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フーリの過去と手術

 薫の言葉に、フーリはジッと見つめながら言う。

 

 

「ほ、ほんとうに治るの?」

「ああ、その病気は【肘部管症候群ちゅうぶかんしょうこうぐん】って言うねん」

「ちゅ、ちゅうぶかん?」

 

 

 クエッションマークを出しながらフーリは首を傾げる。

 薫は、わからないだろうなと思いながら、簡単に説明する。

 フーリの手の麻痺の原因である肘部管症候群(尺骨神経麻痺)は、骨棘や炎症によって尺骨神経に圧迫や牽引が加わっておこる病気だ。

 指のしびれや運動麻痺などの症状が出る。

 その結果、魔力のコントロールが定まらず、不安定になり魔力強化を維持できない状態に陥る。

 現代医療ならば、薬剤による治療やリハビリ治療もあるが進行性の症状の場合は、早期外科手術を行い骨棘を取り除くほうが良いとされている。

 この病気になる原因はさまざまで、肘の外傷や子供の頃の怪我などがある。

 そして、進行していくと手の筋肉が痩せてきたり、小指と薬指が曲がったままになって伸ばすことが出来なくなったりもする。

 フーリの手の筋肉は痩せていた。

 それは、両腕ともその症状が出ていた。

 薫は、『診断』で答え合わせをした。

 説明した通り、フーリの病気は当たっていた。



「まぁ、様々な原因があるんやけど、子供の頃に腕の骨折とか過度な運動とかはなかったか?」

 

 

 薫がそう言ってフーリに聞く。

 すると、少し考えながらフーリは口にする。

 

 

「昔、おねぇちゃんを助けた時に両手を骨折した。あとは、毎日修行で指先を動かしてた」

「ああ、それらが原因かもしれへんな。回復魔法は使ったんやろ?」

「うん……」

「下手やったか……どうかやなぁ。その時した奴にもよるやろうけどな」

「そうなんだ……」

 

 

 ちょっと表情が曇るフーリ。

 嫌なことでも思い出したのかと思う。



「お姉ちゃんが居るのですか!?」



 アリシアが食いつく。

 無垢な表情でフーリに聞くのだ。

 ちょっとびっくりしながらフーリは頷く。



「どのような方なのですか?」

「すごく優しい……それに凄く強い。私の自慢のお姉ちゃん。クレハお姉ちゃんは、私の憧れ」



 ちょっと自慢げに言うフーリ。

 懐かしむような表情で、実の姉のことを言う。



「私は、フーリちゃんの事をもっともっと知りたいです」

「……うん。いいよ。あ、アリシア様の事も知りたい」

「様なんて付けないでください。アリシアでいいのです」

「で、でも……」

「じゃあ、間をとってちゃん付けで行きましょう」

「うん、わかった。あ、アリシアちゃん」



 もじもじと恥ずかしそうに言うフーリは、愛くるしい事この上ないのだ。

 薫は、未だ様付けの抜けないアリシアが、何を言ってるのだろうといった表情で見る。

 その視線を感じたとったのか、パッと薫の方を見るアリシア。

 薫は、何事もなかったかのような態度でフーリを見ているのだった。

 怪しげな目線を薫にジロジロと向けるアリシア。



「じゃ、じゃあ、フーリちゃんの育った街から教えて下さい」



 そう言って、アリシアはフーリと話をする。

 昔の話も聞きたいと言って、うるうるな瞳で訴えるアリシアの目に、フーリは嫌とは言えなかった。

 別に隠すような事はないし、いずれ話す事だからいいかなと思ったのだ。

 フーリは、「昔の話ですよ……」と前置きをして話し出す。

 薫は、ここ迄の経緯を聞けるかもしれないと思い、治療はこの話が終わったらするかなと思いながら話を聞くのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 この大陸の総本山と言える大帝国【レイディルガルド】の東に位置する巨大密林に、小さな村を構えて生活している一族がミズチ一族だ。

 その密林は未開の地で、迷宮を見つけていない。

 レイディルガルドが、敢えて探索をしないで高階層の魔物を沸かせている。

 それは、ミズチ一族の育成に使われるからそのようにしてある。

 大昔からの契約と言われている。

 小さな時から、ランクC以上の魔物と対峙する事でレベル上げや経験を積ませているのだ。

 フーリはそんな小さな村で育った。

 姉妹二人で、村ではかなり人気があった。

 それは、二人共が一族始まって以来の潜在能力を保持していたからだ。

 然し、一歳違いの姉のクレハ・ミズチは、病弱でなかなか訓練が進まなかった。

 病弱だが、クレハの潜在能力の高さから、体の事を配慮され特別に訓練をしていた。

 普通なら間引かれてしまう分類に入る。

 フーリは健康で、次々に訓練をクリアしていった。

 気がつけば、10歳にしてBランク相当の強さを身につけていたのだ。

 村でも指折に入る強さと賞賛されるレベルだった。

 そんな時だった。

 1日の訓練が終わり、クレハの下に行き甘えていたのだ。

 10歳で一族顔負けの強さを誇るフーリだが、甘えたい盛りなのは普通の子と変わらない。

 大好きなクレハと、のんびり話をするのがいつもの日課になっていた。

 膝枕をしてもらい、ふわふわなクレハの太ももに頬を埋め、癒されながら過ごす日々が一番の楽しみだった。

 今日もいつも通り、村の丘の上で、クレハに膝枕をしてもらいのんびりと甘えていた。



「フーリ、今日も頑張ったわね。えらいえらい」

「うん。クレハお姉ちゃん、私頑張ったよ」



 黒髪のロングヘア、腰まで伸びた髪をリボンで一纏めにしている。

 眼の色は、真っ赤で燃えるような炎を連想させる。

 透き通るような白い肌は、なんとも儚げに見えるのだ。

 身長は、163cmでスタイルはよく、年齢にしては胸も大きいのだ。

 フーリはクレハを真似するように、同じ髪型にしてお揃いのリボンをしていた。

 肌の色は、外で訓練をしているせいもあり、フーリはほんのりと焼けているのだ。



「クレハお姉ちゃんは、ふかふかで気持ちいい」

「わ、私はそんなに太ってませんよ! ふかふかとかもう……」

「えへへ、でも私は好き。ふかふかぁ~」



 そう言いながら、クレハの太ももに頬ずりをする。

 困った妹と言った感じで、そんなフーリの頭を撫でるのだ。



「クレハお姉ちゃん。今日は、体は大丈夫なの?」

「ええ、ちょっと辛いけど、いつもよりはましよ」



 そう言って、笑顔で返す。

 夕日が沈みかけ、辺りが暗くなってくる。

 日が当たらなくなると、肌寒くなる。



「寒さは体に悪いから、クレハお姉ちゃん早く家に帰ろ」

「はいはい、分かりましたよ」



 そう言って、フーリはクレハの体の心配をする。

 手を繋いで、ゆっくり歩くのだ。

 クレハを一番に考えるフーリ。

 自分が守ってあげないと思うのだ。

 二人で手を繋ぎ帰っていると、村の物見やぐらから警鐘が鳴らされる。

 フーリは、緩んでいた気を引き締め辺りを見渡す。

 警鐘が鳴らされるのは、Aランクの魔物が出現した時だ。

 そんなに頻繁に沸くことはないがたまにあるのだ。

 村の方で、大きな声が響く。



「ガイアガーゴイルが出たぞぉ~!!!! 三体同時に沸きやがった」



 その声を聞き、フーリは眉を顰める。

 三体同時に相手にできる敵ではない。

 一体ずつ処理することは何とか出来る。

 しかし、今はクレハがいる。

 病弱で、万全でない時は魔力のコントロールが不安定なクレハでは、まともに対峙すれば怪我では済まない。

 下手をすれば、死ぬことも考えられる。

 それは絶対に避けなければいけないと思い、フーリはクレハを抱え魔力強化で一気に村へと向う。

 まだ、幼く戦闘に参加できない子供が避難しているところへ連れて行くのだ。

 クレハを運んだフーリは、そのままガイアガーゴイルを討伐しに向かう。



「フーリ! 無茶はしないでね……」

「うん。行ってきます! クレハお姉ちゃん」



 そう言ってフーリは、大人達が戦っているところへと向う。

 皆、傀儡を操り空中を飛ぶガイアガーゴイルを攻撃していた。



「くそ、族長達が今帝国に行ってるせいで、こっちの方が分が悪い……」

「ええい、ちょこまかと……」

「私達で何とかしないといけないんだよ。弱音を吐くな! ミズチ一族の名がすたるよ!」

「ちがいねぇ、いっちょ俺らでこいつらを討伐してやろうじゃねーか!」



 そう言って、四人がかりで一匹のガイアガーゴイルを狙う。

 手から糸のような細い線が傀儡に繋がっている。

 十指を器用に動かし、傀儡がガイアガーゴイルを空中から引きずり落とす。

 ドスンと大きな音と砂埃が舞う。

 体長3mのガイアガーゴイルは、うめき声をあげる。



「よっしゃ! やっちまえ」

「「「おう」」」



 一斉に傀儡で総攻撃を仕掛け、翼を引きちぎり逃げれないようにしたあと、ガイアガーゴイルの顔面を魔力強化した傀儡の拳が襲う。

 何度も顔面を打ち付けられたガイアガーゴイルは、光の粒子へと変換される。



「「「「よっしゃ!」」」」



 喜ぶ4人の前に、もう一体のガイアガーゴイルが飛来する。

 ドスンと地響きのような振動と共に、雄叫びを上げるのであった。

 一瞬、皆の表情が曇る。

 先程のガイアガーゴイルで、かなりの魔力を消費してしまったのだ。

 舌打ちをしながら、傀儡を操り二匹目のガイアガーゴイルを迎え撃とうとした瞬間、ガイアガーゴイルは、全身を燃やしながら呻き地面に倒れる。

 そのまま炎に焼かれて光の粒子へと変換される。



「フーリか!」



 一人の大人がそう口にする。

 ガイアガーゴイルが光の粒子に変換されている背後に、身長2mの真っ赤な鬼の傀儡が立っているのだ。

 全身を燃えるような炎を纏った鬼人。

 見ているだけで足がすくみそうな魔力の塊。

 鬼人の周りに熱風を巻き起こすのだ。



「ごめんなさい。遅れた」

「でかしたぞ! さすがだなフーリ」

「何度見ても、属性の傀儡はおっかないねぇ」

「固有スキル『傀儡人形――炎鬼』ってフーリとクレハしか扱えない一族始まって以来の属性傀儡だもんな」



 4人の大人からフーリは、撫でられ頬をこねくり回されるのであった。

 ちょっと困惑しながら、フーリはこれで全部倒したのかと聞くと、もう一体まだ倒せてないことがわかった。



「どこにいる?」

「さっぱりだ、夜になって視界が悪いからな」

「密林に逃げたとも考えられそうだねぇ」



 そんなことを話していると、避難している家の方で火の手が上がる。

 フーリは、ゾッと嫌な予感がした。

 即座にその場からクレハの下へと向う。

 額に汗を掻き、炎鬼を操る。

 フーリがクレハの下についた時、ガイアガーゴイルがクレハと対峙していた。

 息を荒らげて、必死に後の家を守るクレハ。

 フーリと同じく『傀儡人形――炎鬼』を使っていたのだ。

 完全な状態ならば、どうにか戦えるだろうがかなり無理をして戦っているのだ。

 3mを越えるガイアガーゴイルは、俊敏な動きでクレハの炎鬼を殴り飛ばす。

 家に突っ込み、大ダメージを受けスキルが解かれる。

 クレハの目の前まで近づきニヤつくガイアガーゴイル。

 軽く撫でれば、クレハの首など簡単に落とすことが出来る。

 さぁ、どうやって殺してやろうかといった感じで見てくるのだ。

 その瞬間。



「クレハお姉ちゃん! 伏せて」



 フーリの炎鬼がガイアガーゴイルの腹部を魔力強化で撃ちぬく。

 悲鳴ともとれる甲高い声をあげるガイアガーゴイル。

 そのまま、一歩後ろに下がったガイアガーゴイルは、フーリを憎しみのオーラを感じるくらいに睨みつける。

 楽しみを奪った代償を払えと言わんばかりに、フーリに突っ込んでくるのだ。

 フーリは、十指に連なる糸に魔力を流し、炎鬼を操り横からもう一度ボディブローを食らわせる。

 ガイアガーゴイルは膝を突き、殴られた場所を手で押さえるのであった。



「フーリ、大丈夫?」

「うん。大丈夫。もうすぐ終わらせるから」



 そう言って、フーリはクレハに笑顔を向ける。

 そして、真剣な表情に戻しガイアガーゴイルを見る。

 次で終わらせると魔力の量を上げる。

 それに気がついたのか、ガイアガーゴイルは空中へと羽ばたく。

 逃がさないといった感じで、炎鬼を空中へと飛ばす。

 その瞬間、ガイアガーゴイルはフーリや炎鬼ではなく、クレハを標的に変え飛来してくる。

 フーリは、危ないと思った。

 魔力強化もままならないクレハに攻撃されたら死んでしまう。

 炎鬼を操るより、自身の体を動かす方が早かった。

 クレハの前に立ち、最大出力で魔力強化をする。

 3mもあるガイアガーゴイルから放たれる拳は、相当な破壊力がある。

 フーリは両手でそれを受け、ふっ飛ばされた。

 飛ばされる最中に炎鬼を操り、ガイアガーゴイルの頭部を最大出力で焼き払う。

 フーリは、石垣にぶつかりぐったりとする。

 ガイアガーゴイルは、焼かれた頭部から炎が全身に広がり光の粒子へと変換された。



「フーリ! しっかりして、ねぇ、フーリ!」



 虚ろな目でクレハを見つめるフーリ。

 怪我はしていなくて安心する。

 フーリは、涙をぽろぽろ流すクレハにゆっくりと笑顔を作り、「大丈夫だよ」と言うのであった。

 そのまま、意識を失った。



 目が覚めたのは、翌日の夜の事だった。

 村に族長と他の者が帰ってきていた。

 二人の親もだ。

 村を救ったことで、大いに褒められた。

 相変わらず、クレハは付きっきりで世話をしてくれていた。

 治療院に運ばれた時は、両腕が折れていた。

 最大出力で防御したおかげで、それだけですんだのだ。

 生身で食らっていたらと思うとゾッとする。

 跡形もなく即死だっただろう。



「フーリ、もう大丈夫? 痛いところない?」

「うん。大丈夫」

「よかった。私……全然役に立てなくてごめんね……」

「クレハお姉ちゃんがあそこで食い止めてくれてたから、子どもたちは助かった。だから凄く助かったよ」



 そう言って、笑顔を見せるとクレハはフーリに抱きつき、わんわんと泣くのであった。



 それから一週間が過ぎた。

 その間、いっさいの訓練は無しとなった。

 クレハの「絶対に安静にしてないと駄目!」との一言で、一族の族長をも黙らせたらしい。

 どのように言ったのか、ちょっと気になるフーリ。

 クレハに聞いたが、教えてくれなかった。

 訓練に復帰した初日は、クレハと一緒に訓練をした。

 その時だった。

 両手にほんの少し違和感を感じる。

 小指と薬指にほんのりとしびれを感じるのだ。

 炎鬼をお互いに出して模擬戦闘をする。

 フーリは、小さなミスを連発するのだ。

 今までのフーリだったらありえないミスに、クレハは不安になる。

 フーリは、「大丈夫。休んでたから感覚が鈍っただけ」と言って誤魔化した。

 しかし、日に日に良くなるどころか、悪くなっていった。

 クレハは、それにいち早く気が付き、フーリに「このことは誰にも言ってはいけない」と釘を差したのだ。

 それから、訓練はクレハとのみ行う事になった。

 殆ど、自主練とかしていたフーリだったからクレハとの訓練は通ったのだ。

 その頃から、クレハは自身の病気に効くかもしれない薬をさまざまなルートで取り寄せ、効くかわからない薬を毎日数種類飲み効く薬を探し始めた。

 そして、3ヶ月の月日が経った時ようやく少し効き目のある薬を見つけた。

 クレハは、そこから急激に成長した。

 たった3ヶ月で、Aランクの強さを身につけた。

 フーリはその頃、炎鬼すら使えない状態にまでに魔力コントロールができなくなっていた。

 周りは、そのことを気がついていない。

 クレハが、完全に隠していた。

 実の親にさえもそのことを隠していたのだ。

 見つかれば、即間引かれる。

 自身が一番その恐怖を知っている。

 病弱だった頃、いつ一族に使えないとレッテルを貼られるのか、ビクビクして過ごしてきた。

 だから、今のフーリの気持ちが分かるのだ。

 いくら属性傀儡人形を使えても、扱えないのであれば使えないのと一緒なのだ。

 そのスキルを後世に引き継がせるとしても、必ず引き継がれるとは限らない。

 二人の能力は、突然変異型と言われている。

 それに、どこの馬の骨とも分からない奴に、フーリを嫁がせたくないと思うのだ。

 この事を、クレハはフーリに全て話した。

 泣きながら、「絶対に守るからね」とクレハは言ってくれた。

 そして、クレハは15歳で完全固有スキルを身につけ、Sランク認定を受けて一族最強にまでのし上がった。

 時期族長として、クレハはあらゆる任務へと駆り出された。

 フーリを守る為、それだけの為に戦った。

 しかし、それは直ぐに打ち砕かれた。

 クレハが任務に入っている間に、Aランクの魔物が村に沸いたのだ。

 今まで、クレハが瞬殺してフーリの出番を全て無くしてきた。

 しかし、クレハが居ない時にこのような事が起こると、フーリが出なければいけない。

 炎鬼すら出せないフーリには、Aランクの魔物は死神にしか見えないのだ。

 その日はなんとか村の大人たちで倒せたが、フーリの異変に皆が気付き始めた。

 そして、クレハが任務から帰った時、フーリは村の中心で横たわっていた。

 魔力強化もままならないフーリ。

 生身で大人の攻撃を受けることは、相当な威力なのだ。

 綺麗な髪はぼさぼさになり、天使のように可愛らしく笑顔を作る顔は酷く汚れていた。

 クレハは、その瞬間何かが切れる感覚がした。

 一族の契約などどうでもいい。

 今直ぐフーリをこうした奴らを、皆殺しにしたいと思うのだ。

 Sクラスの威圧が村一帯に広がる。

 クレハの逆鱗に触れ、一族全員が死を覚悟する。

 それほどまでに、怒りを露わにしたクレハに皆恐怖を抱くのだ。

 今までに見たこともないクレハに、気を失う者も出てくる。

 そんな中、一人の男がクレハの下へ来る。



「クレハ、まぁ待て……」

「族長……これが待っていられる状況ですか!」

「お前も、これから族長になる者だ。ミズチ一族の今後の為だ。弱き者を儂らの一族からは出してはならぬ。これは、昔からの契約じゃ。破ることは出来ん。お前も儂のあとを継ぐのなら……尚更じゃ」



 奥歯を噛み髪を逆立てながら族長と話をする。

 今にも族長を殺しかねない状況に皆緊張が張り巡らされる。

 クレハも、契約の事を知っている。

 それを破ればミズチ一族に制限を掛けられる。

 自身の我が儘でどうこう出来るものではないのだ。

 クレハは、苦虫を噛み潰したような表情になる。



「わかりました……。その掟に従います。只、一つだけ……最後にフーリと話をさせてください」

「よい、ちゃんと始末するのじゃぞ」

「はい……」



 そう言ってクレハは、フーリを優しく抱きかかえ村の丘へとやってくる。

 昔からの思い出の詰まった場所だ。

 ゆっくりとフーリを下ろし、クレハは膝枕をする。

 優しくぼさぼさになった髪を整える。

 自身の持っている回復薬を飲ませ、フーリの傷などを回復させる。

 少しすると、フーリが目を覚ました。



「クレハお姉ちゃん、ふかふか」

「フーリは、いつもそればっかり。私は、そんなに太ってませんよ」

「でも、私はこれが好き。大好きなの、なでなで」

「こら、くすぐったいったら。フーリやめなさい」

「えへへ」



 屈託のない笑顔を向ける。

 しかし、これから伝えることは残酷なことだ。

 胸が痛くなる。

 どうにか出来ないかと悩むのだ。

 それに気がついたのか、フーリはクレハの頭に手を伸ばし撫でる。



「クレハお姉ちゃん、難しいこと考えてる。それは、私のことだよね」

「……」

「私、わかってるからいいよ。全部わかってる。だから、迷わないで」

「っ……」



 フーリの言葉に無意識に涙が流れた。

 止められないこの涙は、フーリの頬を濡らす。



「悲しまないで、クレハお姉ちゃん。私は大丈夫だから」

「いやだよ、フーリの居ない世界なんて……私には耐えられない……」

「大丈夫、クレハお姉ちゃんは凄く強いんだよ」

「強くなんかない……フーリがいないと私は、弱いの」

「違うよ、すっごく強くて優しいの」

「優しくなんてない。現に私はフーリを殺さなくちゃいけない……」

「それで、いいと思うよ」

「私は嫌! フーリを殺すなら私も死ぬ」

「駄目、クレハお姉ちゃんは、私の憧れなんだから簡単に死んじゃ駄目」

「どうすればいいのよ……私には、今の一族を変える事が出来ない。皆殺ししか思いつかないの」

「うーん。クレハお姉ちゃんは極端。ちょっとずつ変えていけばいいよ」

「それには、フーリが入ってない。それは嫌」

「うー、我が儘お姉ちゃんだ」

「いいの、我が儘だもん。フーリの前だけでだもん」

「えへへ。ちょっと嬉しい。クレハお姉ちゃんが族長になったら、契約も更新されるんだから、その時に色々変えればいいよ」



 フーリの言葉にクレハは何かを閃いた。



「……」

「どうしたの?」

「それよ! フーリ、あなたを殺さなくていい方法!」



 きょとんとした表情でクレハを見つめる。

 なにか納得のいく答えを導き出したのかなと思うのだ。



「フーリ、貴方はこの村を出るのよ。そして、私が族長になったら迎えに行くの。契約はちょっと弄くっちゃえば大丈夫」

「クレハお姉ちゃんがそう言うなら大丈夫」

「じゃあ、フーリの死を偽造しないとね」

「クレハお姉ちゃん、目が怖い」

「フーリの為だもん。お姉ちゃん頑張る。絶対に死んだら駄目よ。どんなことをしても生き残って……。それだけは約束してフーリ」

「分かった」

「それとミズチ一族だと気付かれないようにしてね。私が族長になるまでは……」

「うん」



 そう言ってギュッとクレハに抱きつく。

 甘いお花の匂いが鼻孔を擽る。

 安心できる、ずっとこのまま一緒にいたいと思ってしまう。

 スッとフーリは離れて、クレハの計画を細かく聞く。

 そして、クレハはフーリを一族の村から逃した。

 クレハはフーリの服の一部を焦がし、それを持って村へと帰った。

 涙を流していたおかげで、目は腫れていた。

 その表情を見て皆ちゃんとフーリを始末したと思うのだ。

 それから数週間後、族長は帝国の任務中に殉職した。

 報告によれば、Sランクの魔物にやられ跡形もなく葬られたとの事。

 フーリは、その情報を聞きクレハに会えると思っていたが、盗賊に捕まり裏ルートで奴隷商人に売られ、その後はてんてんと奴隷商会をたらい回しにあった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 フーリの話を聞き、アリシアは滝のようにダバァ―っと涙を流しながらフーリに抱きつく。



「フーリちゃん頑張ったのですね。えらい子です! よしよしなのですよ」



 そう言って、フーリを撫でるのだ。

 フーリは気持ちよさそうにする。

 アリシアは、気が済むまでなでなでを繰り返した。

 その後はアリシアの昔話をしたら、今度はフーリがダバァ―ッと滝のような涙を流すのであった。



「うぇっく。よかった。薫様に会えて、アリシアちゃん幸せだね」

「はい、私は幸せなのですよ。もうラブラブ夫婦ですから。えへへ」



 フーリは、アリシアの頭を撫でながらそう言うのだ。

 薫は、似たもの同士だなと思うのだ。



「さて、そろそろ治療に入ろうか」

「そ、そうなのですよ。早く治してしまいましょう!」

「うん」

「じゃあ、フーリの未来を切り開くために一仕事しようか! 固有スキル……『異空間手術室』」



 薫は、右手を翳す。

 金色のオーラが発生し、空間がねじ曲がり稲妻がほとばしる。

 バキバキと異質な音を立て、手術室が薫の目の前に現れるのであった。



「じゃあ、行こか」

「お~! なのですよ~」

「え?」



 若干一名、口をパクパクさせる。

 フーリである。

 このような膨大な魔力の塊を見るのは初めてであった。

 空間に関与するレベルの魔力量に驚いているのだ。

 アリシアは、ヒョイっとフーリを持ち上げとことこと手術室へと連れて行く。

 その内慣れると思うのだ。

 色んな意味で、アリシアは毒されているのだなと思う。

 手術室に入り、フーリに手術衣を着てもらう。

 そして、そのまま手術台へと寝てもらうのだ。

 仰向けになり、手の外科用手術台に上肢を乗せる。

 肘関節の下に敷布を枕のようにして置く。

 これにより手術操作がしやすくなる。

 薫は、フーリの腕にペンで肘の尺骨神経を沿うように弓状に皮切部分を書く。

 約5~8cmくらいの小さな切開マークだ。



「心配せんでもええからな。まずは、両腕のX線での撮影とエコー(超音波検査)やな」

「お願いします」



 ぺこりとフーリは、おじぎをする。

 薫は、医療魔法でフーリの両腕のレントゲンとエコーをとる。

 その画像をステータス画面に出して、どのようになってるかを見る。

 アリシアもそれを一緒に見るのだ。



「か、薫様……」

「お! アリシアも気づいたか」

「全くわかりません……」

「……」



 薫は心の中で、ですよね~と思うのであった。

 素人が、その画像を見て病気の部分を見分ける事は至難の業なのだ。

 薫は、健康なレントゲン画像をずっと見せて、頭に叩き込んでやろうかなと思うのであった。



「フーリ、やっぱ肘部管症候群やったで。時間もたって完全に戻るか心配やったけど、あまり無理をしてこんかったから元通りになるで」

「ほんと?」

「ああ、お姉ちゃんに大手を振って会いにいけるで」

「うん!」



 薫の言葉にフーリは元気いっぱいに返事をする。



「フーリ、痛みを失くす薬を体に流すんやけど、今回は一応全身麻酔ってものを使う。眠ってる間に、全部終わっとるから安心して寝とき」

「うん」

「薫様、腕だけなのに全身なんですか? 前は、部分でしたけど?」

「効き目が悪かったり、痛みを感じることがあるからな。やから今回は全身や。両腕を一回の手術でやるからな」

「なるほどです。患者さんの事を考えての使用なのですね!」

「そういうことや。痛みってのは怖いもんやからな」



 そう言って薫は、フーリの体に全身麻酔を掛ける準備をしていく。



「医療魔法――『心電図・ベクトル1』」

「医療魔法――『血圧計・ベクトル1』」



 薫は、ステータス画面にフーリの心電図と血圧計を表示させる。

 ピッ……ピッ……っと脈を打つ音がする。

 薫は、フーリの体に触れる。



「医療魔法――『全身麻酔・ベクトル1』」



 ほわっと青白い光がフーリの体全体に纏う。

 ゆっくりと薬が全身に回っていくのだ。

 薫は、そのまま医療魔法をかけていく。



「医療魔法――『酸素マスク・ベクトル1』」



 フーリの口元に薄く蒼い膜が張られる。

 医療魔法で非脱分極性の筋弛緩薬(筋を完全に麻痺させる薬)投与し様子を見る。

 薫は、フーリに呼名反応と睫毛反射の消失を確認する。



「医療魔法――『人工呼吸器・ベクトル1』」



 フーリの口が開き気道が確保される。

 光のチューブみたいなものがフーリの口の中に流れていく。

 光のチューブは、どんどん喉の奥へと進んでいく。

 気管に挿管されるとそこで止まり、薫のステータス画面に呼吸炭酸ガスモニターでCO2が呼出されているかを確認する。

 そして、光のチューブが分裂して麻酔回路を作る。

 医療魔法の全身麻酔とこの麻酔回路が連動する。

 薫は、吸入酸素濃度と吸入麻酔薬濃度を調整し、人工呼吸を開始させる。

 適正な換気が行われてるかを確認する。

 最大期間内圧、一回換気量、患者の胸郭の動き、呼気炭酸ガスモニター全てを薫は確認するのである。

 最後に、瞳孔を観察してメパッチ(角膜保護用テープ)をはる。

 殆ど時間がかからなかった。

 手慣れた手つきでやってのける。

 医療魔法のおかげもあり、大幅な時間短縮が出来るのだ。

 麻酔を調整して、薫は手術に入る。



「さぁ、始めようか……いつも通りや。気合入れて行こうか!」



 薫は、フーリの腕に空気止血帯をはめ、空気圧で血流を止める。

 そのまま、薫はペンで書いた線に沿って電気メスを走らせる。

 切開凝固するため、小さな血管からの出血はそれで止められる。

 皮下の剥離で、尺側前腕皮神経を傷つけないように注意をする。

 細かな神経が張り巡らされ、傷つける事であとで何かしらの不調が出てくる。

 薫は、最新の注意を払いながらメスで切り進める。

 上腕深筋膜といって、弓状靱帯を覆うようにしている筋膜を切開する。

 そして、こうと言う手術器具で弓状靱帯をめくり上げると、尺骨神経が出てくる。

 そのまま器具を固定させ、異空間手術室の特性で手術補助の効果が発動する。



「う……うっぷ」

「ん? ああ、アリシアはこういうの初めてやったなそういえば」

「だ、大丈夫です……うっぷ」



 そう言いながらも、顔色が悪くお口にお手手を当て頑張って手術の工程を見る。

 切開した部分を生で見て、ちょっと気分が悪くなってしまった。

 普通の人が、このような光景を見ることはない。

 好きものでない限りは、かなりエグい光景が広がっているのだ。

 耐性の無い者は、そのまま気絶してもおかしくない。

 薫はアリシアに、どうやってこのような事を克服させるかなと思うのであった。

 やる気の方が今のところ上回っているだけに、薫はアリシアに事細かく説明を入れながら手術を進める。

 尺骨神経溝に露出した尺骨神経を、こうで引っ掛け上へと持ち上げる。

 尺骨神経溝に出来た骨棘により浅く狭くなっていた。

 薫は、しびれの原因を作っているこの骨棘を除去するためにまず、肘部管の床となっている靱帯を切除する。

 この部分は豊富な血管網を持っているため、バイポーラ型凝固器で止血をしていく。

 これにより、肘部管床の骨棘が展開できるようになるので、これをノミで切除していく。

 そして、肘を屈曲、伸展させまだとれていない骨棘を切除する。

 削った部分にヤスリなどで整え、骨ろうで止血する。

 生理食塩水で洗浄して、骨片が残らないように注意をする。

 これをやっている間、尺骨神経が乾燥しないように、生理食塩水を含んだガーゼで覆い乾燥と損傷を防ぐ。

 その後は尺骨神経を元の場所に収め、肘屈伸に緊張がなく安定して肘部管が収まることを確認してめくった靱帯を戻していく。

 そして、筋膜を縫合する。

 その状態で、肘を屈伸させ再度確認をしてから『解析』を掛ける。

 問題ないことを確認して、貯留した空気や体液などを持続的に体外に排出させる持続吸引ドレーンを留置し皮膚を縫合する。

 薫は、反対の肘へと移る。

 全く同じように手術をするが、今度はアリシアに説明をしないので異常な早さで終わらせる。

 アリシアは、目が点になっていた。

 そして、麻酔を止めて覚醒させに入る。

 麻酔深度を調整しメパッチを外す。

 覚醒時に中等度以上の疼痛が予測されるときがある。

 薫は、覚醒前に鎮痛薬を投与する。

 人工呼吸の酸素を100%として、補助呼吸または調整呼吸をさせる。

 フーリが自発呼吸をしだしたら、薫は呼びかけるのであった。


読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。

感想の方もちゃんと見させて頂いております。

それと、祝! 総合累計300位入りしました。

皆様のおかげであります。

それと、医学図書館というところへ行ってきました。

あの情報量はやばいですね……。

三時間ほど滞在してしまった。

はい、では次回も一週間以内の投稿です。

ではー!

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