アリシア闘技場で大暴れ!
要塞都市と言っても過言ではない城壁が広がっている。
10mは越えようかという分厚い壁が薫達の前に立ちはだかる。
「グランパレスと変わらんレベルやな」
「グランパレスの壁よりも凄く頑丈に出来てますよ薫様! 何かに襲われたりするのでしょうか?」
そんなことを言いながら薫達はトルキアの門へと向かう。
目の前に頑丈で大きな扉がある。
その横に門番が三名ほどいるのだ。
「すまん。中に入りたいんやけど」
「ああ、冒険者の方かな?」
そう言って、笑顔で対応してくれる。
薫は、冒険者カードを出して認証してもらうのだ。
「ここは、闘技場もあるから腕試しも出来るぞ。よかったら行ってみるといい」
「ああ、おおきに」
薫は軽く会釈をして大きな扉を開けてもらう。
地響きと共に、ガラガラと機械音のようなものが聞こえ扉が上にあがる。
中に入ると建物は殆どが石造りであった。
辺りを歩いている者は屈強の戦士といった強者が多い。
見るからにギラギラしているのだ。
アリシアは、そんな光景に少し怯えるのであった。
「薫様何か皆さん殺気立ってる感じがするんですが……」
「そうやな、ぴりぴりしとる感じがするな」
そう言って薫はまずは馬車と馬を預ける為の場所を探す。
門から見える範囲に馬などを預かる預り所を見つけた。
薫は、そこに馬と馬車を預けお金を払う。
「とりあえず、宿屋を決めんことにはこの先動きがとれへんな」
「はい、では宿屋を探しましょう!」
そう言って、薫はアリシアと手を繋ぎ宿屋を探しに向うのであった。
殆ど街の作りは似ている。
中心から放射線状に、内側が高級で外側に行くほど安価なお店になっているといった感じなのだ。
しかし、このトルキアは迷宮がない。
その代わり、街の中心に大きな闘技場があるのだ。
コロッセオに似た作りになっている。
薫は映画でしか見たことがなかったから心踊るのだ。
トルキアは、未開の地を探索する為の拠点として存在している。
そして、この街はなぜか奴隷の館が多い。
怪しいお店というわけではないのだが、未開の地に連れて行く仲間を買うなどが盛んなのかと薫は推測する。
そして、丁度目の前を購入したのであろう奴隷を引き連れ、闊歩する冒険者がいるのだ。
「あの奴隷商人、こいつの価値をわかってねぇなぁ。がっはっはっは! こんな格安でBランク相当の奴隷を売るんだからよぉ」
「そうですね。これで、またもっと奥を探索出来そうです」
「よーし、俺らが一番乗りで迷宮を見つけ出すぞぉ!」
そのような事を言って、薫たちの前を歩いていく。
小さな角を生やし片目を怪我した少女を連れて行くのであった。
薫はその光景を横目に見ながら宿泊区域へと入っていく。
あまり質素なところだと防犯的な面が心配なので、少しお金はかかるが安心を買うという感覚で宿屋を選ぶ。
「薫様あそこなんてどうでしょう」
「ん? 何処や?」
アリシアが指さして言う宿屋を見ると、何か如何わしい宿屋なのではないかという外観なのだ。
色は言わずもがなピンク。
沢山のハートマークの入った看板。
ピンクラビィの絵柄が扉に描かれ寄り添っているのだ。
どこからどう見てもラブホかな? と言った感想しか出てこないのだ。
「アリシアさん? さすがにここはちょっと気がひけるんやけど……」
「何故ですか? 私にはドストライクなのですが。それに広場から近いという事は、かなり人気のあるお店だと思いますよ!」
お目々をキラキラさせるアリシア。
グイグイと押してくる。
確かに広場に近いが、これはちょっと入りづらいというか何故か抵抗を感じてしまう薫なのであった。
アリシアにどうにか違う宿屋に目を向けて欲しいのだが、なかなか思うように行かない。
完全に心を奪われているのだ。
薫は大きな溜息を吐きながら渋々その宿屋に決める。
広場に近いだけに安全面には問題ないかと思うのだ。
薫は満を持して扉を開ける。
中に入ると外の殺伐とした雰囲気が嘘のようにほんわかした感じなのだ。
受付の人も皆ピンクラビィの帽子をかぶり接客しているのだ。
カウンターの上には、ピンクラビィのぬいぐるみも置かれている。
「これは夢でしょうか……」
「いや……悪夢やろ……」
「薫様なんという事を言うのですか! 完全に楽園ではないですか!」
興奮しきったアリシアを止めることはできない。
薫は、もうどうにでもなれといった感じでカウンターへと足を運ぶ。
「いらっしゃいませ。幸福の宿屋へようこそ」
「部屋は空いとるやろうか?」
「はい、ございますよ。今なら、この店限定ピンクラビィのぬいぐるみもついてきますよ」
「薫様、もう泊まるしかありません……いえ……拒否など認めないのです!」
「はいはい、わかったからちょっと待ってな……じゃあ泊まる方向で」
「ありがとうございます。では、何泊されますか?」
「2泊くらいでええか?」
「はい、大丈夫です。これで限定ピンクラビィちゃんをゲットです。えへへ」
最高の笑顔でこちらを見てくる。
やれやれといった感じでアリシアを見る。
薫は、書類に魔印を押して契約しお金を払う。
「はい、ありがとうございます。今ご案内しますか?」
「いや、一度街を見て回りたからあとでお願いするわ」
「わかりました。では、帰られてらお声を掛けて下さいね」
「ああ、一つ聞いてええか?」
「はい、なんでしょう」
「何でここの店はピンクラビィ推しなんや?」
「未開の地の最奥で、妖精の国があったからそれにあやかってこのようなお店になったんですよ 」
薫はそれを聞き、納得するのであった。
疑問を解消できたことで、ちょっとスッキリする薫。
そのまま薫とアリシアは、宿屋を後にする。
「まずは、冒険者ギルドへ行って依頼書を出さんとな」
「あ! 忘れてたのです」
そう言ってアリシアはしゅんとする。
フードの耳もへにょりとなる。
これは本当にどうなってるのか……アリシアの感情と連動しているのか?
薫は、アリシアの頭をぽんぽんと叩き元気づける。
「そんな時もあるってやから気にせんでええよ」
「こ、今度からは舞い上がらないようにします。か、薫様も私が舞い上がってたら止めて下さいね」
「はいはい、そん時は気付かしたるから安心してええよ」
そう言うと、アリシアは元気を取り戻すのだった。
手を繋ぎ薫は、アリシアと一緒に冒険者ギルドへと向う。
そんな二人を影からじっと見る人物がいるのであった。
薫とアリシアは、冒険者ギルドに着く。
建物は4階建ての立派な建物で、レンガを使用している。
所々朱色が濃い部分などがあり、かなり味のある建物なっていた。
中に入ると、かなり賑わっている。
カウンターでは、依頼書の受理などでごった返しているのだ。
少し待つかなと思いながら薫は順番に並ぶ。
アリシアを自分の前に立たせ守る形なのである。
アリシアは終始笑顔で、薫の方をチラチラ見てくるのだ。
何か言いたげで、うずうずしているのが手に取るようにわかる。
ここは放置する事を決め込む。
薫は自分の順番を待つのだ。
10分くらいで薫たちの順番が回ってきた。
「お待たせしました。今日はどのような件ですか?」
「依頼書の受理と、未開の地へ入る為にはどうすればええか聞きたいねん」
「はい、わかりました。では、先に依頼書の確認をしますね」
元気いっぱいにハキハキ喋るカウンターの女性。
薫はアリシアから依頼書を受け取る。
それを受け付けの女性に渡す。
受け付けの女性は、内容を確認して笑顔で受理の印を押す。
「はい、ベジタルボアの討伐依頼はこれで大丈夫ですよ。あとは未開の地の探索ですね。失礼ですが……現在の冒険者ランクは何ですか?」
受け付けの女性は、薫とアリシアに冒険者カードの提出を求めてきた。
薫とアリシアは、普通にカードを出す。
すると眉を下げ、申し訳無さそうな表情になるのだ。
「すいません。このトルキアの未開の地は、冒険者ランクCからでしか入れない場所になってるんです。魔物も強くて、それ以下の冒険者さんでは命の保証ができないので……」
「制限のある場所やったんか……。ダルクさんが言っとったなそういえば」
「ピンクラビィちゃんの楽園にいけないのですか!?」
アリシアはお口を開け、あわあわ言いながらショックを受ける。
エクトプラズマがお口から出そうな勢いなのだ。
そんなアリシアを見て、薫は何かCランクになるための手段がないかを聞く。
「そうですね……。闘技場で全員なぎ倒すことが出来れば、領主様から臨時でCランクに昇格する書類を貰えるかもしれませんが……。相当厳しいですよ?」
受け付けの女性はそのように言うのだ。
危ないし、止めといた方がいいですよと言うのだ。
すると後ろの方で声がする。
しゃがれ声で、かなり耳ざらりに聞こえる。
「さっさとしろよ。寧ろ、Cランク以下の人間がこの街にいること自体間違ってんだよ。可愛い子連れて、かっこつけてんじゃねーよ。見るからに雑魚臭がするぜ」
「Cランク以下とかマジかよ……。迷宮の攻略すら出来て無いのに、トルキア来るとか頭大丈夫かよ。そっちの嬢ちゃんも、こんなバカほっといて、俺らと遊ぼうぜ」
「それも見るからに治療師だろ? 魔力量が少しあるからって調子に乗ってんじゃねのか? 雑魚は引っ込んでろ、そこら辺で小銭でも稼いでろってんだよ。あっはっはっは」
そう言って、周りに聞こえるように大きな声で言うのだ。
すると、それを聞いて笑い出す者まで現れる。
その光景にアリシアは、髪を逆立てながら怒りを露わにする。
然し、その怒りは薫の手によって簡単に崩される。
頬をこねくり回しながら、薫は冒険者全員に向かって笑顔で言い放つのだ。
「こんな連中しかおらへんのんやったら、闘技場で勝ち抜くのも楽そうやわ。アリシア……1つゲーム感覚ので勝負でもしようやないか。アリシアが優勝したら、俺に好きなこと命令してもええよ。俺が優勝したら、アリシアになんかして貰うってのでどうや?」
「にゃんと!」
アリシアは、物凄い良い笑顔でそれを了承する。
尻尾と耳が付いていたなら完全にブンブン振っているに違いない。
然し、先程の薫の言葉に、聞き捨てならないと言った感じでぎらつく冒険者達。
「俺らを雑魚呼ばわりとはいい度胸してるじゃねーか! 冒険者の先輩として教育し直してやる」
「今ここで醜態を晒させてやろうか! あ゛ん!!」
「Bランクの俺らに、勝てるとか言っちゃってるおめでてぇ野郎は潰しがいがありそうだぜ!」
全員が強力な威圧を薫にぶつける。
薫は眉ひとつ動かさず、涼しい顔をしているのだ。
椅子に座り、傍観している数少ないAランクの者が、その光景に不気味さを感じる。
Cランク以下の者は、このくらいの威圧で簡単に意識を刈ることが出来る。
下手すれば失禁して、醜態を晒したりする者もいる。
しかし、薫は全く動じない。
何かがおかしいと思うのだ。
「まぁ、そんな殺気だたんでええやん。この続きは闘技場でつけようやないか。なぁ。冒険者の先輩方」
薫は、不敵な笑みを浮かべる。
完全にその時、制裁を下す気満々なのである。
「おう、いいぜ! 昼から開催されるトーナメント形式に出場して、白黒はっきりさせてやろうじゃねーか! 絶対に参加しろよ! 逃げるなんてことすんじゃねーぞ!」
そう言って冒険者ギルドの扉を勢いよく開け、バンッと大きな音をたて出て行くのであった。
嵐が過ぎ去ったのを確認して、受け付けの女性は薫に声を掛ける。
「あ、危ないのでやめた方がいいですよ! あの人達、最近頭角を表してるコミュニティーの一つ【龍槍の華姫】のメンバーの人です。それにあそこの華姫に目を付けられたら……逃げ場なんてないですよ! 現在Aランクで、もう直ぐSランクに認定されるとまで言われてるんですよ」
「あー、別にかまへんよ。相手にする気ないしな」
「いやいやいや、そんな簡単に言ってますけど本当に危ないんですよ!」
薫の自信はどこから来るのかと思う。
心配をよそに、まったく気にもしていないのだ。
ちょっと呆れながらアリシアの方を見ると、もう優勝して薫に何をして貰おうかニマニマしながら考えてるのだ。
アリシアは、少し妄想が言葉として漏れている。
受け付けの女性は、苦笑いにしかならないのであった。
薫とアリシアは受け付けの女性に軽く挨拶をし、冒険者ギルドでやる事が済んだ為そのまま外へと出るのであった。
冒険者ギルドの奥の席で、必死に笑いを堪えるものがいる。
フードを被り、正体を隠して薫達のことをずっと見ていたのだ。
「いかん……なんと愉快な奴なんじゃ……楽しくなりそうじゃのう。あの娘も……オーランドといい勝負をしそうじゃなぁ。くっくっく、両方とも戦いたいものじゃわい」
そう小さな声で言いながら、その男は昼のトーナメント戦に登録をする為、席を立ち冒険者ギルドを後にするのであった。
薫とアリシアは、街の中心の闘技場へとやってきた。
チケット販売だろうか、大きな声で宣伝している者がいるのだ。
亜人の女の子だ。
尻尾をフリフリしながら、広場にいる人に声を掛けているのだ。
「朝の部、トーナメント決勝戦がもう直ぐ開始されまーす! 今ならチケット1枚300リラで入れますよー。賭けの場合は、チケット代と別途料金が発生しまーす!」
薫は、売り子の言葉に反応する。
「賭けか……。ええ事思いついたで」
「何をするのですか? って、薫様凄く悪い顔されてますよ」
「そんな事あらへんよ。ちょっと試合で自分に賭けたら、小金くらいは稼げるかなって思っただけや」
「勝ち確定の試合にお金を賭けるなんて薫様……悪です……本物の悪なのです!」
「とか言ってるけど、アリシアも笑っとるやん」
「そ、そのような事はないですよ。ちょっとお金を稼げるなら、私もしようかななんて思ってもないですよ」
「アリシア……ポッケに忍ばせている金貨一枚はなんや?」
「!?」
薫の指摘にピクンと反応し、どうしてわかったのですか! っと言わんばかりにこちらを見るのだ。
抜け目のない事を考えていたのは、アリシアも同じかと思うのだった。
「ちゅう事で、互いに試合に入ったらお互いに賭け合うでええな」
「はい、薫様に賭ければ私のお金は勝手に倍々に増えていきますよ!」
そう言って二人は笑うのであった。
段々、アリシアが悪い子に染まってる気がするが気にしないでおこう。
薫とアリシアは、闘技場の入り口に行く。
カウンターがあるので、そこでお昼から開催されるトーナメントに参加登録を済ませるのであった。
「これでええやろ。勝っても負けても恨みっこなしやからな」
「はい、今回はぜっっっったいに負けないのですよ! 薫様に………えへへ」
もう完全にアリシアは、勝った時に何をしてもらうかを妄想しているのであった。
その表情を見て、これは負けられないと思うのだ。
蕩けた表情なだけに、何を命令されるかわかったもんじゃない。
かなり危険と薫の脳が警鐘を鳴らすのだ。
薫は頭を掻きながら、アリシアと手を繋ぎ商業地区へと入って行く。
お昼まで時間がある為、二人は食事をしに行くのだった。
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食事を終え闘技場へと戻った。
受付で、名前を言うと参加料として1000リラ支払う。
二人分で2000リラだ。
「では、中に入り下さい。この闘技場はAクラスの魔術師が結界を張り、領主様のスキルで攻撃の全てを精神攻撃へと変換されます。なので、死んだり怪我などしたりはしないので安心して戦って下さいね。何か質問はありますか?」
そう言ってニッコリと笑うのであった。
「物理攻撃でも全て精神攻撃になるんやな?」
「はい、なりますよ」
「ぞ、属性攻撃もですか?」
「はい、問題ございません」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアは薫に言うのだ。
「全力で行きますよ薫様……」
「俺は半分くらいで行くわ。さすがに全力やとこの闘技場を壊しかねないからなぁ」
そう言って薫は溜め息を吐く。
アリシアはほんの少し悪い顔し、ぺろりと舌を出すのであった。
小悪少女アリシアちゃんがこの闘技場に降臨する。
その後は、注意事項などを詳しく聞いて中へと入る。
突き当りにトーナメント表が貼りだされていた。
32人をAブロック、Bブロックに分ける形になっている。
二人は、それを見ながら自分の名前を探す。
「ありました! 私はAブロックです」
「俺はBブロックやな。当たるとしたら決勝やな」
「薫様に絶対勝ちますからね」
そう言ってお目々に炎を灯す。
アリシアは、回りにいる出場選手の事など全く眼中にないといった感じなのだ。
薫とアリシアの発言に回りの出場者は、一回痛い目に合わせてやると意気込むのであった。
少しするとアリシアが呼ばれる。
「アリシア・ヘルゲンさん、第一回戦を始めますのでこちらに来てください」
「はーい」
物凄くいい返事をするアリシア。
とてとてと可愛らしく走る。
試合会場に出る前に、薫に大きく手を振って行くのである。
「ほんまに……緊張とかしてへんみたいやな」
薫の心配をよそに、ウキウキ気分なのだからしかたがない。
薫は、出入口に立っている男に賭けの申し込みをする。
今持っているお金を全て賭ける。
総額12万リラだ。
ニーグリルでかなり散財してしまったお金を、ここで一気に回復させようとしているのだ。
「ほ、本当にいいのか? 確か、あんたが掛けようとしてる人はEクラスの冒険者だぞ? 完全に負け確定の試合なんだから、無難に相手の選手に賭けることをおすすめするが……」
「ああ、大丈夫や。俺の嫁やからな。やから、それで申し込んどいてくれ」
「親切心なんだが……ショックを受けてもしらねーぞ」
そう言って、男は申し込みをしてきてくれた。
冒険者カードも一緒に持って行かれ、それに賭けた金額と情報が記入されて返ってくる。
「ほら、これで完了だ。ほんとに勿体無いな……12万リラあればこの街でだったらかなり遊んで暮らせる金額なのによぉ。まぐれで勝ったら……まぁ、12倍になるが……」
「ほう……144万リラになるんか……これはまた旨すぎるな」
薫は笑顔でアリシアの試合を見に行くのであった。
真ん中に戦闘が出来るリングが設置されている。
回りを囲むように、観客席が一段高く設定され満員御礼で皆応援しているのだ。
完全に皆賭け目的だ。
自身の冒険者カードを握りしめて祈っている者が殆どだ。
「さて、アリシアはどうなるかなぁ……寧ろ、対戦相手は誰や」
薫は「可哀想になぁ」と思いながら、最初の犠牲はどいつかなと思うのであった。
するとスピーカーから、闘技場全体に聞こえる音量で開会宣言が始まる。
「はーい! 今回もやってまいりましたぁトルキアトーナメントぉおおおお! 昼の部を開催しまぁあああす! まずは私、いつもお馴染み司会のテレーズと申しまああす! では、先に勝利条件の説明をしまーす! 精神ダメージでの気絶もしくは、相手が参ったの宣言で勝利が確定しますよ! 以上!!」
ちょっと派手な衣装で、マイクを持つ亜人の姿が見える。
その姿と声を聞き会場は一気に歓声をあげる。
「皆さん、賭け試合なんですから一気にパーッと使って下さいね―! では、選手の紹介でーす! Aブロック一回戦のカードは、デナン・エイッジ選手! 種族はドワーフ族! 冒険者Bランクで、今乗りに乗ってるぅコミュニティ【龍槍の華姫】のメンバーの一人で、切り込み部隊員だぁーーー! メイン武器は、モーニングスター! どんな相手も一瞬にしてなぎ倒すのが戦闘スタイルぅ! そして、このすさまじい筋肉と魔力を保有しているバランス型だぁーーー!」
紹介が終わるとデナンが姿を現す。
姿を表現すと声援が聞こえてくるのだ。
主に「てめぇに全額賭けてるんだ! 負けなんて許さねぇからなぁ!」と言う声援が殆どだ。
「対してぇえええ。こちらの可愛らしい女の子ぉ! こんなむさ苦しい闘技場に迷い込んでしまったぁあああ! 哀れな小ウサギちゃんだぁ! アリシア・ヘルゲン選手! 種族は人間族! 現在、冒険者に成り立てのEランクでの挑戦だぁあああああ! そして、なんともうこのちっちゃな小ウサギちゃんは結婚しているのでええええす! 羨ましすぎるだろこんちくしょおおおおお! 幸せを分けてくれ―! って、すいません。つい本音が……てへ。はい! 治療師で後衛型! ミラクルが起きなければ、一瞬で決着がついてしまうぞおおこんちくしょう!」
紹介が終わって少しするとアリシアが出てくる。
ピンクラビィのフードがぴょこぴょこと跳ねる。
両手で雪時雨を抱えながらのんびり歩くのだ。
「おいおい、もうこれ勝負は付いてるだろ……なんか可愛そうになってくるな」
「あれは、天使か?! それもピンクラビィ装備とはまた凝ってる衣装だな」
「私、あの子に賭けてるんだよ。12倍よ? 全額賭けてんだからミラクル起こしなさいよ―! 相手に金的入れてでも勝ちなさいよーアリシアちゃ―ん!」
薫は、アリシアの声援に苦笑いになる。
大半はデナンに入っているようだが、大穴としてアリシアに賭けた者も少なからずいるようだ。
そして、アリシアの最初の生贄になるのは、冒険者ギルドで喧嘩を売ってきた奴らの一人だ。
アリシアも気付いているようだ。
対戦相手を見て、一瞬怒りがこみ上げているのが分かる。
纏っている魔力が揺らぐのだ。
「よう、嬢ちゃん。さっきは冒険者ギルドで大口叩いてくれたなぁ。たっぷり可愛がってやるから覚悟しやがれ……グヘヘ」
舌なめずりをするデナン。
見ていて気持ちが悪い。
アリシアの先程のほんわかした雰囲気は消える。
「このリング内での攻撃は、全て精神攻撃に変換されるので心置き無く戦って下さいね! あと、リングもキングサハギンの鱗でコーティングしています。壊れる事はないのでそこも安心してください。では、第一回戦はっじめー!!」
開始の掛け声とともにデナンが、威圧と魔力強化でアリシアにプレッシャーを掛ける。
回りにもその余波が流れる。
空気がピリピリとして、肌で感じ取れるレベルだ。
全く、その威圧に押し潰される事なく立つアリシア。
そして、アリシアは雪時雨を抜き構えた。
アリシアの構えるを見て、デナンは口角を上げ肩を震わせるのだった。
「やべぇ……やベーよ。アリシアちゃん完全にど素人じゃねーか!! 構えもクソもねぇ! それに比べて、流石【龍槍の華姫】のメンバーなだけはあるな……。ちくしょう! アリシアちゃんの容姿でついつい賭けてしまった己をしばきたい!」
「これは、もう駄目だ……俺の1万リラは儚く散ってしまう……」
「マグレでもいいの! 勝ってよアリシアちゃん!」
そんな声が色んな場所から聞こえる。
然し、そんな声は次の瞬間ピタッと消える。
「薫様を馬鹿にした事を……後悔させてあげます……」
金色に光るアリシアの体は神秘的で、その光景に観客は息を飲み言葉を失う。
アリシアは、デナンの魔力強化量を見ながら自身の量を調整し、必ず上回る量を纏う。
一瞬で終わらせるなんて事はしない。
薫に楯突いた事を涙ながら、謝罪させまくると心に誓うのだ。
アリシアの纏う魔力に、先程まで余裕だったデナンは嫌な汗を掻く。
自分より、遥かに格上の存在になったアリシアに舌打ちをしながら眉を顰めるのであった。
「魔力量じゃあ嬢ちゃんの方が上のようだな……。だが、戦いは経験がものをいうんだぜ!」
そう言って、デナンは踏み込みアリシアに突撃する。
一瞬でアリシアの目の前まで移動しながら、体に回転を掛けモーニングスターを振るう。
「!」
遠心力の掛かった鉄球は、空気を切り裂く音を立てながらアリシアに命中した。
然し、アリシアは両手で持った雪時雨で、ガキーンと耳に響く金属音を立てながら鉄球を止まるのだ。
デナンは、目を見開く。
「な、なんとぉおお! アリシア選手ちっちゃな体でデナン選手のモーニングスターの鉄球を止めたああああ! この一撃で、勝敗が決まったと思っていたのは私だけではないはず! この勝負、分からなくなってきましたよぉおお!」
デナンもアリシアが受け切った事に驚くのだった。
直ぐにアリシアから距離を取る。
デナンの予測では場外にぶっ飛ばし、生身にダメージを与えるつもりだった。
それが失敗に終わる。
観客も、目が点になる。
殆どの者は口を開けアホの子状態なのだ。
魔力強化でアリシアも強化して強くなっているが、モーニングスターでの攻撃の際に鉄球が当たる瞬間、デナンの全身に纏う魔力が一瞬で鉄球のみに集中したのだ。
禍々しいオーラを纏っていた鉄球を、アリシアが止めれるわけがない。
然し、結果は綺麗に刀で相殺して止めているのだ。
魔力の流れを見ながら、完全に自身の魔力をコントロールしているとしか思えないのだ。
「おいおい、ちょっとはやるじゃねーか……。まぁ、俺の一撃を止めた事は褒めてやってもいいな。だが、止める度に魔力をガンガン消費していくんだ。そう何度も出来る芸当じゃねーだろ」
「……」
アリシアは、何も言わずにただデナンを睨む。
そんなアリシアにデナンは内心焦る。
今迄、この攻撃で殆どの者は戦意喪失する。
こんなところで、奥の手までさらすなどしたくはない。
Eランクの冒険者に、Bランクの完全固有スキルを使うなどただのイジメでしかないのだ。
然し、使わなければ自分の立場が無い。
勝たなければ、Eランクに負けたというレッテルを貼られるのだ。
デナンが所属しているコミュニティー【龍槍の華姫】で、そんな物を付けたら首が飛びかねないのだ。
そのような思考を巡らせていると、次はアリシアが動く。
「今度はこちらの番です」
雪時雨に魔力を流す。
アリシアは、この刀が自身の魔力を食べてる感覚がするのだ。
先程のモーニングスターを相殺したレベルの魔力を食わせる。
刀から、異常な冷気を垂れ流しながらアリシアはリングに突き立てる。
スッポンジケーキに、ナイフを入れるかのようにスッと突き刺さるのだ。
観客席は、その光景に騒つく。
キングサハギンの鱗でコーティングされたリングではあり得ない事なのだ。
「え!? えええええええ!!! な、なんとアリシア選手リングに刀を差し込んだぁ! あれ? ありえねぇえええええ!!」
実況者も、驚きの声をあげながら実況する。
そして、次の瞬間アリシアを中心にリング一面が氷の世界へと変わる。
ありえない現象のオンパレードに、観客は驚き疲れるのであった。
大きな氷塊が無数に出現する。
そして、細く長い氷の刃が無数に現れアリシアの回りを守るように浮遊する。
「な、なんだこれは……」
「こ、氷の銀世界が突如出現しました! そして、無数の氷の刃が宙を漂っております! アリシア選手の武器は、激レア物の属性武器なのではないかと思われます!」
アリシアは刀から手を離し、回りをキョロキョロしだす。
手を擦り合わせながら、口元に持って行きハァーッと息を吹きかけていた。
「アリシア選手、自身の属性効果を食らっている! 結界のせいで、外気を取り込めていないのかもしれません! 寒さに弱いのか! おっと、ここでアリシア選手アイテムボックスを出した! 何が飛び出る……こ、これはピンクラビィミトンだぁ! 寒かったのでしょう。頬を赤らめ恥ずかしそうに装備しているぞ!」
愛くるしい行動に先程までのピリピリした空気が和らぐ。
「まだまだ、コントロール不足なんですね……よし、準備完了です! では、参ります」
アリシアは雪時雨をリングから抜き取り、デナン目掛けて横一線に刀を全力で振る。
「てりゃぁ!」
斬撃が出来る瞬間に、デナンと同じようにピンポイント超強化を行う。
すると斬撃は、氷の世界を一瞬で破壊し尽くす。
凄まじい風の刃と共に、リングの上でダイアモンドダストを引き起こす。
「クッソ、こんなのあるかよ!」
デナンは、耐えれるかわからないが防御に徹する。
逃げ場など無い上級氷属性攻撃だ。
何もなしで食らえば、一瞬にしてあの世に行けそうなのだ。
デナンは、歯を食いしばり全力で精神を持って行かれないようにする。
一瞬でリング上は、光の反射をしながら悍ましいブリザードで支配される。
「こ、こんなデタラメな試合は見た事がありません! アリシア選手! 本当にEランクなのでしょうか? Aランクに匹敵する属性攻撃を扱うなど聞いた事がありません! そして、結界を張っている魔導師も冷や冷や物のといった表情だぁ! おっとここで、アリシア選手に記入してもらったトーナメント登録用紙が届きました!」
テレーズは、アリシアの書いた用紙に目を通し、笑うのであった。
「質問欄は、殆どがピンクラビィと旦那の名前しか入っておりません! こんなところまで、イチャつき過ぎだ馬鹿野郎! っと言っていたらブリザードが弱まってまいりました! 果たしてデナン選手は……」
幻想的な光景は消え、蹲るデナンの姿が現れる。
観客席では悲痛な叫びと激情した者たちのの声が飛び交うのだ。
「クソが! ま、まだやられてねーよ!」
そう言って、膝立ちまで体を起こす。
完全に満身創痍といった感じで、肩で息をする。
先程のブリザードで、相当なダメージを精神に受けている。
もう出し惜しみなど言ってる場合ではない。
完全なる強者に挑むといった感じだろうか。
体がゾクゾクしてくる。
「俺は、負けれねぇんだ! 次の一撃でお前をぶっ飛ばす! 完全固有スキルーー『一つ目魔人の鉄槌』」
デナンの体から異常なまでの魔力が膨れ上がる。
体に3倍もの魔力の塊が大男のような形に形成される。
「なんと! デナン選手ここで奥の手の完全固有スキルだ!!! 100階層のキングゴーレムをこのスキルで殴り殺したという噂も出ているスキルです! 私も見るのは初めてです! さぁ、アリシア選手はこれにどう立ち向かうのか! 同じく完全固有スキルで対抗するのか?」
テレーズの熱い視線に、アリシアは片手で雪時雨を構える。
そして、テレーズに向かってちょっと申し訳な無さそうな笑顔を作るのだ。
「え、えっと……そのまま受けるそうです……。き、期待してないですよ。すいませんごめんなさい申し訳ないです。まだアリシア選手は、完全固有スキルをものにしてないそうです! さぁ、気を取り直して運命の結果は……」
そう言って、デナンの行動を見守る。
血管が浮き彫りになり、目は赤く充血しているかのような状態なのだ。
デナンは一歩踏み込んだ瞬間、最初の一撃など序の口と言わんばかりの高速移動且つ高火力で、アリシアを殴り飛ばそうとする。
だが、予想を反してアリシアは片手で全て相殺し、尚且つ隙あらばデナンに攻撃を仕掛ける。
しかし、アリシアの攻撃は全て躱される。
単調で型もないのだから仕方がない。
ちょっと眉を顰めて考えたアリシアは、避けれない斬撃を撃てばいいじゃないかという暴論に行き着く。
「えーい!」
そう言いながら十文字の斬撃を、それも全てピンポイント超強化で逃げ場のない網状に繰り出す。
無数の斬撃がデナン目がけ襲いかかる。
「ば、化け物かよ!」
苦虫を噛み潰したような表情になるデナン。
呆気なくアリシアの斬撃に捕まり、追撃の斬撃も全て体にヒットした。
デナンは、膝から崩れ落ちる。
しかし、何とか耐え片膝を突く形で止まる。
呼吸は荒く、今にも倒れそうな状態だ。
そんなデナンに、アリシアはゆっくりと近づく。
目の前に立ちデナンを見下ろす。
「私は、怒ってます! すっごくすっごく怒ってるんです。薫様を馬鹿にした貴方達を……。薫様は笑われるような事などしていません。もしも、次同じような事をしたら……」
アリシアは、一度そこで言葉を止める。
恐る恐るゆっくりとデナンはアリシアを見ると、怒りを露わにしたアリシアの表情がそこにあった。
額から脂汗が滲み出る。
華姫と同等、いやそれ以上の威圧がデナンを襲うのだ。
目を離すことが出来ない。
「私が貴方達をこの世から排除しますから……覚悟して下さいね」
迷いなど無い言葉でアリシアは言うのだ。
その言葉を聞いた瞬間、デナンは意識を保てない程の重圧に晒され意識を失う。
静まり返る会場。
そんな空気を物ともせずアリシアは、1度ぴょんと跳ねる。
「薫様~、勝ちましたぁ〜♪」
そう言いながら、薫に向かって大きく手を振るのだ。
それに薫は答え手を振るのだ。
屈託の無い笑顔で、喜びをこれでもかと表現するアリシア。
実況を忘れていたテレーズは、頬にビンタを2発入れアリシアの勝利宣言をするのであった。
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