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SS リースの女神化と特効薬の改良

 リース治療院の院内。

 まだ薄暗い中で、ソファーに突っ伏し頭を抱えるリース。



「もう無理! 私、このままだと死んじゃう!」



 そう言って、ソファーの上で駄々をこねる子供のように足をバタバタさせている。

 黒のスカートがその度ひらひらと舞う。

 その様子に頭を悩ませる1人の女性がいる。



「ダリアさん! 私、今すぐこの治療院から逃げ出してもいい? あいつがいなくなってから1ヶ月……頑張った方だと思うの!」



 割とマジな表情に、ダリアは困った表情を浮かべる。

 ダリアはアルガスの一件以来、護衛としてリースの側にいることをカインから命じられていた。

 現在、最も重要人物として扱われているためである。



「ダリアさん……」



 涙目で、ダリアにすがるような眼差しを向ける。

 しかしダリアは、そんなリースにたった一言だけ言うのである。



リース伯爵様(・・・・・・)、頑張ってください」

「やめてぇ〜! 爵位プラス様付けて呼ばないでぇ〜」



 ダリアの一言に、リースは耳を塞いで悶える。

 爵位を先日もらってから、いよいよ逃げ場を失った。

 ここ1ヶ月、リースは治療院の仕事を終えたあと、オルビス商会で礼儀作法をみっちり叩き込まれていた。

 その甲斐あって、最低限のことだが習得することできた。

 それは、教えたのがあのサラ・オルビス監修の下だったからだ。

 リースは始め逃げようとしたが、サラが直々に迎えに来るため早々に諦めるしかなかった。



「じ、地獄だわ……。こんなの私じゃなくてもいいじゃないのよ!」

「カオルさんから押し付けられたとはいえ、リースさんの影響力は今ではとんでもないことになってるんですよ? 諦めてください」

「うぅ……。恨んでやる……。貸しがあるけど怨んでやるぅ〜!」



 そう言いながら、ソファーの上で体勢を変え横向きに丸まってしまう。

 ダリアは、そんないじけ虫と化したリースに、なんと言えばやる気を出すかなと考える。

 すると、ダリアはリースの好きなことをさせればいいじゃないかと考えが行き着く。



「ほら、リースさんもひと段落したら新たな薬の開発に手を出せますよ」



 その言葉にリースは、ピクンと反応する。

 いまだに薫の作った特効薬の効力に追いつくことができないでいる。

 特効薬を作る工程で、何かしらの成分が薄まっているとリースは考えていた。

 薫がもしここにいれば、「おお、よく気がついたやん」と、からから笑うだろう。

 知識がそこまでないリースが、そこに辿り着けたのは、治療中に特効薬の在庫が少なかったため自身で作ったからであった。

 3日で治る特効薬が、リースが作るものは2日で治ると噂が広まったからだった。

 しかし、それを調べようとしても調べる時間がない。

 悶々とする中、リースはかなりの鬱憤が溜まっていた。



「よし、そうと決まればサクッと診察してやろうじゃないの!」

「はい、頑張ってください。あと言葉使いが素に戻ってるので直してね」

「……はい」



 ブスッとした表情で、リースは立ち上がる。

 大きな深呼吸をして、気持ちを整える。

 時間的にも、そろそろ治療院を開ける頃合いである。

 リースは、日差しが差し込む扉をゆっくり開けると歓声が上がるのである。



「リース伯爵様だ! ああ、なんと美しい!」

「ほ、本物ですよ! 特効薬を作って、ほとんど無償でその精製方法まで開示した治療師界の救世主にして女神様です!」

「「「「女神様バンザーイ」」」」



 そう言って、患者ではない者まで集まっている。

 リースは、笑顔のまま扉を閉める。



「ダ、ダリアさん! 日に日に増えてますよ、これ! もう手に負えないレベルですよ! あんな多人数!!」



 リースは、治療院の前に集まった大勢の人たちを見て、青ざめた表情でダリアの肩を掴み揺する。

 ダリアは、集まった人たちの行動は必然だと思う。

 迷宮熱の特効薬の製作者として、この文明が滅ぶまで語り継がれること間違いなしの人物までになってしまった。

 実際は薫の手柄だから、リースは素直に喜ぶことができない。

 皆に嘘をついているような気がして、仕方ないからである。

 今すぐにでも私が作った薬ではないと叫びたかった。

 だが、簡単に嘘でしたなんて言える空気ではない。

 八方塞がりなリースは、肩をズーンと落として集まっている人たちの対応をしていく。



「はい、皆さん。患者さんが治療院へ行けないので、このようなことは控えてもらえますか?」



 リースは、いつもと口調の違う言い方で集まった人たちに言う。

 すると、集まった者たちはリースの言葉に何も迷いもなく従うのである。

 患者以外の者は道をあけ、人通りがしやすいようにする。

 リース自身も、まさかここまで統率が取れるとは思っても見なかったため、目を点にしてしまう。



「リース様、お仕事の邪魔をして申し訳ございません!」

「ああ、なんて患者思いなのかしら……。素敵」

「「「「さすが私たちの女神様!」」」」



 そんなことを言っているのである。

 リースは、もうどうにでもしてといった感じで、から笑いが出るのであった。



 それから、リースは治療院の中で、いつも通り軽傷の治療と迷宮熱の患者の治療をしていた。

 リースは、あれから一ヶ月でこの街の治療師たちの態度がガラリと変わったなと思う。

 治療に対して皆今までとは違った取り組みを始めていた。

 リース治療院2号店である元アルガスの治療院の者たちが、回復魔法の全体的なレベル向上を目指して講習を始めたのだ。

 これらは、Bランク治療師のエクリクスの者がしていたが、それには届かないがCランクの者たちでDランクの治療師たちのレベルを上げるために実践したりしていた。

 高い金を治療師ギルドに払っているのに、ほとんど実になっていない者が多いためだ。

 現在、このグランパレスで1番の治療師であるリースにも教えを請う者が出てきている。

 さすがにそっちまでリースは体が回らないので現在は停止中だ。

 そして、1番の改革が新薬の開発に治療師たち全員が乗り出したということだ。

 迷宮熱の特効薬の精製方法を応用して、いろんなものから抽出していき自身の体を使って調べているのだ。

 闇雲だが、こういった意識改革が始まっている。

 薫の思惑通りに進んでいるのだ。



「なんか腹立たしいわね……」

「え?」

「ああ、なんでもないですよ。はい、これで治療は終了です」



 そう言って、リースは患者に笑顔を向ける。

 そして、迷宮熱の薬をなぜ継続的に飲まないといけないかを説明する。

 そんなリースに、患者は頬を赤らめながらうっとりとした表情で見つめる。



「あ、ありがとうございました。えっと、お代は本当に2300リラでよろしいのでしょうか?」

「はい、問題はないですよ。最初の設定料金からの変更はありませんから」

「あなたは、私の女神様だわ!」



 そう言って、いきなりリースに抱きついてくる。

 いきなりのことにちょっとびっくりするが、この一ヶ月で何度も同じようなことにあっている。

 慣れというものは怖いとリースは思う。

 優しく頭をぽんぽんと撫でて上げて、患者の高ぶった気持ちを落ち着かせる。

 女性だからこれで済むが、男性の場合は問答無用でリース治療院に身を潜めるダリアの餌食になる。

 幾度と無くそういった不埒なアホが大量発生したが、ダリアに瞬殺される。

 棍棒を片手に軽く脳をシェイクしてあげると、一瞬で落ちる。

 その後は、適当に罪人の館へと放り込むというのが日課でもあった。



「気が済みましたか? あなたで最後です」

「あ、ああ! す、すいません!!」

「いいえ、気を付けて帰って下さいね」



 リースがそう言うと、お金を払ってぺこりと頭を下げて笑顔で出て行くのであった。



「ふぅ~、これで今日の治療は終わりね……。ほんと疲れたわ」



 口調が戻ってしまうリースにスッとダリアは姿を現す。



「リースさん、お疲れ様です。では、本日届いている手紙の確認をしたら終わりですので。あとは好きなように時間をお使い下さい」



 そう言って、大きな袋3個分をリースの目の前にドスンと置く。

 それを見たリースは、ジト目でダリアを見る。



「あら、そんな目で見ないでくださいよ。私のせいじゃないですから」



 そう言って、ダリアの口調が崩れる。

 絶対にそういった反応をすることがわかってのことだった。



「また、どこの誰かもわからない人からのラブレターでしょ?」

「中を見ないとわからないですよ?」

「もうそういうのいらないのよ! 私の大事な時間を取らないで~」



 そう言いながらも、頬をふくらませながら頬杖を突き、リースは1枚ずつ見ていく。

 もしも、重要事項などが書かれてあるものだといけないからだ。

 だが、開ける手紙のほとんどが貴族からの熱いラブレターなのである。



「炎の魔法が使えたら、一瞬で燃えカスにしてあげるのに……」

「リースさん、怖いわよ……」



 目が段々すわってきているため、茶化さないでおこうと思うダリア。

 そして、リースは1つの手紙で手が止まる。



「あら、帝国からの契約書ね」

「やっと来たんですか……。仕事が相変わらず遅いわね」



 ダリアは、溜め息混じりにそう言う。

 面倒なことしかしない帝国にはうんざりといった感じなのである。



「ふむふむ、大したことは書いてないわね」



 そう言って、帝国の手紙だけをリースは引き出しにしまう。

 そして、やっと自分の時間が取れると思ったとき、もう外は暗くなっていた。



「ほんと……時間が足りないわ」

「ど、どんまい」

「寝る時間を少し割いてもいいかなぁ……。どうしよう」



 そう言いながら、リースは悩む。

 明日に響くようなことは絶対にしてはいけない。

 この1ヶ月で、ラルフとシュミットにパーティを組んでもらってレベルを上げてもらってなんとか魔力量を上げられている。

 しかし、それでも患者の数は日に日に増える一方で、魔力が追いつかない時もある。

 現在は、そのパーティは解散しているためこれ以上のレベルアップは難しい。

 今できる容量を上手く使ってやりくりするしかないのだ。

 だから、深夜遅くまで起きていると魔力の回復量が追いつかないときがあるのだ。

 最終手段は、MP回復剤を使うことになる。

 だが、1本の値段が地味に高いため、この行為はできない。



「出来る範囲でするかなぁ……」



 そうリースは、ぽつんと口ずさむ。

 そして、オレンの実と精製水(微小)を取り出して作業を始める。

 真剣な眼差しで、紙とペンを置き特効薬を作っていく。

 あまりにも集中しているため、ダリアは「まったくもう」といった感じで奥の部屋へといき、食事を取らずに作業をしそうだったので軽く食べれるものを用意するのであった。



 それから2時間が経過したころ。

 リースは、作る工程で気になる部分をピックアップしていく。

 まずは乾燥させる度合いだ。

 水分を飛ばすのはわかるが、やり過ぎたら効力が落ちるのではないかと思う。

 3個に分けて乾燥度合いを三段階にわける。

 そして、精製水(微小)を同じように加えて混ぜてから団子状にしてからもう一度乾燥させる。

 出来上がった特効薬を3錠に分けて、3日分を一纏めの袋にいれペンで印をつける。



「よし、これで……。効力はあるけど効き目がどうなるかよね。患者さんに協力を要請したいなぁ」



 そう言いながら、普通に頼めば簡単に今のリースなら承諾してくれそうだと苦笑いになる。

 なんたって、女神として崇められているのだから仕方がない。

 だが、これも使えるのなら使いたいと思うのだ。

 新薬の発展のためだ。

 世に出回っている迷宮熱の特効薬は、完全版ではないからだ。

 これに、リースは近づけるように頑張るかと思う。



「次は……、精製水の混ぜ具合くらいかしら? ものは試しよね」



 そう考え、リースは大雑把に混ぜたものと、普通に混ぜたもの、そして均一に混ぜたものを作る。

 出来上がった特効薬を3錠に分けて、3日分を一纏めの袋にいれペンで印をつけて、ふと時間を見ると深夜12時を回っていた。



「嘘でしょ……。2時間だと思ってたら物凄く進んでる! ていうか、おなか空いたぁ~」



 そう言って、リースはぐにゃりと机に突っ伏す。

 もう動けないといった感じになっているのだ。

 そんなときだった。

 ダリアの声が奥から聞こえてくる。

 それと、いい匂いもするのだ。



「お! 終わったわね」

「ダリアぁ~、その美味しそうなの何?」



 目を輝かせながらダリアの手に持つサンドイッチに釘付けになる。



「いいでしょ? 食べたい? リースさん食べたいの?」



 ダリアは、ちょっと勝ち誇った顔でリースを見る。

 まるで犬のようにリースは、ダリアに近づいてつぶらな瞳を向けてその食べ物をもらおうとするのだ。

 ダリアは、調教してるようだと思いながらそっと机の上に置く。



「簡単に食べれる物を作ってたの。どうせ集中したら時間を忘れると思ってね」

「ありがとぉ~、ダリア! あなたがいなかったら、私は餓死してたかもしれないわ」



 そう言いながら、サンドイッチを満面の笑みで頬張っていく。

 リースの空腹をハムと野菜のサンドイッチが満たす。

 幸せの一時といった感じで、ゆっくりと味わいながら堪能する。



「こんな時間に食べたら……太っちゃうわよ?」

「!? だ、大丈夫よ! た、たぶん」



 ちょっと焦りながら言うリースにクスクスと笑う。

 その後、リースはシャワーを浴びてからベッドに突っ伏しすぐに眠ってしまった。

 ダリアは、大きな子供が出来たような感じがしながら、ソファーで眠るのであった。



 リースが作った試験的に作った特効薬を、翌日治療院へと来た患者に説明して処方してもよいかを聞くと快く承諾してくれた。

 実験みたいで申し訳ないが、今はこれしか試すことができない。

 成果が出ればいいのだがと思いながら結果を待つ。

 すると、次の日に何ともなくなったと報告してくれた患者さんが来た。

 その精製方法は、均一に混ぜたものだった。

 その他のものは、2日後と3日後に完治したという報告を受けた。

 リースは治療院内でガッツポーズをして、本当に嬉しそうな表情をしているのだった。



「やったわ! あいつに一歩近づいたわよ! 見てなさい、カオル! これからどんどんあんたに追いついていくんだからね」



 そう言って、天に拳を突き上げる。

 ダリアは、そんなリースを温かい目で見つめる。

 そして、その報告をオルビス商会へとすると、カインは驚きの表情を浮かべて喜ぶ。

 迷宮熱の特効薬の改良版をたった一ヶ月ちょっとでしてしまったリースを褒め称える。

 この情報は、すぐに各地へと流れていき、リースの女神伝説がさらに大陸全土へと伝わるのであった。


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