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SS ワトラとカールの旅

 ビスタ島を出て数日。

 ワトラとカールは、御者台に座って日向ぼっこをしながらのんびり小さな馬車を走らせていた。



「あ~、天気がいいって素晴らしいぜ」

「暖かくて気持ちいい」



 ホッコリ顔の2人は、次の目的地である港町の【ラウレル】へと向かっていた。

 カポカポと馬の走る音がリズミカルに聞こえて、眠くなってくるのだ。

 ワトラはだんだん船を漕ぎ始めて、そのままカールの肩に頭がもたれる。



「お、おい、くっつき過ぎじゃあ……って寝たのかよ!」

「んっ……、すぅ……、むにゃむにゃ……」



 カールは、眠ってしまったワトラをじっと見る。

 ワトラは、クリーム色のワンピースで、ところどころに赤い花柄模様のアクセントの付いたものを着用していた。

 こういった可愛らしい服は、最近になって着始めた。

 普段の研究時は、白衣を着て汚れてもよい服を着ているため女っけのかけらもない。

 ビスタ島の商人をしているニケが、いろんなところから仕入れては村の女性陣に売っているのだ。

 グッジョブ! とカールは心の中で、ニケにサムズアップするのであった。

 次の瞬間、小石を車輪が跨いだのかゴトンと揺れると、ワトラはそのままカールの肩からスルスルと膝の上に倒れる。

 気持ちのいい日差しのせいか、ワトラは起きることなくそのまま眠り続ける。



「な、なんだこいつ! 可愛いじゃねーかこんちくしょう! 無防備だ! 無防備すぎるぞ、ワトラさんよ!」



 そう言いながら、起こさないようにカールは悶々とする邪念を沈めながら【ラウレル】を目指す。

 オオカミさんにならなかったのは褒めてもらいたいと思うのであった。



 お昼ごろにワトラとカールは、【ラウレル】の側まで着く。

 ワトラは、そこでようやく目を覚ました。



「あれ……。僕、寝ちゃってた?」

「お、おう、ぐっすりだったぞ……それはもうぐっすりと……」



 目を逸らしながらカールはそう言う。

 目を擦りながらワトラは現状況にようやく気がつく。



「ご、ごめん、カール!」

「な、なーにいいってことよ。いいもの見れたしな」



 ワトラはカールの膝枕から飛び起きる。

 そして、双方顔を赤くするのである。



「な、何もしてないだろうな!」

「なんでそうなるんだよ! そこまで盛ってねーよ!」

「……ほんと?」

「……たぶん」



 カールは、目を逸らしたままそう言う。

 邪念があったことには変わりがないので、絶対ないとは言い切れないからだった。



「そ、そういうのは……好きって告白してからだろ……」



 もじもじしながら、ワトラはか細い声で言う。

 本音などはっきり言えないのである。



「え? なんか言ったか?」

「何でもないよ! このエロ駄犬!」

「んだとこらぁ! 表出ろ、チビ助! ヤンヤン言わせてやろうじゃねーか! あん!」

「やれるものならやってみろ! このエロ駄犬、口先ばっかりのくせに!」



 2人はにらみ合いながら、火花を散らす。

 そして、その言い合いは【ラウレル】へと到着するまで続くのであった。



 港町【ラウレル】は、交易などでの中間拠点としてある街である。

 港にはいくつもの大きな船がある。

 漁業船や観光船、交易船などに分かれている。

 そして、この街の面白い特徴は、海の上に街があるということだ。

 板橋を重ねて作られ、民家はまるで海に浮いているかのように見える。

 安全性に問題がありそうに見えるが、この木は特殊なもので、普通の木よりも頑丈で塩水に強いという性質を持っている。



「よっしゃー! スピカ手前の港町の【ライスト】までは船旅だぜ。先に予約取ってくるからワトラはそこで待っとけーい♪」

「え!? ちょっとカール置いてくなよ! おい、ちょっとぉ!」

「す~ぐ戻るって~♪」



 スキップしながらカールは人混みの中へと消えていく。

 ワトラは、ぽつんと馬車と一緒に取り残されてしまった。

 周りは、港町なだけに賑わっている。

 新鮮な魚などが、店頭に所狭しと並ぶ。

 それを、ワトラはちょっと興味津々で見る。

 ビスタ島では漁師などはまだ居ない。

 まだ、領地として出発したばかりでそういった仕事もないからだった。

 しいて言うなら、薫が趣味で魚を釣っているのは見たことがあるくらいだった。



「い、いろんなお店があるんだな」



 きょろきょろとしていると、カールが戻ってきた。

 左右に綺麗な女性をはべらせてである。

 ワトラは、それを見てブスッと頬をふくらませる。



「いやぁ~、なんか【蒼き聖獣】のコミュニティと言ったら2人が付いて来ちまってさぁ。俺、モテ期到来ってやつじゃね? あっはっはっは、はぶろふぅううう!?」

「一生、そいつらと楽しくやってろ! エロ駄犬!」



 ワトラは、カールに股間にパンチを食らわせて一撃で落とす。

 泡を吹きながら、カールは道端で大の字で倒れるのであった。



「ふんっ」



 ワトラはふくれっ面のまま、馬車を預けるところまで持って行き、そのまま1人で行動する。

 口を尖らせながら、1軒の喫茶店のような店に入る。

 お店の名前は、【水竜亭アクアリウス】。

 海側が、開けて景色が一望できる。

 お客さんも結構はいって賑わっているお店だった。

 ワトラは、いい匂いにお腹がきゅーっと鳴る。

 カールのことを考えるとむしゃくしゃするので、美味しいものでも食べて気分転換といった感じなのだ。



「あら、いらっしゃい。お一人様ですか?」

「はい……」

「では、こちらの席へどうぞ」



 ワトラは返事をすると、座席へと案内される。

 ちょこんと席に座ると、小麦色に焼けた肌に青の水着にパレオを付けた女性店員が接客に来る。

 可愛らしいなとワトラはちょっとじろじろと見てしまう。



「この服が気になっちゃいますか?」

「え? は、はい、初めて見たから……」

「可愛いでしょ? 今の時期は暑いからね。この服装がここの制服なんですよ♪」



 くるんとターンを決める店員さん。

 フリルもついていて可愛いなと思うワトラ。

 目がキラキラと輝いてしまう。



「ご注文はどうしますか?」

「え、えっと……」



 ワトラはメニュー表を眺めるが、そこに書いてある料理がどんな料理なのかがわからないため、選ぶのに迷ってしまう。

 焦りながら目を泳がすワトラに、店員さんがクスリと笑っておすすめを紹介してくれる。



「この日替わりおさかなパラダイスってのがいいかもしれませんよ。今日の取れたての新鮮な魚を使った料理ですから」

「じゃ、じゃあ、それで」



 ワトラは、耳をぴょこぴょこさせながら注文するのだった。

 待ち遠しいなと思いながら、外の景色を見つめる。

 広大に広がる水平線が目の前にあるのだ。

 ビスタ島の景色も圧巻だが、巨大な船が行き来する姿を見ているだけで目線が引き寄せられてしまう。

 のんびりとワトラは椅子に座って足をブラブラさせるのであった。

 そして、お待ちかねの料理が届く。



「はい、日替わりおさかなパラダイスです」



 店員がそれをテーブルの上に置く。

 魚の身をカリカリに油で揚げるものに野菜たっぷりのあんかけがかかっているものと、刺し身に照り焼きと三種類の料理がきた。

 ワトラは、食べたことのない料理に興味津々なのである。

 ナイフとフォークを持って1つずつ味見をしていく。

 まずは、あんかけがかかった魚からだ。



「お、美味しい!」



 とろりとした甘辛なあんかけが、カリカリに揚げられた魚にマッチしているのだ。

 頬に手を当て、幸せといった表情をする。



「こっちは……生?」



 ついつい匂いを嗅いでしまう。

 特性のタレが横についていてそれにちょんと付ける。

 タレに魚の身が入ると油の波紋が浮かぶ。

 ドキドキしながら口に運ぶと、口の中でぷりぷりとして美味しいのである。



「匂いは独特だけど……これも美味しい」



 耳をぴょこぴょこさせながらワトラは舌鼓を打つ。

 今までこんな新鮮なものを食べたことがないと思うのである。

 いや、川魚なら食べたことがあるが、そこまで食べたいとは思わないのである。

 最後に照り焼きに手を付ける。

 この御店の秘伝のタレに漬けてから焼いたものらしい。

 身をほぐしてから口に運ぶ。

 もう文句なしの味わいだった。

 ワトラは、お酒がほしいなと思ってしまうのだ。

 そんなことを思っていると、カールが現れた。

 先程までの気分が台無しになるのであった。



「たく、1人でちょこまか動き回ったら危ねーだろうが!」

「う、うるさいなぁ、カールはさっきの奴らと宜しくやってればいいだろ!」



 ワトラは、来てくれたことは素直に嬉しいが、他の女にデレデレしたカールは許せないのであった。



「いやー、それがさぁ、さっきの子たち俺と会話してたら急に用事があるとか言い出してよぉ……。1人で寂しいんだよぉ。ワトラぁ~慰めてくれよぉ」



 そう言いながら、涙をダバーっと流すのである。

 ワトラは肝心なことを忘れていた。

 カールは、顔はイケメンだが喋ると残念なイケメンなのである。

 下ネタが多いのと、やたらとスキンシップなどをするからでもある。

 気のない人からしたら、それは嫌なことなのだろう。

 ワトラは、そんなカールを可哀想な目で見ながら、同じテーブルに付くことを許すのであった。



「船は、今日の晩に出港するからな……。明日の昼には着くからあっという間だ」

「出発するまで時間あるね……」

「これはもう酒でも飲まねぇーとやってらんねーぞ!」

「はぁ? 今から飲むの?」

「ったりめーだろ!」



 もうやけ酒だといった感じで、カールはこの【水竜亭アクアリウス】で酒を頼み始めるのであった。

 ワトラの注文したおさかなパラダイスをつまみに、カールは飲んだくれる。

 ワトラは、カールのお酒の量を見ながら調整していく。



「飲み過ぎるなよ! あとの処理が大変なんだからな!」

「わかってるって、ワトラには絶対に迷惑かけねーって」



 そう言いながら、ゲラゲラと笑うのであった。

 そして、夕方。



「もう飲めねぇ……ワトラぁ……ちょっとだけぎゅってしてくれよぉ」

「な、なんで、そんなことしなきゃいけないんだよ! こら! 駄犬! 気安くさ~わ~る~な~!」

「げへへへ、ひっく」



 この有様なのである。

 急性アルコール中毒ではないが、完全に気持ちよくなっているのである。

 もう、お昼のダメージなどとうの昔に忘れているのであった。

 ワトラは、お店の人に手伝ってもらって【ライスト】行きの船まで運んでもらうのであった。

 迷惑かけないといったくせにこれかと、ワトラは悪態をつくのであった。



 大きな船に乗り込んで、カールのチケットを見せると部屋へと案内される。

 部屋は小さく、人一人通れる通路に両側がベッドとなっている。



「嘘……せまい」



 カールをベッドに転がして、あたふたするのであった。

 シャワールームとトイレは付いているが、狭すぎる。

 初めて船に乗るため、部屋がこんなに狭いなんて知らなかったのだ。

 それも、同部屋。

 寝っ転がっているカールを見ると、「ぐへへへ♪」等と言っている。

 ロープで縛っとくかと考えるが、この旅に出る前にティストからのアドバイスもある。

 どうするかと考えながらも、そのまま放置と言った感じにするのである。



「大丈夫だよね……」

「えへへ、俺って……モテモテ……ひっく」



 そう言って、幸せそうな夢を見るカール。

 その表情にイラッときたのか、ワトラはカールのお腹をぺちんと叩く。

 強化もしていないので、痛くも痒くもない。



「僕が……素直にならないからいけないのかな……」



 そう言いながら、ベッドにころんと丸まってブランケットを被る。

 そして、眠りにつくのだ。



 まだ真っ暗な中、ごそごそと音を立てる。

 ワトラは、なんだろうと思って目を擦りながら横を見ると、人影がこちらを見ているのだ。

 びっくりして、声も出ないワトラ。

 その影はゆっくりとワトラのベッドへと入ってくる。



「あ~寒い……」

「え? ええ? ちょ、ちょっと! おい! 駄犬!?」

「あったけぇ~」

「おい! 触るなぁ!」

「すぅ……」



 カールは、寝ぼけてワトラのベッドへと入ってくるのだ。

 ガチガチに緊張するワトラ。

 抱きしめられて、ちょっと嬉しいと思ってしまう。



「カ、カール? お、起きてるの?」

「ぐへへ、あったやわらけぇ~」



 ダメだ、完全にもう夢の中である。

 カールの胸板に頬をくっつけ、ワトラはちょっとドキドキするのである。



「カール? ぼ、僕のこと……好き?」



 返事が返ってくるわけでもないのに、そのようなことを聞くのである。

 本音は、こんな時にしか出ない。

 卑怯で、わがままとはわかっている。

 でも、言葉でそう伝えてその返事を聞きたいと思ってしまう。

 だから告白する。

 その言葉が聞きたいから。



「カ、カール、好きだよ……」



 そう言って、眠っているカールの頬に軽くキスをする。

 自分の大胆な行動に、やってしまったと悶える。

 カールが素の時に、このようなことなど出来るわけがない。

 絶対に否定したり、わがままを言ったり、暴力を振るったりする。

 自分の性格は自分が一番わかっている。

 面倒くさいの一言に尽きるのだ。

 でも、今この幸せな時間を少しでも堪能したいと思うのであった。



 朝の9時。

 カールは、青ざめた表情で死を覚悟する。

 現時点で抱きしめているものが問題なのである。

 そう、ワトラを抱きしめた状態で、最高の朝から地獄の底までまっしぐらな状況なのである。

 これは起きる前に脱出しなければならない。

 だがしかし、それは叶わぬ夢となる。

 もう死を覚悟した目で、ワトラを見る。

 しかし、ワトラは何も言わずに無表情で、スッと立ち上がってそのまま部屋を後にした。



「え? え? ええええ!? ど、どうなってんだ!?」



 訳がわからないといった感じで、カールは困惑する。

 いつもなら、腹パン待ったなしのこの状況なのになぜ今回は何もなかったのか……。

 カールは、思考を走らせる。

 アホな子カールな脳みそでは答えにたどり着くことなど出来ないのであった。

 そして、最終的に行き着いたのは……。



「つ、ついに一線を越えちまったのか!? 俺はやっちまったのか!?」



 そう言いながら、大きな声で叫ぶのであった。



 甲板に出たワトラは、ゆでダコのように顔を真っ赤にさせてへたりこむ。

 もう少しで殴り飛ばすところであった。

 それも、船ということもあって、本気で殴ったら部屋そのものを壊しかねなかったからだ。



「うぅ……、うわああああ、どうしよう!」



 恥ずかしさから甲板の上でころころと転げるワトラ。

 はたから見れば、日向ぼっこの延長上か何かな? と思いそうな行動なのであった。

 ムクリと立ち上がって、景色を見る。

 船は、風を魔導兵器のようなもので吹き出して、かなり速い速度で海を進んでいる。

 陸地からあまり離れていないのは、離れすぎるとAランクの魔物が現れるからだ。

 まだ発見されていない未開の地は、この海の向こうにも広がっているとも言われている。

 ワトラは、カールもそういった冒険をしたいのだろうかと思う。

 そしたら、自身の下から離れていってしまうかもしれない。

 胸の奥がきゅんと痛くなる。

 考えたくないと思うのだ。

 そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられる。



「お? 可愛いじゃん」

「ホントだ! いいねぇ。君一人なの?」



 ちょっとチャラそうな冒険者らしき2人が、そう言って近づいてくる。

 ワトラは、半歩後ろに下がる。



「警戒しなくてもいいって。君って冒険者……じゃないね」

「見た目で判断はできないぞ? もしかしたら魔導師かもしれない」



 そう言って、ワトラを品定めするように見る。



「船旅で暇なんだよね。ちょっと話でもしない?」

「君も暇だろ?」

「い、いや、暇じゃないし」

「いいじゃん、俺ら意外と有名なCランク冒険者なんだよ?」

「け、結構です」



 そう言って、その場を立ち去ろうとする。

 だが、その2人は道を阻むように立ち、ニタニタとした表情を浮かべる。

 ワトラは、戦闘にはまったくむかない。

 薫のような化物スペックではない。

 冒険者となったら、完全な後衛型のサポート役なのだ。

 戦闘力も皆無と言ってもいい。

 そんなワトラには、この冒険者たちは強敵にしかならない。

 強張るワトラは、体が震える。

 冒険者は、そんなワトラの細い腕を掴んで、逃がさないようにする。



「い、痛い……」

「君が逃げようとするからだろ……」

「そうだよ。ちょっと話するだけだろ」



 強引にワトラを引っ張り、ワトラはよろけて転けてしまう。

 涙がぽろぽろとこぼれて、どうしていいかわからないでいた。

 そんな時だった。



「おいてめーら、俺の連れに何してくれてんだ?」

「あん? 何だ君は?」

「俺らはただこの子とお話しようって言っただけだけど?」

「じゃあ、なんでワトラは泣いてんだよ……」



 怒りに満ちた表情を見せるカール。

 ワトラは、今までに見たこともないカールの怒った表情を見た。

 いつもはおちゃらけてるだけだけど、こんな顔もするんだと思うのだ。

 いや、ただ知らなかっただけだ。

 そう、ワトラはカールのことを何も知らないのである。

 そう思うと、また胸が苦しくなる。



「俺らを誰だか知ってるのか? ん? 亜人君」

「これでも、名の知れたCランク冒険者だよ」

「たかがCランク風情が何いきがってんだよ」



 カールの言葉にカチンときたのか、2人の冒険者は表情が変わる。

 カール自身も現在Cランクの冒険者でもある。

 二体一と言うのはかなりの不利な状況だ。

 どう対処するかなと思うのである。

 2人の冒険者は、アイテムボックスから武器を取り出す。

 2人共、長剣の使い手のようだった。

 カールもアイテムから長剣を取り出し構える。



「かかって来い! ワトラを泣かせた罪……たっぷりと味わわせてやる」



 そう言って、カールは最初から全力で行く。

 薫のような純粋な強さなど持ち合わせていない。

 一手間違えれば、こちらの敗北は目に見えている。

 だから、渾身の一撃で即戦闘不能にしなければいけない。



「特殊固有スキル――『幻鏡・俊脚』」



 カールがスキルを発動させると、カール自身がガラスが割れたように光の粒子へと変換される。



「な!? あいつどこ行った?」

「くそ、変なスキル使いやがって!」



 2人の冒険者は、背中合わせになり死角を潰す。

 2人はきょろきょろと周りを見るが、一向に襲ってくる気配はない。

 だが、いつ攻撃されるかわからない2人は、気の抜けない状況を作らざるをえないのだ。

 威圧も同等レベルなだけに、カールを甘くは見れないのである。



 ワトラは、カールが消えたことによって、オロオロとしていた。

 そんな時だった。

 何かに担がれるように体が宙に浮く。

 口をふさがれ、何が起こったかわからないのである。

 そのままワトラは連れ去られるのであった。

 甲板から抜けだした瞬間、ワトラはカールを認識する。



「あっぶねー! マジであれは俺一人じゃ無理だわ」

「カ、カール? え? どうなってるのこれ?」

「とりあえず、部屋まで戻るからちょっと黙ってろよ」

「う、うん、わかった」



 そう言って、急いでカールは部屋に戻る。

 ベッドに2人共座って落ち着いてから話をする。

 そして、ワトラに先ほど使ったスキルの種明かしをするのである。

 ようは、あのスキルは人に認識されなくするスキルだ。

 力の差があるとバレるが、同等なレベルの者なら引っかかるのである。



「その……、さっきはカッコイイこと言って助けようとしたけどよ……。俺って、そこまで強くねーんだわ。カッコ悪い助け方になっちまったけど……その……すまん」



 カールは、そう言ってワトラに頭を下げるのである。

 護衛としてワトラについて来ているにもかかわらず、ワトラを危ない目に合わせてしまったからだ。

 それをカールは謝るのである。



「そ、そんなことない! す、凄くカッコ良かったよ!」

「ははは、慰めなんていいって。魔物にこのスキルが効けばBランクに上がれるのに、人にしか効かないから無駄スキルって言われてるんだからよ」



 そう言って、カールは苦笑いする。

 これはカール自身がよくわかっていることだ。

 どうしようもない欠陥スキルである。

 人同士の戦争のない今の御時世では使いようがない。



「まぁ、今回はうまいこと行ったからいいかな」

「カール……」



 ワトラは、そんなカールをギュッと抱きしめたくなった。

 愛おしくてたまらないのだ。

 強くなくても、こうやって守ってくれた。

 無駄スキルなんかではないよと、今すぐにでも言ってあげたくなる。

 しかし、カールの次の言葉でその気持が一瞬で崩れる。



「いや待てよ……。このスキルを使えば……ニーグリルで風呂のぞき放題じゃね?」



 いつものカールになってしまったことに対して、ワトラは先程のきゅんとした気持ちを返せと言わんばかりに思いっ切りビンタを張る。

 その後、【ライスト】に到着するとカールのスキルで2人の冒険者に会わないように船から降りる。

 頬を膨らませたワトラのご機嫌は、【大帝国レイディルガルド】に到着するまで直らないのであった。


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