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さぁ、フェンリル工房の宣伝だ!

 朝になり、薫は頭を抱える。

 昨日のアリシアの蕩けた表情に、魔力コントロールの訓練のくの字も出来てないのではないかと思う。

 横を向くと、ユカタがはだけたアリシアの白く透き通る肌が、ちらちらと視界に入る。

 無防備にも程がある。

 薫は直そうとそっとユカタを掴んだ瞬間、アリシアは薫の手を取りそのまま胸に押し付けるのであった。

 柔らかく、心地よい感触が薫を襲う。

 こいつは起きてますわ……。

 朝っぱらから誘ってますわ……。

 昨日の、魔力コントロールの副作用が若干残ってる。

 頬が赤らみ、心音も早い。

 そして、起きていると思う決定的なのが、強く目を瞑っていることだ。

 いつもと、あからさまに違うのだ。



「アリシアさん起きてますよね?」

「……」



 その言葉に反応はしないが、心音は正直であった。

 そう言われ、より一層早くなる。

 そして、寝息も言葉でハッキリと「す~す~」と言っているのだ。

 薫は頭を掻きながら、ちょっと意地悪そうな顔でアリシアの脇を擽るのであった。



「やっ……あはははは。か、薫様ご、ごめんにゃさ……あはははは、お、起きてますぅ。く、くすぐらないでぇ………んっ、ん」



 息を切らせながら涙目になる。

 ぴくぴくと体を震わせるアリシア。

 アリシアの弱点をもろに攻撃し、撃退するのであった。



「いやー、狸寝入りして返事せんかったからつい」

「ひ、酷いですよー」



 アリシアのユカタは乱れ、あられもない姿になっていた。

 そして、先程までの頬の赤らみなどは消えていた。

 薫は、目を逸らしながら布団をアリシアに被せ、さっさと着替えに行くのであった。



「あ~、置いてかないでください薫様~」



 そう言いながら、アリシアもユカタをささっと直し、ぱたぱたと薫を追いかけるのであった。



 二人共着替えて、町中を歩く。

 ムスッとした表情で、アリシアは薫の横を歩く。

 薫は、何事もなかったかのような表情なのであった。



「まだ、ご機嫌斜めか?」

「私は、いたって普通ですよ~。ご機嫌斜めでもないですよ~」



 分かりやすい。

 アリシアは、プイッと顔を横に向けてそう言っていた。

 この状態で、フェンリル工房の宣伝をさせると嫌な予感がしたので、さっさと機嫌を直してもらおうと思い薫は思いきった行動にでる。



「アリシア」

「な、なんですか。私のご機嫌はそう簡単には直らないのですよ!」



 お馬鹿な子だ。

 自分で言ってしまってることに気がついておりません。

 そっとアリシアの肩に手を掛け、自身の方に寄せると表情が変わる。

 町中で、このような事などといった表情なのだ。

 アリシアは、パクパクと口を開かせる。

 薫も表情が赤い。

 仕事モード以外で、こういった行動は殆ど無い。



「これから、人が多くなるやろ? はぐれたらアカンから引っ付いといた方がええんやないか?」

「そ、そうですね」



 そのようにアリシアは言葉を返し、嬉しそうに薫に寄り添いながら歩くのであった。

 いつもと違う薫の意外な行動に、嬉しそうな顔をする。

 先ほどまでの不機嫌な感じは、一瞬にして飛んでいってしまっていた。



「くっそ……朝っぱらからいちゃつきやがって」

「あんな奴、爆発すればいいんだ」

「バカップルにも程があるだろ! うらやまけしからん」

「つーか、あれ結婚してんじゃん! あのペンドラグル……あの歳で、あんなもん贈れるとかどんだけ稼ぎがいいんだよ!」



 アリシアはこれらの声が聞こえ、頬を赤らめるのであった。

 恥ずかしいのもあるが、ちょっと見せつけれてるというだけで嬉しくも思う。

 そして、周りからそのように見えているというだけで、夫婦という実感のようなものを覚えるのであった。

 薫は、その者達にひと睨み入れると皆一瞬で目をそらす。

 皆が薫の目を見た瞬間「こいつは、人殺しの目をしてらっしゃる。かかわったら駄目」と思うのであった。

 薫達は街をぶらぶらして、約束の時間まで時間を潰すのであった。



 フェンリル工房前。

 お店は、静まり返っていた。

 昨日までの馬鹿でかい音などは一切なく。

 隣接するお店の人達は、平穏を取り戻していた。



「ちゃんと寝とるのかなぁ」

「お疲れだったと思うので、ゆっくり休んでるのではないでしょうか」



 そう言って、薫達はお店の前で話しているのである。

 次の瞬間、十八連発のドでかい音と、地響きのようなものがフェンリル工房を中心として発生する。



「おいおいおい。まさかとは思うけど……」

「やっちゃったんではないでしょうか……」



 二人は、嫌な予感を胸に住民が集まる前に、そそくさとフェンリル工房に入って行くのであった。

 店内は、先ほどの十八連発の振動で、壁にかけていた武器などは殆ど床に落ちていた。



「また派手にやったな」

「お店の中がめちゃくちゃなのです」



 そう言っていると、店の奥からジグが現れた。

 アフロから煙を吐き出しながらこちらに歩いてくるのである。

 アリシアは、笑いを堪えるのに必死のようだ。



「いやー、周りの人に迷惑かけないようにって思って、いっぺんに作ったらこんな風になっちゃいました」



 悪びれた様子はない。

 最高の笑顔だ。

 目の下に隈があるが、こいつは寝たのかと薫は思うのだ。



「ジグ……お前、寝たんか?」

「いやー、昨日薫さん達が帰ってから、急に体力が戻った感じがしたんですよ! 続きもしたかったんで、ついそのまま続けちゃいました」



 こいつもアホの子かと思う薫。

 急に頭痛が酷くなるのであった。

 どいつもこいつも、体を大切にしないアホ共ばかりでイラッとするのであった。



「おうそうか、宣伝終わったらジグ。お前は速攻で寝ろ、ええか?」

「え、あ、はい」



 薫の睨みに必死に首を縦に振る。

 逆らったら、死ぬと本能的にわかったのだろうか。

 嫌な汗を掻きながらであった。



「角の残量は大丈夫なんか?」

「はい、薫さん達のでかなり使いましたけど、その後から作った物はあまり使わないので、たんまり残ってますよ。このくらいの初級から中級属性の武器でしたら、一年間くらいは持ちそうです。売れ行きにもよりますけどね」



 そう笑いながら言うのであった。

 薫は、「そうか」と言い一安心する。



「あ、あの……本当に有難うございます。薫さん達のおかげで、こんな形ですが自分の工房も持てましたし、うまく行けば立て直せそうです! 辞めてしまった人達も帰ってきてくれたらいいのですが……」

「急がんでも、ゆっくりやっていけばええんやないか? 寧ろ、これからが大変になるかもしれんのんやで?」



 そう言って、薫はカラカラと笑うのであった。



「そんじゃあ、さくっと宣伝するか」

「しますよー」



 そう言って、二人は意気込むのであった。

 しかし、ジグは一言言う。



「えっと、何処で宣伝しましょうか……」

「ん? 考えとらんのんか?」

「はい……」

「そんなもん、行き当たりばったりでええやろ」

「え゛!?」



 ジグは薫の言葉に驚く。

 薫は、店にあったアイテムボックスの指輪をジグにはめてさせ、その中にどんどん今回作った武器を入れていく。

 ジグはあたふたしながら、薫のペースに流されるのであった。



「アリシア、街で人が集まっとった場所って中心の広場やんな」

「はい、丁度迷宮の入り口のあるところですね」

「そんじゃあ、そこで宣伝すればええわ。迷宮もあるんやし効果は使いたい放題やな」



 ジグは、ポカーンと表情で薫達を見る。

 なんで、ここまでしてくれるのだろうかと思う。

 工房員は、現在自分一人の潰れそうな店なのにと思うのだ。

 薫は、ジグの思う事がわかったのか口にする。



「なんで、こんなにしてくれるんだろうって表情やな。そんなもん、俺も作って欲しいからや。折角、縁あってこうしとるんやし。恩でも売っとこう思うてな」



 そう言って笑う薫。

 そんな薫を見て、ジグも笑うのであった。

 こんな人、今まで見たことがない。

 嘘をつき、角をぼったくろうとしても、お互いに利益のある答えを出したり、今度は潰れそうな店の宣伝もしてくれるのだ。



「薫さん変わってるって言われません?」

「何や喧嘩売っとるんか?」

「め、めっそうもないです」



 薫の返しにマジで焦る。

 しかし、面白い人だなと思うのであった。

 その後、どのようにして売るかを三人で話し合って決める。

 全てが決まったところで、薫が号令をかけるのであった



「そんじゃあ、皆で楽しく行こうか」

「「お~!」」



 そう言って、広場へと繰り出すのであった。



 広場に着くと、ユカタ姿の者が沢山いるのだ。

 薫は、どれが冒険者なのか探求者なのかわからない。

 面倒なので、手っ取り早い方法に出る。

 薫は、大きな声で言うのであった。



「はーい、ちゅーもーく」



 その声に一瞬、広場の人達は足を止める。

 なんだろうといった感じであった。

 ジグとアリシアは、恥ずかしそうに薫の両端にいるのだ。



「ここ、ニーグリルに観光に来とる人で、冒険者や探求者の人がいるやろ? そんな人達にフェンリル工房からの朗報や!」



 なんだなんだと言った感じでざわつく。

 迷宮などの新しい情報かと思い、足を止めるのだ。



「前衛型やバランス型の方に朗報やでー。なんと、魔導師がいなくても属性攻撃が出来る武器が開発されたんや。それも、量産可能やでぇ~」

「「「「「!!!」」」」」



 皆、半信半疑だが心が動くのがわかった。

 まだ、アーラルド大工房も完全な量産に入っていない為、公にはしていない。

 だが、フェンリル工房は量産もできる。

 そして、全てオーダーメイドで作る事が出来るのだ。

 今使っている武器に、付加属性を付けることも出来る。

 かなり魅力的な話なのだ。



「おい、本当にそんな事出来んのかよ」

「そうよ。現存でそういった武器はあるけど物凄く高いはずよ。出来るのは極稀って聞いてるわ」

「そうだよな。迷宮を攻略して宝箱から出るって噂もあるしな」

「失敗とかして、使い物にならないような代物を渡したりとかするんじゃないだろうな」



 皆、感心はある。

 だからこのような事を言ってくると思う。

 それもそうかと思う薫。

 魔導師などの職につけなかった前衛型やバランス型の者達は、迷宮に入ってかなり苦労する。

 弱点をつく事が難しいからだ。

 それに、魔力量も少ない。

 強化に回した方が効率が良かったりもする。

 だが、必ず迷宮には属性攻撃でないと倒せない魔物もいる。

 その場合は諦めるか、魔導師を仲間に入れなければ、先に進むことすら出来ないのだ。

 薫は、ちょっと悪い顔をして言う。



「興味のある奴は、今から俺らに付いて来るとええよ。迷宮でどんなもんか見るとええわ」



 そう言って薫は先頭を切って歩く。

 アリシアとジグは、薫に引っ付き歩くのだ。

 後から付いて来る者は、男女合わせて20名ほどだ。

 薫はかなり釣れたと思う。

 迷宮に入り、一つ目の広い部屋に出る。



「おいおい。なんだこれは……」

「この部屋凍ってるわよ」

「くっそ寒いんだが……」

「この迷宮ってこんなのだったかしら」

「そういや、昨日この氷塊が突如現れたって言ってたな。入ってた奴ら、ここに帰ってきて腰抜かしたみたいだぞ。出れないから、脱出アイテム使って帰ったらしいし」



 薫とアリシアは、昨日この部屋でやらかしていた事を忘れていた。

 冒険者と探求者の言葉に、若干顔が引きつる。

 広い部屋の中心に、インセクトアーマーが二匹いるのだ。



「ジグ、炎系の付加属性の武器あるか?」

「こちらで~す」



 そう言って薫に大剣を渡すのだ。

 薫は、片手で大剣を持ち魔力を込める。

 大体、中級位の魔力量を見定めながらであった。

 それ以上の過剰魔力を送ると、何が起こるかわからないからだ。

 刀身は燃え上がり、火の粉を散らし始める。

 辺りの凍りついているところが、剣の放つ熱で溶けていくのであった。



「す、すげぇ……」

「大剣が赤く燃え上がってるぞ!」

「温かいわねぇ」

「これが、俺の武器でも出来るのか……いいな」



 薫は体にも軽く魔力強化をし、剣を振り下ろす。

 すると斬撃に乗り、炎が刃が飛ぶのだ。

 斬撃は、インセクトアーマーにスッと当たる。

 インセクトアーマーは斬撃で真っ二つになり、崩れ落ちながら燃え上がるのであった。

 そして、斬撃の勢いは衰えずそのまま氷塊にぶつかり、煮えたぎる炎で溶かしていくのだ。



「か、かっこ良すぎんだろ! 俺これ欲しいぞ」

「わ、私も、属性は調べれるの?」

「俺にも同じの作ってくれ、このハンマーなんだがよぉ」

「おま、俺が先に目つけてたんだぞ」

「なんだよ、テメーら最初は半信半疑で疑ってただろうが!」

「「「「「やんのかてめーら、あ゛ん」」」」」



 いきなり白熱しだす探求者と冒険者。

 次にアリシアがクロスボウを持つ。

 ライボルトガンを構え魔力を流して撃つ。

 すると、稲妻を纏った矢が一直線に飛び、インセクトアーマーに突き刺さり貫通する。

 貫通した場所は真っ赤に溶け、煙をあげていた。

 そして勢いの落ちない矢は、氷塊をも貫くのであった。

 その光景を見て、皆興奮するのであった。

 薫はよい宣伝になったなと思いながら、魔力を込めるのをやめる。

 なんとか、ドでかい氷塊は溶かす事も出来たので、一安心するのであった。

 アリシアも、溶けていく様をじっと見て、溶けて道が出てきた事で胸を撫で下ろす。

 アリシアは、振り返るとジグが叫んでいた。



「お、押さないで下さい。ちょ、ちょっと~~~~~」



 ジグが大変な事になっていた。

 もわもわなアフロを掴み、ジグの争奪戦が始まっていた。 

 冒険者と探求者、総勢20人にもみくちゃにされているのだ。

 アリシアは、ユカタ姿でいたのでその被害に遭わなかった。

 もしも被害に遭っていたら、薫に全員半殺しにされていただろう。



「か、薫様! ジグさんが」

「ん? あ゛!」



 薫も気付く。

 ジグは涙目で、必死にこちらに助けを求めていた。

 薫は軽く威圧を放ち、皆を一瞬で止める。

 皆、薫を見て嫌な汗を掻くのであった。



「はい、皆さん順番にお願いするわぁ。別に逃げたりなんてせぇへんから安心してええよ。全員分、用意も出来るしな」



 薫の言葉を聞き、ジグを離すのであった。

 聞き分けがよくてよかったと思う薫。



「金額はいくらなんだ? それによっては、購入は検討しないといけないんだが」

「そうね、デタラメな金額だとねぇ」

「足元見るならここで解散よ」



 皆、落ち着きを取り戻し、まだわかっていない金額を聞きにくるのである。



「武器の持ち込みでの金額は、1万リラ。最初からのオーダーメイドなら、5万リラって事になっとる。なぁ、ジグそれでええんやろ?」

「は、はい。素材とかはこちらで持ちます。どうでしょうか?」



 皆、一斉に話し合い考える。

 そして、皆の声が完全に一致して返ってくるのだ。



「「「「「購入する。買いだ!」」」」」



 目が血走っていた。

 相当安い分類だ。

 アーラルド大工房は20万リラなだけに、これは破格の値段なのだ。

 ジグは、皆の注文を一気にメモをとる。

 オーダーメイドの注文も入るのだ。

 今回の宣伝で、20件以上の注文を受ける。

 仲間の分も込みであった。

 ジグは後日、フェンリル工房で属性石を使って、自身の属性を調べると皆に言った。

 でないと、扱えない代物ができてしまう。

 皆それを了承してくれた。

 その後は、薫達が色々な武器を試し撃ちしていく。

 皆、「おおおお!」という歓声が上がるのであった。

 しかし、二人が色々な属性の武器を使っていることに、皆気付いていない。

 武器のインパクトが強すぎて、そのような事など気付きもしないのであった。

 一通り見た者は、興奮が収まらない様子で帰っていくのである。

 次は、自分があの属性攻撃を使えると思うと心が踊るのだ。



「す、凄すぎですよ……」

「一気に注文入ったな。よかったやないか」

「あの人達、全員注文していって下さいましたね。よかったです」

「薫さん、アリシアさんありがとうございました! 二人のおかげで、こんなにいっぱい注文を頂きました!」



 満面の笑みでそう言うジグ。

 かなり嬉しそうだ。

 しかし、もう疲労困憊のような表情になっている。

 目の下に隈を作っているのだ。

 薫は、ジグにさっさと帰るように言う。

 このままでは、本当に倒れてしまうからだ。

 薫達も迷宮から出て、もう一度ジグにちゃんと寝るように言ってから解散する。

 ジグは、別れ際に敬礼した後、喜びの舞のようなへんてこな踊りを踊りながら帰っていった。



「相当嬉しいんやろうな」

「みたいですね。こっちまで楽しくなってしまいますね」

「俺の武器は、ちゃんと金払わなアカンな。素材も色々集めへんとな」

「薫様は、どんな武器にするのですか?」

「んー。まだ決めとらんわ。色んなところを旅で回るんやから、ついでに最高級の素材でもゲットして、それからええもん作って貰うわ」



 そう言って笑うのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 アーラルド大工房の研究室。

 金色の長い髪の毛に、藤色の着物を着た女性。

 年齢は二十代後半だろうか、赤色のフレームのメガネを掛け、着物にはシンプルなワンポイントのブローチを付けていた。

 身長は、160cmあるかないか。

 体つきは少し貧素な感じであった。



「はぁ……リンガードさん。そろそろ、ちゃんとした物を作ってもらわないと困るんですよね。別に、この分野で全面的にいこうなどとは、うちは考えてないのですから。普通の武器作りに戻ったらどうですか?」

「わ、わかってるんですが……セリアさん。も、もう少しだけ研究させてくださいよ」



 リンガードは、頭を床に付け言うのである。

 身長は、ドワーフ族のため150cmくらいしかない。

 顎には、立派な髭を蓄えていた。

 年齢は三十代半ばだろうか、短髪で少し白髪も混じっている。

 作業着の腰のベルトには、ハンマーなどの工具がみっちりと装備されている。



「も、もう少しで、何か掴めそうなんですよ」



 リンガードは、セリアのメガネをクイッとあげる仕草に、ビクビクするのであった。

 リンガードの研究の出資者でもあり、このアーラルド大工房の最高責任者セリ ア・アーラルドだ。

 若くして、ここまで工房を大きくしたやり手の女性だ。

 結果を出さねば、即クビになるとも言われている。



「フェンリル工房で、貴方が研究の責任者だったのに……研究も失敗の連続。かろうじて、十回に一回成功するくらい。それも、初級の属性しか付かないなんてね」



 返す言葉もない。

 研究資料は、フェンリル工房から全て持ってきた。

 あと少しのところまで出来ているのに、最後の調合比率が上手くいかないのだ。

 資料を穴が開くまで見直した。

 だが、何が間違っているのかわからない。

 八方塞がりなのだ。



「つ、次は、必ず成功させます……」

「はぁ……わかったわ。次失敗したら、製造ラインを元に戻す。売上も上がらないあんな代物では、この店が傾いてしまう、いいかい?」

「わ、わかりました」



 そう言って、セリアは研究室をあとにする。

 リンガードの今作る属性武器に、全く興味のなさそうな顔をしていた。



「くそ、なんで上手くいかねーんだ」



 そう言って、リンガードは床をドンっと殴る。

 苛立ち、そう呟くのであった。



 セリアは、つまらなさそうに廊下を歩いていると、一人の工房員が近づいてくる。



「セリアさん聞きましたか? うちの商品と同じ物を、破格の値段で作る工房があるそうですよ!」



 亞人特有の耳と尻尾の付いた少女が、そう言ってくるのだ。

 かなり興奮気味だ。

 目を輝かせながら、耳と尻尾をぴょこぴょこしていた。



「ほー、凄いじゃないか。ライバルがいないと、うちも伸びがないからね。何処の工房なんだい?」

「フェンリル工房ですよ! リンガードさんが元居たところです」

「あはははは、研究の責任者がうちに来て潰れるかと思ってたが、盛り返してきたのか。凄いねぇ。うんうん、やっはりこういう追い込まれた時に、人は最大の力を発揮するんだろうね」



 そう言って、嬉しそうにするのであった。

 リンガードもこれをきっかけに、一つ上に成長して欲しいと思うのであった。

 一つの事を根詰めすぎて視野が狭くなっている。

 属性武器に固執しすぎなのだ。

 教えるのは簡単だが、こういったモノは自分自身で気付いてほしいと思うのだ。

 折角いい腕を持っているのに、もったいないとも思う。

 リンガードが作る武器は独特で、セリアは気に入っていた。

 子供の頃、リンガードの武器を見て、セリアは鍛冶屋になることを決めた。

 自身で、リンガードを越える作品を作ってやると思ったからだ。

 憧れの存在のだったリンガード。

 今は全くと言っていいほど、あの時の魅力を感じないのだ。



「ちょっと、私が偵察にでも行ってみるかな。完璧に作った属性武器というのも見てみたいし、どのようなデザインなのかも気になるしね」

「えー、セリアさん私も行きたいです! 一人で行こうだなんてズルいですよー」

「あははは、じゃあ一緒に行こうか」

「はい!」



 物凄く楽しそうな顔をするセリア。

 リンガードの失敗作と比べるのも、よいかもしれないと思う。

 何が間違っているのかを、解明出来るかもしれない。

 それに、リンガードにもいい刺激になるかなと思ったのだ。

 その日、セリアはフェンリル工房へ行ったが、扉の前に本日の営業終了という札が貼ってあったため、ちょっと残念と思いながら帰ったのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 23時頃、アーラルド大工房の一室で、呪文のような言葉を延々と呟く。

 リンガードは、頭を抱えながら言うのであった。



「駄目だ。これじゃない、どうなってるんだ。ジグに配合表は任せていたのに、何故このような結果しか出ないんだ。何処で間違えてるんだ……。分からない。どうすればいいんだ。俺にはもうこのチャンスしかないんだ。成功させるためにフェンリル工房を辞めて、このアーラルド大工房まで来たのに……くそぉ。何かヒントでもあれば……」



 そう言って、机を叩く。

 すると、廊下から話し声が聞こえるのだ。



「あははは、残念だったね。フェンリル工房お休みだったんだって?」

「そうなんですよ。セリアさんと一緒に行ってきたんですけど、無駄足でしたよ。見たかったなぁ~。属性武器の完成版。どのようなフォルムをしてるのかワクワクしながら行ったんですよ」

「空き時間にまた行くんでしょ?」

「そのつもりだけど、私の受け持ってる武器のラインが今遅れてて、のんびり行けるのは何時になることやら……」



 へにょりと猫耳をたらしながら言う作業着姿の少女。

 本気で、残念がっているのだ。

 この声が、リンガードの耳に入る。

 そして、動揺するのだ。

 フェンリル工房が、属性武器を完成させたという情報を耳にして焦るのだ。

 現在、あそこにいる少人数でどうやって作ったのかわからない。

 いや、ジグを中心に作るという方法を取ればいけるかとも思う。

 リンガードとともに、研究していたのだから出来なくはないと思う。

 自分より早くそれを完成させたという事実に、腹立たしさを覚える。

 素直に喜べないのだ。

 全ての研究資料をこちらに持ってきたのに、どうやって作ったのかも気になる。

 いや、覚えていたのだろうとも思う

 かなりの試行回数をしてきたのだから、それくらい出来ると思うのだ。

 配合は全てジグに任せていた。

 悔しさと腹立たしさが心を支配していく。

 自分より速く、それも今詰まっているところをあっさりと追い越されたからだ。

 しかし、角はどうしたのだろうとも思う。

 かなり希少な材料だ。

 それをどのようにして手に入れた? あれのせいもあり、リンガードは資金を持っているこのアーラルド大工房に来たのにと思う。

 これでは、何のためにこのアーラルド大工房入ったのかわからないのだ。

 自身のドス黒い部分が、浮き彫りになっていくのが分かってしまうのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 リラクゼーションチェアに座る薫。

 辺りは寝しづまり、明かりもポツポツとしかついていなかった。

 そんな光景を見ながらぼーっと考え事をするのである。



「薫様、寝ないのですか?」

「ん? ああ、もう寝るわ」



 そう言って、立ち上がり布団へと向う。

 ちょっと、アリシアは疑問に思ったことを口にする。



「薫様は、ジグさんを気にかけてますよね? 何故なんですか?」



 唐突にそのような事を聞かれきょとんとしてしまう。

 そして、頭を掻きながら薫は言う。



「ああいう風に頑張っとるやつってのは、結構好きなんや。自身の夢のためってやつがな。やる事が、かなり危なっかしいってのもあるし。無茶苦茶しとるけど……」

「なるほどです……」

「まっすぐに努力してる奴ってのは伸びると俺は思うねん。現状なりふり構ってられないけどな。まぁ、かなり壁も立ちはだかるとは思うけど、必ず壁は越えるとも思っとるからな」



 そう言って、懐かしそうな顔をするのだ。

 アリシアは、そんな薫の表情を見て少しドキッとるのであった。



「ちょっと知り合いにも似とるしな。あの性格は」

「せ、性格ですか? あのもふもふな髪型かと思いました」



 ちょっとツッコミを入れたくなるが、薫は軽く流す。

 ツッコミ待ちのアリシアは、つまらなさそうに「ちっ」っと言ってしまうのであった。



「まぁ、やから放っとけないってものあるな」



 薫はそう言って笑うのであった。

 そして、それ以上教えてくれる事はなかった。



「さて、明日のためにさっさと寝るか」

「はい!」

「……」

「?」

「布団二つあるのに、なんでこっちに潜り込んできとんねん」

「えへへ」

「まぁ、ええか。温かい湯たんぽと思えば」

「私は湯たんぽ代わりですか!」

「冗談やって。最近寒くなったし、もっと近くに寄ってくれ。隙間が開くと寒いからな」

「……はい」



 そう言って、アリシアを抱きしめ薫は夢の中に誘われる。

 アリシアも幸せそうな顔で、薫の胸に埋めるかたちで眠るのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 翌日、ジグのいるフェンリル工房では、昨日注文した冒険者達が押し寄せて大いに賑わっていた。



「薫さん、アリシアさん、たあああすけてえええええ!」



 そのように叫びながら、ジグは応対するのであった。

 もう来ないであろう二人しか、頼る者がいないからだ。

 完全に店のキャパシティをオーバーしている。

 属性石で調べるのも一苦労と言った感じであった。

 混雑している中で、皆がこのようにしてほしいと注文をつけてくる。

 嬉しい限りなのだが、この状況ではなければよかったと思う。

 一人の力では限界がある。

 辞めてしまった工房員が帰ってきてくれたら、どれほど楽なことかと思うのだ。

 しかし、今そんなこと言っても仕方が無い。

 今やれる事を頑張らなければいけないと思うのだ。



「うおおおおおお、気合でどうにかしてみますよーーーー!」



 そう言って大声で気合を入れるが、一瞬にしてその気合は打ち砕かれる。

 人の波で、もみくちゃにされるのであった。

 涙目になりながら、注文を取っていく。

 そんな時だった。



「おーい、助っ人に来たでぇー」

「来ちゃいました~」



 薫とアリシアがフェンリル工房に降臨する。

 二人共白衣を着て、本日は治療師全開の格好であった。

 若干着物に飽きてきたのもある。

 アリシアが、たまには私も白衣が着たいと言ったからだ。

 ジグから見たら、白衣を着た天使とも思える援軍に豪快に拝むのであった。

 薫達が来てから円滑に事が運んでいく。

 皆、ちゃんとルールを守らないと、薫に何をされるかわからないと思うのだ。

 迷宮での一件もある。

 あの威圧は尋常ではない。

 それがわかっているからちゃんと列を作り、きちんと時間を待つのであった。

 全員が注文と属性石での検査も終わり、帰っていった。



「だ、だずがりまじだぁ~」



 そう言って、ぼろぼろと涙を流すのであった。

 薫はそんなジグを見て、笑いながら頭をくしゃくしゃと頭を撫でる。



「で、でもなんで来てくれたんですか? 宣伝も終わってもう僕のお店とは関係ないのに……」

「まぁ、ええやん。頑張ってるやつを応援したいねん。ジグみたいな真っ直ぐでアホな子は嫌いやないで」



 ジグにそう言うと、鼻水を垂らしながら抱きつこうとする。

 薫はそれを華麗にスルーするのであった。

 ジグはそのまま鎧と抱き合う。

 そして、そのまま頬擦りをするのであった。



「薫さん、意外とゴツゴツした体つきなんですね……。言葉も冷たいと思ったら体もこんな冷えっ冷えで……」



 薫は、どこからツッコミを入れてよいのやらとジグを見る。

 途中、アリシアが「薫様は、温かいのです。心までほわほわにしてくれます」と言っているのだ。

 こっちもこっちで、面倒な事を言ってるアホの子が一名。

 薫は笑顔で考えるのを放棄するのであった。



 フェンリル工房を見つめる一人の男がいた。

 奥歯を噛み締め、眉間に皺を寄せているのである。

 フェンリル工房に沢山のお客さんが出入りするその光景を見て、妬ましいと思うのだ。



「俺の研究を掻っ攫って行きやがって……」



 そう言って、まだ中にいる薫とアリシアが帰るのをじっと待つのであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 アーラルド大工房。

 セリアはワクワクしながら、今日こそはフェンリル工房に行って、完成した属性武器を見に行くぞと思い仕事を早急に終わらせていた。



「セリアさん、リンガードさんの姿が見当たらないのですが……。何処に行かれたか知りませんか?」



 そう言って工房員が訪ねて来た。

 セリアは、リンガードの耳にもフェンリル工房の話が入ったのだろうと思いクスリと笑うのであった。

 気になるのは皆一緒かと思う。

 セリアは工房員に、フェンリル工房に行ったのではないかと言う。

 それを聞いた工房員は羨ましそうに「いいなぁ〜」と言うのであった。



「自分も連れてって欲しかったです。お一人で行かれるなんて……うぅぅ」

「あなたは作業があるの?」

「は、はい、まだ残ってます」

「じゃあ、仕方がないわね。ちゃんと終わらせてから行きなさい」




 ごもっともな意見に、わかりましたと言って工房員はその場から去っていった。

 セリアは、フェンリル工房に行ったら土産として、属性武器を一品買い付けてくるかなと思うのであった。

 仕事を終えたセリアは、サッと着替えフェンリル工房へと向かうのであった。


読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。

この文字数は、いつも通りです。

楽しく書いてるのでいいですよね。

はい、ランキング入り数日間入ってます。

皆様のおかげです。

本当に有難うございます

次回も、一週間以内に上げたいと思います。


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