治療完了!そして…
真っ白な大理石で出来た床。
夕日が沈みかかり、仄かな光が差す。
大理石は、鏡のように辺りの背景を映す。
「もうちょっと、皆の法衣の丈が短いと、叔父さん嬉しいんだけどなぁ」
そう言って、オーランドは壁際に保たれ、カップを片手にラックスティーを飲む。
「そうかにゃ? 今のままでも、凄く動きやすいにゃ」
ティナは、オーランドの言葉の意味が分かっていない。
自身の法衣の裾を持ち、ヒラヒラさせる。
オーランドは、汚れた大人の話などするものでは無いと思うのである。
然し、その意味を知った時のティナの反応が、初々しくてついつい揶揄ってしまうのだ。
ダニエラから、オーランドの行動で、注意しなければいけない事を言われている為、意味は分かってないが、駄目とか嫌で流されるのであった。
後は、本能的に危ないと思うくらいなのであった。
「オーランド叔父ちゃん、疲れちゃったなぁ〜。いっぱい頑張ったもんなぁ」
「ご、ごめんなさいにゃ。無理を言ってしまったにゃ」
耳をしゅんとさせ、俯くティナに癒されるオーランド。
全くそんなこと思ってもいないのに、そう言って楽しんでいた。
鬼の居ぬ間になんとやらである。
ダニエラが居たら、「そのまま疲れ果てて、死んで下さい」の一言で終わる。
「ティナ様の生足を、拝ませて頂けるのなら、元気になりそうなのですが……」
「ん? あ、足なら別にいいにゃ。でも……私の見ても楽しくないよ? よいっしょ」
そう言って、法衣をたくし上げるティナ。
オーランドは、慌てて止める。
「そのような事しちゃダメです! 全く……恥じらう表情を見ようと思ったのですが。まさか、普通に返すなんて思ってもみなかったよ。心臓に悪いですよ……全くけしからん……本当にけしからん」
ティナは、「にゃ?」っと言いながら、クエッションマークを出し首を傾げる。
ダニエラに言われた注意点に、この事はなかった為に普通に返してしまった。
そして、周りに居た神官達は、ヒソヒソと話をしながら、オーランドとティナを見る。
オーランドは、本気で命の灯火が消える事を覚悟するのであった。
「オーランド、ダニエラ最近疲れてるにゃ。心配にゃ」
「んー、私は、最近自室から出てないからねぇ。どんな風なんだい?」
「私が居る時は、そう言った表情を出さないにゃ。こっそり覗いた時とかに、頭を押さえて痛がってるように見えたにゃ」
「頭痛ですか……。まぁ、あれだけ仕事してれば、頭痛もしますよ」
笑いながら言う。
ティナは、その言葉にムスッとする。
「おや? 何か言いたげだね」
「オーランドも少しは手伝ってほしいにゃ」
「そう言われましても、もう私はこの歳です……ごほ、ごほ」
そう言って、チラリとティナを見る。
より一層、膨れるティナに、やれやれと言った感じで言う。
「分かりましたよ。少しだけですよ。あの子は、プライド高いから、分からないレベルで支援してあげましょう」
そう言って、ティナの頭を撫でる。
ティナは、バンザーイと両手を挙げながら喜ぶのであった。
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日が沈みかける。
オレンジ色が綺麗に空を染める。
薫達は、大体の患者の治療を終え、民家に残っている者がいないか探していた。
「助けられなかった人もいるのです……」
「こればかりは、仕方ないとしか言いようが無い。あんまり落ち込まんで、前向いてやれる事をするんや」
「はいです」
ファルグリッドの街に来て、魔物の出没のせいで、軽症患者まで亡くなっていた。
アリシアは、もっと早く来ていればと後悔する。
全体の2割くらいの民間人や商人、冒険者などが犠牲になっていた。
病気の方も、感染源から近い順に亡くなっていく。
早く感染して、発病すると亡くなるリスクが高くなる。
殆どの人が、罹って2、3日の状態であった。
然し、4日以降の者は、そこから急激な病の進行がある為、此処に着いた時には、亡くなっていたのだ。
死因は、心不全に、腎不全である。
どちらとも、手術の必要な患者になる。
心不全なら、どの部分が悪いかによって、手術が変わってくる病。
腎不全なら、移植手術をしなければならない。
特に、腎不全は、手術した後も人工透析が必要となる可能性もある。
アリシアのケースで考えるなら、透析治療は要らないだろうが、いざという時はいるのだ。
術後も、食事管理をしっかりしなければならない。
この世界の人が、そこまで管理できるかといえば、無理なことだろうと思う。
出来る限り、薫は治していきたいが、現在エクリクスと一緒に行動している為、そのケースに行く前に、治したいと思うのであった。
「あの……薫様?」
「ん? どうしたんや」
「えっと、私は、いつまで抱えられてるのでしょうか?」
患者のいる場所を、ぐるぐると回ってる最中に、アリシアは身体強化で、魔力を消費し続けていた。
この街が終われば、次はファルシスへ行かなければならない。
少しでも、アリシアの魔力を温存する為に、薫は脇に抱えていた。
アリシアは、手足をぷらーんとしながら、一緒に同行していた。
「次の街もあるからアリシア温存しとけって事で」
「はい、私邪魔なのかと思ってました」
そう言って頬をぽりぽり掻く。
アリシアの言葉に、薫は首を横に振る。
「向こうは、二人で回っとるけど、俺らみたいにいっぺんに終わらすことが出来へんやろ? 一つの街の人を全員見るなんて事、多分出来へんからな。それに、手作業でやるとなると、大分手こずってると思うねん」
「その時の為の私なのですね! 頑張りますよ薫様」
ムフーっと鼻息を荒くするアリシア。
期待されてると思い、次に備えアイテムボックスから、MP回復剤を口に運ぶ。
そんな時だった。
少し大きな屋敷の中で、ガシャンと大きな物が割れる音がした。
薫は、音のした屋敷に入っていく。
魔物が潜んでいるかもしれないからだ。
意外と広い屋敷で、何処にいるか分からない。
薫は、咄嗟に魔力をこの屋敷全域に張る。
すると、屋敷の中で人を感知した。
薫は、有無も言わず、それ以外に強力な威圧を掛ける。
そして、その者が居る一番奥の部屋へと入る。
そこには、シルバーウルフがいた。
薫は、アリシアを下ろし、一瞬でシルバーウルフの頭を床に押し付け、そのまま圧を掛ける。
シルバーウルフは、奇声をあげながら、ぐしゃりと鈍い音がした後光の粒子に変換される。
立ち上がり、周りを見渡すと、そこは書斎のような場所であった。
薫は、人を感知したのに、その姿は見えなかった。
目をよく凝らして見ると、部屋の隅で何かを守るようにして、蹲っているメイド姿の女性が居た。
「大丈夫か?」
「……」
薫がそう言って近付く。
その女性は、ゆっくりと顔を上げる。
目は真っ赤で、涙を流していた。
「大丈夫やなさそうやな……俺は、ブルグから来た治療師や。君の名前はなんて言うんや?」
「あ……えっと」
「ゆっくりでええよ」
「シュリ……」
そう言って俯く。
アリシアは、シュリに近づき衰弱した体に『体力中回復』を掛ける。
「もう大丈夫ですよ。私達は、この街の病を治しに来たのです」
「!!!」
シュリは、アリシアの言葉に驚く。
今この街で、急激に広がった謎の病を治す。
そんなことが出来るのかと。
「な、なんでもっと早く来てくれなかったんですか……」
「え……?」
「そうすれば、ご主人様は死ななくて済んだのに!」
「……」
アリシアは、その言葉に返す言葉が見つからなかった。
シュリもそうだ。
こんなこと言っても意味ない。
寧ろ、こんなに早く治療出来る事などあり得ない。
分かっているのに、そう言わなければ心が持たない。
アリシアは、ワンピースの裾を強く握る。
震えながらであった。
薫は、そっとアリシアを自身の方に引き寄せる。
「すまんかった。こういう事態になっとる事を聞いたんは、今日の夕方頃や。大急ぎで来たが、間に合わんやった。本当にすまん」
「なんで謝るのよ! ただの八つ当たりだって、分かってるくせに! 謝られたら……私は、この気持ちを何処にぶつければいいのよ……」
「全部吐き出せばええよ……」
薫はそう言って、シュリを見る。
大事に抱えているものが目に入る。
薫は、頭を抱える。
「ピンクラビィが何でこんなところにおんねん……」
「こ、これは……ご主人様が、一週間くらい前に……」
アリシアは、薫の言葉に反応する。
パイン細菌を運んできてしまったという事を理解した。
「この病は、ビスタ島に生息する草花が持っとる。ピンクラビィがそれを食べる事によって、感染するんや……」
「……」
「ピンクラビィには、そこまで生死に関わる事やない。そのまま、放っておいても、完全に治って病気自体も消滅する。やけど、その感染したままの状態の時に、噛み付かれたり、なんらかの形で亜人の体内に入ると、今この惨状を引き起こすんや」
「それじゃあ……ご主人様はこの子を捕まえた時に病に罹った……」
そう言ってシュリは、ピンクラビィに目を落とす。
焦点が定まってない。
何かに当たらなければ、崩壊する。
何かのせいにしなければ、今の自分を保てない。
その瞬間、ピンクラビィを支える手に力が入る。
「おかしいと思わへんか? 何で、シュリさん……あんたが、感染源の一番近くにおるのに、動けるくらい元気なんや?」
「……!?」
「普通なら、とっくの昔にその主人と一緒で、この世にはおらへんよ」
薫はそう言う。
シュリは、手の力が緩む。
「ピンクラビィの加護です。そうですよね薫様」
薫は、頷く。
そして薫は、そっとシュリに『診断」を掛ける。
病名、パイン細菌
状態、『運超上昇』状態、体内時間延命状態
そのように出た。
「死なせてください……ご主人様が居ない世界で、私は……何をすればいいのか分かりません……」
「それが、答えか?」
「それに……私は、汚れています。悪い事にも……沢山、手を出しました。生きる資格のないものですよ……」
そう言って、力無く壁にもたれる。
目に光が無い。
全てがどうでも良いと言った感じであった。
そんなシュリの態度に、アリシアは一歩前に出て、平手で頬を打つ。
パンッと乾いた音が、部屋の中に響く。
薫は、少し驚く。
アリシアが、そのような行動を取るとは思わなかった。
「ふざけないで下さい! 死にたいってなんですか! そんな簡単に、そのような言葉を口に出さないでください」
「貴方に……何が分かるの? どん底まで落ちて、生きる意味さえ失った私の気持ちがわかってたまるもんですか! 貴方は、治療師でしょ! 恵まれた環境で生きて来て、何不自由なくのらりくらり生きてきたんでしょ!」
「シュリさんの苦労は、分かりませんよ。私は、シュリさんではありませんから。私は生まれつきの病で、長く生きられない病でした。エクリクスで、大神官様から治療を受けても治りませんでした。でも……でも、死にたいなんて一度だって考えた事はありませんでした」
「え……?」
シュリは、アリシアの言葉に少し驚く。
17、8くらいの若い女性の言葉とは思えない重みがあった。
それに、いつ死ぬかわからない病。
眠って、明日が来るかわからない恐怖。
そのまま、起きないで死んでいくのではないかと。
そんな、不安とずっと戦ってきたとでもいうのか。
シュリもそうだ。
インリケが死んでから、次は自分があんな風に死ぬと思うと、夜も眠れなかった。
「今の姿を見ても、ピンとこないかもしれませんね」
アリシアは、そう言う。
寂しそうな表情であった。
病気の頃は毎日、治ったら何をしようと思って生きてきた事。
薫から、病気を治してもらった事。
そこからは、バタバタで、色んな人に迷惑を掛けてしまった事。
アリシアは、必死で何かをシュリに伝えようとしていた。
言葉では伝わらない。
気持ちを込めてであった。
薄っぺらい、上っ面だけの言葉では、絶対に届かない。
それは、アリシアが一番わかっている。
カインが、色々騙されている。
治ると言われた物を買ったりなどだ。
本当に助けてくれる人の言葉には、気持ちが伝わってくると思うのである。
薫の時がそうだ。
助けてくれる時、絶対に治すという気持ちが、ヒシヒシと伝わってきた。
アリシアは、それを信じて全てを薫に託したのだ。
その様な気持ちを乗せ、シュリの言葉を否定する。
絶対に死なせたくない。
生きて欲しい。
死にたいなんて、悲しいことを言って欲しくないのだ。
喋っている最中、勝手に涙がこぼれる。
「生きる為には、資格がいるのですか? 私は、そのような物がいるのならそれを壊します。そのような資格なんてないです! 悪い事をしたなら、償えばいいです! 自分を許せるくらい、全力でやれば良いんです。だから、そのような事、簡単に……言わないで下さい」
そう言うとアリシアは、その場で崩れる。
薫は、そっと支える。
「こんなに、真っ直ぐに言われて、何か響かへんか?」
「何なのでしょうね……少し、気持ちの整理が必要かもしれません」
「なら、アリシアは良う頑張ったちゅう事やな」
「うっ……ぐすん……」
「そうそう、少し落ち着いたら、ビスタ島っていう、気持ちのええ場所があるんや。そこ行って、よう考えるんも、良えかもしれんで。此処やと、視野が狭うなるやろうからな」
「ええ……行ってみますよ」
「それから、人生一度きりや。何度失敗してもええから。悔いの残らん選択をしたら、ええんやないか」
薫は、そう言って『医療魔法ーー点滴』でシュリを治療するのであった。
シュリには、治療院へ行って、定期的に体力回復魔法を掛けて貰うように言う。
アリシアも何度も同じ事を言う。
心配でたまらないようだ。
シュリは、ピンクラビィを抱え、優しい笑顔で頷くのであった。
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ファルシスでは日が沈み、闇が街を支配しようとしていた。
まだ治療出来ているのは、街全体の二割も行かない状況だ。
道中に、魔物がいる為かなり時間を取られていた。
「ワトラさん、気を付けてください。夜は、シルバーウルフの能力が上がります」
「シ、シルバーウルフって40下層の魔物ですよ! 僕じゃ足止めもできませんよ」
「ですから、私の後ろへ。さっきと同様、絶対に離れないで下さい」
「は、はい」
ワトラは、そう言ってぴったりダニエラに引っ付く。
ワトラのレベルでは、一撃貰うと致命傷になりかねないからだ。
ダニエラは、長剣を片手に持ち、ワトラに攻撃が行かないように、周りを警戒しながら立ち回る。
今回は運が悪い。
三体同時での遭遇だ。
今までが、良かったと言ったほうがいい。
最高でも二匹、うち1匹が、ギガントインプであったりした。
動きの遅いギガントインプを後回しにして、シルバーウルフを先に倒していたのだ。
動きも速い、後ろを取られることがあるからだ。
それに、足手纏いのワトラ付きなのだ。
いつも通りの動きをすると、ワトラが危険になる。
薬は、ワトラが所持している。
死んでしまうと、アイテムボックスを開く事すら出来ない。
その事を考えると、迂闊な行動ができないのだ。
一瞬の判断が命取りになる。
そして、時間が経つにつれ、状況は悪化していくのである。
魔物が増えていくのだ。
シルバーウルフとギガントインプが、わらわらと集まりだす。
ダニエラは、舌打ちをし数体でも減らすため、魔力を長剣に込め、高速で薙ぎ払う。
真空波のような斬撃が飛び、シルバーウルフを切り刻み数体を倒す。
踏み込みが甘く、いつもの切れ味が出ない。
ギガントインプに当たった瞬間、弾かれてしまった。
「くっ……」
表情が険しくなるダニエラ。
少しだが、魔力を温存したいという気持ちがあるが、そんな事を思っている場合ではない。
ダニエラは、真っ赤なオーラを纏い、全身を燃やすかのような禍々しいものになる。
「固有スキル発動……『火龍円舞』」
すると、ダニエラの体に、ふた回り程のオーラが纏わりつき、火龍を思わせる形にへと変わる。
ダニエラの頬や額に、赤い模様が浮かび上がる。
ハーフアップにしていた髪はほどけ、オーラによって靡く。
その状態で、ダニエラはシルバーウルフとギガントインプを叩き潰して殺していく。
圧倒的な力で、増えていた魔物を半分ほど、一掃していくのだ。
「す、凄い! これなら……え?」
ダニエラは膝をつき、纏っていたオーラが強制的に解除される。
頭を押さえていた。
「こんな時に……また、頭痛か……」
苦虫を噛み潰したような表情になるダニエラ。
シルバーウルフ達は、今がチャンスといった感じで、総攻撃を掛ける。
ワトラは、咄嗟にダニエラの前に出て、身を呈して守るようにした。
しかし、そのような事をしても、意味の無いことくらい分かっている。
ほんの数秒の時間稼ぎになれば良いくらいだ。
無力だが、体が勝手に動いてしまったのだ。
飛びかかって来るシルバーウルフが、スローモーションに見える。
大きく口を開け、獲物を喰らうと言う表情が、嫌という程見てとれる。
今まで生きてきた思い出が、走馬灯のように流れる。
全身が震え、涙が出てくる。
恐怖という感情が、ワトラを支配していくのだ。
「母様……もうすぐ……会えそうです……」
そう言って、ワトラ目を瞑った。
「それは却下や。悪いがな」
ワトラは、その声に驚く。
目を見開き前を見る。
襲いかかって来たシルバーウルフは、光の粒子に変換され、ワトラ達の周りを輝き漂っていた。
何が起こったのか分からず、惚けた顔で辺りを見る。
「よく頑張ってくれたな。ここからは、俺の仕事や」
見覚えのある容姿、白衣を靡かせワトラを見ていた。
ワトラは薫を見ると、安心してしまったのか、スッと腰が抜けたかのように、その場にペタンと座り込む。
「ちょっと時間が押しとるんや……さっさと片付けるか」
声のトーンは低く、薫の放つ異常な魔力に、ぴくりとも動けずにいる魔物達。
完全に意気消沈している様子であった。
絶対的強者の放つそれは、死を意味するということだ。
逃げようにも、体が動かずどうすることも出来ない。
ただ、死を待つのみとなった魔物達は怯えるのだった。
薫は、ギガントインプを蹴り飛ばし、シルバーウルフを巻き込みながら、凄まじいスピードで倒していった。
ものの数秒で、集まった魔物の群れを一掃してしまった。
「あわわわ、ま、また、やっちゃったのです。薫様……仲間のピンチの時は、ほんとに見境がないのです」
「あいつは……人間なのか……?」
ワイバーンに乗るランドグリフとアリシア。
薫は、ワトラが危ないと思った瞬間、かなり高い高度を飛行しているワイバーンから、飛び降りたのだ。
アリシアとランドグリフは、目が飛び出るかのような驚き方で、薫が落ちていく姿を目で追うことしか出来なかった。
魔物の群れがいる為、近くに着陸は出来ない。
アリシアは、ランドグリフの先程の言葉を流す。
その質問には、アリシアも答えられない。
同じ人間であっても、異常なまでの能力を保有しているからだ。
それに、アリシアも一緒だ。
やろうと思えば、アリシアもシルバーウルフ達を、一瞬で倒せる力を持っている。
アリシアは、薫のような行動は、とらないでおこうと思うのであった。
絶対に失敗する自信があるからだ。
ランドグリフは、降りられる場所を見つけワイバーンを下ろす。
地上に降りた瞬間、アリシアは飛び降りて、大急ぎで薫の下へと向かった。
「さて……。二人共怪我はないか?」
「僕は、大丈夫。でも、ダニエラさんが……」
「私も大丈夫よ。ちょっと魔力を消耗しすぎただけよ」
そう言って、ダニエラは作り笑顔だが、笑うのである。
薫は、ダニエラに近づいた。
なにかと思い薫を見る。
薫は、ダニエラの額に手を当てる。
そして、薫は自身の魔力を分け与える。
ダニエラの魔力が全回復する。
「なっ! 魔力が戻った……相当な魔力保有量の私を……」
「とりあえず、まだまだ働いてもらわなアカンからな。ランドグリフも来とるし、そっちに人員回すわ」
「え? ファルグリッドは?」
「もう終らせてきた。後はファルシスだけや」
ダニエラは、きょとんとする。
ありえないし、考えられない。
街一つ分の患者を治療するのに、ものの二時間もかかっていないのだ。
それに、魔力を分け与えて、ピンピンしてる事自体もおかしい。
しかし、今はそんな事を聞いている場合ではない。
まだ、二割しか街の患者を治療できてないのだ。
ダニエラは、薫に現状を教える。
すると、薫は顎に手を当て、一番効率の良い方法を模索する。
「ダニエラさんとワトラ、ランドグリフは、そのまま西の治療院から回って行って欲しいんや」
「今まで通りで良いのですね」
「ああ、俺とアリシアで、東から周る」
「然し、それで間に合うのですか?」
「大丈夫や。そっちは、一人一人、丁寧にやってくれればええよ」
アリシアは、薫の言葉に嫌な予感がする。
確実に、広範囲で治療する為、見られたくない者を離したに違いないと思うのだ。
然し、そうしなければ、手遅れになる者が出て来るかもしれない。
今回は、仕方ないと思うのであった。
薫からの提案にダニエラは、すぐに承諾する。
そして、直ぐに西側の方へと急いだ。
「さて……」
「また、良からぬ事を考えてますよね薫様」
そう言って、薫を見るアリシア。
大分、薫の行動が分かってきた様だ。
薫は、苦笑いする。
アリシアも、仕方ないですねぇと言った感じで、薫の隣に立ち寄り添う。
「少しだけ、大目に見てくれると助かるんやけど」
「非常事態ですから良いですよ。なので、サクっと頑張りましょう薫様」
そう言って笑うのであった。
薫は、そんな笑顔のアリシアを「よいしょ」と言いながら、脇に抱える。
「ふぇ? またなのですか! 私は、薫様の横を歩きたいのです」
じたばたするアリシアだが、若干嬉しそうなのは何故だろう。
まあ、良いかと思いながら、薫はまず治療院から周る。
薫が、広範囲の医療魔法を使う。
アリシアが、広範囲の体力回復魔法を使って、一瞬で患者を治療していく。
その都度、薫は『診断』を使い、他に危ない病に罹っていないかを調べるのであった。
凄まじいスピードで、治療院の患者を見て回る。
そして、薫達はファルシスで、最も大きい建物へと足を踏み込む。
中に入ると、街の住民が十人程度、仰向けやうつ伏せで倒れていた。
体には、鋭利な物で切り裂かれたような跡があった。
薫は、直ぐにその者達の下へ行き、生死を確認する。
結果は、皆亡くなっていた。
シルバーウルフかとも考えたが、それだと可笑しい点が多々ある。
人に襲いかかったシルバーウルフは、人を喰らう。
部分的に残る事はあるが、ここまで綺麗に残る事はまず無い。
この街に来て、襲われた住民は殆ど食べられているからだ。
だとすると、思い当たるのは、誰か人がこのような行為をしたと考えるのが妥当だろう。
薫は、辺りを警戒する。
魔力を張り巡らし、人を感知できるか試すのであった。
すると一番奥の間に、二人ほど反応があった。
薫は、ゆっくりとその奥のドアを開ける。
するとそこには、白と黒のまだら模様の入ったコートを着て、床に座り込む者と、その男に回復魔法を掛ける女がいた。
一人は亜人で、目つきが鋭く、薫を睨み付けている。
宝石を散りばめられた、沢山のリングやネックレス、腕輪をはめていた。
アリシアは、その目付きに怯え、薫の背後に隠れる。
「お前は誰だ?」
「ブルグから来た治療師や。あんたが、この街の領主か?」
薫がそう言うとその亜人は、ニタァーっと笑い立ち上がろうとする。
横にいる治療師は、人間だった。
若く何故か首輪をはめられていた。
話をしているのに、全く反応がない。
首輪から鎖が垂れ、その鎖は亜人が持っていた。
「ああ、そうだ。俺は、この街の領主のヴォルド様だ」
「そうか、なら話は早い。現状、もう殆どこの街の病は治療した」
「おお、素晴らしいな……後は、俺で最後とでも言いたそうだな」
「実際そうなるな」
薫はそう言って、ヴォルドに近付く。
そして、一応確認の為、『診断』を掛ける。
結果が出た。
やはり、パイン細菌だった。
然し、体の状態異常に【体内進行速度微低下】と言う物が、付いていた。
アルガスの飲んでいた物には、劣る代物を飲んでいたのだろうと思う。
然し、治る事はない。
飲み続けても、次第に病魔は体を蝕んでいく。
最終的には、死を迎える事になる。
「さっさと、治せよ。こいつは、使えない奴だったよ。まぁ、性処理くらいにはなったがな」
そう言って、若い治療師を蹴り飛ばした。
薫の纏うオーラがグニャリと揺らぐ。
アリシアは、治療師の女性を受け止める。
「酷い……あなたを治療していたのではないのですか!」
「あん? 治療していた? ちょっと違うな。その女を俺は、強制的に操り、俺のコマにしていたに過ぎねーんだよ。街の連中もうるせーから、こいつに始末させたんだ」
「人をなんだと思ってるのですか。領主がそんな事をしてはならないはずです」
「ここでは、俺がルールなんだよ。お前も俺の性処理にしてやろうか? あん? 意外といい体してるじゃねーか」
そう言って、ヴォルドがアリシアを見て、何かしらのスキルを使おうとした瞬間。
ヴォルドは、凍りつく。
今までにないこの感覚。
野生の本能だろうか。
今すぐにでも、逃げなければいけないと、警鐘を鳴らすのだ。
アリシアにもピリピリと伝わる。
薫の威圧の威力が、ヴォルドのみから溢れているのだ。
完全に薫の逆鱗に触れる。
「もういっぺん言ってみろや。糞犬……」
「お、おい! 待てよ。冗談じゃねーか」
そう言って、ヴォルドは焦り後退りする。
そして、焦ったせいもあり、ヴォルドは最悪の選択をする。
先ほどの治療師の女性が、いきなりアリシアに掴みかかったのだ。
だが、一瞬でその治療師は、崩れ落ちる。
薫が、その治療師の意識を刈ったからだ。
ヴォルドは、わけが分からず焦る。
「お前のその手品は、もうとっくに種が分かっとるわ。お前より、魔力の劣る者を洗脳できるんやろ」
「!!!」
「何でわかったって顔やな……さぁ、どうしてやろうなぁ……」
薫は、そう言ってヴォルドに近付く。
ヴォルドは、尻もちをつきガタガタと震える。
自身の固有スキルを暴かれ、そしてその弱点さえも知られてしまっていた。
何故、どうやって、そのような事を必死で考える。
今まで、失敗したことなどなかった。
それが、こんな治療師なんかに、バレるなんてと思うのである。
薫は、治療師の女性が、おかしいという事はわかっていた。
なので、ヴォルドが何らかのスキルなどを使うであろう時に『解析』を掛けたのだ。
その結果がこれだ。
掛けた物の全てを暴く、この固有スキルであれば簡単なことであった。
「死にたいんか?」
「ち、違う……すまなかった。俺が悪かった。死にたくない。た、助けてくれ……」
必死で命乞いをするヴォルド。
「そ、そうだ。お前にも、うまい話があるんだ。近いうちに、この地域全域を、俺とキディッシュで統一する予定なんだ。その時に、お前にも領土を分けてやるよ。そ、そうだ。ビスタ島っていう所を、お前の領土としてやる。だ、だから助けてくれ……」
必死でヴォルドはそう言う。
しかし、またしても薫の逆鱗に触れるのだ。
「そ、それでも足りないんだったら……そうだ。女なら誰でも洗脳して、お前の奴隷にしてやる。金だって幾らでも払うだから……」
「もう喋るな……聞いてるだけで、胸糞悪いにもほどがあるわ」
「ひっ……」
薫の目を見た瞬間、それ以上言葉は出なくなった。
「ビスタ島は、今俺が世話になっとるところや。お前、そこに手出すんなら、相応の覚悟で来いや。あとな、キディッシュならもうとっくに死んどる」
「!!!」
薫の発言に驚く。
キディッシュの死を今、初めて知った。
ヴォルドは、キディッシュの話に乗っただけで、自身のスキルだけでは統一は困難なのだ。
全てが崩れていく音がする。
どうすればいいのか分からず、目が泳ぐ。
そして、まだ何か言いそうだった為、ヴォルドの意識を刈り取る。
「はぁ……どうしてこんなクズが多いんやろうな」
「か、薫様、その……その方も治療するのですか?」
「そのまま、置いとくわけにもいかんやろ。それに、どうせなら罰をきっちり受けてもらわへんと、腹の虫が収まらへん」
そう言って、薫はアリシアを引き寄せる。
自身の気持ちを落ち着かせる為、抱きしめる。
アリシアは、落ち着くどころか真っ赤になりながら、心拍数が上がっていく。
「よし、落ち着いた。こいつは、ダニエラさんの所に連れてって、処分してもらうかな」
「わ、私は、上がっちゃったじゃないですかー!」
薫は、カラカラと笑いながら、アリシアの頭を撫でる。
嬉しいのに、ちょっとムスっとするアリシア。
二人は、ヴォルドと治療師を治療して、ヴォルドだけを薫は、足だけ持ち引きずりながら、ダニエラ達の下へと向うのであった。
ダニエラ達と合流した時には、ヴォルドの高そうなコートはぼろぼろになり、見るも無残な姿になっていた。
「え、えっと……薫さんこの方は?」
少し、顔が引きつるダニエラ。
「ああ、ちょっと悪さしそうな奴やったんで、捕まえてきてん」
薫は、ヴォルドとの会話の内容をダニエラに話した。
すると、ダニエラも厳しい顔つきになる。
「そうですね……この街は、全くの無法地帯といったところだったという事ですね」
「やから、こいつをどうにかして欲しいんや。でないと、他の街にも害がありそうやからな」
「分かりました。この方の処分は、帝国にやって頂きましょう。管理ができていないのは帝国ですし」
そう言って、ダニエラは自身のできる事をする。
患者は、治療院もしくは、大きな屋敷に集められ、治療しやすい状況を作っていた。
その作業を、ダニエラがしていたのだ。
薫は、できる人だなと思うのであった。
薫が、そんなことを思っていると、ワトラがやってきた。
「薫! 聞いて、聞いて! ダニエラ様が、僕の研究に出資してくれると言ってくれました」
凄く嬉しそうなワトラ。
薫は、ダニエラの考えがなんとなくわかった。
ダニエラ自身が出資するという事は、他の所からの出資は見込めないという事。
色々な反発があるのは、よく分かる薫なのである。
だから、今回の薬の成果をワトラに渡すつもりだった。
しかし、十賢人のダニエラに認められた研究というのであれば、後盾はでかいと思う。
だが、それだけでは足りなさそうな気がしたのだ。
この研究を、良いと思わない者が必ず出てくる。
ダニエラだけでは、ちょっと弱い気がする。
薫は、もう少し考えることにした。
一番いい方法を模索するのであった。
辺りは、真っ暗になり、ランドグリフも疲れきっていた。
ダニエラ達と、宿屋に入って行く。
この宿屋の亭主は、人間であり、患者の収容もしてもらっている所だ。
「やっと、これで一段落やな」
「一時はどうなることかと思いました。あなた達のおかげです。本当にありがとうございました」
そう言って、ダニエラは頭を下げる。
薫は、「よしてくれ」と言って、それをやめさせる。
ランドグリフは、薫を睨む。
ダニエラに何度も頭を下げられ、嫉妬心もある。
敬愛するダニエラに、そのような事を言って貰える事など殆ど無いからだ。
「そういえば、敵を一掃したあの赤いオーラは何やったん?」
「知りたいですか?」
「いや、何となくやけど龍っぽかたからなぁ」
「うふふ、私が火龍の末裔だからですよ」
薫は、ほうといった感じで納得する。
この世界で、犬や猫の種族が居るなら、龍の種族もいてもおかしくない。
そう思っていたら、ワトラが驚き声を上げる。
「だ、ダニエラ様は火龍の末裔だったのですか! かなりの希少種と言われてますよ」
「え? そうなんか??」
「そうなのですか?」
薫とアリシアは、クエッションマークを出しつつ首を傾げる。
そんな二人に、ワトラは興奮しながら言う。
「凄いも何も、龍族は殆ど姿を現さないんですよ! 物凄く警戒心が強いとか。だ、だからダニエラ様は、ワイバーンと契約を結ぶ事ができたのですね」
目をキラキラさせて言うワトラ。
薫は、笑いながら見る。
ワトラの表情で、どれほどのことかがよく分かる。
「そんな大した種族じゃないですよ。ただ臆病なだけですから」
「え?」
ダニエラの言葉にショックを受けるワトラ。
真実というものは、案外大した事ではない事が多いのである。
噂に尾ひれなどが付き、伝説になったりもするのだから仕方がない。
ワトラは、ダニエラからこれ以上深く聞かないことにした。
自身の思い描く龍族が、崩れかねないからだ。
その後は、夕食をとり皆ゆっくりとしていた。
「そうです。薫さん私は、あなたに色々聞きたいことがあります」
「まぁ、そうなるわな……」
薫は、ため息を吐きながらダニエラを見る。
完全に、薫の魔力量が桁違いということがバレている。
助けた時と、ヴォルドの時にやらかしたのが原因である。
アリシアは、温かいミルクをちびちびと飲みながら、薫を見る。
「企業秘密で……っていうことで」
「お前はなめているのか! ダニエラ様が聞いておられるのだぞ!」
薫の言葉にランドグリフが切れる。
短気だな、などと思ったが、人のことは言えないので、薫は何も言わないでいた。
「ランドグリフ、少し黙りなさい。私だからといって、人に全てを喋らないといけないなどと言う事はないです」
「し、しかし……」
ダニエラに言われ、これ以上強く言えなくなる。
だが、薫という人物が気になって仕方がないダニエラ。
なんとかして、手に入れたいというのも事実。
目がマジなので、薫も何となく分かるのである。
元の世界でも同じような事が、あったななどと思いながら、ミルクを飲む。
正直、ダニエラに付いて行く事はまず無い。
しかし、いい関係を保てるならいいなとは思う。
ワトラの事もちゃんと考えてくれる。
できる人とは思うのだ。
「喋るとあんたらに目付けられそうやからな」
「あら、私は、もう目をつけてますよ」
アリシアは、うわぁーっと思いながら、ダニエラから目をそらす。
笑顔で答えるダニエラに薫も苦笑いになる。
「どんな手を使ってでも、手に入れたくなってしまいます。あなたのような人材はね」
「ほう、実際問題どんな手を出すんや? 事によっては……俺も本気で潰すぞ」
先ほどまでとは打って変わって、薫の豹変に少し驚くダニエラ。
この時点で、ダニエラに勝ち目はないことを悟る。
ランドグリフも唾を飲み込む。
異常なまでに圧迫される空間。
息苦しいのである。
威圧を放っていないが、何か違うものがそう感じさせるのであった。
「うふふ、冗談よ。何かしたら、ほんとにエクリクスもろとも潰されかねませんし」
冗談めかしく言うが、薫ならやりかねないと思うダニエラ。
戦闘力もある。
あれが本気とは思えないがと思うのである。
アリシアは、これ以上悪い方向に進むなと心の中で祈りながら、ミルクを飲む。
寧ろ、そうしておいた方が、話をふられないと思っての行動でもある。
「それでは、今日はこのくらいでお開きにしましょう。皆さん疲れてると思うので」
ダニエラは、そう言って立ち上がろうとした瞬間、激しい頭痛にさいなまれる。
なんとか、机を掴み体勢を整えようとするが、手が痺れ、思うように力が入らない。
声を出そうとするが、呂律が回らない。
いつもの、目眩や頭痛とは違う事が自身では分かったが、すでにもう対処しきれないでいた。
ドサッと床に倒れる。
そして、ダニエラは意識を失うのであった。
読んで下さった方、感想まで書いて下さった方、Twitterの方でも絡んで下さった方、有難うございます。
実家の事情で、少し更新が遅れる可能性があります。
なので、書き溜めていたこの話を先に投稿します。
バタバタしなければ、更新は通常通り行えます。
更新が、楽しみと言って頂けているのに、申し訳ありません。




