で耳打ちをする。

 ティナの次に放った言葉で、オーランドは灰と化した。

 ティナは言った意味がわからず、クエッションマークを頭上に出し首をかしげる。

 ダニエラは大満足といった表情で、ティナを抱きかかえ屋上を後にするのであった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 風の都【スピカ】。

 トルキアから北上したところにある。

 全長3kmにもなる渓谷に存在する都。

 風の精霊や水の妖精が住み着き、その渓谷は緑豊かなのだ。

 水も透き通っており、豊富に魚が取れる。

 その町にザルバックは来ていた。

 赤馬に乗り、自身の領地へと帰る最中であった。



「あ、ザルバックさんじゃないですか」



 ザルバックの姿を見て、大きく手を振るフードを被った者がいる。

 翡翠色の目だけが目につくのだ。

 ザルバックは、馬の速度を落としてその者に近づく。



「おお、スピカ様ではないですか」



 フードを被った者にそう言って話しかけるのだ。



「ザルバックさん、お出かけしてたんですか?」

「ふふふ、そうじゃよ。久しく楽しい者と対峙してのう」

「え? ザルバックさんが、そんなに楽しそうにしてるなんて珍しいです。教えて下さいよ!」

「スピカ様に、儂の獲物を取られかねんから止めとこうかのう」

「と、取ったりなんてしませんよ。ちょっと手が滑って、横取りするくらいですって」

「では、尚の事教えれぬなぁ。いや〜、儂は無駄に生きてて良かったと本当に思うぞ」

「ぐすん、ザルバックさんの意地悪。いいよ、自分で探すもん」

「見つけれるかのう……無理じゃろうなぁ……」

「……」



 ザルバックの表情を見て、スピカはムスッとした雰囲気を醸し出す。

 その影響で、辺りの風の精霊達がざわつくのだ。



「おやおや、そのような事されたら、怖い鬼が来てしまいますぞ」

「来ないもん! ザルバックが教えてくれないからいけないんだよ! 意地悪陰湿白髪エルフ!」



 精一杯の悪口を言うスピカ。

 ザルバックは、笑いながらその言葉を浴びる。

 痛くも痒くもないと言った感じなのだ。

 そんなザルバックを見て「自分だけ楽しんでずるい」といった感じで余計に腹を立てるスピカ。



「今ここで、私の完全固有スキルの神術食らいたいの? 殺せちゃうんだよ。だから教えてよザルバックさん……」

「ほう、本当にそんなことが出来ると思ってるおるのかな? スピカ様……」

「できるよ! 一瞬で八つ裂きにだって出来る!」



 殺意の塊のような魔力を纏うスピカ。

 辺りの潜む風の妖精達が、スピカの纏う淡い緑色のオーラに反応して共鳴する。

 そして、翡翠色の目が力強く光り輝き始めるのだ。



「後の鬼を見てもそう言えるのかのう……」

「え? あっ!」



 スピカの背後に立つ女性がいた。

 黒髪のロングヘア、腰まで伸びた髪をリボンで一纏めにしている。

 眼の色は、真っ赤で燃えるような炎を連想させる。

 服装は、着物に近い。

 眼の色と一緒でまるで炎を纏ったかのよう真っ赤な赤色なのだ。

 柄は、ワンポイントでダイアモンドリリアという白い花が描かれている。

 そして、狐の面のような仮面を付けているのだ。

 目だけが見えスピカを見ている。



「あ、えっと、クレハさん……本気で戦ったりしないよ。いやだなぁ、あははは。ほ、ほんとだよ! 私いい子だもん」



 スピカは、先程までの勢いは消えてかなり焦っているのである。

 その様子に、ザルバックはくすくすと口元を抑えて笑っているのだ。

 クレハは、無言でスピカを見つめる。



「はぁ、まぁいいですよ。次からは無いようにして下さいね。仕事が増えるので」

「は、はーい。わかったぁ」

「そう言う事じゃよスピカ様。ところでクレハ嬢、妹さんはどうかね?」

「……」

「そうか……」

「すみません。色々と手伝って頂いたのに……」

「なぁーに、書類の偽造くらい朝飯前じゃよ。今の皇帝は好きではないからなぁ。前の皇帝はよかったんじゃが……。まぁ、よい。じっくり探すと良いじゃろう」

「ええ、そうします」

「ところで、何故この都にいるんじゃ?」



 顎に手を当てザルバックはクレハに聞くのである。



「帝国の依頼ですよ。まあ、そっちはついでで闇商人の闇奴隷市を開催してた輩の掃除ですね」

「い、いやー、まさか私の都にそんなのがいたなんて知らなかったよ」

「スピカさん、ちゃんと仕事をしていただかないと困ります。私の仕事を増やさないで下さい」

「ご、ごめんって」



 フードを深く被ったスピカは弱々しく頭を下げる。



「それと、Sランク同士の戦いはご法度です。ザルバックさんは例外ですが……」

「そうじゃな、儂はCランクじゃからなぁ」

「嘘つけ! どこからどう見てもS認定されてもおかしくない力持ってるくせに!」

「発動制限があるんじゃから仕方あるまい。いつでもそれが出来るのなら話は別じゃがなぁ」

「うわぁーん、なんでお母様は帝国なんかと契約してるの。こんなの楽しくもなんともないよ」

「前の皇帝の時はよかったんじゃがな……。そこは儂から謝ろう。スピカ様すまない」



 そう言って、ザルバックは深く頭を下げる。



「ザルバックさんは悪く無いじゃん。今の皇帝が悪いんだ! クレハさんもそう思うでしょ」

「ああ、私はあんな傀儡の皇帝などどうでもいいので……」



 仮面の口元に手を添え、まったく興味が無いといった感じで言う。

 面倒事しか生まないと言った感じだろうか。



「あんなの扱いとか、慕われてないのがよく分かるね。私も嫌いだけど……。あ~、契約破棄したいよぉ」

「まぁ、スピカ様と違ってクレハ嬢は妹さんが見つかれば例の契約が完了するからのう」

「え? なになに? 楽しそうな話っぽいね」

「駄目ですよ。本当に口が軽いのですからザルバックさんは……」

「ちょっと餌を撒くのが上手いだけじゃよ。釣れても教えたりなどせんよ」



 ザルバックはそう言ってクレハにウィンクをするのだ。



「つ、釣られてないし!」

「おしいのう、もう少しでこの街の領主という大物が釣れるところじゃったのに」

「ザルバックさん、スピカさんで遊ばないでください。本当に……どちらが子供なのか……」



 頭に手を載せがっくりするクレハ。

 スピカは、クレハの珍しい行動が見れたと笑うのだ。



「そうだ! ザルバックさんどうするの? また私の作った『ぶっ飛べスピカ32号』に乗るの?」

「ああ、使わせてもらうよ。しかし、ネーミングセンスを養ったほうがいいかもしれんと思うわい」

「え? なんで? かっこいいじゃん」



 そう言いながら、スピカは笑うのだ。

 ザルバックは、スピカのネーミングセンスは一生変わらないだろうなと悟るのであった。



「私は、任務でこのまま南下します。ついでに情報の入ってるフーリをたらい回しにした闇商人の駆除ですかね」

「クレハ嬢あまり無理はするでないぞ。体はあまりよくないのだろ?」

「フーリを見つけるまでは大丈夫ですよ。スピカさん、帰りにそれ使わせて頂くのでよろしくお願いしますね」

「任せといて、お仕事頑張ってねクレハさん」



 そう言ってクレハに手を振るのである。

 クレハは、そのまま二人と別れた。



「いやぁ……。怖い人ですよねぇ……。私の能力じゃあかなりの天敵ですから」

「儂もあれにはちょっとなぁ。攻略までには時間がかかりそうじゃわい。遠距離近接どっちも出来てSランクの中でも五指に入る高火力じゃろ? 契約が成立したらぜひ戦ってみたいものじゃのう」

「怖いもの知らずのザルバックって言われるのが分かるよ。私は無理だ。お母様ならイケるかもしれないけどね」

「ふっふっふ、楽しみがどんどん増えていくわい」



 嬉しそうにそう言うザルバックに、スピカはなんとも言えない状態になるのだ。



「おおそうじゃ、量産などはしないのかのう」

「現在、絶賛生産中だよ。最近までは、エクリクスのダニエラに空を支配されてたけど、これからは私の『ぶっ飛べスピカ32号』がこの空を支配するよ。まだ遅いけど……」

「あれは反則じゃからのう……。一ヶ月かかる場所まで2日か3日で行くんじゃからなぁ」

「私のだってこれから改良してもっと早く飛ばすし……。で、できるし」

「まぁ、移動が楽になればその分、冒険者達も色々と動きやすくなるじゃろうからなぁ」

「私は独占なんてしないからね。ふふふ、皆の笑顔が見たいんだ」

「そうやってる時は歳相応なんじゃがのう……」

「うるさい」



 スピカはそう言ってザルバックを睨むのだ。



「おお、そうじゃ。飛行できるのはやはり未開の地以外しか無理じゃったか?」

「無理無理、Aクラスの飛行する魔物の餌食になるよ。一回試したら死にかけたし」

「仮にもSランクじゃろうに……」

「どんだけ高いところから落っこちたと思ってるんの! 雲の上から落っこちたんだもん。そりゃ死ぬと思うでしょ」

「よくもまぁそんな研究をするのう……」

「暇だからね……どっかのクソ皇帝のせいで」

「……あ、す、すまんかったって。謝っとるじゃろ?」

「……」



 突いてはならないところを突いてしまい、ザルバックは失敗したと思うのであった。

 苦笑いを浮かべながら二人は『ぶっ飛べスピカ32号』まで向う。

 その間に、スピカは必要以上に今回のザルバックの収穫を聞き出そうとするのだった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 薫と別れたミィシャは大急ぎでマリーの下へと帰っていった。

 門番に挨拶をせずにぴゅーんっと通り過ぎて行くのである。

 バタバタと廊下を走り、マリーのいる書斎へと勢いよく向うのだ。



「マリー様~! マリー様~! 大変ですよ~!」



 バンっと勢い良く扉を開けたミィシャ。



「大変なんですよぉ~」

「ミィシャ、五月蝿い! 仕事貯まってんだから静かにしてよ」

「わ、わふーん!!?」



 前回よりも分厚い本が、ミィシャの顔面にスコーンと見事にめり込む。

 そのまま大の字にぽてんと倒れこむのであった。

 本がめり込んだままピクピクと痙攣するミィシャ。

 前回より1cmほど分厚かった。



「で? 今回は何? またどうでもいい事で慌ててるんでしょ?」

「こ、今回は本気でやばいですよマリー様」



 めり込んだまま話し始めるミィシャ。

 思わず吹き出しそうになったので、マリーはすぽんと本をミィシャの顔から抜き取る。

 くっきりと本の跡が残っているが、ミィシャはかまわず話し始めるのだ。

 クレハ・ミズチの妹であるフーリ・ミズチの件だ。

 それを聞いたマリーは、物凄く嫌そうな顔をするのだ。



「それ本当なの?」

「間違いないです。本人に確認もしました」

「ほら、たまたま名前知ってたとか……じゃないの?」

「寧ろ、Cランク以下の子が知ってる事自体危ないですよ……」

「うわぁ……。大問題じゃないのよ! なんでうちの街にいるのよ」

「だから言ってるじゃないですかぁ! 私、街を直すの嫌ですよ!」

「あんたはそっちの心配してたのね……。その前に生命の心配したほうが良さそうね……」

「ま、マリー様どうにかしてくださいよ!」

「嫌……っていうか無理でしょ……あれの能力知ってるでしょ! 私のほうが完全不利なのわかってるじゃないのよ!」

「ど、どうしましょう……」

「あ! そうよ! カオルさんを使えばいいんじゃない?」

「……マリー様最低ですね」



 悪魔を見るような目でミィシャはマリーを見る。

 とても冷ややかな目線に耐え切れなくなったのか、直ぐにマリーは訂正を入れる。



「じょ、冗談に決まってるじゃない……。で、でも、カオルさん達といるのよね」

「そうですね。楽しそうにしてました」

「上手く行けば丸く収まるけど……。下手したら……この街飛ぶわね。死人は出さないようにしないといけないわねぇ」



 ドッと疲れが出たような表情をするマリー。

 マリーは、最悪のシナリオにならなければいいなと思うのであった。



「とりあえず、明日そのフーリって子のCランクの試験するのよね?」

「はい、さすがに闘技場に出して情報が漏れたら危ないですし。今のところは街の聞き込みをしたんですが、皆偽物と思ってるみたいです」

「それは、好都合じゃないの!」

「ウワァ……」

「な、なんでそんな目で見るのよ! ミィシャ……最近反抗的よ! 調教が必要みたいね」

「な、なんでそうなるの! わ、わふ……」



 自身の危機を察知したミィシャは即座に逃げようとする。

 しかし、マリーはミィシャに跳びかかり背後から抱きしめ耳と尻尾を弄ぶのである。



「あ~、久しぶりのミィシャのふかふか尻尾はやっぱり癒されるわぁ。一家に一人は置いとかないとね」

「やめっ……わふぅ……」

「だーめ! 最近妙に尻尾を綺麗に整えてるじゃないの」

「……わふっ!」

「まぁ、聞かないでおきましょうかね。その代わり、今日は思う存分私が可愛がってあげるんだから……」



 ミィシャは、涙目になりながら助けを求める。

 広い屋敷にミィシャのか細い声がこだまするのであった。


読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。

感想の方もちゃんと見させて頂いております。

次回も一週間以内の投稿です。

ではー!

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