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アリシア覚醒

 強い雨音がする中、薫は重い瞼を擦りながら体を起こす。

 まだ辺りは暗い。

 この一帯では、たまにスコールが発生する。

 一時的なもので、十五分から三十分くらいの間、強い雨が降りすぐに止む。

 雨で少し憂鬱な気分になりながら頭を掻く。

 薫が起きた時、腕に絡みついているアリシアも一緒に体が起きる。

 器用だな。

 そして、相変わらずの寝起きの悪さだ。

 寝息をたて、ギュッと掴んでいる。

 ゆっくりと離そうとするのだが、なかなか離してくれない。

 この小さな手の何処に、このような力があるのだろうかと思う。

 何とか離してもらい、薫は朝食と迷宮に入る下準備をする。

 その間、布団に丸まっている小動物は、手だけが居なくなった薫を探し、彷徨っているのであった。

 見ているだけで面白い。



「そろそろ起きへんと治療時間に間に合わへんで」

「むにゃ……すやぁ〜」



 起きない。

 まぁ、こんなので起きたら苦労はしない。

 本気で揺すっても今まで起きた事がないのだ。

 本人曰く、朝が凄まじく弱い。

 起きてから覚醒するまでも長いのだ。



「しゃーないか」



 そう言うと薫は、アリシアの鼻と口を軽く塞ぐ。

 幸せそうな顔から一転、苦しげに眉をひそめる。

 手がパタパタと動き回る。

 これは本人が、どうしても起きなかった場合の最終手段として、執行してくれと言われている起こし方だ。

 薫は、早々に諦め最終手段を執行する。



「んぐ……んぐぅ……」

「お! おはようアリシア」



 うっすら目を開けとろんとしている。

 まだ覚醒しきっていない。

 だが何とか息苦しさで目覚めたアリシア。



「おにゃようごじゃいます。目覚めのぎゅ〜」



 呂律が回っていないし寝ボケている。

 狙ってやっているのなら凄いと思う。

 そして、そのまま薫にひしっと捕まるのである。

 薫は、そんなアリシアを軽く持ち上げ椅子へとつかせる。

 うとうととしている中で、アリシア何とか起きている状況だ。

 テーブルの上には、カリカリに焼いたパンと目玉焼き、サラダそれとエスカのジュースを並べていた。

 アリシアは、舟を漕ぎつつトーストにぱくりとかぶりつく。

 美味しそうな匂いにつられての行動だろう。

 カリカリと器用に食べる。

 殆ど、パン屑を落とさないのだ。

 オルビス邸にいた頃もそうだが、どのようになっているのだろうと思うのである。

 薫もパンを口に運ぶ。

 半熟の目玉焼きの黄身が、とろりとパンに染みていく。

 濃厚でコクがある。

 はっきり言って美味い。

 元の世界の卵と比べると大きさもまちまちで不恰好だが、栄養価はこちらの方が高そうだ。

 薫とアリシアは、朝食に舌鼓を打ちながら、のんびりと過ごすのであった。

 時間が経つとアリシアは、いつも通りになる。

 恥ずかしそうに、こちらをチラチラと見ながら頭を下げるのだ。



「す、すいません。毎度毎度起こして頂いて……」

「慣れたしなぁ」

「うぅ……」

「それに朝から面白いもんも見れるし」

「……」



 縮こまるアリシアを見て、楽しげに揶揄うのであった。



「それに、アリシアがこうなるまでを逆算して、起こしとるから問題ないし」

「そ、そこまで把握されていたのですか」

「まぁ、一応な。急ぎだと、擽り地獄で起こしてもええかなって思ってるから」

「く、擽り地獄ですか……」



 薫の言葉にアリシアは強張る。

 何故こんなに強張っているかと言うと。

 アリシアの弱点が脇だからだ。

 この島に来るまでに何個もの街を経由して来た。

 その一つの街で、アリシアは可愛らしいピンクラビィの縫いぐるみを発見した。

 あまりの可愛らしさに座り込み、触り心地や抱き心地、全てを試していた。

 薫は、アリシアが服の裾を踏んでいたので、脇に手を入れひょいと持ち上げて立たせようとした。

 その時に、弱点が発覚したのだ。

 力が入らず、そのままぺたんと座り込む形になった。

 こそばゆく、声にならない声が出た。

 肩に力が入り、ガチガチに固まり、混乱状態だったのだ。

 アリシアは、その事を思い出してしまった。



「か、薫様……その起こし方は、最終の最終にしましょう。き、緊急時のみにしましょう」

「緊急時のみねぇ。いつも朝は、緊急やから今度からそうするか」

「むぅ〜」



 頬を膨らませこちらを睨むが怖くない。

 むしろ可愛いのであった。

 薫は、ぽんぽんと軽く頭を触り宥める。



「もう少ししたら仕事やから準備しようか」

「は、はい」



 そう言うと気合いを入れるアリシア。

 少しでも慣れるように数をこなそうと頑張るのであった。

 アリシアも着替え準備をする。

 治療院のスペースに出て、ドアの鍵を開ける。



「時間ぴったりだな。今日も頼むぜ」

「そんなに怪我してないんだけど、やっぱりちゃんと治しとかないと後々怖いからねぇ」

「お前は、前衛じゃねーから大丈夫じゃねーか! 俺らを盾にして何で怪我してんだよ」

「ちゃんと防いでくれてないからでしょ! あー、治療師が仲間にいればどれ程楽か」

「嫌味を言うじゃねーか! あん?」



 院を開けて間もなくヒートアップする探求者。一人は茶色の髪で身長は低い。

 髭をふんだんに蓄えている。

 ドワーフかなと思いながら挨拶をする。

 その後ろで、灰色の髪の毛に犬耳が付いている男の亜人と、褐色肌に耳のとんがった女が言い合っていた。

 薫は、呆れながらアリシアに分担する人を見極める。

 今回は、アリシアに二人、薫に一人だ。

 アリシアは、難なく治療をしていく。

 昨日より精度が上がっていた。

 緊張をしていたからでもあるだろう。

 今日は、そこまで緊張してないようだ。

 薫も一安心で、アリシアを観察しながら治療を行う。



「薫よぉ〜。一回でいいから俺らと潜らねーか?」

「ああ、丁度その話をしようと思っとたんや」

「ん? どういう事だ」

「アリシアのレベル上げをしようと思っとたんや」

「成る程、パーティ補正で上げるのか」



 髭を蓄えた男は、顎に手を当てながらそう言う。

 薫の言葉にすぐ理解をする。

 流石、探求者、話が早いと思うのであった。



「今んとこ俺のパーティは、前衛二人の後衛一人だ。全員レベルは、20越えで探求者、冒険者ランクはCだ」

「俺は、ちょっと出来るくらいの治療師や。過度な期待はせんでくれ」

「お前の何処がちょっとだよ……。お前基準にしたら、ここら一帯の街の治療師がゴミになっちまうぞ」

「本当だよねぇ。束になっても薫一人で、難なくこなしそうで怖いわ」

「俺をなんやと思っとるんや」

「「「鬼畜治療師ってところかな」」」

「ハモるなや……。永遠、馬車馬のように迷宮探索させたろうか」

「「ぞ、ゾンビアタックだけは勘弁」」

「お前やりかねないじゃん」

「やって良いならしたろうやないか」



 薫は、不敵な笑みで探求者を見る。

 あからさまに怖いわ。

 悪魔としか言えない。

 身震いをしながら三人の探求者は、謝り散らすのであった。

 そんなやり取りをアリシアは笑って見るのであった。

 少し羨ましそうにである。



「そ、そんじゃあ、パーティ編成するから認証してくれ」

「わかった」

「はい」



 頭の中でピロリンと音がする。

 二人は、ステータスと念じ、画面を出してから認証する。



「一応、自己紹介しとこうか。俺は、バッドだ。ドワーフ族で前衛担当だ。これでも職はパラディンだぜ」

「俺は、カールだ。見ての通り、ウルフ族の亜人だ。前衛担当で、職は戦士だ」

「私は、ティスト。ダークエルフ族で後衛担当よ。職は、見ればわかる通り魔法使いよ。って、言っても風魔法しか使えないんだけどね」



 パーティ編成の項目の中に、自分を合わせ五人の名前が記載されていた。

 三人は、自己紹介がてら種族と職を教えてくれた。

 薫もアリシアも職に関して、ほとんど無知である。

 薫は、言わずもがなアリシアも、好きな事しか頭に入っていないというちょっと残念仕様。

 薫は、イルガもバッドと同じような職だよなと思いながら今は、適当に流す。

 他にも色々な職があるのだろう。

 魔法使いもティストは、風属性のみ使えると言っている。

 薫は、リリスが魔法を使ったところを見た事が無いのでわからない。

 色々聞くと面倒な事になりそうなので、薫は質問をしなかった。



「マジで、治療師なんてパーティに入れた事ねーからなぁ」

「高いしコネが無いと無理だもんね」

「そうだよなぁ。ギルド加入してるやつだと金にうるせえからなぁ」

「ギルドとか俺嫌いやし。好き勝手できへんやん」

「薫ならそれで良いんじゃねーか? 他の奴は難しいだろうけどな」

「あんたは特別だよ。普通なら徴集をかけれないように、パーティのメンバーが金出さなきゃいけないんだから」

「クッソ高い金払っても、そいつが裏切る事だってあるんだからさ。おいそれと加入させられないんだよな」

「その辺は、薫は関係ねーからすんげー気が楽だよな」



 ゲラゲラと笑いながら言う三人。

 アリシアと顔を見合わせなからきょとんとする。

 治療師の位置ずけが、だんだん分かってきて、面倒な物を作ったなと思うのであった。



「それで? いつ行くよ?」

「私らはいつでもいいよ! 寧ろ、治療費浮くから毎日でもねー」

「今のところは、様子見で今日半日ってところやな」

「ほい、了解。じゃあ、俺らも準備してくるから村の出口で待ち合わせでいいか?」

「それでええよ」

「それじゃあ、準備でき次第集合だ」



 そう言ってバッド達は治療院を後にした。

 薫は、そのままアリシアと一緒に道具屋へと向う。

 迷宮に持っていくアイテムの購入のためだ。

 薫は、殆ど回復アイテムを持っていない。

 今までの旅もである。

 基本街道は、モンスターは少ないのである。

 たまに、迷宮からモンスターが湧いて倒し損ねた奴が、闊歩している程度だ。

 この場合は、冒険者がそのモンスターを排除しなければならない。

 迷宮からのモンスターは、その地域の生態系を崩すおそれがあるからだ。



「アリシア、アイテムって何がいると思うやろうか?」

「え、えっと……すいません。私は入った事が無いので、何が必要かまではわからないです。で、でも回復アイテムとか食料があればいいのではないでしょうか?」

「回復アイテムか……。いるかな?」

「薫様ならいらない気がします……。寧ろ、食料があれば生きていけそうな気がしてきました」



 ちょっと笑いながらアリシアは、こちらをチラチラと見ながら言う。

 アリシアにもそんな風に見えていたのかと思い薫は溜息を吐く。

 確かに、規格外なのは重々承知なのだが、基本は人間。

 いきなりの奇襲などでダメージを食らってしまう事だってある……あると思う。

 でも、すぐに全回復してしまうが……。



「とりあえず基本的なもの買ってみるか」

「お、お金は大切ですから浪費はダメですよ」

「アリシアが言うと説得力あるな」

「うぅ~、またそうやって言うのやめて下さい。あ、あの時は仕方なかったのです」

「さすが、オルビスのお嬢様。お金の使い方が豪快やからなぁ。大きなピンクラビィの抱き枕を値段も見ずにご購入には恐れいったよ」

「ま、まさか、あんなに高いとは思いませんでした。あれ以来ちゃんと値段も見て買ってますよ」

「そらそうやろ。まさか、無一文になるなんて俺も予想してへんかったし」



 アリシアは、吹けない口笛を吹きながらスタスタと道具屋へと歩く。

 よほど堪えたのであろう。

 薫もかなりの浪費はするが、生活に支障が出るまではしない。

 だが、アリシアは相場もわからず始めの頃は、ぽいぽいと買ってしまっていた。

 薫は、それを止めなかった。

 自分で体験する事でお金の大切さというものがわかるからだ。

 そして、ついにその時がやってきてしまった。

 街に到着して、宿泊代がないという事をアリシアに告げると青ざめてしまった。

 そして、薫はちゃんとアリシアに何故こうなったかの原因と改善を提示した。

 ほろほろと涙を流しながら、ごめんなさいと言い謝る。

 そんなアリシアを見てるとどうも弱い薫。

 実は、使っていいお金が底を尽きただけで、旅に必要な経費は別に避けていたのだ。

 それをうまい事隠し、薫は適当な理由を付けて、その日の宿泊代をアイテムボックスから出すのであった。

 この出来事があってから、アリシアはお金には気をつけるようになった。

 そして、今現在このビスタ島で治療院経営して、お金を稼いでいると、どれほどお金を稼ぐのが大変かがわかったのだ。



「薫様早くしないと皆さんを待たせてしまいますよ」

「はいはい」



 そう言って薫は、アリシアと一緒に道具屋に入る。

 小さくこじんまりとした内装だ。

 治療院と同じ作りのようだ。

 ひょこりと番台に乗る小さな猫耳の女の子がいる。

 名前は、ニケ。

 赤毛で褐色肌の可愛らしい子だ。



「いらっしゃいませです」

「迷宮に入ろうと思うんやけど必要なアイテムはどれがええんやろうか?」

「あれ? めずらしいですね。薫が迷宮に入るんですか?」

「ちょっとな。で? どれがええんや?」

「そうですねぇ。HP回復薬とMP回復薬ですかね……普通は」

「おう、何や皆して俺に対する嫌がらせか?」

「いやいや、そんな事ないですよ。笑顔でそんなこと言われると怖いです」

「わかっとるからええよ。俺は、そんなん要らんやろって言いたいんやろ」

「あははは」



 猫耳の女は、頭を掻きながらそう言う。

 ちょっと困ったような表情だ。

 しっぽを絡めながら、怒らないでと言わんばかりにぺたぺたと触ってくる。

 ちょっと鬱陶しい。



「じゃあ、その二つを五個ずつもらうわ」

「まいどです。セットで800リラです」



 薫は、お金を払い商品を受け取る。

 それをアイテムボックスに入れる。



「そういえば薫この前の料理は、どうやって作るんです?」

「ああ、気に入ってくれたんか?」

「あれは絶品でした。作り方を知りたいです。あのどうしようもないクレイ魚を、あんな美味しく仕上げるなんて、料理人の才能がおありなのではないでしょうか」

「料理は好きやからな。試行錯誤して、美味しくなるんやったらするやろ」

「なかなか出来ないものですよ」

「今度教えたるわ」

「はい、お暇な時でいいのでお願いします」



 しっぽをフリフリさせ、薫の手をなでなでしながらそう言う。

 相当気に入ったのだろう。

 猫だからかな? と思いながら薫は、アリシアの方を向くとちょっと不機嫌なご様子だ。

 どうしたのだろうと思い、自分の行動を見返すとあーなるほどと思う。



「嫉妬かな?」

「そ、そんな事ないですよー」

「アリシアはすぐ表情に出ますからねぇ。可愛らしくてついついねぇ」

「あんまり揶揄うなよ」

「程々にしときます。ごめんね、アリシア許して」



 軽く謝りながら、ウインクをするニケ。

 屈託のないその表情にアリシアは、何も言えなくなる。

 クスクスと笑いながらニケと別れる。

 アリシアは、また誂われたと言いながら少しご機嫌斜め。

 そして、今後やったらもふもふの刑にすると言うのであった。

 準備も終わり、薫はアリシアを一旦治療院まで連れて行く。

 机の上に新しい魔導書がある事を伝えると、目をキラキラさせ、先ほどまでの不機嫌さは吹っ飛んでいた。

 帰ってくるまでには、使えるように頑張りますと言い残し、アリシアはパタパタと治療院へと入っていった。

 薫は、アリシアを見送ったあとそのまま村の出口へと向う。



「おう! 来たか」

「すまん待たせたか?」

「大丈夫よ。こっちも今来たところ」

「そんじゃあ行きますか」



 そう言うと薫達は、迷宮に向かう。

 村から少し離れた海岸沿いに、鳥居のようなものと一緒に祠があった。

 薫は、それを見た第一印象は、神社に近い気がした。



「今日は何階層まで行けるかなぁ」

「マッピングもしてかねーといけねーんだから取り敢えず十階層まで行こうぜ」

「へー、マッピングもしていくんやな」

「当たり前じゃない。しないとあとあと面倒だし」

「時間は掛かるが、後々役立つからな」

「それに、結構いい金になるのよね」


 みんないい笑顔で言う。

 マッピングは、下の階層に行くにつれて難しくなる。

 下層に行くにつれ価値が跳ね上がるのだ。

 グランパレスの迷宮の現在最も深い階層のマッピング価値は100万リラだ。

 それが、攻略ついでに手に入るのであれば、嬉しい限りなのだ。



「気合い入れていくぞ〜」

「「おーう」」



 薫は、頭を掻きながら三人の後ろをついていく。

 一階層は、入った瞬間足場が砂に変わる。



「地形が変わったで?」

「ああ、このビスタ島の迷宮は、地形変化するんだ」

「何々? 薫見たことないの?」

「初めてやな。グランパレスは、そんな変化なかったし」

「おいおい、薫お前グランパレスに居たのかよ。あそこで、治療師やってれば、お前くらいの腕なら大金稼げるだろう」

「そうよ。こんなど田舎に来て、冴えない治療院するとか勿体無いよ」

「色々と見て回りたいからええんよ。そのついでや。それに金もうやばかったからなぁ」

「薫なら荒稼ぎしそうだよな」

「あの腕前なら、貴族の家に押し入って、怪我治して大金要求してそう」

「押し売りかよ! でも薫ならやりかねないな」

「……」


 三人はそう言うとこちらを見てくる。

 薫は、あながち間違ってないから言い返せない。

 何故、こうも自分の行動を予測できるのだろうと思う。

 全くもって遺憾である。

 然し、バッド達は冗談でそのような事を言っている。

 するわけ無いが、薫なら出来なくもないだろうという感じでの会話だ。

 薫の只ならぬ雰囲気にバッド達は、それ以上言う事はしなかった。

 これ以上、冗談で突くと鬼が出てきそうな予感がしたからだ。

 そんな会話をしていると、目の前のフロアにモンスターが湧いていた。

 四人は一瞬で、切り替え戦闘態勢に入る。

 モンスターは、サハギン二体にブラウニーウルフ二体だ。



「バッド、カール絶対に後ろに来させないでよ。補助魔法掛けるから」

「はいよ」

「任せろ」



 三人は、フォーメーションを組みモンスターを迎え撃つ。



「我、風の聖霊の恩恵を求める。汝、我の力喰らいてその恩恵を示せ。『風魔法ーーウインドブーツ』」



 四人の体に風の膜ができる。

 そして、体が異常なほど軽いのだ。

 魔力強化とは違い術者の魔力量に依存するタイプの魔法だ。

 戦士系の者は、魔力強化する事は出来るが、保有量が少ない為、一瞬のみ使ったりする。

 これなら、戦士系の者も魔力の心配をせず、気兼ねなく戦えるようだ。



「凄いな。めっちゃ体が軽いわ」

「初級風魔法でかなり使いやすいのよコレ」

「じゃあ、行こうか!」

「サクッと倒してくぜ」



 バッドとカールは、素早い移動でブラウニーウルフの進行方向を塞ぎ、斬りつける。

 薫は、「おお、凄いなぁ」などと言いながら見物するのであった。

 バッドは、カールにブラウニーウルフ二体を任せ、サハギンに突っ込んでいく。

 意表をつく行動に、サハギンは行動できなかった。

 バッドは、大剣で斬るのではなく、側面で叩き飛ばすのだ。

 ゴンッと鈍い音がした後、壁にサハギンがめり込み光の粒子へと変わる。



「よっしゃ〜。一撃で仕止めたぞ」

「あんた、よくあんな硬いサハギンを吹っ飛ばすわね」

「あんな硬い鱗持ってるモンスターに斬撃はねーよ」

「ちょ、おい! どうでもいいからバッド、俺だけでこの二匹を足止めにも限界あるんだぞ。さっさと戻って来い!」

「おっと。すまんすまん」

「「あ……」」



 カールは、ブラウニーウルフ二体の足止めに失敗した。

 一体は止められたが、もう一体が抜けてしまったのだ。



「カーーール! あんた後で覚えときなさいよ!」

「お、怒んなよ。ワザとじゃねーじゃん」

「黙れ駄犬! 同じような事昨日もしてたでしょ」



 薫は、今日のティストの怪我はこのようにして受けたのか思う。

 まあ、動きの素早い敵の為、仕方なくはあるがと思うのであった。

 1階層で、危なくなる事などないだろうと思い、のんびり観戦するのである。

 ティストは、苛立ちながら弓を構えブラウニーウルフを迎え撃つ。



「MPは、無限じゃないのよぉおおお。この駄犬がぁああ」

「だぁああれが、駄犬だぼけぇえええ!」



 そう言いながら、ティストは魔力強化も行いブラウニーウルフを撃つ。

 唸り声をあげながら、ブラウニーウルフは咄嗟に横飛びをして、ティストの攻撃を回避する。



「あ、やっば」

「グルラアアアアアアアア」



 ブラウニーウルフはティスト目掛け、大きく口を開けて噛み付くモーションに入った。

 バッドもカールもモンスターを抱えている状況。

 ティストは、一撃貰う事を覚悟し、自身を魔力強化する。

 ブラウニーウルフは、渾身の一撃を繰り出し噛み砕く筈が、横からドカンと、鉄球で殴りつけられたかのような衝撃に混乱する。

 一瞬意識が飛び壁にめり込む。

 口の中は、夥しい血が溢れる。

 呼吸が出来ず、全身に力が入らない。

 ブラウニーウルフは、意識が遠のく。

 そして、光の粒子になり消えてしまった。



「ったく。まだ1階層で、なんでこんな危ない場面になってんねん」



 薫は、両手をポケットに突っ込み、蹴り飛ばした格好で、煙草を吹かしていた。

 強い魔力を纏いそう言うと、三人はポカーンとした表情で薫を見る。

 モンスターにのみ威圧を放ち牽制する。



「はぁ……。後衛で、のんびりしよう思うとったのに……。俺を働かせんで欲しいんやけど」

「あ、え? え??」



 ティストは、どうなったか全く理解できてなかった。

 薫の動きを追う事すら出来ず、いつの間にか目の前に迫っていたブラウニーウルフが、横の壁にめり込み消滅していた。

 バッドもカールも目で追えなかった。




「ほら、さっさと雑魚を片付けぇや」

「「あ、はい」」



 バッドとカールは、きびきび動き難なくモンスターを倒す。

 薫の威圧も効き、動きが鈍くなっていた分倒しやすかった。



「で? なんや今までの茶番は、ワザとやったんか?」

「「「ナ、ナンノコトデショウカ」」」」



 溜息を吐き薫は、三人を睨み付ける。

 探求者ランクCを持っている者が、こんな一階層で危なくなる筈がないのだ。

 これはイルガ談だが、Cランクを持っている者は、少なくとも小規模の迷宮を攻略した者かそれに準ずる者が貰えるのだ。

 三人とも、迷宮のど真ん中で正座をして、汗をダラダラ掻きながら、縮こまっていた。



「いやほら、薫の強さを見ときたいなぁってバッドが言うからさぁ」

「ティストてめぇ。俺だけのせいにする気かよ! お前だって薫って強いの〜しょぼそうとか言ってたじゃねーか!」

「ちょ、そんな事一言も言ってないし! てか、カールだって取り敢えず、演技で薫の強さを測るための計画立てたでしょ。すっごい悪人面で!」

「ば、何言っちゃってんだよ! 悪人面は元からだぞって、何言わせんだよ! 気にしてんだぞ馬鹿野郎!」

「はい、お前ら言い残すことあるか?」

「「「……イエ、アリマセン」」」

「たく、力見たいんやったら言えや。面倒くさい小細工無しに。怪我したら、こっちの仕事増えるんやから止めてくれへんか」

「「「ゴモットモデス」」」

「さて、この落とし前はどう付けてもらおうかなぁ」

「「「出来れば、軽いのでお願いします」」」



 薫は、ちょっと悪い顔になり顎に手を当てる。

 ここで、時間を潰すのもあれだと考えた薫は、三人にゾンビアタックで十階層まで行って貰う事にする。

 バッド達に拒否権はなかった。



「死なないよな?」

「大丈夫やろ。ボスは、適当に俺も加勢するし」



 その言葉になぜか少し安堵する。

 薫の回復魔法を肌で味わってるからこそでもある。



「さぁ、馬車馬のように働け!」

「「「あ、アイアイサー!」」」



 薫は、もの凄くいい笑顔でバッド達にそう言う。

 バッド達は、最短距離で階層を降りていく。

 その都度出てくるモンスターは、ほとんどゴリ押しで倒していく。

 攻撃を食らっても次の瞬間には、全回復し体力も回復しているのだ。

 そして、十階層のボス部屋まで辿り着く。

 意外な事にバッド達はあっけらかんとした様子であった。

 個々に、今までで一番楽だとか、全く疲れを感じないなどと言うのであった。



「薫、一応注意点だけ言っとくが。ここのボスは、キングサハギンだ。クッソ硬いから覚悟しておけ」

「はいよ。まぁ、回復は任せろ」

「ここは、魔法使いの私の出番だからね。あんた達は、ちゃんと壁しとくのよ」

「「へいへい」」



 バッドとカールは、渋々返事をする。

 ボスは、基本的に十階層ずつに存在する。

 一度倒しても、次入る者には全く同じボスが現れる。

 なので、不正はなどはできない。

 人数も六人以上だとボスが湧かない。

 なので、先に進む事が出来ないのだ。

 扉の前に、四人が立つと自動的に扉が開く。

 少し肌寒い。

 冷気のようなものが立ち込める。

 薫達は、中に入ると2mを越えるまん丸なサハギンが、デカイフォークを持って待ち構えていた。

 頭に金の王冠を乗せ、球体の身体は、上は緑、下は白で鮒のような口をパクパクさせている。

 非常にムカつく顔をしていた。

 何故だろうこのムシャクシャする感覚はと考えた時、元いた世界で、薫を叩き上げたマスコミの男に似ていたのだ。

 それを思い出してしまい取り敢えず、一発ぶん殴りたいと思う薫なのであった。



「よし、カールあいつの注意を引くぞ!」

「わかった! って、え?」



 駆け出そうと瞬間に、爆風が通り過ぎる。

 何かと思い二人は、振り返ると薫の姿が無い。

 するとキングサハギンの居る方から、ガシャンっとどデカイ音と共に何かが砕け散る音が聞こえてくる。

 ティストは、口を開けたまま驚く。

 二人は、そっとキングサハギンの方を見るとそこには、ダイアモンドよりも硬いと言われるキングサハギンの鱗が、粉々に砕け散っていた。

 そして、犯人は薫でした。

 スッキリした清々しい笑顔でこちらに歩いて戻ってくる。



「あー、めっちゃストレスが吹っ飛んだわぁ」

「え? 薫、お前何やってんだよ! てか、一週間の便秘から解放されたかのような、スッキリした顔しやがって!」

「いや、もの凄くムカつく奴の顔に似とったからつい」

「ついとかで、キングサハギンの鱗ごとぶっ飛ばす阿呆は、今まで俺は、見た事ねーよ!」

「うわぁ……。やだ、なんかピクピクしてる。気持ち悪い、もう瀕死じゃないの……あれ」



 薫の今出来る渾身の一撃だ。

 身体を魔力強化し、その上から拳にのみ二度掛けしての右ストレートだ。

 前回は、腕がぐしゃぐしゃになってしまったが、魔力コントロールの出来る薫は、もうその様な事はない。



「『か、風魔法ーーう、ウインド』」



 ぎこちない詠唱でティストは、魔法を繰り出す。

 パスンパスンと良い音がし、キングサハギンは、光の粒子になり消えた。

 少し涙ぐんでいたように見えたが、気にしないでおこう。



「薫、お前は本当に規格外過ぎるぞ」

「人間で、キングサハギンの鱗を吹っ飛ばした奴なんて今まで聞いた事ないぞ! いや……確か魔眼の魔女が、魔法で吹っ飛ばしたくらいか……って、お前あれと同等かよ!」

「ディアラさんか? あの人に色々指導して貰うたり、世話になったからなぁ」

「ちょ、ちょっと、魔眼の魔女の弟子ですって!……なんか薫の規格外に納得したわぁ。あの人に憧れて私も魔法使いになったのよぉ〜。良いなぁ、か、薫今度紹介しなさいよぉ〜」



 何故か、話が飛躍して弟子に昇格してしまった。

 しかし、それで納得できるほどの強さのディアラとはいったいと薫は思う。

 三人は、聞く耳持たなさそうなので、薫はちょっと指導して貰っただけと、もう一度念を押して言うのであった。

 その後は、十一階層から十五階層をマッピングして行った。

 敵も殆ど変わらず、強さが上がったくらいだった。



「よーし、今日はこれくらいで引き上げるか」

「毎回、あのキングサハギンで時間取られてたから、今日はすごく楽だったわぁ」

「薫のおかげだな! マジすげーよ」

「まぁ、取り敢えずあんまり俺の事言いふらすなよ。面倒いのが寄ってきて、めっちゃ迷惑やから」

「安心しろよ。そういうの言いふらすと、俺らの信用が落ちるからな」

「成る程な。じゃあ、俺の事が出回ったら三人の名前だして社会的に潰せばええんやな」



 悪魔のような笑顔がちらつく。

 薫は、さらりと怖い事を言う。

 いや、実際にしそうで怖い。

 寧ろ、この男なら全力でやりかねないと思った三人は、心に誓いを立てるのであった。

 バッドは、アイテムボックスから青白く光る石を取り出し、地面に叩きつけた。

 その石は砕け散り、広がった青い粉は魔法陣のようになる。



「よし、ゲート完成だ。さっさと帰って次の奴らと交代だ」

「「おーう」」



 そう言うとバッド達は、その青白い魔法陣に乗ると姿が消えていく。

 迷宮の脱出用アイテムのようだ。

 薫も、その魔法陣に乗ると景色が真っ白になり、気付くと迷宮の入り口に立っていた。



「お疲れさん。良かったらまた一緒に潜ろうぜ! 今度は、ちゃんと薫と一緒に攻略してえんだよ」

「いつでも待ってるからねー」

「お前だったら歓迎するぜ」

「まぁ、気が向いたらな」



 薫は、そう言うとバッド達と別れ治療院へと帰った。

 まだ、お昼前だろうか。

 かなり早く終わった。



「しっかし、俺のレベルは上がらんかったなぁ」



 そう、薫のレベルはボスを倒したのにもかかわらずレベル1のままであった。

 頭を掻きながら薫は、治療院の扉を開ける。

 すると、居住スペースの方からすすり泣く声が聞こえてきた。

 薫は、なにかと思い少し急ぎ足で居住スペースへと向う。



「あ、アリシア? どないしたんや?」

「か、薫様……う、うわあああああん」



 何故か大泣きをしているアリシア。

 事情がさっぱりわからず薫は、アリシアの背中を擦る。

 アリシアは、薫に抱きつきすすり泣く。



「もう大丈夫やから……ゆっくりでええから話してみ」

「うぅ……。私……お、おかしくなっちゃいました」

「ん? どういう事や?」

「わ、私のステータスが壊れちゃったんです」



 薫は、アリシアの言ってる事が理解できずにいた。

 少し、強めに抱きしめる。



「か、薫様に嫌われます。こ、こんなの……私は、不良品なんです」

「アリシア自分をそんなふうに言ったらアカン」

「もう、わかんないです……。レベルが上ったら私のMPがいきなり1万上がったんです」

「……え?」

「で、ですから今回、薫様達が迷宮で私のレベルを上げて頂いたのですが……。レベルがⅠ上がるごとに、MPが1万ほど上昇したんです」

「えっと……今回でどのくらいレベルは上がったんや?」

「レベル7ほど上がりました……」

「一気に7万もMPが増えたって事でいいのか?」

「はい……私は……人ではないのかもしれません」



 かなり深刻そうな顔で薫を見る。

 そして、嫌われるのではないかという不安の方がでかいようだ。

 身体を震わせながら言う。

 しかし、薫はそのいきなり上昇してしまったMPの原因に心当たりがあった。

 寧ろ、原因が自分である可能性が高い。

 嫌な汗をだらだらと掻きながらカオルは言う。

 


「アリシア……」

「か、かお……」

「すまん。多分それ俺が原因やと思う」

「ふぇ?」



 ほえーとした間抜けな表情になるアリシア。

 薫は、罰の悪そうに頭を掻く。

 ディアラから言われていた。

 魔力操作の時の心得として、魔力は心臓から生み出され全身に行き渡るとされている。

 そう、薫がアリシアの心臓を創りだした時は、まだ薫は魔力コントロールができていなかったのだ。

 そのため、アリシアに使った『医学錬成』は、言わば水道の蛇口を目一杯開けた状態で、使用していたのだ。

 要は、過剰に魔力を注ぎ込んで錬成していた。

 そして、薫は『解析』で得ようとしたのは、アリシアの生命に関する情報しか『解析』しなかったため、この事態を把握できていなかった。

 薫が調べたいと思った事しか提示しないのである。



「薫様のせい?」

「たぶんってか絶対そうやと思う」

「ふぇえええええ。ど、どういう事ですかぁ」

「正直に言うと、俺がアリシアの心臓を俺の魔力で錬成したのが原因やと思う……」

「そ、それで、このような事になるんですか?」

「うーん、俺の魔力が桁違いに高いんのはわかるよな?」

「それは何となくわかります」

「今ほどコントロールできるんなら、こんな事にはならなかったんやろうけど……」

「という事は、この魔力は薫様の魔力が入ってると言う事でいいのでしょうか?」



 その言葉に軽く頷く。

 すると、何やらアリシアの表情が回復してきている。

 それに少し頬が赤い。

 薫から少し離れ、アリシアは心臓に手を当てる。

 とくんとくん脈打つのを感じるように目を瞑る。



「あ、アリシア?」

「なんだか……。不安がなくなっちゃいました。薫様の魔力が流れてると思うと……。それに私の心臓……特別なんですよね」

「そ、そんな笑顔で言われると恥ずかしいな」

「えへへ。さっきまで、不安だったのが嘘みたいです。凄く温かい感じがします」

「多分やけど、注ぎ込んだ分、この先レベルが上がる度に上昇すると思う」

「それを聞いてなんだか嬉しいです。薫様と同じなんですもん」



 アリシアは、素敵な笑顔でこちらを見てくる。

 可愛いなこんちくしょう。

 アリシアに魔力コントロールも教えなければならない。

 問題が山積みになっていく。

 だが、楽しみも増えた。

 アリシアの夢である最高の治療師になるという事も夢ではない。

 薫は、アリシアをもう一度抱きしめ言うのであった。



「その……後悔してへんか?」

「全然です。最初は、何が起きたか分からず怖かったですが。薫様の魔力とわかったら愛おしくなりました」

「ほんま可愛いこと言ってくれるやないか」

「えへへ、なでなで気持ちいですよ~。も、もっとしてもいいんですよ~」



 薫は、アリシアを撫で回すのであった。

 恥ずかしさを悟られないためである。

 アリシアは、それに気付きここぞとばかりに弄るのであるが、返り討ちにあう。

 薫の秘技くすぐり地獄でアリシアは、完全敗北するのであった。


見た頂いた方感想まで書居ていただきありがとうございます。

Twitterでもメッセージ有難うございまス。

全て見させてもらっております。

なんとか間に合いました。

そして、なんやかんやで1万文字超えが普通になりつつあります。

書きたい事が多すぎて、ついつい書いてしまうと大変な文字数に。

では、次回も一週間以内に投稿できるように頑張ります。

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