表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/95

カオルVSザルバック

 選手の待機場に戻ってきたアリシアは、薫に抱きつきこれでもかと頬擦りをする。

 

 

「ちゃんと勝ちましたよ! かおりゅしゃまぁ」

「うん、よう頑張ったな。一撃で終わらせれるのに、ちょっとやり過ぎやったんちゃうか?」

「そ、そのような事は無いのですよ。あ、相手が強かったのです。決して、薫様を馬鹿にしたから、懲らしめてやろうなどとは思ってなどいませんよ!」

 

 

 これは、大嘘をついているお目々ですね分かります。

 薫は、「そうかそうか」と言いながら、アリシアのぷにぷにほっぺをこねくりまわす。

 ハリのあるアリシアの頬に癒される薫なのである。

 アリシアもまた嬉しそうに体を預けるのだ。

 そんな二人を危険視する参加者達。

 確実にBランク以上の実力はあると理解できる。

 特に先程戦ったアリシアに関しては言うまでもない。

 あの【龍槍の華姫】のメンバーの一人デナンを倒した。

 そして、攻撃にも守りにも多大な魔力を使ったのにもかかわらず、平然としているのだ。

 間違いなくかなりの魔力を保有しているといっても過言ではない。

 そして、その旦那と言われる薫の存在だ。

 確実にアリシア同等のレベルの強さか、それを上回るのではないかと思われる。

 皆、この二人と当たりたくないと思うのであった。

 

 

「はーい。Bブロック第一試合の選手こちらに来てくださーい。カオル・ヘルゲンさーん」

「お! 呼ばれたみたいやな。アリシア、賭けの申し込みはその壁のところにいる男の人に言うと出来るからな。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

「はい、ガツーンとやっちゃって下さい」

 

 

 胸の前に手をグーにしてぎゅっとしている。

 愛らしい笑顔でこちらを見るのだ。

 薫は、アリシアをギュッと抱きしめぽんぽんと頭を叩いてから入口に向かう。

 突然の薫から抱きしめられたせいで、カチンコチンになるアリシア。

 ちょっと面白い表情になっているのだ。

 

 

「くっそ! いちゃつきやがって……妬ましい!」

「俺もあんな可愛い嫁さんがほしい……ほしい……」

「お前の顔面偏差値じゃあぜってぇ無理だろ……」

「んだと、こらぁ! 締めてやろうか? あ゛ん?!」

 

 

 そう言って言い争っているのである。

 薫は、阿呆が多いなと思いながら準備室へと入る。

 開始まで少しあるようだ。

 薫は椅子に座り、名前を呼ばれるのを待つのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 トルキアの領主の屋敷。

 慌てたように一人の小さな亞人の少女が入って行った。

 

 

「マリー様~! マリー様~! 大変ですよ~!」

 

 

 ドタバタと屋敷内を走る少女。

 マリーのいる部屋の扉をバンと開ける。

 

 

「大変なんですよぉ~」

「ミィシャ、五月蝿い!」

「でゅっわふん!」

 

 

 分厚い本がミィシャの顔面にスコーンとめり込む。

 そのまま大の字にぽてんと倒れこむのであった。

 ミィシャは、本がめり込んだままピクピクと痙攣しているのである。

 

 

「で? 急いでノックもしないでどうしたの? 怒らないから話してごらん」

「もう、本が飛んできてます……マリー様」

 

 

 むくりと体だけを起こすミィシャ。

 ぽとんと本が落ちる。

 顔にはくっきりと本の跡が残っている。

 赤髪で肩まで伸びた髪、犬耳をピンと立て尻尾をフリフリとしてる。

 お目々はまんまるで、くりくりとして輝いているのだ。

 魔導師のローブを羽織り、手だけをパタパタさせる。

 かなり興奮状態だ。

 

 

「マリー様、聞いて下さいよ! 物凄く強い方が今回のお昼のトーナメントに参加してるんですよ」

「ふーん。どうせAランクの雑魚でしょ?」

 

 

 エルフ耳に指を突っ込みながら言うマリー。

 桃色に染まる髪、サイドテールにして少しウェーブが掛かっている。

 肌は小麦色に、踊り子のような少し派手な服装を着ている。

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 服装の露出度が高く、綺麗な肌がよく見える。

 

 

「え、えっと……たぶんAランクだと思いますけど……手を抜いて戦ってる感じがありましたよ」

「なるほどねぇ……まぁ、別にそれくらいで私を呼びに来たわけじゃないよね?」

「も、もちろんですよ! 実は、ザルバック様がこの試合にエントリーされてます」

「あの爺……なんでまたこの試合なんかに出てんのよ……。雑魚しか居ないはずなのに可怪しいわね」

「ですよね。あとそのザルバック様なんですが……戦いたい相手がいるようです。参加する時に、カオル・ヘルゲンと言う人と当たるようにしてくれとお金を渡したみたいです。それと【龍槍の華姫】の方たちも同じですね。何か因縁でもあるのでしょうか」

「うーん、【龍槍の華姫】の奴らはどうでもいいわ。問題は爺ね……。Cランクのくせに、完全固有スキルはどう見てもSランクに等しいからね……あれには苦しめられた思い出しか無いわ」

「どうします? 観覧に行かれますか?」

「そうね。丁度暇してたし、気に入った者がいれば私が乱入してもいいしね」

 

 

 そう言ってぺろっと舌を出し、妖艶な雰囲気を醸し出すのである。

 ミィシャは、悪い癖が出なければいいがと思うのであった。


 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 会場にまたテレーズの声が響き渡るのだ。

 

 

「はーい! やってまいりました! Aブロックは波乱の幕開けで、ピンクの小悪魔少女アリシアちゃんが勝利を収めましたが……Bブロックはどんな試合になるのでしょうかあああ! テレーズ……物凄く気になりますよおおお! ではぁああ、Bブロック第一試合の対戦カードの発表でーす!」

 

 

 そう言って観客を盛り上げるのだ。

 次の試合も賭けをしているのだろう。

 初戦から7割以上の観客が悲鳴を上げ抜け殻のように白くなっていた。

 それもそのはず、殆どの者がデナンに賭けていたからだ。

 倍率は、1.3倍とかなりの人がデナンに賭け固く勝ちを狙ったのだ。

 結果はアリシアの勝ちで終わってしまったから、デナンに賭けていた者からしたら根こそぎお金を持ってかれたといった感じだ。

 観客は、次こそはと目に炎を灯し躍起になっている者が大多数なのだ。

 

 

「では、まずはリュード・ベルド選手! 種族は、竜人族! 地竜の種族です。そしてなんの因果か……またしても【龍槍の華姫】のメンバーだああああ。なんということでしょう! リュード選手は、切り込み隊長と言われております! ハルバードの使い手で華姫の右腕とも言われておりまああああす! そして強さもメキメキと付けており、リュード選手はもうAランク入り目前との声も上がっているぞおおおお!」

 

 

 テレーズの紹介に、今度こそ勝ちは貰ったといった感じで応援する観客達。

 アリシアはホクホクな顔で、自身の冒険者カードを握っているのだ。

 記入履歴には、薫に5万リラ賭けているのだ。

 お小遣いを増やせると思いにっこり笑顔なのだ。

 

 

「対してぇええええ! またしても大番狂わせがあるのだろかああああ! カオル・ヘルゲン選手です! 種族は人間族。こちらもEランクの冒険者成り立てだああああ。嫁に手を出したら殺すと言うコメントを頂いておりまーす! この試合で圧勝でもしない限り、お嫁さんのアリシアちゃんには変な虫が集まりそうですよぉおお! 武器は……素手? って、後衛型にも関わらず、二人共物理特化なのかぁああああ! それでは、Bブロック第一回戦……はっじめえええええ!!」

 

 

 そう言って戦いの火蓋を斬る。

 

 

「へっへっへ。1試合目からお前と当たるとは運がいいぜ」

「ん? あまりにも運が良すぎて裏で工作でもされとるんかと思っとったわ。アリシアの時もそうやけど、裏で金でも渡したんちゃうか?」

「あん? 俺が対戦カードを弄ったとでも言いてぇのか?」

「どうやろうなぁ……。まぁ、さっさと終わらせようや。長引かせるにも、こっちがだるいだけやしなぁ」



 薫は、面倒くさそうに言う。

 明らかにリュードを煽っているのだ。



「ふっざけんなよ! 餓鬼が!!! 一撃で終わらせてやるよ!!! この会場で大恥かかせてやるよぉおお」

 

 

 そう言うと、簡単にリュードは薫の口車に乗るのだ。

 薫は、引っ掛かってくれて好都合とちょっと悪い顔をのぞかせる。

 瞬間的な加速で、薫の背後をとるリュード。

 薫の首筋にハルバードの渾身の一撃を叩き込もうとするのだ。

 並みの冒険者では、反応すら出来ないであろうスピードなのだ。

 リュードは、完全に貰ったと思った。

 しかし、薫の姿が残像のように消える。

 

 

「!?」

 

 

 背後に気配を感じた時にはすでに手遅れだった。

 圧倒的な魔力の塊が背後から迫っているのを感じる。

 身体中の毛穴が開く感覚と、冷や汗が尋常では無いほど額から流れ落ちる。

 そして、このほんの少しの時間が物凄く長く感じるのだ。

 リュードは、反射的に体に全力で魔力強化し凌ごうとする。

 このリングの上でなかったら、確実に死ぬと思われる絶対的な殺意の込もった手刀を首にくらった。

 一瞬で目の前がブラックアウトする。

 瞬間的だが、華姫の魔力量を遥かに上回っているのがわかった。

 リュードは薄れていく感覚の中「くそったれ」と思うのだった。

 膝から綺麗に崩れ落ちるリュードを見て、テレーズは言葉を失った。

 実況出来ず、リングに釘付けになっているのだ。

 

 

「おーい。勝ちでええやんな?」

 

 

 そう言って薫は、テレーズに手を振りながら言うと、我に返ったように勝利宣言をするのであった。

 

 

「な、なんという事でしょう! 一瞬です!!!! 一瞬で決着がついてしまいましたああああ!!! というか、カオル選手は本当にEランクの冒険者なのでしょうかああああああ! 強すぎます。アリシア選手に続いて圧倒的な強さを見せましたあああああ! 完全且つ綺麗なカウンター攻撃! そして、相手の強化した守りを完全に上回る攻撃力は、もうなんと言ってよいか分からないレベルですぅうう!」

 

 

 テレーズは、そう言ってBブロック第一回戦を閉める。

 観客は、またしても悲痛な叫び声を上げる者が続出していた。

 2連続で全く予期せぬ試合になっているだけに、次誰に賭けてよいの分からなくなるのであった。

 

 

「あの男……いいね」

「あれ? マリー様……お気に召しましたか?」

「ああ、あれはかなり強いよ。私が言うんだ……間違いないよ」

 

 

 カオルを見てうっとりとするマリー。

 今直ぐにでも戦いたいといった表情なのだ。

 

 

「ま、マリー様、一応言っときますけど……マリー様がこのリングで戦ったら街が崩壊しますからやめて下さいね」

「大丈夫よ。その時は、またミィシャに街全部直して貰うからね」

「む、無茶言わんでくださいよ! こっちの体力がガリガリ削られますよ! 絶対ダメですよ! ぶっ壊す気まんまんじゃないですか!!! もうその時点で、おかしいじゃないですか! やだー! ていうかマリー様、Sランクに昇格してるんですから、契約を守らなかったら強制で制限が付いちゃうんですからね! なんで、帝国とあんな契約しちゃってるんですか!」

「昔のことを掘り出されてもね……。ほら、Cランクになって、領土貰って舞い上がって魔印をしちゃったのが始まりだし、あの時ミィシャも喜んでたじゃないのよ」

「うっ……」

 

 

 そう言いながらマリーはクスリと笑うのであった。

 疲れたと言わんばかりに肩を落とすミィシャ。

 犬耳もへにょりとしぼむ。

 そんなミィシャの顎を優しく撫でるマリー。

 気持ちいいのだろうが、表情には出さず尻尾だけが左右に揺れる。

 

 

「一回だけでいいから本気であのカオルと戦わせてよ……ね? お願いだよミィシャ~」

「そ、そんな甘ったるく言ってもダメなものはダメですよ!」

「さっき本めり込ませたの謝るから~」

「その時謝ってくださいよ! なんで、今それ思い出したかのように言ってるんですかねぇ……。まぁ、昔から言っても聞かないですもんね……今回だけですよ。特別なんですからね!」

「やったぁ! もう、ミィシャ大好き。じゃあ、今日は最高級のレイアドラゴンの肉を仕入れたからそれを食べさせてあげるね♪」

 

 

 そう言って、ミィシャに抱きつくのであった。

 耳と尻尾などをいいように撫でられるミィシャ。

 やれやれといった感じでミィシャは、がっくりと項垂れる。

 今日、必ず街が吹っ飛ぶ可能性大なのだ。

 半年前も、照れ隠しで街が一度吹っ飛んでいる。

 化物クラスのSランクの称号は伊達ではない。

 あんなのが本気で暴れまわったら、未開の地は原型を留めずに荒野にでもなるのではないかと思う。

 帝国の契約のおかげと言ってよいのか、最大出力でマリーが街以外で暴れ回った場合は、魔力制限など全てにおいてバッドステータスを課される。

 帝国が開放してもよいと言われない限り、全力でそういった街以外で暴れまわることが出来ないのだ。

 潜在能力の高い者は、先々帝国に楯突かれては困るのでそのような契約が結ばれている。

 本人達に、わからないように契約用紙に記載されている時もある。

 知らずに魔印を押すと、このようにSランクの者が制限を掛けられ身動きがとれなくなるのだ。

 他にも色々な制限を付けられている者もいる。

 契約を破棄する事もできるが、それにもかなり面倒なことになりかねないのだ。

 

 

「ええい! マリー様ベタベタしすぎです! 試合が見れません」

「いいじゃないの! 減るもんでもないのに。どうせ注目してる人以外雑魚に決まってるじゃないの」

 

 

 そう言ってミィシャの頬にぐりぐりと頬ずりをする。

 ミィシャは、鬱陶しそうな表情になるのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その後、トーナメント戦は進んでいく。

 薫とアリシアは、難なく勝ち上がっていく。

 二人の倍率は、一回戦が終わった後から、手堅く勝ちにいく人達が増え倍率は1.1倍まで落ちた。

 そのせいで、アリシアはお小遣いを少ししか増やせないのであった。

 

 

「かおりゅしゃまぁ……ほとんどお金が増えません……。これでは他の街限定ピンクラビィの商品をコンプリート出来ないのです……」

 

 

 そう言いながらアリシアは薫に泣きついてくる。

 マジ泣きなのがちょっと笑えるのだ。

 薫は、こうなる事はわかっていた。

 仕方ないかなと思いながら、ちょっと苦笑いになりながらアリシアの涙を指で拭う。

 

 

「まぁ、俺もちょっとはここで稼いだから、それも少し足したるからな。やから泣かんといてぇな」

「うぅぅ……ひっく。本当ですか? 足りなかったら少し出してくれるんですか??」

「今そう言うたやろ」

 

 

 薫の言葉を聞きパァーッと明るくなるアリシア。

 先ほどの泣き顔は、一瞬で満開の笑顔に変わるのだ。

 やはり、アリシアは笑顔のほうがいいなと思った。

 この笑顔を見るだけで薫は元気になるのである。

 

 

「アリシアは、もうAブロック決勝で勝っとるからな」

「はい、後は薫様がBブロックでの決勝戦ですね。頑張ってくださいね! 相手はお爺ちゃんですよ。薫様なら楽勝ですよ」

 

 

 そう言って薫の腕に抱きつくのだ。

 

 

「まぁ、ほどほどに頑張るわ」

「ほどほどにぶっ飛ばしてあげて下さいね」

 

 

 ちょっとアリシアの発言に苦笑いになる薫。

 確かに、ここまでの試合全て一撃で対戦相手をノックアウトしている。

 アリシアもそうだ。

 初戦のみあのような戦い方をして、後は殆ど一撃で決めているのだ。

 

 

「Bブロック決勝戦を行います。カオル・ヘルゲン選手こちらへ」

「はいはい」

 

 

 薫は呼ばれたので入り口へと向う。

 アリシアに手を振りながら中へと入って行くのであった。

 

 

「はーい。やってまいりましたぁああああ! Bブロック決勝戦!! まさにドン引きするレベルの波乱の試合展開になっております! ここまでなんとEランク冒険者に全く歯が立たない選手達! この二人組を止めることが出来るのは果しているのかぁああああ! 選手の紹介でーす! もう皆さんご存知、今回のトーナメントを引っ掻き回す二人組の一人、目付きの悪い治療師! カオル・ヘルゲン選手ぅ~~~! ここまでの試合、全て手刀での一撃で選手を沈めております! ここまで強さを魅せつけると、もうお嫁さんのアリシアちゃんには誰も手を出すことは出来ません! 確実に死にます!」

 

 

 そう言って大いに観客席を湧かせるのだ。

 薫に賭けている者は薫コールまでする始末なのだ。

 然し、今回の賭けはかなり割れているようだ。

 

 

「そして……対戦相手は、元帝国軍師ザルバック・ハイドヘルム選手だ! ここまで全くの相手の選手を寄せ付けない圧倒的な強さを誇っております。やはり最強と言われた軍師はまだまだ健在だぁああああ」

 

 

 そう言って紹介されるザルバック。

 顎に手を当てながらリングへと上がってくる。

 薫はアリシアに手を振りながらのんびりと上がる。

 

 

「ふっふっふ。やっとお主と戦えるのう……」

「ん? どっかで会った事あったかいな?」

「いや、会うのはこれが初めてじゃよ」

「俺のこと知っとる感じやけどどうなんや?」

「色々と噂が流れておるからのう」

「ああ、そっちの類のやつか……たしか元帝国の軍師さんやったかいな」

「お? ちゃんと聞いておったか。嫁に気を取られて、儂の事など見抜きもしていなかったように思えたがのう」

「冗談、このトーナメントで多分あんたが一番やっかいそうな魔力抱えとるのは、よう分かっとったつもりやけどな」

「はっはっは、やはりよい観察眼を持っておったみたいじゃのう。やはりお主とは楽しめそうじゃわい」

 

 

 二人のやり取りが終わりそうなところを見計らって、テレーズは試合開始の声を上げる。

 

 

「それではー! Bブロック決勝!!!! はっじめー!!!」

 

 

 開始の声が入った瞬間。

 ザルバックは、即効で動きだす。

 羽の生えた杖をリングにそっと突き立てる。

 

 

「完全固有スキル――『支配する盤上コントロール・ゲームボード』」

 

 

 一瞬でリング上にチェスの様な網目のフィールドが出現する。

 そして、ザルバックをキングとしポーン、ルーク、ナイト、ビショップ、クイーンと出現する。

 ザルバックを含めて16の軍勢となる。

 

 

「さぁ、楽しませてもらうぞい! お主は、攻略のしがいがありそうじゃわい」

 

 

 そう言って、ポーンをザルバックは動かしていく。

 白いポーンが一瞬で人間の形に変わる。

 ひょろっとした兵士が盤上を闊歩するのだ。

 

 

「それ、チェスと同じやったら、俺の最後段まで来たらなんにでもなれるってやつかな?」

「!?」

 

 

 ちょっと驚くザルバック。

 今まで、このボードゲームの内容を理解していない者しか居なかった。

 ますます面白いといった表情をして笑うのである。

 

 

「これが、ザルバック・ハイドヘルムの完全固有スキル『支配する盤上コントロール・ゲームボード』だぁああああ! これを使われて、逃れられた者は殆どいないと言われております! この街の領主、マリー様ですら苦戦したと言っておられましたぁあああ。 さぁ、カオル選手この完全固有スキルにどう対向するのかぁあああああ」

 

 

 かなり力の入った解説をするテレーズ。

 しかし、VIPルームにいるマリーの姿を見て、一瞬固まるのであった。

 あとでお仕置きされると思い声が震える。

 そんなテレーズをにっこりとした笑顔を向けるマリー。

 纏うオーラは、かなり歪んでいた。

 

 

「私の命の灯火はもうすぐ消えるかもしれませんが……解説をやめるわけにはいけません!!!! もうやけだこんちくしょおおおおおう!!!」

 

 

 涙目で解説を続けるテレーズ。

 そんなテレーズを観客たちは笑うのであった。

 当の本人は、笑い事で済まされないレベルで、おっかない人から目をつけられているのだ。

 心拍数が異常に上がり、今にも逃げ出したくなるのであった。

 

 

「ええよ、全部のポーンをクイーンでもナイトでもして強化してもかまわへんよ」

「!!?」

 

 

 薫は、清々しい顔でそう言いのける。

 ザルバックは、面白いといった表情で一気に全てのポーンを動かす。

 ハンデか何かかと思う。

 そして、舐めてるのかと思うが、昔同じようなことをされて負けたことがあった。

 それを思い出し、その時のワクワクした感覚が蘇る。

 楽しくて仕方ないといった表情になる。



「俺達を追って来たちゅう事は、ここで完膚無きまで潰せばもう追って来んやろ?」

「完全敗北すれば、追わんよ。多分じゃがなぁ。はっはっは」



 ザルバックの表情を見て、薫は厄介な奴に目をつけられたと思う。

 然し、ザルバックは純粋に強者と戦いたいといった感じだろうとも思う。

 楽しくて仕方ないといった感情が、ひしひしと伝わってくるのだ。

 これは、完全敗北してもまた挑戦しに来る気満々な表情なのだ。

 


「お主もまた、これを完全に粉砕してくるのかのう……楽しみじゃわい。じゃが、こちとてただで負けたりなどせんぞ」

 

 

 ポーンは8体全てがクイーンになり、むちゃくちゃな魔力量を誇っている。

 ほぼ全ての駒が、AランクもしくはSランクに届きそうな魔力量なのだ。

 観客席では、皆がざわつく。

 異常な光景に息を飲む者が大多数なのだ。。

 特に薫に賭けてる者は、なんてことをしてるんだと言わんばかりに罵倒を浴びせる。

 皆、ザルバックの強さを知っているだけに、このような事をしては薫の負けは確実といった感じの雰囲気になっているのだ。

 クイーンになったポーンを元の位置に戻し、再度攻略開始と言った感じで、ザルバックは意気込み全ての駒に指示を与える。

 

 

「さぁ、カオル・ヘルゲン! お主の力を見せてみろ。そして、私を楽しませてくれてよ」

「ああ、完全に粉砕したるわ」



 そう言って、口角を上げニヤリと悪い顔をする。



「ぜ、絶体絶命のピンチを自らに課したカオル選手!!! 完全にアホの子なのかぁあああ!! 四方八方からクイーンが迫る!! 逃げ場もないこの状況、果たしてこの試合ザルバック選手の勝利で決まってしまうのかぁあああああ!!!!!」




 テレーズの全力の実況に、ザルバックに賭けた観客は、勝利を確信し酒で乾杯をしだす。

 倍率4倍という高レートに、ホックホクな表情になるのだ。

 然し、次の瞬間、薫の「あらよっと」の一言で観客は口に含んでいた酒を盛大に吹き出す。

 綺麗な虹がコロシアムの観客席に架かるのだ。

 ズドンと異常な音の後にガシャーンと何かが割れる音がする。

 そして、会場全体がグラグラと地震のように揺れるのだ。



「はぁ??!」



 ザルバックは、目ん玉を丸くし、あんぐりと口を開けている状態で停止する。

 思考が付いていかない。

 この状況が一瞬理解できないのだ。

 キングサハギンの鱗でコーティングされたリングを薫の蹴りが貫いていた。

 その衝撃に、ザルバックの完全固有スキルも強制解除される。

 ザルバックの作り上げた盤上が砕け、駒達は薫を攻撃をする前にガラスのように砕け散り、光の粒子となり消えていった。



「ほい、いっちょあがりっと」



 清々しい表情でそう言う薫。

 テレーズは、ドン引きして声も出ない状況だった。

 マリーは、腹を抱えて笑う。

 物理強化のみで、リングを砕く者など今迄見たことが無い。

 キングサハギンの鱗でコーティングされている為、参加者がリングで暴れても、傷を付ける事はまず無かったのだ。

 そして極め付けが、ザルバックの表情だ。

 あの表情を見たらもう笑が止まらないのだ。



「あははは、なんて愉快な表情で固まっているんだ。私を笑い殺す気か!」

「ま、マリー様笑いすぎですって!」



 ミィシャは、マリーの背中を摩りながらそう言う。

 笑いすぎて「お腹がつった」などと言い始めるのだ。

 ミィシャは、残念な人を見る目でマリーを見る。



「こ、こ、これは前代未聞の出来事です!!! リングを蹴りで木っ端微塵にしてしまったぁあああ! もう訳が分からないですよおおお!!!」




 やっとの事で復活し、実況を始めるテレーズ。

 観客は、未だ呆然と粉々になったリングを見つめるだけだった。




「フハハハハ、まさかこのようなやり方で、儂の完全固有スキルを打ち破るとはなぁ。これと同じやり方で負けたのは2回目じゃよ」




 そう言って、大いに笑うザルバック。

 そして、テレーズに「参った。降参じゃ」と言って負けを宣言するのだ。

 薫は、ザルバックの2回目という言葉に引っかかる。



「2回目ってどうゆうことや?」

「ん? ああ、ちょっと昔に【時の旅団】の団長と戦ったんじゃよ。その時と全く同じやられ方なんじゃ。全くお主も無茶苦茶じゃなぁ」

「ああ、ディアラさんの旦那さんか」

「ほう……ディアラ嬢を知っとるのか?」

「色々と世話になった人やからな」

「なるほどそうであったか。元気にやっとるかな?」

「愚痴ばかりで、毎回退屈言うとったわ」



 薫の言葉を聞き「そうじゃろうな」と言って眉を顰めるのであった。

 ザルバックの表情に、申し訳なさそうな感じを読み取ることができた。



「また、戦いたいものじゃのう。今度は、本気のお主とな」

「お! やっぱり気付かれとったか?」

「分かるわいそのくらい事。何年生きておると思っとるんじゃ」



 そう言いながら、楽しそうに顎に手をあて笑うのだ。



「奴なら谷を作るレベルじゃったが……お主はどうかのう」

「流石にそれはやり過ぎやろ。できなくはないと思うけどな」

「これまた愉快な返答じゃのう。奴は、【イグニスの谷】と呼ばれる谷を作りおったわい。奴が暴れると大概地図の書き換えがあったものじゃ」

「ああ、大丈夫や。そんなことする気は、さらさらないからな。ただ、俺の大切な者に手出したら……そん時は制限とか無く地図上から消し飛ぶんやないかな」



 薫のさらりと言った言葉にザルバックは冷や汗を掻くのであった。

 今のところ薫は、帝国と契約などしていない。

 Eランクはまだ何にも成果を上げてないので、領土や爵位といった報酬で帝国との契約を交わさないからだ。

 そう、薫は完全に野放し状態なのだ。

 ザルバックは、薫の強さをSランクと太鼓判を押せるレベルだ。

 帝国軍師時代なら、今直ぐに契約をし、書類に制約を潜り込ませて魔印を押させていた。

 だが、今は違う。

 こんな面白い者に、枷をはめては自身の楽しみがなくなるのだ。

 ちょっと悪い顔でザルバックは薫達を見逃す。



「おお、そうじゃった。帝国の書類には気をつけるんじゃぞ。あれにはSランクを縛る制約が入っとるからな」

「ん? そんなん俺に教えてええんか?」

「儂の楽しみが減るじゃろうが! 後、次は絶対に一発入れてやるから覚悟しておれよ」



 そう言って、いい顔をしてリングを後にするのであった。

 テレーズは、慌てながらに勝者宣言をする。



「しょ、勝者! カオル・ヘルゲン選手!!! 元帝国軍師のザルバック選手の完全固有スキルを一撃で粉砕するという人外レベルの行動での勝利です!」



 すると、やっと観客達も正気に戻る。

 そして、薫に賭けていた者は叫びながらガッツポーズをしたり、抱き合って喜んでいるのだ。

 倍率3倍での返しだ。

 かなりの金額がまたこの試合で動いたのだ。

 ザルバックに賭けていた者は、酒を吹き出した格好のまま真っ白な灰になっていた。

 全財産を突っ込んでいた者もいるだろう。

 天を仰ぎ、「時間よ戻れ」と言う者まで現れた。

 完全に現実を受け入れられない様子であった。

 薫はアリシアに手を振ると、こちらに大きく手を振り返すのだ。

 ホックホクな笑顔を見るといい感じで稼げたのだろう。

 薫は、リングを後にする。

 待機室に戻ると、お目々を輝かせながら冒険者カードを見せてくる。



「凄いのですよ! 150万リラを越えました!!!」



 お目々がリラマークになるアリシア。

 小さな声で「これで、地域限定ピンクラビィ商品をコンプリート出来るのです。えへへ」と言っていた。

 楽しそうで何よりと思いながら、薫は聞かなかった事にする。



「よかったやないか。次は、俺との戦いやで。勝つ気でおるんか?」

「ふっふっふ。薫様の弱点を知ってるのです! 今回の勝負は私が買っちゃいますからね」



 そう言って、ぺろりと舌を出す。

 またしても小悪魔少女化するアリシア。

 薫は、優勝商品の1日自由に出来る券の効力はでかいと思うのであった。

 そんな事を思っていると、アナウンスが流れる。



「ピンポンパンポーン! 現在リングの修復作業をしております!! 30分後に、昼の部トーナメント決勝戦を行いますので、それまでお待ちくださいね。以上テレーズの報告でしたぁ。ピンポンパンポン!」



 効果音も自身の声で言うテレーズに、薫はクスッと笑うのであった。



「ちょっと時間あるみたいやから、なんかつまめるデザートでも食べるか?」

「食べます! 食べたいです。闘技場の前の広場に、ピンクラビィジェラートがあったのです!」



 そう言って、薫の腕に腕を絡め幸せそうな表情をする。

 これは、デザートも楽しみなのもあるが、決勝で勝った後、何をして貰うかの妄想も表情に混じってるのだろうな思う。

 所々、言葉が溢れ出ている。

 アリシアは「先ずは、あーんをして貰うのですよ。うふふ」などと漏れている。

 薫は、小っ恥ずかしいことを全てされられそうで、危険と脳が警鐘を鳴らすのだ。

 絶対に勝とうと、心に誓うのであった。

読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。

感想の方もちゃんと見させて頂いております。

三日間連続投稿です。

今日で二日目!

明日でラストです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 1対1でどっちも2倍越えって運営側の利益あるのか…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ