ジグの手術
フェンリル工房。
薫達が帰ったあと、ジグは早速注文を受けた武器を作る準備をしていた。
お客さんから預かった武器に、一つずつ名前とどのようにするかと属性を書く。
そんな作業をしているとお店のドアが開く。
見覚えのある姿。
ジグの元師匠でもあるリンガードの姿だった。
リンガードは店内を見渡す。
平凡な武器もちらほらある。
これはジグが研究に回った為、他の者が作った作品だろう。
一際目立つところに飾られた、ジグの作ったライボルトガンに目が行く。
相変わらずリンガードと同じような感性で作られている。
造形とアクセントをつける為の装飾。
独特で、他ではあまり見ない作りだ。
完全にリンガードの技術を受け継ぎ、ジグの感性も入り混じった作品になっている。
「リンガードさん! 帰って来てくれたんですか!!?」
「……」
そんなわけないのはわかっている。
でも、辞めてからかなりの月日が経っている。
その間、一度たりともフェンリル工房には来なかった。
アーラルド大工房で日夜研究をしていると思っていたのだ。
残されたジグは約束を守る為、この店をどうにかしようと自転車操業でなんとか切り盛りしながら研究も続けた。
そして、材料に困ったジグは無謀な手段に出た。
そのおかげもあり、角を大量に手に入れる事が出来た。
「そ、そうだ! 聞いて下さいリンガードさん! 僕ついに属性武器を完璧に作れるようになったんですよ。工房員は僕一人になっちゃいましたけど、物凄く頑張ったんですよ」
聞いて欲しい、褒めて欲しい、研究を続けてきた成果を見て欲しいと言った感じであった。
上手くできた時にリンガードは、「がっはっはっは、やりゃあ出来るじゃねーか」と豪快に笑いながらジグの頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。
今のリンガードは、眉間に皺を寄せ黙って聞いているだけだった。
「……満足か?」
「え??」
「俺を越えて満足か! 横から手柄を掻っ攫って満足か! こんなに俺が苦しんでいるのに……」
リンガードの怒鳴り声でジグは固まってしまう。
今まで、一度も見た事がないくらい怒りに満ちた表情をしていたからだ。
「ジグ、お前この研究資料の数字をいじっただろ?」
そう言って、リンガードは資料をジグの目の前に出す。
身に覚えがある。
改ざんしたわけではない。
あの時は、三日間寝ずに研究をしていた。
リンガードと一緒に研究できる最後日だった。
二人共、目の下に隈を作り満身創痍の状態であった。
その時に誤った数字を書いていた。
普段からそのようなミスはあった。
その度に、リンガードのげんこつがジグの頭に飛来していた。
そのミスに気付いたジグは、アーラルド大工房に行っていたリンガードを訪ねていた。
「僕は、言いに行きましたよ……。リンガードさん……僕と会おうともしてくれなくて……。約束も……あるし」
「なんだ? 俺が悪いって言いてーのか?」
ジグの言葉に憎悪のような感情が湧き上がる。
精神的にも一杯一杯なリンガードはその衝動を抑えられなかった。
その表情を見てジグは悲しくなるのであった。
ジグの知るリンガードはいなかった。
もう後がないといったそんな感じがする。
この小さな工房で、皆で笑いながらやっていた頃には戻れないのかと思う。
そしてジグは自分のせいで、リンガードがこんなにも苦しんでいたのかと思うと胸がギュッと痛くなった。
自身も苦しみ踠いて、ようやく今日を迎えられた。
リンガードはアーラルド大工房に行って、研究に没頭できる環境を手に入れこのような状態にはなってないと思っていた。
どうしたらリンガードの苦しみを解放出来るのか、今自分に出来る事はなんなのかと思うのだ。
そしてジグは、小さく深呼吸し決心した目でリンガードを見る。
「り、リンガードさん……ごめんなさい。僕が改ざんしました。自分の功績にしようと思ってワザと数値を変えました」
「!!!!?」
表情が見えないように深々と頭を下げる。
表情を見られればすぐ嘘だとバレる。
そうすれば、もっとリンガードは傷つくと思った。
ずっと一緒にやってきたリンガードなら尚更だ。
全て自分のせいにすれば、リンガードの立場も救われるのではないかと思う。
研究と鍛冶以外、何の取り柄もないジグはこのような答えしか浮かんでこないのであった。
もっとよい方法だってあるはずだ。
だが、こんな事しか浮かばない自分を恥じるのだった。
「歯食い縛れ……」
「……」
リンガードはそう言う。
ジグは一瞬意識を失いそうな衝撃を受ける。
腹部に強烈な一撃を食らったからだ。
体はくの字になり、そのまま力なく倒れた。
ドワーフの力は人間の3倍と言われている。
普通の人間のジグからしたらひとたまりもない。
ましてや、魔力強化すらできない。
腹部がズンと痛み、心臓が異常な速さで脈打つのがわかる。
目の前が歪みぼやける。
涙のせいだろうか。
顔はくしゃくしゃに歪み、痛みで涙がこぼれ落ちるのだった。
しかし、ジグは良かったと思う。
これで、顔を見られても嘘がバレないと思うのだ。
体は言う事を聞かず、麻痺しているような感じがした。
「お前は……俺を舐めてるのか! 折角……色々教えてやった事を仇で返しやがって!」
そう言って、ジグの腹部に強烈な蹴りを何度も食らわせる。
ジグは蹴られるたびに呼吸が一瞬詰まる。
次の瞬間、ジグは血を吐くのであった。
咳き込みながら苦しそうにする。
周りに飛び散った血は、なんとも言えない臭いを放つ。
ジグは抵抗も何もせずに延々と「ごめんなさい」と言い続ける。
リンガードは肩で息をしながら、ジグの吐き出した血を見て我にかえる。
ジグの顔を見て、なんて事をしてしまったんだと思う。
こんな事をしに来たのではない。
自身の負の感情に飲み込まれ、勢いでやってしまった。
止める事が出来なかった。
気が付けば、生きているのが不思議なくらいの暴行をしていたのだ。
もうジグの目に生気が殆どない。
呼吸も浅くなっていた。
零れ落ちる涙は止まる事はない。
そして、普通なら意識を保てない程のダメージを受けているのに、唇を震わせながら「ごめんなさい」とまだ言い続ける。
リンガードは青ざめる。
取り返しのつかない事をした。
今から治療師を呼んでも、ジグは死ぬと思うのだ。
そう思った時であった。
「リンガードさん……貴方何をしているんだい……」
背後に立つセリア。
自分の名前を呼ばれるまで、全く気がつかなかった。
気が動転していて、扉が開く音すら耳に入ってこない。
視界がぐにゃりと歪む。
次の瞬間、リンガードは走って逃げていた。
何処に逃げてるのかもわからない。
何故あの場から逃げ出したのかもわからない。
目を瞑ると、あの弱りきったジグの顔と「ごめんなさい」と言い続ける声が延々と聞こえてくるのであった。
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フェンリル工房に取り残されたセリア。
ジグの変わり果てた姿を見て表情が歪む。
辺りに漂う血の匂いに吐き気がするのであった。
焦点の合ってないジグは、セリアを見て「ごめんなさい」と言う。
リンガードと勘違いをしているのだと思う。
ジグはどんどん衰弱していく。
治療師でもないセリアですらわかる重傷だった。
一刻も早く治療師に見せないと、命を落とす危険性がある。
然し、ここから治療院までかなり距離がある。
考えてる暇はないと即行動に移す。
「は、早く、治療師を……」
そう言ってセリアは店を出る。
人々が流れる中を走りながら、大声で叫ぶのであった。
「誰か治療師の方はいないか!!!」
必死に声をあげて治療師を探す。
治療院に向かうまでに見つかればいいと考えての行動だ。
肌寒い中、額から汗が流れる。
息を切らせながら、セリアは走りながら声を出す。
リンガードが殺人者になって欲しくない。
そんな気持ちも心に抱いていた。
大きく息を吸い声を出そうとした瞬間、誰かに肩を掴まれる。
「どないしたんや? 治療師探しとるみたいやけど」
「怪我人ですか?」
セリアの表情が一気に明るくなる。
白衣を纏った男と女の二人組。
薫とアリシアだ。
どこからどう見ても治療師の格好なのだ。
二人共、手にクレープを持ち頰張りながら言うのであった。
「助けて下さい。ひどい怪我をした人がいるんだ。このまま放っておいたら死んでしまう」
薫はそれを聞き、残りのクレープを一気に食べ場所を聞くのであった。
セリアの表情からかなり深刻な状態だとわかる。
「フェンリル工房です……」
薫は目を見開く。
ついさっき別れたばかりのジグに何かあったと思うのだ。
研究で事故でも起こしたのかと思う。
薫は一度深呼吸をして、アリシアに先に行くと言う。
嫌な予感がする。
薫のこういう勘は、嫌という程よく当たるのだ。
アリシアには、セリアから色々情報を聞き出しといてくれと耳打ちするのだ。
そう言った後、薫は驚くべきスピードでフェンリル工房を目指す。
「早過ぎですよ……薫様」
アリシアは、ほえ〜っと言った感じで口を開けて言うのであった。
セリアも薫の身のこなしに驚愕していた。
「え、えっと、あなたのお名前は? 私は、アリシア・ヘルゲンです。先程、先に行かれたのがカオル・ヘルゲンで私の夫です。私達は治療師ですので安心してくださいね」
説明のいらない部分を少し強調して言う。
最高の笑顔で自己紹介するのだ。
「え? あ、ああ、私はセリア・アーラルドだ」
アリシアは、どこかで聞いた事のある名前だなと思う。
若干首を傾げる。
考えても思い出せないので、早々に思考は停止させた。
薫に報告すれば万事解決と思うのであった。
興味のない事に関して、これ程までに脳が動かないのかと思うのであった。
「薫様が先に行って、状況を確認してると思います。私達も行きましょう」
「わかった」
アリシア達もフェンリル工房に急ぐのであった。
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フェンリル工房に着いた薫は目を疑った。
つい先程まで元気に手を振っていたジグは、変わり果てた姿で横たわっている。
薫の姿を見てジグは「ごめんなさい」と言い続けているのだ。
薫は腸が煮え繰り返る。
武器の製作でこのようになったんじゃない。
明らかに人の手で暴行されてこのようのなった事がわかる。
このような事をした奴を、今直ぐにでもぶっ飛ばしたくなるのであった。
然し、今は助けることが先決だ。
燃え滾る苛立ちを一瞬にして抑え込む。
そして、薫は右手を前に翳し言う。
何の躊躇もなく魔力を注ぎ込み、手術に必要な設備をイメージする。
「ジグ……絶対に死なせへんからな! 固有スキル……『異空間手術室』」
金色のオーラが発生し、空間がねじ曲がり稲妻がほとばしる。
バキバキと異質な音を立て、手術室が薫の目の前に現れるのであった。
薫は、ジグをそっと抱き抱え中に入っていった。
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アリシア達が着いた時、薫とジグの姿は無かった。
禍々しく揺れる金色のオーラを放つ入り口だけがそこにある。
不自然極まりないその入り口の上に、手術中という赤いランプが点灯しているだけなのだ。
「二人は……?」
セリアは多分その扉の中だろうとは思うが、聞かずにはいられない。
強力な魔力の塊としか思えないこの入り口。
明らかに空間に関与しているのだ。
今まで、見た事もない光景に息を飲むのであった。
「現在治療中のようです。終わるまで待つしかありません」
アリシアは真剣な顔でそう言う。
薫が異空間手術を使ったという事は、普通の治療師には治せないほどの重傷と見るのだ。
自身もあの中に入りたかったと思う。
少しでも薫に近づきたい。
不謹慎だと思う気持ちもあるが、アリシアは助けられる人を自身の力で増やしたいと思う気持ちが強く出たのであった。
「助かるのか? あのような状態では……」
セリアは、ジグの変わり果てた姿を思い出してしまい顔色が悪くなる。
かなり衝撃的で鮮明に覚えていた。
リンガードの姿も相まって精神的にきつくなる。
「薫様がこれを出したという事は、助けれるから出したんだと思います……」
今は、アリシアの言葉を信じて待つしかないのであった。
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手術室の中。
薫はジグをそっと手術台に乗せる。
そして、早急に『診断』『解析』『CT検査』をかける。
結果が出た。
【肝外傷(内臓破裂)、Ⅲa型単純型深在性損傷】
・原因、剣などによる腹部刺創などの穿通性外傷や、打撃、高所からの落下、重量物の下敷きなどの鈍的外傷により容易に損傷する。
・症状、腹腔内出血をしてショック状態に陥る。
そのばあい心停止する可能性がある。
・肝外傷の分類、Ⅰ型 被膜下損傷、Ⅱ型 表在性損傷、Ⅲ型 深在性損傷と分かれる。
Ⅰ型は、腹腔内出血を伴わないもの言う。
Ⅰa(被膜下血腫)、Ⅰb(中心性破裂)の二つに分類される。
Ⅱ型は、損傷の深さが3cm以内の損傷を言う。
Ⅲ型は、3cm以上の深部に達している損傷を言う。
Ⅲa(単純型)、Ⅲb(複雑型)に分類される。
Ⅲa型単純型深在性損傷までいくと治すことは出来ない。
【ジグ・インステリア】
・種族、人間
・職種、鍛冶屋
・LV12
・HP 8/250
・MP 50/50
そして、CT画像がステータス画面に表示される。
「やっぱ、相当なダメージを食らっとったか……」
薫は、そっとジグに手を翳して連続で回復魔法を唱える。
「回復魔法――『完全治癒』」
「回復魔法――『HP完全回復』」
「回復魔法――『体力完全回復《アポロンの光》』
「回復魔法――『体力定期大回復《アポロンの加護》』」
最上級回復魔法のオンパレードだ。
手術に体力が持たなかったらいけないと思ったから、やれるだけの最上級魔法を使う。
回復魔法でHPや打撲など目に見えるものは回復できた。
然し、内臓破裂が原因でHPが徐々に減少していく。
これを治さない限り、死へのカウントダウンは止まらない。
そのまま、薫はジグを着替えさせて自身も準備をする。
準備が整い、薫はジグに麻酔をかける準備をする。
「ジグ聞こえるか?」
薫の声に反応する。
しかし、内臓破裂でのダメージが深刻なのかまだ朦朧としている。
外傷は無い。
寧ろ過剰なくらいのレベルの魔法を使っている。
「あ……れ? カオ…ルさん?」
「喋らんでええよ。今から治療するからな。このまま放っておいたら死んでまう」
薫の言葉に驚く。
しかし、まったく不安にはならなかった。
薫の真剣な表情を見て、全て任せようと思うのであった。
ジグは、弱々しくこくんと頷く。
「今から麻酔をかける。少ししたら眠くなると思う。起きたら全てが終わっとるからええ夢でも見とけよ」
そう言って笑うのだ。
ジグはゆっくりと頷く。
「医療魔法――『心電図・ベクトル1』」
「医療魔法――『血圧計・ベクトル1』」
薫は、ステータス画面にジグの心電図と血圧計を表示させる。
ピッ……ピッ……っと脈を打つ音がする。
かなり弱り切っている。
薫は、ジグの体に触れる。
「医療魔法――『全身麻酔・ベクトル1』」
ほわっと青白い光がジグの体全体に纏う。
ゆっくりと薬が全身に回っていくのだ。
薫は、そのまま医療魔法をかけていく。
「医療魔法――『酸素マスク・ベクトル1』」
ジグの口元に薄く蒼い膜が張られる。
医療魔法で非脱分極性の筋弛緩薬(筋を完全に麻痺させる薬)投与し様子を見る。
薫は、ジグに呼名反応と睫毛反射の消失を確認する。
「医療魔法――『人工呼吸器・ベクトル1』」
ジグの口が開き気道が確保される。
光のチューブみたいなものがジグの口の中に流れていく。
光のチューブは、どんどん喉の奥へと進んでいく。
気管に挿管されるとそこで止まり、薫のステータス画面に呼吸炭酸ガスモニターでCO2が呼出されているかを確認する。
そして、光のチューブが分裂して麻酔回路を作る。
医療魔法の全身麻酔とこの麻酔回路が連動する。
薫は、吸入酸素濃度と吸入麻酔薬濃度を調整し、人工呼吸を開始させる。
適正な換気が行われてるかを確認する。
最大気道内圧、一回換気量、患者の胸郭の動き、呼気炭酸ガスモニター全てを薫は確認するのである。
最後に、瞳孔を観察してメパッチ(角膜保護用テープ)をはる。
殆ど時間がかからなかった。
手慣れた手つきでやってのける。
医療魔法のおかげもあり、大幅な時間短縮が出来るのだ。
麻酔を調整して、薫は手術に入る。
「さぁ、始めようか……いつも通りや。気合入れて行こうか!」
そう言って薫は、電気メスを持つ。
開腹手術をしていく。
上腹部正中切開をし、上から下へ13cmほどメスを入れる。
切開凝固する為、殆ど血が出ることがない。
そのまま皮膚切開して皮下組織剥離を行う。
淡々と正確に無駄のない動きでジグのお腹を開いていく。
麻酔調整もメスを入れる時に上げたりする。
皮膚切開の刺激は、手術刺激の中で最も強い分類に属する。
麻酔深度を調整しながら、患者が生じる変化に対応し予測しながら絶えず調整を行う。
薫は、手術を進めていく。
腹膜切開をし腹腔内へと辿り着く。
「Ⅲa型単純型深在性損傷って出とったが……かなり深いな」
そう言って薫は肝臓を見る。
3.7cmくらいといった感じだ。
薫は、どう治療するかを即座に決める。
迷う事はない。
長く手術することで、ジグに負担がかかる。
回復させ、元気にまた鍛冶屋が出来るようにする。
その為だけの最善の選択をしていく。
薫は、肝門部遮断法をしていく。
血管遮断鉗子を用い、肝門部で肝動脈、門脈、総胆管を一時的に遮断する。
薫は、出血を止め手術補助を使いそのまま裂けた部分を肝縫合術をしていく。
縫合術には、結節縫合またはマットレス縫合によって止血をする。
今回は、結節縫合を使う。
肝の損傷が深部まで及んでいる為、肝臓針などの大きな鈍針を使用する。
損傷部を死腔を残さないように大きく縫合を行って止血する。
薫は、小さな針を器用に操る。
止血していられる時間が限られる。
一度止めてから、20分から30分の間だ。
それ以上止血し続けると肝臓が肝壊死してしまう。
過ぎてしまいそうなら、一度止血しているのを開放してからまた止血する。
それを注意しながら薫は縫合していく。
針を肝臓に対して直角に刺し、針の湾曲に沿って丸く包み込むように針を動かす。
そして、肝臓から直角に抜き損傷部分を縫い合わせる。
少しテンションをかけると、ピッタリと引っ付くのである。
薫は、かなり密に同じように縫合していく。
みるみる損傷部分は綺麗縫合される。
薫は、瞬き一つせず尋常ではない集中力で正確に機械のように手を動かしていく。
時間を気にしながら、薫は縫合を終わらせる。
『解析』を掛け、縫合部分より深部の肝動静脈や門脈からの出血がないかを確認する。
ある場合は、それを改善しなければならない。
肝内血腫や肝膿瘍を合併したり、縫合部近傍肝組織の壊死を来たすことがあるからだ。
結果は無し。
問題ないとでた。
薫は、一安心して手術を終わらせにはいる。
開腹したところを1つずつ縫い合わせていく。
そして、麻酔を止めて覚醒させに入るのであった。
麻酔深度を調整する。
メパッチを外す。
覚醒時に中等度以上の疼痛が予測されるときがある。
薫は、覚醒前に鎮痛薬を投与する。
人工呼吸の酸素を100%として、補助呼吸または調整呼吸をさせる。
ジグが自発呼吸をしだしたら、薫は呼びかけるのであった。
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ジグは、工房の皆と一緒に新しい研究に没頭していた。
皆、笑顔でああでもない、こうでもないと頭を抱えながら意見を出し合っていた。
属性武器の研究を始めた当初の記憶だろうか。
夢でも見ているかのような感じがするジグ。
今は、自分一人だけになってしまった。
ふと、しょぼくれた顔をしていると、リンガードの鉄槌がジグの頭を直撃する。
「何一人で考えてんだ。ジグお前もいい案出せ」
そう言って、豪快に笑うのだ。
ちょっと涙目になりながら、笑顔で「うん」と返事をするのだ。
シーンが変わる。
「あー、ったく、ジグお前ここの計算間違えてんじゃねーか! これ一個でどんだけ高価な角を消費すると思ってんだ!」
「す、少しくらい大丈夫ですって」
「ばっかやろおおおお。この工房は金がねーんだよ! ばかばか無駄遣い出来ねえんだからよぉ。次やったら、げんこつだからな」
「いやいや、思いっきり今、ばっかやろおおおおのところで叩いたじゃないですか!? 次げんこつ食らったらバカになっちゃいますよ!」
「大丈夫だって、一回や二回じゃ壊れたりしねーよ」
そう言って、ぐしゃぐしゃっとジグの頭を撫でるのだ。
安心できるこの感じ、そう言えば久しくこのような事されてなかったかなと思う。
そう言えば最近、薫がしてくれたなと思い出す。
そんな事を思っているとまたシーンが変わる。
「クッソ眠いぞ……」
「リンガードさんやばいです……計量の文字が4つに見えますね……」
「お、おい。ジグそれで絶対に混ぜるなよ! そういう時のお前は必ず失敗するんだからな」
「大丈夫ですよ。たかだか3日間の徹夜くらいわけないですって」
「待て待て待て。目瞑ったまま、そんな事言われても信用ならんから一旦座れ」
本気で焦るリンガード。
最後の角の粉末を一瞬でゴミに変えようとするジグ。
リンガードは、ペシペシとジグの頬を叩き正気に戻そうとする。
ニマァッとニヤけるジグは、もうダメのようだ。
「俺とジグとの最後の研究なんだぞ。さっさと起きねぇと俺だけで完成させるぞ!」
その言葉に反応し、ムクリと起き上がるのであった。
ジグは、夢に半分足を突っ込んでるような表情でサムズアップするのであった。
「最後ですけど、僕は一人でもリンガードさんに追いつけるようにこの工房で頑張りますよ!」
「お、追いつけるもんなら追い付いてみやがれ。俺は、アーラルド大工房に行って素材をたんまり使って研究するんだ。ここじゃできねぇ研究だってやってやる。そして、属性武器を完成させる。誰もが驚くそんなすげー物を作ってやるぜ」
「そ、その時は、教えて下さいよ!」
「あん? 俺に聞いても教えてなんかやるかよ! そういうのは0からでも自分で解明していくのが研究だろうが」
「ぐぬぬ、じゃあ僕が先に作る事が出来たら教えてなんてあげませんからねーだ!」
「がっはっはっは。口だけはいっちょ前じゃねーか。明日からはライバルだ。絶対に諦めずに研究を続けろよ」
「は、はい……」
「なんだよ! 泣くんじゃねーよ。ったく、ジグお前は本当に泣き虫だな」
「こ、これは、ヨダレですよ! 泣いてなんてないんです!」
「お前の目からはヨダレが出るのか……器用じゃねーか。ったく、ほんとに世話の掛かるなお前やつだな」
そう言ってリンガードも目頭を熱くさせながら言う。
かなり我慢しているのか表情はくっしゃくしゃであった。
「寝ちまったらもう終わりだ。気合入れて行くぞ」
「了解です」
そう言ってジグは敬礼するのであった。
体がぽかぽかする。
この頃が凄く楽しかったと思うのだ。
そんな夢に浸っていると遠くの方で声がするのだ。
なんだろうと耳を澄ませて見る。
聞き覚えのある声、自分の名前を読んでいるようだ。
光のようなモノがこちらに近づいてくる。
それをジグは手で触れようとすると全身が包まれるのであった。
そして、声がはっきりと聞こえる。
「お前はまだやりたい事があるんやろ。戻ってこい」
薄っすらと目を覚ますと薫がいた。
真っ白な部屋に横たわっている事に気が付く。
麻酔が切れて覚醒していく。
まだ目が座っている。
薫は、手術が終わってから永続的にジグに回復魔法を掛けていた。
「あれ? 夢ですか……ね??」
「何でそうなんねん」
「全身……ボロボロになってたはずなんですけど……」
拙い言い方でそう言いながら、寝たまま自身の体をぺたぺたと触るのであった。
なんともない。
寧ろ、かなり体調がいいのだ。
疲れもなく筋肉痛もない。
「薫さんが……治してくれたの?」
「まぁ、そうやな。てかジグ、お前めっちゃ危ないところやったんやからな」
そう言って薫はジグのおでこを指先で強めに突くのだ。
突かれる度にジグは「あう……」っと言ってベッドに埋もれるのである。
そのまま、麻酔の効果が消えるまで安静にさせる。
痛みなどは無いようだ。
「てか、ジグ誰にやられたんや?」
「……」
「見つけた時に、ずっとごめんなさいって言うとったけど……知り合いの仕業か?」
「……」
分かりやすい。
動揺して目が泳ぐ。
必死に隠そうとしているのがわかり薫はそれ以上聞かなかった。
「とりあえず、やった奴には落とし前つけて貰わなアカンな……」
そう言ってジグを見る。
あわあわとかなり焦っている。
薫がどのくらいやばいかを知っているからこその挙動なのだ。
絶対に半殺しにされると思う。
いや、骨を折るなどの怪我や外傷なら、回復魔法でどうとでもなるかなと思う。
そして薫なら折っては治し、折っては治しを繰り返して拷問のような事をしそうだと考えてしまう。
そんな考えがわかったのか、薫はジグの頭にチョップを落とす。
声にならない感じで、頭を押さえるのである。
涙を浮かべながら薫をそっと見る。
「はぁ……お前に任せる。俺はジグをこんな目に合わせたヤツのことを考えると、腸煮えくり返ったんやけどな……」
「……」
その言葉に少し嬉しく思うジグ。
自分の心配をしてくれる人がいるんだと思うのだ。
「ちゃんと話をしたいです。だから僕が……やります」
そう言って力強く言う。
薫は、「そうか」と言ってジグの頭に手を乗せくしゃくしゃと撫でる。
「あ、あの……薫さん少し話を聞いてもらえますか?」
そう言ってジグはリンガードの事を話す。
薫は、何も言わずにジグの話を聞く。
ジグは涙ながらに言うのであった。
心苦しそうに、自分がリンガードにしたことを言う。
ジグの考えて出した最善の答だったのだろう。
しかし、まだまだ甘い考えである事には変わりない。
薫からしたら、愚策の何ものでもないのだ。
もっと考えればいい結果になっただろうと思うが、ジグの出した答えを否定する事はなかった。
「まぁ、話の内容は理解したわ。ちゅうわけで、なんかあったらアカンから俺も同行するからな」
「え゛?!」
素っ頓狂な声を出しながらこちらを向く。
相変わらずのアホな子な表情なのであった。
「そんじゃあ、さっさと出るか」
「ここって……何処なんですか??」
「俺が作った空間って言ったらええんかな」
「へ?」
「なんでもええやろ。外でアリシア待たせとるんや」
「わ、わかりました」
そう言って、薫はストレッチャーにジグを乗せ手術室から出るのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
外に出るとアリシアと何処かで見たことある女性がいた。
首を傾げるジグ。
「じ、ジグさん大丈夫ですか??」
「あ、ご、ご心配かけました。この通り……元気です」
ジグの屈託のない笑顔に、アリシアはホッとするのであった。
薫が失敗などする事はないだろうと思うが、異空間手術室を使ったほどの重傷だったのだから心配になるのだ。
セリアは、ジグの姿を見て驚く。
何時死んでもおかしくないあの状況の人間を、ここまで回復させるという事は不可能ではないかと思う。
かなりの上位の回復魔法を使ったとしても治せない可能性もある。
そんな思考を走らせていると、アリシアがセリアに言うのだ。
「よかったです。セリアさん、ジグさん無事でしたよ」
「ええ、本当によかったよ」
二人はそう言って、安堵するのであった。
薫はアリシアに説明を要求するのだ。
先に行くと言った時に、色々セリアの事を聞いておけと言っておいたからだ。
アリシアは、名前を言ってニッコリと笑う。
以上と言った感じである胸を張る。
薫は、ドッと疲れが出るのであった。
あとでお仕置きが必要だなと思う。
薫は改めてセリアに色々と聞く。
すると、アーラルド大工房の責任者だと言う事がわかった。
薫は、アリシアが刀を作って貰うきっかけの店かと思うのだ。
「でも、なんでここにセリアさんがおったんや?」
薫はふとした疑問をぶつける。
責任者が来るところではないと思ったからだ。
そこは、セリアが答えてくれた。
属性武器の話をしたから納得するのであった。
情報がアーラルド大工房まで広がっていたのかと思う。
かなりいい宣伝になったのだなと思うのだ。
「感謝するわセリアさん。あと少し遅かったら危なかったしな」
「いえ、うちはやれる事をしただけですから……」
何か言葉の端に切れの悪い感覚を覚える。
リンガードの事を気にしているのかと思う。
「ジグから話は聞いとるんやけど」
「……」
その言葉に、セリアはぴくっと反応する。
現在、アーラルド大工房にいるリンガードがやってしまった事だ。
これほどの事をして、罪に問われないわけがない。
「リンガードをどうするつもりで?」
「まぁ、そこら辺はジグが話し合いたいって言っとるわ。それからどうするかは決めるやろ」
「はい、ちゃんと話し合いたいです。あの時のリンガードさんは、ちょっとおかしかったです。いつも優しかったリンガードさんじゃありませんでした」
薫は何となくだが、この出来事の裏側が見えていた。
「かなり、追い込まれとったって聞いとるけどどうなんや? セリアさん」
「……」
薫の言葉に何も言えなくなる。
「まぁ、人それぞれ店の経営方針ってのはあると思うんやけど……リンガードには合わんかったんやないかな。結果がこれなんやから」
薫の言いたい事は直ぐにセリアはわかった。
人は、追い込まれるとよい結果を出す。
そのような考え方で今までやってきた。
それで、ここまで工房を大きくしたから間違ってなかったと思っていた。
しかし、それは諸刃の剣だったと気が付く。
追い込まれた人は、必ずしもよい結果を出すわけではない。
リンガードは、その逆だった。
追い込まれたリンガードは、今回このような行動をとってしまった。
セリアは自身を悔いるのである。
もっとちゃんと言っておけばよかった。
言葉で伝えなければ、分からない事だってあるという事を痛感する。
そうすれば、もっと違った結果が出たのではないかと思う。
「こんな簡単な事に気がつけなかった……自分が情けないね」
「そんな事あらへんって。簡単やけど、そういうのってのは気が付きにくい面もあると思うで」
セリアは、苦笑いを浮かべるだけだった。
「とりあえず、今日は絶対安静や。わかったかジグ」
「だ、大丈夫ですよ。そ、そんな怖い顔しなくても武器なんて作りませんから」
信用ならないこの表情に薫は呆れるのであった。
「セリアさんちょっとジグを見張っとってくれへんかなぁ」
「え?」
「俺は、ちょっと話しつけてくるからその間だけでええんや」
その言葉に、リンガードのところへ行くのだろうなと思うのであった。
セリアは、アーラルド大工房の研究室に入る為のプレートを渡してくれた。
「多分、研究室に閉じこもってると思うからね……」
そう言って溜め息を吐きながら言う。
協力的な事に少し驚く薫。
「まぁ、とっ捕まえてここに連れてくるからそれまでの間頼むな」
そう言って、薫は頭痛のする頭を軽く叩きながら店を出るのであった。
読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。
感想の方もちゃんと見させて頂いております。
えー、ブックマークの方が10000件突破しました。
5桁ですね恐ろしいです。
ランキング入りもまだまだ入ってます。
皆様のおかげです。
本当に有難うございます
次回も、一週間以内に上げたいと思います。




