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薫の失敗

夕暮れ時にアリシアが、幸せ死しそうな笑顔で料理をしていた。

 気分もよく「特別な人〜特別な人〜」と頬に手を当て、鼻歌まじりにプレーンオムレツを作る。手馴れた手つきで、小さなフライパンで野菜とミンチを炒めていた。

 薫に食べてもらいたいが為に、カリンにコツなどを聞き何度も作ったのだ。これは、前回カリンから、妻になって料理が出来ないとか……なんのために存在してるのでしょう。居るだけで良いなんて、誰でも出来ると言われ、アリシアはドーン! っと雷に撃たれたような衝撃を受けた。お荷物なんて嫌だという気持ちがあったからだ。しかし、これはカリンの楽しみを増やす為の口実でしかない。

 アリシアの色んな一面が見れるからだ。

 今迄寝たきりで、女の子らしい事が出来ないでいたからでもある。

 そんな事を知ってか知らずか、アリシアはカリンの言われた通りに料理をしっかりと覚えていく。



 アリシアが料理を作っている間に薫は、カインの元へと行った。

 書斎で特効薬の量産する為の書類をまとめていた。




「カインさん心配かけて申し訳ない」




 薫は、深々と頭を下げる。

 カインは、どうってことないと言い頭を上げさせる。

 少し寛いでくれと言った感じで、薫をソファへと案内する。

 二人はソファに腰掛ける。

 そして、薫が眠っている間に何が起こったかを尋ねるのであった。




 薫が倒れた後、アルガスとバルドは罪人の館へと連れて行かれた。2人は、罪を認めたと言う。それに関わった者全てに罰がくだったらしい。アルガスは、爵位を失い只の治療師へと落ちた。命令とは言え今回は、度が過ぎたとディアラが言っていたそうだ。ディアラの持つ魔眼と言う特殊スキルは、この街の悪事などを全て読み取る能力がある。これは、魔眼の一つの能力らしい他にもあるとか。しかし、基本放置主義のディアラなので、今回も当人同士で、肩を付けるべきかなと傍観していたらしい。だが、薫の爆発的な魔力に重い腰を上げたのだという。街に甚大な被害が出ることが、明らかであったからだ。

 現に薫の放出した魔力と威圧は、周りの貴族達の屋敷にも被害を出していた。それもかなりの損害らしい。冷や汗を掻く薫にあまり心配しないでくれと言った感じでカインは話してくれた。




「なんか、大変な事をしたような感じが否めないんやけど」

「いや、十分街の機能に甚大な被害を出してるから大丈夫だ」

「申し訳ない……」




 カインは咳払いをし話を戻す。

 イルガ達は如何したかだ。

 それもカインが答えてくれた。

 仲間全員ピンピンしているとの事、イルガとリリカは依頼料よろしくという事を薫に伝えてくれとの事だった。復活したらいつもの宿屋に来てくれ夜なら居るからという事らしい。

 案外ちゃっかりしているなと思いながらカインの話を聞く。

 リースは、アルガスの工作から抜け出し、今は繁盛しているらしい。

 これも何よりである。




「薫様、ディアラ様から爵位を与えたいと言われてるんだが……」

「俺はいらんからリースにでもやってくれ」




 薫は即答でそういった。

 カインは、驚きもせず呆れる。

 薫の事だからこの話は蹴るであろう事は、最初から分かっていた。

 この場に止まるという事は、エクリクスから又新たな刺客が来て、周りに迷惑が掛かるのが嫌というのもあった。




「それに、色々と世界を見て見たいってのもあるからなぁ」

「では、冒険者として旅をするという事ですね」

「そんな感じや」

「エクリクスに関わりたくないと言うのが本音ですよね」

「まぁなぁ、でも旅をして見たいってのも本音やねん」




 薫は、ちょっとワクワクしながら言う。

 のんびり旅をして、見た事もないこの異世界を堪能する気でいた。

 カインは薫の目を見て、楽しむ気満々な雰囲気に苦笑いするのであった。




「そう言えば、エクリクスの奴らはどうなったんや?」

「ああ、それなんだが……」



 ちょっと言いにくそうにカインは口を開く。

 罪人の館に連行されてから、翌日に尋問にかけられる予定だった。

 然し、前日の夜中にエクリクスの二人は、原因不明の人体発火をして死亡した。夜中だった為に発見が遅れ早朝に発見された。なぜ、そのようなことが起こったのか原因を調べ中との事。そして不自然なのが、治療師ギルドに二人の事を調べに行っても、情報が無いと言われた事だ。カインは、治療師ギルドとエクリクスが何らかの形で、隠蔽しているのではないかと推測をして話してくれた。



「なんかありそうやな。まぁ、俺は入ってないから平気やけど」

「なので、治療師ギルドに入るのでしたら十分注意して下さい。その他のギルドでしたらそこまで注意しなくてもいいんですが……」

「治療師ギルドは、特殊なんか?」

「そうですね。かなり変わったギルドです」



 そう言うとカインは、ギルドの違いを教えてくれた。

 冒険者ギルドや商業ギルドなどとは、かなり違った形態をしている。治療師ギルド以外は、登録無料でギルドカードが配布される。カードを無くすと再発行にお金が掛かる。それと、ギルドの施設を使う事が出来て情報などが見れる。強制的に、此処へ行けなどという事も無いが、基本的に助け合いで皆が動く形になっている。



「成る程な。そういう気楽そうなの好きやで」

「で、治療師ギルドなんですが……」



 治療師ギルドは、登録に年間費分の金を払う必要がある。それを払わなければ登録が抹消される。ギルドに入るとその証として腕輪が発行される。

 治療師ギルドが特殊と言われるのは、強制派遣があるからだ。

 これを受けると強制なので、断ることが出来ない。

 然し、例外もある。

 それは、治療師ギルドに指定金額を五年に一度払うことで、強制派遣は免れる事が出来る。

 リースやアルガスがそういった分類になる。

 そして、エクリクスの治療師は強制で派遣はできない。

 エクリクスの許可がいる。

 なので、治療師ギルドはエクリクスの治療師に派遣を頼む時は、大災害などの 緊急時や、大迷宮の発生時のみ派遣要請する。要は、治療師ギルドにエクリクスの治療師を強制で呼ぶ権限がない。エクリクスの治療師は、利益のある所へは行くが無い場所には行かない。治療師ギルドの要請が有ろうと無かろうと感じだ。これを聞くだけで、力関係が見て取れる。そして、一度呼ぶと莫大な金額がかかる。最先端の回復魔法を使える者は、少なく希少なのだ。

 そして、その支払いは治療師ギルドが出す。

 簡単には呼べないので、基本的には治療師ギルドに所属している者で賄う形を取っている。



「かなり面倒くさいんやな。それなら、ギルドに入らんで活動したほうがええ気がするな」

「それもちょっと難があるんですよ」



 治療師ギルドに入らずに店など出すという事は、年間のお金が払えない者。

 その者に治療師としての素質がないとも言われる。治療師ギルドに属してない者が、治療院を出すことができるが、信用問題で患者が来ない事がほとんどで出しても潰れる。

 上手くいっても、なんらかの形で潰れてしまうらしい。



「なんか、それもそれで裏で動いてそうやな」

「あははは。まぁ、そうじゃないかと思うんですが……なかなか証拠が掴めないらしいです」

「利点が無いやん……金払ってアホらしいく感じるんやけど」

「利点もあるにはあるんですよ」



 治療師ギルドに登録する事での利点は、エクリクスからの治療師が、新たな回復魔法などを定期的に講習などを開き、教えに来てくれると言ったものだ。それを習った者が、全て使えるわけではないが、その人に合ったレベルの回復魔法を教えてくれたりもする。リースがアルガスを怒らせた原因が、この講習でリースが新たに回復魔法を習得した為であった。



「成る程な」

「これ位ですかね。後は、明日にでもみなさんに直接聞きに行かれれば、詳しい詳細を聞けると思いますよ」



 薫は、そう言うとソファに体を預け天井を見上げる。

 そんな事をしているとドアを叩く音がし、外からカリンが笑顔でお食事の準備が出来ましたと言ってきた。

 カインは、少し溜息を吐きながらカリンを見る。

 何やら寝ている間に何かしらあったのだろうと薫は思う。

 考えても仕方ないと思い薫とカインは、ダイニングへと向かうのであった。



 ダイニングに着くとアリシアは笑顔で配膳していた。

 あまり見ない光景に少し驚く。

 今までこっそり手伝ったり、料理をしても恥ずかしさの余り、姿を隠しながらだったからだ。



「薫様、今日は私が一品だけ作りました。そ、その食べてもらえますか?」

「頂くわ。すごく綺麗に出来とるな」



 そう言いながら薫とカインは、席に着く。遅れて、サラもやって来て椅子に座る。

 アリシアは、お皿を置きそのままカリンの居る台所へと他の料理を取りに消えて行った。すると何故か、サラはカインを見ながら口元を押さえて、笑いを堪えているように見える。

 頭の上にクエッションマークを出しながら、目線をカインに向けると、死んだ魚の様な目になり、口からエクトプラズマを出したカインの顔が目に入る。

 お茶を吹き出し咽せる薫。

 魂の抜け具合いが尋常ではない。

 今までに見たこともないその崩れた表情は、余りにもインパクトが強すぎた。

 しかし、アリシアが作ってくれた物だったら、血の涙を流しながら味わうと思っていていたのだが、少し様子が違ったのだ。

 その疑問をサラが答えてくれた。



「うふふ、じ、実はね。ここ数日ずっとカインこれ食べてるのよ」

「なんや。そうやったんか……。でも、此処まで酷い顔になるか?」



 そう疑問をぶつける。

 すると失敗作もちゃんと食べたらしい。

 初めは、涙を流しながら応援していたのだが、カリンが「失敗しても、お嬢様が作った料理を粗末にする旦那様ではない」とか言って、かなりの回数失敗したようだ。

 しかし、その失敗はカリンのちょっとしたイタズラでもあった。

 アリシアは、意外と筋がよく物覚えも早かった。

 それじゃあつまらないという事で、失敗してショボンとしてる可愛らしいアリシアの顔が、見たかったからわざと失敗する様に教えていたのだ。

 そして、その失敗したオムレツを朝昼晩カインは食べてたようだ。

 最初の方は、言わずもがな味はお察しである。

 回数が進むにつれて、カリンの匙加減で良くなっていくが、その前にカインの胃と精神がギブアップとなった。

 話を聞いて、薫は手を合わせるのであった。

 かなりの犠牲を払い、今この目の前にオムレツがあるのだと思うと若干泣けてくる。

 然し、普通に作って失敗しそうなのは、焼き加減と具の味付けくらいだと思うのだが、何を失敗したのかと思いながらオムレツを見る。

 じっくり見る……じっくり見るがわからない。

 そんな事をしてるうちにアリシアが台所から帰ってきた。

 薫の様子を見て、アリシアは首をかしげる。

 全員が席に着き食事を始めた。

 薫が、オムレツに手を伸ばすとアリシアはその動きに合わせ目線が動く。

 なにこの可愛い生き物。

 ちょっと面白い。

 取り分けて、自分の皿に入れる。

 いたって普通のオムレツだ。

 中身は、肉のミンチに野菜が微塵切りされ、炒めたものが入っていた。

 スプーンですくい口に運び一口食べる。



「うん、美味いなこれ」

「よ、良かったです。か、薫様一杯食べて下さいね」

「ああ、そうさせて貰うわ」



 薫から美味しいと言われ、喜びが表情から溢れ出ていた。

 サラは、良かったわねと言いながらオムレツを口に運び笑顔で食していた。

 味は申し分ない。口に含むと上質な肉汁が、口一杯に広がり、飴色に焼かれた野菜の歯応えが、シャリシャリとして良い。

 味付けもしつこく無く、素材の味を引き立てて、野菜本来の甘みを感じられた。アリシアが作ったにしては、上出来と言えた。



「薫様はいいな。私は、此れになる前の段階から食べているんだよ?」

「ちょ、ちょっとお父様それは、内緒って言ったじゃないですか!」



 慌てふためくアリシアだが既に遅かった。

 カインは、オムレツ恐怖症に陥っていた。

 サラとカリンは、その光景を笑いながら見ている。

 いや、止めろよと言いたかったが、和やかな食卓だったので、薫はそのまま場の空気を楽しむのであった。

 カインは、その後もアリシアを揶揄いながら楽しむが、プクッと膨れたアリシアのオムレツ攻撃に、悲鳴を上げながら逃げるのであった。



 食事を終え部屋に戻る。

 薫は、明日皆の元へ行き話をする予定だ。

 目覚めたばかりで、少し頭の回転が遅いが支障はない。

 眠り続けたおかげもあり、魔力欠乏症もない状態である。

 薫は、そのままベッドに入り眠りにつく。

 ゆっくりと意識を手放し、夢の世界へと落ちて行くのであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 朝を迎え起きる。

 薫は、今日行く先の順番を考える。

 リースの所へ最初に行くかなと考える。

 治療院が開くと仕事で大変になるだろうし、先に行っておこうと思うのであった。その次にディアラの所に向かう。約束もあるし、色々聞きたい事もある。その後は、露店のおばちゃんの所へ行く。色々と世話になったのもある。最後にイルガ達の所だ。夜にならないと迷宮から帰ってこないと言っていたから最後に向かう。

 今日の行動が決まったところで着替える。

 いつも通り、アロハシャツの上に白衣を着て、半パンにサンダルとかなりラフな格好で、髪の毛をかき上げる。オールバックにしていく。 すると、ドアをノックする音が聞こえ、返事を返すとアリシアが部屋に入ってきた。薫の外に出かける姿を見て、心配そうな顔で言う。



「薫様、何処かに出かけられるのですか?」

「ああ、寝とった期間の穴埋めするからちょっと出てくる。夜には帰るからな」

「昨日、目覚めたばかりなのにすぐにそんなk……」



 そっとアリシアの頭に手を置き撫でる。

 そして、アリシアが止めようとしているのを遮る。



「大丈夫や。自分の体調は、良うわかっとるから」

「卑怯です。そうやって……す、好きにすれば良いんです」



 プイッと背中を向け、知らないんだからね! でも……心配してるんですよオーラを、存分に醸し出していた。ちゃっかり撫でられる範囲での行動なのがちょっと面白い。

 やれやれといった感じで、薫はアリシアをそっと後ろから抱きしめて。



「もうちょっとだけ心配かけるけど、これ終わったらゆっくりと身体休めるから、それまで見守ってくれると、有難いんやけどダメやろか?」

「!!!!!!!!!!!!!?」



 抱きしめられたアリシアは、キューっと言いながら顔を真っ赤にさせ、「ぜ、絶対ですよ。約束ですからね」早口で言うのであった。

 そっとアリシアから離れ、頭をポンポンと優しく叩き薫は、部屋を後にする。

 部屋を出ると、カリンが舌を出して「見ちゃいました」とウザ顏で言ってきた。ヒューヒューと茶化して来たので、軽くチョップをお見舞いし、食らった瞬間「あふん」と言ってその場で、頭を抱えてしゃがみ込んだ。大粒の涙を浮かべ ながら薫を見るが、自業自得なので薫は何も言わずにその場を後にする。構っても疲れるだけなのが本音であった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 薫は、リース治療院へと足を運んだ。

 治療院前に何人か並んでいて、開くのを待ってる感じであった。

 しかし、まだ開くまでに時間がある。

 少し変わったなと思ったところは、患者さんの出で立ちだ。

 この前は、顔を隠してコソコソとしていたが、もうそんな事は無いようだ。

 少しずつ、周りも変わり始めているのだなと思う。

 薫は裏口の方へと回る。

 ドアを叩きリースの名前を呼ぶ。

 すると、目の下にクマの出来た、なんとも言えない表情のリースが現れる。

一瞬、目が点になりそっとドアを閉めようとする薫。

 それを阻止するリース。

 明らかに目がやばい。

 薫の肩を掴み逃がさない様にする。



「あんたこれから暇でしょ? 暇って言って! 私これ以上働くと死んじゃうから」

「あいにく暇やないんや。忙しそうだから出直すわ」



 揶揄いがいのありそうだなと思い、カラカラと笑いながら答える。

 涙目になりながら頼んでくるリースは、ホラーに出てくるゾンビのようにも見えた。



「お願いよ。後でちゃんとお返しするからぁ〜」

「そうやな。じゃあ一個頼みたいことあるから、それを絶対に断らないって言うんなら手貸したるよ」



 ちょっと悪い顔をしているが、リースは今それどころではない。

 現状捌けないほどの患者が、着ているのだから猫の手でも借りたいところなのだ。



「わかった良いわよ。なんなら一筆書いてもいいわ。だからお願いよ」

「了解。じゃあ治療院を開けてくれ。さっさと終わらさんと次の場所に回れんからな」



 リースは、紙に一筆書き薫に渡す。

 それを薫は、アイテムボックスに入れ保管する。

 そして、そのまま治療室へと向かう。



「薬は、どないなっとるんや?」

「オルビス商会から、毎朝届けて貰ってるわ」

「試験的に運用しとる感じか……まぁ、ええかそこら辺は後で」



 薫は少し考えながら患者が入ってきたので思考を止める。

 そのまま、一人一人丁寧に驚きの速さで、治療していくのであった。

 リースは、途中でくたばっていた。

 並んでた人が、あっという間に居なくなり休憩出来る時間ができた。



「そんじゃあ、リース一個頼まれてくれ」

「とてつもなく、嫌な予感しかしないんだけれど……」

「ええ話かも知れへんやん? ネガティブ思考はあかんで?」

「じゃあ聞くけど何?」



 薫は、リースに特効薬の流通・精製権を渡す話をする。

 それにより、リースは爵位を授かる。



「あんたばっかじゃないの!」

「至って普通やけど?」

「馬鹿よ。迷宮熱の特効薬の精製方法と権利を譲渡するって事でしょ!」

「ああ、それであっとるで」

「軽い……軽いにもほどがあるじゃないのよ」



 リースは、かなり不機嫌になった。

 自身で精製した訳でもないのに、その恩恵が自分にくる事が嫌なのだ。



「私は嫌よ。ちゃんと自身で作り出して見せるんだからだかr……」

「勝手な真似はしないでってか? そこら辺も良うわかっとるよ」

「じゃあなんで?」

「なんや、治療師全員の意識改革が、必要なんじゃないかなって思ってな。他の治療師も見てみ。アルガスみたいなのに言いなりになって、向上心のかけらも無いやん。けどリースは、そこで踠いて頑張っとったから、その向上心を周りに伝染させて欲しいんや」



 リースは、薫の言った事を自分の中で、繰り返し噛み砕き何が言いたいかを、そしてその言葉の真意を探っていく。

 少し考え込むように、俯いたままでいるリース。



「取り敢えず、新たな特効薬を作ることが出来れば、金持ちになれる。此れだけでも結構な破壊力持っとると思うで?」

「た、確かにそうね。でも、私じゃ無くてもあんたが、それになれば良いじゃない」

「面倒事は無しで……お願いや。多分、もう2週間したらエクリクスに手紙が届くはずや」

「手紙?」

「カインさんが、アリシアの病気が治ったって書いた手紙や。それが届くどうなると思う? 治した俺の事が書かれとるんや。俺が、狙われるのは目に見えとるやろ?」

「あ……」



 薫の一言でリースは気付く。

 この街に来た二人組のエクリクスの治療師の行動を。

 従わなければ殺される。

 今回はどうにかなったが、次回どうなるかわからない事。



「危険に晒される事が多くなるんや。自分だけで精一杯や」

「じゃあ、あんたこれからどうすんのよ」

「そのうち街を出て、小さな村にでも行って、ほとぼりが冷めるのを待つつもりや」

「そうなんだ……」

「やから、先陣切ってリースが、この街の治療師共をまとめてくれると有難いんやけど。その安全の為の地位でもあるんや」

「そこまで考えて行動してたの? あんた?」



 薫は、さぁ? どうやろといった感じで笑うのであった。

 この街の治療師達は、権力で簡単に靡く。

 誰一人、アルガスに歯向かわなかったのがいい例だ。

 それを利用して、意識を改革出来れば、もっと良いものになるんじゃないかと薫は思っている。特にリースは、そこら辺が強く出ていた事もあるからだ。アルガスだろうと臆せず、立ち向かって行ったのもある。



「一筆書いて貰うたし。一安心やわ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。貴族の振る舞いとか出来ないわよ」

「カインさん所でどうにでもなるやろ。後は頼むで」

「一筆書くなんて言わなきゃよかった……」

「言わなかったら他の手使うから大丈夫や。俺に隙は無い」

「アリシアって子には、甘そうよね」

「否定はせんよ」

「反応がつまんない。誂う材料だと思ったのに残念だわ」



 心底残念そうに言うリース。

 薫は、そのまま次の用事の為治療院を後にする。

 薫が去った後、今日の患者を薫が全て捌いてしまったので、ゆっくりと身体を休める事が出来るリース。今後、どの様に特効薬を広めるかの話は、カインと直接話をする事になるだろう。後日、オルビス商会に出向くかとリースは思うのであった。



「嵐のような奴ね。あいつが通ると全てが変わっちゃった。良い方にだから腹を立てられないのよね」



 そう言うとリースは、戸締りをして寝室へと入って行くのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 薫は、リース治療院を後にし、その足でディアラの住む貴族区域へと足を運ぶ。カイン曰く、すぐ分かると思うから行ってみるといいとだけしか言われてない。

 そんな、簡単に見つかるものなのかと歩いていると、あからさまにでかい敷地に屋敷が、ど真ん中に小さく建てられてる所を発見する。屋敷が中心で、その周りに天然の自然と言い表したら良いのか、全く手をつけていないというべきか。荒れているのではなく。言うならばその空間だけ、神秘的で異質なのだ。



 薫が、ポカーンと口を開け屋敷を眺めていると、ギィイイと音を立て扉が開く。

 開いた先には、ディアラと小さな少女が立っていた。目元が一緒で、お揃いの白のワンピースにお揃いの髪型で出迎えてくれた。



「いらっしゃい。お待ちしておりました」

「おにぃちゃんが、ははさまのケガを治してくれたの?」

「どうも。ああ、そうやで〜。綺麗さっぱりしたんやで」



 薫は、目線を合わせてそう言う。

 少女の目は、ディアラと同じオッドアイで青と赤色であった。



「ほんとだぁ! このおにぃちゃんが治してた。ピカピカして、ははさまの手治してた!」

「え!!?」

「あらら、ごめんなさいね。薫さん、娘はまだ力の制御が出来てないの」

「え? 娘さんも魔眼が使えるんか」

「私のスキルが色濃くでちゃってね。困ってるのよね。あ、魔眼の事カインから聞いたのね」

「ええ、そうです」



 すごく楽しそうに言うディアラ。



「わたし、ニア!」

「ニアちゃんか。お母さんに似て綺麗な目しとるな」



 そう言って、ニアの頭を撫でてあげるとニアは、驚いたようにディアラの方向きソワソワしだした。

 何事かなと思いながら撫でていると。



「ははさま! ワタシの目キレイって言ってくれたぁ〜」

「あらら〜、良かったね」

「うん!」

「あら、やだ。立ち話もなんだから、少し先にテラスがあるので、そちらでゆっくり話をしましょうか」

「わかりました」

「硬苦しいのはやめましょうね。私は好きじゃないんで」

「そう言ってくれると助かるわ」



 薫は、2人に連れられテラスへと向かった。

 神秘的な庭園を抜ける。

 足元は、石畳で所々に青白い線が走っていた。

 少し違和感を覚えながらも歩く。

 そして、少し歩くと庭園を抜ける。

 屋敷の前にこじんまりしたテラスがあった。

 木材加工で彫刻されており、かなり高級な物ではないだろうかと思う。

 3人は、席に着く。

 ディアラが鈴を鳴らすとメイドが現れ、ティーセットとお茶菓子を持ってきて、丁寧に配膳していく。



「薫さん私にして欲しいことあるんでしょう?」

「なんか全て知ってる感じやなぁ」



 カップを手に取り、少し紅茶を口に含みながらディアラを見る。

 終始笑顔で頬杖を付き薫を見る。

 観念したように薫は、先ほどリースから一筆貰った用紙を渡す。

 ディアラは、それをサッと目を通す。



「この子に譲渡するって事?」

「そうやで」

「私的には、ここにいて欲しいのだけれど」

「色々、迷惑かけるのが嫌やから無理な相談やな」

「私が、守ると言っても?」

「守られるのは嫌いなんや」



 薫が、一瞬鋭い目つきになると、ディアラは笑いながら言う。

 どうしたのかと薫は、キョトンとする。



「旦那にそっくりで……あーもう、あの人も頑固だったのよ」

「旦那さんにか?」

「そうよ。守る存在じゃないといけないんだって。弱かったくせに……でも、いつの間にか追い抜かれちゃってたわ。そして、今では誰もが目指す目標よ?」

「凄いんやな」

「苦しいくせにいつも仮面被って、周りを気遣ってばかりいたわ」

「惚気まくりやな……で? 旦那さんは?」

「もう居ないわよ。7年前に先に逝ったわ」

「すまん。なんか……」

「良いのよ。まぁ、不治の病だったし、私もその頃に娘がお腹の中にいたからね」

「娘の顔見れんかったのは、悔いが残りそうやな」

「そうかもね。っていけないわ! 脱線し過ぎね。ハァ、わかってたけど断られちゃったら仕方ないし、その子に爵位を与えますよ」

「そうしてくれると助かる。それとなんかあった時は、手を貸してやって欲しいんやけど……ええかな?」

「そうねぇ。別にいいんだけど、無償って訳にはいかないしぃ〜」



 ちょっと意地悪な言い方をするディアラ。



「じゃあ、もしもディアラさんとニアちゃんが、治療師の治せない病に罹った時は、俺が必ず治すってのでどうやろ?」



 そう提案するとディアラは、真剣な表情になり、オッドアイの赤目の中に複雑な魔法陣が現れる。

 そして、直ぐに魔法陣が消え真剣な表情が崩れ、ニマニマしながら親指と人差し指で丸を作り「交渉成立」と言ってきた。

 先ほどディアラは、魔眼の能力を使ったのだろうと思いながら見ていた。



「それと、カインさん所のアリシアなんやけど……」

「あー、それは無理ですよ。守って欲しいんでしょう? 薫さん、貴方が守ってあげればいいじゃない」

「いや、俺この街離れるんやから無理やん」

「連れて行っちゃえば?」

「なぁ!!? いやいや、流石にそんなこと出来へんよ。カインさんが許すはず無いやん」

「如何でしょうねぇ〜」



 何故かアリシアの事は、簡単に首を縦に振らず、はぐらかす。

 魔眼のスキルが、どの様なものかわからないが、一つは過去を見る力があるのではないかと思う。

 考えてもわからないので、ディアラに考えておいてくれとだけ言い、話を切るのであった。



「そうや、エクリクスの奴らなんやけど」

「うーん、私が分かる範囲でなら教えるわよ」

「お願いします」



 そう言うとディアラは、エクリクスの二人が薫が倒れた後どうなったか分かる範囲で話してくれた。

 全身複雑骨折で、身動きが取れない状態だったので、適当に何人かの治療師を集めて、治療をしてから運ばれた。

 翌日にディアラが取り調べで、魔眼の力を使い全てを見透かす予定だったが、その日の夜に身体が自然発火し、翌日焼死体として発見された。

 服や身体が跡形もなく燃えていた事から、どのようにしてそうなったか分からないでいた。

 かろうじて残ったのは、エクリクスから配られているアクセサリーのみ残ったのだという。



「エグいなぁ」

「どうやってそうなったか検討がつかないのよ」



 ディアラは、頬に手を当てうーんといった感じでいた。

 しかし、残ったアクセサリーが何かしらの手がかりではないかと思う。

 薫は、そのアクセサリーを見せてもらえないか聞く。



「あるにはあるんだけどね……」

「どうしたんですか?」

「回収してからいつの間にか砂に変わってたの」

「それが、手がかりかなと思ったんやけどなぁ」

「鑑定には、時間がかかるのよね。それに砂に変わってしまったらお手上げだし」

「憶測やけどそのアクセサリーが、発火した原因やないかと思ったんやけど、調べれんのんやったら意味ないしなぁ」



 ディアラは。「ごめんなさいね」言いながら薫を見る。

 謝られてもこればっかりは、仕方ないので「やめてください」と言う。

 エクリクスの話は、これ以上しても何も進展しそうにないので薫は、アルガス達の事について話を変えた。



「あの二人なら元気よ」


 その言葉に薫は、少し安堵する。

 そして、回復も早く。

 罪人の館で、簡単ではあるが雑務をこなしていると言う。

 それには、薫も少し驚く。

 今回の件での罪にそれが含まれているようだ。

 奴隷までは、落ちなかった。

 それは、この街を最初から立ち上げる時から居る為、それと一応この街で、二番目に回復魔法が使えるからだ。

 アルガスの治療院は、そのまま残ったままで、管理は今の所ディアラが仕切っているようだ。その内、誰かに譲渡するとの事。その中で、働いてる者は腕も良く、引き抜かれた者が多い。この街では、かなり役立つ分類に入る。



「なら良かった。回復の早いように治療したからなぁ」

「そうよ! 薫さんが使ったあの特殊固有スキルでしょ!」

「ま、まぁ、そうなるな」

「どんな能力なの? 空間に干渉するスキルは、ものすごく希少なんだから」



 かなり鼻息を荒くして聞いてくるディアラ。

 ちょっと後ずさりする薫に、ディアラは頬を染めて謝る。

 なにやらディアラは、特殊な魔法やスキルなどの研究をしているようだ。

 そのため、薫の持つ『異空間手術室』が気になって仕方なかったのだ。

 薫は、詳しく話すわけにも行かず、どうするか悩み簡単な仕様だけに留めた。

 それだけでもディアラは、嬉しそうに知識を噛み砕き自身の糧としていく。

 聞いている姿は、子供のようだなと思うのであった。

 最後に薫は、罪人の館の場所を聞く。

 あとで、診察と薬を渡すためだ。

 一応、『解析』も入れて経過の予測は、わかっているが自身の診断も入れないと安心できないのだ。

 そんな事を話していたら、思い出したかのようにディアラは、薫に言ってくる。



「あ! そうだったわ。周りの貴族からかなりの請求が来てたわよ」

「え?」



 キョトンとした感じで聞き返すと。

 薫の莫大な魔力放出で、近隣にかなりの影響が出た。

 今回の被害総額は、800万リラ掛かったという。そのお金は、カインが一括で出した事を聞き薫は、頭を抱えた。



「報酬から差っぴいて貰うわ」

「あら? 薫さんそんなお金持ってらっしゃったんですね」

「アリシアを治した報酬金で何とか賄える範囲や。殆ど残らんけどな」



 溜息を吐きながら言う。

 ディアラは、大いに笑いながら薫を見るのであった。

 ずっと、薫とディアラが喋っているのを、ニアは楽しそうにお菓子を頬張りながら見ていた。

 話が終わったのかと思いニアは、薫の横へ来てちょこんと膝の上に乗った。

 キラキラと期待の眼差しで見つめてくる。

 それをディアラも楽しそうに見つめる。

 目の前のニアに視線を向けて、柔らかそうなほっぺをちょんと摘み、外側に軽く引っ張る。



「如何して、膝の上に乗ったんや?」

「のりごほちがよさそぉうらったから」



 痛くない様に引っ張ってはいるが、言葉の呂律が回っておらず、聞き取りにくい。自身で招いたことなので、まぁ良いかと思いゆっくり離してあげる。



「おはなしおわった?」

「まぁ、そうやなあらかた終ったで」

「遊んでくれる?」



 薫の膝に乗ったまま上目遣いで言ってくる。

 うるうるとした目で見てくるニアは、策士だなと思いながら頭を掻き、ニアを肩車し、立ち上がる。

 キャッキャと燥ぎながらいつもと違った景色を楽しんでいた。

 それを、笑顔で見送るディアラ。

 三十分位だろうか、薫は盛大にニアと遊び倒し、大満足のニア。

 小さな声で、「お行儀良くしてたから一杯遊んでもらった」などと言っていたが、薫は話が終われば、少しくらいなら遊んであげようとは思っていた。

 しかし、ニアは「これが一番楽しそうだったから選んで正解」と言った。

 なんの事だか分からず首をかしげる。

 その後、薫はニアを肩車したまま軽くディアラと話をした。そうしているとディアラは、「そろそろ、次の場所に行かないといけないんじゃない?」と促して来た。

 それを聞いて次の場所へ行くかと思うのであった。

 適当に挨拶をし、ディアラとニアに別れを告げる。



 すると別れ際にディアラは、忠告とだけ言い耳元で、「この街を離れるなら一週間後に出なさい」と言ってきた。

 そして「出ないも出るもあなた次第。でも、もし出るのならその位が、貴方にとって一番良い日と思うわよ」と付け加えて、満面の笑みで言ってくる。

 薫は、そのくらいが丁度いいかなと思う。エクリクスへの手紙も、そのくらいには着くだろうと思いながら頭の中に入れておく。

 アリシアも安定して、此方の世界の薬等で免疫力も付いて安心できる水域まで達していた。残りの期間もそれで大丈夫であろうと思う。

 少し考えながら、ディアラに「そうさせて貰うわ」と言いディアラ達と別れた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 薫は次に商業区域の露店のおばちゃんの元へと行く。罪人の館は、商業区域の南に位置している。歓楽街と奴隷の売り買いなどがある区域だ。

 だから、先に露天へと足を運ぶ。

 いつも通り、店先で人と話をしているおばちゃんを発見する。

 人が去るのを待ち、去った所でおばちゃんの元へ向かう。



「どうも。景気はどうや?」

「まあまあだよ。一週間も顔見せないから、死んでしまったのかと思ったよ」



 少し意地悪そうに言うおばちゃん。

 それ程、驚かないところを見るに、何かしらの情報が入っていたのだろう。



「噂が飛び交ってるよ。アルガスが、爵位を失ったとかも頻繁に流れて、お祭り騒ぎさ」

「大好物そうやん。そういう噂」

「みんな、話したがりだから仕方ないよ。あんたも大変だったっていうじゃないか」

「そんなことあらへんよ」



 他愛のない話をしながら笑い合う二人。

 そして、一つまた噂を流して貰う。

 リースの件と特効薬の報酬だ。

 それを聞きおばちゃんもなんとなく分かったのだろう。

 良い笑顔でそれを了承してくれた。

 そして薫に一言言う。



「で? 実際は、特効薬を作ったのは誰なんだい?」

「誰でもええやん。そんなん」



 ジッと薫見るおばちゃんは、溜息を吐きやれやれといった感じで、それ以上追求しなかった。寧ろ、分かっていて聞いてるようにも見えた。



「それじゃあ、俺は次に向かうところあるからこれで」

「体に気をつけるんだよ」



 手を振りながらそう言い薫を見送る。

 それに薫も手を振り返すのであった。



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 薫は、罪人の館のある通りを歩く。

 昼間なのにちょっとガラの悪そうな人達も何人かいる。

 歓楽街も入ってるせいかなと思いながら 罪人の館へ向かう。

 すると、レンガで積み上げられた大きな建物が見えた。4階建てのようだ。

 窓は少なく作られている。

 扉の前には、兵士のような者が2人立っている。

 ガタイも良く装備もかなりいいように見える。



「どうも。この中に用事があるんやけど」

「治療師の方ですよね?」

「ん? そうやけど」

「お名前を聞いてもよろしいですか?」

「薫や、芦屋薫」

「あー、どうぞ中へ」



 頭にクエッションマークを出しながら中へと通される。

 すると中は、質素な作りになっている。

 受付のようなカウンターがあり、そこで薫は、用件を伝えると奥へと通される。

 客室のようだ。

 この部屋は、豪華に飾られている。

 少し待つとこの屋敷を管理している者と一緒にアルガスがやってきた。



「どうも、お待ちしておりました。芦屋薫様で間違い無いでしょうか?」



 そう言いながら手を出し握手を求めてくる。

 見た目アルガスと同じ年くらいか少し上に見える。

 ひょろっとした体格に薄手のシャツにズボンといった感じだ。

 アルガスは、薫の何と無く言いたそうな顔に対して言う。



「おい、言っておくがこいつは見た目以上に強いからな。姿だけで、評価すると痛い目にあうぞ。しかもまだ現役だ」

「はっはっは、大した事ないですよ。ほんの20個程、迷宮を攻略して潰した程度の力量ですから」



 薫は、若干引きつるのであった。

 然し、その様な者がこの館を任されているという事は、かなり安心して良いと言える。

 脱走などしようと思えば、この人が飛んでくるのだ。

 怖いもの知らずがいなければいいがと思うのであった。



「私は、リグロスと言います。この館を統括しております」

「どうも。一応、アルガスの回復を見に来たんやけど」

「は? 俺か?」

「話は聞いてますよ。私同伴でしたら、好きしてもらって構いませんよ」

「助かるわ」



 アルガスは、話についていけずに聞いてくる。

 薫は、面倒くさがりながらも病気というものを教える。

 手術・治療と回復魔法の違いだ。

 すぐに目に見えて良くなるのが、回復魔法で、ゆっくりと時間をかけて治るのが、今回の治療とだけ言った。

 無理は禁物とも言った。

 またぶり返して、不治の病になりたいのならば、勝手にどうぞと言うとアルガスは、素直に分かったと言うのであった。

 そのまま薫は、アルガスの診察を済ませる。

 至って健康、術後の経過も良好だ。

 このまま薬を飲み続ければ大丈夫と言った。

 そう言うと、アルガスは本当に絶対だろうな? と何度も念押しに聞いてくるのである。でなければ、全ての地位を無くしてまでやった意味がないと言うのである。

 どうしようも無い奴だなと思いながら、薫はアルガスにちゃんと償えよとだけ言うと、絶対に元の地位に返り咲いてやるとだけ言ってきた。

 野心の塊のようなものを感じながら、薫は罪人の館を後にする。

 今回の事で、アルガスは不正も出来なくなっているから、正攻法での勝負になるだろう。どれだけ這い上がってくるか、ちょっと楽しみでもある。競争相手がいないと、人と言うのは堕落してしまう人が多い。だからこそ、償いを全て払ってから、堂々とリース達と競って欲しいのだ。

 そんなことを考えながら、最後にイルガ達の元へ向かう。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 薫は、少し早く宿屋へと着いた。

 カウンターの人も、顔馴染みになりつつあり、少し話をしてからイルガ達を共有スペースで待つ。

 周りが暗くなってくる。

 すると、何人もの探求者が宿屋に帰ってくる。

 その中にイルガ達をもいた。

 手を上げて振ると気付き此方へと来る。



「薫じゃないか。元気か?」

「お見舞い行っても会えないから、死んじゃったのかと思ってたわ」

「元気や。勝手に殺すな」



 三人は笑いながら話す。

 そして、薫は前回の依頼料の話をするとイルガ達は、部屋に行こうとだけ言ってきたので、それに従い部屋へと向かった。

 部屋に着くとイルガは、重い鎧を外し、ラフな格好になる。

 リリカは、もともと軽装備なのでそのままだ。



「ほんじゃあ、此れが今回の依頼の報酬金や」

「素晴らしいぞ! 薫、お前は最高の友だ」

「なんかあったらまたよろしくね。じゃんじゃん、受けちゃうんだから」



 二人の喜びようが半端ではない。

 そのまま、踊りを踊ってしまうかのようなはしゃぎようだ。

 それもそのはず、イルガ達に払った金額は、1人50万リラ。

2人で、100万リラなのだ。

 危ない目に会うかもしれないと、わかってるからこその値段でもあった。

 金額提示にそれ程の事と理解していた2人。

 文無しに近かったのも相まって、高報酬の依頼だったから受けたのだ。

 イルガとリリカは、アイテムボックスに金貨を詰めた。

 ほくほくな顔で、薫に絡んでくる。

 そう、アリシアの事でだ。



「可愛い子だったぞ。なぁ、リリカ」

「そうよ。あんな、お嬢様を引っ掛けるなんて大したものよね」

「なんか人聞きの悪い言い方やないか」

「そんな事無いぞ。祝ってやってるんじゃないか」

「祝える事はしとらんし。それに、俺は一週間後にはこの街を出るんやから」

「「え!!?」」

「なんや? びっくりしすぎや」

「アリシアって子どうするのよ」

「どうするも何も連れて行けるわけないやろ」

「しかしだな……可愛いそ過ぎないか?」

「あのなぁ、イルガのおっちゃん……他人の恋路言う前に自身の方どうにかしろよ」

「「……」」



 薫の言葉に二人とも黙る。

 今日、ディアラから言われた日付けで立つのが吉と言われ、薫は決めていたのだ。

 あまり、長居をしてもどうしようもない事もわかっていた 。

 薫は、今日やるべき事はすべて終わり、そろそろ帰るかと思うのであった。

 イルガ達は、止める事も出来ず、ただ沈黙するだけになっていた。

 薫は、イルガ達と別れ、そのままオルビス邸に戻った。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 薫が戻ると心配げに駆け寄ってくるアリシアの姿があった。

 やれやれといった感じで、カリンも付き添いながら来る。



「お帰りなさいませ薫様」

「すまんな。ちょっと遅うなって」

「いいんです。今日だけと言いましたから」



 朝言ったことを信じるアリシア。

 然し、ついつい横槍を入れたがる、アホの子カリン。

 朝の出来事の後、アリシアは薫の部屋で硬直したままお昼まで居たという。

 なぜ、そこまで放置したのかとカリン問い詰めると、あまりの可愛さに見惚れてたという。

 仕事しろよダメイドと思う薫なのであった。

 アリシアは、暴露され顔を真っ赤にさせたまま自身の部屋にダッシュして行った。



「あらら〜、ちょっとやりすぎちゃいました」



 舌を出しながら言うカリンに薫は、やり過ぎやと言いながら脳天にチョップを入れ、カリンを玄関で沈めた。

 溜息を吐きながら薫は、カインの居る書斎へと足を運ぶ。

 色々とまた、迷惑をかけた事が分かったからだ。

 扉をノックし、返事が返って来るのを待つ。

 どうぞと返事が帰ってきたので中へ入る。



「薫様戻ってたんですね」

「ああ、今日色々聞いて回ってきたんやけど……また迷惑かけてしもうてたみたいや」

「請求書の事でしたらいいですよ?」

「いや、それはあかんって。その金額は、報酬から差し引いてもらってもええから」

「そ、そうですか」



 薫の申し訳なさそうな表情に、参ったなぁといった感じで頭を掻きながらカインは言う。



「受け取れないって言っても、薫様はお金を置いていきそうですし。わかりました。では、請求された金額は、薫様の報酬金から引かせていただきますね」

「じゃあそれで頼むわ。あと此れが、足りない金額の300万リラや」



 そう言って足りない金額も出す。




「薫様は、もっとがめつく生きてもいいと思うんですけど」

「そこまで甘えれへんし。稼ぐんやったらまた治療で稼ぐわ」

「そうですかわかりました」



 そう言うとカインは、お金を書斎の引出しに入れた。

 椅子に深く座り、笑顔で薫に言ってくる。



「やっと特効薬の流通を確保出来ました。あとは、リースさんと話し合えば終わりです」

「思ったより早いな」

「我々の仕事ですからね」

「そうや。ディアラさんと色々話して来たで」

「不思議な方だったでしょう?」



 そう言いながら笑うのであった。

 それについて薫は、カインに話をする。

 今日聞いた事など頼んだことなどだ。

 それを聞いて、エクリクスには要注意だなと言いながら溜息を吐くのであった。



「あとはカインさん俺あと一週間でこの街出ようと思うんや」

「!!? そ、そうですか……。では、アリシアの病気は?」

「ああ、もう心配あらへんよ。安定したしな。あとは、薬をいる日数だけ飲めばもうなんの心配もせんでええよ」

「そうですか。有難うございます」

「ええよ。長いようで、短い期間やったけどお世話になりました」

「とんでもない。薫様が来てから、もう毎日が驚きっぱなしでしたよ」

「ディアラさんに出るなら一週間後がええって言われてな」

「成る程……何かあるんでしょうね」

「よう分からんけど、その言葉に乗っかるつもりや」


 そう2人は話しているとドアの方から何かが割れる音がする。

 それに反応した時には、遅かった。

 ドアが少し開き、アリシアの姿が見えた。

 驚き、薫の言葉が永遠とループしているのか、立ったまま涙を流していた。



「「あ、アリシア(ちゃん)!!?」」

「す、すいません。あ、あれ……お茶を持ってきたのですが。そ、その……ごめんなさい」



 そう言うとアリシアは、走って逃げてしまった。

 自室まで走り、鍵を閉めドアに寄りかかる。

 止めどなく流れる涙に、訳が分からなくなっていた。



「あー、失敗した。まだ、アリシアちゃんには言うつもりやなかったんやけど……」

「まさか、お茶を持ってくるなんて……」



 頭を抱える二人に能天気な声が一人聞こえてくる。

 ドアを開けこちらを見るのは、笑顔のカリンだった。

 その姿から容易に想像できた。

 先程の罪滅ぼしのような感じだろう。アリシアに今、書斎に居るのでお茶でも入れて、持って行ってはどうだろうといった感じだろう。

 カリンに聞くと大当たりだった。

 カリン自体も今回は、悪気があったわけではないが、あまりのもタイミングが悪過ぎる。

 悪過ぎるのだ。

 病気よりも精神面の問題なだけにこればかりは、薫が当人なので関与しずらいのだ。

 カリンに説明すると青くなり、ワタワタとし始める。

 落ち着かせて、今はアリシアを一人にさせておこうという事になった。

 下手に動いて、悪化を辿るのも良くない。

 特にカリンがだ。

 カインに時間を置いて後で、薫が話に行くという事になった。

 カリンは、サラにこの事の報告だけを任せた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 時間が経ち薫は、満を持してアリシアの部屋の前にやってきた。

 コンコンとドアを叩くと、啜るような音と、か細い声が聞こえる。

 薫は、聞き逃さない様にすませ聞き取る。

 ドア一枚隔て、話をする。



「すまんな。ちゃんと言うつもりやったんやけど……タイミングが最悪やったな」

「薫様が謝らなくてもいいんです。分かってました。治してくれるって言った時も、いつかは別れがあるって……ずっと一緒になんて……夢見てました」

「……」

「我が儘なんて言いません。治してもらっただけでも返しきれないのに……私の我が儘なんて……」

「ごめんな。辛い思いさせてしもうて……余り、深く関わらんようにとは思うとったんや。別れがこうなる事も……でも、アリシアは真っ直ぐ見てくれとる。容易に無碍にはでけへんかった。やから……ごめんな」

「そう言ってくださるだけで……私は幸せです。本当にありがとうございました……きょ、今日は疲れてしまったんで、これで……」



 アリシアは、とぎれとぎれになりながらも一生懸命話す。

 それを聞くだけで心が痛くなる。

 そう言うとドアの前からアリシアの気配が消える。

 薫もそれを感じ取ると部屋へと戻る。



 なんとも言い難い1日になってしまった。招いたのは自分、悲しませたのも自分自身の行動。

 ベッドの上で目を閉じると、ショックを受け、涙を流すアリシアの姿が目に焼きついていた。

 薫は、眠れぬ夜を過ごすのであった。


少し遅れました。

ですがなんとか出来ました。

手直しやら何やらしてるとまた文字数が大変なことに……。

書いてて楽しいですね。

次回は、頑張って一週間以内に出すよ。

おっちゃん頑張る。

アクセス数がいつの間にか120万pvでした。

恐ろしい数字です。

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