ジグの思い
アーランド大工房の研究室。
部屋の中は真っ暗で、嫌な汗を掻きながら頭を抱える。
ここに篭ってどれくらいの時間が経ったのだろう。
ジグのあの表情と声が頭からはなれない。
嫉妬、妬みといった自身の黒い部分が、これほどまでとは思わなかった。
自分を慕ってくれていたジグに、あのような事をするとは思いもしなかった。
「俺はなんてことを……」
そう言って座り込んでいるのであった。
すると、扉の方からノックをする音が聞こえる。
リンガードは、その音を無視するかのように耳をふさぐ。
するとノックする音が止む。
リンガードは、ほんの少しほっとするのであった。
だが、次の瞬間メキメキっという金属がねじ曲がる異常な音とともに扉が開く。
「どうもー、リンガードさんの研究室はここやろうか?」
「……」
そう言って力技で入ってくる。
普通の人間ができるような行動ではない。
この扉は、研究で爆発など発生する可能性があった為、かなり分厚い構造になっている。
かなりの魔力強化をしなければ開かないはずだ。
リンガードは、白衣を着た男を見て恐怖するのだ。
目つきは悪く、異常なほどのオーラを体に纏っている。
髪の毛は白髪で、オールバックにしているのだ。
「あんたがリンガードさんでええんかな?」
口をパクパクさせながら薫を見るのであった。
扉から差し込む光でリンガードの表情が見える。
かなり動揺している様子だ。
薫は一息吐き言う。
「あんたがジグをあんな風にしたんやんな?」
「!?」
声のトーンを低くし、ドスのきいた声でそう言う。
その言葉に青ざめる。
薫の表情は怒りに満ちている。
その表情を見て、ジグはもう死んでしまったのかと思う。
勝手に脳がそう処理をして、どんどん自分を追い詰めていく。
そしたら急に体の力が抜け崩れていく。
自分は、犯罪を犯した。
罪人だ。
もう研究も何もかも全てを失ってしまう。
いや、最初からそんなモノなんて、なかったのかもしれないと思うのであった。
リンガードは、だんだん生気を失い出す。
呼吸も肩でしていた。
「じ、ジグは……もう……」
掠れた声で言えたのはそこまでだった。
段々焦点が合わなくなる。
過呼吸らしき症状も出てきた。
薫は、溜息を吐き頭を掻く。
少しいじめ過ぎたかなと思うのだ。
しかし、このくらいやらないと煮えくり返った心を鎮めることが出来なかった。
そしてジグには申し訳ないが、少しだけ薫はリンガードと話をしようと思っていたのだ。
「ジグならもう大丈夫や。ちゃんと生きとるし、安静にしとけば回復する」
「!?」
リンガードは、驚き目を丸くさせる。
嘘を言っているのではないかと疑いたくなるのだ。
それもそのはず、ジグには助かるかわからないくらいの暴行を行っているからだ。
「ほ、本当に生きてるのか? 嘘ではないよな……」
そう言って薫を掴む。
泣きながら聞いてくるのだ。
ここまで追い詰めてしまった手前、いつもなら簡単にあしらうのだがそうはせずに言葉を紡いだ。
「あんたが受けとったプレッシャーとかは、何となくわかるがそれでもあんな行動を起こすとかどうかと思うで」
最初に釘を差す。
へらへらとしたいつもの薫はいない。
ジグは、研究のミスを言いに行ったのにもかかわらず会おうともしなかった。
それにジグから聞いた話の中で約束もあったという。
それをリンガードに伝えると、リンガードは俯いた。
肩を震わせ涙が流れる。
「研究ってのは、0から解明していくんやろ? 諦めずに研究するように言ったんやろ? ジグは結果を出したで。まぁ、工房員はその過程で全てを投げ出してジグだけになったけどな」
リンガードは薫の言葉に驚く。
まさか、工房員がジグ一人になっていただなんて知らなかったのだ。
たしかに、フェンリル工房に行った時ジグ一人しか居なかった。
開店の前から人集りが出来ていたが工房員の出入りはジグのみだった。
胸が苦しくなる。
自分との約束を守り、研究をそれでも続けていたのかと思うのだ。
片や、自分はこのような待遇で研究が進まないのに苛立ち、ジグが研究を成功させたことを妬んだ。
なんと不甲斐ない自分に言葉も出なくなるのであった。
「ええ大人がそんなんやったら示しがつんやろ。あんただけで責任を取れるとでも思っとるんか? あんたが今雇われとるこのアーランド大工房にも、迷惑を掛けとるのんを分かっとるんか?」
ぐうの音も出ない。
リンガードは、薫の話を聞くだけになっていた。
反論は認めない。
出た瞬間に薫は言葉で瞬殺する。
「とりあえず、俺はジグがあんたと話したいって言うから、今回はあんたを連れに来たんや。やけど、少し話してみん事にはあんたがどんな人なのかよう分からへんからな。ジグの話やと人情あるいい奴にしか思えんかった」
「……」
薫の言葉を聞き、もうどうしていいかわからなくなる。
あんな事をしても、まだジグは自分を慕っているのかと思うのだ。
「お、俺はどうしたらいいんだ……」
「それを決めるんはジグや。俺やったら、即罪人の館に放り込むけどジグはそんな事せえへんやろ。寧ろ、あんたが一番ジグの事分かっとるんやないんか?」
ジグの破天荒な振る舞い。
今まで無茶はやってきたが、皆が躊躇するような事を先陣をきってやっていた。
失敗しても笑って「次出来ますよ」などと言うのだ。
嘘が下手で直ぐに顔に出る。
そのくせ泣き虫で直ぐに自分を頼ってくる。
そんな人間だ。
「俺は、ジグに償えるんだろうか……」
「やり直す気あるんやったらやればええやん。その気がないならとっとと罪人の館にでも行けばええし。まぁ、ジグのあの口ぶりなら罪人の館は却下されるやろうけどな」
「ど、どういう事だ?」
「はぁ……、あんたの様子が違ってるってさ。今までと天と地の差でもあったんやないか? 話を聞こう思っとったけど、なんかもうあんたの顔は後悔しかしてへんやん。やからもうええわ。後はジグに任せるわ」
「……」
「じゃあ、ジグ達を待たしとるからさっさとフェンリル工房に行くで」
「え?」
薫はそう言ってリンガードを引きずりながら研究室を出る。
リンガードは、終始「自分で歩くから引きずらないでくれ」と言うが、薫は聞こえないふりをしてそのままフェンリル工房に向うのであった。
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フェンリル工房の従業員室。
仮眠などを取る小さな部屋だ。
そこに、ジグは寝かされていた。
アリシアとセリアは、落ち着いた呼吸で眠っているジグを見ながら話をしていた。
「セリアさんは、アーランド大工房の責任者さんだったんですね。知りませんでした」
「ええ、聞かれなかったので名前しか言わなかったねぇ」
そう言って笑うのであった。
アリシアは、雪時雨を作って貰うきっかけを作ってもらったお店だという事を言うのであった。
「ああ、炎刀・桜花がきっかけかい?」
「はい、ピンクラビィのようなピンク色にうっとりしてしまいました」
ちょっと興奮気味に言うアリシアを、可愛らしいと思うセリアなのであった。
そして、セリアもまたあれだけは少し特別な印象を受けている。
リンガードの作品で、唯一特殊な花びらのような火の粉を発生させる作品なのだ。
かなり凝った物で、武器その物の形は至って普通。
中身が異常なのだ。
特殊な素材を使って何度も失敗して作り上げた代物だ。
始めは、武器その物のディテールもかなり細かく彼特有の業物を作り上げていたのだが、あまりの失敗の多さに、まずは使える物からと言った感じで作り上げたものが炎刀・桜花なのだ。
「私もあの刀だけは少し興味を惹かれたね。だけど、あとはさっぱりだったね」
そう言ってちょっと残念そうな表情をするセリア。
そんな表情をしているセリアに、アリシアは雪時雨を見せるのであった。
「あの刀という物を見て、私はこれを作って貰う事が出来たんですよ」
「え?!」
雪時雨を見たセリアは絶句する。
「こ、これ、使い物にならない刀じゃないか」
そう言ってアリシアを見るのだ。
それもそのはず、鍛冶職人のスキルで武器鑑定がある。
簡単にだが、武器の性能を見ることが出来るのだ。
セリアの目の前にこの雪時雨の性能が表示される。
【氷刀・雪時雨】
・武器ランク、Sランク
・属性、氷属性
・製作者、ジグ・インステリア
氷獣フェンリルの牙から精製された匠の一本。
氷属性ならば最上級まで操ることが出来る。
初級の属性攻撃でもかなりの魔力を必要とする。
普通の人間にはとても扱うことの出来ないもの。
半端な能力でこれを使えば、己を一瞬で凍りつかせる妖刀にもなる。
「こ、これ、試し切りなんてしたら……アリシアさんが命を落とすわ」
「ふぇ?」
お目々を点にして首を傾げるアホの子アリシア。
セリアは頭を抱える。
この子は、もう試し切りをしているということが分かる。
そんなのなかったですよ? と言わんばかりの無垢な表情なのだ。
とするなら、これを扱える能力の持ち主ということになる。
もう一人居た薫という男の人もそうだ。
あの空間に異次元の扉を出現させるレベルの治療師だ。
見ているだけで体がきしむレベルの魔力の塊。
Sランク武器には、かなりの制限がかかる。
作ることはできるが、扱える者が皆無なのだ。
それ相応の身体能力もそうだが、魔力量もかなりの者でなければ自身に死を招くだけの代物になる。
だから、鍛冶屋はその武器を作らない。
作ったとしても破棄するか、帝国に献上品として送るくらいでしか作ったりなどしない。
「あなた達って何者なんだろうねぇ」
ほんの少し聞きたいという気持ちがこみ上げてくる。
自身の最高傑作を扱うことが出来る。
この世界に数少ない人物かもしれないと思うからだ。
ロマンをぶち込んだこの雪時雨が羨ましくて仕方ないのであった。
武器は、使って貰える事に意味がある。
飾られるだけの代物を作るのなんて楽しくもクソもないのだ。
そんな時だった。
フェンリル工房の扉が開く。
入るなり大きな声で「帰ったでぇ~」と言うのであった。
その声を聞きアリシアは、脱兎のごとく薫のいる扉の前まで行き飛びつくのであった。
「お帰りなさいです」
薫に抱きつき顔を埋める。
そんなに時間は経ってないはずなのだがと思いながら、引っ付くアリシアの頭を撫でる。
喉を鳴らしながら嬉しそうに頬を擦りつける。
マーキングされてる気分になる薫。
そのままアリシアが引っ付いたまま、何事もなかったかのようにリンガードを店内に入れる。
「ほい、一名様ごあんなーい」
「この方がリンガードさんですか?」
「ええ、あってるわよ」
そう言って、腕を組みながら店に出てくるセリアが答えてくれた。
バツの悪そうな表情になるリンガード。
アリシアをひょいっと剥がしながら、薫はさっさとジグのところへ行けと言わんばかりにリンガードの背中を押す。
リンガードは、本当にジグが生きているのかと思い重い体を引きずるような感覚で従業員室へと向う。
扉を開けると仮眠ベッドの上にジグが寝ている。
規則正しい呼吸とだらしなく開いた口から、ヨダレが垂れているのである。
何やら楽しい夢でも見ているかのような表情なのだ。
「よ、よかった……。本当に……良かった……」
そう言って、リンガードは泣き崩れるのであった。
生きていた。
夢ではない。
もう助からない位のダメージを食らわせていただけに、安堵した拍子に涙が決壊するのであった。
涙が止まらない。
研究室の時とは違った。
自身の気持ちだけではどうしようもないくらい溢れてくるのであった。
そんな泣声にジグは目を覚ます。
ベッドに突っ伏するリンガードの姿を見て、夢かなぁと思いながらリンガードの頭を触る。
夢見心地で、拙い声で喋るジグ。
「リンガードさん……泣き虫だぁー」
「う、うるせぇー! これはヨダレだ馬鹿野郎!」
「僕がそう言った時、……リンガードさん器用なやつだなって言ってましたよね……。えへへ」
屈託のない笑顔でそう言うジグ。
「ジグ……すまない。俺はお前に……取り返しの付かない事をしちまった」
「いい……ですよ。リンガードさんは……悪い夢でも見てたんですよ。僕の知ってるリンガードさんは、僕をちゃんと叱ってくれる……大好きな親方みたいな人ですから」
「ジグ……」
「ほら、今のリンガードさんは……僕の知ってるリンガードさんですよ。よかった……あの時嘘をついて……改ざんなんて……僕が出来るわけ無いですし。えへへ。元のリンガードさんに戻ってくれました」
ジグの言葉にリンガードの胸がギュッと締め付けられる。
そう、ジグがそんな事を故意にするわけがない。
わかっていたのにこのような結末を自身で招いてしまった。
「本当にすまねぇ……。俺はジグに合わせる顔がねぇ……。やっちまった事の罪は消えねぇんだ……。だから、罪人の館へ放り込んでくれ」
リンガードは、そう言って項垂れるのである。
「もう……謝らなくたっていいですよ。合わせる顔無いとか……もう会ってますよ。うーん、罪ですか……元のリンガードさんに戻ったんで……無しでお願いします。ここからは僕の願望ですけど……一緒に……このフェンリル工房でまた武器とか作りたいなぁ」
そう言ってジグは、ニヘラぁっと笑うのだ。
そう言った後、ジグは夢の中へと誘われていった。
「ジグ……」
そう言って鼻水を垂らしながらリンガードはジグを見るのであった。
また大きく口を開け、だらしなくヨダレを垂らす。
足で掛け布団を蹴りやりたい放題状態だ。
「これは、夢と現実がごっちゃになっとるパターンやな。普段のジグならこんな本音を軽々言う事は絶対出来へん……」
「そ、そのようですね。明日また話をした方がいいかもしれません」
薫とアリシアは、ジグは夢だろうと思って思いっ切り本心で話しているのが分かる。
アーランド大工房に行ってしまったリンガードを、フェンリル工房に帰ってきて貰うことなど普通はできない相談だ。
薫は、「まぁ、いいかな」といった感じでカラカラと笑うのであった。
その後は、リンガードがジグの様態を見ると自らが志願した。
セリアも一緒のようだ。
薫は、ジグの心電図や他にも様々な医療魔法を掛けている為何かあればすぐ駆けつけれる。
それに、下手なことなどもうしないだろう。
今もジグの手をしっかり握っている姿を見て、薫は了承するのであった。
ジグは気持ちもちゃんと伝えたし、薫的にはちょっとしこりの残る結果だった。
まぁ、明日になればジグは驚くだろうなと思いながら、フェンリル工房をあとにするのであった。
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翡翠館の一室。
薫は、魔力欠乏症のバッドステータスに頭を悩ませていた。
リラクゼーションチェアに体を預ける。
横でアリシアは心配そうに薫を見ているのだ。
そんなアリシアに薫はそっと手を伸ばし頬を撫でる。
目を細め「きゅ~」っとピンクラビィの真似をしながら、気持ちよさそうにしているのである。
可愛い奴め。
「薫様の撫で方は世界一なのですよ」
「そりゃどうも」
「そういえば、ジグさんはどのような病気だったのですか? 異空間手術室を使うほどの重傷だったのですよね?」
興味のある事にはこのように聞いてくる。
薫は忘れていたお仕置きを思い出すのであった。
あとで、執行でもするかなと思いながら答える。
「今回のはちょっと違うケースやな。まぁ、普通なら魔物からとんでもない打撃とかを食らうと、ああなるかもしれんなぁ」
「迷宮熱や私の病気みたいなのではないという事ですか?」
「根本的に違うな。アリシアの病気は、生まれつきだったりするしな。ジグの今回のはリンガードの暴行でああなった」
「な、なるほどです」
可愛らしく顎に手を当て考えるアリシア。
頬をつねって遊びたくなる表情だ。
「どこがどうなったのですか?」
「そうやな……ここの内蔵が破裂したんや」
そう言って薫はアリシアのお腹の肝臓部分をツンと突く。
ピクンと反応し笑いをこらえるアリシア。
ちょっと面白い。
「は、破裂したのですか! だ、大丈夫なのですか??」
「それを治すのには手術しかなかったからな……。今回の手術でよくわかったこともある。俺の中ではかなり収穫があったな」
「お、教えてください薫様!」
貪欲な目で薫の上に馬乗りになるアリシア。
肩を持って揺さぶるのはやめて頂きたい。
脳が揺れて気分が最悪になってくる。
「わかった。教えるから気分悪くなるから揺するんやめてくれ……」
「あわわわ、ご、ごめんなさいです」
そう言ってアリシアは大きく一呼吸して少し落ち着く。
馬乗りのままなのはデフォですか?
「とりあえず、今回体力とかの面も考慮して回復魔法の最上級を使ったんや」
「!?」
「ん? ああ、アリシアには言ってなかったっけな。一応、俺は全回復魔法使えんで」
「………?」
アホな子アリシア再来である。
脳がついて来てない。
中級魔法の広範囲型までしか、アリシアと旅をしていて使ってなかったからである。
アリシアは、段々脳が追い付いてくる。
そして、頬を膨らましプイっといった感じで不貞腐れるのである。
要約すると、薫と同じ回復魔法まで使えると思い込んで物凄く喜んでいた。
しかし、薫は最上級の回復魔法それも全てが使えるのだとか、アリシアは「聞いてないです! 私にその事を教えてくれませんでした」と言った感じなのだろう。
分かりやすくぷっくりと頬を膨らましているからついつい突く。
ぷしゅーっと息が抜けジトッとした目線を浴びるのだ。
「ちゃんと教えたるからそんな可愛い顔しちゃアカンって」
「そ、そういう言い方は卑怯ですよ薫様……」
「あ、でも適性とかありそうやし。もしかしたらアリシア使えんかもしれへんな」
「ふにゃー、やっぱり薫様は意地悪なのですよ~!」
ぽこぽこと薫の胸を叩くアリシア。
全く痛くないが、半べそ掻きながら叩くその姿は、ちょっと愛くるしいものがあった。
ちょっといじめすぎたかななどと思って、頭を撫でて落ち着かせる。
「ちゃんと覚えれるように魔導書作ったるから。やから今は我慢してほしいんやけど」
「ぜ、絶対ですよ。嘘ついたらビンクラビィちゃん買ってもらいますからね!」
「それなら、ビスタ島行って生け捕りしたほうが早そうやな」
「薫様それはそれでアウトな気がします……」
薫は、笑いながらかなり話が脱線したなと思うのであった。
それからは、話を戻しアリシアに説明していく。
回復魔法の限界点。
外傷などはほとんど回復する。
整形外科の手術より回復魔法の方が今のところ上である事。
内傷は、骨折や腱などの回復はできる事。
あとは皮膚の復元だ。
エクリクス情報では、失明や腕などの切断された者の回復が出来ると言っていたが、実際に試したことがないのでなんとも言えない。
そうポンポンそのような患者は居ないのだ。
そして、今回の問題は内蔵破裂などでHPに毒のような感じで、じわじわと削られるということだ。
内出血でショックを起こせば、即死亡するレベルのダメージを負うのだろうと感じた。
回復魔法で延命はできるだろうが、根本を治さなければ死しかない。
大抵の人は、防具なり強化なりしているので今回のような事は起こり難い。
町の住民もそうだ。
魔物と遭遇する確率が殆ど無い。
なんらかの事件に巻き込まれなければだがと思うのだ。
「薫様は凄いのです。私も薫様みたいに患者さんを助けたいです!」
「いっぱい勉強しような。でないとどんな病気かもわからへんからな」
「み、みっちり勉強します! 大丈夫です」
可愛らしい顔でこちらを見る。
ちょっと近くないですかねぇアリシアさん?
ああ、これ来ますね……。
「薫様……魔力のお裾分けです」
そう言って、キスをする。
金色に輝くアリシアの体が妙に神秘的に見える。
胸を押し付け、手を首に絡めてくる。
手慣れたものですね。
おお、怖いです。
スッと離れた唇は艶やかで、月明かりに照らされたアリシアの表情はほんの少し小悪魔に見えた。
角と尻尾をつければ小悪魔少女アリシアちゃんの完成であった。
これは今直ぐに退治しなければ……。
「毎度言っとるけど、それで魔力を供給せんでもええんやないか?」
「こ、この方がや、やりやすいのですよ! そ、それ以外だと一瞬で終わっちゃうから嫌なのですって……あ!」
簡単にボロの出るアリシア。
まぁ、いいかと思いながらオロオロするアリシアを引き寄せゆっくりと味わった。
薫から強引にされるとガッチガチに緊張するアリシア。
自分のペースがあるのだろう。
そんな初々しいアリシアを堪能する。
お仕置きの事も考えながらゆっくりと時が流れていくのであった。
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翌日、薫とアリシアはフェンリル工房に来ていた。
朝起きて、ジグの慌てっぷりに薫は笑うのであった。
昨日の出来事が夢ではなかったことを理解できてない。
「な、なんでリンガードさんいるんですか!」
「昨日、ここに来て色々話しただろ?……覚えてねぇのか?」
「……あ゛!?」
その言葉にようやく昨日の出来事が夢でなかったことを理解した。
恥ずかしそうに布団を被り頭を抱える。
全て本心を言ってしまった手前、どう接していいのかわからないのであった。
「そ、そのよぉ、ジグが俺を許せねぇんだったら、罪人の館へぶち込んでもいいんだが……」
「い、嫌です。絶対嫌です! それだったら僕と一緒に働いて下さい!」
布団から首を出し、横にブンブンと振りながら言う。
これは、ジグの中で決定事項のようだ
「そんなわけで、あんたはジグと一緒にフェンリル工房を立て直すことが罪の償いと思えばええんやないか?」
「でも……いいのか? 俺は、ジグにその……」
「何度も言わせん方がええんやないか?」
「……」
「セリアさんはどうなん? ジグはああ言っとるけど」
「私はそれで構わないよ。うちで起こした不祥事ですからねぇ。それ相応の対応をしないとうちの評判も地に落ちますからねぇ」
そう言って、ちょっと悪い顔をしているのであった。
リンガードは、フェンリル工房の方がいい物が作れる。
アーランド大工房では、自身の本領を発揮できない場であるからだ。
それを分かっているからそう言うのである。
手離したくはないがと言う雰囲気はよく伝わってくる。
そして、工房員不足のフェンリル工房にはリンガードは必要不可欠なのだ。
ジグ一人では、もう回らないくらいの依頼が来ている。
「だ、だめかな? リンガードさん?」
「わ、わかったよ! それで償えるなら安いもんだ! 俺を好きなように使えばいいだろうが!」
そう言って、腕を組みそっぽを向く。
ジグは、その言葉を聞いてパァーッと明るくなるのであった。
「それじゃあ、リンガードさんは研究室の物を何時でもいいから回収しとくんだよ」
「セリアさん本当にすまねぇ……。あんたにも迷惑かけちまった。本当にすまねぇ」
「いいよ。これから私の驚くような代物を作って貰えばねぇ。こっちも腕の張り合いが出来るってもんだからねぇ」
そう言ってセリアは、いい笑顔をするのであった。
リンガードは、深々と頭を下げる。
今まで研究に出資してくれたのに、恩を仇で返すことになってしまったからだ。
セリアは、全然気にしてないといった具合に手を振って、フェンリル工房を後にするのであった。
「そんじゃあ、精算の儀と行こうか……」
「「え゛?!」」
薫の言葉にジグとリンガードは変な声が出る。
薫は最高の笑顔で二人を見る。
「今回の治療費なんやけどな……どないしてほしい?」
悪魔がそこにいると思うのであった。
二人は青ざめる。
どんな要求をされるのだろうかと思うのだ。
「まぁ、治療費は俺の武器を作るって事でどうや? ああ、今直ぐってわけやないから安心していいで」
その言葉にホッと胸を撫で下ろす二人。
即破産してしまいそうな金額を請求されると思ったからだ。
「ど、どんな武器を作るんだ?」
「ま、まさか……アリシアさんと同じレベルの物を作ってくれって言うんじゃないですよね??」
「じ、ジグお前何作ったんだよ!」
「え? Sランク武器を一本ですね……ロマンをぶち込んでもいいと言われたので……」
「し、死人出したらどうするんだよ! お前ってやつは、俺が居ねぇっと歯止めが効かねぇのか!」
そう言って話をしているのだ。
「大丈夫ですよ。凄く扱いやすい武器でしたよ? ちょっと魔力制御は難しいですけど」
「「え゛?!」」
Sランク武器を試し切りしたのかと二人は驚く。
セリアの時と同じだなと思うアリシアなのである。
ジグは、アリシアに渡した氷刀・雪時雨の性能を知っている。
しかしアリシアは氷属性の適性はある。
魔力量に関しては聞いていなかったので驚くのだ。
華奢な体であの武器の能力を使ったのかと思う。
「嬢ちゃん、ほんとうに大丈夫なのか?」
「??」
心配そうに見つめるリンガードに首を傾げて見るアリシア。
なんとも面白い光景なんだろうかと思いながら三人のやり取りを見る。
薫は、性能も『解析』で最初に見ている。
寧ろ、扱えないような物やアリシアに危害を加える代物を使わせるわけがないのだ。
こっそりと調べ問題ないと思っている。
知らないジグとリンガードは、呆気にとられるのである。
「嬢ちゃんは、どんだけ魔力量を持ってんだよ……」
「アリシアさん……もしかして凄い魔力の持ち主なんですか??」
「ちょっと出来る子です!」
そう言って胸を張る。
薫は、アリシアの頭を掴みぐりぐりと撫でる。
アリシアは、「ちぢむ~」と言いながら涙目になるのであった。
あまり、これ以上下手な事を言わない方がいい。
何を頼まれるかわかったものではないからだ。
「話が逸れたが、そうやなSランク武器を一つで今回の治療費は免除でええよ」
「そ、素材とか無いですよ?」
「それなら大丈夫や。これから、ちょっと色々旅するからそのついでに素材は集めるしな」
「つ、ついでで、神獣クラスの素材集めるとかどんな旅なんですかねぇ……」
「で? 受けるんか? 受けへんのんか? どっちや」
「う、受けますよ! お金もう薫さんに渡してこの工房もうお金殆ど残ってないですもん」
「じ、ジグお前何買ったんだよ! かなり蓄えはあったはずだぞ」
「角の購入で……50万リラ使っちゃいました。えへ」
「な、何gで買ったんだよ……」
「えーと、約15kgです」
「はぁ!!!?」
リンガードは目を見開くのであった。
まるまる一頭分の角を50万リラで買ったなどありえないと思うのだ。
それだけあれば、どれほど研究ができるかわからないのだ。
詳しく聞きたいが、今は薫の交渉が先だと思いグッと堪えるリンガード。
「そしたら、この契約書に魔印を押してくれ。それで成立や」
薫が書いた契約書だ。
ジグは内容を確認して魔力を込め魔印を押す。
「はい、まいどあり~。次来る時が楽しみやわ」
「ほ、本当に有難うございます。薫さんのおかげです! 色々お世話になりました」
「かまへんよ。もう数日は、この街に居るからジグの体調も見ながら、問題なければこの街を発つわ」
そう言うと少し寂しそうな顔をするジグ。
しかし、今はリンガードがいる。
そんな表情をしたら失礼に値する。
「か、薫さんはこれからどちらに行かれるんですか?」
「んー、一応このまま東に進もうと思うとるけど」
「東って事は、【トルキア】に行くんですね。あそこは未開の地の入り口ですね」
「ほう……未開の地か。ダルクさん行きたがりそうやな」
「ですね。爵位とか無ければ有無も言わずに行ってるのではないでしょうか」
二人は、ちょっと楽しげに話しをする。
「【トルキア】は、闘技場もあるんですよ。未開の地に行くにはやっぱり強い仲間を集めるのが基本みたいです。だから、闘技場で強さを披露してスカウトして貰う方もいるそうです」
「金も稼げるんか?」
「勿論ですよ。あそこの領主はマリー・フェグリアという方で、強い人を求めて暇潰しに闘技場を作ったって話です」
「まぁ、領主になって安定させたら暇やろうな」
そう言って薫は頷く。
初めは、爵位を貰って嬉しく思うだろうが、後々自身の自由が効かなくなる可能性が高い。
マリーと言う領主もそうだろう。
年数を重ねれば重ねる程、愛着もわき手放せなくなることもあるのかなと思うのだ。
「そんで? 未開の地の情報とかは入らへんのんか?」
「えっと、最奥地にて妖精と精霊の国があるそうです。迷宮が見つかってなくて、辺りはカオスな状況と聞いてます。妖精達は、何か不思議な力に護られているようで魔物からの害は無いようです」
「そ、それは本当なのですか!」
身を乗り出して聞くアリシアにたじろぐ。
妖精という言葉にものすごい反応を示すのだ。
後半の話は全く入ってない様子。
「ピンクラビィの群れに会えるやもしれません……ゴクリ」
「ん? ピンクラビィってラビィ族やろ? 獣に分類されるんやないんか?」
「え? ラビィ族は妖精の分類にはいるんですよ薫様」
薫は『解析』で調べたが、妖精に分類されるなどとは思ってもみなかった。
これは是が非でも行きたいと言うに違いないと思うのであった。
「薫様〜薫様〜」
甘い声と上目遣いで見てくるのだ。
服の裾を軽く摘みちょんちょんと引っ張る。
またしても小悪魔少女アリシアちゃん降臨かと思う。
「はいはい、じゃあトルキア回って妖精の国にでも寄ってくか」
「いやいやいや、薫さんの発言おかしいですよ! ちょっとそこの露店で、ラビィ饅買ってくるような言い方で未開の地を切り開こうとしてるんですか!?」
「ピンクラビィちゃんの群れにダイブしたいです。もふゅもふゅのほわっほわにしたいのです」
「あ、アリシアさんもなに危ない事考えてるんですか! 未開の地の魔物の強さを知らないのですか?」
「まぁ、危なそうなら引き返すしええやろ」
「ですです」
本気で旅行感覚の会話なのだ。
ツッコミに疲れたジグはぐにゃりと椅子に座る。
「と、取り敢えず無茶だけはしないで下さい。あとパーティにもう一人仲間に入れる事をお勧めします。後衛型二人パーティとか偏り過ぎにも程がありますよ。前衛型かバランス型を一人入れて、調整した方がいいと思います」
「おう、忠告感謝するわ。ジグあんまり無理すんなよ。次再発しても治さへんからな」
「は、はい。完治するまで安静にしときますよ」
目が泳いでいる。
尋常ではない汗を掻きながら目をそらすのだ。
「リンガードさん、こいつそこら辺に縛っといてくれ。やらかす気満々や」
「わ、わかった」
ジグはミノムシ状にロープで縛り上げ吊るされるのであった。
「酷いです! あんまりじゃないですか! 僕が何したって言うんですか!!」
「思いっきり目を泳がせながら、大丈夫言われた身になってみ。こうでもせんと心配で帰れへんわ」
やだーっと言う感じでぶらぶら器用に揺れるジグ。
何気に面白い光景になっていた。
薫は、リンガードに後のことは任せる。
ジグの薬も渡してその日は帰る。
店を出ても、ジグの喧しい声が聞こえてくるのであった。
読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。
感想の方もちゃんと見させて頂いております。
次回も投稿から一週間以内に投稿目指して書いていきます。
では~




