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行き詰まる

 お昼を過ぎた頃。

 薫とアリシアは、居住スペースにいた。

 お昼の仕事は、薫が一緒に迷宮に行った為無い。



「薫様、薫様! 見てください『解毒ポイズンキュア』と『麻痺回復パラライズキュア』を習得しましたよ」



 薫が帰って来て、バタバタしていた為、報告が遅れたのだ。

 薫の腕に抱きつき上目遣いで見る。

 そして、褒めて褒めてと言わんばかりに。

 何この可愛い生き物。

 犬か? 犬なのか??

 これを狙ってやってるのか?

 などと思いながら優しく頭を撫でてあげる。

 嬉しそうに喉を鳴らすアリシア。



「にしても、習得早かったな。もっと掛かると思っとたんやけど」

「薫様が作ってくれた魔導書が、凄く分かりやすいからですよ」



 屈託の無い笑顔でそう言う。

 恥ずかしくなる。

 軽く咳払いして薫は話題を変える。



「今回、魔力が相当上がったから、コントロールも練習せなあかんな」

「薫様がいつもやってるアレですか?」

「そうや」



 ディアラから、何個か教わった中の一つである魔力コントロール方法の訓練だ。

 体に適量の魔力を纏わせ、その状態をずっとキープするというもの。

 使用魔力量は、『軽傷回復キュア』くらいの魔力を使う。

 注意点は、心臓から全身に均一に流れるようにイメージする。

 そして、纏っている魔力にムラを作らない事。

 物事をする時は、魔力量を倍にして同じようにキープする。

 終わり次第戻すというものだ。

 薫は、心臓から全身に行き渡らせるイメージが長けていた。

 体の構造、血液の流れなどを知っているからでもある。

 医者ですから。

 その為、コツを掴むのが早く、異常なスピードで成長した。

 現在は、繊細な調整が出来るように訓練をしている。



「が、頑張ります」

「緊張せんでええよ。ちゃんと手取り足取り教えるからな。安心してええよ」

「て、手取り足取り……ですか」

「いや、なんで赤くなるんや」

「あわわ、あ、赤くなってませんよ! へ、変な事なんて考えてませんから! ませんからぁ!」



 焦りながらそう返すと説得力の欠片もないのである。

 両頬に手を当て必死に隠そうとしている。

 さあ、彼女は何を考えてしまったのやらと思うのである。

 アリシアについて、これ以上突くと自身にもダメージを負いそうなので、このぐらいにしておく。



「先ずは、魔力コントロールから教えるで。簡単にやけど、出来るようになればアリシアは、それの訓練な」

「わかりました」

「で、その間、俺は魔導書作りをチャチャッと済ませるから」



 薫がそう言ってアリシアの方を向く。

 アリシアは、ワクワクといった雰囲気を醸し出していた。

 夕方まで、みっちりと訓練すれば基本的な事は出来るかなと思うのであった。

 空いた時間は、病気の調査にでも当てるかなと思う。




「それじゃ、アリシア。楽な姿勢でええから」

「はい!」

「……」



 思いっきりガチガチな動きになる。

 肩が上がり、無駄な力が入っている姿勢で、椅子に座るアリシア。

 軽く溜息を吐き薫は言う。



「取り敢えず、肩の力抜こうか」

「ぬ、抜いてます。物凄くリラックスしてますよ」



 胸の前でグッと握り拳を作り言う。

 どの口が言うのだろうと思いながらアリシアを見る薫。



「やりたくはなかったが……擽り地獄で、和らげるしかないか……」

「!!!?」



 ボソッと薫が言う。

 アリシアは、断固反対と言わんばかりに立ち上りポカポカと叩くのである。



「薫様酷いですよ。私……ちゃんとしてますよ」

「いや、めっちゃ無駄な力入っとるから優しく和らげようと」

「あれの何処が優しい分類になるんですか。私、再起不能になっちゃいますよ。それに悪魔のような顔で、やめてって言っても止めてくれないじゃないですか」



 薫は、良い顔でカラカラと笑いながらアリシアを見る。

 今の会話で、程よい感じにアリシアの緊張が和らいでいた。

 そんな事とは露知らず、アリシアはぷんすかと怒りながら椅子に座るのだ。



「すまんすまん。それじゃあ、教えるからその通りにしてみ」

「わかりました」

「先ず、目を瞑って集中するんや」

「はい……あれ?」

「……」



 スッと目を瞑り、集中しようとした時、先程までの緊張がない事に気付く。

 アリシアは、薫の行動の意図がわかった。

 自分以上に自分の事をわかっている。

 すると、ぽかぽかと体が暖かくなる。

 アリシア自身では緊張のほぐし方などよくわからない。

 緊張しても、その状況が過ぎればなくなるのだから。

 自然に消えるのを待つくらいしか知らないのだ。



「心臓の鼓動が聞こえるか?」

「はい……」

「じゃあ、魔力を込めて『軽傷回復キュア』を使うくらいの魔力でええから。体に纏うイメージでやってみ」

「わかりました」



 アリシアは、そう言うとスーっと身体に薄い青白い膜が出来ていく。

 かなり、ふわふわとして安定はしない。

 初めは、このようなものとディアラから言われていた。

 薫は、別物だったが。



「ゆっくり目開けてみ」

「す、すごいです。ゆらゆらと蒸気みたいなものが見えます」

「はい、集中を乱さないでそのまま維持してこうか」



 目をキラキラとさせながら、アリシアは薫を見つめる。

 感情に左右されやすいのか、アリシアの纏う魔力は、もの凄く不安定になっていた。

 大きく揺れたり、指先の方にムラがある。



「か、薫様ちょっとこれ難しいです」

「そう簡単には、コントロール出来へんらしいから、ゆっくりでええから覚えてこう」

「はい」



 頑張ってコントロールしようとするアリシア。

 しかし、その部分を意識すると、その部分だけ魔力を纏う量が大きくなる。

 むーっと膨れるアリシア。

 薫は、優しく頭を撫でながら言う。



「初めてにしては、筋はええと思うで」

「ほ、ほんとですか」

「なかなか纏う事も出来へんのんが普通らしいからな」

「そ、そうなんですか。えへへ、よーしもっともっとがんばっちゃいますよー」



 アリシアは、褒められて伸びるタイプという事はわかっていたので、薫はこの調子で教えていこうと思うのであった。

 アリシアは、魔力を全身に纏ったまま椅子に座り、集中を高める。

 その姿を眺めながら薫は、ディアラが何故自分にこのような知識を教えてくれたのかが、何となくわかった。

 そして、魔眼の能力の一つが未来視ではないかと思うのであった。

 まんまと、ディアラの手の平の上で踊ってる感じがして少し癪だが、教えて貰っておいてよかったと思うのであった。

 薫は、アリシアの邪魔しないように静かに机に向き作業を始める。



「さて、こっちも調べあげんとな」



 薫は、そう言うとパイン細菌(パイン症候群)を調べ始める。

 ピンクラビィが細菌を持っていたという事は、生活範囲内にその病原菌があるという事。

 とりあえず、ステータス画面を出して、パイン細菌を調べる。

『解析』を掛けると前回表示されたものが出る。



【パイン細菌(パイン症候群)】


・潜伏期間、1〜4日

・感染経路、経口感染

・症状、動物には、脱水症状や疲労状態になる。

死に至ることはない。

今のところ、人には感染しないが、亜人族に感染する。

主に動物と同じ症状と下痢、嘔吐などの症状が出る。

進行速度がすごく速い。

合併症の恐れあり。

主に、脱水や電解質異常で、二次的に急性腎不全、ショック、重症不整脈などが起こる。



「さて、ここからやな」



 もう一度『解析』掛ける。

 すると、少し細かい詳細が掲示された。



【パイン菌(パイン症候群)】


 ・感染源、サハギンの体内、ライライ草、ポトクルの実

 ・病原体、パイン細菌

 ・経口感染、飛沫感染

 ・発育温度、30~40℃

 もっとも発育がよくなる温度は、36℃で人間や亞人の平均温度と同じ。

 故に、亞人がこれを発症すると進行が早い。

 ・特徴、体内に寄生すると、体内で毒素を出す。

 ・主な症状、下痢や悪心,嘔吐、時に腹痛,発熱などの症状をきたす

 脱水や電解質異常で、二次的に急性腎不全、ショック、重症不整脈などが起こる。

 早めの処置をしないと死に至るケースがある。



「サハギンにライライ草、ポトクルの実か……」



 迷宮で、薫が戦ったモンスターの中にいたが、そこからの感染源にはなりにくいかなと思う。

 何故なら、カールと同じように亞人が、何度も迷宮の行き帰りを繰り返しているが、まったくそのような事がないからだ。

 感染がいつ発生してもおかしくないが、今のところないので一旦保留にする。

 そして、薫の所に治療に来る患者の中にもまだ、このパイン菌を持ったものは居ない。

 見落としがあるかもしれないと思い、薫は夕方の治療からもう少し患者をよく調べてみるかなと思う、

 ライライ草とポトクルの実は、このビスタ島に生息しているが食用としては殆ど使わない。

 したがって、これはないと言える。

 薫は、一応気にかけておく程度にした。

 しかし、一番厄介なのは、ピンクラビィが感染したのが痛い。

 あそこから亞人へと感染する危険性が高いのだ。

 ピンクラビィは、幸せを運ぶ動物で、愛くるしい見た目をしている。

 遭遇率が極めて低いが、遭遇しないとは言い切れない。

 この島に来てからかなり経つが、昨日初めて薫達も遭遇した。

 アリシアの興奮具合からも分かる通り、出会ったら必ず触る者が出るだろう。

 そこから亞人に感染すれば、この島の亞人は多分、全員が二次感染する恐れがある。

 これは、あくまで最悪な展開だ。

 そうならないための予防線が必要なので、薫は早速薬の精製に取り掛かる。

 パイン菌に『解析』を掛け薬の材料を掲示させる。



【ランブルドロップ】

 ・成分、【カルミナール】

 ・特性、パイン菌の発育を止め、死滅させる。

 ・副作用、特になし

 ・精製方法、【ドールアイスの結晶】、【雷晶水】を使用。

【ドールアイスの結晶】を粉末状にし、【雷晶水】に溶かす。

 それを沸騰させ、一気に冷やす。

 そうする事で【カルミナール】が発育する。

 冷やして、12時間程冷暗室に保管しておくと、薬として使えるまでに成長する。

 この素材一つで、約100人分の薬として使える。



「うーん、抗生物質なんやろうけど全く知らんもんやな」



 そして、薫は【ドールアイスの結晶】と【雷晶水】の解析をした瞬間、一般的な量産をするのを諦めた。



【ドールアイスの結晶】


 ・入手場所、奈落の迷宮、北の大地アルステッド

 ・ドロップモンスター、ドールアイス

 ・補足、ドールアイスは、奈落の迷宮にて下層50階で確認された。

 それと、極寒の地で有名な北の大地アルステッドの山脈にて確認。

 ドールアイスの結晶は、主に加工品として高く評価されている。貴族たちの間での取引があり、庶民にはほとんどお目にかかることがない。



【雷晶水】


 ・入手場所、雷神の都トライドライト

 ・ドロップモンスター、雷魚人

 ・補足、雷魚人は、浅い層で出る。

 探求者ランクDであれば、安心して倒せるモンスターだ。



「ドールアイスがやっかいやな」



 薫は、頭を悩ませる。

 簡単に入手できない物となると価格が跳ね上がる。

 この島だけでというなら薫が薬を作ってしまえばいいが、その後のことも考えると流通をさせて置かなければ、発症してしまった亞人は死に至る可能性が高い。

 顎に手を当て考えこむ。

 他に何か代用の効くものはないのか頭を悩ませるのあった。

 すると、背中にぎゅっと抱きつく温かい感触が伝わる。

 それに気付き、薫は後ろを見るとアリシアがひっついていた。



「アリシア、何しとんねん」

「薫様、呼んでも気付いてくれないからつい」

「まぁ、うん。わかったから……で? なんや」

「夕方の治療の時間ですよ」

「え? もうそんなに時間経っとるんか」

「うーんと唸って、考えてたのでギリギリまで声を掛けませんでした」

「いや、なんかすまんな」

「薫様は、色々調べてたみたいなので邪魔しないようにと思って……その……」

「ありがとな」



 優しく頭を撫でる。

 よく見てるなと思いながら薫はそう言った。

 嬉しそうに撫でられるアリシア。

 二人は、そのまま治療院のスペースに行き夕方の治療をする。

 いつもと変わらない治療をこなす。

 薫は、パイン菌が感染していないかも調べながら治療を行った。

 全員治療を終えて、治療院を閉める。

 今日来た人の中に、パイン菌に感染したものは居なかった。

 今のところは、安心していいかなと思いながら、二人は居住スペースへと戻る。



「薫様、晩御飯は私が作りますから、薫様は先ほどの作業をしてて下さい」

「いや、行き詰まってるから、少し息抜きがてら俺も一緒にするわ」

「そうですか? で、では一緒に作りましょう」



 二人は台所に行き料理をする。

 今日、薫が潜った時に入手していた肉を使う。

 ブラウニーウルフがドロップするただの肉だ。

 牛肉より質は下がるが、一般的に市場に出回っているものだ。

 薫は、それを包丁で叩きミンチにしていく。

 同時進行で、アリシアは玉ねぎに似た野菜をみじん切りにする。

 ほろほろと涙を流しながら一生懸命切っていた。

 その様子を見てくすりと笑うと、アリシアはその表情のまま頬を膨らませ睨むのである。

 怖くないが面白い表情だ。

 揶揄いたくなる。

 そんな気持ちを抑えながら薫は、次にパンを荒削りにし、パン粉を作る。

 ミンチに塩コショウを入れ、パン粉、アリシアの切った玉ねぎそして、卵を一つ割り入れる。

 それをよくかき混ぜて、ハンバーグの形に整える。

 フライパンの上に置き火にかける。

 ジューっといい音が鳴り、薫はそれをひっくり返し、両面均等に焼く。

 中まで火が通るように蓋をし弱火で焼く。

 火が通ったら薫は、お皿に盛り付ける。

 フライパンに残った肉汁と旨み成分が、勿体ないと思ったので薫は、その中にライフとエスカを1:1で少量入れ、少し煮詰めソースを作る。

 最後に味見をして、足りない部分の味を整えて、ハンバーグの上にかける。

 アリシアは、目玉焼きを二つ焼き、ついでに野菜も炒める。

 それをハンバーグの横に添えて出来上がり。



「ハンバーグですよ。薫様が作るハンバーグは最高なのですよ〜」

「はいはい、ありがとさん」

「ほ、本当ですよ。お世辞じゃないんですからね」



 薫は、くすくす笑いながらアリシアに返すのであった。

 二人は、テーブルに持って行き食べる準備をする。



「いただきまーす」

「いただきます」



 一口サイズに切ると、中から肉汁がジュワーっと出てくる。

 ソースと絡めてアリシアは、口に運びパクリと頬張る。

 頬が緩み幸せそうな顔をしていた。

 薫も一口食べる準備を、口一杯に肉汁が広がる。

 口当たりも良く、一般流通している肉とは思えないくらいの仕上がりになっていた。

 ソースとの相性も良く、何度でも食べたくなる一品と言えるかなと思った。

 だが、何か足りないなと思う薫なのであった。

 アリシアは、大満足のご様子。

 その表情を見たら、作ってよかったと思うのであった。



「うー、お腹いっぱいです」

「ご馳走さん」



 薫は、お皿を片付けてエスカを注ぎアリシアの前に置く。

 至福の時をアリシアは味わいながら、エスカを手に取りちびちびと飲むのであった。

 薫は、お茶を入れ席に着く。



「幸せです。凄く凄〜く幸せなのですよ」

「それは何より」

「か、薫様。そ、その好きです」



 いきなりの不意打ちに吹き出しそうになる薫。

 危なかった。

 仕事モードなど、とうの昔に解いていた薫は、動揺するのである。

 頬を染めそう言うアリシア。

 昨日の事があってから、妙にどぎまぎしてしまう。



「きゅ、急にどないしたんや」

「い、言いたくなっただけですから」



 言ったアリシアも動揺する。

 然し、ちょっといい顔をしているのである。

 またお仕置きが必要かと思う薫。



「そ、そう言えば薫様、魔力コントロールでわからない事があるんです」



 アリシアは、薫の考えが分かったのか、慌てて話題をそらす。

 賢明な判断である。



「何が分からへんのんや?」

「その、イメージが大雑把というか……纏う事は出来るんです。私のイメージが布団をかぶる感じなので」

「あー」



 薫は、アリシアの言ってるイメージが分かった。

 どう説明すればいいかなと思いながら、薫はディアラに言われていた事を思い出す。

 たしか、このような時の対処法を言っていたなと思う。

 薫には、あまり関係ない事だった為、思い出すのに少し時間がかかった。

 そして、ディアラのいい笑顔も浮かんだ。

 なぜ、このような記憶が呼び覚まされたのか……嫌な予感もするが、薫は言葉を紡ぐ。



「一個方法があるな」

「さすが薫様」

「いや、教えて貰った事の中にあったってだけや」

「それでも凄いですよ。薫様は、スキル無しでよくそこまで覚えられますね」

「習慣やからなぁ。反復とかするし、なんかに活用出来るかなとか思うやん。今回する事も応用して俺なりのアレンジやしな」

「……」



 アリシアの目が泳ぐ。

 応用という言葉をアリシアは思い出した。

 ただ、言われるものだけの反復しかやってない。

 こうすれば、もっと良くなるかもという考えがなかったのである。

 薫は、それに気付きちょっと揶揄うのであった。

 アリシアは、「うわーん。また揶揄われました! 酷いですよ」と言いながらベッドにぴょんとダイブし、布団に包まりお団子と化した。

 余りにも面白い行動にお腹を抱える。

 ちょっとやりすぎたかなと思い、ベッドに近づくとお団子がちょこちょこと離れていくのである。

 器用に移動するな……どうなってるのだろうと思うのである。



「すまん。アリシアちょっと揶揄いすぎた。許してくれんかなぁ」



 そう言うと、お団子からひょいっと頭を出し、薫を見てくる。

 疑うような目つきだ。

 信用していない。

 目が物語っている。



「絶対思ってないですよ! その目は、嘘をついている目です」

「なんで分かったんや!」

「や、やっぱり嘘だったんですね!」

「いや、嘘とかはええから先進もうか」

「えー! 私、本気で怒ってるんですよ」

「これからする方法でチャラや」



 ムスッとし、納得いかないアリシア。



「一旦、魔力コントロールを止めて、ベッドに横になってくれ」



 まだご機嫌斜めなアリシア。

 しぶしぶ従う。



「今から言う事は、俺のイメージとほぼ同じやり方やから成果は出ると思う。但し、かなり難しいと思うから補助を入れる」

「薫様と同じやり方ですか?」



 アリシアは、薫と同じやり方と聞き少し機嫌が治る。

 ちょっと単純すぎないかと思う。



「そうや、俺のイメージは、心臓からスタートさせて、体の中の血管を通して、全身に魔力を均一に回す事を意識しとる」

「???」

「うん、分かってた。そういう反応するん分かってた」

「どういう事でしょう?」



 目をくりくりとし、輝かせながら疑問をぶつけてくる。



「簡単に言うと心臓は、体全体に血液を送る役割を持っている。つまり、魔力も同じように心臓から精製されるのなら、血管と同じように流れに乗せればムラもなく全身に纏えるという事や。血の巡りは、身体一周回って最後にまた心臓に戻るからな」

「ん〜?」



 頑張って覚えようとするが、アリシアには理解できない様子。  



「始まりと終わりは理解できたか?」

「え、えっと。その……心臓から心臓に戻って来る事はわかったのですが、私にはその道が何処のあるか分かりません」

「それが分かれば大丈夫そうやな」

「え、え?」

「あとは、俺が示したるからゆっくりでええから、その道を辿って魔力を流せばええで」



 薫は笑顔でそう言う。

 薫が今から示す道は体循環(大循環)である。

 心臓のポンプ機能によって体内を循環している。血液は、全身の色々な器官や細胞の隅々までに新鮮な酸素と栄養を運ぶ。そして、運んだ際に不要となった炭酸ガスや老廃物を体内から排出するため、人間の体の中で絶え間なく流れている。

 循環順は、心臓→大動脈→動脈→毛細血管→静脈→大静脈→心臓といった順に巡る。

 大動脈は、上に向かう大動脈と下に向かう大動脈に分かれている。

 上半身に向かう大動脈を上行大動脈。

 下半身に向かう大動脈を腹大動脈。

 そこから、動脈に細かく枝分かれし、毛細血管へと流れ体の隅々まで流れる。

 帰りは、静脈を通り、大静脈を通る。

 今回は、大雑把ではあるが血液の流れを覚えてもらう形をとる。

 この方が魔力をコントロールする正確さが段違いなのだ。

 薫の急激なコントロールの成長はこれが大きく関わっている。

 ディアラにもこの事を話した時、かなり興奮していた。

 そして、試験的に薫は、ディアラでその流れを覚えさせるためアレンジを加えたもので簡単に教えたのだ。



「え、えっと、私は、何をすればいいのでしょうか」

「そのまま、寝っ転がってリラックスして、俺が合図するまで何もせんでええよ」

「あ、危なくないですよね……」

「大丈夫や。何度か試したからな。それに俺も魔力のコントロールの訓練になるし一石二鳥や」



 先ほどまでの雰囲気とは違った印象を受ける。

 茶化したりとかしない仕事モードの薫だ。



「目瞑って、集中して。あと、身体触るけど集中乱さないでくれよ。初めは、少し温かくて息苦しくなると思うから」

「はい、わかりました」

「じゃあ、始めるで」



 薫は、手の先に魔力を集中させる。

 魔力量は、『軽傷回復キュア』程度の魔力だ。

 人差し指に灯、アリシアの胸に指が触れる。

 指のちょうど真下に、大動脈の血管の出口部分に正確に魔力を当てる。

 アリシアは、ピクンと反応する。

 身体が急にぽかぽかと温かくなる。



「アリシアわかるか? ここからスタートや」

「……はい」



 返答がぎこちない。

 薫は、少しずつ魔力を絞っていく。

 アリシアの負担にならない程度まで魔力を落とす。



「大分、楽になりました。もう平気です」

「そしたら道を示して行くから、アリシアも魔力を俺が流したあとをゆっくりでええから、付いてく形で身体に纏わせて行ってくれ」

「……は、はい」



 少し鼓動が早い。

 緊張しているのであろうか。

 薫は、少し気遣いながら進んでいく。

 ゆっくりとまずは、上行大動脈を通じてまず、頭に向かっていく。

 首筋に指がかかると、アリシアは少し顰める。



「何か違和感あるか? あるんやったら言うんやで。すぐに止めるからな」

「だ、だいじょ……ぶ、で……す」



 明らかに大丈夫ではない。

 アリシアの様子がおかしい。

 薫は、一旦止めてアリシアを起こす。

 テーブルの上においていたエスカのジュースを取り、アリシアに飲ませる。



「しんどかったら言わんとあかんやろ。大丈夫か?」

「……」

「え?」



 アリシアを抱き寄せた状態で薫は嫌な予感がする。

 今すぐこの場を離れなければいけないと脳が警鐘を鳴らす。

 顔が赤く息が荒い。

 だが、目がとろんとしている。

 何このピンクな雰囲気。

 俺を揶揄いたいのか? そうなのか??



「あ、アリシアどないしたんや」

「か、かおるしゃましゅきです」

「お、おう」



 いきなりの発言に仕事モードが吹っ飛ぶ。

 何でしょう嫌な予感は現実になろうとしております。

 そういえば、ディアラの時も終わったあと、絶対に親しくない者には、しないほうがいいと言われた気がした。

 まさかとは思うが、この訓練での副作用かと思う。

 そういうのは、早めに言ってほしいものだ。

 だがそんな事を思った時にはすでに遅かった。

 逃げようにも逃げる隙を与えてくれない。

 すでに薫は、がっちりとアリシアに両手でホールドされてしまった。



「アリシア落ち着こう。話せばわかるから。ねぇって、おーい。聞いとるんか?」

「むにゃむにゃ……すぅ……」



 焦る薫をよそにスースーと寝息を立てるアリシア。



「何? ね、寝てる??」

「すぅ……」

「マジで脅かさんでくれよ……。はぁ……」



 薫は、頭を掻きながら溜息を吐く。

 心臓に悪い。

 昨日の今日でこれとは……。

 もしも、あのまま続けていたら危なかったかもしれない。

 訓練も少し改良が必要と思うのであった。

 薫もベッドに倒れ天井を仰ぐ。

 一気に疲れが出た。

 色々と考えることが多いが、もう面倒になり目を瞑り、意識を手放すのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 深夜になっても光が消えない歓楽街。

 探求者たちや、商人などで賑わっている。

 ここは、ビスタ島から約30kmほど離れた街。

 名前は、ファリグデッド。

 高級な酒場の個室で、キラキラと煌く法衣を纏う中年の亞人二人が、高級な酒を呷りながら話をしていた。



「おいおい、まだダルクのやつ頑張ってるのかよ。この前来た時、死にそうな顔してたが」

「もう一ヶ月くらいだろ? 早く止めちまえば楽になるのになぁ」

「シーカーシープ族の分際で、貴族の一員になろうなんて無理な話なんだよ。最初からな」

「奴の資金も、そろそろ底をつくんじゃないのか? 甘い話でも持って行って、その後にどん底まで叩き落としてやろうぜぇ」

「お前ダルクの嫁が気に入ってたなそういえば……」

「ああ、あの女はあいつには勿体無いねぇ。あの体つきがたまんねえんだよなぁ。毎晩、毎晩気絶するまで、何度も何度も可愛がってやリたくなるよ。あひゃひゃひゃっひゃ」

「相変わらずだな、お前は……ヴォルド。その変態じみた奇行どうにかしろよな。処理が大変なんだからよ」

「いいじゃねーか。どうせ、すぐ壊れちまうんだからよ。あー、楽しみだぜ。あいつが壊れていく様を目の前で見てみたいなぁ。そう思うだろ? キディッシュさんよ」



 ヴォルドは、狩りをするような目つきでキディッシュを見る。

 完全に壊れたような人物であった。



「まぁ、ほどほどにな。とは言っても止めようもないだろうけどな。がははははは」

「違いねぇわ。あひゃひゃひゃ」



 気味の悪い笑い声がファリグデッドの夜の闇にこだまするのであった。


読んでくださった方、感想まで書いてくださった方、Twitterの方もコメント有難うございます。

のんびり書いてたらぎりぎりでした。

でも間に合って一安心です。

次回から色々と動きが出てくるのでまとめるのに時間かかりそうです。

なんとか一週間以内に上げたいと思います。

では、次回も宜しければ見て下さい。

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