トルキアへ向けてしゅっぱ~つ!
あれから3日が経つ。
薫は、相変わらずの魔力欠乏症で頭を悩ませていた。
ジグの術後も全く問題はない。
寧ろ、かなり回復が早かった。
回復魔法の効果もあるのだろう。
リンガードもジグが無理しないように、監視の目を光らせているのもある。
そして、立て直しが終わるまでリンガードは給料などは、最低限生活できる金額でいいといったらしい。
その代わり、研究に角を使わせて欲しいのだとか。
あとで知ったのだが、ジグは夜中こっそり工房に入り武器の制作をしようとしていたところを発見され、縛り上げミノムシ状態にして天井にまた括りつけられていたという。
薫は苦笑いを浮かべながら、懲りないやつだと思うのであった。
アリシアもぼけーっとした表情で、その光景を思い浮かべクスリと笑うのであった。
薫とアリシアは、現在のほほんと日本庭園のようなお店の個室でのんびりと腰を下ろしていた。
「薫様~、のんびりのほほんですよ~」
「あ~、こういう雰囲気もええなぁ」
「お体は大丈夫ですか?」
「ああ、アリシアのおかげで大分楽になったわ」
「で、では……今からきょ、供給を!」
そう言いながら、薫の腕にちょこんと引っ付く。
ここ3日は、アリシアの魔力供給でかなり体調がよくなっている。
アリシアは寝て回復できる限界まで魔力を薫に供給する。
いつも通りゆっくりとキスで供給するのである。
その時のみ小悪魔化が進むアリシア。
変な知恵を付けなければいいがと思う。
「今はええよ。宿屋でゆっくりした時で」
「薫様……恥ずかしいのですね……って、ご、ごめんなさいです! や、やめて下さい縮んでしまいます!」
ドヤ顔で、全く違った方向の言葉を言うアリシアに、薫は笑顔でアリシアの頭をぐりぐりと真下に力を入れながら撫でる。
頑張って逃げようとするアリシアだったが、薫の空いてる片手が脇を襲い力なく薫に捕まるのであった。
「ん? 嫌やったか?」
「そ、そういうわけでは……」
他愛のないスキンシップ的な感じで、薫はアリシアを自身の膝の上にちょこんと乗せる。
アリシアはもじもじとしながら、嬉しそうに体を薫に預ける。
アリシアの髪の毛は、サラサラとしていて甘い花の香がするのだ。
「アリシアええ匂いがするな」
「えへへ、昨日買った物を使ってみました。【フリージルの香水】ですよ」
「この街の特産品の一つやったな。そういえば」
「薫様をメロメロに出来ると思ったのですよ」
「もうなっとるからええやろ? まだ足りんのんか?」
「……」
ボンッと顔を真赤にするアリシア。
まさかそう返ってくるとは思わなかったようだ。
毛先がクルッと天然パーマの掛かるアリシアの髪を、薫は指でくるくると絡めながら意地悪そう表情で言っていたのだ。
それに気づいたアリシアは、頬を膨らませプイッと薫から目線を逸らす。
「あらら、バレてもうたか」
「意地悪ですよ薫様。そうやってからかってばっかりで酷いのです」
薫は、カラカラと笑いながらアリシアの頭を撫でてあげる。
今日は、撫でるだけでは簡単にご機嫌を直さないようだ。
ちょっとずつ知恵をつけてきたか……。
薫は少し違ったアプローチでもしてみるかなと思うのであった。
「アリシア」
「な、なんですか?」
「そういえば、お仕置きまだやったな」
「!?」
アリシアの表情が少し強張る。
薫は終始笑顔なのだ。
嫌な予感しかしない。
この笑顔は、何かまた過酷な事をしてくるに違いないと思うのだ。
「か、薫様、私はもうご機嫌は直ったのです。ですからそのような事は水に流しましょう! そうしましょう」
あたふたと今まで以上に焦るアリシア。
今、薫の機嫌を損ねたら擽りの刑・改など普通に出てきそうなのだ。
半日は再起不能になるあの擽り地獄は食らいたくない。
あまりにも必死なアリシアの行動に、薫は必死で笑いを堪える。
ちょっと可愛い動きになっている。
「か、薫様にはこの特製ピンクラビィ餅を献上します。ですから、ですから……」
どんだけ必死なんだよ。
このお店で出している幸運を呼びこむ桜餅だ。
ピンクラビィの形に整えデコレーションでお目々などを付けているのだ。
それをアリシアは、三つの内一つを薫に差し出しているのだ。
「そんなに擽り地獄を受けたくないんか?」
「……」
汗を掻きながらそっと目を逸らす辺り、かなりのダメージを食らうようだ。
ここ最近は、そのような事はしてないのだがと思う。
かなり前に一度だけあった。
買い物を頼んだら、全く違うというよりもでかいピンクラビィのぬいぐるみを持って帰ってきた時があった。
その時笑顔で「幸運がいっぱいです。私の心もほっくほくなのですよ」と言いながら帰ってきた。
その日の内に刑を執行して、アリシアはベッドに突っ伏したまま動かなくなった。
その日以来アリシアはそのような行動はしなくなった。
「仕方ないなぁ……じゃあ、他の刑にしようか」
その言葉にパァーッと明るくなるアリシア。
しかし、薫の表情を見て直ぐに表情が青くなる。
薫は、アリシアの耳元で今回の刑を言うと、アリシアは頬を真っ赤に染めながら「はい」と小さく頷くのであった。
「わ、……だけ……な、……回……ですか?」
「ああ、そうやな」
「そ、その……や、優しくして下さいね」
恥ずかしいのか途切れ途切れな言葉になっている。
期待した表情で薫を見る。
アリシアの返しに苦笑いになる薫。
別の刑の方が良かったかなと思いながら、アリシアの頬をこねるのであった。
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ファルシスの東の門前。
大変楽しそうな表情をしたザルバックの姿があった。
「カオル・アシヤの居場所がわかっただけで、これほど愉快な気持ちになるとはのう」
そう言いながらザルバックは笑うのであった。
「えっと、ザルバック様、本当にニーグリルへ向かわれるのですか?」
そのように付き添いの兵数人が言ってくる。
ザルバックは、何を当たり前なことを言っているといった表情なのだ。
このファルシスとファルグリッドは、もう完全に安定させブルグとビスタ島の領主に、1つずつ任せてあるのだから何か問題でもあるのか? といった表情なのだ。
「まだ儂に何かしろとでも言うのかな?」
そう言って、兵達を見る。
皆それ以上言うことはなかった。
いつもの暴走と言った感じだった。
薫のニーグリルでの騒動がザルバックの耳に入った。
これは、じっとなどしてなど居られないといった感じで、その日の内に全てをまとめ上げ出発の準備をしてもう門の前にまでいるのだ。
「しかし、阿呆な奴らよのう。正式な罪状でもないのに治療師ギルドの噂に乗っかって捕まえようとするとはなぁ。まぁ、そのおかげで儂にも情報が入ったのだからよしとしよう」
笑いが止まらないといった感じで、ザルバックは真っ赤に染め上がっている馬に乗る。
馬は、血管が皮膚表面に浮き出し脈打つ。
普通の馬とは少し違うようだ。
「こやつなら、3日でニーグリルまで着くであろう。楽しみじゃのう……。ああ、お前達は先に儂の領地に帰っておれ。儂は久しぶりに楽しんでくるからのう」
そう言って、馬を全速力で走らせるのであった。
兵達の言葉などもう耳に入っていないようだった。
呆気に取られた兵達やれやれといった感じでザルバックの領地へと戻るのであった。
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ニーグリル。
薫達の滞在最終日の朝。
薫とアリシアは、のんびりと最後の温泉に浸かりながら堪能するのであった。
「極楽ですよ~」
「これで、この温泉とも当分お別れかぁ……もっと入っとけばよかったなぁ」
二人は、肩まで浸かりリラックスしているのであった。
「薫様、この街はいいですねぇ」
「そうやな、また来たいな」
「今度は、どの季節に来ましょうか」
「春もええとか言っとったし、その頃にまたこの街にでも来るかな」
「その時は……三人になってるかもしれませんよ?」
「………」
薫は、無言でアリシアのおでこを指先でコツンと突く。
アリシアは、舌を出しながら「えへへ」と言いながら薫を見るのであった。
「さて、それじゃあそろそろ出て準備しようか」
「はい、これからピンクラビィちゃんの国へ行くのですから!」
俄然やる気を出すアリシア。
立ち上がり、腕を高らかに天に突き上げる。
屈託のない笑顔がまた可愛かった。
朝日を浴びるアリシアの体は、妙に色っぽく見える。
痩せ細っていたとは思えないほどだ。
今のアリシアは、栄養を体全身に行き渡っていると言ってもいい。
胸も膨らみ、形も綺麗であった。
薫は、立ち上がったアリシアの裸体を見ないようにスッと目線を逸らす。
そんな行動にアリシアは、ニヤリと笑うのであった。
薫は、いそいそと露天風呂から上がる。
薫達は、旅に必要な食料などを買いに行き、その帰りにフェンリル工房に足を運んだ。
薫達が店の前に着くと、ボンっと何かが爆発する音が聞こえてくるのだ。
「相変わらず、この店は騒がしいな」
「そうですね。でも、ちゃんと仕事してるというのはわかりますよね」
そう言いながら薫とアリシアは店へと入る。
するとドアを開けた瞬間、目の前には吊るされたジグの姿があった。
ミノムシ状態である。
器用に縄を外そうと必死にもがいていた。
「「……」」
薫とアリシアは、一瞬言葉を失うのである。
あまりの必死さに引いているといった方がいい。
薫とアリシアに気がついたジグは、目を輝かせながら助けを求めるのであった。
しかし、二人はジグをスルーして中へと入りリンガードの元へ行く。
「リンガードさんどうも」
「おはようございます、リンガードさん」
「ああ、二人共どうしたんだ? あ! 今日か旅立つのは」
「そうやな、今買い出しも終わったし挨拶がてらここに来たんや」
「そうなのですよ」
「本当に世話になった。もうあんな失敗はしねぇ事をここに誓う。ジグと一緒に頑張って行くからよ。見といてくれよ」
「ああ、期待しとくわ」
そう言って三人で笑うのであった。
「ちょっと何いい感じになってるんですかねぇ! 僕をこんな状態のままバイバイなんて酷いじゃないですか!」
そう言いながら、ジグはうねうねと器用に動くのだ。
そんな動きを三人は、笑いながら見るのであった。
「何笑ってるんですか! 助けて下さいよ薫さん! アリシアさん! あー、何皆でピンクラビィのお餅頬張ってるんですか! 僕もた~べ~た~い~」
犬のような唸り声で、今にも噛み付きそうな勢いなのだ。
そんなジグに、薫はお餅をポイと口に放り込む。
もぐもぐと食べると頬が落ちてしまいそうなくらい柔らかい。
そして、甘さは控えめで程よくとろけていく。
「これ……物凄く高いはず……」
「ああ、なんかええ店のおみやげのところに売っとたからアリシアが買ったんや。かなり気に入っとたからな」
そう言いながら薫もお餅を頬張る。
しつこくない甘さが、何個でも食べれてしまうと錯覚してしまう。
「可愛らしくて食べるのを躊躇してしまう出来なのですよ!」
そう言いながら胸を張る。
どんなところに出しても喜ばれる一品であると言った感じなのだ。
「それじゃあ、俺らはこれでおいとまするわ」
「はい、ピンクラビィちゃんの群れが私達を待ってるのですよ」
そう言いながら、ジグの縄を解かずにそのままドアに向うのだ。
「えー! 本当にこのまま帰ってしまうんですか? ちょっと解いていってくださいよ。薫さんどんだけSなんですか! ドSなんですか? ねぇ! ちょっと聞いてますかぁ??」
薫は、笑いながらジグの下へ行き縄を解いてあげる。
「冗談やって、ほんまにこのまま帰るとか思とったんか?」
「帰るきまんまんだったじゃないですか。やだー! それにこのふてぶてしい事この上ない表情に僕は一撃入れてもいいと思うんです!」
頬を膨らませそう言うジグ。
薫は、そんなジグにすまんすまんと言いながら、頭をぐしゃぐしゃと撫でるのであった。
弄ると楽しいなと思いながら薫は笑う。
「また来るから、そん時は中央広場にでも店構えとけよ」
「おっきなお店にしてやるんですからね! その時、絶対薫さんをびっくりさせてやります!」
そう言って、薫は手を放しぽんぽんと軽く頭を叩く。
薫の去り際にジグは深々と頭を下げる。
薫はそんなジグを見て、「約束やで」と言いながら軽く手を振ってお店を出る。
「弄りまくりでした。ちょっとうらやましいと思ってしまいました……」
「はいはい、アリシアもあとでいっぱい弄ったるからなぁー」
ちょっと投げありな感じで言ったのがわかったのか、ジト目でこちらを見てくる。
成長してるのだなと思いながら薫達は馬車へと向うのであった。
薫は、馬車と馬を繋いで乗り込む。
「薫様、トルキアへ出発なのですよー!」
「はいはい、しゅっぱーつ!」
「私達にピンクラビィちゃんの群れが待ってるのですよ―!」
そう言って薫に抱きつきながら言う。
最高の笑顔を見せるアリシアに、薫はやれやれと思う。
馬車を走らせニーグリルを発つのであった。
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それから2日のが過ぎた。
額に皺を寄せ、考えこむように地図とにらめっこしている人がいるのだ。
赤い馬に乗り、自慢の髭を触りながらニーグリルの広場で立ち往生しているのだ。
門番兵に聞いたところカオルはこの街を出たと言われたのだ。
「おいおい、あれ帝国の紋章がついてる馬だぞ」
「マジかよ。じゃあかなりのお偉いさんなんじゃねーか?」
「って、ちょっと待てあれザルバック・ハイドヘルムじゃねーか!」
「え? おいおい、もう引退したはずだろ? なんであんなフル装備でこの街うろついてんだよ」
「しるわけねーだろ。絶対近寄っちゃいけねぇ分類のやつだ」
冒険者や探求者達は揃って同じようなことを口にするのであった。
そんな言葉は、ザルバックには全く入っておらず自由奔放に地図を見ているのだ。
「うーむ。よわったのう。あの者はどちらに向かったのやら……。東の【トルキア】か……それとも北の【ローサル】か……間違えるとかなり遠回りになりそうじゃのう」
そう独り事のように呟きながら地図を見る。
トルキアに行けばある意味行き止まりのようなものと思う。
未開の地が広がっていってまったく解明できていないし、迷宮の入り口さえも何処にあるかわからない状態なのだ。
魔物ばかりが強くなり、何の観光もできないと考える。
となると、このニーグリルから北へ向かった街【ローサル】になるのではないかと思うのだ。
あそこは、酒のうまい街としてかなり有名だ。
カオルなら行くのかもと思うのである。
一瞬、ローサル行きを決めようと思った時、この街でカオルの情報収集をしていなかったことに気が付き、ザルバックは色々と聞いて回るのであった。
こういった行動もまた一興と思いながら話を聞いて行く。
宿屋に商店といったところを虱潰しに聞いていく。
有力な情報はない。
すると、街を歩く探求者達から薫の情報を聞くことが出来た。
「ん? 爺さんカオルって奴の事知りたいのか?」
「ああ、探しとるんじゃよ」
「あー、やめといた方がいいよ。俺、それで罪人の館に一日ぶち込まれたんだよ」
探求者は、そう言いながら苦笑いを浮かべるのである。
そして、もう一人からは武器の宣伝をしていたことを聞く。
これも有力な話だと思い詳しく聞いていく。
すると、フェンリル工房という名前が出てきた。
ザルバックは、ニンマリとよい笑顔を浮かべその探求者に金貨の入った袋をポンと渡すのであった。
貰った探求者は目を大きく開き口をあんぐりと開けるのだ。
中には、金貨10枚が入っていた。
50万リラだ。
ただ、カオルの事を話しただけでこんな大金をポンと渡され少し怖くなるのである。
ザルバックを引き止めようとしたが、最高に楽しそうな顔で「よい情報を貰ったのからのう。これくらいさせてくれ」と言って、そのまま馬に乗り走り去ってしまった。
「いいのかよ……50万リラだぞ……?」
「てか、よくよく見たらあれ……元帝国軍師ザルバックじゃないの?」
「お、俺……爺さん呼ばわりしちゃったんだけど……」
「終始笑顔でお金までくれたんだから多分大丈夫よ」
「俺、明日消されるんじゃね?」
「とりあえず、そのお金でパーッと飲みに行きましょうよ!」
「そうだ、最後の晩餐くらいパーッとしようぜ!」
「俺はまだ死にたくねーよぉ―!!!」
そう言いながら探求者は、青空に向かって叫ぶのであった。
ザルバックは、馬を走らせフェンリル工房に到着する。
ワクワクする気を抑えながら、扉を開くとミノムシ状態の者と目が合う。
ザルバックはきょとんとした表情でジッとその者を見つめるのだ。
「い、いらっしゃいませ。フェンリル工房へようこそ!」
「ああ、店員さんじゃったか。すまんなぁ一瞬何か悪いことをして縛られてるのかと思ったわい」
そう言いながら、器用にうねるジグを観察するのである。
「で……なんでこんな格好をしとるんじゃ?」
「い、色々ありまして……。というか、すいませんちょっと解いてもらっていいですかね?」
「ん? ああ、かまわんよ」
そう言って、ザルバックはジグ縄を解いてあげるとジグは感謝の気持ちを込め深々とおじぎをする。
ザルバックは、構わんよといった感じで手を前にスッと出すだけだった。
「えっと、今日は武器の買い物ですか?」
「いや、買い物ではなくてな……探している人がいるんじゃよ」
「探してる人ですか?」
「そうなんじゃよ」
ちょっと困った感じで眉を垂らしながら言うザルバック。
それを見て、ジグは助けてあげなくてはと言う何か分からないモノが燃え上がるのであった。
「どんな人を探してるんですか?」
「カオルと言う人物を探しているんじゃよ」
「カオル? それは治療師のカオルさんですか?」
「おお、そうじゃよ」
「なら知ってますよ。僕もカオルさんにはお世話になりましたから」
そう話をしていると奥の方から大きな声がするのだ。
「ジグまた何やってんだ! まだ本調子じゃねーんだろ! ってかじっとしてねーから縛り上げてたのに駄目じゃねーか!」
「うわあああ、リンガードさん落ち着いて下さい。お客様ですよ」
ザルバックを盾にするジグ。
これでミノムシは回避できると思う。
サッとザルバックの後に隠れるのであった。
「あー、すいません。えーっと今日はどういった物をお探しで?」
「カオルの事を聞きたいって言ってました」
「ん? どういうことだ?」
リンガードは片眉を上げ、頭の上にクエッションマークを出しながらザルバックを見る。
少し怪しいと思うのだ。
「ああ、自己紹介が遅れましたね。儂は、ザルバック・ハイドヘルムだ。元帝国軍師をやっておった」
「「!!!!?」」
自己紹介に二人は目を丸くする。
オーランドと肩を並べ、元帝国の最強のブレインと言われたザルバックなのだ。
ジグは、白目をむきそうになっている。
「元じゃからな今は只の暇を持て余す爺じゃよ」
「そ、そうでもないと思うんだが……」
「ぼ、僕は死刑ですか? 失礼極まりない態度をとりました……打首ですか??」
「あっはっはっは。そんなことせんよ。儂はただ、カオルという者を探しておるんだ」
「ど、どういった理由でですかねぇ……」
ちょっと引き攣った表情のリンガードに、本当は戦いたいということは伏せて、帝国の王の病気を治してもらうという事を言うとあっさり信じてくれた。
三日前に、カオルはトルキアに向かった事を話してくれる。
「よい情報に感謝するよ」
「いえいえ、王の病を治せるかもしれないのでしたら、これくらいなんて事ないですよ」
そう言って、胸を張るジグ。
ちょっと調子に乗っているのだ。
リンガードは、もう一度縛っておくかと思うのであった。
安静の為仕方ない犠牲だと思うのだ。
そのままザルバックは、店を出てトルキアへと向う準備をする。
荷物をまとめ馬に魔力を供給するのだ。
「さぁ、楽しい楽しい戦いが儂を待っておる! もう少し頑張ってもらうぞい」
「ひっひぃいいいん!」
そう言って、猛スピードでトルキアへと馬を走らせるのであった。
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朝の9時くらいだろうか。
トルキアに向かっている途中、薫達は農村に寄り道していた。
薫は、いつものアロハシャツの上に少し厚手の白衣を着ている。
アリシアは、オレンジ色のワンピースを着ていた。
その上にピンクラビィフード付きの白衣を纏っている。
アリシアは、高原に広がる畑を馬車の中から身を乗り出して見ているのだ。
柵などで回りを囲ってあり、綺麗に列をなして畝の上にいろんな野菜が植えてあるのだ。
かなり広い土地での栽培にかなり見応えのある光景なのだ。
お目々を輝かせながら、アリシアは馬車を降りてその畑へと走る。
「あら、可愛らしいお嬢ちゃんだね」
「おはようございます! いっぱいお野菜があります。とっても美味しそうに成長してるのですよ」
「そりゃそうさ、うちで出来た野菜は世界一だからね」
農作業をする女性がそう言って笑顔を見せる。
年齢は四十代だろうか、肌は小麦色で、額に汗を掻きながら野菜に水をあげているのだ。
少し肌寒い中よく頑張るなと思うアリシア。
そんな思いがわかったのか女性は言うのだ。
「私達が頑張らないと他の街の人達が餓死しちゃうからねぇ。だからこうやって、農作物を作って皆に売って分けてあげてるんだよ」
簡単にアリシアに分かるようにそう言ってくるのだ。
薫は、この地域が農業区域なのだなと思う。
大きな都市に農作物を卸す為の街と言ったらいいだろう。
街のみで全てを賄うことは不可能だ。
肉などは迷宮でドロップするだろうが、それ以外の普通の野菜などはドロップしない。
栽培して市場に流しているんだなと思うのだ。
たまに、冒険者などがこういった農業地域に出る魔物を駆除したりする。
農作物が取れなくなっては死活問題になるからだ。
「ほんまによう熟れとるなぁ」
「うふふ、良い肥料を使ってるんだから当たり前だよ」
「こういった農業をしている人達がいるから、迷宮だったり未開拓地だったり食料を抱えて行けるんやろうな」
「うふふ、あんたはよくわかってるんだね。若いのにねぇ」
「俺なんてまだまだや。治療しかとりえないからなぁ」
そう言って薫は頭を掻くのである。
そうしていると、女性は水撒きが終わったのか畑から出てきた。
「私はベル。この【イズリート村】で農家をしてるんだよ」
「俺は薫や。冒険者で職業は闇医者かな」
「私はアリシアです。よろしくですよ。私は薫様のお嫁さんなんですよ」
「若いのに結婚してたんだねぇ。カオルさんは……やみいしゃ? 聞いたこと無い職業だね」
ベルは薫の職業に、クエッションマークを出しながら首を傾げる。
薫は少し考えて、「治療師の資格が無いから」と言うのであった。
そうすると少し可愛そうな目で見られた。
「苦労してるんだねぇ。若いのに……」
「いろいろとなぁ。嫁もおって大変やねん」
「え゛!? 大変なのですか? 私は迷惑かけてないように思えますよ」
「どうやろうか……。毎日いっぱい食べるしなぁ……」
「そ、そんなに食べてないのですよ! 薫様誤解を招くような言い方はよくないと思います!」
頬を赤くさせ薫の背中をぽこぽこ叩くアリシア。
ちょっとムキになってるところが、また可愛いと思うのだ。
誂うとまた可愛らしい表情をするからやめられない。
薫とアリシアの会話にベルは笑うのであった。
仲睦まじい様子に癒やされるのだ。
「ベルさん、野菜を少し売って欲しいんやけど」
「ええ、いいわよ。何がほしいんだい?」
「スープに適した食材があったら嬉しいんやけど」
「そうねぇ。だったらこのホカホカブとクイーンオニオンがいいよ。じっくりコトコト煮たら甘みが増すんだよ。あと、これからの季節は寒くなるからねぇ。ホカホカブを食べたら体の芯から温まるよ」
「カブと玉ねぎか……色々工夫すれば他にもええ料理に使えそうやな」
「まぁ、調理する人次第だね」
「じゃあ、それを貰えるやろうか」
薫がそう言うと、ベルは採れたてのホカホカブとクイーンオニオンを紙袋一杯に詰めてくれた。
その袋を薫に渡す。
「じゃあ、300リラでいいよ。若いのに結婚して安定してないんだろ? お嫁さんに良い物食べさせてやんな」
そう言ってベルは、サムズアップするのであった。
薫はそれに対して「凄く助かるわ」と言う。
お金を払い薫はアイテムボックスに野菜を入れる。
すると、こちらに走ってくる者が大きな声を上げていた。
「おーい、ベル大変だ! ベジタルボアが出たぞ」
その言葉を聞いたベルは頭を抱える。
薫は、野菜を荒らす魔物かと思うのであった。
「何でこの季節になると来るんだろうね……冒険者にまだ依頼を発注してないのに……」
そう言いながら、地面に立てていた農具の大きなフォークを取り、大きな声を出していた者の下へと走りだすのだ。
薫とアリシアもベルの後を追う。
「こんなに美味しそうに育ってる野菜を荒らす悪い子は、お仕置きが必要なのですよ」
「最近鈍っとるからちょっと運動がてら動いとかんとなぁ」
そんなことを言いながら、二人は戦闘態勢に入る。
ベルの後を付いて行き丘を越えるとそこには、十頭もの大きなイノシシが我が物顔で畑を荒らしていたのだ。
「俺達だけじゃどうしようも出来ない……。あいつらが一旦、腹を満たして山に帰るのを待つしかないだろう……」
「本当に嫌になっちゃうね……これだけ丹精込めて作ったのに……」
そう言ってベルと男性が話しているのだ。
「俺らでよければ、あれ退治してもええよ」
「え? 出来るのかい? ってあんた一応治療師だろ?」
「そこら辺の奴らよりかは使えるくらいの力持っとるつもりやで」
「私も頑張っちゃいますよ!」
薫とアリシアの言葉にきょとんとする二人。
頼みたいが、後衛型の二人でどうするつもりなのだろうと思う。
下手をすれば大怪我は免れない。
「あんた達が怪我したらいけないからいいよ。野菜はまた作ればいいんだしさ」
「そうだぞ。後衛型が、前衛型と同じように動けるわけがないんだから無理はしちゃいかん」
二人は、完全に薫とアリシアを見た目で判断していた。
そしてそのような話をしていたら、こちらに一頭猛スピードで突進してくるベジタルボアがいた。
避ければ、ベルさんの畑が荒らされてしまう。
ベルと男性は、急いでその場から離れる。
「ちょ、ちょっと何やってんだい。そんなところに突っ立ってたらベジタルボアに跳ねられちゃうよ!」
薫とアリシアは、お互い目を遭わせ一瞬で魔力を纏う。
辺りをぴりぴりさせるレベルで自身の体を魔力強化していく。
金色に光る二人の体は、妙に幻想的に見える。
ベルと男性は、ポカーンと口を開けっ放しで薫達を見るのであった。
「ベルさん。こいつは、魔物でええんか?」
薫の言葉に我に返る。
ベルは声が出せず頷くだけで精一杯だった。
猛突進してくるベジタルボア。
薫は、体勢を少し低くして地面を強く蹴る。
土埃が舞いその場から薫の姿が消えるのだ。
瞬間的加速で、突進するベジタルボアの前まで薫は移動する。
そして、そのまま前足を外側に思いっ切り蹴りぬく。
ベジタルボアの足はボキっと鈍い音がし、曲がってはならない方に足が曲がり「ぐぎいいいいいいい」と鳴きながら、勢いよく地面に突っ伏した状態で転がりながらアリシアの方へ向ってくる。
アリシアは、アイテムボックスから雪時雨を取り出し抜く。
刀身は冷気を纏いこの世の物ではないような輝きを見せていた。
「行きます……」
アリシアは真剣な顔でそう言って、体勢を低くして魔力強化をしたまま刀を横一線に振り斬る。
大気を一瞬で凍らせていく刃が肉眼で見える。
異常な大気現象とともにベジタルボアへと斬撃が飛んで行く。
そのままベジタルボアを一撃で斬り裂き後方へと刃は貫通した。
ベジタルボアは、凍りつく間もなく一瞬で光の粒子に変換されてしまった。
変換された場所には、ボトンと上質な肉の塊がドロップした。
「やっりましたぁ♪」
そう言ってぴょんぴょん跳ねるアリシア。
ピンクラビィフードもそれに連動して跳ねるのだ。
そんな様子を見ながら、薫は自身に向かってくるベジタルボアを回し蹴りで処理していく。
蹴り飛ばされたベジタルボアは、巨体にもかかわらず宙を水平移動しながら光の粒子へと変換されていくのだ。
畑に被害の出ないように薫はガンガンぶっ飛ばしていく。
そんな様子をあんぐりとした表情でベルと男性は見るのであった。
数分後には、十頭のベジタルボアは全て討伐されていた。
「アリシア、いい感じになってきたな」
「えへへ、コントロールも段々わかってきたのですよ」
薫は、アリシアの頭を優しく撫でながら言う。
アリシアは薫にべったりとひっつき喉を鳴らすのであった。
「あんた達凄く強かったんだね……」
「俺もたまげたよ……。一応、あの魔物はCランクの魔物なんだぞ。それを一撃で倒すってのはかなり凄いことなんだが……」
そう言って、ちょっと呆れた感じで言うのだ。
「ええ運動になったわ。ん? おっちゃんちょっと怪我しとるやん」
「ん? ああ、さっきベルのところに行く前に軽く体当たりを食らってなぁ」
「治療したるから傷口見せてみ」
「薫様、私が治療したいです! 成果を見せる時なのです」
そう言って高らかに挙手をする。
ピンクラビィのフードも何故かそれに連動して、ぴょこぴょこと動く。
どういう構造になってるのだろうと薫は思う。
薫は、アリシアに治療を任せることにした。
「では、治療していきますね」
「ああ、頼むよ。村ではあまりいい治療師が居なくてねぇ」
「おまかせくださいなのですよ!」
男性は、傷口を見せる。
脇腹に打撲と擦り傷があるくらいだった。
アリシアは、一呼吸おいて魔力を込める。
「回復魔法――『軽傷回復』」
ホワっと傷口に青白い光を放つ。
すると一瞬で傷は治っていた。
薫は、初級魔法で中級魔法並みの回復効果を出したのだろうなと思う。
アリシアはなんとか初級魔法のみ、そのようなコントロールが出来るようになっていた。
ドヤ顔で腰に手を当て薫を見てくる。
とても弄りたくなる顔だ。
直ちにほっぺをこねくり回したい衝動にかられてしまう。
今はその衝動を抑え、薫はアリシアを褒めるのだった。
「アリシア、うまくなったなぁ」
「えへへ、ちゃんと出来ましたよ」
もっと褒めてもいいんですよ的な表情をしている。
相変わらず目を輝かせながら見てくる。
仕方ないので、頬をゆっくりこねてあげた。
柔らかく弾力がある。
ずっと触っていたくなる触り心地なのだ。
「かおりゅしゃま、それはちがうとぉおみょいます」
薫は、笑顔でアリシアの言う事をスルーする。
衝動は我慢するものではないなと思うのであった。
そんな二人を見て、ベル達は詰め寄って来る。
「ちょ、ちょっと、本当に薫さん達は治療師の資格がないの?」
「ないのですよ。私も持ってませんし、薫様から教わっただけですよ」
「こりゃたまげたなぁ……。それだけで俺らの街の治療師よりかはるかに上ときたもんだ」
「色々あんねん。あんまり深く聞かない方がええと思うで」
薫は、そう言ってアリシアの手を引く。
そして、思い出したかのように薫はベル達に言うのだ。
「まだベジタルボアがいるんなら、依頼を街に伝えるけどどないする?」
薫がそう言うとベルは、男性に頼んで直ぐに依頼書を持ってくるのであった。
「じゃあ、お願いするね」
「任されました! 必ず、トルキアの冒険者ギルドに伝えますね」
アリシアは、書類を預かりアイテムボックスへとしまう。
そして馬車に乗って出発するのであった。
「ベルさんがんばって下さいねぇ~!」
アリシアは、大きく手を降ってお別れを言うのであった。
のんびりと薫は馬車を走らせる。
「薫様、今日は私が料理をしますよ」
「ん? じゃあ任せようかな。ベジタルボアの肉も何個か回収したしな」
「そのまま焼いても美味しいのでしょうか?」
「どうやろうな……。ちょっと楽しみでもあるな。あと3日くらいで着く予定やからその分の食料もあるしな」
「のんびりほんわかな旅になりそうですねぇ」
二人は、笑いながらトルキアを目指すのであった。
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22日から三日間連続投稿します。
では~




