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氷刀・雪時雨

 2日ほど時間が経つ。

 ファルシスでは、今まで悪質な行為で私腹を肥やしていた者達が、皆捕まっていく。

 罪人の館は、その者達でパンパンになるのであった。



「ほい。チェックメイトと」



 そう言いながら、チェスの駒を動かす。



「歯ごたえの無いのう……。10手待ちでこれでは、話にならん」



 そう言いながらザルバックは、パイプをふかし、ワインを飲むのであった。

 元ヴォルドの住む屋敷で暇を持て余す。



「昔のように、儂をワクワクさせる者は、おらんのかのう」



 髭を触りながら、退屈そうな顔で言うのであった。

 ドアを叩く音がする。

 返事を返すと、中に入ってくる者がいた。

 真っ黒いローブを着て、顔を覆うように、黒の布を巻いている。

 目だけ出し、ザルバックを見るのだ。



「おお、我が妻よ。今回も面白くなかったよ」

「今のご時世、貴方を満足させる者は限られてます。どうか、そのくらいにして体を休めて下さい」

「【時の旅団】の団長と、もう一戦したいのう。あの馬鹿坊主、勝ち逃げして、先に逝きおって……攻略させてくれんかったからなぁ」

「攻略するどころか、大敗退でしたけどね。あと、病に人間は弱いのですから」

「で? どうして、我が妻がここにいるんじゃ? 儂の領土の管理をしとったはずじゃが」



 そう言って、にっこり笑うのであった。



「ちょっと、面白い話を耳にしまして、それを伝えに来ました」

「ほう、どんな話なのかな?」

「カオル・アシヤという男がいるそうです」



 そう言って、ザルバックに薫の事を話すのであった。



「彼奴らが、そのような事で、動くはずがない。相当、気にかけているのか。仲間に引き入れたいのかのう……。それほどの男となると……。案外、楽しめるかもしれんのう」

「はい。最近、エクリクスは成果が上がってませんし」



 ザルバックは、その言葉を聞き、何か引っかかるのであった。



「待てよ……。ここ数ヶ月で、クランパレスでの迷宮熱の特効薬……。それに、この街の病の解決……。これは、全て何か関連性があるやもしれんな……。ダニエラ嬢、儂に隠しておる事があるなぁ」

「楽しそうで、何よりです。ついでで宜しいので、国王の病も治せるか捕まえたら、聞いてみては良いのでは無いでしょうか」



 そう言ってから、女性は笑っているのか、肩を震わせながら、何も言わずに部屋を後にする。

 ザルバックは、笑顔で思考を走らせていた。

 もう、ザルバックには何も聞こえては無いようだ。

 楽しくて、仕方がないといった感じで、盤上を見つめるのであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 15時頃、ニーグリルのちょっと高級なお店に薫達はいた。

 茶会のような、紅葉が咲き乱れる庭園の中で、薫達はお茶を飲んでいた。



「あー、ダメ人間になりそうやんなぁ」

「そうですねぇ〜」



 きんつばのような、お菓子を頬張り、渋めのお茶を啜るのだ。



「幸せなのですよぉ〜」



 ホッと、ついつい息が漏れる。

 二人共、現在ニーグリルを満喫し尽くす為、色々なお店に行っているのだ。



「このまま、ここでゴロンとしたいのですよ」

「日差しが心地ええなぁ」



 完全に時間を忘れ満喫中であった。



「そう言えば、アリシアは何作ってもらうか決めたんか?」

「は、はい。刀という物を作って貰おうかと……」

「そうか、あそこでかなり気に入ってたもんな」



 そう言って、薫は笑うのだった。



「それじゃあ、もう少ししたら、ジグの店にでも行ってみるか」

「はい」



 そう言って、二人はゴロンと寝っころがり、紅葉を見つめながら一時を過ごすのであった。

 それから少しして、薫達はお店を出た。



 フェンリル工房へと足を運ぶ。

 場所は、商業区域の端っこの方であった。

 外観は至って普通。

 何処にでもありそうな、お店であった。

 中に入ると、そこら中に武器が並べてある。

 樽に大量に入った剣。

 飾られている物もあるが、パッとしない感じがした。

 アーラルド大工房とは、比べ物にならないレベルであった。



「おーい、ジグおるかー」



 カウンターに誰もいなかったので、薫はジグを大声で呼ぶ。

 すると、工房の奥で、ボンと言うデカイ音がする。

 薫達のいるところまで、振動が伝わってくるのだ。



「爆発事故か?」

「な、なんか変な煙が、こっちに来てるのです……」



 二人は、不安な表情で、奥を見つめる。

 すると、ゲホゲホ言いながら、ジグが出てくるのであった。

 若干、髪の毛がアフロになりかけている。



「あ! 薫さんに、アリシアさんじゃないですか」

「おう、来たで」

「来ました」



 いい顔で、手に持つクロスボウを見せるのだ。

 真っ黒の本体には光沢があり、金を使って、本体に複雑な模様が描かれてある。

 店内の武器とは、グレードが全く違う物であった。

 薫は、少しかっこいいと思ってしまった。

 不覚……。



「研究は大成功です。出来たんですよ〜! これ、フェンリル工房最新作のライボルトガンです!」



 自信満々に言うジグ。

 然し、他の工房員兼研究員の姿は無い。

 薫は、嫌な予感がした。



「力作ですよ〜! 見てくださいこの輝かしいフォルムを!」



 目を輝かせるのである。

 聞いてはいけないと分かってる。

 この状況で、聞きたいという欲求と葛藤するのであった。

 そんな時、無垢な顔でアリシアは口を開く。



「あの……他の工房員さんは、どちらに?」



 ここでアリシアは、笑顔で地雷を踏みに行く。

 寧ろ、我が道の如く踏み抜くのだ。

 自殺行為だが、薫はグッジョブと思うってしまった。

 アリシアの言葉が、耳に入ったジグは、ピクンと反応し、一瞬流そうとする。



「ちょいちょい、ジグ。目が泳いどる。その目は、アリシアを凌駕しとる。あかん」

「!!?」



 薫は、ジグの肩を両手で持ち、そう言うのであった。

 ジグの目の中で、バタフライをしながら、ドヤ顔をする者がいるのだ。

 アリシアは、「なんですと〜! 私も、そのような表情に近いのですか!」っといった感じで、又してもショックを受ける。

 アリシアは、スッと座り込み、アリシアがすっぽり入る小さな隙間に、バックで入り込むのであった。

 そして、また涙を浮かべいじけるのであった。

 アリシア……傷は浅い、そんな事では死にはしない。



「そ、その……薫さん達と別れた後。工房に戻ったら、辞表がありまして……。あ! それと、店の権利書も一緒でした。手紙もありました。俺達は、関係無い……との事です」



 そう言って、汗を大量に掻くジグ。

 要するに、ジグのツノ採取は、自殺行為で、何かしらの賠償を喰らう可能性があったから、残りの工房員は、自分たちは関係ないといった感じで、全てを放棄して、逃げ出したという事だった。

 これは潰れますわ。

 確定レベルですわ。



「んで? ジグ、お前はどうしたいんや?」

「それは……続けたいですけど……。折角、分量と配合比率もわかって、どんな物でも作れますし」

「じゃあ、その続ける方向で行こうか」

「え!? でも、武器を作れても宣伝できませんし」

「宣伝やったら俺達がやったるよ」

「いやいや、そんな無理ですよ。付加属性を付けた武器の属性を、全て使えるわけじゃないんですから……」

「あー、それなら大丈夫や。俺もアリシアも、全属性使えるからな」



 ジグは、冗談はよして下さいと言った感じなのだ。

 全く信じてない。

 薫は、カウンターの上に置いてある属性石を試しとばかりに手に取る。

 アーラルド大工房で見た事がある。

 魔力を流すと、流した者の属性を調べることの出来る石だ。

 薫が魔力を流すと、金色に光り輝くのだ。

 アリシアとは、比べ物にならない程の輝きで光り輝く外側に5つの金色の輪が帯を巻いていたあった。



「うっそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!? ええええええええ!!!」



 薫は、全ての属性が、最上級まで扱えると出ていた。

 魔導師ならば、大賢者などと呼ばれる分類だろう。

 寧ろ、歴代で名を連ねる人物になる。

 然し、薫は魔導師にはなれない。

 今のところ、アリシアと同じで、宝の持ち腐れなのだ。



「ちょ、ちょ!!? えええ!!!」

「落ち着けって」

「ペプシュ~!」



 パチンと軽く後頭部を叩く薫。

 それで、ようやくジグは、落ち着くのであった。



「か、薫さんって、魔導師ですか?」

「いや、治療師や」

「無茶苦茶、勿体無いじゃないですか!!!」

「喧しいわ!」

「あふん」



 激しく服を引っ張っていたので、ついつい手が出てしまった。



「でも、薫さんがもし魔導師なら、魔眼の魔女より上になるんじゃないですか?」

「それはないやろ。あの人、本気もなんも出さんで、俺吹っ飛ばしおったからな」

「はぁ?」



 あんぐりと口を開けるジグ。



「ん? ディアラさんやろ? グランパレスの」

「し、知り合いなんですか?」

「まあ、縁があってな」

「薫さんって、何者なんですか!!? ぶっ飛んでるにも、程がありますよ!」

「因みに、アリシアも全属性が中級までで、氷属性のみ上級から最上級まで使えるんやってさ。職業は、治療師やけど」

「はい、なので宣伝できます。私も頑張りますよぉ」



 アリシアは、やっとショックから立ち直ったようだ。

 目が点になり、魂が抜けかけていた。

 先ほどまでの薫の会話は、全く入ってないようだ。

 薫に、呼ばれた気がして、やっと復活しただけである。



「二人共おかしいですよ! ほんとに人間なんですか!?」

「人間に決まっとるやろ。ほんの少し出来る子なだけや」

「そうです。出来る子なんです。ほんの少しですが」

「振り幅広いなぁって、おい!」



 ジグは、勢いよく突っ込みを入れる。

 薫は、カラカラと笑いながらそう言うのであった。

 ふざけ半分ではある。

 ジグは、溜息を吐きながら、二人を見る。

 ここまでの能力があるのなら、さぞかし冒険者ランクも高いんだろうと思う。

 そこで、ジグは聞いてみると驚きの結果が帰ってくる。



「一番下のEランクなんやけど」

「私もEです。薫様とお揃いです」



 自慢気に二人して、冒険者ギルドのカードを見せる。

 アリシアにいたっては、薫と同じなのを見せたいだけなのだ。

 そして、ジグに気付いて欲しい事が一個ある。



「け、結婚されてたんですか!!」

「えへへ、そうなのですよー。気付いちゃいましたかぁ。新婚旅行です」



 デレッデレなアリシアに、少し呆れる薫。 

 まぁ、いいかなと思い、流すのであった。



「話が脱線したけど。まぁ、俺ら二人が居れば宣伝は出来るやろ?」

「はい! 出来ますよ! というか、あなた達二人がいい見世物ですよ! ぎゃふん」



 失礼なやつだなと思ったが、思う前に薫は、先に手が出ていた。

 いよいよ、イカンなと思うのであった。



「そうそう、本題や。アリシアの武器を頼みたいんやけど」

「武器ですか? 何がいいんですか??」

「刀という武器がいいんです。属性効果は、氷属性でお願いします」

「それと、一番氷属性で強い素材で頼むわ」

「マジですか?」

「マジマジ」

「扱えない代物に、なるかもしれないんですよ? 作ってみたいですけど……。誰も扱えないと、なまくらと同じなんですよね……」

「そこら辺は、気合でなんとかなるやろ」

「そうです。気合で何とかします!」

「いや、そこならないから! なったら凄いからね! ねぇ、お二人さん聞いてます? ねぇってばぁ!!!! 魔力を、桁違いなくらい保有してないと、扱えませんってばぁ!!!」



 ジグの言ってる事は最もだが、二人の魔力保有量は、そこら辺の人とはわけが違う。

 全く気にしていないでいい。

 それを、ジグに言う必要もないので薫は言わないのだ。



「男のロマン、ぶち込んだ作品。よろしく頼むっていっとるんや」



 そう言って、ジグの肩を叩く。



「ほ、本当にいいんですね。作っちゃいますよ? ほ、本当に……ぶっ壊れ性能な刀」

「ああ、かまへん。ジグの思うままに、最強と思えるものを作ってええねん」



 ジグは、何かいけないスイッチが入ってしまったかのように、素材を物色し始める。

 そして、掴んで出してきたのは、この工房の名前と同じ素材であった。



「この【氷獣・フェンリルの牙】この研究が始まってから、ずっと使ってみたかったんですよ……。うへへへへ。使っちゃって……いいんですよね。この工房、今は僕の工房ですからいいんですよね……」

「お、おう。構わんと思うで……。あかん、なんか変なスイッチ押したかもしれへん」

「薫様、ジグさんかなり豹変してしてます……。大丈夫でしょうか……」



 大丈夫ではない。

 独り事のように、女性が扱うから軽くして、でも絶対に折れない刃にしなくちゃ……。

 アダマンタイトが残ってたな、あれも使おう。

 やっぱり、刀身は透き通った淡い青にしないとなぁ。

 最高峰の刀……ふふふふふ。

 作れるんだ……僕のロマンを全てつぎ込んだ最高傑作を作れるんだ! あっはっはっは。

 このような事を、延々と言っていた。

 薫は、若干引き気味に、一応どのくらいで出来るかを聞く。

 すると、明日の夜には作りあげるとの事。

 薫とアリシアは、一旦お店を出るのであった。



「あれは、身を滅ぼすタイプやな……」

「びっくりです。まさか、あのように豹変するなんて」

「アリシアも夜は、豹変するやん」

「もう……薫様の……バカ」



 少し、恥ずかしそうにしながら言う。

 頬を染めて、薫の手をぎゅっと握るのだ。

 二人は手をつないで、翡翠館に帰るのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 エクリクスの上空。

 ゆっくりと降下する3頭のワイバーン。

 大聖堂の屋上に着陸するのであった。



「ご苦労様。ゆっくり休みなさい」

「ぐるるるうううう」



 そう言って、ダニエラはワイバーンの頭を撫でる。

 プリムとランドグリフも、ワイバーンから降りる。

 ワイバーンは、魔法陣と共に光の粒子に変換され、消えていく。



「貴方達は、仕事に戻って下さい。私は、これから少し用があるので」

「「わかりました」」



 そう言って、ダニエラは階段へと向う。

 すると、階段の下の方から声がする。



「大神官様、最後の仕事が終わったからって、逃げないで下さいよ~~~~!」

「ぜ、絶対いやにゃ~。私の仕事増やすに決まってるにゃ! 騙されたりなんてしにゃいにゃ」

「そ、そんな事しませんよ。て言うか、回復魔法のお勉強会を、今日大神官様が開いて下さるって、言ったじゃないですか。だから、お迎えに来たんですよー」

「そ、そんな約束身に覚えがにゃいにゃ! な、何時間拘束する気にゃ! 絶対無理にゃ。死んじゃうにゃ~」

「死なないですって、悪いようにはしませんから! ガトラス様から、許しは得てますから」

「ほらそうにゃ。私が、やるにゃんて一言も言ってにゃいにゃ~」



 そのような会話をしながら、階段を物凄いスピードで、上がってくるのだ。

 ダニエラは、くすくすと笑いながら、屋上の出口でティナが来るのを待つのであった。

 最上の出口まで、ティナは上がってきた瞬間、ダニエラの姿を発見する。



「だ、ダニエラぁ~~~! おかえりにゃー♪」



 そう言って、ぴょんと勢いよくダニエラに抱きつくのであった。

 プリムとランドグリフは、そんな微笑ましい光景に笑顔になるのであった。

 ダニエラもいつもより、柔らかい表情になる。



「ただ今帰りました。ティナ様」



 そう言って、優しくティナを包み込むように抱きしめる。



「はぁ、はぁ、だ、ダニエラ様……あ、あの、大神官様をこちらに引き渡してもらえますか?」

「あら、ごめんなさいね。ちょっと、ティナ様と話がありますので、次回にしてもらえますか?」



 笑顔でそう言われ、追ってきた神官は、息を切らせながら「はい」と言うしかなかった。

 十賢人の一人、ダニエラに言われたら、断る事は出来ない。

 元来た階段を、肩を落としながらとぼとぼと降りていく。

 ダニエラは、その神官に「次回、私が埋め合わせはします」と言うとパァーッと明るくなるのであった。



「ダニエラ助かったにゃ~」

「ティナ様、ちゃんとお断りしないと、どんどん流されてしまいますよ」

「断ったにゃ。でも、私の知らにゃいところで決まってるにゃ……」



 耳をへにょりと垂らして言うのであった。

 ダニエラは、やれやれといった感じで、ティナの頭を撫でるのであった。 

 ランドグリフとプリムは、ティナに挨拶をしてから階段を降りていく。



「では、報告もありますから、私の部屋に行きましょうか」

「うん」



 そう言って、ダニエラはティナと一緒に移動するのであった。

 ダニエラの部屋に着き、部屋の違和感に気づく。



「なるほど……そういう事ですか」

「どうしたのにゃ?」

「いえ、今お茶を入れますね」

「はーいにゃ」



 ティナは、ダニエラのベッドにダイブしてゴロゴロしているのであった。

 ダニエラは、台所でゆっくりと茶葉にお湯を注ぐ。

 そして、部屋に誰が侵入したのかを考える。

 最近やたらと絡んでくる十賢人がいたが、そいつはこのような事はしない。

 このような陰湿で、影でこそこそする者は、一人しか思い浮かばなかった。



「ガトラスでしょうね……。まだ、気付いてなければ良いのですが……」



 そう言いながら、ポットにお茶を移して、お盆にカップを二人分乗せて、運ぶのであった。

 部屋に戻ると、ティナはベッドでダニエラの枕に顔を埋めていた。

 ぴょんぴょんと尻尾のみが左右に動く。

 ダニエラは椅子に座り、カップにラックスティーを注ぐ。

 穂のかに、スッキリしたミントのような香りが、ティナの鼻孔を擽るのである。

 耳をピンっと立てて、ムクリと起き上がる。



「ダニエラの入れたラックスティーは、一番いい匂いがするにゃ」



 そう言って、ベッドから降りて、椅子に座るのであった。

 ダニエラは、ティナの前に淹れたてのラックスティーを出す。

 ティナは、ふぅーふぅーっと、息を吹きかけ冷ますのであった。

 その様子を、頬杖を突きながら笑顔で見るのであった。



「どうしたにゃ?」

「いえ、別に何もないですよティナ様」



 そう言って、見つめるのであった。



「ダニエラ、二人の時は、ティナでいいって言ったにゃ」

「うふふふ、そうでしたね。じゃあ、ティナ今回の報告をしますね」

「そうにゃ! 大丈夫だったのかにゃ?」

「はい、病気に罹った者は、全員治ってますよ」

「良かったにゃ~。すっごく心配してたにゃ」



 ホッと胸を撫で下ろすティナ。

 本当に、心配してくれてたんだなと、ハッキリわかる。

 そして、薬を作った薫の事。

 病気の症状などの事

 異常なまでの、魔力保有量を持っていることを話す。

 ダニエラは、自身の病気の事は伏せるのであった。



「カオル・アシヤかにゃ?」

「それは、わからないです。名は同じでも、姓が違いましたから」



 ダニエラの言葉にきょとんとするティナ。

 そして、椅子から降りて、ダニエラの膝の上に乗り、ラックスティーを飲む。

 むにゅっと後頭部をダニエラの胸に埋める。



「何故、今私の膝の上に来たんですか?」

「何となくにゃ。そんな事よりダニエラ。一個見落としてるにゃ。いや、何で気付かないにゃ?」

「?」

「姓を変える事は出来るにゃ」



 ティナの言う言葉に、頭の中で引っかかる物があった。

 そして、何か重要な事を、改ざんされているような気がした。



「結婚すれば、姓は変わるにゃ」



 その言葉に、引っかかっていた物が紐解ける。

 その瞬間、ほわんっと、ダニエラの体が青白く光り弾ける。

 アリシアに掛かっていた、ピンクラビィの『運超上昇ラッキーストライク』の効力が切れる。

 そして、違和感を思い出すのだ。

 アリシア・ヘルゲン。

 あの娘に会った時、感じた違和感だ。

 その時話した会話、そしてアリシアの動揺っぷり、今思えば、何故気が付かなかったのかわからない。

 考えれば考える程、アリシア・ヘルゲンはアリシア・オルビスで、現在消息がわからない状態の娘と一致するのだ。

 見た目は健康的であったが、最初に何処かで会った事のあるそのような感じがしたのだ。

 それは、間違いではなかった。

 容姿を思い出せば、今なら同一人物だと気付く。

 そして、アリシアが慕っている薫と言う人物だ。

 仮説などすぐに立ってしまった。

 あの回復魔法以外の治療法。

 自身もそれを受けている。

 眠っていた為、ランドグリフからの情報だけではあるが、相当な知識と技術を持つ者だとわかる。

 そして、用意されていたかのような薬。

 病気を知っているだけでは、薬など作れない。

 これは、治療師で日々研究している、ダニエラだからこそわかる。

 ピンポイントで、新種の病気を治せる薬。

 それも、即効性が高く、完治させるなどありえないのだ。

 ダニエラの中で、全てが繋がっていく。

 すると、ダニエラはクスクスと笑い出すのであった。



「だ、大丈夫にゃ……? ダニエラ」

「ごめんなさい。ティナ……カオル・アシヤに、私は会ってるわ」

「ホントかにゃ? いつにゃ……って、まさか。やっぱり、そうだったのかにゃ?」

「ええ、そのまさかよ。彼多分、同一人物よ」



 ダニエラは、そう言いながらティナの猫耳部分を手で撫でる。

 ちょっとくすぐったそうに、体をよじるティナ。



「どんな人だったのにゃ? 気になるにゃ」

「一言で言ったら、切れ者ね。あれは……用意周到に全てが、うまく行くように動き回ってる感じがするし」

「ま、魔法は見たのかにゃ?」

「見てないですね。でも……街一つ、一時間半位で全ての患者を治して来たと言うのですから、確実に範囲の回復魔法は使えると思いますよ」

「え゛!? 魔力保有量どんだけあるにゃ……そんなのもう化物に近いにゃ」

「ティナが言っても、説得力無いですよ」

「にゃにゃぁあ?!」



 ダニエラの言葉に、少しムスッとするティナ。

 しかし、しっぽと耳のダブルナデナデで、直ぐに崩れる。



「私も会ってみたいにゃ。会ってみたいにゃあ」

「そんなに、甘えながら言っても……駄目ですよ」



 ごろごろっと、いった感じで、ダニエラの頬に頬ずりをしながら懇願するティナ。

 しかし、却下されるのであった。

 ダニエラは、少しティナの行動で、動揺しているようだった。

 大神官と言う職は、このエクリクスから公務以外で、出る事を許されないのだ。

 それを知ってるからこそ、そう言って甘えてみるのだ。



「ダニエラのけちんぼにゃ」



 ちっちゃな声でそう言う。

 小さな声でも近くにいるのだから聞こえているのだ。



「ティナが会いに行かなくても、こちらに連れてくればいいでしょ?」

「出来るのかにゃ? 危ない事は駄目……にゃ」

「分かってますよ。それに、横槍を入れた人がいるんです。それを逆手に取って、こちらにも情報を来るようにしますから、案外早く見つかるかもしれません」



 ダニエラは、そう言って笑うのであった。

 その後は、ティナと有意義な談笑をして過ごす。

 オーランドが助けてくれた事などをだ。

 そして、ダニエラはティナに、オーランドから何かされなかったかを笑顔で聞くのである。

 ティナは、オーランドの発言を、一字一句間違える事無く報告する。

 天使のような笑顔で、「こんな事言ってたにゃ~。私は、よくわからにゃいけど」と言うのであった。

 ティナは楽しそうに話すが、このせいで後日オーランドは、ダニエラにしばかれる。

 500歳過ぎたオーランドおじちゃんは、泣きながらティナに助けを求めるのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 約束の夜、ニードグリフの端にある、フェンリル工房に薫達は居た。

 何度も、店内で爆発音がする。

 そして、地響きのようなものも起こるのだ。

 他の店の者が、フェンリル工房の前に集まるのであった。



「こんな遅くに、何やってんだよ……。今まで、こんな音出さなかったのによぉ」

「火事とかじゃないわよね。うちの店二つ向こうなのに……」

「フェンリル工房さん、どうしちゃったのかしら?」

「その内、店ごとぶっ飛んじまうんじゃねーのか?」



 そのような事を言っているのだ。



「約束の日の夜やけど……これは、物凄く入りづらいな」

「何でしょう……関係者と思われたくないです……」



 どんよりとした表情で、二人はフェンリル工房を見るのであった。



「これは、もう覚悟決めて行くしかないか……」

「は、はい」



 そう言って、薫達は意を決してお店の扉を開ける。

 集まっていた者は、ざわざわとするのであった。



「ジグ、来たでぇ~」



 薫がそう言うと、完全にアフロヘアになったジグが、奥から出てくるのだ。

 その髪型を見て、アリシアは吹き出しそうになるのであった。

 薫は、一度でも見たことないと、この髪型はインパクトがでかいだろうなと思う。



「薫さんにアリシアさん出来てますよー♪ 絶対に使えないでしょうけど、僕のロマンをぶち込んだ、最高傑作です」

「お、おう……」



 異常なハイテンションで、サムズアップするジグ。

 そして、木箱に入った物を持ってくるのであった。

 


「こちらになります。どうぞ見てみて下さい! 見た目も、こだわっちゃいましたよ」

「そ、そりゃ、すごいな」

「ささ、どうぞ。アリシアさん確認をぜひ」

「は、はいなのです」



 そう言って、アリシアはジグから木箱を受け取る。

 箱を開けると、真っ白な白鞘の刀が出てきた。

 薫は、「おお、めっちゃかっこええ」と思うのであった。

 アリシアは、手に取ってみる。

 驚くほど軽いのだ。

 アーラルド大工房で、持った刀よりかなり軽い。

 鞘から抜いてみると、刀身は淡い青色であった。

 アリシアの髪の色と同じで、綺麗に透き通って見えるのだ。

 まるで、氷その物なのではないかと、錯覚してしまうほどに美しかった。



「一応、名前は、【氷刀・雪時雨ひょうとう・ゆきしぐれ】です」

「か、薫様……物凄く綺麗です」

「ああ、これは凄いな」

「僕の使いたい素材で作りましたから。全て、一級品の代物ですよ! もう、作ってる時の、ドキドキ感と言ったらないですよ。今まで、工房長が仕切ってましたからね。使いたくても使えませんでした」



 鬱憤もぶち込んだ代物というわけだ。

 大丈夫なのだろうかと思う。



「薫様、この持つところの一番下に穴があります。ここに、ピンクラビィの尻尾アクセサリーで、飾り付けると可愛らしいかもしれません」



 こっちは、もう大丈夫じゃないみたいです。

 興奮気味に、アイテムボックスから取り出した。

 ピンク色のまんまるストラップだ。

 それを、柄頭のところにある穴に通して、付けるのであった。

 それを見て、うっとりとするアリシア。

 もう置いておこうと思うのだ。



「ジグ、他に武器とかって今から作るんか?」

「ある程度の品物は作りましたよ。オーランド大工房は、配合比率がわからないみたいで、失敗品が多いらしいです」

「ほう、情報は入れてるみたいやな」

「いえ、資料に記入した数字、僕が間違った分量で記入してたんです。えへ」



 薫は、可哀想にと思うのであった。

 だから、オーランド大工房の品物が少なかった。

 そして、買わなかった時、店員は残念そうにしていたのかと思う。

 売れなければ、材料も買えない。

 そして、失敗が続けば、資金がなくなり、この研究から手を引かなければならないのだ。



「ジグ、お前狙ってやったんか?」

「いえ、疲れてて、本気で間違っちゃいました」



 凄くいい顔で言うのだ。

 これは、天然ですわぁ……。

 その後、薫はジグが作った品物を見る。

 大剣、長剣、クロスボウ、斧、槍、色々な物が全て一品物で作られていた。

 全て、中級までの付加属性付きだ。



「仕事早いな」

「昨日から寝ずに、ぶっ通しで作ってます。楽しすぎて、寝るの忘れてました」



 本気で、そのうち体の電源が、強制的に落ちると思う薫。

 とりあえず、薫はジグに寝ろというのであった。

 ジグは、あくびをしながら、「わかりました」と言う。

 一応、明日のお昼からこの武器の宣伝をすると決め、薫はジグに「お疲れさん」と言いながら、肩を叩く。

 その一瞬で『体力中回復エイルヒール』を無詠唱で掛け、店を後にするのであった。

 店を出ると、皆ヒソヒソと話をしているのであった。

 薫とアリシアは、そそくさとその場を後にする

 ある程度お店から離れたら、先ほどの品々を思い出し、薫はアリシアに言う。



「でも、凄いな」

「はい、たった一日であれだけの物を作れるんですね」

「そう、俺もそれ思ったわ。どんな作り方なんやろうな。俺の知ってるのは、かなり時間の掛かるもんやと、思っとったんやけど」



 そう言って考える。

 現代の工房で作ろうとすると、一日であれだけの品物を、一人で作ることは不可能に近い。

 ジグは、かなり凄い鍛冶屋なのかなと思う。

 そんな事を思っていると、アリシアは刀を大事に持ち、そわそわするのであった。



「なんや? 試し切りでもしに行くか?」

「いいんですか!」



 アリシアはパァーッと、明るい表情になるのであった。

 ニーグリルの迷宮は、かなり弱い迷宮だ。

 領主が、初心者の者が適度に戦えるからと、討伐せずに残しているのだという。



「そんじゃ、アリシアの初戦闘と行きますか」

「はい、薫様と一緒の迷宮は初めてです。すごく楽しみです」



 そう言って、アリシアは薫に抱きつくのであった。

 柔らかい二つのお山が、薫の腕に当たるのだ。

 薫は、少し顔が赤くなる。

 それに、気付いていないアリシアは、楽しそうに歩くのであった。



 迷宮の前に到着する。

 辺りは、暗くなっていた。

 シンプルな作りの門がある。

 地下に繋がる穴は、夜のせいか、少し不気味に感じるのだ。

 通路には、魔晶石の明かりが着けられるが、それでも少し入るのを躊躇してしまう。



「えーっと、迷宮に潜るのは初めてですか? それとも、指定階層までの移動ですか?」



 そう言って、探求者ギルドのガイドさんが言ってくるのだ。

 薫は、数回と答える。



「でしたら、そのまま入って下さい。この迷宮は、初心者の方が気軽に入れる迷宮です。緊張せずに、肩の力を抜いて、魔物と戦えば大丈夫ですよ」

「どんな魔物が出るんや?」

「インセクトアーマーと言って、すごく動きの遅い魔物です。初心者の方でも安心して狩れると思います」



 そう言って、笑顔で答えてくれた。

 薫も「おおきに」と言ってアリシアと一緒に迷宮に入る。

 アリシアは、初めて入る迷宮に、辺りをキョロキョロしながら歩くのであった。

 ちょっと、その行動に笑ってしまうのであった。

 そして、長い通路を歩いていると、広い部屋に出る。

 中央に、インセクトアーマーが二体、丸まっているのだ。



「あれが、そうやろうな」

「丸まってます……。物凄く隙だらけに見えます」



 そう言いながら、アリシアは、雪時雨を抜く。

 ピンクラビィの尻尾のストラップが、物凄く存在感を放つ。

 薫は、ついそのストラップに目が行ってしまう。

 アリシアは、ゆっくりとインセクトアーマーに近づく。

 アリシアに気付いたのか、丸まっていた体を解除する。

 薫は、ダンゴムシかな? と思うのだ。



「か、薫様、なんか足が一杯で気持ち悪いのです」

「魔物なんて、そんなもんやろ」

「そ、そうなのですか」



 そう言いながら、アリシアはおどおどしながら振りかぶる。

 型も知らないアリシアは、正眼の構えで一直線に振り下ろすことしかできていなかった。

 そして、魔力を少し流しながらである。

 振り下ろされる刀身からは、ほんのり冷気のような物が出ていた。

 インセクトアーマーに当たった瞬間、一瞬で凍りつく。

 そして、ガシャーンと割れて、光の粒子へと変換される。



「す、凄いのです! ほんの少しで、この威力です」



 目を輝かせながら、魔物を初めて倒したアリシアは、喜ぶのであった。

 薫も、「スゴイスゴイ」と言いながら、アリシアの頭を撫でる。

 とても嬉しそうなのであった。

 そして、アリシアはもう一匹のインセクトアーマーを見る。

 今度は、もう少し魔力の量を増やしてみるのだ。

 魔力の流された刀は、青白い凍気を纏い、禍々しくうねる。

 そして、アリシアはインセクトアーマーに斬りかかる。

 斬った瞬間、この一室が一瞬にして凍りつき、インセクトアーマーは、天井につくくらいの、ドでかい氷塊の中で息絶える光の粒子になるのであった。



「え゛!?」

「嘘やろ……」



 二人して驚く。

 部屋は、一気に凍えるほどに寒くなる。

 二人の吐く息は、白くなっていた。

 ゆっくり感想を言い合う暇はない。

 これを、仕出かした事がバレたら色々とヤバイと思う。

 氷塊で、先に進む事が難しくなったからだ。

 そして、そのまま大急ぎで来た道を逃げるのであった。

 物凄いスピードで、迷宮を出る。

 ガイドの人は、どうしたんだろうと言った感じの表情で、出て行った薫達を見るのであった。



 広場まで逃げて来た薫とアリシアは、笑うのであった。

 まさか、あのような事になるとは、思いもしなかった。

 迷宮の一つの部屋を凍らせてドでかい氷塊を作り上げてしまったのだ。



「アリシア、どんだけ魔力込めたんや?」

「え? そ、そんなに、魔力を込めてませんよ?」

「アリシアは、今後魔力コントロールの特訓やな」

「え゛!? ま、毎日頑張ってますよ」

「それ以上せんとアカンなぁ……」

「そ、それじゃあ……ビスタ島でやったアレを毎晩して下さい」

「え?! いや、ほらあれは、副作用あるやん」



 アリシアの返しに、薫が焦るのであった。

 心臓から、魔力を血管に流すイメージで送る方法。

 未だに、アリシアにその事を教えれてないのだ。

 薫自身が、アリシアの体に、直接魔力の流れを示しながら、アリシアにその流れを追わせる方法だ。

 教えようにも、副作用的にちょっと気がひけるのだ。



「そ、それは、今回は無しや」

「えー、いいじゃないですかぁ」



 そう言って、頬を膨らまし可愛らしい顔で、薫を見るのだ。

 可愛い顔をしても駄目です。

 そんな会話をしながら、薫達は翡翠館に帰るのであった。

 その夜薫は、アリシアにビスタ島でした、魔力コントロール方法をしてとせがまれる。

 延々と甘い声でねだられた。

 薫は渋々したが、結果はわかっていた……散々なのであった。


読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。

この文字数は、いつも通りです。

楽しく書いてるのでいいですよね。

はい、ランキング入り数日間入ってます。

皆様のおかげです。

本当に有難うございます

次回も、一週間以内に上げたいと思います。


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