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最悪の始まり

 ファルグリッドの朝。

 道端では、ぐったりとした者が多数いた。

 治療院の前は、未だ列を連ねる。

 治療師達は、睡眠を取らず、患者達に回復魔法を掛けていた。

 然し、一人にかける時間が多く、処理しきれない状態であった。

 他の治療院もそうだ。

 列ができ、一向に進まない状況であった。

 商人と薬剤師もこの騒動に駆り出されていた。

 商人は、MP回復薬を届けたり、列で倒れている者に、体力回復剤を与えていた。

 薬剤師は、素材を合成し、MP回復薬と体力回復剤を精製するのである。

 治療師ギルドは、打開策を練りながら、今出来る事をする為、ギルド内に居る治療師も総動員するのであった。

 これを乗り切らなければ、全ての責任を自分達に押し付けられると思い、死に物狂いで働くのである。



「くそ、やばい。もう魔力が無い」

「俺が引き継ぐ。お前は、回復薬を飲んで一旦休憩しろ」

「ありがとう。頼んだぞ」



 治療院内では、そんな言葉が飛び交っていた。



「この病気は何なんだ?」

「分かりません。迷宮熱では無いという事しか……」



 俯きながら話す。

 一向に良くならない患者達、人間族は一度来た後、繰り返し来ることはなかった。

 今居る患者は、全てが亜人であった。

 殆どの人間族は、数日前にこの街を離れ、隣町のブルグに移動している。



「完全に人手不足です。このまま行けば……恐らくこの街は……」

「まだ死に至る病と決まったわけではない」

「然し、冒険者ギルドのインリケが現在、意識不明と聞いてます。衰弱しきって、治療した者は、もう助からないと言われてます」

「俺らでは、歯が立たないというのか……」



 苦虫を噛み潰したような表情になる。

 無力な自身の力では、何一つ変えることが出来ない。

 こんな時、エクリクス側についておけば良かったと思うが、それは後の祭りなのであった。

 治療師ギルドの決定は、街で治療をしている治療師には、覆す事は出来ない。

 嫌なら、他の街に行けということだ。

 そのような事をしていたから、上に居る者は欲だけが多い人物が増え、技術が殆ど無く、下の者が全く育たないという現象が起こる。

 能力のある者は、別の場所に移ったりなどしていた。

 この街に居る治療師は、大体がCからDランクの治療師しか居ないのだ。

 因みに、リースやアルガスは、Bランクに属する。

 扱える回復魔法や、魔力保有量で基本決まるが、それ以外にも私欲や思念で左右される。

 なので、あまり当てにならないこともある。

 ワトラは、Eランク以下と言われているが、実質ではCランクに属する能力は持っている。

 一つのミスで、左右されるという事だ。



「ブルグにも、もしかしたら広がってるかもしれないな」

「あそこは、エクリクスとべったりですから、問題ないでしょう」

「異変に気付き、此方に何人か応援に来てもらえればいいが……難しいかもしれないな」



 溜息を吐きながら、そう言って治療に戻る。

 この未知の病に怯えながらであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 気持ちいい日光に、頬を撫でられながら、目を覚ますカール。

 弾力のある、柔らかい何かを抱きしめていた。

 その抱き心地を、存分に堪能し、目を開ける。



「はぁ??」



 口をパクパクさせながら、青ざめるカール。

 目の前で、抱きしめていたのは、ワトラであった。

 寝顔は可愛くちょっとドキッとした。

 イカンイカンと思い、目線をそらした。

 そらした先には、ローブがはだけ、素肌が露わになっていた。

 生唾を飲み、如何にか起こさないように、この場を去らなければならないという警鐘がなる。

 カールは、無い脳みそをフル回転させ思考を走らせる。

 然し、その目論見はあっさり崩れた。

 目を覚ますワトラ。

 うとうとしながら、目を擦る。

 そして、カールと目が合うのであった。



「な、な、な!!!!!!? いやああああああああああ」

「うわー! ちょ、ちょっと落ち着けワトラ!」

「触るなケダモノ!!!」



 そう騒いでいたら、眠そうにティストが入ってきた。

 今、ご帰宅のようだ。

 カールとワトラを交互に見て頷く。



「やっちゃったのね……カール……」

「え?!」

「うわーーーん」



 ワトラは、その場で泣き出すのであった。

 泣いてるワトラを、よしよしといった感じで、抱き締める。



「もう大丈夫よ。あんなケダモノに、これから近づいたらダメよ」

「うん……」

「えー! 俺が全部悪いみたいじゃん!!」



 カールは、ぎゃーぎゃー言う。

 しかし、次のワトラの一言で、空気が凍りつくのである。



「ティスト、どうしよう……赤ちゃん出来たかもしれない……」

「「はぁ??」」



 思わず、ティストとカールは顔を見合わせる。

 ティストは、カールを揶揄っていただけで、まさかこのような言葉が、ワトラから出るとは思ってもみなかった。

 冗談かと思ったが、まさか酔った勢いで、本当にしてしまったのかと、ゴミを見るような目でカールを見る。

 カールも酔ってたからその間の記憶が無い。

 なので、反論できないのであった。

 涙声で、ワトラは話を続ける。



「父さんが、男の人と一緒のベッドに寝たら、赤ちゃんが出来るって言ってたんだ! どうしよう……あんな駄犬の子供孕まされた……」



 ティストは、笑いを堪えるのを必死で我慢しながら、カールに言う。



「カール、責任とんなさいよ……ぷっ。でないと、……あはは、村中に最低男って言いふらすわよ」

「ちょ、ちょっと待てよ。そ、そんなんで、出来るわけねーだろ!」

「あら、責任を放棄するのかしら? 可哀想なワトラ、初めてを奪われて、責任も取れない発言なんて……ぷっ」

「おい、笑ってたじゃねーか! ティストてめぇーいい加減にしろよな」



 やれやれといった感じで、ティストはワトラに、ネタばらしをするのである。

 これ以上、揶揄うと可哀想な気がしたからだ。

 ワトラにティストは、耳打ちをして教える。

 すると、カァーッと赤くなっていく。

 そのまま、恥ずかしくなり、部屋を飛び出すのであった。



「可愛いじゃない。でも無知ってのは怖いわね」



 そう言ってクスクス笑うティスト。

 朝っぱらから、嫌な汗を掻くカールは、「二度とこんな事しないでくれ」と言うのであった。

 ティストは、はいはいと言いながら、ベッドに入りさっさと寝る。

 どれだけ飲んだんだこいつと思いながら、カールは顔を洗いに行くのであった。



 ボーッと重い瞼を必死に開けようとする人物がいた。

 頬にピンク色のもふもふの毛が当たり、また夢の世界に連れて行かれそうになる。

 重い体を起こし、辺りを見回す。

 薫は、机に向かい、ペンを走らせていた。

 ラックスティーの香りが、鼻をくすぐる。

 起きようとする気持ちはあるが、言う事を聞かない。

 目線をピンクラビィに移し、手でピンクラビィを撫で、もふもふチャージをしていく。

 そんな事をしていたら、薫が気付き目の前まで来ていた。



「おはよ。よう起きれたな」

「かおりゅさま、おはにょうござじゃいます」

「三割起きてる感じかな?」

「ばっちりでしゅよ」



 そう言いながら、サムズアップをするアリシア。

 あー、こりゃダメだなと思い、おでこをツンと押すと、アリシアはそのままベッドに沈み、気持ち良さそうな顔になる。

 薫は、ブランケットを掛けてあげ、また机に向かいペンを走らせるのであった。

 そうしていると、治療院のドアを叩く音が聞こえる。

 薫は、ドアまで行き、開けるとそこには、ワトラが立っていた。

 何故か、顔を真っ赤にさせていたが、聞かないほうがいいかなと思い、用件を聞く。



「そ、その仕事を見させて下さい」

「別にええけど……わかるか?」

「ぼ、僕も一応、治療師の端くれです。見てるだけでも、為になることだってあるはずです。それに、僕の研究に必要な知識も、お持ちみたいですから」



 ちょっと興奮気味にそう言ってきた。

 勉強熱心な所は、アリシアと似ているなと思い、薫は承諾する。

 場所を居住スペースから、治療スペースに移し、作業をしていく。

 ワトラは、ワクワクしながらそれを覗き込むと、記号と数字の羅列がずらっと並んでいた。

 目が点になり、見間違いかなと思いながら、もう一度覗き込む。

 やはり内容は同じだった。

 一体何を書いてるのだろうと思う。

 聞きたいが、邪魔してはいけないと思い、なかなか聞けないでいると。

 薫が、それを察して、説明する。

 今やってる作業は、パイン細菌の特効薬の解析だ。

 一番効果のある物が、解析で表示される。

 それ以外は、薫の『解析』で省かれる為、一つずつ逆算して、入手の難しい物の代用品、もしくは組み合わせて、同じ効果を持つ物を探しているのだ。

 殆ど、もう終盤に差し掛かっていた。

 その為、数式で調合比率と調合方法を書き記しているのだ。

 注意事項などもちゃんと書いてある。

 後に、オルビス商会に流し、流通される為である。



「言葉にできないほどに、す、凄いことをなさってたんですね。というか、原材料は何百とあるんですよ! それを、しらみつぶしに探すなんて、無謀じゃないですか!」

「ん? でも、もう完成したで」

「……」

「ていうかな、ワトラの方がもっと大変な研究のはずやで?」

「え?!」

「この世界に何百万といる。細菌や微生物に効く特効薬を、ゼロベースから調べるんやからな。俺の場合は、ちょっと楽しとるし」

「な、何百万ですか? 」

「そうやで。俺の知ってるところでも、研究して何十年もやってるけど、未だに特効薬ができない病気もあるしな。早ければ、数ヶ月で見つかるものもあるけど、なかなか難しい事やで」

「そんなにあるんですか……」



 ちょっとショックを受けるワトラ。

 然し、薫はその背中を押すのであった。



「ワトラが見つけたやり方が、基本なんや。微生物が見えるんやろ? その状態で、いろんな薬剤を使って、どの薬剤が効くかを調べるんや」

「!!?」

「そういう研究機関が、本当はあったほうがええんやけどなぁ。理解されへんと、全くもって無意味になるからな」

「そうか……そういう風に研究すれば良かったんだ!」

「良いヒントになったか?」

「あ、有難うございます」

「なら、えかったな。ところでワトラは、そういった機関を発足する気は無いんか?」

「したいですけど、僕一人だとどうしようもないですし、細々とやってこうかなって思ってる」

「成る程なぁ。まぁ、焦らずじっくりやってけば、ええんやないか。その内、チャンスが来るかもしれんしな」

「?」



 薫の言ったことが理解できず、首をかしげるのであった。

 そうしていると、アリシアが起きてきた。

 ピンクラビィを一匹、肩に乗せてである。

 薫とワトラが、かなり近い位置にいた為、何も無い事は分かっているのだが、ついつい嫉妬の炎を燃やしてしまう。

 然し、その雰囲気が嫌なのか、空中に鍋が出現し、アリシアの脳天にコンッとクリーンヒットする。



「にゃふん……い、痛いのです。まだ何もしてません」

「きゅー」



 涙目になるアリシア。

 薫は、笑っていたが、ワトラはビックリしていた。

 本物のピンクラビィを見るのは初めてであった。



「ほ、本物だよね」

「そうですよ。モッフモフなのですよ〜」



 良いだろと言わんばかりに、胸を張るアリシア。

 触りたそうに、見つめるワトラにアリシアは、警戒心がウンタラカンタラと説明するのであった。

 そんな事を言っていたら、ピンクラビィはアリシアの肩からぴょんっと跳ねる。

 そのまま、ワトラによじ登ろうとする。

 膝上のローブの為、ピンクラビィは登れず、じたばたとワトラの足を掻くのであった。

 ワトラは、くすぐったい程度であった。

 愛らしいしぐさに、ワトラの表情が緩む。

 ガックリと項垂れるアリシア。

 又しても、簡単になつくピンクラビィに嫉妬するのである。



「何故なのですか……みんなには、すぐになついて……私には、なかなかなつかなかったのに」

「いや、寝てる間にいつも揉みくしゃにしとるやん……それが原因やろ」

「!!!?」

「いや、そんな驚かれても困るんやけど……ちょっと面白顏になっとるで?」

「い、いけないのです。ショックのあまり……」



 アリシアは、頬を揉みほぐす。

 然し、本気でショックを受けている。

 そのまま部屋の隅に、しょんぼりしながら行き、体育座りでいじけるのであった。

 すると、もう一匹のピンクラビィも、居住スペースから出てきた。

 ぴょんぴょんと跳ねながら、移動する。

 いじけているアリシアを見つけ、近寄っていく。

 その行動に、薫は何もしなくても、なついてるじゃないかと思う。

 そのまま、体育座りしているアリシアの頭に乗り、ぽよんと陣取るのであった。

 先程までの、しょんぼりした表情は消え、ものすごく嬉しそうな顔をするアリシア。



「私を慰めてくれる、そんな良い子には。はい、薫様特製クッキーをあげるのですよ」

「きゅっきゅーー!」

「「……」」



 薫とワトラは何故、アリシアにピンクラビィが向かったのかがわかった。

 なつくというより、完全に餌付けである。

 朝食を食べて無かったから、アリシアの下に行ったのだろう。

 あれが無くなるまでに、なつかなかったら、危ないなと思う。

 然し、幸せそうな顔で、クッキーを渡すアリシアを見て、彼女がそれで良いのなら、いいかと思うのであった。

 薫は、そろそろ二日酔いでグロッキー状態の者を、回復させに行くかと思うのであった。

 アリシアに薫は、出るぞと言うと。

 アリシアも、ササッと着替えて出てくる。

 仕事モードのアリシア、何時にも増して、気合いを入れるのである。

 バッド達が居ない間、迷宮に潜る者とパーティーを組んで、経験値うまうまをしていたのだ。

 おかげで、レベルもかなり上がった。

 魔力も異常なほど伸びる。

 そして、毎日の魔力コントロールの練習で、進歩しているのだ。

 今こそ、その力を見せる時と意気込み、広場に向かう。

 着いた先は、地獄絵図であった。

 屍のように積み上げられた人の山。

 そこら中で、眠りこけていた。

 ほぼ全員が、二日酔いコースだ。



「どんだけ騒いだんやこいつら……」

「多いですね。一人一人するのが、面倒くさそうです……」

「え?! これ全員に回復魔法を掛けるのか?!」



 薫とアリシアは頷くと、ワトラは顔が引きつる。

 総勢20名強の住民を、三人で回す事を考えると、ワトラは休憩が欲しいと思うのであった。



「サクッと終わらそか。ずっと、このまま寝られても、邪魔なだけやからな」

「了解なのですよ」

「え? え?」



 薫は、掌から魔法陣を足元に落とす。

 その状態から、魔力を人数分に分けてから、片手を翳す。

 すると、緑色の魔法陣が、村一帯まで広がる。

 薫は、人のみを認識する。



「治療魔法ーー『点滴・ブドウ糖液』」



 魔法を唱えると、倒れてる者の体に薄い緑色の膜が覆う。

 薫は、血液中のアルコール濃度を薄める為、点滴でブドウ糖液を使う。

 アルコール濃度を下げ、体に現在不足している水分も補充する。

 即効性もあり、効果が高いのだ。

 点滴は約30分くらいで、終わるように設定する。

 アリシアも薫に、良いところを見せようと意気込みながら、足元に掌から魔法陣を展開させる。

 かなり大雑把な範囲だが、全員範囲に入っているから問題ない。

 その代わり、必要とする魔力は無駄に消費する。



「治療魔法ーー『集団体力中回復サークルエイルヒール



 グロッキーな者達は、青白い光に包まれ、体力を回復させていく。

 アリシアは、それを2回ほどかける。

 ちょっと、見てください薫様! と言わんばかりに薫を見る。

 まだまだ魔力コントロールが荒いが、褒めると伸びる子タイプのアリシア。

 薫は、アリシアの頭を撫で褒める。

 嬉しそうに撫でられ、ご満悦になるアリシア。

 目が点になり、ワトラは2人を見る。



「え?! 二人共おかしいよ! 薫は、僕の全く知らない魔法だし、アリシアは、熟練の治療師と同じような事が出来るなんて!」



 そう言われてみると、薫は今までこの島に来て、そのような事を殆ど言われていなかった。

最初だけ言われたが、後はもう皆何も言わなくなっていた。

 寧ろ、今は薫だから出来るだろ、程度にしか思ってない。

 それに一々、驚いていたら疲れるからと言うのもある。

 殆ど慣れと言ってもいい。



「じゅ、熟練の治療師……。わ、ワトラ。もう一度言ってください」



 目を輝かせながら言うアリシア。

 物凄く嬉しそうだ。

 薫は、やれやれと思いながら、アリシアを見る。



「凄過ぎですよ! 間違いなくBクラスの治療師より上ですよ!」

「か、薫様、私一人前のようです! Bクラス以上ですよ」



 むふーっと鼻息を荒くし、言ってくる。

 然し、かなりの力業で行っている。

 有り余る魔力のおかげもあり、出来る芸当なのだ。

 それに、リースと同じ回復魔法まで覚えてるのだ。

 治療師としては、一人前の力は持っている。



「まだ、コントロールは甘いけど、そこら辺の治療師としてやったら、一人でやっていけるんやないかな」



 そう笑顔で言うと、アリシアは嬉しそうに喜ぶのであった。

 これで、少しは薫に近づく事が出来たと思うのだ。

 然し、喜んでいたのもつかの間、薫が今言った言葉を繰り返し考えると、そこら辺の治療師としては、と言う言葉に引っ掛かりを覚える。

 向上心があっても、知識やまだ覚えていない回復魔法の習得などの壁にぶち当たり、先に進むことの出来ない治療師達のことを言っている。

 薫から学んでいるからこそ、凄まじいスピードで、回復魔法を扱えるようになっている。

 普通の治療師では、考えられないレベルである。

 現在、それと並行して、アリシアは医学の基礎を教わっている。

 何度も、人体の性質や人体の構造で、分からない部分が出てくる。

 そのたびに、それを理解する為に他の分野まで、学ばなければならない。

 そんなアリシアは、治療師としては十分だが、医者としての力量は、スタートラインにすら立っていない。

 薫の知る技術と能力には、到底及ばないという事だ。

 薫が言わんとする事が理解できたのか、浮かれる心を鎮めるのであった。



「まだまだです。私は、もっと勉強しなければなりません。か、薫様、私をポイしないでください」

「えー! アレでまだまだってどういうことなんですか!!?」



 ワトラは、アリシアの発言に驚くのだった。

 アリシアは、薫にしがみつく。

 一人前だから、これから一人で頑張れと言われる気がしたからだ。

 薫ならそう言って揶揄って来ると思った。

 先手必勝、言われる前に即行動に移す。

 薫は、残念といった顔でアリシアを見る。

 そんな薫の表情を見て、アリシアは口にする。



「やっぱり、もう俺が教えることはない! って言うつもりだったのですね!」



 そう言うと薫は、カラカラと笑うのであった。

 勘が鋭くなったなと思う。

 そんな会話をしていたら、ワトラが言う。



「貴方達は、一体何者なんですか?」

「只の冒険者や」

「そんな訳ないでしょ! 寧ろ、エクリクスの人間と言われても頷けるレベルですよ!」



 面倒だなと思った薫は、頭を掻く。



「色々事情があんねん。入りすぎんほうがええで」



 真剣な顔で言われた為、ワトラはそれ以上追及できなくなった。

 知りたいと言ったオーラを醸し出してるが、抑えようと努力してるみたいだった。

 獣耳をぴょこぴょこさせながら、必死に我慢している。

 その後は、擦り傷などを一人一人見て行く。

 薫は、ついでに皆に『診断』を掛け異常がないかを調べる。



「お、終わりました」

「お疲れ様ですワトラ」

「よう頑張っとったな。全員これで終わりや」



 ワトラは、疲れ切った顔になる。

 薫とアリシアは、涼しい顔でこの後どうするかを話していた。

 同じ治療師、年もそこまで離れていないはずの自分と、ここまで力量の差があるのかと、少しショックを受けるのであった。

 然し、すぐに気持ちを切り替える。

 今、自分のすべきことが決まっているからだ。

 研究を重ね、自分を笑った奴らに、一泡吹かせるという闘志のようなものがあるからだ。

 その後は、バッド達が目覚めるのを待ち、時間を潰す。

 バッド達が起きてきたのは、お昼過ぎだった。

 そして、明日に備え、ダルクと接点の強い者が、集められた。

 皆、ダルクに恩などを感じてる者ばかりだった。

 バッド達もそうだ。

 薫とアリシアも参加している。

 今回の集まりは、明日払わなければならないお金の話だった。



「とりあえず、今回は金の工面だ」



 そう切り出すバッド。

 ダルクは、申し訳無さそうな顔をしていた。



「いくら必要なんだ?」

「まかしときなって! ずいぶんお世話になってるんだ。金くらいの恩返ししか出来ねーんだからな」

「そうよ。私達は、ダルクさんに恩返しするために、ここに居るんだもん」

「そうにゃ! ダルクは私達にドンっとまかせればいいのにゃ」



 皆揃いもそろって言うのである。

 ダルクは、涙を流しながら、お礼を言うのであった。



「とりあえず、100万リラ必要だ。それを明日までにだ。お前等大丈夫か?」

「100万リラか……。冒険者ギルドは、使えねーからなぁ。今ある現金でどうにかするしかねーよな」



 探求者の一人がそう言った。

 現在、ファルグリッドとファルシスの冒険者ギルドで、お金を下ろすことは出来ないだろうと思う。

 キディッシュとヴォルドの支配下にある二つの街は、完全にダルクを追い詰めるつもりでいるからだ。

 なので、手持ちのみでどうにかしなければならない。



「俺手持ちは、5万リラだな」

「私は、7万リラよ」



 そう言って皆今ある手持ちの金を出す。

 出揃った金額は、総額60万リラであった。



「かなり足りねーな」

「くっそ、ギルドが使えたら、俺らでも出せる金額なのによ~」

「てか、バッド。あんた達ブルグに行った時に、なんで下ろさなかったのよ!」



 青くなるバッド。

 足りると思っていたが、予想よりも足りなくて、額に嫌な汗を掻く。

 皆、今の手持ちはもう無い。

 頭を抱えるバッド。

 そんな時アリシアが、口を開く。



「薫様、私達はお金あるのですか?」

「ん? そこそこあるで」



 薫のその言葉に飛びつくバッド。

 かなり必死で怖い。



「ほ、ほんとか! 薫、今いくらある」

「50万リラあるかないかやな」

「そ、それ借りれないか?」

「いや、使ってくれて構わへんよ。足りない分は、出そう思っとったしな」

「い、いいんですか? 薫さん」

「かまへんよ」



 薫は、笑顔でそう言う。

 アリシアは、薫の服を引っ張り、薫はしゃがみ込む。

 薫の耳元で、喋るのであった。



「いいのですか?」

「別にええんやないかな。稼ごうと思えば何時でも稼げるんやし」

「で、でも、そうするとエクリクスに足がつきますよ……」

「その内、そうも言ってられへんようになるさ。まぁ、そこまで俺に執着する、エクリクスの奴がいればやけどな」

「き、危険な行動は、め! なのですよ。薫様……」

「はいはい、心配性やな。善処するわ」



 そう言って、アリシアの頭を撫でる。

 薫は立ち上がり、アイテムボックスから金の入った袋を出す。

 それをダルクに渡す。

 このお金の半分は、ダルクがこの島の治療師の代理として、雇った時に払った金額も入っている。

 なので、返したといった感覚なのである。



「よかったぜ。これで、明日の昼頃だろう。安心して、あのインリケってやつを迎えれるぜ」

「そうですね。一安心です。コレも皆さんのおかげです」

「大したことしてないっすよ。ダルクさんは、身体を休めて下さい。それか、家族サービスでもしてあげたらいいんじゃないっすか?」

「そ、そうですね。ずっと、ルナとニアにはかまってやれませんでしたから。ゆっくり遊んできます」



 そう笑って言う。

 皆も笑顔でそれを見送るのであった。

 集まりは、これで解散。

 探求者達は、ローテーションもあるため、休める時に休む為、宿屋へと戻って行った。

 薫達も治療院に戻った。

  


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ブルグの上空を羽ばたく六頭のワイバーンがいた。

 六頭は鎧を着込んで、かなりゴツい出で立ちだ。

 その鎧には、金と赤色で鳳凰のマークが刻まれている。

 地上では、治療師ギルドの者達が、膝をつき出迎えていた。

 ワイバーンが降り立つと、神官服を着た者が六人降りる。

 その中で、一人だけ纏うオーラが違う者が居た。



「ダニエラ様、視察お疲れ様です」

「頭を上げて下さい。そういうのは、あまり好きではありません」



 おっとりした感じでそう言うと、治療師ギルドの者達は、頭を上げる。

 赤毛が風に靡く。

 肌は、白く傷ひとつ無い。

 触れてはならない、神秘的な感じを醸し出していた。

 ダニエラは、手を天に翳す。

 すると、ワイバーンの頭上に魔法陣が出てくる。

 白い光のカーテンのような物が現れ、ワイバーンを包み込んでいく。

 一瞬にして、六頭のワイバーンは、姿を消した。

 光の粒子となった物が、ダニエラの掌に集まり、クリスタルになる。



「なんと美しい、まるで女神だ」

「膨大な魔力と、あの固有スキルがあるからこそ出来る芸当ですなぁ」

「たった2日で、エクリクスからこのブルグまで来られるのだから凄いよな」



 治療師ギルドの者は口々にそう言うのであった。

 ダニエラは、街を見渡す。

 数人、咳をしている者がいた。

 人間族の者が、治療院に向かっている最中であった。

 しかし、妙なこともある。

 異常に人が多いのだ。

 それを確認しなければならないかなと思い、領主の下へと向う。

 護衛として、五人の神官がいるが、その者達には、先に治療院を見に行ってくれと言い渡し、ダニエラはラズの下へ行く。

 門番は、ダニエラを見た瞬間、頭を下げ、すぐにラズに報告しに行くのである。

 すぐに中に通され、ラズの居る書斎へ向う。

 中に入ると、書類の山に埋もれるラズの姿があった。



「お、お見苦しい所を見せてしまいましたね。ちょっと待ってください」

「いえ、構いませんよ。私の部屋もこんな感じですから」

「え? まさかご冗談でしょう」

「毎日、途方も無い書類の整理と確認印を押す仕事ですもの。知らぬ間にこのような惨状は、日常茶飯事ですよ」



 クスリと笑いながら言うダニエラ。

 以前とは、また雰囲気が違う。

 この街に、初めて来た時はこのような砕けた表情をしなかった。



「凄く、雰囲気がかわりましたね」

「ええ、そう振る舞わないといけないと言われましたので」

「以前は、誰も寄せ付けないと言うか……そんな感じがしました」

「すみません。あの頃は、色々と切羽詰まってましたので、中々気が抜けなかったんです。失礼な態度を取ってしまったのでしたら、すいませんでした。それに、もっと砕けた話し方で行きませんか?」

「え? え??!」



 ラズは、拍子抜けになる。

 おっとりとした感じのダニエラは以前とは違い、話しやすいのである。



「少し気になることがありました。この街に着いて思ったことです」

「な、なんでしょう」

「人口が、少し圧迫してませんか? いえ……何かもっとこう、いきなり増えたといった感じがします」

「よく見てますね。そうです。ここ数日で、この街の人口が急激に増えました。原因は、隣町のファルグリッドとファルシスの住民が、ブルグに避難してきたからなんです」

「なるほど……それと、病気でしょうね。多分、迷宮熱に罹った方が多くいらっしゃりますね」

「はい、迷宮熱の治療代が原因で、今の現状に陥ったとファルグリッドの住民から、報告を受けてます」

「はぁ、私腹を肥やそうとしたからでしょうね」

「それが一番の原因だと思います。後もう一つ、不思議なんですが、迷宮熱の特効薬の効かない者がいます」



 ダニエラは、それを聞くと少し空気が変わる。

 今回の視察は、すぐに終わるだろうと思っていたが、そうもいかないらしい。

 気晴らしに、新たに村の出来た島があるという情報を聞いていた。

 そこで、のんびりと英気を養ってから帰る予定だったのだ。

 北にあるエクリクスは、この時期でも少し肌寒いのだ。

 南に位置するこの地域は、気候も穏やかで過ごしやすい。

 ティナも一緒だったら、もっと心が安らいだであろうと思うのである。



「その者は、今何処に居ますか?」

「現在は、治療院で回復魔法を掛け続けている状態です」



 目を瞑り、考えるダニエラ。

 その容姿に、ラズはドキッとしてしまうのであった。

 ダニエラは、スッと目を開けラズに言う。



「もしかしたら、新たな病気かも知れません。それに、他の者に感染する危険性もあります。直ちに隔離して、様子を見ながら観察する事をおすすめします」

「そ、そのような事までしなくても……」

「その考えが命取りです。最悪の場合を想定して、動いても損はないと思いますよ」



 その言葉に、ラズも領主として受け取る。

 エクリクスに勢力的に負けてしまい強く出れなくなった。

 ダニエラ以外にも、エクリクスの使者は何度も来ているが、このようなアドバイスをされたのは初めてであった。

 ほとんどが、私腹を肥やすための行動で、それを阻止しようとすると、治療を行わないなどという、嫌がらせなどを受ける形になっていた。

 全てを信用するといった事はしないが、この忠告は受けておいて損はない。

 最悪の場合、このブルグに住む住民が、迷宮熱の特効薬ですら治らない病気を発病する危険性がある。

 その場合は、街が崩壊する。

 そのようなことになっては困るのだ。

 早急にラズは、書類を作り、一時的にその患者を隔離することを承諾させる文章を書く。



「その者もファルグリッドから避難された方ですか?」

「はい、そう聞いてますね。亞人の方でした」

「となると、発生源は、ファルグリッドかファルシスと見るべきかもしれませんね」

「そ、それって……」

「少しですが、偵察をさせてみましょう。もしかすると、ここの未来を示しているかもしれませんからね」



 少し、声のトーンが下がる。

 嫌な予感が的中しそうな気がしたからでもあった。

 自分が視察の時に面倒事が重なるとは、何か良からぬものでも付いているのかと思うのであった。

 その後は、話を切り上げ、ダニエラは治療師ギルドに向う。

 その道中に考える。

 もしも、最悪の状態にファルグリッドとファルシスが陥っていた場合、連れてきた護衛が、やる筈だった事が無くなる。

 しかし、この街がその状態になるのは頂けないのだ。

 ここまで、育てたこの街を、手放す気にはなれない。

 自然の豊かなこの街が気に入っているのだ。

 他の十賢人は、高速移動手段がなかった為、この地域一帯は、ダニエラに任された。

 最初は、ダニエラのやり方に難癖をつけていた。

 そんなやり方では、うまい汁が吸えない。

 もっと強欲に動けなどだった。

 治療師ギルドから金を抽出したり、良い逸材がいれば、引き抜いたりといった感じだ。

 他の十賢人は、それらをして私腹を肥やし、若く美しい者を引き抜き、弄んだりしていた。

 十賢人は、全員が治療師のランクAの実力を持つ、そのような者からお呼びが掛かれば、どのような人間でも付いて行ってしまうのだ。

 ランクの低い治療師は、得るものが大きいからだ。



「ダニエラ様、治療院は全て確認しました」

「ご苦労様。お前に一つ、命を言い渡します」

「はい、なんなりと」

「上空からでいいです。ファルグリッドの現在の状況を調べてきてください。ワイバーンを貸しますから」

「わかりました」



 そう言うと、ダニエラはワイバーンをクリスタルから一頭呼び出す。

 唸り声を上げるワイバーンの顎を優しく撫でる。



「すまないが、もう少し働いてくれ」

「ぐるぅるぁあああ」



 ダニエラの頬に鼻先を当てた後、ワイバーンは大きく翼を広げる。

 やる気が出たようだ。



「では、頼みますよ」

「はい」

「ぐるぅううう」



 そう言うと、一瞬にして護衛を乗せたワイバーンは、上空へと飛び上がる。

 そのまま、ファルグリッドの方へと飛んで行くのであった。

 それを見送ったら、ダニエラは治療院へと向う。

 迷宮熱の特効薬ですら治らない患者の下へ行く。

 治療院に着くと、もう作業は開始されていた。

 ラズが作成した書類が受理されて、現在患者とその治療を行った者を隔離する準備をしていた。

 使われていない部屋を開け、そこで治療をしていく。

 ダニエラを見つけた治療院の者は、心配げに近寄ってくる。



「だ、ダニエラ様、大丈夫なのでしょうか……」

「まだわかりませんが。どうにかしますので安心して下さい。これでも一応は、十賢人ですからね」

「も、申し訳ありません」

「とにかく今は、この病気が周りに広がらないようにしましょう。そうなっては、壊滅は免れませんから」

「お、仰る通りです」



 患者に目を向けるダニエラ。

 患者は、亞人でまだ若い。

 そして、治療師は人間であった。

 昨日から体調が悪いと訴えてきたと言う。

 サンプルが一人しか居ない以上、どのような感染経路かわからないのである。

 とりあえず、ダニエラは商人に、今出回っている薬を持ってくるように指示を出す。

 何が効くかわからないのであれば、色々と調べなければいけない。

 手当たり次第に今ある薬を飲んでもらうのだ。

 それにこのブルグは、薬草の宝庫だ。

 希少な薬草も栽培されているのだ。

 効果の有りそうな物を、手当たり次第に使って、試験的に試さなくてはならない。

 顎に手を当てながら、ダニエラは考えるのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ファルグリッド上空。

 ワイバーンに乗る護衛は、悲惨な現状を目の当たりにするのであった。

 町中で倒れている者が居たり、全ての治療院の前に長蛇の列が並ぶ。

 コレほどの人数が、いっぺんに治療院に押し寄せれば、パンクする事は目に見えていた。

 それに、殆ど倒れている者は、亞人であった。



「これは、異常だぞ。早く帰ってダニエラ様に報告しなければ」



 そう言って、ワイバーンをブルグに向かわせる。

 全速力で飛ばすのであった。

 万が一、ダニエラにもしもの事があれば、一大事なのだ。

 額に、嫌な汗を掻きながら帰る。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ダニエラは、治療師ギルドの応接室で、護衛の帰りを待つ。

 嫌な予感は、的中することは確実かなと思っていた。

 勢いよく走る足音が聞こえてきた。

 帰ってきたかと思い、ダニエラは立ち上がる。

 ドアが開き、ファルグリッドに行ってきた護衛の男は、跪き報告する。



「町の住人は、殆どの人が迷宮熱もしくは、迷宮熱の特効薬の効かない病に、罹っていると思われます。あの状況は、異常でした」

「やはりそうですか……他に何か特徴はありませんでしたか?」

「はい、殆どが亞人でした。ですが、あの街の人口は、七割は亞人で構成されています。なので、多く見えただけかもしれません」

「いや、関係があるかもしれません。いい情報ですよ」

「あ、ありがとうございます」



 ダニエラは、笑顔でそう言う。

 そして、一つの仮説を立てる。

 間違っていても仕方ないが、今回広がっている病は、亞人に掛かりやすい病かもしれない。

 そう思うと、ティナの事が心配になるダニエラ。

 ティナは、亞人でしかもかなりの希少種なのだ。

 シルバニルキャット族と言われる太古から居る最も古い一族の末裔である。

 ここで、止められなければ、最悪二つの街を地図から消すことになると思うのであった。



「少し、様子を見ましょう。改善の余地がなければ……いいですね」

「はっ、なんなりとお申し付け下さい」



 そう言うと、ダニエラは一旦街に出る。

 目を瞑ると心地よい風を感じる。

 花の香りが気分を癒やす。

 そうしていると、ワイバーンがドスドスと近づいてくる。

 仕事はちゃんとしたぞと言わんばかりに、頭をダニエラの前に出す。

 優しく撫でてやると、喉を鳴らす。

 ダニエラは、申し訳無さそうな声で、そのワイバーンに書類の入った包を差し出す。



「コレをエクリクスに届けてくれないかしら? かなり急ぎなんです……」

「ぐ、ぐるぅるるるぅ」



 その場に、腰を下ろそうとしていた矢先に言われ、ちょっと嫌そうに鳴く。

 しかし、主人の言うことは、絶対という契約のもとで、ダニエラに仕えるワイバーン。

 拒否権はないのであるが、このように言われては、行くしか無いのである。

 少し頭を上げ、ダニエラを見る。

 そうすると、ダニエラは自身の魔力を分け与える。

 ワイバーンの鼻先に額を付け、念じるのであった。

 赤い禍々しいオーラをワイバーンの身体に纏わせていく。



「これで、楽に帰って来れるわ。人を乗せない分、制限は掛けないから全力で行ってきなさい」



 そう言い、ダニエラはワイバーンから離れる。

 ワイバーンは、肺に大きく空気を吸い込み、翼を広げる。

 一羽ばたきで、身体は宙に浮く。

 ダニエラをじっと見ながら、どんどん上昇していく。

 ダニエラは、帰ってきたら、ゆっくり一緒に休みましょうと言いて、手を振るとワイバーンは、大きな咆哮をあげ、爆発的速度で空の彼方へと消えていった。



「何もなく終息するのが一番なんですが……無理そうですかね」



 顎に手を当て、そう呟くのであった。

 ダニエラの姿を見つけたラズは、近寄ってくる。



「ダニエラさん、何をなさっていたのですか?」

「エクリクスから、ちょっと応援を要請しました」

「え? そ、そんな事してくれるのですか!!」

「この街は、好きなんですよ。ですから私は、手を貸しますよ」

「あ、有難うございます。な、なんか今までの人と違って調子が狂います」

「うふふ、私も同じような人間ですよ」

「うーん、わかんないですね」



 ラズは、頭を抱えるのであった。

 ダニエラが、何を考えて行動しているかわからない。

 ただ、言えるのはいい人ということなのだ。

 裏があるだろうけど、本質が良いため悩んでしまうラズ。

 悪人なら悪人らしくして欲しいのだ。



「そ、そうです。今日は、私の屋敷を使って下さい。宿屋などは、人が一杯で使えないと思うので」

「あら、いいのですか?」

「は、はい。支援までしてくださるのですから、これくらいは当然させて頂きます」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」



 そう言うと、ダニエラはラズと一緒に屋敷へと向う。

 途中、護衛の者が来たが、ダニエラが事情を話すと一言「了解」と言って下がった。

 夕方には、護衛も屋敷に戻るとラズに言う。

 ラズは、頷きそのまま屋敷へと入る。

 ダニエラに、開いている部屋へと案内し、そこを使うように言う。

 そのまま、ラズはダニエラと別れた。

 書斎に戻ったラズは、書斎の上に溜まる書類の山を見て、肩をがくっと落とすのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ファルグリッドのインリケの家。

 メイドは、力の抜けたように座り込む。

 インリケが、息を引き取った。

 奴隷としての契約をしていた為、遺言が発生していたのだ。



「どうするんだ? 一応、この家もろもろ全てシュリ。お前の物になると書いてあるが……」

「……」

「まぁ、今すぐってわけじゃないが、早めに更新しとけ、でないと面倒なことになるぞ。それと、供養だが明日には、出来ると思う準備だけしとけ」

「……はい」



 そう力のない声で言う。

 溜め息を吐き、治療師はインリケの家を後にする。

 一人残されたシュリは、もう動かなくなったインリケの亡骸を見るのであった。

 酷いことをされたこともある。

 しかし、自分をあの暗闇から救ってくれた男だ。

 悲しいと思う気持ちがあった。

 これからどうするか、何をしたらいいのかすらわからない。

 それにまさかインリケが死んだら、資産を全て自分に受け渡すなどと言う遺言を、残していたとは思わなかった。



「なんなんでしょうね……私は、どうしたらいいのでしょうか」



 そう言っていたら、服をちょいちょいと引っ張られる。

 ピンクラビィだ。

 魔力を使えなくする枷が付いている。

 シュリは、それを外す。



「もう、あなたは自由よ。仲間の下に戻りなさい」

「きゅ~?」



 枷を外され、首を傾げるピンクラビィ。

 身体をプルプルと震わせ、癖のついた毛並を整えるのであった。

 シュリは、優しく撫でる。

 表情は、悲しそうであった。

 そんなシュリの顔をじっと見つめるピンクラビィ。

 顎をくりくりと掻いてやると、気持ちよさそうに目を瞑り、シュリの手に引き寄せられる。

 全く離れる様子がない。



「前にも言いましたが、私になついちゃ駄目です。あなたまで不幸になりますから……」



 そう言いながら、涙を流すシュリなのであった。

 止まらない。

 何かが決壊したのかと言わんばかりに、ぽろぽろと涙が流れる。

 そのまま、シュリは泣き崩れる。

 その様子を、ピンクラビィはじっと見つめる。

 薄い青色のオーラを纏い、シュリにそっと寄り添うのであった。


読んで下さった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でも絡んで下さった方有難うございます。

ちょっと早く投稿できました。

楽しく書いていると、余計なことまで書いてしまい、毎度文字数が逼迫しますね。

はい、というわけで、次の話も楽しく書いて行こうと思いますので、お暇な時にでもいいので、読んでくれたら嬉しいです。

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