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カオルの弱点?

 まだ、夕方の治療時間まで時間はあったが、薫とアリシアは治療院へと戻った。

 二人は、椅子に座り話をする。



「先程の病気を調べるのですか?」

「ああ、今のところ、村の皆に症状は出てへんのんや。やから予防対策として、薬を作った方がええかなと思っとる」

「成る程です。薫様、今回の病気は亜人のみ罹ると仰いましたが、なぜ人間には罹らないのですか?」



 アリシアは、自身の疑問について聞いてきた。

 これを答えるのは少し難しい。

 何故なら、未だにわからない点があるからだ。



「うーん、説明して分かるならええんやけど。それ教えるんに、基礎がないと理解できんと思うんや」

「基礎ですか……」

「一つの疑問に答えようとすると、新たな疑問が生まれえるんや。知識が無いとなぁ。って言っても医学や生物学なんて、一から教えよう思うたら莫大な時間がかかるしなぁ」

「そ、そんなに掛かるんですか?」

「まず、さっき言った何故罹らない人と罹る人が出てくるかや。免疫力、生化学、ストレス・レベル、遺伝学、身体構造とかで説明していく。この時点で、アリシアは訳分からへんやろ?」

「は、はい……」

「そんで、それらを使っても説明できん部分がまだあるんや」

「そんなに勉学をしてもまだ分からないのですか?!」

「分かってる部分と分からん部分があんねん。まぁ、この先いっても説明できん事もある。突然変異してまうと、今まで無害だったものも人に感染したりもするからなぁ」

「薫様、凄すぎます」

「習ったからこうペラペラ喋れんねん。知らんかったら言えんしな」



 アリシアは、目を輝かせながら薫を見るのであった。

 勉学を励めば幾らでも知識は身につく。

 だが、それをちゃんと理解し、使いこなせるのかが重要なのだ。

 解決策を提案でき、予防をする。

 発症してしまったら、それを完治させる技量もいる。

 知識だけ豊富にあっても意味が無い。

 それは、ただの情報でしかないのだから。



「私も薫様の言う医学を勉強したいです」

「え?」

「な、なんでそんなキョトンとした目で見るんですか!」

「あー、うん。まぁ、そのなんだ。一から全部ってこやんな?」

「はい、頑張ります。私、暗記には自信あるんです」



 満面の笑みで言われると流石に薫も断れないが、小学校から医大までの勉強をこれからするという事だ。

 基礎が、どのくらいあるかすらもわからないこの状況、かなりヤバイ。

 諦めてくれないかなぁなどと心の中で思うのである。

 回復魔法とは、訳が違うのだからそう思うのも当然かと思う。



「アリシア、言うとくけど相当な年数掛かるぞ」

「え? 年単位なんですか? と言ってもさ、三、四年ですかね?」

「いや、言葉を間違えたわ。十年以上や」

「……ふぇ?」



 目が点になり、お口がペケになってしまったアリシア。

 カッチンコッチンに固まり、ピクリとも動かない。

 現実を突きつけてみたが、簡単に使えるような知識ではない。

 嘘をついて、後々ショックを受けるよりは、良いかと思い言ったのだ。



「だ、大丈夫です。か、薫様、一応お母様のスキルの劣化版ですけど『記憶の図書館メモリアルライブラリ』があるので……」

「なんやそれ?」

「一度記憶した事や読んだ本などの知識をスキルに閉じ込めて、私の知識にする能力です。覚えられない細かいところまで記憶出来ます」

「また便利なスキルやなぁ」

「お母様とは違って、制限があるんですけどね。私には」

「制限?」

「はい。ちゃんとその本や知識を読む聞くなどして得た物限定。スキル使用時にしか、その知識は記憶されないんです」

「成る程。スキルを使いっぱなしになるんか」

「はい。簡単に言うとMPが切れて終了になります」

「サラさんはその制限ないんか……また恐ろしい能力やな」

「言った言ってないの口論は通用しないんです。全て記憶してますから……」

「怖すぎやな……」



 薫は、サラの怖さがよくわかった。

 いい加減な事などは、これからは言うまいと思う。

 アリシアにもだ。



「まぁ、のんびりと行こうや。時間もあるし、MPもレベルが上がれば、ポンと伸びるやろ」

「はい。先ずは、出来る事からですよね」



 そう言うとアリシアは、元気を取り戻した。

 いつも通りの笑顔になるのである。

 しかし、薫はもしかしたらいけるかもなどと思うのであった。

 完全記憶能力これは、素晴らしい能力だと思ったのだ。

 人間の記憶のキャパシティーには限界がある。

 全てを記憶するなど無理なのだ。

 そう、事細かく細部まで、全てを覚えることはできない。

 だが、アリシアの『記憶の図書館メモリアルライブラリ』は、それを可能にする。

 薫は、少し楽しみが増えたなと思うのであった。

 そんな事を考えているとちょうど夕方の治療時間になる。

 薫とアリシアは、現在ローテーションで迷宮に入っている。探求者の治療をするのであった。



「終わりました〜」

「ほい、お疲れさん」



 そう言って薫は、机に突っ伏しているアリシアのほっぺに、ジュースの入ったグラスをくっ付ける。

 ひんやりと冷たく、「きゅ〜」っと言いながらアリシアの引き締まってた表情が和らぐ。

 葡萄に似た果物。

 名前は、エスカと言うらしい。

 そのエスカを絞った果汁100%のジュースだ。

 前の日に絞り、魔氷庫で冷やしていた。

 魔氷庫は、簡単に言えば冷蔵庫だ。

 素材は木板と鉄で作られている。

 50cmくらいの大きさだった。

 中に氷魔法の術式の書かれた魔性石が設置されている。

 この魔性石に、ある程度魔力を入れておくと冷気を出し、中の物を冷やしてくれる。

 エスカは、普通の葡萄より遥かに甘かった。

 普通の葡萄の糖度は、13〜14といった感じだが、このエスカは20を超えている。

 そして、疲労小回復とMP小回復の効果もあった。

 アリシアは、エスカをゆっくりと飲んでいく。



「甘いです。とても甘いのですよ薫様」



 緩んだ顏で、そう言うアリシア。

 机にぐにゃりと張り付いてしまい動こうとしない。

 治療初日なだけに、無駄に緊張してしまっていたのだろう。

 薫もエスカを飲み味わう。

 甘みが強いが、喉に絡みつくといった甘みではなく。さっぱりとした甘さ。

 飲みやすいというのが薫の感想だった。

 辺りも暗くなり二人は、居住スペースに移動し、昼間の続きを開始する。

 部屋に小さな魔性石の入ったランプがあり、それに魔力を流し、明かりをつける。

 蛍光灯などのように辺りが、パーっと明るくなるわけではなく。

 ほんのりと明るくなるくらいだ。

 普通に顔も文字も認識出来る明るさ。

 薫は、椅子に座り真ん中のテーブルにランプを置く。

 そして、アリシアも座る。



「薫様、この病気なんですが。死に至る病気なのでしょうか」

「うーん、薬無しの自身の免疫のみと言われると致死率は5、60%ってところやな」

「え!!? そんなの罹ったら死んじゃうじゃないですか」

「あくまで、何もしないでの話や。一応、回復魔法とかあるやろ? それ使うても良くて40%ってところやろ。これは、自身で試したわけやないからなんとも言えん」

「今までよく亜人の方たち生きてますよね」

「俺の言ってるのはあくまでも仮説や。亜人は、人間と違って基礎体力も全然異なる。俺が言ったのは、人間ベースでの話って事や」

「人に移ったら大変な事になりそうです」

「現に、何度もそんな突然変異した病気で、大変な事になった歴史があるからなぁ」

「あ、あるんですか!? あれ? でもそんな話は聞いた事無いですよ??」

「そらそうやろうなぁ」



 頭の上にクエッションマークを大量につけているアリシア。

 薫は、ちょっと苦笑いになる。

 異世界ではないが元いた世界では、感染病で最も死者を出した病気がある。

 病名は黒死病(ペスト)だ。

 14世紀の世界人口内で約8500万人の死者を出した。

 第一次世界大戦の死者すらも上回る。

 1日5000人もの人が亡くなったとも言われる。

 最悪の病気だ。

 今回発見した病気は、これとは違うが、見過ごすと後々大変な事になる。

 まだ9月で気温も暖かい。

 夏場に発生する感染症も色々ある。

 死にはしないが、合併症が怖いのだ。

 感染性胃腸炎の類に入る今回の病気。

 パイン菌一つでは、そこまでの脅威ではないが、症状に脱水症状や電解質変異などが書かれていた。

 これらの症状で、合併症が起こる。

 人間と違い、亜人は電解質が異なる部分がある。

 人の体の約60%は水分で、この水分は細胞内液や血漿などの体液として存在している。

 体液はさらに、水に溶けて電気を通すミネラルイオンである電解質(ナトリウムイオンや塩素イオンなど)と、水に溶けるが電気を通さない非電解質(ブドウ糖など)と区別される。

 それぞれの電解質は、バランスをとりながら人間が生きていくうえで、重要な役割を果たしている。

 どのような事をしているのか、一つずつあげると、体の水分調整をする【ナトリウム】、筋肉や神経に影響を与える【カリウム】、骨や歯の形成や神経刺激の伝達、血液凝固に働きかける【カルシウム】、体内の酸素を供給する働きのある【クロール】がある。

 基本的に病気になるとこのバランスが崩れることがある。

 電解質イオンは、滅多に崩れる事はないが一度でも崩れてしまうと生命も危険な状態になる。

 そして、重い病気を発症する。



 人間の電解質イオンの基準値は、

 ・ナトリウム 、135〜150mEq/l

 ・カリウム、3.5〜5.0mEq/l

 ・カルシウム、9〜11mEq/l

 ・クロール、95〜108mEq/l

 とされている。

 簡単に言うとmEq/lは、1L内の濃度を表している。

 mは、1000分の1。

 Eqは、当量を表す。

 当量は、数で計った単位。

 例とするならよく使う重さの単位で、卵1kgなどがある。

 当量で同じ重さを表すと、卵20個と表している。

 そして、電解質はナトリウムやカリウムによって、その粒子の数で挙動するので、重さより量で表す。



 薫の会った亜人は、【ナトリウム】のみ人間より少し低く、後は殆どが人間より少し多いのだ。

 感染性胃腸炎は、脱水症状などになる。

 そうすると、体内の水分量が減り、【ナトリウム】が低値になる。

 これによって、急性腎不全、急性腎炎、心不全などの重い病気を合併して、引き起こす可能性がある。

 なので【ナトリウム】が低い水域の亜人が少し心配になるのだ。

 薫は、アリシアにパイン菌のくだりだけ話してみたが、ほぇーと言いながら面白い顔になっていた。



「まだわからんよなぁ」

「だ、大丈夫です。分かりませんでしたけど、記憶しましたから!」

「勉強熱心やな。ほんまに」

「そ、それでなんですけどね……」



 そう言って、アリシアは薫のすぐ側まで近づき疑問点を投げかけてくる。

 疑問を投げかけてくれるのは良いことだ。

 良い事なのだが……。

 近いのだ。

 ものすごく近いのだ。

 アリシアは、気付いてないのか、それとも狙っているのか分からないが、当たっているのだ。

 そう、柔らかく温かいアリシアの胸が腕に当たっているのだ。

 説明を一旦区切ったせいで、薫は仕事モードを解いていた。

 不意打ちのこの行動に、若干焦るのである。

 アリシアを連れて行く事になってから、薫は少しずつ変わってきていた。

 特別な人として意識したせいもある。

 どんな事があっても離れないという確証のないものだが、アリシアと居て安心できるのだ。

 そして、薫は素に戻るとアリシアに少し弱くなっていた。



「あ、アリシア……ちょっと近くないか?」

「え? そうですか?」



 薫は、アリシアの方を向きそう言うと、真剣な表情のアリシアと向かい合う形になってしまった。

 目が合い、互いの呼吸が聞こえる。

 近い、近過ぎる。

 少し、進めば唇が重なる。

 そんな絶妙な距離であった。



「……あっ」



 その瞬間、アリシアは下から仮装大賞の得点が上がるかのように真っ赤になっていく。

 まぁ、見事に満点であった。

 そして、そっと目を瞑り薫に委ねてくる。

 ほんのりとランプに照らされるアリシアは綺麗だった。

 少し震えながら、勇気を出した感じがまた可愛らしく見える。

 薫は、アリシアの頬に手を当て、そっと唇を重ねる。

 触れた瞬間、ピクッと反応する。

 アリシアの震えが治った。

 薫は、舌で軽くノックをするとぎこちない感じで、それに答えるアリシア。

 なんとも愛らしい。

 アリシアの舌は、仄かにエスカの甘みを感じる。

 そしてそっと離れる。



「……薫様」



 熱っぽく、目はトロンとし、薫を見つめる。

 そんなアリシアの頭を軽く撫でる。

 喉を鳴らす猫のように気持ちよさそうにしているのだ。

 アリシアの表情一つ一つにドキドキしてしまうのだ。



「お、お腹空いたやろ? 飯にしよう」

「……は、はい」



 アリシアは、キョトンとする。

 薫は、なんとかこの空気を散らしに入る。

 このままでは、行く所まで行ってしまいそうだからだ。

 旅の中で、このような空気に何度かなっていたが、薫はそれをうまく回避していた。

 薫は、いそいそと台所へ向かう。

 そんな薫の背中をアリシアは、見つめながら、



「私に……魅力がないのでしょうか……。薫様でしたら……私は」



 そう小さな声で言うのである。

 薫は、「なんか言いたか?」と言うと「いえ……何も」と返すだけなのであった。

 薫は、台所で調理を始める。



 顔を真っ赤にさせながらであった。

 そう、先程の言葉は、薫に届いていた。

 薫は、心の中で思うのであった。

 大切だからこそ手が出せない。

 魅力が無いなどそんな事はない。

 だが、手を出すと目に見えない何かが、壊れてしまいそうな気がして、薫は踏み込むのを躊躇ってしまった。

 一度壊れた心には、少し恐怖というものが植えつけられていた。

 変わってしまう怖さという鎖のような物が、体に掛けられているような気がした。

 昔は違ったのだがと思うのである。

 アリシアは、手伝う為にピンクのエプロンを身に付け薫の横に立つ。

 どよーんとし元気がない。

 そんなアリシアを見て、薫は調理の手を止めずに一度深呼吸し、アリシアの方を見ずに言う。



「その……もう少し待ってくれると有難いんやけど……それとアリシアは、魅力的やから心配せんでええから」

「ふぇ!!!?」



 アリシアは、びっくりし薫の方を見る。

 ぼふんとまたも真っ赤になる本日何度目だろうか。

 アリシアは、薫の方を見ると薫も真っ赤であった。

 薫の表情をジッと見ながらアリシアは、最高の笑顔で「はい……待っています」と言うのであった。

 その後は、和気藹々と二人で調理をしていく。

 他愛のない話をしながら、下拵えをしていた魚を油に入れ揚げる。



「薫様にも弱点があったのですね」

「どういう意味や?」

「そ、そのあのような空気になったら逃げ出しちゃうって事です」

「ほほーう、なんや? ちょっと楽しそうな顔して俺を揶揄うんか?」

「そ、そんな顔してませんよぉ〜。そ、それにいつも薫様は、私を揶揄って楽しんでるじゃないですか」



 アリシアは、ここぞとばかりに攻撃するのである。

 凄く良い顔をしている。

 ちょっと憎たらしい。

 お仕置きが必要なのではないかと思う。



「アリシア、やろうと思えばできるんやぞ? ただ、気持ちの整理が付いてないから、敢えて手出してないだけって事を理解せんとあかんのんやないか」

「ど、どうでしょう。では今ここで試してみれば分かりますよ」



 いつもとは違い少し強気なアリシア。

 ほんの少しの期待もあるのではないかと思う。



「ハァ……ほい、完敗や」



 薫は、あっさりと降参する。

 そんな薫の姿を見て楽しげなアリシア。



「出会った当時やったら。こんな考えたりせえへんのんやけどなぁ。克服したら絶対ひいひい言わしたる」

「え?」

「まあ、ええか。時間が解決するか。自分でなんとかするか。あ、あと、アリシアは今日のデザート抜きな」

「えー! 酷いです。薫様あんまりですよ。ものすごく意地悪な顔してます。昨日の夜から楽しみにしてたのに」



 タダでは起きない薫なのである。

 今日のデザートは、エスカの果肉たっぷりのミルクゼリーなのだ。

 濃厚ミルクをたっぷり入れ、食材の甘さだけでも十分満足できる一品。

 まさか薫を弄る事で、このような仕打ちを受けるとは思わなかったアリシア。

 涙目になりながら懇願する。



「そう言えば……朝見た時に、試食用のゼリーが無くなっとったような……アリシア知らんか?」



 そう言いながらアリシアを見る。

 大量の汗を流しながら激しく動揺する。

 アリシアは、目線をそらし、吹けない口笛を吹くのである。

 分かり易すぎる。

 顔に出るとか以前の問題だ。

 隠し事が出来ない。

 よく旅に一緒に行く事を隠し通せたなと思うのである。

 そんな事を思いながら、薫はもう一言付け加える。



「そうか……残念や。正直に言うたら許そうと思うとったのに。残念やなぁ。アリシアは、こんなに悪い子やったんか」



 そう言ってチラリとアリシアを見る。

 アリシアは、ほろほろと涙を流しながら薫の袖を軽くつまみ。



「ご、ごめんなさいです。朝固まってるかを確認したら、あまりにも美味しそうでその……。食べてしまいました」

「まぁ知ってたし、試食してもらって、感想聞きたかったから食べてもよかったんやけど」

「ごめんなさい……」

「で? 一口食べたら止まらなくなったと」

「あ、あの蕩けるような食感がいけないんです。始めはぷるんとして、口の中で蕩けるんです。そして、あの果肉の食感がまた絶妙なんですよ。女心を鷲掴みし、誘惑してくるのです。薫様の料理の腕前にビックリですよ」



 かなりの力説を聞くに、アリシアは大満足だったようだ。

 それを聞いて、薫も先ほどまでの意地悪な表情ではなく。

 笑顔に変わり、食後が楽しみになるのである。

 アリシアの舌を唸らせる味なのだ。

 貴族として育ったアリシアの食生活は、かなりよかったはずだ。

 薫もあの家で食事を毎日とっていた。

 レベルは、太鼓判をおせる。

 料理は完成し、テーブルに置いていく。

 二人は椅子に座り、食事を始める。



「お魚の揚げ物がサクサクで美味しいです」

「うん。悪くないな。これなら色々と他の料理に代用が利くし」

「でも、一番美味しいのはこのソースです」

「まだ、完成ではないんや。タルタルソース風なんやけど、本物より味より薄いんや」

「それでも、この揚げ物との相性は最高です」



 アリシアは、ナイフとフォークで綺麗に切り分けソースを絡ませ口に運ぶ。

 とても幸せそうな顔で言うのである。

 見てるこちらまで気持ちの良い表情だ。

 他の料理にも手を出していく。

 山菜のおひたしにガーリックトースト、卵綴じのスープである。

 今日採れた物を使い作り上げていた。

 しかし、殆どが異世界産なだけに、食感と味の違和感はある。

 薫は、それを考慮し調理を行っていた。

 そして、それを手伝うアリシアも腕前を上げていたのだ。

 要領の良いなと思うのであった。

 メインの食事をあらかた済ませたので、薫はお茶を入れる。

 わくわくのデザートだ。

 薫は、ゼリーを器に取り分けて、その上にエスカのジャムソースを垂らす。

 最後にハーブを添えて出来上がり。

 見栄えはいいなと思いながらテーブルに持っていく。



「うわぁ、綺麗です」

「見栄えも大事やからな。ちょっとだけ小洒落た感じやろ?」

「な、なんか食べるのがもったいないです」

「そこまで言ってくれると作り甲斐があるな」



 目をキラキラさせ、エスカのゼリーに釘付けになるアリシア。

 スプーンですくい、口に運ぶ。



「お、美味しすぎます。このジャムソースがまたさらに味を引き立ててます」

「お! これはなかなか美味いな。脳の疲れが、飛んでくみたいや」

「毎日食べても良いくらいですよ」



 二人は、エスカのゼリーをゆっくりと味わうのであった。



「そう言えば、薫様も甘いもの好きなんですね」

「好きと言えば好きやな。仕事する際、脳をよく使うから甘い物で、栄養入れんと回らん事なるし」

「そんな作用があったのですね」

「勉強熱心やな。あまりこん詰めないようにな」

「はい」



 薫はそう言うと、魔氷庫からお酒とエスカジュース、それとグラスを2つ取り出す。

 お酒は蒸留酒だ。

 商人から買い付けてもらったのだ。

 名前は、ライフと言う。

 アルコール度数は35度。

 原料は麦などであった。

 日本などだとスピリッツなどに分類される。

 そのまま飲んでもよし、カクテルのように何かと割って飲むのも良い。

 薫は、テーブルに着き作っていく。



「薫様、晩酌付き合いますよ」

「アリシアもちょっと楽しみなんやろ? エスカで割って飲んでみるの」

「えへへ。その、どのような味になるのか楽しみだったんです」



 薫は、ライフとエスカを2:1で割る。

 これは、薫が飲む比率だ。

 どのくらいが丁度いいかの試しで作る。

 アリシアの分は、逆にライフとエスカを1:2で割る。

 余りお酒の方を強くしすぎると、飲み難いかなと思っての配慮だ。

 混ぜ棒で混ぜて、小さなグラスをアリシアに渡す。

 互いに手に持ち「乾杯」と言いながらグラスを合わせる。

 一口飲んでみると飲みやすい。



「これええな。ジュースの時より、こっちの方が好きかもしれんわ」

「甘くて飲みやすいです。ちょっとポカポカしますね」

「まぁ、度数は意外と高いからな」



 薫は笑いながらそう言う。

 チビチビとアリシアは飲んでいく。

 白い肌をほんのり赤くして、こちらを笑顔で見てくる。

 妖艶と言ってもいいような不思議な雰囲気を醸し出す。

 本人は、気付いているのだろうかと思いながら薫も笑顔で返す。



「明日は、どんな予定なのですか?」

「アリシアのレベルを上げるために、迷宮にでも潜ってみるかと思っとる」

「わ、私頑張ります」

「いや流石に今のままで潜ったら、アリシアが死んでしまう可能性が高いから、パーティ特性を使おうと思う」

「そ、そうですよね。足手まといですし」



 ちょっと、しょんぼりした様子のアリシアの頭を、くしゃくしゃと撫でる。

 パーティ特性とは、パーティ編成に登録していれば、経験値が入るのだ。迷宮に潜らなくてもレベルアップができる。

 メリットもあるが、デメリットもある。

 メリットは、先ほど言ったように迷宮に潜らなくても経験値が入る。

 経験値の分配は、均等に配分される。

 これは、中々迷宮に入れない人がよく使う術だ。

 レベルは、新たな特技や魔法などに直結する事が殆どである。

 一部例外もあるが、殆どがそうなのだ。

 デメリットは、技術面での経験不足だ。

 一度も迷宮に入らずにレベルを上げていると、戦闘経験のないままの高レベルになる。

 そのような状態で、迷宮の下層に行っていると死を招く事が殆どなのだそうだ。

 いざ自分で迷宮に潜った時、モンスターの特性や行動パターンが分からず、そのまま死んでしまったりする。

 ゴリ押しで攻略など出来るものではないという事だ。

 だから、必ず戦闘訓練をし、ちゃんと自らの足で進まなければならない。



「レベルが上がれば一緒に行けるやろ? 迷宮の最低ラインまでは、我慢してくれると嬉しいんやけど」

「はい、分かりました」



 少ししょぼくれているが、薫の言ってる事は尤もなのでそれに従う。

 今のアリシアなら、すぐにレベルも上がるだろうと思う。

 何故なら、アリシアのレベルは5だからだ。

 次の必要経験値まで、そう遠くない。

 ここの探求者曰く、最低でもレベル10は欲しいと言われた。

 一階層の敵が、意外と強いのだそうだ。

 出てくるモンスターは、サハギンとブラウニーウルフが湧く。

 サハギンは硬い鱗があり防御力が高い。

 ブラウニーウルフは鋭い牙と脚力がある。

 攻撃力と素早さが高い。

 同時に出てこられると初心者には厳しい。

 なので、攻撃を受けても大丈夫なレベルが10と言われている。

 薫は、元のステータスが高過ぎるので問題ないが、アリシアは違う。

 昔、カインが病気のアリシアのレベルを少し上げたが、病気には関係なかったので、これ以上上げなかったらしい。



「では、私はどうしましょうか……」

「食材確保とこれを読んで、勉強ってのはどうやろ?」



薫は、リースから貰った過去の病気の資料を渡した。

キョトンとした顔でこちらを見てくる。



「薫様、私はこれを一度読んでますけど」

「まぁまぁ、中よう見てみ」



 頭の上に、クエッションマークを出しつつ、アリシアはページをめくる。

 するとそこには、分かる範囲で薫が病気の名前と、どのような症状か対処の仕方などを書き足していた。

 不治の病の一覧は、4割程埋まっていた。

 あまりにも大雑把な書き方の病気は、一つに絞り込めなかったので、薫は書かなかったのだ。



「薫様これって」

「絞り込めた範囲で書いとる。まぁ、俺も昼には帰るから、それまでの勉強としてやるとええんやないか」

「はい、頑張って覚えます」



 楽しげにアリシアは、本を抱えるのであった。

 そして、その後はアリシアの体の具合を見る。

 もう殆ど大丈夫なのだが、週に一回の定期検診だ。

 アリシアは、ベッドに横になり待つ。

 薫は、アリシアの胸に手を翳し『診断』を唱える。

 心臓は、完全に定着し元気に鼓動を打っている。



「なんも心配あらへんな」

「これも薫様のおかげです」



 ニコニコしながらそう言うアリシア。

 可愛いなこんちくしょう。



「明日のために早く寝るかな」

「そうですね。寝ましょう」



 そう言うと二人はパジャマに着替える。

 アリシアは、相変わらずのピンクラビィパジャマである。

 どんだけ好きなんだよ。

 二人はベッドに入る。

 アリシアは、少しすると寝息を立てていた。

 歩き回って疲れていたのだろう。

 薫は、アリシアが寝たのを確認し、ベッドから出る。

 そのまま机に向かい、ランプに小さな明かりを灯す。

 今日、調べたもの時に気になった事を箇条書きにしておく。

 そして、回復魔法の魔道書の作成だ。

 作るのにそんなに時間はかからないが、理解出来るように一手間も二手間もしているのだ。

 薫は、その作業を一時間程してから寝床についた。

 薫は、アリシアの成長も楽しみにしていた。

 教えれば教えるほどスポンジのように吸収する。

 どこまで伸びるか楽しみなのだ。

 そんな事を考えながら薫も眠りにつくのであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 まだ闇が濃い中で、広い部屋で小さなランプを片手に、報告書を見つめる者がいた。

 机の上に大量の紙が積み上げられている。



「どこにも痕跡がないか……」



 資料をぐしゃりと握り締める。

 真っ赤な赤髮をかき上げ溜息を吐く。

 神官服のまま作業をしていた。



「す、すみません。グランパレスを出たのかすら分からない状況です」

「出るのも入るのも確認があるはずですが……あの人数です。確認漏れがあるのも不思議ではない」



 グランパレスは、1日に1万人以上の人の出入りがある。

 全てを確認すると途方の無い時間と人材がかかる。

 出入りの時に、代表のような者を立てたりして、ひとまとめに確認したりもする。

 薫がグランパレスに入った時は、イルガが代表で確認されて通っているのだ。

 そして、出て行った時は名前を変えているので、見つかるはずがないのである。



「治療師ギルドの方はどうでした?」

「と、登録記録はありませんでした」

「そうですか……」



 顎に手を当て考えるダニエラ。

 相手も馬鹿ではないようだと思い唇を噛む。

 それか誰かが、裏で工作をしているのかとも考える。



「一応、オルビス様に面会して、聞いてきたことの報告だけします。殆ど、新たな情報は無いに等しいですが」

「ああ、頼むよ」



 部下は、薫の外見などを話した。

 殆ど意味の無い情報だ。

 すでに知っている情報と同じなのだから。



「隠しているというわけではなさそう……よね」

「はい。本当にエクリクスの使者だと思ってるみたいでした。なので、そのように振舞っておきました」

「そうですか……。何か、アクションを起こしてくれれば、足がつくのですが。こればかりは、待つしかないし」

「他のギルドに依頼というのは」

「それは駄目だ。それがオルビスの耳に入ってしまえば、こちらがまた株を落とす羽目になる。はぁ、あの老害共。私に全てを押し付けて、自分達は関係無いと言わんばかりの顔だし」

「……」

「下がっていいよ。ギルドには、引き続き網を張っておいて。それと私のワイバーンも使っても構わないから。情報が入れば、即座に動けるようにしておいて」

「分かりました」



 そう言うと部下は、ダニエラの部屋を後にした。

 ダニエラは、机に突っ伏した拍子に机の上の資料が床に散らばる。

 起き上がり、片付け直すのも面倒になり、そのままの体勢で目を瞑るのであった。

 十賢人の中で、一番若い為このような仕事をしなければならない。

 他の者にさせ、万が一外に漏れたら大変な事になるからだ。

 他の十賢人達は、私欲のために他の事で動き回っている。

 金や地位など己の全ての欲望を満たすためだけにだ。

 突っ伏したまま、色々と考えてしまう。

 薫の能力だ。

 今のところ、他の十賢人達はそれほど薫に興味を持っていない。

 ダニエラは、早く見つけ出しなんとか自身の下につかせれば、十賢人の中で最も高い権力を手に出来ると思っていた。

 今使える最高の駒を使うか、迷いながらダニエラは眠りにつくのであった。


総合pvが130万突破してました。

嬉しいですね。

感想で良かったなど有難うございます。

誤字指摘ありがとうございます。

この調子で、のんびりと書いていけたらいいですね。

次回も一週間以内に投稿目指して頑張りまう。

Twitter等でまた報告などしますので宜しければ登録してやって下さい。


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