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島でのんびりと……

 澄み渡る空。

 見渡す限りの海。

 水は透き通り、太陽の光をキラキラと反射している。

 波の音が耳に心地よく響く。

 そんな中のんびりと時間が過ぎる。

 薫は、釣りをしていた。

 タバコをくわえて、当たりをのんびりと待っていた。



「今日は、少し多めに釣れればええんやけどなぁ」



 そんな事を言っていると森の方から薫を呼ぶ声が聞こえた。



「薫様。お弁当ですよ〜」



 可愛らしい若草色のワンピースを着て、小さなバスケットを持ち此方にやってくる。

 まだ、様が付いているのは中々、アリシアが慣れないからだ。

 薫は、携帯灰皿でタバコを消しアリシアを迎える。

 ちょこんと薫の横に座り、バスケットを差し出す。



「村長さんから今日は、新鮮な卵を頂きましたので、スクランブルエッグとハムをパンで挟んでみました」

「いつもすまないねぇ」

「な、何言ってるんですか薫様。何時も、薫様が作ってるじゃないですか!」

「揶揄っただけや」

「ひ、酷いですよー」



 二人は笑いながら言うのであった。

 そうしているとアリシアは、思い出したかのように言う。

 薫は、バスケットからパンを出し、頬張っていた。



「村長さんが、お昼過ぎに治療院を開けて欲しいと仰ってました」

「わかった。それまでは、のんびりとしとけるんやな」

「はい。なので、私も少しのんびりさせて貰いますね」



 日差しが心地良い。

 眠気が誘う。

 少しするとアリシアは、薫の肩にもたれるようにし、寝息を立てていた。

 疲れてたのか、この陽気な気候にやられたのかなと思いながら、竿の先をぼやっと見ながら思うのであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 薫達は、グランパレスを出て、二週間程南下して行った。

 そうすると道が開けて海が見えた。

 二人は盛大に「おお!」と良い反応をした。

 180度、見渡す限りの海。

 壮大なパノラマが広がる。

 薫は、海を見たことはあるが、ここまで澄みきった濁りのない海を見るのは、初めてだった。

 砂浜は白く、日差しを照り返していた。

 人っ子一人居ないこの場所は、言うならばプライベートビーチと言った感じであろうか。

 二人は、壮大な景色を堪能しながら、馬車を走らせた。

 それから小一時間程、馬車を走らせると目の前の木の下で、頭に角の生えた男が頭を抱えていた。

 薫は気になり、話を掛けてみた。



「どうかしたんか? 体調悪いんか?」

「これはすいません。心配して頂き。大丈夫ですよ。ただ、途方にくれてただけなので」

「すごく顔色が悪いです。病気でしょうか……」



 アリシアは、心配な顔で言う。



「お嬢さん、有難うございます。でも大丈夫。大丈夫でぇ……あふん」



 やつれた顔で返してきたので薫は、後頭部にチョップをかます。

 こういう奴に限って、後々面倒な病気に罹り、周りが迷惑する事が多いいのだ。



「大丈夫やなさそうやから言ってんねん。じゃなきゃ、声かけへんよ」

「……」



 薫の言葉に黙るツノ付きの男。

 溜息を吐き薫は、固有スキルの『診断』を使う。

 結果は過労であった。

 このまま放置して、過労死されても困るので、薫は回復魔法の『体力中回復エイルヒール』を使い、疲労を回復させた。



「あ、貴方は、治療師の方ですか!!? そ、それに一瞬で疲れが吹っ飛びましたよ??!」

「ん? 治療師なんて珍しくも無いやろ?」

「つ、つかぬ事を伺いますが……現在は、何処かで雇われたりなどは……」

「一応、冒険者で何処にも雇われてないで」

「そ、そんなお力があって……や、雇われて無い!!? お、お話だけでも良いので聞いてもらえませんか?」



 その男は、ビスタ島と呼ばれる所で、村長をしていると言う。

 名前は、ダルク・レイデットと言う。

 シーカーシープ族と呼ばれる亜人だ。

 三十代後半で腰が低い。

 一応、貴族だそうだ。

 髪型は、短髪である。

 頭に羊のようなツノが生えていた。

 服装は、動きやすい格好を重視したのか、至ってシンプルなシャツにスーツのズボンのような物を履いていた。

 全体的な印象は、営業のサラリーマンといった感じに見えた。

 それも、かなりブラックな企業に勤めているような、くたびれた感じがした。

 彼曰く、ビスタ島に迷宮が発生した為、ダルクがそこの村長として派遣された。

 商人と探求者それと治療師を集める為、隣町のフェルドという街に依頼書などを渡しに行った。

 しかし、探求者と商人は何とか確保できたが、治療師が集められなかった。

 治療師ギルドには、一応申請書を出したが、いつになるかわからないという。

 迷宮がある所に治療院が無ければ、安心して探求者は、迷宮に潜れないのだ。

 それをちゃんと確保し、街を運営するのが村長の仕事なだけにダルクは、途方に暮れていた。

 最低でも施設は、宿泊施設と道具屋と治療院は必須なのだ。

 その他の施設は、後々入れて行けばいい。

 運営失敗は、貴族として最悪のレッテルを貼られる。

 成功すれば、富と名声が手に入る。

 そして、自分の代は安泰となる。

 名家とならば、失敗は許されない。

 だが、ダルクは冒険者から貴族へと上がった。

 未知の大陸を切り開いた功績でのものだった。

 今回の件は簡単に言えば、周りの貴族からの嫌がらせで、ビスタ島の村長を言い渡された。

 失敗し、貴族から追い出す為にである。

 薫は、事情を聞くと困ったなぁといった感じで、アリシアを見ると目を輝かせながら、ワクワクした様子で此方を見ていた。

 溜息を吐き、薫は治療師ギルドには入って無い事を話す。

 ギルドに入ってないという事は、信用が無いのと同じと思われる。

 だが、ダルクはぜひ来て下さいと言う。

 そして、薫とアリシアは身を隠せれば、どこでも良かったので、ビスタ島に行く事にした。

 ビスタ島は、島なのだが潮の満ち引きで、本土と島を繋ぐ道が現れる特殊な島なのだ。

 薫とアリシアは、それにもいたく感動し、はしゃいでいた。

 そして、薫達が島に来て三週間が過ぎ、今に至る。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ダルクに来てくれと言われた時間まで、のんびりと釣りを楽しんだ。

 成果は、石鯛のような魚3匹だ。

 手の平より大きく厚みがあった。

 薫は、アリシアを起こしビスタ村へと戻る。

 薫が帰って来ると、小さな治療院の前に五人程並んでいた。



「おーい。薫おせーぞ!」

「嫁さんといちゃつきやがって……羨まけしからん」

「いっぺん、締めなといけないんじゃないかなって思うんだ」

「そんな子よりも私と遊びましょうよ。大人の世界を教えてあげるわよ」

「私は、愛人でいいわよ。か・お・る」



 そんな声を上げる。

 顔馴染みにもなった探求者達が、ぎゃーぎゃー騒ぐのであった。

 これは毎度の事なので、薫も軽く流すだけなのである。

 この島に来た初日に薫は、彼らとトラブルを起こしていた。

 治療師ギルドに入って無いという事で、使い物にならない欠陥品などと言って来た事に対して、アリシアが怒ったのだ。

 薫は、別に良かったのだが、アリシアはそうではない。

 アリシアにとっては、許せない言葉なのだ。

 薫は、穏便に済めばいいなぁなどと思いながら、頑張るアリシアを見守っていた。

 何かあれば、直ぐに動けるように準備をしてだ。

 そして、やはり事が起きるのである。

 アリシアは、三人の探求者を相手に一歩も譲らず、言葉で勝っていた。

 探求者達は、言葉で勝てないと見るや、暴力をアリシアに向けた瞬間。

 探求者達は、凍りついた。

 薫の放つ威圧だ。

 ディアラからちゃんと教わり、日々鍛錬してきた。

 その甲斐あって、殆ど制御出来るようになった薫の魔力操作の威圧は、精度、威力、範囲が桁違いに上がっていた。

 身動きが取れなくなり、脂汗が大量に額から流れる。

 薫は、取り敢えずアリシアに危害を加えようとした奴だけ、威圧の威力を上げ意識を奪い去った。

 アリシアは、その場できょとんとしていたが、残った二人の探求者は薫の持つ魔力が、そこら辺で治療院をしている治療師などより、はるかに高い事を理解する。

 そこら辺は、馬鹿ではない。

 伊達に、探求者をやってるわけではないようだ。

 このような事があってから、この島に居る探求者及び、新たに来る者達も薫には逆らってはいけないと言う、暗黙の了解が出来上がった。



「ほんじゃあ、さっさと治すで。あ! それと今日から、アリシアも一緒に加わるからよろしゅうしたって」

「よ、よろしくお願いします。まだ、簡単な治療しか出来ませんが」



 そうアリシアが言った瞬間、男共は歓喜した。

 女性陣は、ブーイングするのである。

 余りの温度差にまた、面倒くさい事にならなければいいのだがと思う。

 男共は、今までの薫の治療方法に異議を唱えたかった。

 院内に入り、なぜ怪我をしたか? どのようなモンスターだったか、最近調子はどうかなどを聞き、それについて話しているうちに治療は完了していた。

 軽い世間話をして終わる時もある。

 薫の治療は一瞬過ぎて分からない。

 話をし終わると薫は、「はい、お疲れさんあんまり無理するなや」と言うのである。

 今まで、このような治療を受けて来なかった人からすれば、考えられない。

 薫は、世間話などを聞いている中で、『診断』を使い現在病気を発症してないかを調べていた。

 しかし、これまで使ってきたこの『診断』では、この先罹るであろう病気の未来まではわからなかった。

 なので、日常生活の見直しなども視野に入れ、薫は治療を行っていた。

 その人その人の生活習慣で、罹るであろう病気など、小さな兆候を見逃さない為でもある。

 未然に防げる事にこしたことはない。

 これは、魔法が万能ではないという風に思いながらの行動でもあった。

 此方の世界の患者からすれば、雑に扱われているように思えるらしい。

 集中し、時間のかかるのが普通なのだから薫のやってる治療は、規格外を通り越し、変人にまで登りつめていた。

 簡単に言うとありえないのだ。

 探求者達は、そのような事の出来る治療師など見たことが無かった。



「アリシアちゃんに治療して貰えるなんて最高じゃねーか!」

「本気で、嬉しすぎる。毎日怪我して通っちまうぜ!」

「わ、私はパスよ。薫の方がいいわ」

「わ、私も〜。傷残るの嫌だし」



 このように男共は喜ぶが、女性陣は敵意丸出しであった。

 女性陣は、アリシアをまだ認めてないといった感じのようだ。

 しかし、そう言っときながらアリシアをチラチラと気にしつつ見ている。

 薫は、女というのは面倒だと思うのであった

 男共は、嬉しそうに院内に入っていく。

 しかし、そう喜んだ二人は、薫が指差し「お前らは、俺が担当したるから安心しろや」の悪魔のような笑顔と一言で、意気消沈しながら崩れ落ちる。

 アリシアは、笑いながらその様子を見るのであった。

 だが、少し元気がない。

 先程、女性の探求者の言っていた事を気にしているのだろう。

 今は黙って、アリシアの事を見守る。

 先程、薫が指差した二人は、軽症ではなかった。

 怪我の重症度で、アリシアには回復が難しい者は、全て自分に回しているのだ。

 最近、薫がアリシアに回復魔法を教えた。

 最初は、『軽傷回復キュア』と『HP回復ヒール』を教えた。

 リースから、どの様に魔法の習得をするのかを聞いていたので、それに従い教えた。

 習得には、知識と魔力そして、相性が関係している。

 一部例外もあるという。

 初級回復魔法ならば、アリシアでも覚えられると思い薫は、教えたのだ。

 薫は、この二つの魔法に『解析』を掛け、構造や魔法式、どのようにして身体に作用するのかを全て、文章にした。

 いわゆる魔道書だ。

 アリシアが、分からないところを薫が捕捉していき覚えた。

 此処まで、丁寧な魔道書は、この世界に一つしかないだろう。

 殆どの魔道書が、魔法式も大雑把に書かれてある。

 あとは、感覚などと書かれているから習得には時間も掛かるし、自身で試行錯誤しなければならない。

 そして何より、適性が無ければ発動すらしない。

 気付くのが遅い場合、使った時間は帰ってこないと言った感じだ。



「では、治していきますので傷口を見せて下さい」

「大した怪我じゃないんだがこれだ」



 そう言って傷口をアリシアに見せる。

 爪で引っ掻かれたような少し深い傷があった。

 アリシアは、傷口に手を翳し、回復魔法を執行する。



「我、汝の癒しの力を求める。汝、我の力を喰らい傷を癒せ。回復魔法ーー『軽傷回復キュア』」



 ほんのり小さな青白い光が、アリシアの手から漏れる。

 傷口にその光が、吸い込まれていく。

 アリシアは、目を瞑り集中する。

 魔力量を一定にし、魔法式に乗せ魔力を流す。

 一分くらいで、探求者の傷口は綺麗に塞がった。

 しかし、ほんの少し傷跡が残ってしまった。

 アリシアは、少し申し訳なさそうな表情になる。



「おお、すげーじゃん。ちゃんと治ったぞ。おい! お前ら良いだろ。俺が、アリシアちゃんの患者一号だ!」

「クソ羨ましすぎる」

「取り敢えず、お前は夜道には気を付けろよ」



 などとはしゃぐのである。

 その姿にアリシアは、きょとんとする。

 薫は、くすりと笑う。



「どうしたんだ? きょとんとして」

「え、えっとその……傷跡が……」

「傷跡? こんなもん普通に残るのは当たり前じゃないの。あー、薫は規格外ってやつよ。さっき言ったのは、そ、そのあんたがちゃんと治療出来ないって思ってたから言っただけよ」

「お? デレか? お前じゃあ、全く魅力ねーよ。あと、薫のような変人と一緒にしちゃダメだ。根本からおかしいんだから」

「誰が変人やて?」

「何でもねーよ。お前が規格外って言っただけだ。普通は、傷跡が残っても不思議じゃねえし。傷も中級魔法、それも詠唱破棄で、跡形も無く消すのは、大したものと言っただけだ! だから怖い顔すんなよ」



 患者五名は、嫌な汗を掻きながら後退りする。

 ちょっと怯えていた。

 しかし、ここに来てこのように突っかかったりもするが、根は腐ってない。

 この村にいる奴らは、殆どがいい奴なのだ。



「ちゅう事や。やから気にせずどんどんやって行こう。アリシアは、少しずつ慣れればええよ」

「はい! 頑張ります」



 意気込むアリシアを見ながら薫は、アリシアの次の課題を考えるのであった。

 取り敢えず、回復魔法は習得した。

 あとは、魔力量が少ない。

 レベルアップが必要かなと思うのであった。

 薫が、そんな事を考えているとアリシアは、残りの患者の治療も終わった。

 全員の治療代を受け取り、一旦治療院は閉店となる。

 実に早い仕事である。



 今の時点で、探求者の数が少ない。

 これは、依頼として来てもらってる探求者の数を大体十人前後に規制しているためだ。

 まだ、村の整備も儘ならない状態だからだ。

 多勢の人達が、いきなり来ても治療や道具が間に合わず、パンクしてしまう。それにガイドさんも居なければ、途中階層までのショートカットも出来ないからだ。



「さて、お昼の仕事も終わった事やし。何して、夕方の治療時間まで過ごすかな」

「私は、もっと治療の勉強がしたいです」

「その前に食材の確保もせんとな」

「そ、そうでした」



 この島の村長であるダルクは、この島の景観が気に入り、伐採など、もともと居ついている動物などの狩りは、極力禁止している。

 建物も石や煉瓦などで、自然と一体化させた村にしていた。

 薫は、ダルクのような思想は好きなので、それに従っている。



「薫様、今日のご飯は何にするんですか?」

「そうやな……和食も食べたいんやけど。食材の味と見た目が一致せえへんしなぁ」

「そうですか?」



 この世界で、生活している人には普通だが、薫のように異世界から来た者は、違和感がでかい。

 今回釣った石鯛のような魚もそうだ。

 鯛は、白身魚だがこの世界のこの魚の身は、黒いのだ。

 見た目で少し、食欲を無くす。

 いざ食べてみると食感はパサパサで、刺身などでは食せないような代物。

 漬けなど一工夫して、水分を含ませれば何とかまともになる。

 薫は、この世界の食品の事をもっとよく知らなければならないなと思う。

 アリシアはというと、普通に美味しそうに食べている所を見るに、これが普通なのだと思う。

 最近は、肉付きも良くなって、健康的な身体になっていた。

 雪のように白い肌は、ほんのり日焼けしている。

 髪も少し伸び、出会った当時の弱々しい面影がほとんどない状態だ。

 何だろう可愛いじゃねーかこん畜生。



「一度、下拵えしてから出るか」

「手伝います。どのような料理になるか楽しみです」

「そうやなぁ……あんま期待せんでおいてくれた方が助かるかな」



 そう言いながら薫は院内の奥の居住スペースに行く。

 七畳くらいのスペースにベッドなどの家具が置かれている。

 典型的な、一人暮らし用の部屋に近い。

 風呂トイレも完備されている。

 台所に二人で立ち、釣ってきた魚を薫が捌き、アリシアがその切り身に小麦粉を付け、今日村長から貰った卵に通して、パンを粗く削りパン粉にした物を付けて下拵え終了。

 今日の晩御飯は、魚のフライだ。

 二人で作業すると作業効率が上がる。3匹しかいなかったが肉厚なので、お腹一杯にはなりそうだなと思うのであった。

 手を洗い、薫とアリシアはその他の食材を採りに行く。

 採れなかった場合は、探求者達が迷宮で手に入れた食材を商人が買い取り、この村に流通させてくれる。

 まぁ、殆どは大量に採れたからと言い格安で提供して貰える。

 薫も食材を商人に流すが、基本的にはあとは焼くだけや、揚げるだけにしたものを流す。

 意外と好評なのだ。

 ダンジョンのドロップは、上層部ではあまりいい食材は落ちない。

 下層に行けば行くほどレアな食材や素材などが出る。

 しかし、それも稀なのであまり期待はしていない。

 アイテムボックスにドロップ品を入れておけば、劣化しない。

 これのおかげで、皆安心して潜る事が出来る。



「準備できたか?」

「バッチリです」



 そういうアリシアは、若草色のワンピースに麦わら帽子、小ちゃなポーチを肩から下げて薫の前に立つ。

 完全にお散歩する気分である。

 武器などは持たなくても、この島には凶暴な動物はいない。

 稀に迷宮から湧いたモンスターがいるくらいだが、探求者達が潜っている間は、湧く事はない。

 それに、発生したての迷宮が湧かせられるモンスターは、最も弱いモンスターしか湧かない。

 その事から薫達は、軽装での行動が出来る。



「じゃあ、行くか」

「はい」



 そう言うと、治療院に鍵を閉め薫達は、森に向かう。

 途中、村の広場でダルクが肩を落としていた。



「あ、薫さんどうも」

「どうもって……どないしたんや。また一段と窶れとるで」

「し、心配になるレベルですよ薫様」

「いや〜、本当に大丈夫ですので。家内とちょっとあっただけなんでね」

「良き理解者って言っとったのにそれか……」

「良き理解者ですよ。今日なんて休めって言われたんですがね。そんな事をしてる場合じゃないんですよ」

「ダルクさん、俺からも言っとくわ。これ以上無茶するんやったら強制的に休んで貰うで」

「え、え? そ、そんなに悪く見えますかね? まだまだいけますよ」



 何やら、ヘンテコなポーズをしてアピールをするが、全くもって不安でしかない。



「脳が、麻痺っとるんちゃうか? 確かに、この村をどうにかせなあかんってのはわかる。でもな、あんたが倒れたら、誰がこの村見るねん。もうちょっと気持ち軽くして、柔軟に考える事をお勧めするわ」

「あははは。薫さんに叱られると、どうにも言い返せないですね。本当に十代なんですかと聴きたくなっちゃいますよ」

「まぁ、見た目以上に生きとる事もあるかもしれへんで? 冗談はさておき、ホンマにこれが最後の忠告や。次見つけたら強制な」

「き、肝に銘じておきますよ」



 参ったなぁといった感じで、ダルクは頭を掻く。

 前に一度、薫の忠告を聞かずに頑張ったせいで倒れていた。

 その時は、薫が回復魔法で処置し、大事には至らなかった。



「一応聞いとくけど……今日何しようとしてたんや?」

「隣街の治療師ギルドが駄目なら、もう一つ先の街まで行って頼もうかと」

「あー、うん。奥さんに怒られて当然や。寧ろ、もう縛り上げて、布団の中に放り込んで、放置でええとさえ言いそうや」



 その言葉に顔が引きつるダルク。

 アリシアも、その方が良いのではないかと思ってしまう。

 何度言っても聞かないダルクなだけに、それくらいしないと休まなさそうなのだ。



「子供もおるんやし、ゆっくりしときいや。治療師が見つかるまでは、俺が代理でおったるって言っとるんやから」

「ですが……報酬も少なくて……薫さんには迷わk……!!?」



 薫の目が、笑ってない事に気付き息を飲む。

 ダルクも数多くの場数を踏んできた。

 死にそうな場面だって幾らでもあった。

 しかし、今この場の空気はその場数とは、比べ物にならないものであった。



「俺が、いつそんな不満を口にした? 急がんで、ええ言うとるやろ」

「……」



 声を出す事すらままならず顔が引きつる。

 パンと手を軽く叩く薫。



「はい、ちゅうわけで。今日は家族サービスでもしたりいや」

「は、はぁ」



 ダルクは、間抜けな返事をしてしまう。

 薫は、いつも通りに戻っていた。



「まぁ、俺も今からアリシアと夕飯の収集やからな」

「一杯、美味しそうな物を取りますよぉ〜」

「い、良いですね。私も今日は、家でゆっくりするとしますか。家内に謝らないといけませんし……」

「それが賢明かもな」

「ですね……」



 ダルクはそちらでも少し憂鬱になる。

 そんなダルクを二人で笑うのであった。



 ダルクと会話をしている間、薫とアリシアを小さな酒場で酒を煽りながら見ていた男達は、口々に小さな声で話をしているのである。



「クソ、どうしたらあんな小ちゃくて、可愛らしい女の子を嫁にできるんだ」

「羨ましすぎるよなぁ。やっぱ金か! 金の力なのか!!?」

「顔だろやっぱ。クソ、イケメンに産んでくれなかった母親を恨みたい」

「それも新婚だろ? 夜は、お楽しみなんだろうなぁ。あんな幼気な少女を毎晩……けしからん。実に羨まけしからん」

「あれ? でも薫って治療師ギルドに入ってないよな?」

「訳ありだろ? よくある事じゃねーか。あそこのギルドは。でも、あの腕なら何処行っても最高の治療師だろ」

「一緒に迷宮潜ってくれたら楽かもな。治療費タダだぜ」

「いや……あいつの事だ。どうせ、死にかけようが、泣き叫ぼうが回復して戦えって言って、俺らをゾンビアタックさせそうだよな」

「やめろよ。そ、それ怖すぎるだろ」

「や、やりそうだからな……あいつ目がマジだもん。ドSだろあれ」



 といった具合だ。

 薫達に聞こえないから言いたい放題言っているのだ。

 むしろ、聞こえるように言っていたら、彼らは本当にゾンビアタックで、迷宮攻略させられるのである。

 魔力は、底無しにある。

 全員に、最上級回復魔法を掛け続けてのゾンビアタックなど、造作もなくこなすだろう。

 フリやろ? フリやねんな? 任せとけなどと言いながら、悪魔のような顔で実行する。



 ダルクと別れた薫達は、森に入り探索する。

 もう何度もこの道を歩いたか分からないくらいだ。

 それくらい馴染みのある道になっていた。



「太陽の光が心地良いです。お昼寝したくなりますね」

「そうやなぁ。このままやと俺、ダメ人間になりそうや」

「え!!? な、なんでですか」

「嘘や嘘。取り敢えず、今日は食材取ったら夕方の治療をして、後は自由時間や」

「びっくりさせないで下さいよ。あ、空いた時間は、その私の練習に付き合ってもらえますか?」

「ああ、ええで」



 薫が、了承すると大喜びのご様子。

 相変わらず、分かりやすくて助かるのである。

 辺りを探索しながら、食べられるキノコや山菜を摘んでいく。

 三十分くらいで今日、食べられる量を収穫するとアリシアが、スキップしながら帰ってくる。



「これだけあれば、十分ですよね?」

「そうやなぁ。これでええか」



 アリシアは、アイテムボックスを開きバスケットを取り出す。

 山菜やきのこなどが入っていた。

 薫も野苺のような物と葡萄のような物を回収し、バスケットに入れていた。

 甘い香りが、辺りに漂う。

 アリシアは、笑顔で今日も美味しいご飯とデザートが出来そうだと思い、ウキウキになるのであった。

 しかし、そんな中でこっちを見る視線に薫は気付く。

 薫は、その視線に気付かない振りをしながら、アリシアと会話をしていると、茂みからカサカサと草を揺らし、ぴょこんと姿を現した。



「ぴ、ピンクラビィです!」

「あ〜、アリシアがよく着とったやつのモデルか」

「そ、そうです! あ〜、可愛いです。ギュってしたいです! 薫様、お持ち帰りしてもいいですかね!」



 一気にテンションが、上がりまくりなアリシア。

 鼻息を荒くして言うのである。

 薫は、やれやれといった感じで頭を掻く。

 前にアリシアから、ピンクラビィは幸せを呼ぶものと聞いた事があった。

 愛くるしい見た目に、ホワホワな体毛で、女の子の心を射止める何か、魔性のようなものでも放っているのではないかと思う。

 薫は、じっと観察している。

 確かピンクラビィは、警戒心が強く。

 普段、人前に姿を現す事が無いとも聞いていただけに何かあるのかと見る。

 この島に入ってから今まで、遭遇してないのだ。

 アリシアはしゃがみ込み、四つん這いになり、先程採った果物をチラつかせながら、誘い込もうと必死になっていた。

 こっちにも可愛らしいのがいた。

 デレっと表情を崩しながら「おいでおいで〜」などと言っている始末だ。

 そんな時、薫はピンクラビィの違和感に気づく。



「怪我しとるんちゃうか?」

「え? そうなんですか?」

「ほら前に、アリシア言うとったやん。警戒心が強いって」

「言われてみれば……おかしいですね」

「ちょっと調べてみるか」

「か、薫様は、動物も診れるのですか?」

「いや流石に無理やわ。やけど、人に感染するものやったらあかんしな。骨折とか擦り傷なら、治せるんやないやろか」



 そう言って薫は、ピンクラビィに近づく。

 少し怯えた感じで、よたよたと後退りする。

 素早く逃げれないくらい弱っていた。

 ひょいっと首の皮を摘み手の上に乗せる。

 手乗りうさぎ? などと思いながら薫は、『診断』『解析』を掛けてみる。

 駄目元ではあったが、結果が出た。



 ・名前、ピンクラビィ

 ・種族、ラビィ族

 ・状態、パイン細菌(パイン症候群)

 ・スキル、『運超上昇ハッピーストライク』、『運超吸収ハッピーバースト

 ・補足、好かれたり、良い事をすると人生最大の幸運が訪れる。逆に、ラビィに悪い事をすると人生最大の不幸が訪れると言われる。


 ・病名、パイン細菌(パイン症候群)

 ・潜伏期間、1〜4日

 ・感染経路、経口感染

 ・症状、動物には、脱水症状や疲労状態になる。

 死に至ることはない。

 今の所、人には感染しないが、亜人族に感染する。

 主に動物と同じ症状と下痢、嘔吐などの症状が出る。

 進行速度がすごく速い。

 合併症の恐れあり。

 主に、脱水や電解質異常で、二次的に急性腎不全、ショック、重症不整脈などが起こる。



「これは、完全に感染性胃腸炎の一種か……聞いた事ない病名やけど」

「び、病気なのですか!?」

「んー、そうやな。このピンクラビィには、どうって事ないんやけどな」

「よ、良かったです」

「それが良うないんよなぁ」

「どう言う事ですか?」

「このピンクラビィには、死んだりとかの特性のない病気や。まぁ、体力回復魔法でも掛けば、治りも早いやろうけど……」



 そう、動物にはそこまで脅威ではない。

 一般的な感染性胃腸炎は、サルモネラ菌や腸炎ビブリオなどがよく聞かれる。

 これらは、感染型に分類される。他にも、毒素型がある。

 この病気は、微生物(細菌、ウイルス、原虫など)の経口感染によって起こる。

 下痢や嘔吐などの症状をきたす疾患群を感染性胃腸炎という。

 死に至ることもある病気なので、油断は禁物だ。

 軽い症状から、合併症を引き起こす事がある。

 殆どが細菌によるものが多い。

 そして、今回の診断結果でわかった厄介な点は、亜人に感染するという特徴だ。

 このビスタ島にいる住人の半分は、亜人なのだ。

 それも重要度の高い宿屋に商人が亜人だ。

 もし、この者達が病気に罹ると村の運営に響くのだ。




「人に感染するのですか?」

「いや、今のところは罹らへんから安心してええよ。罹るんは、亜人や」

「……」

「こりゃ、如何にかしたらんとあかんなぁ。そうせんと、のんびりこの島で身を隠せれへんしな」

「か、薫様まさかこの病気も!?」

「解決策さえ分かれば、いくらでも治せるで。まぁ、調べなあかん事も多いけどな」

「さ、さすが薫様です」



 目を輝かせながら薫を見つめる。

 そんなアリシアに薫は、「アリシアも手伝ってな」と言うと笑顔で返事を返すのであった。

 薫は、手の平の上に乗っかっているピンクラビィに『体力中回復エイルヒール』を使い回復させた。

 つぶらな瞳でじっと薫を見つめていた。

 そのまま薫は、地面にそっと下ろす。

 チラチラと何度も振り返りながら、ピンクラビィは茂みへと消えて行った。

 ちょっと名残惜しそうにアリシアは、その茂みを見つめていた。

 触りたかったのだろうなと思う。



「か、薫様……そ、そのピンクラビィの触り心地ってどうでしたか?」

「うーん、そうやなぁ」

「ふわふわでしたか?」

「めっちゃ触り心地良かったなぁ。枕にしたいくらいやな」

「そ、そんなに良かったのですか!」



 手の平の上に乗せていただけで、モコモコとし軽いのだ。

 羽毛布団などもかなりいいが、あの触り心地は、それを遥かに凌駕していた。

 寝具にしたら安眠出来そうなどと思うのであった。



「つ、次こそは……次こそは、絶対もふゅもふゅにします」

「あ、うん。まぁ、頑張れ」



 何やら違った方向に闘志を燃やすアリシア。

 薫は、まぁいいかといった感じで、アリシアの手を取り、村へと戻る。

 アリシアは、頬を染めながら軽く握り返すのであった。


見て下さった方々コメントまで残していって下さった方々有難うございます。

一週間ぎりぎりの投稿になりました。

コメント、感想、メールなど有難うございます。

返せてない部分が、大多数ですがちゃんと読ませて頂いております。

コメントで、週イチこの曜日と決めて投稿という案を頂いたのですが。

早く投稿できるのなら投稿したいので、臨機応変に対応していきたいと思ってます。

新しい話を投稿して、一週間以内に上げる事を目標にしておりますので、今のところは、このペースで頑張っていこうと思ってます。

では、次回も頑張って書いていきますので宜しければ見てやって下さい。

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