再出発
辺りは真っ暗で、街灯が光。
ファルシスの街中では、活気が戻ってきていた。
まだまだ、本調子では無いが、街の者達は働き始めていた。
「いや〜。マジで、十賢人のダニエラ様が、治療に来られたおかげで助かったなぁ」
「治療師ギルドも、役に立つもんだな。応援要請したんだろ?」
「え? なんか、俺の聞いた話だと、今回治療師ギルドは、全くもって働いてないとか聞いたぜ?」
「おいおい、マジかよ。カスじゃん」
「あんだけ、大事になったのに? 信じらんないわね」
「ヴォルドと結託して、自分達だけ旨い汁吸ってたから、罰が当たったんだ。治療師のレベルもクソだしよぉ。この際だから、エクリクスに属しちまえば、良いんだよなぁ」
街の人々は、その様な話題で持ちきりになり、噂はどんどん広がっていった。
ファルシスの治療師ギルドは、エクリクスに属さないでいた事が、このような事態を招いたと思う者が増えていくのであった。
街の一番大きな宿屋では、エクリクスの治療師達が勢揃いしていた。
ソファに座り、真っ赤な髪をハーフアップにしたダニエラは、部隊の皆を労うのであった。
「貴方達、良く働いてくれました」
「ダニエラ様の命であれば、何処へでも駆けつけ、どのような事でも成し遂げます」
「嬉しいですが……。今回は、プリムには罰を与えないといけませんね」
「「「「な、何故ですか!?」」」」
プリムと同じような思想を持つ者が、声を上げる。
「私の思惑を、尽く潰したからですよ」
「「「「……」」」」
ダニエラの言葉に、先程声を上げた者たちは黙る。
終始、笑顔のダニエラ。
然し、内心かなり苛立っているのだ。
折角、薫という特殊な人材を見つける事が出来て、心が躍った。
是が非でも引き込みたかったが、それを強要すると絶対に入る事はない。
駆け引きをしながら、良い関係を保ち、少しづつ此方に傾けて行く予定だった。
それを、一瞬にして駄目にしたのだから、仕方がない。
プリムは、未だに意識が戻らない。
目を回しながら、ベッドの上で譫言を言っているのである。
ダニエラ自身、今回のプリムの行動や、部隊の者でプリムと同じ思想を持つ者を、ちゃんと再教育する必要がある。
でなければ、また同じような失敗を、繰り返す羽目になる。
今迄、見過ごしてきたツケを、払う形になったのだ。
「取り敢えず、プリムと同じく思った者は、前へ出なさい」
その言葉に十数名が、一歩前へ出る。
ダニエラは、若干頭を抱える。
これ程まで、居るとは思わなかった。
溜息を吐きながら、ダニエラは一人一人に、今後このような事をすれば、除隊もしくは、減給とすると言った。
その言葉に、納得出来ないと言った感じの表情だが、今はその言葉を飲み込むのであった。
ダニエラは、どうしたものかと思いながら、部隊を見るのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
周りは暗くなったビスタ島では、薫達を囲み、文句を言う者が多数いた。
「薫、どうなってるんだ! 昨日来た治療師なんだが、全くもって使い物にならないんだが」
「体力回復魔法も、ほとんど効果が無いし、治療に至っては、もう目も当てられないレベルよ」
薫達は、目が点になり、皆の話を聞く。
どうなってるんだと言った感じで、治療院に行く。
すると、そこに居た治療師は、だるそうにソファに寝そべっていた。
やる気の無いと言った感じの表情で、治療院に入って来た薫達を見るのであった。
ブルグから来て貰った、臨時の治療師だが、雑な治療を行い迷惑をしていると、住民から苦情が相次いでいたのだ。
「あん? なんだよ。俺は、治療師様だぞ。文句のある奴は、治療してやらね〜からな。へへ」
そう言って笑うのであった。
薫は、イラっとする。
薫は、笑顔で「こいつと、お話があるから」と言って、その治療師の近付いて行く。
アリシアは、これはヤバイと思ったのか、住民とワトラを一旦治療院から離す。
パタンと扉が閉まる。
数分後、治療師は腰を低くし、ペコペコと頭を下げていた。
まるで、別人のような仕事っぷりで、苦情を入れた住民の治療をするのであった。
そんな治療師を見て、全員がどんな話し合いをしたんだろうと思う。
治療師は、若干引きつっている。
充血した目で、ぷるぷる震えながら、治療をするのであった。
そんな姿を見て、住民は言う。
「「「「薫って万能だなぁ〜」」」」
「交渉(脅し)は、お手の物なのですよ!」
アリシアは、違う意味も含んだ言葉で、そう言うのであった。
薫は、アリシアの言葉をスルーする。
言い返せないのもあるからだ。
そんな時、バッド達が迷宮から帰ってきた。
「おう! 薫、もう帰ったのか」
「もう、終わったで。全員治療も済んだしな」
「バッド! 薫は、凄すぎなんだぞ! 僕は、あんな治療見たこと無かった」
目を輝かせながら、ワトラは言う。
ビスタ島に帰る間に、ワトラは薫から治療方法を聞いたのだ。
自身の脳みそでは、答えが出なかった為、ギブアップしたのだ。
そして、ダニエラは大丈夫なのかも聞いた。
『異空間手術室』を口止めする為に言った事を、真に受けていたのだ。
薫は、それも教えた。
手術で、もうなんとも無い事。
薫は、『解析』で調べ、元に戻る事も言ったのだ。
ワトラは、一安心した。
途中で、帰ってしまって大丈夫なのか、ひやひやしていたのだ。
「なんだ? ワトラ、凄い楽しそうじゃん」
「な、なんだよ……カール」
「おかえり、怪我とかしなかったか?」
「ちょ、調子狂うだろ! お前は、無神経な事言ってればいいんだよ!」
「あらあら、熱いわねぇ」
「「ティストは黙ってろ!」」
「息もぴったりね。一緒に、一夜を共にしただけはあるわねぇ」
ねっとりと、意味深にそう言うティスト。
完全に揶揄っているのだ。
「へ、変な言い方するなよ! 僕は、被害者だ! む、無理やり抱きつかれただけだもん! それ以上されて無い! と思う……」
「……」
ワトラは、真っ赤な顔でそう言うのであった。
モテない独身男の探求者達は、こぞってカールを二、三発殴る。
ティスト達は、それを見て笑うのであった。
そんな、やり取りを見ながら、薫たちはダルクの所へ行く事を言い一旦別れる。
ダルクの家に着く。
返事が返ってきたので中に入る。
「お疲れ様です。薫さん」
「いやいや、面倒事が増えたけど、色々と収穫はあったからええよ」
薫はそう言って、ダルクに今回の惨事を話していく。
ソファに座り、ゆっくりとであった。
ダルクは、驚きながら話を聞く。
「そうですか……ファルグリッドのキディッシュと、インリケは亡くなりましたか……」
「発見が、遅れたこともあるけどな。あとは、ファルシスのヴォルドやけど、あれも多分なんらかの処分を受けるやろ」
「わかりました」
「それと、ワトラなんやけど、病気の薬の作り方やらを一式渡しとる」
「え?」
「それを、後日持ってくると思うから、正式に冒険者ギルド置けるようになったら、帝国にその成果を届けてやってくれると助かるんやけど」
「いやいや、それ薫さんが作ったものですよね? その褒賞って、薫さんが貰う方が正しいのでは?」
ダルクは、そう言う。
今回の病気を根絶させ、死人も最小限に抑えた功績は高い。
街を二つ以上救うとなると、かなりの功績だ。
亜人に罹る病を、ピンポイントで治す技術など、普通の治療師には出来ない芸当だ。
「俺は、そう言うの要らんからええねん。下手に爵位貰って、そのせいで行動に制限つくの嫌やしな」
薫の言葉も一理ある。
現にダルクは、冒険者を一時休業して、今この島で手一杯になっている。
多分、このまま行けば、冒険者復帰は難しいだろう。
例外で、娘に領主を任せて、冒険者に復帰した者がいるが、ダルクはそのようなことは出来ない。
村の住民は、家族の様になっている。
自分の匙加減で、路頭に迷う者だって出てくる危険性もあるのだ。
「まぁ、ワトラの能力なら、良い仕事すると思ってるからな」
「薫さんは、時々先が分かってるような事を言いますね」
「そうか?」
少しとぼけた感じで言う。
そして、薫はカラカラと笑うのであった。
「それと急なんやけど、俺ら明日にはここを出る事にしたから」
「やはり、近い内に言われると思ってました。エクリクスと揉めましたか?」
「当たりです。ダルクさん分かってらっしゃいますね」
「おい、アリシアそんな笑顔で言わんでもええやん」
「薫様がいけないのです。私は止めたのに、バシバシ魔法を使うから……」
「さ、最後は、アリシアだって、ガツンとやったやん。おあいこや」
「あ、あれは、不慮の事故なのですよ!」
ダルクは、笑いながら二人を見るのであった。
薫達の声を聞き、ルナも入ってくる。
「ルナさん。薫様が自分の非を認めないのです」
「本当に仲がいいですね」
ルナは、クスクス笑う。
薫は、頭を掻きながら苦笑いするのであった。
ダルクは、ルナにも説明した。
「あら、やっぱり旅立ってしまうんですね」
「もう少し居たかったんやけど、そうも言ってられへん事になりそうやから」
「寂しなりますねぇ。薫さんのおかげで、この村は今までもってましたからね」
「そうね。薫さんが来てから、誰一人、病気に罹らない奇跡も起きてますから……」
ルナは、何か違う意味がこもっている口ぶりでそう言う。
ダルクは、気が付いてないようだ。
薫は、何処で気がついたのかと思う。
前回も言われたが、まったく身に覚えがなかった。
アリシアは、薫の耳元で呟く。
ニウに、治療を施した時ではないかと言うのだ。
薫はそれを聞き、思い出して納得する。
あの時、ルナはニウが病気かもしれないと言って、治療院に来た事があった。
薫が調べた時、病気だった。
それを治療したが、ルナにはなんとも無いと言っていたのだ。
下手に病名を言って、ルナの不安を煽らないようにする為の処置もあった。
それに子供がよく罹る病で、そこまで大した事は無い病気だった。
ルナに、そのような知識は無いかなと思っての行動だった。
しかし、ルナはその病気の事を知っていたのだ。
後にルナは、薫に感謝の言葉を言ったりなどしていた。
薫は、いつも通りとぼけた感じで、流していた。
あれは、そういう事かなと今思うのであった。
まぁ、別にいいかなと思い、薫は笑うのであった。
「次は、何処へ行こうと思ってるんですか?」
「うーん、今度は東に行ってみようと思っとる」
「東ですか……山脈地帯を抜けると、温泉の湧いてる街がありますよ」
「あら、【ニーグリル】よねぇ。新婚旅行あそこだったっけ」
ちょっと頬を染め言うルナ。
薫は、温泉と聞き、ちょっとワクワクするのであった。
アリシアは、温泉がなんなのか分からないでいた。
ルナは、アリシアに温泉の説明をする、
すると、目を輝かせるアリシア。
薫も、【ニーグリル】の情報をもう少し聞き、話を終えるのであった。
「そういう事なんで、お世話になりました」
「また、何時でもいらして下さい。歓迎しますよ」
「私も、歓迎します」
「ありがとうございます」
「ニウちゃんにも、また会いに来るのです」
そう言って、薫達はダルクの家を後にする。
「薫様、何時ここを発つのですか?」
「そうやな。あっちは、ワイバーン持っとるから、なるべく早く出たいかな」
「では、今日中に用意をして、明日の朝一に旅立ちましょうか?」
「そうやな。皆にも挨拶もしたいしな」
そう言って、広場に向かうのであった。
広場に着くと、ワトラは一升瓶を抱え、机に突っ伏していた。
バッド達は、宴会ムードで盛り上がっていたのだ。
薫は、呆れて額に手を当てる。
嫌な予感しかしない。
寧ろ、こいつらは、毎度の事のように、宴会をするなと思うのであった。
「薫! 聞いたぞ。お前、大活躍だったみてーじゃねーか!」
バッドは、そう言いながら薫に絡む。
物凄く酒臭い。
話を聞くと、ワトラは、薫の行った事を皆に話していた。
酒を飲ませながら、全て吐かせたのであった。
「相変わらずひでぇ事したな。あんまり飲ませ過ぎるなよ」
「おう! 大丈夫だって、ワトラならまだまだイケるって」
薫は、「イケねーよ!」とツッコミを入れるのであった。
アリシアもいつの間にか、ティスト達に捕まり、ガールズトークに花咲かせながら、お酒を勧められていた。
薫は、明日の事もあるから、そんなにアリシアは、飲まないだろうと思いながら見る。
しかし、バッド達の馬鹿騒ぎ具合を見ると、軽い悪夢だなと思うのであった。
まだ、魔力欠乏症で、無駄にしんどいのにもかかわらず、こいつらの面倒事を見なければいけないのかと思うと、そのままベッドに突っ伏したくなる。
「かおりゅしゃま! にょんでくらしゃい。ぐぐいーっと!」
先程まで、シラフだったアリシアが速攻で出来上がっていた。
薫は、軽くアリシアを見て絶望するのであった。
早ーよ! どんな強い酒飲んだんだよ!
一気飲み? 一気飲みでもしちゃったの? 何で、この雰囲気に飲まれちゃってんの? などと、心の中でツッコミを入れる。
余計に頭が痛くなる。
誰か、助けてくれと思う薫なのであった。
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早朝、薫は白く灰になりかけていた。
昨日のどんちゃん騒ぎに付き合わされ、体がきしむのであった。
今日、旅立つ事を言ったら、皆がまたハイテンションで、見送るような事を言い出し、最後の酒だなどと言い飲まされたのだ。
辺りを見回すと、前回と同じく、屍の山を築き上げていた。
「学習能力のない奴らやなぁ……」
そう言って、薫はクスリと笑うのであった。
テーブルの上の、馬鹿でかいお皿の中に丸まって寝るアリシア。
これは、料理ですか? それとも、お供え物ですか? などと思いながら、薫はアリシアを抱える。
そして、そのまま馬車へと向かう。
馬車には、馬が繋がれていた。
薫は、アリシアを馬車に乗せ、ブランケットを掛ける。
幸せそうな顔で眠っていた。
「出発ですか?」
「見送りは、いらん言うたやん……」
「あはは、一番お世話になったんですから、これくらいはさせて下さいよ」
ダルクは、そう言って馬を引く。
少し、寂しそうな表情であった。
「これで、ようやくこの村も発展していくんやな」
「そうですね。この自然と一緒にですけどね」
「次来る時は、色々と案内頼むで。うまい名産品の一つでも、食べさせてくれると、ありがたいんやけど」
「ご期待に添えるような街にしてみせますよ」
二人は、そう言いながら、島の出口にまで歩く。
「では、お気をつけて」
そう言って、ダルクは頭を下げる。
薫は、手を挙げそれに答えるのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一週間が過ぎる。
ファルシスは、元の街並みに戻っていた。
然し、領主は不在という異常事態であった。
それでも、街は回る。
今まで、無法地帯だっただけに、安定しているのであった。
「牢に入れてるヴォルドなんだが、あれの処分は、どうするおつもりだろうか?」
「ダニエラ様が、動いているから大丈夫だろ」
「ワイバーンを飛ばしたのを見たしな」
そのような事を、エクリクスの治療師達が言っていたら、後ろから聞き覚えのある声がする。
「お前達、持ち場はどうした?」
「ランドグリフ副隊長、お戻りになられたのですね」
「ん? なんだ? プリム隊長はどうしたんだ?」
皆、表情が険しくなる。
事情を説明すると、ランドグリフは頭を抱える。
隊長の不祥事。
そして、そのせいで薫は、何処かへ行ってしまった事を聞く。
ランドグリフも、同じ事をしでかすところだったが、ダニエラの思う事が分かっていた為、邪魔はしなかった。
「やらかしたんだな。ダニエラ様の逆鱗に、触れてなければ良いのだが……」
「完全に触れてしまってます。現在、罰則を与えられているみたいです。どのようになてるかはわかりません……」
溜息を吐き、ランドグリフはダニエラの下へ向かう。
薫が居ない事で、治療は大丈夫なのか、それが心配だった。
ダニエラが居ると言われた宿屋に行く。
扉を開くと、そこにはいつものダニエラがいた。
「ランドグリフ、帰ったのですね」
「はい。ファルグリッドの方は、無事終わりました」
「そうですか」
「ダニエラ様……体の痺れは?」
「もう、なんともなくなりましたよ。心配をかけましたね」
「いえ……良かったです。では、報告がもう一つ」
薫から脅しを受けていた為、すぐに報告出来なかったことを報告する。
薫が使った、異常な固有スキルの事だ。
ダニエラは、それを聞き益々苛立つ。
「どう、教育すべきか……」
「え、えっと、プリム隊長は、今何処に……」
「私の能力下で、反省してもらってます」
冷たい瞳で言い放つダニエラ。
その言葉を聞き、ゾッとするランドグリフ。
人前では、殆ど使わない。
ダニエラの自身が発現した固有スキル。
火龍の末裔の固有スキル『火龍円舞』。
龍と契約して得た『契約召喚ーーワイバーン』
そして、ダニエラが、十賢人にのし上がったと言われる能力が、最後の完全固有スキルだと言われている。
噂話でしか聞いたことがない。
だが、この若さで、その地位を手に入れられるような、強大な力と言われている。
冒険者ランクAと言われる能力。
プリムとランドグリフは、共にBランク。
このAランクに上がるには、才能がいると言われてる。
越えられない壁がある。
「先程から、プリムは謝罪をしてるが……懲りたりはしないでしょう」
「……」
「どうしたものか……」
真っ赤な髪を指で弄りながら、そう言うのであった。
ランドグリフには、全くプリムの声は聞こえない。
一体、何処にいるのかと思うのであった。
「だ、ダニエラ様! 帝国騎士団の方が、お見えになっています」
「ああ、やっときましたか……」
そう言って、ダニエラは立ち上がり、外へと出る。
「これはこれは、十賢人のダニエラ嬢ではないですか。お美しいですな」
「相変わらず、デカイですね。バルバトスさん」
お互い笑顔で返す。
「キャンベルウルフ族の長……帝国騎士団副隊長のバルバトス様……」
ランドグリフは、目を見開き驚く。
このような大物が、何故この地にいるのかと思うのであった。
金色の長い髪を一纏めにしていた。髭は綺麗に整えてある。
ピンッと立つ耳が、嫌に目立つ。
目つきは鋭く、頬などに、傷跡が幾つもあった。
歳は、60代だろうか。
ガタイが良く、身長は、2mを超える。
重鎧を全身に装備し、人間には持てそうにない、大きいバトルアクスを背中に装着していた。
「我妻にならんか? ダニエラ嬢」
「ご冗談を……もう四人ほど妻がおいでと聞いてますよ」
「なんだ、バレておったか。はっはっは」
「あなたの功績は、エクリクスまで届いてますよ」
「なーに、そんな大層な事などしておらんわ。がっはっはっはっは」
豪快に笑うバルバトス。
そして、スッと雰囲気を変え、先ほどのフランクなやり取りがなかったかのような、声のトーンになる。
「我が同胞の管理が、行き届かなかった事を詫びよう。今回の件、すまなかった」
「いえいえ、私は、職務を果たしただけです」
「それで? 同胞の者は何処にいるのかな?」
「一応、罪人の館に入れてますが、この街が機能してるとは言い難いですね。それと今、此方に向かわせてます」
ダニエラの言葉に、眉をひそめる。
ここまで来るまでに、ファルシスとファルグリッドの、奇妙な噂話が流れていた事を思い返すと、納得できる部分がある。
少しすると、ヴォルドがやって来た。
俯き、やる気のない態度でだらだらと歩く。
しかし、すぐに脂汗がにじみ出る。
威圧とは違う何か別の物を感じ取ったのだ。
ヴォルドは、直ぐに頭を上げ前を見る。
そこには、見覚えのある男が立っていたのだから。
「ば、バルバト……ス」
「元気だったか? 同胞よ」
目が点になり、バルバトスを見るヴォルド。
口をパクパクさせる。
「お、俺は悪くないんだ。キディッシュに唆されて……それd」
睨みをきかせるだけで、声を詰まってしまったヴォルド。
何を言っても、この男には通用することはないと思う。
「お前のやらかした事は大体把握している。キャンベルウルフ族の名を汚した事に対して、お前はどう責任を取るつもりだ?」
「あ……その……」
「どうした? 饒舌だったじゃないか? 昔のように憎まれ口の一つでも叩いたらどうだ?」
「め、滅相もございません……ど、どのような罰でも受けます」
顔を見ることすら恐ろしいと思うヴォルド。
下手なことを言うと、その瞬間に命の灯火が消えかねないのだ。
意識が朦朧とする。
動悸も激しくなる。
今すぐに、ここから逃げ出したいと思うのであった。
この場を回避出来れば、後はどこかに雲隠れして、やり過ごすなどと考えていた。
しかし、その浅はかな考えは、一瞬にして崩れ去る。
「そうか、罰を受けるならよしとするか。では、ヴォルドお前の送り先を言う。霊国要塞都市【ミュンス】に行け」
「な、なんだと!!?」
「聞こえなかったか? 【ミュンス】へ行け」
「……」
ヴォルドは、膝を突き青ざめる。
霊国要塞都市【ミュンス】は、現在特殊な例が無い限り、行く者は居ない都市と言われる。
昔、迷宮を討伐した際に、建造に使える魔鉱石や、幻とも言われる貴重な鉱石が、大量に見つかった事から、奴隷などをそこに行かせて、大量に収集したりしていた。
かなり、劣悪な環境故に、疫病などで相当な人が犠牲になった。
しかし、その犠牲を軽く上回る価値がある死んだ迷宮なのだ。
現在もその迷宮で、鉱石を発掘しているのだ。
しかし、その発掘をしている者の殆ど全員が、表の世界に出れないような悪党しか居ないのだ。
そして、一度この【ミュンス】に入ると、死ぬまで出れないと言われている。
この街に、行くという事は、死ぬのと同じと言われる。
「ば、バルバトス! お、俺に死ねというのか?!」
「何を言っている。お前は、どの様な罰も受けるのだろ? だから、そこに行けと言っているのだ」
全く笑わずに言うバルバトス。
目は本気なのだ。
「罪を償うってレベルじゃねーじゃねーか!」
「お前の仕出かした事は、そのくらい重いという事だ。そんな事もわからないのか……」
呆れながら言うバルバドスに、ヴォルドは襲いかかる。
今、ここで逃げなければ、どっちにしろ死が待っている。
そんなの嫌だと言わんばかりに、自身の最大の攻撃を繰り出そうとする。
地面を思いっ切り蹴り、バルバトスに突撃し、渾身の一撃を顔面に打ち込むのである。
爪を最大強化し、いくらバルバトスが強かろうと、一点集中した強化であれば、抉り取る事くらい出来ると思っていた。
しかし、ヴォルドの思いは、一瞬にして砕かれた。
顔面を抉り取ったかに見えたバルバトスは、残像の様に消える。
見失ったヴォルドは、周りを焦りながら見渡した時には、全身の力が一瞬で無くなっていき、そのまま地面に仰向けに倒れた。
声が出ない、どうなっているかもわからない。
心臓の鼓動が妙によく聞こえる。
ドクンドクンと脈打つ。
体に寒気がする。
「儂を倒そうだなんて、よくそのような馬鹿な事を考えたな」
バトルアクスを担ぎそう言うバルバドス。
ヴォルドの攻撃を軽々と躱し、四肢を切りつけ、ついでに喉もバッサリと切り裂いていた。
そのせいで、ヴォルドは喋ることが出来ずにいた。
「すまないが、死なない程度に治療してもらえんだろうか」
バルバトスは、ダニエラにそう言うのであった。
全く悪びれた様子もなく。
ランドグリフは、何が起こったか理解できていなかった。
初動すら見えなかった。
これが、帝国騎士団副団長の力かと思うのであった。
そして、そんな男に全く臆する事無く、普通に話をするダニエラもまた、同じレベルの者と思うのであった。
ダニエラは、溜息を吐きながら、ランドグリフに命令する。
ヴォルドの傷を簡単でよいので治せと言う。
ランドグリフは、それに従い治療する。
命に別状はないが、喉を深く切り裂いた為、ランドグリフの回復魔法では、声を取り戻すことは出来なかった。
「それで構わない。すまんな、若者よ」
そう言って、バルバトスはランドグリフの治療を止めさせる。
そのまま、バルバトスは自身の兵にヴォルドを【ミュンス】へ連行するように命じるのであった。
ぐったりとしたヴォルド。
生気を失い、目が死んでいた。
「とりあえず、このファルシスとファルグリッドは、儂の知り合いに一旦預け、また再分配させるという事が、決まっている」
「あなたの知り合いなら安心ですね」
「ほんとにそう思ってるのか? エクリクスに、簡単に取り込まれない者だぞ?」
「それが何か? 私は、そのような浅はかな事など、する気は無いですよ」
ダニエラは、笑顔でそう言うのであった。
嘘偽りのない言葉に、きょとんとするバルバトス。
ダニエラが、何を考えているかわからない。
いや、他の十賢人が分かりやすいのだ。
この、ダニエラともう一人オーランドだけが、このような感じだなと思うのだ。
何か他の事で、動いている者と言ったらいいのか。
私腹を肥やす者とは違う。
何か、信念があってやっているかのように思う。
だから、バルバトスは帝国にほしいと思うのだ。
「ダニエラ嬢、こっちの仲間になる気は……」
最後まで言わずに、バルバドスは言葉を切る。
ダニエラの纏う雰囲気に、圧倒される。
若干、冷や汗を掻く。
そして、武者震いのような物を感じる。
同等の力を持つ同士。
全力で戦ってみたいと思うのである。
本能的にそう思ってしまった。
「あー、いけない。そんな目で見られると……血が騒ぐじゃないか……ダニエラ嬢」
「あらあら、相変わらず野蛮ですよ。バルバドスさん」
ダニエラは、乗るわけでもなく、簡単にバルバトスの挑発を流す。
まったく、先程と様子の違うダニエラに、頭を掻きながら苦笑いをするバルバトス。
「本気のダニエラ嬢とは、いつか手合わせしたいものだな」
「遠慮しときますよ。怪我はしたくありませんし」
「何を言う。絶対的な防御が出来る、ダニエラ嬢の方が有利であろう」
大きな声で笑うバルバトス。
そして、騎士団に帝国に戻ると指示を出し、先に行かせる。
「今度は、ゆっくりとした時間にでもお会いしたいものだ」
「うふふ、お茶でも入れますよ。その時は……」
「では、失礼する。儂の知り合いは、明日にはこの街に来ると思うから、それまではダニエラ嬢、引き継いでくれるか?」
「貸一つでよければいいですよ」
「がっはっはっは、よかろう。貸一つだ」
そう言って、バルバトスはファルシスを去って行くのであった。
「い、一瞬ですが、ハラハラしました……」
「あら? ここで、私が戦うとでも?」
「いや……その……はい」
申し訳無さそうに、ランドグリフは言う。
薫の事もあり、苛立っていたというのもある。
「そのような事はしませんよ」
いつも道りの優しい笑顔で答えるダニエラ。
その表情にランドグリフは、ほっとするのであった。
「明日まで、私は引き継ぎでファルシスに居ます。残りの護衛部隊は、遠いですが先に帰らせて下さい。持ち場を離れすぎると、後々支障をきたしますからね」
「はい、仰せのままに」
そう言ってランドグリフは、部隊に命を出していく。
そうしていると、治療師ギルドから、ギルドマスターがやってきた。
「え、えっと、ダニエラ様……今回のエクリクスの治療の件なのですが……」
「それは、こちらから後日請求します。それまでお待ちください」
「わ、わかりました……あの……少しでも安く……出来ませんでしょうか?」
「治療師100人、それも治療師ギルドランクBの者が殆どの精鋭部隊ですよ? それ相応の金額というのは、分かってますよね?」
「は、はい……」
「まぁ、私からそこら辺は、少し言っておきますので、そこまで掛かりませんから、安心して下さい」
「ほ、本当ですか!!?」
「まぁ、少しですよ」
それを聞き、治療師ギルドのギルドマスターは、頭をペコペコと下げてその場を去るのであった。
ダニエラは、溜息を吐きながら、宿屋の方へと戻る。
薫は、何処へ言ってしまったのかを、考えながら椅子に座る。
「たしか、ビスタ島でしたか……。明日、引き継いだら行ってみようかしらね」
そんな事を考えながら、ラックスティーを口に含むのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
真っ暗な部屋で、悪態を吐く者が居た。
ダニエラの部屋から持ってきた書類が、辺りに散らばっている。
「ああ、何という事じゃ。儂の傀儡が威圧で消し飛ばされたせいで、追跡出来ないではないか!」
「ガイナス様、そんなにイライラすると倒れますよ。あ! 三日ほどアホみたいな顔で、そこら辺に寝っ転がってましたね」
「五月蝿い! 使えん傀儡の分際で、口ばかり達者なお前に言われとうないわ」
「まぁ、落ち着いて。あ! オレンの実でも食べます? 落ち着きますよ」
「それは、毒があるし、食べれんじゃろうがぁ!」
「大丈夫ですよ。ガイナス様なら、これくらい……ねぇ」
「お前、儂をどんだけ殺したいんじゃ」
「主人が死んでしまったら、私達が自由になるからなんて思ってませんよ」
「もう一度、骨の髄まで調教してやろうか? あん?」
「そうやって、私の身体が目当てなのですよね……わかってますよ」
傀儡人形にイライラするガイナス。
十賢人の神官服を着込んで、神官帽を深くかぶり、顔を見えなくしている。
そして、その横ではフランス人形のような格好をした女性が立っている。
金色のロングヘアで、顔立ちは整っている。
瞳の色は、緑色だ。
しかし、表情は何一つ変わる事がない。
見た目は、人の形をしているが、関節の部分に継ぎ目があったり、手の甲などに魔導石が埋め込まれてある。
「クソ……まぁよい、全治療師ギルドに書類は送ってあるし、その内、勝手に情報が入るであろう」
「結局、待つことしか出来ないのですね。ガイナス様……無能……」
「なぜ、お前はそんなに口が悪いのだ! 誰に似たんじゃ……」
ジッとガイナスを見る傀儡人形。
その視線が嫌なのか、ガイナスは視線を外すのであった。
「お前は、儂の世話をしておけばいいんじゃ。さっさと茶くらい持って来い」
「了解しました」
そう言って、傀儡人形はガイナスの部屋を後にする。
ガイナスは、豪華な椅子にドカリと座り、顎に手を当て考える。
全くいい案が浮かんでこない。
前回は、たまたまオーランドのスキルに潜り込ませて、ファルシスまで送ることが出来たが、普通に行こうとすれば、二ヶ月掛かる。
自身で行くのは難しいのだ。
何かないかと思いながら、目を瞑る。
本調子ではない体は、休息を求め睡魔を受け入れるのであった。
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グランパレスの商業地区の一角。
露店が並ぶ中で、噂話が飛び交う。
「おやおや、また大変な事になったねぇ」
そう言いながら、露店のおばさんが情報を聞き、その噂の確認をさせる。
「カオル・アシヤねぇ。あの子、完全に目をつけられてるねぇ。ちゃんと、正確な噂をこっちが流してあげないといけないね。でないと……公平じゃないからね」
クスクス笑いながら、露店のおばさんは、若い衆に指示を出すのであった。
その日の内に、二つの情報がぶつかり合うのであった。
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リース治療院にて、大笑いする三人が居た。
「これ、絶対なんかやらかしたんだろう! 薫が、そんな大人しくするわけがない」
「ちょっと、失礼よ。イルガがそんな事言っちゃ駄目よ。まぁ、この噂はデマでしょうね」
「うーん、前科があるからなぁ。多額のって言ってたけど、案外当たってるのよね。ほら、オルビス商会の娘さんの病気治した時で、たしか1000万リラくらい報酬受けてたし」
「リース! それは初耳よ! そんなに、お金持ってるんだったら、もっと薫から貰っとけばよかった~」
「リリカ、お前は、がめつ過ぎるぞ……」
「だって~、イルガとの結婚資金にしたかったのにぃ~」
「おま、ちょっと早すぎるんじゃないか? まずは、順序ってのがあってだな……」
「はいはい、お熱いのは、お店の外でやってよね。たくもう……」
「いいじゃない。お得意様よ」
「私の休憩時間をなくさないでよ……これから、予約やら何やらで、魔力が底をつくの確定なんだから……」
三人は、そんな話をしているのであった。
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オルビス商会の代表室。
「カイン聞いて聞いて~」
「サラどうしたんだ? そんなに慌てて」
「薫様の噂話が、今街に広がってるのよ」
「え? また、何かしたのか?」
「わからないけど、アリシアが側に居るんだから、多分嘘だと思うんだけどね。エクリクスから、治療師ギルドに薫様を見つけたら、捕まえろって言うのが出てるのよ」
「罪状か?」
「多分違うんだと思うけど……」
「じゃあ問題ないだろ。捕まえた人が、逆に罪人の館行きだろうしな」
そう言って、カインは笑うのであった。
「そうよね。報酬は、本人が決められる決まりのはずだし、それで治療する側が了承しないと、成立しないんだから、薫様が捕まる事はないでしょ。それに、嘘の情報なら、流した所に非があるんですしね」
サラもそう言いながら笑うのであった。
二人して、「薫様に手を出した人は、かわいそうな事になるね」と言いのであった。
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グランパレスの貴族街。
一つだけ、自然あふれる屋敷があった。
庭園の椅子に座り、二人でお茶を飲んでいた。
「あらあら、楽しくなってきたじゃない」
「お母様どうしたの?」
「薫さんが、楽しいことになってるのよ。世界を巻き込む形でね」
「んー? よくわかんない」
「うふふ、あの人だけだもの、私達と同じランクで、何者にも縛られない、自由に行動できる人はね。そのせいで、色んな所から引っ張りだこだけどね」
「薫は、お母様と同じなの?」
「んー、そうねぇ。まだ、私の方が強いかもね。けど、その内抜かされちゃうかな」
「私もお母様や薫と一緒になりたい!」
「それじゃあ、いっぱい勉強して、いっぱい遊びましょうね」
「うん。ニア、いっぱい頑張って強くなる」
「ディアラ様、そろそろお時間です」
「もうそんな時間なの? はぁ、ホント面倒ねぇ。働きたくないわ……」
メイドがやって来て、ディアラに言う。
面倒臭そうに、ディアラは椅子から立ち上がる。
ニアの頭を撫でてから、玄関へと向うのであった。
「お母様早く帰ってくる?」
「なるべくね。だからいい子にしてるのよ」
「はーい」
元気な声で返事をするニア。
ディアラは、馬車に乗り込み、屋敷を後にするのであった。
この日を境に、この大陸では、薫の噂が飛び交うようになる。
どんな病気をも治す最高峰の治療師なのか。
それとも、とんでもない金額を請求する、ろくでもない治療師なのかであった。
読んで下さった方、感想書いて下さった方、Twitterの方でも絡んでくださってる方、本当に有難うございます。
楽しく書いております。
順調にアクセス数が伸びて嬉しく思ってます。
それと、手術の手順などを教えて下さる方が、見つかりました。
本職の方なので、安心してこれから物語の中に、内容を入れて行けます。
ネットでは、限界がありましたから、とても助かってます。
では、一週間以内に上がります。
多分、早く投稿できると思うので、お暇な時間のある方は、ぜひ読んで下さい。




