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後回しのツケ

 木の上で目を覚ますインリケ。

 ぐったりとしていた。

 朝の九時頃だろうか。

 日も上がってきていた。

 昨日の薫の威圧の恐怖が、未だに引きずる形で身体に残っていた。



「はぁ、最悪だな。これからどうするか……」



 溜息を吐きながら少し回るようになった頭で考える。

 治療師二人組で、片やあの魔力保有量を持った化物。

 インリケは、アリシアを見てそこまで魔力を持っていないと思うのであった。

 ほんのりと、身体に魔力を纏わせているだけだったため、アリシアの魔力には気づかないのである。

 人質として薫を脅すということも考えるが、生きて帰れる自信はない。

 そう考えると却下である。

 そんなことを思っているとふと思い出すのである。

 ベッドの上に寝ていた二匹の動物のことをだ。



「見間違いでなければあれは、ピンクラビィだったはずだ。アレも持って帰れば……いや、それでも許してくれるわけでもないか……間違いなく俺は殺されるな」



 先の見える答えに、今置かれている状況が最悪なことがわかる。

 頭を抱えながら下を見るとそこには、顔見知りの探求者達が迷宮に入るところであった。



「どーするかなぁ。薫マジギレとかしないよなぁ」

「悩んでも仕方ないんじゃない? いっその事、薫に相談してもいいと思うわよ」

「生贄は、俺か? バッドもティストも俺を生贄にしようとしてるんだろ」

「カール、俺がそんな事するわけ無いだろ……」

「めっちゃ、泳いでるよ! バッド、目がバタフライしてるじゃねーかよ!」

「カールったらバッドがそんな目してるわけ……あらやだ。本当だ! 水しぶき上げてるわ」

「冗談はさて置き、マジでやばいからなぁ。先延ばしにしてるが、現状最悪と言ってもいい。金の方は、俺らでどうにかなるが薫が難しすぎるんだよな」

「もう本気で、謝り倒したほうがいいと思うのよねぇ。冗談抜きで、他からそんな情報入ったら洒落にならないもの」

「薫は、訳有りって感じだし、九割無理だろうけどなぁ。ダルクさんもそう言ってたし」

「だよなぁ。仕方ない今日の夕方には、腹くくるかなぁ」



 そんなことを言いながら、バッド達は迷宮へと入って行った。

 その話を聞いていたインリケは、ニヤリと笑いながら木から降りるのであった。

 顎に手を当てバッド達の話を整理する。

 現在いる治療師は、薫と言う名前で、訳有り治療師。

 少し、揺さぶりをかけてみるのもいいかもしれないと思うのであった。

 薫という男は、何か治療師ギルドといざこざがあると見て、間違いにないと思うのであった。

 それを突けば、この島の治療師は続けられない。

 引っ掻き回してやろうと思うのであった。

 インリケは、善は急げといった感じで、アイテムボックスから旅人用の一般的な装備を出し、装備して村へと向うのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 治療院に来て治療を行って貰った者はポカーンとした顔でアリシアを見る。

 アホの子な顔をしているのであった。



「あ、アリシアあんた、いつの間に中級回復魔法を覚えたのよ」

「えへへ、薫様から教えてもらいました。もの凄く丁寧に教えてもらって、扱えるようになったのですよ」



 アリシアは、ホクホクといった感じでそう言うのであった。

 相変わらず、頭の上にピンクラビィが乗っている。

 ぬいぐるみと化したピンクラビィは、まったくもって動かないのであった。

 アリシアは、自身の思うように傷が治り、もの凄く嬉しそうである。

 綺麗さっぱり、キングサハギンから受けた深い傷が無くなっていた。



「薫といいアリシアといい、ほんとなんか呆れるくらい凄いわね」

「私は、薫様の足元にも及ばないです。薫様はもっともっと凄いのですよ」

「うん知ってるよ。でも、あんたも凄いよ。ていうか、つい先日、初級の魔法を使えるようになったばかりのはずなのに、もう中級を使えるんだもの」

「ほ、褒めても料金は安くならないのですよ!」

「十分安いわよ。寧ろ、格安でこんな治療してくれるところなんて、この世界にここしかないわよ」



 最高の褒め言葉を貰いアリシア大満足といった感じであった。

 お金を貰い、お釣りを取りに行く足は、スキップしながらになっていた。

 そんなアリシアの姿を見ながら薫も、治療をしていく。

 すると薫が治療する男も薫に聞いてくるのであった。



「一体どんな事すれば、こんな短期間に中級まで覚えられるんだ? アリシアってそんなレベルも高くないだろ」

「まぁ、努力しとるからやないかなぁ」

「い、いや、努力でどうにかなるレベルじゃないぞ? 中級を使えるなんて殆ど一人前と同等だぞ。素質がないとまず躓いて、初級でコツコツとやっていく奴が殆どだ。薫が何か裏ワザでも使ったんじゃねーのか?」

「裏ワザなんてあらへんよ。まぁ、素質もあるやろうけど、俺は魔導書作って教えてるからなぁ。分からん所は、補足していくって形にすれば、相性ええ人は習得できるって言われとるはずやで」

「!!? おいおい……まさかとは思うが、魔導書作れんのかよ」

「大体魔法を扱える奴は、作り方知ってるはずやけど?」

「い、いや。そんな簡単につくれねーから。エクリクスも真っ青な言葉を吐くお前が怖いぞ」

「ただの紙の媒体にしかすぎんよ。理解できなければ使えない代物やし。魔力と相性もあるしなぁ」

「たしかに、俺らのような奴らからしたら只の紙かもしれないが、同じ治療師からしたら、喉から手が出るほど欲しいものだと思うぞ。それ」

「そうかもしれんが、扱えるかはその人次第や。一生使えんっていうのもあるらしいからなぁ」



 そんな話をしているとアリシアが側にやってくる。

 仕事をやり終えたいい顔であった。

 薫も話を切り上げ、料金を貰い患者を見送るのであった。



「薫様、皆さんから凄いと褒められました。えへへ」

「よかったな。この調子で頑張っていこうな」

「はい、目指せ薫様を掲げて頑張りますよ~」

「あははは、まぁ、目標は高いほうがええやろうし、それでええんやないかな」



 薫は、笑いながらそう言うのであった。

 そうしていると治療院のドアを叩く音が聞こえる。

 もう治療の時間は、終わっているのだが誰だろうと思う薫。

 アリシアは、はいはーいと言いながらドアへと向う。

 扉を開けるとそこには、この村の住民でない亞人がいた。

 皮の軽装備に長剣を脇に差している。

 ピンとたった耳が特徴的だった。

 アリシアは、きょとんとして首を傾げる。



「ああ、すいません。旅の者です。治療をしてもらいたいのですが出来ますか?」



 そう言うとその亞人は、薫とアリシアをじっと観察するように見るのである。

 アリシアは、その視線が嫌で薫の後ろに隠れるのであった。

 条件反射というやつである。



「ああ、すいません。あまりにも若い治療師さんだったので……。申し遅れました。私はインリケといいます」

「かまわへんよ。んで? インリケさんは、何処を怪我しとるんや?」



 薫がそう言うとインリケは、軽装備を外しいすに座る。

 肩には、包帯でぐるぐる巻にしてあり、血がしみだしていた。

 薫は、慎重に包帯を取っていく。



「これはまた……酷くやられてるなぁ」

「ここに来る途中に魔物に襲われましてね」

「オオカミさんでしょうか……かなり深い傷です」



 大型犬に噛みちぎられたかのような傷が肩にあった。

 アリシアは、その傷を見て表情が険しくなる。



「治るでしょうか?」

「なんとかなるかな。やけど治療した後は、一応安静にしときや。出血も酷いんやし」

「なるべくそうします。旅の途中なので、あまり安静には出来ませんが」



 亞人の男は、苦笑いをしながらそう言うのであった。

 薫は、頭を掻きながら傷口に無詠唱で『診断』を掛け、パイン細菌などの感染がないかを調べる。

 結果は、感染なしだった。

 それを確認した後に、この傷を治す最低限の魔法を考える。

 下手に上級の魔法を使って、なにか詮索されるのも嫌というのもある。

 それに旅人と言っても、まだ素性の分からない者ということもある。

 薫は、右手を傷口に翳し、魔力をコントロールする。

 この怪我を完全に治せるくらいの魔力を込めて、回復魔法を念じる。



「『回復魔法――重症回復ライトキュア』」



 ボッと炎のような禍々しい蒼い光が傷口を覆う。

 その光が、抉られた傷口を包み込み皮膚を再生させていく。

 スッと光が消えるとそこには傷の痕跡が全くない状態になっていた。



「なっ……傷がなくなっただと!」



 薫は、中級回復魔法で、魔力を多めに使い付加効果を付け、更に中級回復魔法で治せる限界まで、細胞の活性化をさせて治したのだ。

 インリケは、度肝を抜かされ驚く。

 言葉遣いも素に戻っていた。



「中級回復魔法で、完全に回復させるなどできるはずないのに……」

「いや、魔力を多めに使えばできるで? 旅人さんは、そういう事はしらへんやろ」

「そ、そうなのか……いや、でもそんな魔力を……」



 顎に手を当て、何やらぶつぶつといった感じで俯いていた。

 薫がやってのけた事は、熟練の治療師ならやってのけれるだろうが、かなりの歳月を重ねなければ出来ない。

 そして、そのような者は、大抵エクリクスなど大手機関に所属していて、一般の治療ギルドなどには所属していない。

 例外もあるが、極稀にいるくらいだ。



「あ、あなたは、エクリクスの機関の方ですか?」

「まさか、ご冗談を。あんな所に所属なんてしてへんよ」

「あ、あんな所ですか。また、凄いことを言いますね」



 若干呆れ顔で言うインリケ。



「それほどの腕があれば、何処へ行ってもやっていけそうですね」

「まだまだやって。出来んこともあるしなぁ」

「またまた、ご謙遜を。何でしたら私がいいところを紹介しましょうか?」

「いや、今はここで間に合っとる」



 薫は、インリケの提案を軽く流す。

 すると、インリケの表情が一瞬変わった。

 しかし、すぐに元に戻る。



「そうですか。いやー残念ですね。それほどの腕前であれば、エクリクスへ行っても、かなりの待遇が約束される腕前と見受けられるのに勿体無い」

「そんな、堅苦しい枠組みにハマるのはごめんや。それに、地位なんてもんはいらんしな」



 薫の言葉に、インリケはイラつく。

 地位もいらないという言葉に、なめているのかと思うのであった。

 確かに、この世界では地位は存在するが、かなり特殊な形になってしまっている。

 何故なら、治療師という機関が、もっとも高い地位を得ているというのもある。

格差もある。

 普通に商売をし働いている者、冒険者や探求者になってる者、貴族や王族といった者で位はあるが、最も上になっているのが治療師の集まり。この大陸では、エクリクスがもっとも地位が高いと言われている。

 誰しも病気になる。

 ならない者もいるが、大病に罹ればどうしても治療を受けなければならない。

 それが、王族であってもだ。

 最高の治療ができる者の殆どが、エクリクスに集っているのだから最終的には、頼らざるを得ないのだ。

 そのせいで、現在帝国が衰退し、力を失いつつある。



「そうそう、この村も近々正式な契約が完了するそうですよ」

「ん? どう言うことや?」

「おや? 知らないのですか? 私は、ファルグリッドから来たのですが。その時に耳にしたんですよ。この島に宿場、商店、治療院の施設を長期で提供する事ができるとね。この契約書を出すとガイドとギルドの設置ができるんです」

「薫様よかったですね。ダルクさん新しい治療師やっと見つかったんですね」

「……」



 薫は、顎に手を当て少し考える。

 ダルクからそのような内容は、ここ数日聞いてない。

 寧ろ、昨日バッド達の更新にたしかファルグリッドに行ったとは言っていたが、その後の進展など聞いていなかった。

 嫌な予感がすると思う。

 そういえば、昨日の夕方にバッド達が治療院に来ていたがまさかとは思う。

 思考を走らせる薫。

 それを邪魔するように、インリケは話を続ける。



「こんな優秀な治療師さんがいるんですから。この島は、安泰ですね」

「え? 私達は臨時の治療師ですよ?」

「ん? おかしいですね。私は、今いらっしゃる治療師さんがと聞いてますよ」

「ど、どうなってるのですか?」

「……」



 アリシアは、インリケの言っていることがわからない。

 薫がダルクと正式な契約をした覚えもないからだ。

 インリケは、少し嬉しそうなように見える。

 少し不気味に感じる。

 アリシアは、薫の様子が少しおかしい事がわかった。

 不安になる。



「おや? 聞いてなかったんですか? これは一大事だなぁ」



 いやに、楽しげで優越感を覚えるトーンで喋るインリケ。

 自分の知らない所で、何か良からぬことが、起きているというのが容易にわかる。

 そして、このインリケという男もそうだが、引っ掻き回されている気がしてならない。



「それに、治療師ギルドには入られているのですか?」

「……」

「ま、まさか入られてない? それは、信用問題もでてきますねぇ。いやー大変だな。それに、そのような方となっては、いくら才能があっても、いずれ何かしらもめるんですよね。今からでも治療師ギルドに入られてはどうですか?」



 薫は、インリケの言葉に何の反応もせずただ聞くだけに徹していた。

 何かに取り憑かれたかのように饒舌で話すインリケ。

 まるで、治療師ギルドに入れない事を知っているかのような口ぶりだ。

 アリシアは、おどおどしていた。



「いやー、大きなお世話でしたね。では、私はこの辺で旅を急ぎますので」



 そういって立ち上がろうとした時、アリシアの頭の上に乗っているピンクラビィが威嚇をするのであった。

 インリケは、そのピンクラビィが本物であることを確認し、ニヤリと笑うのである。



「珍しいですね。ぬいぐるみかと思ってましたよ。本物のピンクラビィですか」

「……」



 アリシアは、押し黙り頭に乗っけていたピンクラビィをサッと確保し、抱きしめるのである。

 そんなアリシアを見ながら、インリケは目を細める。



「では、お代はいくらですか?」

「2000リラです」

「!!!? 2000リラですか」

「ああ、そうや」



 目を見開き唖然としながらお金を払い治療院を出て行った。

 破格な値段だったためだろう。



「はぁ、完全に巻き込まれたな」

「え?」



 アリシアは、きょとんとしながら薫を見る。

 アホな子な顔をしてだ。

 こういう事には、疎いアリシアであった。



「あいつは、たぶんダルクさんに嫌がらせしとるやつの仲間かそこらやろ」

「そ、そうなのですか! でも、怪我をなさってましたし。私は、ちょっと特殊な患者さんかと思ってました」

「それやったらまだええんやけどなぁ。アレは、何処からどう見ても楽しんで引っ掻き回しとる感じな言い方や。怪我も新しいもんやったし、ここらで魔物が湧く事はまずないからな。バッド達が頑張っとるんやし」

「うぅ……騙されました」

「アリシアは、ピンクラビィを餌にしたら、何処へでも騙されて付いて行きそうやな」

「わ、私は、そんな簡単に付いて行ったりしませんよ!」

「どうやろな」



 ちょっと不機嫌になるアリシア。

 そんな簡単な女ではないといった感じだが、実際何度もピンクラビィのグッズに釣られて、迷子になったりしていたため、信用がないのであった。



「しかし、マジでどうするかやな。多分やけど、バッド達のことやから売り言葉に買い言葉的な感じで、治療師が見つかったとか言ったんやと俺は思うんやけど」

「うー、ありそうです。言ってる姿が想像できてしまいます。バッドさんごめんなさいです」



 日頃の行いというやつだろうか。

 アリシアにでさえ容易にその行動がわかってしまう。



「とりあえずダルクさんに聞きに行かんといけないな」

「詳しく聞かないとさっきの言葉だけで、判断したらいけないと思いますし」



 そう言いながらアリシアの手だけが、わきわきとピンクラビィの感触を味わっている。

 抱きしめ匿っている状態をいい事にやりたい放題なのである。

 その内、何か降ってこないか心配になる薫なのであった。

 ダルクの仕事が終わるのは、お昼なのでその時間に薫とアリシアは、家へと向うことにする。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 治療院から出たインリケは、そのまま島の海岸沿いまで歩く。

 表情は、かなりいい。

 勝ち誇った顔で、優雅に歩くのであった。



「ふはははは、最初は、焦ったがやはり何かあるみたいだったな。これなら絶対にこの島の治療師になる事はないだろう。でも、ついさっきブラウニーウルフに適当に付けさせた傷が治るとは思わなかったがなぁ」



 インリケは、ニタニタとしていた。

 安心して、ファルグリッドへと帰還するかと思うのであった。

 しかし、心残りなのはピンクラビィの存在だ。

 あの動物だけでも何とか手に入れられないかと思うのであった。

 ピンクラビィは、希少種だ。

 なかなかお目にかかることが出来ない。

 しかも、あの治療院には、二匹もいるのだ。

 この島に生息しているのだろうかと考える。

 しかし、基本的に一つの場所にずっと留まったりなどはしない。

 たまたま、今ここの島にいるのだろうと思うのであった。

 生きている状態でも高く売れるし、殺してアイテム化しても数年は困らない大金が手に入る。

 生きている方が価値は十倍違う。

 アリシアから奪う事は、自殺行為とわかっているので、そのような行動はしない。

 薫の存在が、さすがにその行動に警鐘を鳴らすのであった。

 海が引き道が少しずつ出来てきている。

 もう少し待てば通れるかなと思っていた矢先の事だった。

 背後に何やら気配がした。

 振り返るとそこには、ぐったりとしたピンクラビィがよたよたと移動している姿が見えた。

 数は一匹。

 目を見開き、一瞬で捕獲態勢に入る。

 野生のピンクラビィを手懐けるのは、なかなか難しいとされている。

 すばしっこく、まず捕まえることが出来ない。

 だが、弱っているならこれ幸いといった感じで、インリケは近づいていく。

 ピンクラビィは、逃げることも出来ずあっさりと捕まってしまう。

 警戒心をむき出しにしながら、インリケの指に噛み付き睨みつけるピンクラビィ。

 指先からツーっと微量だが血が流れた。

 そんなピンクラビィに、アイテムボックスからベリー系の干した食べ物を取り出し、ピンクラビィの口元に持って行く。

 その行動に敵意がないのかと言わんばかりに見つめる。

 そっと指から口を離しベリーの干した物に飛びつく。

 お腹が減っていたのだろう。

 インリケは、にやりとしながら、運が自分に向いてきたと思いながらそのピンクラビィを麻布の袋にバッと素早く閉じ込めるのである。

 警戒心をゆるめていたせいで、ピンクラビィは『運吸収ラッキーバースト』を使うまもなく捕まるのであった。

 弱り切っていたピンクラビィは、ぐったりと動かなくなる。

 血が少し出た指をぺろりと舐め、薄気味悪く笑う。

 そのままインリケは、ビスタ島を出てファルグリッドへと帰るのであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 お昼過ぎ、薫とアリシアはダルクの家にいた。

 ルナは、呆れ顔でダルクを見る。

 土下座状態で謝り倒すダルクの姿に、アリシアは若干引いていた。



「本当にすいませんでした。ご迷惑を掛けてしまって」

「言うてしまった事は、もうしゃないからええよ。やから先ずは、頭上げて貰えるやろうか」



 薫はそう言うがダルクは、全く顔を上げる気配はない。

 朝あった出来事を全てダルクに話し、それが本当かを問うたのだが、それっきりこの状態なのだ。

 話が進まないが、事実のようだ。

 薫とアリシアが話している最中に、ダルクの顔色がどんどん悪くなっていっていた。



「あなた! そんな格好で、ずっと同じこと言ってても話が進まないわよ。いい加減ちゃんと説明して下さい」

「……」



 ルナに言われ、パニック状態になっていた、ダルクはもっとパニック状態になる。

 これでは、全く話が進まない。

 それに、かなり窶れ体調も悪そうに見える。

 ダルクの性格上、今回の件を隠していた事に、かなりの罪悪感などを抱いていたと思う。

 そのせいもあり、かなりストレスを抱えていた。

 薫は、荒療治だが全く話を聞かないダルクに、一瞬だけ威圧を放ち意識を刈り取る。

 弱り切っているダルクには、軽い威圧でも簡単に意識を奪えた。

 強制的に意識を失ったダルクは、寝息を立てていた。



「取り敢えず、あのままにしとくよりかはええやろ。ぶっ倒れてからじゃあ遅いからな」

「すいません。薫さん、毎回お騒がせして」

「……」



 薫は、溜息を吐きながらダルクをベッドに運んだ。

 昨日から、寝付けなかったのかと思いながら『体力中回復エイルヒール』を施し、落ち着くまで休ませる。

 話はそれからだと思いながらだ。

 途中、アリシアが幸せのお裾分けと言いながら、ダルクの顔にピンクラビィを乗せようとしていたが、薫は笑顔で止めるように言う。

 ちょっと残念そうな顔をしながら「薫様は、このもふゅもふゅの力を知らないのです」 とぶつぶつと言うのである。

 それで劇的に回復するのは、アリシアくらいであろうと思う。

 薫達は、ダルクが目覚めるまで応接間で待つ事にした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 三時頃、バッド達が迷宮から出てきた。

 かなり憂鬱な顔でだ。



「はぁ、俺らは、今日はこれで終わりだな」

「脚が重いわ」

「俺、迷宮熱かもしれないわ! だから二人で行って来てくれ」

「じゃあ、カールが言ったって伝えとくわ」

「ごめん。ちゃんと行くからそれだけは勘弁」



 三人は、溜息を吐きながら治療院へと向かう。

 治療院に着くと、ドアに外出中と書かれたプレートが掛けられていた。

 三人は嫌な予感がしたが、まさかなと思うのである。

 丁度、その時通り掛かった宿屋の主人が、治療院で立ち往生している三人を見て、親切心から薫ならダルクの所へ入っていくのを見たと教えてくれた。

 完全に詰んだと思い三人は、ダルクの家へと向かう。

 ダルクの安否が心配だからというのもある。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 バッド達は、ダルクの家に着きドアをノックする。

 もうなるようになれと言った感じだ。

 ルナの声が聞こえ扉が開く。

 もう事情を知っているのか中に通された。

 応接間に通されると薫とアリシア、ダルクが話をしていた。

 ダルクは、少し顔色が良くなっていた。



「か、薫、すまない。俺のせいなんだ! ダルクさんは悪くねぇんだ」

「大体の流れはダルクさんから聞いた。本当にお前は、勢いで行動するやっちゃな」

「返す言葉もない」

「薫さん、バッドさんだけが悪いわけじゃないんです。だから……」

「それは、分かっとる。やから俺は、それ以上言うてないやろ?」

「酷い人なのです。ルナさんを要求したり、賠償金を払えとか、そんな事する貴族は聞いたことないです。ピンクラビィちゃんに不幸せにして貰えばいいんです!」



 ぷんすかといった感じで腕を組み怒るアリシア。

 そんなアリシアに場の空気が和らぐのであった。

 みんな集まったことで、話を再開させる。

 この後どうするかだ。

 当然、薫はこのビスタ島で契約はできない。

 何かがきっかけで、エクリクスにバレたら面倒というのもあるし、その場合はここから離れなければならない。



「取り敢えず、ファルグリッドとファルシスは論外だ。同じキャンベルウルフ族が領主だからな」

「それだと、もう近い街だと【ブルグ】しか無いわよ?」

「あそこもクセが強いわよ。領主は良い人だけど、治療師ギルドがエクリクスとどっぷりだもん」

「はぁ、まともな治療師は望めそうにねぇなぁ。いや、待てよ! 確か、嫌われ者とか言われる治療師が、ブルグの街の離れにいるって聞いたことあったようなぁ……」

「カールさん本当ですか!」

「あんた何でそんな大事なこと忘れてんのよ!」

「ダルクさんもティストも、そんな意気込んで言わないでくれよ! かれこれ、一年前の話だし、居るかどうかなんてわかんねーし」

「こ、これは行ってみる価値がありそうですよ!」

「そうだな。善は急げだ! 今から行くぞー」



 バッドは立ち上がりそう叫ぶが、ルナからそれを制止させられる。

 少し怒った感じでだ。



「バッドさん、そうやって急いでも、いい事なんてないんです。此処は、皆さん一日休んでゆっくり体を休めてから、朝にでも出発して下さい」

「ルナさんの言う通りやで。バッド達も今迷宮から出たばかりやろ? そんなんで行ってもええ事あらへんで」

「うぅ……然しだなぁ」

「バッドさん無理しちゃめ! ですよ。ダルクさんも、一緒に行かないといけないんです。ダルクさんは、体調がよろしくないのですよ」

「……すまん。可能性があると思ったら、つい熱くなってなぁ。俺の悪い癖だ」

「私のために、今までも動いて頂いてるんです。バッドさん達には頭が上がりませんよ」

「なぁに、困った時はお互い様だよ。人は、持ちつ持たれつでやってきてるんだから当然だぜ。ダルクさんよ!」



 バッド達は、いい顔でサムズアップするのであった。

 ダルクは、涙を流しながらありがとうと言うのであった。

 ルナは、ダルクの背中を摩りながら見守る。



「それじゃあ、明日ダルクさんの体調が良かったら行く事にするか」

「そうね。急いでもいい事ないんだし、のんびり構えましょう」

「よーし、そうと決まれば今から俺らは、飲みに行って景気づけに一杯パーッと飲もうぜ」

「カール……あんた空気読みなさいよね」

「な、何でだよ。めっちゃ読んでんじゃねーかよ!」

「「何処がだよ」」



 バッドとティストは、ハモりながらカールにツッコミを入れる。

 そんなカールを見て、ダルクとルナは笑うのであった。



「時間も時間やし、そろそろ御暇するで」

「ほ、本当です! 帰らなくてはなりません」



薫とアリシアは、そう言うと席を立つ。

出て行くついでに、バッド達の肩を一人ずつ触り、全身に行き渡るように、回復魔法を掛ける。

バッドの耳元で「ツケやでぇー」と言い帰るのであった。

バッド達も長居はせず、そのままでダルクの家を出る。

宿屋に向かう道筋で、



「あいつ、日に日に高等テクニックを覚えて使ってるぞ」

「驚くのも疲れたから、もう何にも感じないわよ」

「熟練とか通り越して、もう大神官と同等だったりして。なんつって〜」



 冗談まじりに言うカール。



「下手なこと言うなよカール」

「ほう、バッドその言葉どっちにとっていいんだ?」

「わかってて言ってるだろ? どっからどう見ても、薫は中級回復魔法で収まるわけ無いだろ。ぶっ飛んだ魔力保有量だ。隠し球の一つや二つ、持ってるに決まってる。上位、もしくは最上位くらい平気で使うかもしれねーしな」

「まぁ、確かに。俺らと同じで、何か隠し玉くらいあるって事もあるか」

「そういう事よ。深く入り過ぎると、何が出てくるかわかんないわよ。私達が束になっても、本気の薫には到底及ばないでしょうけどね」



 小さな声でそう言いながら、舌を出しバッドを見て笑うティスト。

 ため息混じりに頭を掻くバッド。

 カールは、先程のティストの言葉に肩を落とす。

 薫に自分の力が及ばないと言われ、「マジかよ!」と言いながら本気でショックを受けるのであった。

 バッドとティストは、カールに対して勝てると思ってたのかと、哀れむような目線を注ぐのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 太陽は沈み、闇が空を支配する。

 ファルグリッドの門をくぐり、自宅へと戻るインリケ。

 馬を走らせながら優雅に鼻歌を歌うのであった。

 全ては、計画通りに事が運んでいることがわかり、何の心配もなくなった。

 おまけに、ピンクラビィまでも手に入れて、もう言うことないといった感じであった。

 自宅に到着すると、馬車を倉庫に付けて戦利品であるピンクラビィが入った麻の袋を取り出し、それを持って家に入る。

 ドアを開けると亞人のメイドが出迎える。

 インリケは、メイドに魔力拘束具とフルーツを持ってこさせるように言い書斎にこもる。

 少しするとメイドが拘束具とフルーツを持ってきた。

 インリケは、麻の袋からピンクラビィを取り出し首にそれをつける。

 ぐったりとしたピンクラビィは、よたよたとしながら机の上で丸まってしまった。



「い、インリケ様、このピンクラビィはどうされたのですか!!?」

「ああ、今日の戦利品だよ。お前こいつが元気になるまで世話をしとけ。このままでは高く売れないからな」

「は、はい。わかりました」



 メイドは、顔がほころび大喜びで世話をすることを承諾する。

 絶対にこの拘束具は外すなとだけ命令し下がらせる。

 メイドは、大切にピンクラビィを抱きかかえ、メイドの自室へと連れて行くのであった。

 やはり女はこういうものが好きなのかと思う。

 そして、一体幾らの値が付くのやらと思いながら、舌なめずりをするのであった。

 インリケは、黄金に輝く棚から秘蔵の酒を取り出し、ドカリと椅子に座り、一人祝杯を上げるのであった。

 今日という最高の日に乾杯などと言いながら……。

はい、読んでいただいた方、感想まで描いて下さった方、Twitterの方にもいろいろと有難うございます。

えー見ないうちにもう150万pv突破しておりました。

週一回の更新ですが、宜しければ見てやって下さい。

次回も投稿してから、一週間以内に投稿できるように頑張って書いていきます。

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