フーリ・ミズチ
薫達は、人集りのできているところへと向う。
「おいおいおい。お前、俺様に偽物掴ませやがったな。あん! どうしてくれんだよ。紛らわしい角をつけて売りつけやがって」
「そうだ! ミズチ一族の偽物を売りつけるなんて奴隷商人として最低な商売しやがって」
「そ、そのような事はしてません。私は、ミズチ一族など一言も言ってないではないですか……」
そのように言い合いになっているのだ。
奴隷商人の横には、黒髪の角の生えた少女が横たわっていた。
全身包帯に巻かれ、その包帯からは血が滲んでいたのだ。
手足はぴくりとも動かず、息だけしているといった印象を受ける。
薫は横たわっている者を見て、朝買われて行った少女であることがわかった。
「こっちは、こいつを連れて未開の地に入ったら大怪我だ! 盾にすらならねぇ奴を20万リラで売りつけるたぁな。奴隷の館【ガイヤール商会】もこの程度ってことだよな!」
皆、商会の名前を聞いてざわつくのだ。
奴隷を扱う商会でかなり大きい商会なのだろう。
信用問題で、利用客はかなり変動する。
下手するとこの騒ぎで、かなりの大ダメージを受ける可能性だってあるのだ。
ガイヤール商会の人は、渋々いちゃもんをつけてきた冒険者に、契約書の破棄と代金の返却を了承するのであった。
これ以上騒がれると、商売に支障をきたすのは目に見えている。
「わかればいいんだよ。ったく、面倒かけさせやがって。さっさと金を返しやがれってんだ」
そう言って、唾をペッと吐くのである。
ガイヤール商会の人は黒髪の少女を優しく抱え、溜息を吐きながら広場の一番近い奴隷の館へと向うのであった。
「薫様……あの子はどうなってしまうのでしょうか」
「わからへんけど、あの怪我やとこの街じゃあ完全に治療するのは無理やろな」
「で、では……治療も受けれないのでしょうか」
「あそこの商人次第やろ」
薫がそう言うと、アリシアはうるうるとした目で見つめてくる。
みなまで言うなと言った感じで薫は行動に出る。
薫は、ガイヤール商会の人を呼び止める。
「なぁ、その子どないするんや?」
「ん? ああ、治療師さんですね。生憎ですが、商品としてはもう無理ですので……」
そう言って、ガイヤール商会の男は言いにくそうに目をそらす。
「俺がその子を買うわ。いくらや」
「え?! 買うと言われましても、回復魔法でもここまで酷いと……エクリクスで治療しないかぎり完治は不可能ですよ?」
「ああ、でもこのまま放っておけんのんや」
薫の目を見て、その男は頷く。
「分かりました。では、このまま私の商会へ来て下さい。あの方達のお金も準備しないといけないので」
「ああ、わかった。アリシア行くぞ」
「はい……」
薫とアリシアは、ガイヤール商会の男と一緒に奴隷の館へと入る。
中に入ると、受付の女性が奥へと案内する。
応接間へと連れられ、そこで待つように言われる。
薫とアリシアは、ソファに座り待つ。
途中でお茶を持ってきてくれたので、それを飲みつつアリシアと話すのだ。
「薫様、その……すいません。どうしても助けたかったのです」
「ええよ、俺もこの街に入った時にあの子見かけとったからな」
「そうなのですか?」
「ああ、角の生えた女の子は珍しかったからついつい目が行ったや」
そのような話をしていると扉が開く。
先ほどの商会の男が入ってくる。
「すみません。おまたせしました」
「ああ、かまわへんよ」
「私は、このトルキア支店のガイヤール商会を任されております。ピピンと申します」
深々と頭を下げる。
ひょろっとした男、あまり強そうには見えない。
年齢は四十代だろうか、皺が表情を作ると深くでる。
だが、凄く優しそうな印象を受けるのだ。
「俺は、薫や」
「私は、アリシアです。それで……あの女の子は……」
「今処置室で体などを洗わせております。しかし……本当にあの子を買われるのですか? 戦いなどもう出来はしませんよ」
「かまわへんよ。寧ろ、ここに置いとったら、近々生命の危機が来そうな気がしてならんからな」
「それは……最終ですよ。私どもは、このような事で簡単に商品を粗末には扱いません。これでも、誇りをもってやっておりますから」
そう言って真面目な表情で言うのだ。
薫は、このピピンと言う男はそれなりにちゃんとしているのかと思う。
まだ、他の店がどのような環境で奴隷の館を経営しているかわからないが、第一印象はいいほうだった。
「それと……売るにあたって、一つお願いがあります。あの子に、これ以上戦いを強要しないでもらいたいです。もう、戦える体ではありません。魔力のコントロールもままならないと、私は先程の者達にも説明したのですが……。無理やり未開の地に連れて行かれて、あのようなもうどうしようもない姿になってしまいました」
悲しそうな表情をする。
何か色々と含みのある言い方だなと思うのだ。
「ミズチ一族とか言っとったけど、それが関係あるんか?」
「……ええ、あの子は、ミズチ一族の子です。別名、鬼人族とも言われます。傀儡を操る固有スキルを持っているんです。古くから、帝国へ忠誠を誓い闇稼業を行ってきたと言われます。強さは、一族全員が成人になる頃にはBクラスになるレベルと言われます。でもあの子は、その、一族から追放させられた子なんですよ」
「うん、わかった。もうええよ。訳有りってのはわかったからな。あとは、直接本人が言いたくなったら聞くわ」
薫は、それ以上ピピンに聞くのをやめた。
アリシアはちょっと置いてけぼりをくらう。
もうお茶を飲みながら、分かったふりを始めていた。
足をぷらぷらさせながらである。
「とりあえず、あの子の治療を出来るだけやったるか。一緒に旅できるくらいは回復してもらわんとな」
「はい、出来る限りを尽くすのですよ。あの子の黒髪なら、メイド服なんて可愛いかもしれません」
治療の話をした途端、アリシアは元気よく会話に入ってくる。
アリシアは、完全にメイドさん仕様にするつもりらしい。
気の早いことで。
「小さな雑務ならあの子もできると思います」
「なるほどな、ってそういえば、名前を聞いてなかったな」
「おっと、そうでしたね。あの子の名前は、フーリ・ミズチ。16才で冒険者ランクDです」
「とりあえず、怪我治して栄養付けさすのが先やな」
「フーリちゃんですね! 可愛い名前なのですよ」
「あははは、ちゃん付けですか。あなた達なら、あの子を任せれるかもしれませんね」
「私よりの一つ年下なのです。私はフーリちゃんのお姉ちゃんなのです。何かあったら私が守ってあげますよ」
アリシアは、もうちゃん付けで呼んでいるのだ。
そういえば、アリシアは年の近い友達を作った事が無かったなと思う。
ワトラやジグもそうだが、ちょっと壁を作っていて自ら進んで遊びに行ったりなどしていなかった。
それに、一緒に旅をする仲間として参加するのも初めてだ
これもいい機会かなと薫は思うのであった。
そんな話をピピン達としていると、ドアを叩く音が聞こえてくる。
ピピンは、返事を返すとメイドがフーリを連れてきた。
「ピピン様。お待たせしました」
「ああ、すまない。フーリ。こっちへ」
「は、はい………」
フーリは、ぎこちない足取りでソファへと向かってくる。
今にも躓き、倒れてしまいそうな弱々しい感じがするのだ。
顔を半分以上包帯で巻かれ片目、口、鼻、小さな角が出ている。
傷がなければ、綺麗な女の子なのではないかと思う。
黒髪は背中まで伸びており、癖一つ無いストレートヘア。
目は赤色で、肌はほんのり焼けていた。
だぼっとした服装で、体のラインはよくわからなかった。
「なぁ、治療はどのくらいしたんや?」
薫は、メイドに聞く。
あまり回復ができていないように見えたからだ。
「はい、専属の治療師に中級回復魔法での治療を行いました。しかし、足の方は完全には治っておりません。顔もですが……その、ここまで損傷が酷いと……」
ちょっと言葉を詰まらせるメイド。
薫は、やはり治せなかったかと思うのだ。
とりあえず、宿屋で一通り治療を試みるようと思うのだ。
「では、契約書への魔印をお願いします」
薫は契約書に目を通し、不備がないことを確認して魔印を押す。
「では、料金なんですが……」
ちょっと言いにくそうな感じでピピンは口ごもる。
もう、売り物としては価値がない。
金額の付けようがないのだ。
「ああ、20万リラでええよ。さっきの奴らと同じ料金で」
「いやしかし……」
ちょっと困った表情になる。
しかし、薫はそれでいいと言って金貨を4枚出す。
そのまま、フーリの下へと足を運ぶ。
「これから宜しくな。フーリ。俺は薫や」
「……は、い」
ちょっとおどおどした表情になっているのが分かる。
今までと違った薫の接し方に困惑しているのだろう。
薫は、そっと頭を撫でて落ち着かせるのだった。
「あー! 薫様ずるいのです! 私もフーリちゃんなでなでします~。あ! 私はアリシアなのですよ! 宜しくねフーリちゃん」
「ん、……」
そう言ってアリシアもフーリの頭を撫でるのだ。
二人に撫でられ、フーリはちょっと困った顔をする。
でも、嫌ではないらしい。
ちょっと嬉しいといった感じが伝わってくる。
そんな光景をピピンは、微笑ましいといった表情で見つめるのであった。
二人は、十分にフーリを撫でまわしてから他愛のない話をする。
食べ物は何が好きなのか、アリシアは特にピンクラビィのことを重点的に聞いていた。
フーリは、薫やアリシアの笑顔に心がぽかぽかするのであった。
アリシアは、まぁ相変わらずである。
薫達はガイヤール商会を出て、宿屋へと戻ろうとする。
辺りは、すっかり暗くなっていた。
アリシアがフーリの手を取り、一緒にゆっくりと歩くのだ。
すると、薫達の前に待ってましたと言わんばかりに、三名ほどの冒険者が立っているのだ。
「おいおい、お前そのフーリを買ったのかよ! あははは、偽善者気取りか?」
「そんなグチャグチャな顔の奴なんて買うとか……夜も楽しめねーよ。あっはっはっは、ああ、そっちの趣味でもあるのかなぁ?」
「ああ、治療師だからそういった損傷の酷いやつを使って、治療の実験材料にでもするのかな。あっはっはっは、可哀想になぁフーリ」
先程、フーリをガイヤール商会に突っ返した冒険者達が、そう言ってからかってくるのだ。
回りの冒険者は青ざめる。
そして、「あーあ、あいつら死ぬんじゃねぇ~の」と言った小声の会話がギャラリー内で始まるのだ。
つい先程、昼の部のトーナメントで、出鱈目な力で優勝した薫に喧嘩を売っているからだ。
三人は、トーナメントを見ていない。
その時、未開の地に入っていたから仕方が無いのだ。
誰一人その事を教えてはくれない。
皆、怖いもの見たさで、広場で足を止め薫の動向を見守っている。
あの領主マリーをも倒す力量だ。
こんな冒険者など、デコピンで殺せてしまうのではないかと思うのだ。
「あん? 無視してんじゃねーよ! 俺らを誰だと思ってんだよ」
「この街では指折りのコミュニティのメンバーだぞ! おい、聞いてんのかクソ治療師!」
「これは、力で解決したほうが良さそうだなぁ。最高の解決策だろ? なぁ、兄ちゃんよぉ」
そう言いながら、薫にガン飛ばしをしながら近づいてくるのだ。
ギャラリーは、かなりの量が集まりつつある。
三人の冒険者は、自分たちが注目されていると思いこの雰囲気に酔いしれる。
そして、大きな態度で薫をこてんぱんにして、このギャラリーを沸かせたいといった衝動が出てくる。
「薫様、この人達はアホの子ですか?」
「まぁ、そうやろな」
「!!?」
アリシアは唐突に、ぽけ~ッとした表情で、薫の白衣をちょんちょんと引っ張りながらそう言う。
薫も、アリシアの的を得ている言葉に同意する。
フーリは、ちょっと青ざめる。
自分を温かく迎えてくれた二人に、怪我などされたらと思うと胸が苦しくなるのだ。
治療師は基本後衛型で戦闘には不向きだ。
それが、フーリの根底の概念としてあるから慌てるのである。
今の自分では、二人を守ることすら出来ない。
歯がゆい感情が心を苦しめる。
「「「だ、誰がアホの子だぁああああああ!!!!」」」
三人声がハモリ、息ぴったりで薫に突っ込んでくる。
威圧を放ちながら、表情には血管が浮き彫りになっていた。
相当、アリシアの言葉に腹をたてたのだろう。
薫はちょっと笑えると思いながら、その威圧より重い威圧を重ねる。
それを食らった三人は、先程まで勢い良くこちらに向かって来ていたが急に足取りが重くなる。
「ああ、弱い者いじめは好きやないんや……」
「「「………」」」
薫は、髪の毛を掻き上げながら言う。
気絶しないように、絶妙なコントロールで三人の動きを止める。
表情が一気に青ざめ、自分達が喧嘩を売った人は、手を出したらいけない分類なのだと直ぐに理解する。
アリシアは、そんな薫にうっとりとする。
フーリは、目が点になっていた。
ちょっとフーリの顔が面白い事になっている。
ぱくぱくと口を開閉しながら言葉が出ていないのだ。
そして、ギャラリーが薫の威圧を見て沸き上がるのだ。
「さっすが今回のトーナメント優勝者なだけはあるよなぁ。かぁー、痺れるくらいの威圧だぜ」
「夫婦揃って優勝、準優勝だもんな。それも、領主のマリー様も倒しちまうんだからこれくらい朝飯前だろ」
「おいおい、今は夜だぞって、がはははは。さみーおっさんギャグまで出ちまうよ! あいつらバカだよなぁ」
「相手を選ばないと、命がいくつあっても足り無いだろうな。俺は、勘弁だわ……。冒険者ランクSの治療師を相手にもしたくねぇーわ。ガン逃げ安定!」
そう言って大いに笑うのだ。
その言葉を聞いた三人の冒険者は、青ざめ今直ぐこの場から逃げたいと思うのだ。
なぜ、こんなにギャラリーが集まったのか納得できる。
薫の強さを知る者は、絶対に楯突くことはない。
あの試合を見ていない者か、命知らずくらいだろう。
薫の威圧で、完全に身動きの取れないくなった3人は歯をがたがた震わせるのであった。
薫は、ゆっくり三人に近づく。
「ほんで? なんか、俺らを叩きのめすとか言うとったみたいやけど……聞き間違いやろうか?」
薫の笑顔が不気味に見えるのだ。
絶対的強者の放つそれは、完全に戦意喪失しか生まない。
「お、俺らが間違ってました……。い、命だけは……」
「き、聞き間違いではないでしょうか。お、俺らみたいな雑魚があなたのような強者に楯突くなんて………」
「な、生意気言ってすいませんでした。で、ですので、もう勘弁して下さい……」
三人共表情はぐしゃぐしゃで、見るに耐えない。
薫は、どうしたものかと思いながらフーリを見る。
相変わらず、お口を開けたまま薫を見ているのだ。
薫は、フーリの側まで行って言う。
「フーリはこいつらどうしたい? 許すんやったら許してもええよ。フーリに任せるわ」
そう笑顔で言うのだ。
薫の言葉に三人は脂汗がにじみ出る。
フーリにはひどい仕打ちをしてきた。
無理やり未開の地へと連れて行き、戦いを強要したのだ。
その結果、顔に消えない傷を付けた。
許さないと言えば、このまま命の灯火が消えかねない。
今のところ、危害を加えようと最初に手を出してしまったから、罪人の館の判定では確実に裁かれる。
回りの奴らも見ていた。
八方塞がりのこの状況は、全てフーリの判決で決まってしまう。
生きるも死ぬも彼女次第なのだ。
脅すことも出来ない。
薫の目を見ることもだ。
見れば、その瞬間意識を保てそうにない。
「あの、えっと、もういいです。そ、そのくらいで、許してあげて下さい」
フーリは、おどおどした様子でそう言う。
「ああ、わかった。じゃあ、このくらいにしといたるわ」
そう言って、威圧を解く。
三人は、足がもつれながらその場から必死で逃げようとする。
「ああ、お前ら、次はもうないから……よう考えて行動せえよ」
「「「わ、わかりましたぁあああああ」」」
そう言って、必死で逃げて行く。
途中何度も転けるのであった。
「そんじゃあ、宿屋へ帰えろうか」
「はい、フーリちゃん。ゆっくりでいいのですよ」
「うん……」
三人で手を繋ぎ宿屋へと向う。
フーリは、とんでもない人達の奴隷になったのではないかと思うのであった。
のんびりと歩き、宿屋へ着く。
外観がピンクで、ハートのマークがところ狭しと散りばめられた宿屋だ。
入り口の扉にはピンクラビィが寄り添っている。
夜になり、ライトアップされているところはもうラブh以下略。
「夜もまた可愛らしいのですよ! 光のあたり具合も最高ですね」
「お、おう、そうやな」
「きらきら……すごい」
アリシアは興奮しながら、宿屋を指さし言うのである。
フーリは、見たままの感想のようだ。
薫は、アリシア面に落ちないでくれと願うばかりなのである。
中に入ると、受付の女性が笑顔で出迎える。
薫は人数が一人増えたことを伝えると、部屋の移動を進められた。
誓約書の更新をして魔印を押して処理してもらう。
受付が終わると部屋へと案内される。
3階の角部屋だ。
中に入ると壁は薄ピンク色で、ピンク色のベッドが三つ川の字に並ぶ。
カーペットもほわほわのピンクラビィ柄だ。
アリシアは、目をハートマークにさせながらカーペットに寝っ転がり、薫達の方を見て「これが欲しいのです!」と情熱的な目で見つめてくる。
しかし、案内係の人から「非売品ですのですみません」と申し訳無さそうに言われ、フードの耳がへにょりとしぼむのであった。
「とりあえず、晩飯にしようか。腹減ってしかたないわ」
「そうですね。食べに行きましょう!」
二人はそう言って、部屋を出ようとする。
フーリは、部屋の床に座り薫達を見送るのである。
「ん? フーリ、一緒に飯行くで」
「え? 私も……ですか?」
「そうですよ。何やら、ここの宿屋の食堂のみ食べれられるという、くるくる鶏のジュワジュワ香草焼きと言うのがオススメと受付の人たちが言ってました!」
アリシアは、そう言ってフーリの手を掴み立たせる。
困惑気味でフーリはアリシアに連れられるのだ。
フーリの行動を薫は見ていて、奴隷はこうしなければならないと言った事を教えこまれているんだろうなと思う。
薫は頭を掻きながら、この問題をさっさと片付けるかなと思うのであった。
食堂に着くと、ちょうど晩御飯時だったので人が多かった。
薫は店員に席の空きがあるかを聞くと、4人席が空いていたのでそこに通される。
薫とアリシアは席につく。
フーリは、席につかずにアリシアの横に立つのである。
アリシアは、何故立っているのかがわからなかった。
「フーリちゃんなぜ立ってるのですか? 座って下さい」
「い、いえ、私は……奴隷だから、一緒に食事は出来ないです」
フーリの言葉を聞き、アリシアはしょぼんとした表情になる。
アリシアは奴隷の事をあまり知らない。
ずっと病気で、そのような人達と接することがなかったのだ。
そんなアリシアの表情を見て、フーリは申し訳無さそうにするのである。
「フーリ、どんな風に奴隷の館でこうしろって習ったかはしらへんけど、そういうのを気にせず普通にして欲しいっていう人も居るんや。やから、今ハッキリと言っとく。俺らとおる時は、そんなんせんでええよ。まぁ、今直ぐしろってのは難しいかも知れへんけど、それは覚えといて欲しいんや」
薫の言葉に、フーリはこくんと頷き椅子に座る。
アリシアの横に座ったフーリは、ちょっと気まずそうにアリシアの方を見る。
アリシアは、横にフーリが座ってくれた事により、パーッと笑顔になるのであった。
「さぁ、フーリちゃん、一緒にくるくる鶏のジュワジュワ香草焼きを食べましょう」
「うん」
薫は二人の様子を見ながら、少しずつ慣らしていけばいいかなと思うのであった。
薫は店員を呼び止め、くるくる鶏のジュワジュワ香草焼きを頼む。
料理が届くまで、のんびりと話をしながら待つ。
すると、料理が運ばれてきた。
「お、大っきいのです! 食べごたえの有りそうな量ですよ薫様!」
「ほんまやな。それにええ匂いや。食欲をそそるな」
「こ、これ……食べてもいいの?」
「いいのですよ。沢山食べて下さいね」
「そうやで、栄養つけんと動き回れへんやろ」
「うん……」
1羽まるまる丸焼きにしてある。
大きさは、2羽分の大きさだ。
お腹の中に、香草やお米が入っている。
薫が切り分け、アリシアとフーリのお皿に乗せて渡す。
外の皮はパリパリで、香ばしい匂いがする。
お米ももちもちで、くるくる鶏の肉汁がタップリと吸い込んでいる。
薫は、ナイフとフォークで切り分け口に運ぶ。
「うん、これはまた美味いな。あっさりとしてて食べやすいわ」
「お米に肉汁がたっぷり染みてるのです。噛むとじゅわじゅわっと出てくるのですよ!」
「………ん」
フーリは、上手くナイフとフォークが使えずちょっと苦労しながら口に運ぶ。
ぱくりと食べると口角が緩む。
「美味しい……ほくほく」
その表情を見て、薫とアリシアは笑顔になるのだ。
薫は少しフーリの手の動きが気になった。
あとで確認するかなと思いながら、薫はくるくる鶏の肉を頬張る。
食事を終えて、部屋へと戻る。
「もう食べられないのですよ」
「うん、美味しかった」
二人はベッドに倒れこみ、お腹を擦るのだ。
幸せそうにしている二人。
薫はそんな二人を見て微笑ましいと思うのであった。
「さて、それじゃあここからは俺の仕事やな」
「治療ですね!」
「ああ、さっさと治したらんとな」
「え? 治るの?」
「ふふふふ、薫様は凄いのですよ。だから安心して下さいね」
アリシアは、ちょっと不安がるフーリにそう言って笑顔を向ける。
その笑顔を見て、フーリは頷く。
ベッドに腰掛け薫を見る。
「それじゃあ、まずは顔の怪我からやな」
「……見せないと……駄目?」
フーリは、顔の怪我を見せるのに抵抗があるようだ。
もしかしたら、気持ち悪いと思われるかもしれない。
それによって、自分への接し方が変わることを一番恐れた。
薫は、それがわかったのかフーリの頭を撫でる。
「大丈夫やから、何も変わらんから安心してええで」
「……ほんと?」
「嘘はつかへんよ」
「……」
フーリは、まだ不安な表情だ。
アリシアはジッと薫の方を見る。
なにか言いたそうな表情だが、今は空気を読もうね。
「わかりました……」
フーリは、顔に巻いた包帯を解く。
するすると解かれていくと顔の全体像が見えた。
右半分が、魔物の爪によってえぐり取られていた。
回復魔法で皮膚は戻っているが、でこぼこで所々が青く変色しているのだ。
目は、腫れ上がった皮膚でふさがっていて見えない状態だ。
アリシアは、口元を抑え涙目になってしまった。
「やっぱり……気持ち悪いですよね」
フーリは、項垂れながら涙が溢れてくる。
そんなフーリをアリシアが抱きしめる。
「大丈夫ですよ。痛かったですよね。もう大丈夫ですからね」
そう言って、アリシアはほろほろと涙を流しながら言うのである。
アリシアの行動にフーリは戸惑いながらも抱きしめ返す。
自分の為に泣いてくれるなんて思いもしなかった。
そして、そのままフーリも泣き出してしまった。
「はいはい、泣きやまんと治療できんからな。ほら、アリシアもそんなほろほろ泣かんでくれ」
「だ、だって薫様ぁ。フーリちゃん凄く可愛そうなのですよ。心も傷ついてるはずですよ」
「わかっとるよ。やから今からそれを治すんやからな」
「ぐすん……すいません。取り乱してしまったのですよ」
手で涙を拭い、アリシアの頭を撫でながら宥める。
フーリも同じようにしてである。
やっと落ち着いたところで薫はフーリの顔に手を当てる。
「ちょっとびっくりするかも知れへんけど、動かんようにしてくれよ。あと、目瞑っといてくれ」
「はい……」
「回復魔法――『完全治癒』」
薫の手から金色の膨大な魔力がフーリの顔へと流れる。
フーリは、薫の唱えた魔法に一瞬びっくりする。
奴隷の館でも言われたが、この傷はエクリクスの大神官にしか治せないと言われていた。
治療費には最低で500万リラ必要になる。
とてもじゃないが、払えた金額ではない。
それを薫が唱えたのだからびっくりするのも当然なのだ。
皮膚は再生し、抉られた肉も元に戻っていく。
アリシアもその光景を見てびっくりするのだ。
薫の最上級回復魔法を始めてみたのだ。
ものの10数秒で、フーリの顔は元通りになった。
「ほい、これでええやろ。目は傷ついて無いみたいやから大丈夫と思うけど、今まで塞がってたから、少しずつ慣らしていったほうがええやろ。アリシア、照明を少し暗くしてもらえんやろうか」
「は、はいなのですよ」
アリシアは、とてとてと照明を暗くし戻ってくる。
フーリは、ゆっくりと目を開ける。
皮膚の引張などで違和感などがあった顔はなんともない。
ひりひりとした痛みもないのだ。
今まで、でこぼこしていた自身の顔をぺたぺたと触るのだ。
「痛くない……ぼこぼこもない」
そう言いながら、また涙ぐんでしまうのだ。
薫は、優しく抱きしめてる。
「まだ、顔の治療が終わっただけやで、次は体の怪我やからな」
「うん……」
そう言って、薫は上級魔法と最上級魔法を駆使しフーリの怪我を治していく。
その途中で、薫はフーリの手が気になった。
一応、回復魔法を掛けて見たがここで一つ治らないものがあった。
「やっぱり……治らない」
「え? ど、どういうことですか?」
アリシアは心配そうにフーリに近づく。
フーリは腕を抑え体が震える。
顔色が悪くなる。
何かトラウマのようなものがあるのだろうなと薫は思う。
「手がしびれるんか?」
「!? え? なんで……分かるの?」
薫から言い当てられて思わず聞き返すフーリ。
そのまま薫は、フーリの肘の内側を軽く叩く。
すると、しびれが指に走るのだ。
「ッ?!」
痺れが走り表情が歪む。
それを見て薫は確信する。
特徴のある手の変形、そして肘の内側を軽く叩くとしびれが走る。
「ああ、この病気は治るから安心してええよ」
「え? ほ、ほんと?!」
目を丸くしてそう聞いてくる。
顔の傷もなくなり表情がよく見える。
とても可愛らしい顔で聞いてくるのだ。
「まぁ、難しくない手術やからな」
「薫様、流石なのです」
「アリシアもこのくらい分からんとアカンで」
「ま、まだ勉強中なのですよ」
「可怪しいな、前渡した本に書いたはずやで」
「……」
アリシアは、サッと目をそらす。
ここ数日は、戦闘訓練と魔力コントロールに時間を使っていたのだ。
薫もそのことを知っている。
だから敢えてそのように誂うのだ。
薫の表情を見て、誂われたのがわかったのだろう。
すぐに頬を膨らませ、ピンクラビィ人形を持ちベッドにダイブするのだ。
ピンクラビィ人形に顔を埋め「うぅー」っと唸る。
そんなアリシアを見てからからと笑う。
薫は、『異空間手術室』で必要な物をイメージしながら、心を引き締めるのであった。
昨日で連続投稿ラストと言ったな……あれは嘘だ。
はい、すいません。
これが言いたかっただけです。
読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。
感想の方もちゃんと見させて頂いております。
この土日で、なんとかもう1話書けましたので投稿しました。
これが正真正銘連続投稿ラストです。
次回からは、一週間以内の投稿に戻ります。
ではー!




