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温泉の町ニーグリル

 周りは、ほのかに硫黄の匂いがする。

 山岳地帯のふもとで、花が色とりどりに咲いていた。

 街道の休憩所に、足湯が設置されている。



「ほぁ〜。気持ちが良いのですよ〜薫様ぁ」



 若草色のワンピースを膝上まで捲り、足を湯船につけていた。

 何故か、色っぽく見えてしまう。

 不思議だなぁと思いながら、アリシアを見る。

 胸元には、守護のペンドラグルを身につけていた。

 日の光が乱反射して、幻想的に煌めく。

 アリシアは、足をぱちゃぱちゃするのであった。



「これは中々、気持ちも和らぐなぁ」

「はいです」



 二人は、そのままの寝っ転がり、足湯を満喫するのであった。

 自然が豊富で、リスの様な小動物が木の上で、木の実をかじる姿が見える。

 薫は、その小動物をジッと見ていると、だんだんアリシアに見えてくるのである。

 秋空になり、風が少し冷たくなっているが、日差しを浴びると心地よいのだ。

 小動物は、日差しを浴びながら、船を漕ぎつつ、木の実を器用にカリカリと食べていた。

 薫は、それを見てクスリと笑うのであった。



「どうしたのですか?」

「ん? いや、なんでの無いで」



 そう言いながら、薫は目を瞑る。



「本調子では無いですか?」

「もう、すっかり回復したから大丈夫やで」

「なら……良かったのです」



 アリシアは、笑顔で返す。

 しかし、少し残念という気持ちもある。

 魔力を分け与える行為が、出来ないからだ。



「ちょっと残念。みたいな雰囲気が出とるで」

「そ、そのような事、お、思っても無いですよ」



 相変わらず、分かりやすいアリシア。

 吹けない口笛を吹きつつ、目線をそらすのだ。



「あと少しで、【ニーグリル】やからな。ほんま、温泉楽しみやなぁ」

「体を癒すだけでなく、その他にも、効果があるとか言ってましたよ」

「名産品も、酒と乳製品ってのが分かっとるなぁ」



 今から、ウキウキな二人。

 どのくらい滞在するかなど、話し合うのであった。



「あ! か、薫様! お金どうしましょう……」

「……あ!」



 薫は、嫌な汗を掻く。

 ダルクに渡したまま、忘れていたのだ。



「一泊くらい出来るやろうか……」



 そう言って、金貨の入っていた袋を取り出す。

 コロンと、薫の手に三枚のミスリル硬貨が落ちてくる。

 所持金は、3万リラ。

 物凄く微妙なラインだ。



「おうふ……」

「泊まれるのでしょうか??」



 アリシアは、首を傾げながら薫を見る。

 どのくらいの相場なのか分からない。

 温泉の街【ニーグリル】。

 迷宮を主体としてない街で、観光を主な産業にして、発展した街とルナから聞いていた。

 新婚旅行は、奮発したなどという会話を思い出す。



「せっかく泊まるんやから、一流の宿泊施設がええなぁ」

「さ、3万リラで行けるでしょうか……。もしもダメなら……秘蔵のピンクラビィ人形を質に出して……」




 そのような事を言いながら、二人は悩むのであった。



「あー、どっかに金でも落ちとらんかなぁ」

「そんな、落ちてるわけないじゃないですか薫様」



 冗談めかしく、言う二人。

 寝っ転がったまま、ゆっくりと時間は過ぎていく。

 すると、山の上から地響きのような音が聞こえる。

 ちょっと嫌な予感がする。

 薫とアリシアは、足湯から出てタオルで足を拭く。

 急いで、靴を履き休憩所から出るのであった。



「喧しいな。なんや」

「ゆっくりしてたのに、何なのでしょう……」



 ふと、山の上を見上げる。

 すると、大きな亀のような魔物が、此方を目指して、猛スピードで降りてくるのであった。



「「え゛?」」



 二人は、目が点になり、変な声が出る。

 そして、その亀の前を、全力疾走する人の姿が見えるのだ。



「うわああああああ。逃げてくださいいいいいい」



 涙目で叫ぶ。

 少しでも速度を落とすと、その亀に踏み潰されそうなのだ。



「いや、こっちくんなよ! 馬車とかあるんやぞ」

「ど、どうしましょう薫様」



 ちょっと焦る薫とアリシア。

 体長5メートル級の亀。

 頭には、デカイ角が生えている。

 そして、甲羅の上には、沢山の岩が乗っかっているのだ。



「止めんと、あかんのんやろうな」

「ほ、本気ですか!? あんな大きな魔物見た事無いのですよ」

「流石に止めれんかったら、シャレにならんけど、進行方向は変えれるやろ」



 そう言って、薫は休憩所から飛び出す。

 かなりのスピードが出ている為、威圧で止めるなど、出来そうにないと思う。

 瞬間的加速で、亀に近くまで一瞬で移動する。

 そのまま、薫は魔力で身体強化をして、亀の前足を蹴り抜くのであった。

 蹴り抜かれた亀は、頭から地面にぶつかり、一回転してひっくり返る。

 然し、勢いが付いてた為、ひっくり返ったまま滑って行く。

 そのまま、ドカンと物凄い音を立て、大木にぶつかり止まるのであった。



「ふぅ……危なかったわぁ」

「だずがりまじだぁー」



 何故か、薫の足に引っ付く知らない男の子。

 背は、アリシアと同じくらいだろうか。

 青髪の短髪。

 動きやすい軽装備であった。



「で……誰やこれ?」



 アリシアも駆け付け、その者を見る。

 ぷるぷる震えながら、しがみついているのだ。



「冒険者さん? でしょうか」



 アリシアはそう言って、首をかしげる。

 本人から、聞いてないから分からないのだ。

 薫は、しがみついてる男の子を引き剥がす。



「もう大丈夫やから、お前は誰なんや?」



 ぷらーんと、薫に摘まれ宙で揺れる。



「あ、え、えっと、鉱物の研究してます。じ、ジグ・インステリアと言います」



 ちょっと照れながら言うジグ。



「俺は、薫や」

「私は、アリシアなのですよ」



 自己紹介も終わったところで、何故あの亀に追われていたのかを聞く。

 すると、あの亀は魔物では無いようだ。

 名前は、ランジュエルドラゴンと呼ばれる。

 この山脈地帯に住む在来種のドラゴン。

 鉱石を生み出すとされて、かなり貴重なドラゴンと言われている。

 基本は、大人しく人に危害を加えたりしないと言う。

 逆鱗に触れると、落ち着くまで、暴れるといった行動をとる。

 昔、それで街が滅茶苦茶になったと伝えられている。



「大人しいドラゴンが、なんで追っかけて来るんや」

「え、えっと、ここら一帯で、珍しい鉱石が採れたと聞きまして……。ピッケルで、色々と掘ってたんですが……その」

「まさかとは思うけど……このドラゴンの体を、ピッケルで叩いたってオチか?」

「えへへ。夢中だったので」



 最高の笑顔で言うジグ。

 反省の色が見えない。

 それに、ちょっと違和感が覚えられた。

 薫は、軽くチョップを食らわす。



「ぎゃふん」



 涙目になりながら、チョップされた頭を撫でる。

 なんで、叩くのという目で薫を見る。



「無害なドラゴンさんに、そのような事をしてヘラヘラしているからです。あと少しで、私達も危なかったのです。それに、暴れまわられたら、もっと大きな被害が出ていたのですよ」



 腕を組み言うアリシア。



「す、すみませんでした」



 アリシアに言われ、二次災害で近くの街まで被害が出ると思うと、ゾッとするのだ。

 この騒動を起こした者が、全責任を被る。

 ジグは、研究どころではなくなる。

 下手すれば、奴隷送りになる可能性もあるのだ。



「薫さん、アリシアさんは、僕の命の恩人です」



 そう言って、二人の手を取りぶんぶんと握手をするのであった。



「まあ、ええわ。それより、こいつどないしようか」



 薫は、ひっくり返ったランジュエルドラゴンを見る。

 ポロポロと涙を流す姿は、ウミガメの産卵かな? と思うのであった。

 角は、折れてしまい、大木に突き刺さっていた。



「取り敢えず、ひっくり返ったままはあかんやろ」



 そう言って、薫は強化をしてひっくり返す。

 ランジュエルドラゴンは、目が点になりながらも、元に戻ることができた。



「よし、すまんかったな」

「ぐぅうう」



 そう言って、薫はランジュエルドラゴンの頭をペシペシ叩く。

 そうすると、薫にすり寄ってくるのであった。



「薫様になついたのです! 蹴った張本人なのに、この子は忘れてるのです! お馬鹿なのです!」

「多分ですが……覚えてないんじゃないかなって思います」



 ジグが、アリシアに言う。

 怒り狂ってる状況では、我を忘れ破壊し尽くすと言われると話す。



「でもよく、薫様の蹴りで死にませんでしたね」



 アリシアは、ふと疑問を薫にぶつける。



「本気で蹴ったら、流石に死ぬやろ。こんなデカイのが、いきなり空から降ってきて、何か被害でも出したらあかんからな」

「飛ぶのですか!!? 凄いのです」

「う、うっそだぁー」



 ジグは、薫の言葉が信じられないと言わんばかりの、返しであった。

 アリシアは、普通に鵜呑みにする。

 寧ろ、アリシアは、薫なら出来るであろうと思うのだ。



「あ……。角が折れとる」

「!!!?」



 ひょいっと、大木に突き刺さった角を引き抜き、ランジュエルドラゴンの頭にくっ付ける薫。

 一度折れた角は、ポロンと地面に虚しく落ちるのであった。



「無理か……これ、瞬間接着剤とかないんかな?」

「だ、大丈夫です! ランジュエルドラゴンの角は、また生えてきますから……」

「そうなんか? あー、良かったわぁ」

「そ、それでその~相談なんですけど……。その角を譲ってもらえませんか!」



 物凄く興奮した表情で、薫を見るジグ。



「これ欲しいんか?」



 薫が手に持つ角をじっと見る。

 ジグは、全力で首を縦に振るのであった。

 三角錐の塊を、薫はよく見る。

 価値のある物なのかと思い、『解析』を掛けてみる。



 ・名称、ランジュエルドラゴンの角

 ・種類、レア鉱物

 ランジュエルドラゴンから採取する。

 ランジュエルドラゴンを、怒らせないように、細心の注意を払わなければならない。

 一度暴れだすと、落ち着くまで時間がかかる。

 研究者が昔、ランジュエルドラゴンの角を折ったことがある。

 一度、折れた角が生え変わる時、ランジュエルドラゴンは超強化される。

 そして、角は更に硬くなり、折れる事がなくなる。

 現在は、一度の採取で、30g取れればいい方と言われる。

 市場では、なかなか流れない。

 と言うより、まとまった物が、なかなか確保されないからでもある。

 鉱物研究が進む中で、アイテムなどに、属性を付けられる効果がある事が判明した。

 そして、組み合わせで、色々な効果が出ると言われる。

 現在は、100g、約15000リラで取引される。



「ほう……そんなに目を輝かせて、これは相当な価値があるんかな?」

「な、ないよ。ちょ、ちょこっと研究したいなって、思っただけですよ」



 一気に怪しくなる。

 アリシアも、あからさまに挙動不審になるジグを、怪しむのであった。



「な、なんだか、凄くわかりやすい子ですよ! 薫様、あからさまなのです」



 薫は、口には出さなかったが、「お前が言うな」と思うのであった。

 普段、隠し事や、嘘をつく時のアリシアにそっくりなのだ。

 他人の振り見て我が振り直せと思うのであった。



「ジグ、本当はこの角を採取しようと思って、怒らせたんやないやろうな」

「ギクッ」

「私でも、分かるくらいに分かりやすいのですよ!」

「アリシアも、嘘ついた時こんなんやから、あんまり人の事言えへんで」

「!!?」



 薫に図星を突かれ、滝のような汗を掻くジグ。

 アリシアは、ランジュエルドラゴンの足元で、体育座りをして、棒切れで地面を突きながら、いじけるのであった。



「何で、これがいるんや?」

「け、研究の為ですよー」

「ほう、アイテムに付加属性を付けれる素材って、聞いた事あるんやけど。かなり、需要があるとは思うんやけどなぁ」

「え、え〜と! じゅ、10万リラでどうでしょう。た、タダとは言いません。買い取りという事で……」



 ジグは焦り、薫の質問に答えず、買い取る方向に変えてくる。

 しかし、薫は『解析』で、現在の相場を知っているのだ。



「薫様! 10万リラあれば、一流の宿泊施設を思う存分楽しめますよ」



 アリシアは、ジグの金額に食いつく。

 チャリーンっと、お目目が、リラマークになるのであった。



「ニーグリルの一番高い所でも、のんびりできる金額ですよ」



 アリシアが、食いついたおかげで、ジグはいけると思うのであった。

 少しでも、

 安く買いたたければ良いと思うのだ。

 然し、ジグの提案を断るのであった。



「10万リラかぁ……。これ、街に持って行って売った方が、高く買い取ってくれそうやなぁ」



 そう言って、ジグを見る。



「そ、そんな事せずに、此処で決めてしまいましょう」

「交渉が下手すぎや……。駆け引きもクソもないな」

「……」



 薫は、そう言うとジグは黙ってしまった。

 アリシアは、きょとんとした表情でよく分かってないようだ。

 小さな声で、薫に「10万リラですよ! 売ってしまいましょう」と言うのであった。

 アリシアを見て、薫は「この子は、本当に……」と思うのであった。



「100g、1000リラって計算か?」

「は、はい」

「現在の相場は、100g、15000リラやろ」

「え!!? なんで、知ってるんですか!! って、あ!」



 墓穴を掘るジグ。

 アリシアは、その金額を聞き、驚くのであった。



「え!!? って事は、この角一本で100万リラ以上するという事ですか!」

「まぁ、そういう事や。ぼったくるにも程があるやろ」

「……」

「それに、ジグはこのランジュエルドラゴンの事、よく知っとったやろ? そんな人間が、怒らせる事自体おかしいねん」



 薫の言葉に、思わず納得するアリシア。

 罰の悪そうな顔で、ジグは俯く。



「まぁ、別に俺は、渡したくないってわけやないんや」



 薫は、少し悪い顔をして言う。

 薫の言葉に、俯いていたジグは、パァーッと表情が明るくなる。



「お互いに、利益のある商談をしよう言うとんねん」

「お互いに利益ですか?」

「そうや。そっちだけ、丸儲けだとこっちは損やん。俺らも、少し金がいるねん。温泉入りたいやん」



 そう言って、薫はジグと話をする。

 今回、ジグがこの角を欲しがってる、本当の理由を聞く。

 ジグはニーグリルの工房で働いている。

 工房兼研究機関として、この角を研究しているのだ。

 あと少しで、研究が終わるのに、角がない。

 そして、小規模の研究機関なだけに資金もないのだ。

 だから、無理にでも今回、採取を強行したのだ。

 結果は、散々だったが……。

 少し前に、取り仕切る者は、ジグの所を辞めて、大きな研究機関に移ってしまった。

 辞めた者は研究資料を、そのまま大きな研究機関に持って行ってしまった。

 だが、市場になかなか出ないこの角のせいで、向こうも研究が止まっている。

 今回、この角があれば、研究も大詰めを迎えられる。

 そして、完成すれば、莫大な利益を得られるのだ。



「そ……そういう訳で、今出せる金額は、50万リラが精一杯なんです……」

「うん。じゃあ、50万リラで売りや。条件付きやけどな」

「え!!? いいんですか?」

「ええよ。俺が持っとっても、宝の持ち腐れやし。ちゃんと理由を、話してくれたしな」

「で、でも相場の3分の1ですよ?」



 正直に話して、まさかあっさり売ってくれるとは思ってもみなかった。



「武器とかに、付加属性つけれるんなら、鍛冶も出来るんやろ?」

「は、はい。一通りは作れますよ。研究は、その一環ですから」

「じゃあ、一つアリシアに作ってやって欲しいんやけど。それが売る条件な」

「え? 僕が作るんですか!?」

「お前以外に、誰が作んねん」



 パクパクしながら、薫を見るのである。

 アリシアは、薫を見ながら赤くなるのであった。



「アリシア、何がええか?」

「そ、そうですね……。うー、迷っちゃいます」

「す、すぐに決まらないのなら、後日でも良いですよ」

「そうします。ゆっくり決めますね」



 アリシアは、嬉しそうに笑うのであった。

 ジグは、大変な仕事を任されたと思う。

 肩に、重い石が乗ったような感じがした。

 


「ジグの研究所ってどこにあるんや?」

「ニーグリルの端っこですよ。名前は、フェンリル工房です」

「じゃあ、作って欲しい物が決まったら、行くからな」

「分かりました。えっと、お金なんですけど」

「ああ、着いてからやろ?」

「渡しときますね♪」

「なんで、こんな大金持ち歩いとんねん! 危ないやろ!」

「薫様も人のこと言えませんよ!」



 アリシアは、すかさずツッコミを入れる。



「研究所に置いとくと、何かあったらいけないので……」



 そう言って、笑うのであった。

 金貨の入った袋を薫に渡す。

 薫もジグに角を渡すのであった。

 


「交渉成立や」

「あ、有難うございます!」



 ジグは、大喜びではしゃぐのであった。

 その後は、ランジュエルドラゴンと別れ、ニーグリルを目指す。

 馬車の横に、並走するように、ジグも馬に乗り走らせる。

 ランジュエルドラゴンの角を手に入れ、ホクホクな顔なのであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 休憩所から、2時間ほど移動すると、大きな街が見えてきた。



「和風やな……ますます、ええなぁ」

「見たことない建物なのです」

「此処が、ニーグリルです。温泉の街と言われているんですよ」



 山を段々に開拓した街。

 湯気が、街の至るところから出ていた。

 上の方から、滝のように温水が流れている。

 そして、水路を流れ街の全域を流れていた。

 町並みは、瓦屋根の家や蔵などがある。

 殆どの家が、平屋であった。

 所々に、旅館のような高い建物が並ぶ。


「凄いのです……。は、早く行きましょう薫様」



 そう言ってアリシアは、興奮しながら薫の服を引っ張るのであった。

 薫は、馬車を走らせ門まで行く。



「「温泉の街、ニーグリルへようこそ」」



 門番達が、笑顔で挨拶をしてくる。

 薫達は、カードを出し、身分証明をする。



「はい、確認しました。どうぞ、心行くまで、堪能して行って下さい」



 そう言って、一礼するのであった。

 薫達は、そのまま馬車を走らせ、街に入って行った。



「おい……今の男、カオルって名前だったぞ」

「え? 今、治療師ギルドが捜してる奴か?」

「ああ、だけど、アシヤじゃ無かったんだよな。ヘルゲンって名前だったんだよ」

「偽名を使ってるんじゃないか?」

「ありえるな……。白衣を着てるから、治療師なのは間違いないみたいだし」

「俺らで、賞金山分けってので、一緒に捕まえねーか?」

「お! いいね。治療師ギルドから、結構な額出るって噂だしな。それに、悪党を野放しにしちゃおけないからな」

「お前、跡をつけて来いよ」

「任しとけ!」



 門番は、一人薫達の跡をつけるのであった。



「凄いのです。皆さん変わった服装なのですよ〜」

「ユカタって言う服ですよ。このニーグリルのみで作られる衣類です」

「ますます、日本にそっくりやな。若干、外国人が作った、なんちゃって日本みたいな感じやけど」



 アリシアとジグは、薫の言う意味は、わからなかった。

 然し、アリシアは見るもの全てが、新しい物で、目をキラキラ輝かせるのであった。



「では、私はここで」

「ああ、早めに一度顔出すわ」

「はい。お待ちしております」



 ジグは、ぺこりと一礼する。

 そう言って、薫達はジグと別れるのであった。



「さて、馬車を置かせてくれる所を探すか」

「あ! あそこではないですか?」



 アリシアは、冒険者の馬などを預かる預かり所を見つける。

 薫は、そこに馬と馬車を預けお金を払う。

 そして、街を堪能しに行くのであった。

 少し歩くと、屋台が大量に並ぶ通りがあった。



「か、薫様! ピンクラビィ温泉饅頭、略してラビィ饅があります!」



 大いに、楽しむ気満々なアリシア。



「お! 可愛い嬢ちゃんだね。一個100リラでいいぜ。食べると頬が落ちるくらいうまいんだぜぇ」

「ごくり……」



 アリシアは、両手を薫の前に出し、薫を見ながら無言で訴え掛ける。

 薫は、100リラを取り出し、アリシアの小さな手の平に乗っけると、パァーッと満面の笑みを浮かべるのであった。



「では、一つ下さい」

「まいど〜。熱いから、気をつけて食べるんだぞ」



 そう言って、包みに巻かれたラビィ饅を受け取る。



「う〜、食べるのが勿体無いクオリティなのですよ」



 ラビィ饅をじっと見るアリシア。

 湯気が、ほくほくとあがる。

 然し、食欲には勝てず、パクッと噛み付くのであった。

 食べた所から、にょ〜んとチーズが糸を引く。

 ホワイトソースに絡められた一口サイズのお肉は、噛むたびに肉汁が、口一杯に広がって行く。

 ホワイトソースは、濃厚で甘みがある。

 アリシアは幸せそうな顔で、蕩けるのであった。



「おいひーのですよ。絶品です。毎日でもいいくらいです」

「幸せそうで、何よりやな。でも、栄養はバランス良くとるんやで」

「了解です!」



 敬礼をするアリシア。

 二人は、のんびり手を繋ぎ歩くのであった。



「先に、泊まる所を確保しといた方が良えかもな」

「そうですね。日が暮れて、空きがなかったらいけません」



 そう言って、薫達は、旅館が立ち並ぶ区域に入る。



「どれも個性的で、選ぶのが難しいですね薫様」

「どれも、温泉完備しとるやろうから、安くても温泉目当てで来る人は、多そうやな」

「ユカタを着ている人が多いですね」

「多種族、誰でも温泉の魅力のは勝てへんのんやろ」



 そんな事を言いながら、一軒一軒見て回るのだ。

 そして、周りとは逸脱した高級な旅館が目に入る。

 門構えがあり、お金が無いと、入れそうにない雰囲気なのだ。

 敷地内は、赤や黄色の紅葉を満喫出来る庭があるようだ。

 外からでも見える木々は、丁寧に選定されていた。



「薫様、ここでしょうか?」

「多分そうやろ。緑葉亭【翡翠館ひすいかん】って、ダルクさん達言ってたしな」



 そう言って、薫とアリシアは中へと入っていく。

 扉を開けると、木の匂いがするのだ。

 薫は、心が落ち着く。

 廊下は、漆を塗っているのか、艶があり、高級感が見て取れる。

 窓から光が入ると、光を反射し、受付などの空間を、優しい光に変えて照らしていた。



「いらっしゃいませ」

「二人なんやけど、部屋空いとるか?」

「えっと……すいません。空いてる部屋は、一番高い部屋しか空いてないんですよ」



 申し訳なさそうに、受付の女性が言う。

 普段は、そこまで混まないが、紅葉シーズンでお客さんが、ニーグリルに沢山来ているのだ。

 そして若い二人に、そこに泊まる金額が、普通に出せないと思うのだった。



「じゃあ、そこでお願いするわ」

「え?」



 ちょっと、ビックリした様子で声を出してしまった。

 かなり高い料金が掛かる。

 金額を聞かずに、薫が即決するからだ。



「え、えっと、お客様。一応金額が、一泊食事付きと全ての施設を使えるので、1万リラですよ?」

「ああ、問題ない」

「お風呂楽しみですね〜」



 金額を聞いて、全く動じない二人に、ポカーンと口を開けて驚くのであった。



「あふん!」



 受付の女性を後ろからスパーンとたたく女性がいた。



「どうもすいません。この子、新人なものですから……」

「す、すいませんでした。失礼なことを言ってしまって」



 そう言って謝るのであった。

 薫は、笑いながら「かまわへんよ」と言うのであった。



「で、では、こちらにご署名と、魔印を押して下さい」



 ぎこちない感じで、書類を出す受付の女性。

 薫は、名前を書き、魔印を押そうとするが、押した事が無いので、聞くのであった。

 魔印について、丁寧に教えてくれた。

 魔力は、一人一人必ず違う。

 その魔力を印判に流し、書類をなどに押す事で、契約などを行う。

 確実な効力を発揮する、この世界でのルールでもある。

 もしも、書類に書いた契約を破ると、罪を刻まれ、罪人になることがある。

 その他にも、効力を発揮するが、今回は身分と、無銭での宿泊をした場合になる。

 薫は、便利やなと思うのであった。

 かなり前に、アルガスにさせた契約より、この方が断然いいと思うのだ。

 しかし、絶対的契約というのは、怖いとも思う。

 無闇に、契約はしないようにしようと思うのであった。



「魔印での契約は、契約期間が過ぎると、勝手に消滅しますので、安心して下さい」

「じゃあ、これで良えか?」



 薫は、書類をちゃんと確認してから、魔印を押して契約をする。

 それを見ていた後の女性は、契約が成立すると、深々と頭を下げその場を後にするのであった。



「はい。では、何日間のご宿泊ですか?」

「そうやな。10日で」

「はい。有難うございます。では、前金として半額を納めて下さい」



 薫は、受付の女性に金貨1枚を渡す。



「確かに頂きました。残りは、10日後の出られる時に支払い下さい」

「分かった。あと、これからちょっと、街を巡って来るから、帰った時に部屋までの案内頼むで」

「はい、行ってらっしゃいませ」



 そう言って、薫とアリシアを見送るのであった。

 薫達は、街に出ると、だんだん人が多くなってきた。

 何かあるのかと思いながら、アリシアと歩く。



「薫様、何処を回りますか?」

「そうやな、ユカタ欲しいし。商業区域にでも行ってみるか」

「私も着てみたいです!」



 二人は、のんびりと歩くのであった。



「マジかよ! 翡翠館に泊まるとか、どんだけ金持ってんだよ。羨ましすぎる。これも全部、病人から多額の金を巻き上げたからに違いない。それにあんな可愛い子を連れているなんて……あの子も騙されているんだ」



 そう言いながら門番の男は、隠れながら、薫とアリシアの跡をつけるのであった。



 薫達が、ちょうど街の中心に来たところで、門番は薫を呼び止める。

 門番は、勝手な自己完結をし、薫を悪人と決めつける。

 そして、身勝手な正義感で、制裁しなければいけないと思い、一人で行動を起こすのだ。

 薫は、呼び止めた人物を見る。



「あー、門番さんやん」

「どうしたのでしょう?」



 二人共、両手に屋台で買った食べ物を持っていた。

 満喫具合が、半端ではなかった。



「お前に罪状が出ている! 大人しく捕まれ」

「何を訳の分からん事言っとんねん。人違いやろ」



 そう言いながら、薫はラビィ饅を頬張る。

 これは、なかなかと思いながら、舌鼓をうつ。



「いやいや、普通に今頬張る雰囲気じゃないよね! お前を捕まえるって言ってるんだぞ」

「捕まるような事はしてないしな。ちゃんと同意の上で、俺はやっとるし」



 そう言いながら、ホワイトソースが染みたパンの部分をかじる。

 癖になる味わい、アリシアがあのような表情をするのが頷ける。



「舐めてるのか! 患者の病気を治すと嘘をつき、多額の金を毟り取った悪人と、分かっているんだぞ!」

「薫様、そのような事をしたのですか!?」



 真顔で、薫を見るアリシア。

 薫は、「んなわけないだろ。ずっと一緒に旅している状況で、いつそんな事をするんだよ」と思うのであった。

 アリシアは、薫の言わんとすることが理解でき、ぺろっと舌を出すのであった。 

 薫は溜息を吐き、面倒くさそうに門番を見る。



「直ぐそこに、罪人の館がある。私と付いて来てもらおうか。そして、その幼気な少女を解放するんだ」



 薫は、だんだんイラついてくる。

 妄言程、聞いていて苛立たせるものはない。

 真実一つ無い勝手な妄想なのだから。

 そんな時に、アリシアがトコトコと、その門番の近くに行く。



「薫様は、そのような事しません。誤解を招くような言葉は、良くないと思います。大声で、そのような事を言われては迷惑です」

「君は、毒されているんだ。さあ、こっちへ」



 そう言って、門番はアリシアの腕を掴む。



「は、離してください!」

「ジッとするんだ。君の為でもあるんだ。大人しくしろ」

「い、痛いです」



 アリシアは、手に持っていた物を殆ど落としてしまった。

 魔力強化で振り払おうとしたその瞬間、門番はうつ伏せに倒され、薫は門番の手を後ろに持って行き、関節技を決めていた。



「俺の嫁に何しとんねん……殺すぞ」



 声のトーンが一段低くなる。

 薫は、門番に威圧ではなく。

 殺意のみを向ける。



「ほ、本性を現したな。この悪人め!」

「はぁ……さっきから、訳の分からん事言うとるけど、間違いやったらどうするねん」

「罪人に、謝ったりはしない。俺が、正義の鉄槌を下すだけだ」



 街の中心で、このような騒ぎが起これば、野次馬が沢山集まる。

 そして、門番が大きな声で、現在治療師ギルドが探している人物と言っているから、余計に賞金目当ての者が集まる。

 いつ助太刀するかと、タイミングを見計らっているのだ。



「お前らも手伝え! 半殺しでも賞金が出るぞ!」



 門番がそう言うと、一斉にジリジリと距離を詰めてくるのだ。

 皆、アイテムボックスから、武器を取り出していた。

 しかし、それ以上近付く事はなかった。

 薫は、それ以上近付いたら殺すという、尋常ではない殺気じみた威圧を、周りの人にだけぶち込んでいたからだ。

 先程まで、やる気十分だった奴らは、皆白旗を揚げるのであった。



「な、何してるんだ! 取り押さえるのを手伝え!」

「面倒やな……ほんまに……」



 声に怒りがこもっていた。

 そう言って、薫は門番に関節技を決めたまま、罪人の館へと入っていった。

 薫の行動に皆驚く。

 自身で、出頭するのかと言わんばかりの表情になる。

 数分後、出てきたのは、薫のみであった。

 煙草をふかし、眉間にしわを作っていた。

 周りにいる野次馬は、絶対に門番が出てくると思っていた。

 しかし、結果は正反対であった。



「薫様、大丈夫でしたか?」

「大丈夫も何も、俺は悪い事はしとらんしな。完全に、向こうの勘違いやん」



 シレッと、そう言う薫。

 薫とアリシアの会話を野次馬たちは聞き、門番の勘違いか、つまらないと言った感じで帰ろうとする。



「おいおいおいおい……。お前らも、俺を半殺しにしようとしてたやんな? それにアリシアにも、剣向けとった奴もおったの覚えとるぞ。何、関係ないと言わんばかりに、帰ろうとしてんねん」



 薫の言葉に、皆冷や汗を掻く。

 皆、手には武器を持っている。



「お前らも、同罪な。二日くらいで済ましたるから、罪人の館で、美味い飯でも食うとええよ」



 悪魔のような笑顔で、薫は皆が動けなくなるような威圧を放つ。

 せっかく楽しんでいたのに、水を差した奴らを全員罪人の館に放り込まなければ、怒りが収まりそうになかったからだ。

 薫とアリシアに、武器を向けた者は、全員罪人の館へと放り込まれた。



 全員の罰は、勘違いから、男女2名に危害を加えようとした。

 そして、治療師としての二人の信用を著しく損なわせる行為をした。

 全てを合わせて、20日の無金労働と出た。

 然し、薫はこれ以上付きまとったり、害を及ぼさなければ、2日の禁固刑で良いと言った。

 全員、光速で首を縦に振り、罪人の館が出した書類に、魔印を押すのであった。



「たく、面倒事がこれ以上増えんように出来ればええか」



 そう言って、煙草を消して、ケースにしまう。

 すると、薫の横でちょっと頬を赤らめ、寄り添うアリシアが居た。



「か、薫様、そ、そのあんまり派手な行動とってはいけませんよ」



 いつもより、心なしか言葉に強みがない。

 嬉しさ半分、注意しなければと言う気持ちが半分と言った感じであった。

 薫の嫁発言に内心飛び上がるほど、嬉しいのであった。



「手、大丈夫か?」

「す、少し痛いかもしれません」



 目が泳いでいる。

 嘘だとわかるが、薫は回復魔法を掛けるのであった。

 嬉しそうに、薫の治療姿を見るアリシア。

 薫は、苦笑いになるのであった。



「そういえば、番人さんはどうなったのですか?」

「ん? ああ、あいつなら非を認めんかったから、正論で全部返したで」

「うわぁ……。絶対に勝てないじゃないですか~」



 アリシアは、薫の言葉にちょっと嫌そうな顔をする。

 門番は、薫に完全に論破され意気消沈し、現在罪人の館で拘留された。

 正義感の強い男だが、少しゆがんでいるのだ。

 アリシアは、薫との口喧嘩で毎度負けている。

 一つずつ確実に崩されるからだ。

 それを知ってるだけに、門番にご愁傷様と思うのであった。

 薫のあの話術には勝てる気がしないと思うのだ。



「マジで、エクリクスは俺に喧嘩売ってきたな……」

「エクリクスですか?」

「ああ、こっちを犯罪者扱いしやがって……こっちから殴りこんでいったろうか……」

「か、薫様、お目目がマジで怖いのです」

「まぁ、あっちが、そう来るんならこっちにも考えがあるわ……。あっちが表稼業ならこっちは、裏稼業として動いたるよ。もうすぐ免許更新やけど、どうせ更新出来んから免許失くなるしな。無免許の医者言うたら……闇医者やろ」

「ヤミイシャ? ですか??」

「俺は、治療師としても正規のルートや無いしな。向こうも、治療師としての資格無しって書かれとるらしいし、法外な金額取ってもええやろ。何処にも属してないんやからな」

「あわわ……。薫様、今まで以上に悪い顔になってますよ」



 完全に、敵対する気満々なのだ。

 エクリクスに出来ないことを、こっちは出来る。

 これ以上、何かアクションを起こすのなら、こちらも只では済まさないと思うのだ。

 アリシアは、少し心配になりながらも、薫の力を知ってるだけに、大丈夫かなと思うのであった。

 そのまま、二人は商業区域のお店へと向うのであった。


読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、有難うございます。

今回は、ストックと身を削って書いてみました。

時間とるのは難しいですね。

無視するものではない。

そして、感想のほうで、検索のやり方を教えて頂き有難うございます。

誤字などの指摘のあった所は、直せてると思います。

あのおかげで、かなり編集楽になりました。

本当に有難うございます。

では、次回も一週間以内に投稿できるように、楽しく書いていきます。

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