旅立ちそして……
その日を境にアリシアとの距離が開いたように思う。
一週間という時間はあっという間に過ぎて行った。
カインは、アリシアの元気のない姿に肩を落とす。
薫が街を出るのに準備として、馬車などを手配してくれた。
それと冒険者ギルドでカードを作ってくれた。勿論、偽名での登録だ。
足の付かないようにとの事で、慎重に事を進めてくれた。
何から何までお世話になりっぱなしとなった。
だが、カインはこれくらいはさせて欲しいと言ってきた。
なので、甘える事にした。
少し、質素な馬車が届く。
オルビス商会の紋章も付いていた。
それに旅に必要な物を詰めていく。
注意事項や、野宿する時の事などいるであろう知識を全て教わった。
その間にもアリシアとは、会話という会話は、ほとんど出来なかった。
挨拶などくらいで、殆どご飯などは自室で食べていたからだ。
薬もちゃんと受け取るが、目が赤く少し窶れてるようにも見えた。
何もできない自分が不甲斐なく思う薫なのであった。
そして、出発の日の朝。
「ほんまに、カインさんお世話になりました」
「良いんですよ。何度も何度も、こちらが言いたいくらいですよ」
「サラさんも、この一週間アリシアを見てもらってすいません」
「あらあら、気に病まなくていいのよ。此れから寂しいけどすごく楽しかったわ」
相変わらずのサラさんで安心する。そして、カリンにも挨拶をする。
ここ、一週間カリンも元気はなく、何時もの馬鹿騒ぎがなくて、寂しく思うほどだ。
「カリンもアリシアの事頼むで」
「はい」
「アリシアは……」
見送りの場にアリシアの姿はない。
仕方ないよなと思いながら薫は、天を見上げる。
オルビス邸での生活は、充実していた。
馬鹿騒ぎをしたり、カインさん達と色んな話をした。
たった数週間で、言葉では表せないくらいの楽しみがあった。
だが、それも今日で終わりを告げる。
悔いが残っているのは、アリシアとちゃんと話が出来なかった事だろうか。
もっとちゃんとした形で、別れを告げたかったなと思うのである。
今あれこれ考えても仕方ないかと思いながら、薫は馬車へと乗る。
「薫様、この馬車は一応、オルビス商会の紋章付きですので、襲われる事はないと思います。取り外しも出来ますので、必要な時につけて頂ければ良いかと」
「本当にこんなもんまで準備してもろて……頭が上がらんよ」
「でも質素に見えるでしょ?」
「まぁ、ちょっと違和感があるかな」
「それはそうですよ」
そう言うと、この馬車を何故選んだかを話してくれた。
カインとサラが、商会を始めてから最初に買った馬車なのだ。
コツコツと拠点からネットワークを広げて行った。
苦難や喜びをこの馬車と共に分かち合ってきたのだ。
最も長く活躍してくれた思い入れのある馬車との事。
「薫様にも、幸運が訪れますようにと思いましてね」
「でも実際は、年季が入ってて商会の人達からは、どうにか有効活用してくれる人はいないかって言われてたの。今は、大きな馬車で毎日運んでるから、これくらいの規模だと物が積み込めないのよ」
「成る程。俺やったらええって言う風に受け取っとくわ」
「うふふ、誰これ構わず渡したりはしませんよ。この子には、大切な思い出が沢山詰まってるんですからね」
「だから薫様、どうかこの子を有効に使っていただけたら幸いです」
「めっちゃ大事にさせて貰うわ」
お互いに頭を下げ合う。
本当に腰の低い夫妻である。
人柄も感じも良く、今まで積み上げて来ただけの事はあると思えた。
別れを惜しみながら、薫は馬車を走らせる。
「それじゃあ、行ってきます」
「何時でも帰ってきて下さい。薫様はもう家族のようなものです。歓迎しますから」
「体に気を付けて下さいね。私達はずっと薫様の味方ですよ」
「薫様お元気で〜」
薫は、カイン達に大きく手を振る。
みんなの温かい言葉に目頭が熱くなる。
元いた世界では、考えられないくらい深く、人と関わったせいもある。
何よりみんな良い人なのだ。
心が綺麗で、楽しくて仕方なかった。
もう少しの間、一緒に居たいという我が儘も、通用するかもしれない。だが、関わった大切な人を危険に遭わせるなんて事は出来ない。
そんな事を思いながら薫は、この大迷宮都市グランパレスを出るのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
薫は、馬車を走らせる。
南門に差し掛かると、見覚えのある顔が3人ほど居た。
イルガ、リリカ、リースだ。
三人は悪態をついているのか、薫の姿を見つけると大声で叫ぶ。
「薫! 今日のいつ頃出るかも言わないから、ずっと待ってたんだぞ。俺らに何も言わずに出て行く気か!」
「そうよ! 私達だってあんたに言いたい事あるんだからね!」
「嵐のように来て、スッと消えるなんて許さないんだからね!」
三人が三人、人目もくれずに馬車に駆け寄ってくる。
そして、薫はさすがに無視出来ず、馬車を止める。
「いや……一応、一週間後って言ったしなぁっと」
「いつ頃出るかなんて聞いてないぞ!」
「あんな別れ方嫌なんだからね。あの後にイルガと話して、何かするって決めたの」
「お、おう……」
「私もやられっ放しなんてまっぴらごめんよ」
「いやほら……みんな取り敢えず落ち着こうや。目が怖いんやって」
かなり血走っている3人。
逆撫でしないように、慎重に言葉を選びながら言う。
「おし、まずは俺からだ。これを受け取れ」
「な、なんやこれ。グローブ?」
イルガは、薫に魔力で主に戦う用の装備を渡した。
見た目は黒く手の甲に魔法陣の刺繍が施してある。
ちょっと高そうに見える。
「こ、こんなもん貰ってええんか?」
「良いんだよ。後な薫、俺も腹くくったからな」
「ん?」
「り、リリカとの事だ」
「あ〜やっとかいな」
一週間前にイルガが、アリシアの恋路でとやかく言った時に薫が、ついつい言ってしまった事を気にしていた様だ。
相変わらずの締まりの悪い言い方なのは、イルガらしいと言えばイルガらしい。
「だから、お前も、そのなんだ……」
「あー、もうわかっとる。みなまで言うなや」
薫は、頭を掻きながら、イルガの言いたい事が嫌という程わかる。
分かってはいるが、情けない話。
今の自分では、そのような事が言えない。
だけど、必ず迎えに行く。
そう心に言い聞かせているのであった。
「い、イルガが言った通りよ。それと私からはコレ」
「なんか、こないな物もろて。気が引けてくるわ」
「大丈夫よ。あんたからの報酬で出てるから」
「うわ……感動がぶち壊しや」
そう言いながらも薫に渡されたのは、アクセサリーであった。
小さなクリスタルのような物が二つほど付いている。
「アリシアさんを迎えに行った時に、そ、その……この半分を渡しなさい。守りの加護が付いてるからその……」
「お前もかい! たく、本当に他人のそういう事ばかりに、気が回るんやから……けど、あ、有り難く貰っとくわ」
薫は、恥ずかしそうにそれをアイテムボックスにしまう。
今までと違った反応に3人は笑うのであった。
そして、最後にリースからも何かあるようだ。
「なんか病気の事色々調べてたみたいだから……これ」
「本か? かなり分厚いな」
「医療ギルドに保管されてる病気の本の写しよ。私は、これ全部頭に入ってるからもう要らないの。だからその……」
「こういうのはすごく助かるわ。なんか悪いな」
「べ、別に要らないなら返してもらってもいいのよ」
「有難く貰っとくわ」
こちらの世界の病気に関する本は、かなり貴重だ。
症状などで、おおよそどのような病気があるのかもわかる。
それを詳しく調べ、薬を作る事も出来る。
「なんか凄く嬉しいな。この街にまた戻ってくる事があると思うけど、そん時もよろしゅうやってくれると有難いわ」
「ふははは、俺らは、迷宮攻略してこの街にはいないかもしれないぞ」
「そうね。チャチャッと攻略しちゃうんだから」
「私は、居るけど相当忙しくなるから……」
イルガとリリカは声を高らかに笑うのであった。それを見て、薫は笑う。何事もなくまた会えればいいなと思う。
リースは、少し窶れながらであった。
リースは、この一週間で身の回りが激変した。
爵位を受け、アルガスの治療院を譲渡された。リースは、自身の治療院を一号店とし、アルガスの治療院を二号店とした。元いた従業員をそのままリースが請け負った。現在全てをまとめて、指示を出しているのだ。そして、特効薬の流通をカインと話し、この街の治療院全てに流通できるようにした。まだ個数に制限があるが、探求者の低ランクの人達に依頼として素材の発注を掛けている。別の街のオルビス商会の支店にも話が流れ、流通が安定するまでには、まだ時間は掛かるようだ。
「リースは、新しい特効薬や魔法の精製はどうするんや?」
「これが、安定するまでは難しいわ。でも、あんただけには負けないからね。いつかぎゃふんと言わせてやるんだから」
かなり、強気な発言に薫も楽しそうに言葉を返す。
四人で、その後も最後となる会話が弾み少し話し込む。
そうしていると、門の人だかりも流れた。
そろそろ出るかといった感じで、薫は馬車を走らせる。
最後に薫は、みんなに体には気を付けろよと言い門をくぐる。
イルガは、涙を流しながら大きく手を振っていた。
リリカは、ハンカチで涙を拭く。
リースは、少し呆れていた。
何とも微笑ましい光景でもあった。
薫は涙もろい奴だなぁと思いながら、みんなに手を振るのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
街を出て、小一時間だろうか。
カインから馬を休める休憩場が、一時間くらいの間隔で配置されてると聞いていた。
小さな石造りの休憩場。
雨などは凌げる質素な感じだ。
馬に水を飲ませれるように、湧き水が出ている所があった。
これも魔法石で出来ていた。
薫は、馬から降りて、馬を馬車から外し、手綱を引き水場へと連れて行く。
手綱を支柱が立っている所に括り付け、馬を休ませる。
天気も良く、雲一つない。
風が肌を優しく触る。
夏なのにこちらの世界は、過ごしやすい。
石のベンチがあったので、そこに寝転がる。
日陰になっているので、ひんやりとして気持ちが良かった。
周りは静かで、鳥の鳴き声がよく聞こえる。
少し、物足りなさを感じる薫。
今までが、騒がしかったのだ。
急にこの静かさに色々考えてしまう。
アリシアの事だ。
もっと、いい別れ方があったのではないかと。
あんな、悲しそうなアリシアは、正直見たくなかった。
心の何処かで、痼りのような物が出来たような感覚がした。
後悔のスパイラルに入る。
やり直せるならやり直したい。
そんな事を考えてしまう。
少し、疲れてるのかなと思い軽く目を瞑る。
楽しかった想い出が、脳裏から止めどなく溢れる。
思ったより重症のようだ。
無自覚で、涙が流れた。
久しく泣いてなかったなと思いながら目を擦る。
いや、年かなとくだらない事を思いながらであった。
もう少しだけ、気持ちが落ち着くまで薫は目を瞑る。
「謝りたいなぁ〜」
ポツリと自然にそう言葉が出てきた。
嘘偽りのない本音である。
「アリシア……」
「……はい」
「……?」
これはやばいと思う。
余りの心残りのせいなのか、アリシアの幻聴が聞こえる。
ゴチャゴチャと柄にもなく、考え込んでるせいだと思う。
メンタルも元居た世界で一度崩壊気味まで行った。
信じていた者は、全て尽く居なくなった。
疲れ果ててる時とか後悔した時は、このような事が起こるのだろうかと思う。
スーッと目を開けるとそこには、見覚えのある顔があった。
青くすんだ色のミディアムヘアで、毛先が癖毛なのか少しウェーブしている。
瞳は緑で、凄く吸い込まれそうな色をしていた。
今まで、ずっと部屋での生活だったせいか、肌は白く雪のようだ。
可愛らしく、真白いうさ耳フード付きの法衣を纏ったアリシアがそこに居た。
「あー、これはあかんわ……幻覚まで見るとか俺……末期かな」
「……ふぇっ?」
薫は、そう言うとまた目を瞑ってしまった。
アリシアは、現実逃避している薫を見て、あたふたとする。
勇気を振り絞り、アリシアは寝転がってる薫の上に馬乗りになり、薫をギュッと抱き締める。
アリシアは、仄かに温かく、いい匂いがした。
だが、アリシアは軽かったせいか、まだ薫は夢や幻覚であろうなどと言っていた。
せっかく勇気を振り絞った行動も、あっさりと流される。
アリシアは、頬を膨らませ、もうどうにでもなれといった感じで行動に出る。
「ん?!!!」
「……」
柔らかい感触が、薫の唇に触れる。
薫が、目を開けるとそこには慣れない感じで、口付けをするアリシアの姿があった。
雪のように白い肌を真っ赤にさせ、頑張るアリシア。
拙いが、愛くるしい行動であった。
そして効果は抜群だった。
薫は、一瞬パニックになったが、目の前で起こっている事が、現実であることを理解した。
そっと優しく抱き締め、アリシアの頭を撫でる。
薫は、そのままアリシアの唇を味わう。
そして何故だろう。
少し、意地悪したくなる。
この気持ちが押さえられない。
「ちょ……。ん、かおるさ……し、」
びっくりして唇が離れる。
少し残念と思いながら薫も体を起こす。
アリシアは、薫に乗ったまま、相変わらずの真っ赤っかなのであった。
「聞きたいこと沢山あるけど、先ずは色々とすまん。謝らせてくれ」
「い、いえ。……私こそすみません」
少し沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはアリシアだった。
「あ、あの、私の我が儘は承知で言います。私も薫様と旅がしたいです」
「だ、だめや」
アリシアの必死な表情に強く言い返せない。
なんと言えば、諦めてくれるかを考える。
しかし、次のアリシアの言葉に薫は、言い返せなくなる。
「薫さまは約束して下さいました。一つだけ言う事なんでも聞いてくれるって。私は、今それを使います」
「いや……確かに言ったけど……」
「だから……お願いします」
そう言うと頭を下げるアリシア。
目尻に大粒の涙を浮かべながら。
うーんと悩みながら頭を掻く。
少し考える。
薫は、考えた末にアリシアに言う。
「か、カインさんが良いって言ったのなら付いて来てもええで」
「……」
薫は、カインが旅をしたいなどと言って、おいそれと了承するわけがないと思っていた。
あの親馬鹿だ。
娘を本気で、目に入れても痛くないと言いそうな男なのだ。
アリシアはきょとんとした表情でいた。
「もしかして、みんなに黙って付いて来たんやないやろうな?」
「そ、そんな事はしません」
アリシアは、全力で否定する。
その姿を見るに誰かしらの協力があって、馬車に潜り込んでいたのであろうと思うのだ。
カリン辺りかなと目星をつける。
しかし、この後薫の目星などは尽く外れる。
「薫様、その……これを」
そう言うと手紙を渡してくる。
何故だろうすごく嫌な予感しかしない。
アリシアは、その手紙の中身の内容を知らないのだろう。
そわそわしている。
薫は、手紙を開ける。そして、文面に目を通して行くうちに吹き出す。
笑わずにはいられなかった。
アリシアは、なぜ薫が笑っているかわからず、手紙を覗き込む。
「え?!!」
「本当何なんや。カインさんもサラさんも揃いも揃って、親馬鹿すぎるやろ」
手紙の文章には、こう書かれていた。
薫様、アリシアの事を頼みます。
薫様が、街を出ると言ってから一週間。ずっと、アリシアの悲しそうな表情を見るのが耐えられなかった。
今まで、我が儘ひとつ言わなかった娘が、一緒に行きたいと初めて言ってきて、胸が張り裂けそうになりました。
最初は、反対でした。
しかし、サラから反対したら貴方は、私たちの結婚を反対した親族と同じだと言われて、気付きました。
こんな時こそ、背中を押してやるのが、親というものです。
どうか娘をよろしくお願いします。
色々とディアラ様にも相談もさせて貰いこれが最善と言われて行動しました。
私たちの我が儘です。
それに薫様は、他人を守る力がないとおっしゃってましたが、そんな事はありません。
十分過ぎる強さを持たれております。
自身を過小評価し過ぎです。
これは、ディアラ様との話の中で聞いてましたので、ほとんど心配してません。
それに、ディアラ様の予言ですと、大変可愛い孫が……。
「ふにゃ〜! お、お父様は、何書いてるんですか!!?」
「あははは、お腹痛いわ。笑いすぎて死ぬ。ま、孫って早すぎやわ」
「お、オムレツの刑にしてやります……」
アリシアは、カインのみに有効な物騒な言葉を言いながら、手紙をビリビリと破り捨てる。
かなり必死だ。
細切れになるまで一生懸命破く。
見てて面白い。
薫は、ふとこの馬車にどういう風に潜り込んだのかも気になった。
ちょうど本人も居るので聞くことにした。
「そ、そのですね」
モジモジとアリシアは、薫の膝の上に跨っている事を忘れている。
薫は指摘して、またあたふたなるアリシアを止めるのが面倒なので、そのまま気付くまで放置することにした。
軽いので全く問題ないからだ。
薫がそんな事を思っているなどとは、つい知らず話し始める。
動き出したのは、三日前だそうだ。
手紙の通り、アリシアは最初にサラに自分の思いをぶちまけた。
その思いをそのままカインへと言うべきとサラが促した。
この時、薫に言っても駄目の一点張りになるのは、サラはわかりきっていた。
なので、カインに今の気持ちをちゃんと伝え、サラともよく話をし、行っても良いと言われてから準備をした。
その後は、薫に気晴らしに乗馬やディアラの所で、魔力の制御の仕方などをさせているうちに、馬車の木箱にアリシアが入れるかなどの調整を行ったり、念入りにばれないように、防音魔法までも施していたのだ。
要は、街さえ出ればあとは、引き返せないだろうという大作戦。
駄目押しが、自身の言った約束だ。
アリシアは、馬の餌の藁の入った箱の上に丸まって隠れていた。
街を出て、最初の休憩所まではそこで、息をひそめるように言われていたのだ。
そして、馬車が止まり休憩に入っていると、アリシアは箱からひょこっと出て来て、薫の姿を探す。
そして、今に至るということだ。
「そ、その……一緒に行っても……」
「約束やしな」
そう言うと薫は、迷いを捨て、決心する。
ここまで来て、ごねるのも阿呆らしい。
自分に正直に振る舞うと誓った。
この世界でアリシアの存在はでかい。
薫自身もそれを実感している。
だからこそ、危険の伴う所には行ってほしくないのだ。
それに先ほどまでの不安や心の痼りが無くなり、素晴らしく体が楽になったのだ。
しかし、ディアラが裏で動いてるところを見ると、自分は彼女の手の平の上で、転がされていたのだ。
一杯食わされたなと思いながら、この結果ならいいかと思う。
何故なら、そのお陰でアリシアへの思いが再確認できたからだ。
もう一つ、頼まれの手紙もある。
これは、元の仲間に渡して欲しいらしい。
本人曰く、会えばわかるだそうだ。
意味がわからん。
「カインさん達は、色々と期待しとるみたいやし」
「そ、そ、そんなことにゃいです」
「あははは、落ち着きいや。もう悲しい顔にはさせへんから……その、この前はすまんやった」
「あ、謝らないといけないのは私です。薫様にこれから迷惑を掛けると思いますが……」
「迷惑なんて思うとらんよ。寧ろ、これから色々と支えてくれるとありがたいんやけどなぁ」
「が、頑張ります」
うっとりとして満面の笑みで言う。
くそ……この笑顔は反則だ。
そして、アリシアはアイテムボックスを開き、薫にギルドカードを見せる。
勿論、アリシアの名前も偽名になっている。
初めて、手にしたギルドカードを薫に見せびらかす。
「薫様見て下さい。冒険者のギルドカードです。私、初めて持ちました」
「そういや俺も貰っとったわ」
「偽名ですよね?」
「その筈やけど」
「見せて下さい」
薫は、アリシアにギルドカードを渡すとアリシアは、名前を見て固まる。
ころころと表情が変わって、楽しいなと思いながら薫も名前を見ると。
「カオル・ヘルゲン? まぁ、名前は一緒やし。そのままで俺は良さそうやな」
「へ、ヘルゲン!!?」
思ったより面白い顔になっていて、薫は吹き出す。
それにアリシアは気付く。
頬を膨らませてポカポカと叩いてくる。
全くもって痛くない。
「で? なんで面白そうな顔になってたんや?」
「な、なんでもにゃいですよー」
「あからさま過ぎてすぐバレるで。ほれ、アリシアのも見せてみ」
「だ、ダメです。これは、お母様からの悪意しか感じません」
そんな事を言って見せようとしない。
面倒なので脇をくすぐり、ササッと回収して名前を見る。
脇は弱点のようだ。
ピクピクと笑いながら前に倒れこんできた。
「アリシア・ヘルゲン? 俺と姓が同じになっとるな……あー、成る程」
「お、お母様の旧姓です。もう、なんでこの名前使うんですか!」
「ふーむ、あかんのか?」
「そ、その……あの」
意地悪じみた顔でいう薫。
そんな薫の目線から逃げるように逸らす。
頭を薫の胸に預け、ギュっと何か手の中に隠している。
それに気付き薫は言う。
「何か隠しとるやろ? 正直に言うてみ」
「何も無いですよ〜。本当ですよ〜」
「目が泳いどるし。そんな隠し方やとすぐバレるで」
「薫様みたいに器用ではないのです」
「ほれ、出してみ」
観念したかの様に手に握っていた紙を出す。
それを見るとサラからの一言が書いてあった。
薫は書いてある事に目を通す。
夫婦名で登録しといたから、これで変な虫も付かなくて安心よ。
だそうだ。
成る程、恥ずかしくて出せなかったのかと思う。
だが、これからどんな事があるかは分からないのだ。
サラも、ちゃんと考えての事だろうと思いたいが、いかんせんあの性格だから、面白半分本気半分といったところだろう。
「まぁ、これから一緒に行動するんやったら、兄弟とかよりも夫婦の方が動きやすくてええかもな」
「ふ、夫婦……」
「俺じゃあ不満か?」
「ち、違いますよ。その……嬉しくて」
おでこに指を置きツンと突く。
アリシアは、目を丸くして薫を見つめる。
「ちゅうわけやから、れからは、様づけ無しな」
「え!!?」
「何や? 出来るやろ」
「で、出来ますよ。そ、そのくらい」
「あー、その反応やったら。これは要練習やな」
「そんな事しなくても言えますよ! か、か、かお……る。きゅうぅ〜〜」
言えませんでした。
ぽふんと音が出たかのような気の抜けように少し驚く。
精一杯、頑張った結果がこれなのだ。
ゆっくり、直して行けばいいかと思うのであった。
「さて、じゃあこれから一緒に旅するんやし。景気良く次の街で飲むか」
「え? こんなお昼前から飲むんですか??」
「ええやん。たまの息抜きや」
「私は、ちょっとだけ付き合います」
「そう言ってくれるとありがたいわ。あー、そうそう。これからは、俺自重せえへんで」
「え? どういう……ん……」
そう言うと薫は、スッとアリシアの唇を奪う。
薫の行動に戸惑うアリシア。
「さっきのお返しや。それとこれ」
「い、いきなり何するんですか。って、え? これって……守護のペンドラグルじゃないですか!」
「え? すごいんかこれ??」
「かなりレアな素材で作られてますので、それに結晶の透明度が異常ですよこれ」
「貰い物やし」
「お祝い事なんかによく用いられます。私も現物見るのは初めてですよ」
守護のペンドラグルは、主に恋人や婚約者、既婚者に贈られる物。
それに使われる結晶は、迷宮でもかなりレアなモンスターが低確率で落とすとされている。
そして加工するにも、鍛冶屋などでは加工できず、魔法使いが加工を施す。
精密な魔力を流す事で、結晶の不純物を取り除くことも出来る。
その工程は、熟練の魔法使いにしか出来ない芸当なのだ。
そう、リリカが薫とアリシアのために作った代物だ。
もちろんイルガにも渡している物だ。
しかし、付属効果は一つ一つ異なり、術者が込めた魔力で決まるのだという。
今回は、守護の効果を付与されたペンドラグルなのだ。
売れば、金貨十枚はくだらない代物なのだ。
「これは、今度会ったらもう一回礼を言わなあかんな」
「すごく綺麗です」
二つ付いてる内の一つをアリシアの首にかける。
かなり似合っていてよい。
「に、似合いますかね?」
「うん、ええんとちゃうか。俺は、好きやでこういうシンプルなの」
嬉しそうにするアリシア。
そして、ようやくアリシアは薫の膝の上に跨ってる事に気が付く。
急いで降りて頭を下げる。
別に、そのままもう少しいてくれても、良かったのになと思いながら薫も立ち上がる。
心が落ち着き、気持ちも楽になったからだ。
アリシア効果かな? っと思いながら薫は、馬車へと足を運ぶ。
ゆっくりとしすぎたかなと思い馬の手綱を引き馬車へとつなぐ。
アリシアを乗せ、薫は街道を走りだす。
目指すは、南方。
あまり迷宮が発生していない地域だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
薫が、アリシアの幻覚がなどと言っていた頃。
「うまくいったかなぁ」
「心配ですか?」
「それは心配するに決まってるだろ! アリシアの大事な時なんだぞ」
「もうカインったらそんなに心配しなくても大丈夫よー。私達の娘ですよ? 頑固に育ってますから」
「サラ様、そんな事言っていいんですか?」
「本人がいないから大丈夫。あ! 絶対にアリシアには言っちゃ駄目よ」
カイン、サラ、カリンの三人は、リビングでそんな話をしていた。
しかし、三人共笑顔なのであった。
薫が、アリシアを連れて戻ってくるとは、思ってない様子でもある。
「ディアラ様の予言は、百発百中だからなぁ」
「でも、今回はちょっと自信なさげでしたよ?」
「相手があの薫様だからじゃないですか? すぐ暴力ふるうし」
「それは、カリンの日頃の行いが招いてると思うわよ」
「さ、サラ様酷いです。私は、アリシアお嬢様の為を思って……」
「でも、今回は、失敗続きで自重してたじゃないか?」
「カイン様までひ~ど~い~で~す!」
カリンは、うわーんンといった感じでソファにうずくまるのであった。
紅茶を飲みながら、カインとサラは、昔の自分たちもこのような道のりを歩いたものだと思いながら、思い出に浸っていた。
「さて、仕事をしないとな」
「そうね。迷宮熱の特効薬を精製しないとまだまだ足りないわよ」
「お二人共元気ですね……」
「「そりゃ……孫が楽しみだからね」」
「うわぁ。アリシア様……ご武運を」
カインとサラは、もう孫の話をしているのだからカリンは、呆れて額に手をやり溜息を吐くのであった。
しかし、アリシアが幸せになれるのならそれでいいかと思うのだ。
「そうだ! カリンもお見合いなんてどうかしら?」
「え? い、いや私はまだ大丈夫ですよ」
「独り身は寂しいぞ。私達に任せるんだ!」
「あ、アリシアお嬢様が、いなくなったからって今度は私ですか? 嫌です。私はまだまだ遊びたいんですよー」
そう言うとカリンはリビングから飛び出し、派手にコケながら逃げる。
カリンは、アリシアに早く戻ってきてくれと本気で思うのであった。
相変わらずの賑やかなオルビス邸の日常へと戻っていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
薫がグランパレスを発って、10日後。
エクリクスにカインの手紙が届いた。
「ティナ大神官様、オルビス様から手紙が届いております」
「オルビスかにゃ? あー、あの可愛らしい女の子のお父様ですかにゃ」
「はい」
大神官専用の特注素材でできた法衣。肌が、透き通ってしまうのではないかと言うほど白く、赤と金の糸で鳳凰のような紋章が全体に刺繍されている。
薄い青髪は、腰辺りまで伸ばされ神官帽をかぶっている。
新官帽の両端には、亞人の特徴である猫耳が生えていた。
金色に輝く瞳は、高貴な印象を醸し出す。
「では、手紙をくださいにゃ」
「こちらです」
ティナはそれを受け取ると自室へと戻っていった。
自室へ戻ると椅子に座り、手紙の取り出しじっくりと読む。
「こ、これは、すごいにゃ! って、あれ? 私使者なんて送ったかにゃ? カオル・アシヤ? 誰にゃ?」
頭にクエッションマークを出しながら、ティナは十賢人の誰かに聞いてみようと思うのであった。
ティナは、十賢人の一人の下へと向う。
その者の部屋に辿り着き、ドアをノックする。
返事が帰ってきたので中へと入る。
「ダニエラおはようにゃ」
「おや? ティナ様どうしましたか?」
そう言う者は、真っ赤に燃えるような赤いヘアをハーフアップにさせ、大神官とは少しグレードの落ちた鳳凰の刺繍の入った法衣を纏っていた。
年齢は、三十代だろうか。
ニコニコとして、優しそうな雰囲気を出している。
「オルビスの娘さんが病気治ったって手紙くれたにゃ」
「!!!? ほう……。興味深いですね」
一瞬目つきが変わるがすぐに戻る。
ティナは、どうしたんだろうと思い聞く。
「どうしたにゃ? ダニエラ体悪いかにゃ?」
「いえ、大丈夫ですよ。それより誰が治したのでしょうね」
「手紙には、私が使者を送ったって書いてあったにゃ」
「心当たりは?」
「ないにゃ。でも、名前は、わかってるにゃ! カオル・アシヤって人にゃ」
「そうですか。でしたら私の方で調べておきますね。それに……ティナ様その治した方に会ってみたいのではないですか?」
「えへへ、バレバレにゃ。ダニエラ頼めるかにゃ?」
「ティナ様の命とあらば」
「楽しみだにゃ。どんな魔法で治したのか聞きたいにゃ。ではお願いするにゃ」
そんな会話をしていると、ドアをノックする音が聞こえる。
返事をするとティナにお呼びがかかったようだ。
耳をしょぼんと垂らしながらとぼとぼと仕事へと向うティナ。
ダニエラに何度も宜しくにゃと言いながら部屋を後にした。
十賢人のダニエラ一人になった途端。
ドンっと机をたたく。
「クソ……、カオル・アシヤ。お前は何者なんだ。ここ数日でこうも世の中が動きすぎている」
唇を噛み殺気じみたオーラを放つ。
それもそのはず、エクリクスの方まで噂が広まっていた。
迷宮熱の特効薬が精製された事、そしてそのせいでエクリクスの評判が下がった。
特効薬を全ての街に出回るように、オルビス商会が一緒に動いていることだ。
「何故だ? 何故、利益を独占しないんだ」
莫大な利益を生み出すであろう今回の迷宮熱の特効薬。
年間にして、相当な人数が罹る。
一人に一万リラくらい取れば、莫大な資金が手に入るのに。
オルビス商会は、庶民でも買える金額で卸している。
いや、製作者がそうしたいと言ったとか。
何より、エクリクスよりも早くこのような歴史に残る薬を精製したことが問題だ。
ダニエラは、とりあえずグランパレスに何人か送らせ、情報を収集することを決める。
あわよくば、製作者をエクリクスに勧誘する手も考えるのであった。
そして、二週間以上前にアルガス暗殺に失敗したという内容が、ダニエラの耳にも入っていた。
当時は、気にもとめなかったが、今はこれも何か一連の繋がりがあるのかもしれないと思い、再度調べ直す必要が出てきた。
しかし、もう奴らはいない。
任務に失敗すれば、エクリクスの配布しているペンダントが、身を焼くからだ。
もちろんこれは、上の人間しか知らない。
ほとんどが、汚れ仕事をしている者がこれに該当し、身を焼かれ証拠も残らないといった代物なのだ。
「何か手がかりがアレばいいのだが……」
ダニエラは、薫の名前だけしか手がかりがないまま考えるのであった。
どんな手を使ってでも探しだして、新しい回復魔法でも精製方法でも吐かせたくなったのだ。
まずは、治療師ギルドに登録しているはずだと思い動き出す。
アリシアの不治の病を治すくらいの治療師だ。
登録名簿に名前が残っていても不思議ではない。
不敵な笑みを浮かべ廊下を歩くダニエラ。
このエクリクス以外で、これ以上好き勝手出来ないようにしてやると意気込むのであった。
明けましておめでとう御座います。
これ言ってませんでしたorz
最新話なんとか一週間以内に間に合いました。
よかったよ。
ですが……文字数がちょっと少ないかなと思ってしまいました。
まあいいですよね。
では次回から新しく物語が動き出すので楽しんで書いていきます。
たくさんのコメントや感想、Twitterの方にもコメント有難うございます。
やる気MAXで頑張りますよb




