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貴族墜落作戦!10 後編

 何処からともなくそのような声が聞こえた。

 リリカは、反応が少し遅れた。だが体を捻り何とか影に手を触れられる程度で、外傷はない状態ですんだ。

 イルガも何かわからない物体の攻撃を避けた。



「誰だ!」



 そう言ってイルガは、威圧を自身の真正面に解き放ち敵の様子伺う。

 ラルフ、ダリア、シュミットは、バルドを取り押さえていたせいもあり、そのまま前に倒れこみ体が痙攣していた。



「麻痺状態?! 何処から……」

「イルガ……ごめん。やらかした」

「!?」



 リリカは、イルガにそう言いながら影に触られた腕を見せて言う。

 リリカの腕には、魔力封印の呪印が浮かび上がっていた。



「マジか……高火力のリリカが使い物にならないか」

「ま、魔力使わなくてもあ、ある程度戦えるもん。や、役立たずじゃないもん」



 イルガの使い物にならないの一言で大ダメージを受けるリリカ。

 こんな状況でもまだ余裕があるようにも見えた。



「イルガおっちゃん、リリカ大丈夫か?」

「俺は大丈夫だ。リリカと護衛三人は使い物にならなくなった」

「おいおい、不意打ちでほぼ壊滅やないか……」

「薫、あんたぼけっとしてないで早く三人の麻痺を解除しに行くわよ」

「リース一人で向かうな!」

「え?」




 薫の声に驚き、リースはその場で動きを止める。

 目の前の影からズルリと紫色の法衣を纏った男が現れた。



「いやぁ〜、残念残念。もうちょっとだったんですがねぇ。アウラ」

「コウダー、おっしいなぁ。銀髪兄ちゃんいい判断だったぜ。くっくっく」

「面倒なのが来たか。これだけは、回避したかったんやけどなぁ」



 頭を掻きながら薫の表情が険しくなる。

 イルガ、リリカ、リースもまた同じで表情が険しくなる。

 今の状況は最悪に近い。

 そして、何よりも紫色の法衣を着た二人の威圧により、薫以外の三人は、行動に制限が付いてしまっていた。

 イルガよりも魔力が上回っているようだ。

 本来のリリカならば動き回れるのだが、魔力封印でこの威圧に耐えられていない。

 リースは、恐怖心により声すら出せない状態だった。



「おやぁ? 俺らが何者なのかわかってるような口ぶりだねぇ」

「エクリクスの奴らやろ? あと、お前は昼前に治療しに来とったやないか」

「ご名答。素晴らしいですねぇ。あなたの魔力には驚かされましたよ。回復速度が、普通の治療師の何十倍だ! そして、追加効果付きといった感じでしょうかねぇ」



 コウダーと名乗る男は、気色の悪い笑顔で薫を見る。

 それだけで異様な寒気が薫を襲う。

 薫は、内心焦っていた。エクリクスが、なんらかのアクションを起こすことは、予め分かっていたこと。

 それがよりにもよって、アルガス邸での襲撃という形で、出くわすとは思わなかった。

 仲間全員を無傷でどうにかする方法が無いか模索するのであったが、どんな行動を取っても誰かが傷付いてしまう。

 ここに来て笑えてくる。患者などの治療には、どんな状況でも頭が回るくせに、こんな状況では、全くと言っていいほど回らない。

 今回の作戦も自分が招いてやった事、イルガ達からも言われた。

 死に直面する確率が上がる事。それを招いて周りを巻き込む事。薫は、苛立つ感情を鎮めるため思考を止めた。

 少し冷静になるように深呼吸する。

 自分で巻いた種を全て刈り取る最善の一手を打つために。



「お前ら俺の屋敷で勝手なことをしおって!」

「おいおい、金づるがなんか言ってるぜ? てかお前が治ったらこっちが困るんだよ。エクリクスで治ったのならまだいいが、それ以外の奴に治されたらエクリクスの株が駄々下がりじゃねーかよ! それでなくてもこの前の一件で、始末し損ねた奴らもいるのによぉ〜」

「か、金づる? お、お前ら何言ってるんだ?」

「くっくっく、こいつまさか俺らが病気を何とかしに来たとでも思ってんのかよ。あー、腹いてぇぜ」

「そんなに笑ったら失礼ですよ。まぁ、簡単な話ですよ。 エクリクスの看板に泥が着く前に、排除してしまえば汚れはつきません。汚物は、黙って消えて下さい」

「なっ!!!」



 エクリクスの二人の言葉にアルガスは青ざめて行く。



「そ、そんな事をペラペラと喋って、お前らも終わりだぞ!」

「金づるの分際で何強がってるんですか。ここにいる全員始末するからいいんです。死人に口無し、調べても分からないように毒殺しますので」

「先ずはお前からだ!」

「ひぃっ」



 エクリクスの男一人が、一瞬でアルガスとの間合いを詰めようとした。次の瞬間その間に体を滑り込ませ、主人を守るように身を盾にするバルドの姿があった。



「アルガス様!!!!」

「くっくっく、残念だったな。『猛毒の呪縛ポイズンバインド』」



 アルガスとの間に入ったバルドであったが、アウラは、バルドの体の隙間からアルガスに直接魔法を撃つ。

 放たれた魔法は、アルガスに当たり、アルガスは急に腹を抱え床に倒れる。



「アルガス様!! アルガス様!!!!」

「ぐあああっくぁあああ」



 額に脂汗が流れる。

 アウラは、不敵な笑みで楽しそうに話す。



「俺のこの『猛毒の呪縛ポイズンバインド』は、新しい魔法なんだぜ。治療の為に何人も試してたんだがよぉ。治す魔法じゃ無くて、毒素の強い魔病を作っちまったんだぜ。くっくっく。面白いだろ? 死因は原因不明の病死だせ! まぁ作った本人がわかんねーんだからな」

「本当に稀ですよ。まぁ、そのせいで汚れ仕事に回されたんですけどねぇ」

「うっせぇな。良いんだよ。これが終われば晴れて、くっくっく」

「はいはいでは、特効薬の作り方をご存知の方はどの方ですか? それ以外の人は殺すんで挙手して下さい」

「早くしろ! この後も仕事が残ってんだよ。仕上げにオルビスだったかな。あそこの娘の始末だ。此処について治っただのって噂聞いて焦ったぜ。まぁ、この魔法を使って実は治ってなかったって事にして、毒殺するから問題ないがな。俺らは、この仕事を完了すれば、晴れて幹部入り間違いなしだぜ。くっくっく」



 舌なめずりしながらそう言う。



 するとオルビスという言葉にピクッと薫が反応する。

 そして薫の様子が変わっていく。

 薫の中の何かが弾ける。

 何か吹っ切れたようなそんな感じだった。

 静かに殺意を向けながら言葉を紡ぐ。



「今なんて言うたんや? オルビスって言ったよなぁ」

「あん? それがどうしたって言うんだよ」

「も一遍言うてみろ……」

「「!!!」」



 エクリクスの二人は、また同じように言おうとした瞬間この世のものとは思えない恐怖と重圧に晒される。

 薫の方を直視出来ない。

 見る見る二人の表情は強張り、なぜこのような場所にいるのか? 動きたいけど動けない。声を発する事もままならない。自身の心臓を鷲掴みされているかのような感覚に陥る。

 薫は、魔力の蛇口を最大に開けるイメージで使っていた。

 湯水の如く魔力を使い続ける。

 その影響で仲間全員の意識を刈り取ってしまっていた。

 薫は、ゆっくりと二人に近付き目の前に立つ。



「もう一遍言うてみろや……」



 トーンは低く言霊に乗せられ、二人は精神をガリガリとすり減らされる。

 二人は、薫と目が合った。

 その目は、酷く冷たく底知れぬ闇が見て取れた。

 ガチガチと歯が震え音を奏でる。

 そのまま気絶したら、どれほど楽だろうかと思ってしまうレベルだ。



「あとなんて言ったか? 病気治す治療師が、なんで病原を作っとんねん!」



 薫は、凄まじい速度で手前に立っていたコウダーの顔面を拳で撃ち抜いた。

 薫の殴るモーションは、アウラの肉眼では追うことができず、気が付いたらドンっとものすごい音とともに、空圧が通り過ぎて行った。

 背後で、壁でも突き抜けたような馬鹿でかい音が三度ほど聞こえた。アウラは、背筋が凍りつく。

 その場に立つ薫は、拳から血飛沫が飛び散り顔を汚す。殴った右手は、ひしゃげており原形をとどめていない。

 今の薫は、悪魔のような何かにしか見えない。

 次の瞬間、薫は右腕に『完全治癒エクスキュア』を掛け一瞬でぐちゃぐちゃになった腕を元通りにする。

 その瞬間だけ威圧が緩んだ。

 アウラは、チャンスと思いその瞬間を見逃さずに魔法を唱える。



「し、死ねぇええええ!! 銀髪野郎!!! 『猛毒の呪縛ポイズンバインド



 アウラが出した魔法は薫に当たる。

 勝ちを確信し、アウラの表情に笑みが戻る。

 がしかし、次の瞬間信じられない光景が目の前で起こる。



「『診断』『解析』『薬剤錬成』」



 薫は、瞬く間に掛けられた病気を診断し、解析する。そのまま解毒の成分を一瞬で薬へと変えていた。

 そのまま出来た薬を飲み込む。

 体力の減った部分を体力全回復の『アポロンの光』で回復させる。



「ば、化け物め!  なんでお前が大神官様と同じ最上級の魔法が使えるんだよ!!  『影隠れ《シャドウアウト》』」



 アウラの魔法発動で地面の影にアウラの体が沈んでいく。

 この魔法で奇襲をかけてきたのだ。



「お前の相手なんてしてられるか! 俺は、さっさと退散するぜ」



 沈みきる前に、薫は再度右手を振り翳し、アウラが沈んでいく地面を撃ち抜く。

 ズドンっとものすごい衝撃で薫を中心に五メートルほどの半円形の穴が出来る。

 アウラは、地面の影から強制的に空中に放り出された。



「そ、そんなのありかよ!!」

「とりあえず二度と俺の前に来れないようにしたるわ」

「!! や、やめr……」



 アウラの言葉を言い終える前に空中で、アウラの胸ぐらを掴み。

 背中から地面に叩きつける。

 凄まじい音とともにまた地面をえぐりあげる。

 叩きつけたまま襟を締めあげる。



「し、死ぬ……」

「アリシアに指一本触れてみろ……殺すぞ」



 薫とアウラは目が合い凍りつく。

 起こしてはならない者を起こしてしまったとでも言うかのような感じだった。

 なんとか震える身体に鞭を打ち声を振り絞る。



「もう、関わらないがら。だ、だずげでぇ……」



 アウラは、ズタボロになりぐしゃぐしゃな顔で薫に言うのであった。

 薫は、無言のままポンとアウラを空中に投げる。

 落下して来たところに回し蹴りを入れ、コウダーをふっ飛ばした方へと蹴り飛ばす。

 轟音とともに、コウダーと同じく3枚ほどの壁を突き抜け、四枚目の壁にめり込み止まる。

 二人とも虫の息で、身体中の骨という骨が砕けていた。

 攻撃を食らう瞬間、条件反射で守りに魔力を回したおかげで、なんとか一命を取り留めていた。



 薫の体から夥しい魔力が、蒸気のように放出されていた。

 その状態にかなりの違和感を覚える。

 そう、今までで一度だけ使った『異空間手術室』で感じた時以来の脱力感だった。

 脳が冷静さを取り戻していくが、魔力放出が治らない。



「あ、あれ? あかん……制御できへん」



 険しい顔になり、どうすればいいか分からず、その場に座る。

 このまま、垂れ流し続けてると死ぬかなと思いながら辺りを見回す。エクリクスの奴らが、奇襲を仕掛けてからまだそれほど経っていない。

 周りに倒れているみんなを見て、間抜けな声が出るのであった。



「うわぁ……忘れとった。まだ、みんな気絶しとるし。ちゃちゃっと治せば分からんかなぁ。絶対バレるやろうからバレたら頭下げるか。その前に俺がどうなるか分からんけどなぁ」



 そんなことを言いながら薫は、仲間全員の下へ行き『完全治癒エクスキュア』と『体力全回復《アポロンの光》』を使う。ラルフ達には、『麻痺回復パラライズキュア』で麻痺も治す。



 薫は、脱力感があるもののそのままアルガスの下へ行く。

 アウラの魔法を受けて、五分くらい経っただろうか。

 顔色は、優れないが何かがおかしいことに気付く。

 あの魔法を食らって、時間が経過しているのに進行が遅いのだ。

 脱力感に苛まれる中、薫は倒れているアルガスに『診断』『解析』を掛ける。

 すると結果が出た。



 ・病名、大腸癌(S状結腸癌)

 大腸にできる悪性腫瘍。場所により癌の名前が変わる。

 ・症状、血便、便通異常(下痢、便秘など)、腹痛、腹部膨満、貧血などがある。放置していると進行していく。

 リンパにまで進行が進むと他の臓器に転移し、様々な病気を併発する。

 現時点で治すことは出来ない。

 死ぬのを待つのみ。

 ・進行度、ステージ分類Ⅰ期

 ・特効薬、進行を遅らせる【時の丸薬】のみ有効とされる。

 完治は出来ない。



 ・病名、ガフテリア

 ジフテリアの一種でジフテリア菌が出すジフテリア毒素の強力版とされる。

 主にこの菌は、細胞のタンパク質合成を阻害する。

 それにより、心筋障害、腎障害、精神障害などを発生させる。

 ジフテリア毒素ならば1〜2週間で死亡してしまうが、このガフテリア毒素は、体内に入り3時間で死に至る。

 ・特効薬、ジフテリアと同じで、ペニシリンといった抗生物質で治る。

 デクスゴーレムの雫に含まれる成分の、パニッシュガンという成分の方が効果は高い。



 現時点でわかる病気がわかった。

 そして、何故毒の進行が遅いのかもわかった。



 ・薬、時の丸薬

 ・効果、体内でのみスロウ効果がある。進行性の病などを一定期間低速にする。とても高価な品物。



「これのおかげか……治療薬として飲んでたんやろうな。先ずは、毒を解毒せんとな」



 薫は、ガフテリア毒素を取り除くための薬を精製し、アルガスに飲ませようとしたが、気を失っていて飲ませることができなかった。

 少し頭を捻り医療魔法の『点滴』で体内に薬を入れることにした。

 効果は、見る見る出てくる。

 顔色の悪かったアルガスは、『点滴』を使い始めて直ぐに和らいだ。

 それを見て一段落する薫なのだが、相変わらず夥しい魔力が出続ける状況は、変わらない。

 薫は、ふらつき後ろに倒れそうになった。

 その時、スッと背後から支えてくれる暖かな温もりを感じた。



「危ないですよ。このまま放置してたら生命力まで持っていかれますから」

「え?」



 その声に薫は驚く。

 振り返るとそこには見覚えのある女性がいた。

 純白のローブを着飾り、長い金髪をなびかせていた。顔立ちも良く10人いれば全ての人が綺麗というだろう。見た感じで、年齢は分かりにくいが。三十代ではないかと思う。



「あ、あれ? どうしてここに?」

「ビックリしましたか? 先日はどうも。火傷をこんなに綺麗に治して頂きましたからって、覚えてらっしゃいますか?」

「ええっと!!? あ、はい!? ってどういう事や?」



 薫は若干パニック状態にいた。

 目の前にいる女性は、薫がこの街に来た初日に、貴族区域で出会った人物。オルビス邸の道案内を頼んだその人であった。

 そして聞き覚えのある声も聞こえてくる。



「薫様! 大丈夫ですか? って全然大丈夫そうじゃないですね……」

「えー! カインさん迄どうして?」

「ラルフ達から連絡をもらってたんだ。ここにアルガス邸に来る前に何かしら、あってはならないからってね」

「それにこの街で物凄い魔力を感知したら私も出なければなりません」



 カインはいい笑顔で言う。

 横の女性も笑顔で薫を見つめていた。



「申し遅れました。私は、ディアラ・ラングリットと言います」

「薫様は、顔見知りと聞いてますよ。私の屋敷に来る時に出会ったと」

「まぁ、そうなんやけど……」



 顔見知りだが、かなり強引に事を進めてしまった部分もあり、ちょっと申し訳ない気持ちになる。

 まさかこんな所で、もう一度出くわすなんて夢にも思わなかった。



「取り敢えず、今から魔力を制御しましょうか。話はそれからで」

「ど、どうやってするんや」

「私にお任せください。これでも何回か経験してるから」

「は、はぁ」



 なんとも間抜けな声が出る薫に、カインは顔を伏せ笑いを堪えるのであった。



「はい。深呼吸してゆっくりとイメージして、魔力の源が溢れるのを堰き止める感じで」

「わかった」

「そのまま、身体を巡回させるようにして纏う感じにするの」

「……」

「もう少し精度を上げて」



 薫は、言われた通りにしていく。

 溢れ出すだけだった魔力が、薫の体に纏わりつきだす。

 不安定な感じが否めない。

 まだ漏れがあるくらいだ。



「荒いけどこれくらいだったら大丈夫でしょう。『魔力矯正マジックリング』」



 ディアラがスキルを唱えると、薫の体の周りに白いリング状の輪が、何重にも重なり、不安定に揺らぐ魔力を矯正するかのように締め付ける。

 ピタッと薫から、不安定だった魔力が安定した。

 そのまま薫の体内に治っていく。



「もう大丈夫よ。次からは、ちゃんと制御できるようにしてから使うようにね」

「す、すまん。助かったわ」



 ディアラは、こちらに指を指しウインクをしながら言うのであった。

 綺麗なオッドアイで、青と赤の瞳であった。



「ディアラさん綺麗な瞳やな」

「お世辞言っても何も出ないわよ」



 振り返り笑いながらそう返す。

 薫は、素直な気持ちでそう思い口にしてしまっていた。



「すまんけど、これからアルガスの治療したいんけどええか?」

「え? 治るのですか??」

「治せるから治すんや。それで一個頼みあるんやけど……仲間のこと頼めるか?」

「そんな事でしたらお安い御用よ」

「か、薫様、一応言っときますがディアラ様は、この街の最高責任者ですよ」

「え? マジで!!?」

「まじまじですよ」



 今の返しに全くそのような人物と見れない。

 むしろ軽い軽過ぎる。これに、ツッコミは入れないでおこうと思うのであった。

 薫は、呼吸を整え魔力を練る。

 今回の手術でいる設備をイメージする。

 そのイメージを言霊に乗せ、両手を前に出し唱える。



「『異空間手術室』」



 薫の正面の空間が、バキバキと音を立てねじ曲がる。手術室の入り口が形成される。魔力が一瞬で大量に失う感じがする。薫は、最悪な気分になる。今回も一週間で戻ればいいなと思うのであった。

 その光景にディアラは絶句する。

 固有スキルでこのような物は見たことがなかったからだ。

 ディアラはそわそわしながら、何か聞きたそうな雰囲気を醸し出していた。薫は、終わったらゆっくり話しましょうと言う。薫は、手術室からタンカーを持ち出し、アルガスをタンカーに乗せ手術室へと消えて行った。



「不思議な人ね。旦那になんとなく似てるわ」

「薫様がですか?」

「魔力の質もね」

「そ、それはまた恐ろしいですね……」

「出会った当時くらいはあるかしらね。でも残念よ。あの人が生きていたら薫さんといい友になれたんじゃないかしら」

「……」



 今の発言は、化け物級と捉えても申し分ない言葉であった。

 何故なら現グランパレス最高責任者にして、元大迷宮 の攻略者であるギルド【時空の旅団】の副ギルドマスターだ。全盛期より少し衰えてはいるが、魔眼の魔女と恐れられていた存在なのだ。



「ディアラ様そろそろ指揮を執ってもらっても宜しいですか?」

「だ、怠い。やりたくない。眠いのよ〜!」

「一応、ディアラ様がこの街の最高責任者なんですから頑張ってください」

「カイン、あなた代わりに私の仕事してみなさい。大変なのが分かりますから」

「遠慮しておきます。流石に魔眼のない私じゃあこの街を統制なんてできませんから。あと言葉遣いが戻ってますよ」

「田舎出ですからいいんです。堅苦しいのは嫌いです」



 頬を膨らませ、悪態を吐きながらもディアラは、最高責任者としてテキパキと周りに指示を出していく。

 警備兵はせっせと指示に従い、イルガ達を安全な施設へと運んで行く。

 エクリクスの二人は、軽い回復魔法を掛けられ、罪人の館へと連行された。

 途中バルドが目を覚まし、アルガスの姿が見当たらず叫んでいたが、ディアラの言葉によって静まった。

 バルドは、そのまま手術室の入り口で主人であるアルガスの帰りを待つのであった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 手術室の中。

 薫は、アルガスを手術台へと移し、手術衣に着替えさせたりなどの準備をしていた。

 今回の手術は、腹腔鏡下手術だ。

 この手術は、お腹に小さな穴を数カ所開け、そこからお腹に炭酸ガスを注入し膨らませる。

 膨らませることで、お腹の中に空間が生まれる。

 その中で、カメラ、メスなどの専用器具を投入し手術をする。

 この手術は、手術後の回復が早い事、出血を抑えられる。

 体へのダメージが少ない事がメリットである。

 デメリットもある。

 癒着が酷い場合などは、開腹手術に切り替えなければならない。

 開腹手術よりも時間がかかる。

 合併症に罹ったりもするが、きちんとすればそのような事は稀である。

 二次元平面画像であるテレビモニター画面だけを見ながらおこなう手術なので、外科医師にとって難易度は高く、高度な技術が必要となる。

 したがって、この手術はどこの病院でもできる手術ではなく、腹腔鏡下手術のトレーニングを積んだ外科医師が行う手術である。

 この手術は、執刀医が3人要る手術だ。

 1人は腹腔鏡を持つ者、後の2人が手術をする。

 異空間手術の特殊能力で、手術補助が付いている。

 これにより薫1人で、手術することが可能になっている。



 少しして、アルガスが目を覚ます。

 見た事もない器具に一瞬パニックになる。



「ど、何処だここは!?」

「俺の魔法空間の中って言ったらええんやろうか」

「こ、これが魔法空間だ……と」

「まぁ、今は気にするな。それよりさっさと病気の治療をするから」

「……」



 かなり不安そうな顔になるアルガス。

 薫は、アルガスに紙を渡す。

 内容は、治ったら全ての罪を償う。

 それと手術の同意を求める欄だった。




「これに名前書いたら絶対に死なせへんから」

「こんなものまで用意してるとは……用意周到にも程があるだろう」

「一応、これで飯食ってるからなぁ」

「お前は何者なんだ」

「知らんでええ事もあるんやで。厄介なことに巻き込まれたくなければやけど」

「……」



 そう言うとアルガスは、それ以上追及はしなかった。

 その後、薫はアルガスに病気の事と、どのような治療をするかを話す。

 アルガスは目を丸くして驚いていた。

 あれやこれと、質問されるのが面倒だったので話をそこできった。

 アルガスは、不安ながらも同意書にサインをする。



「これで良いか?」

「ああ、これで成立や」



 そう言うと薫は、手術を開始すると言う。

 アルガスは緊張しているようだが、薫はそのまま麻酔の準備をする。




「寝てる間に終わるから任せとき」

「……ああ」



 薫は、アルガスに『解析』を掛け体力身体情報を開示させる。

 そのまま『医療魔法ーー心電図・ベクトル1』『医療魔法ーー血圧計・ベクトル1』を使いアルガスの心電図情報と血圧をステータス画面に出す。

 確認して手術が可能と判断する。

 少し、体力が気になったので『体力全回復《アポロンの光》』で体力を全回復させ『体力定期回復《アポロンの加護》』を使い万全の状態にする。

 顎が外れそうになるアルガスを他所に、薫は作業を続ける。

 使ってはならないレベルの魔法のオンパレードなのだから当然といえば当然。だが、治療にそのような万全とした体制で望まなければ、予期せぬ事態になった時対処できない。

 アルガスに『医療魔法ーー酸素マスク・ベクトル1』を使う。

 口元に青白い膜が現れる。




「それじゃあ、始めるで。ゆっくり寝とき。起きたら全て終わっとるからな」



 アルガスは、ゆっくりと頷く。

 未知の恐怖が襲う。



「『医療魔法ーー全身麻酔・ベクトル1』」



 全身麻酔が掛けられ、少しするとアルガスの意識は、睡魔に襲われ意識を手放した。

 薫は、それを確認すると『医療魔法ーー人工呼吸器・ベクトル1』を使う。医療魔法により、アルガスの口が開き、気道を確保され呼吸が開始される。麻酔を調整しながら輸血用の血液をセットする。

 麻酔量をステータス画面に表示させる。画面を見やすいようにカスタマイズする。



「よし、始めるか」



 深呼吸してからそう言うと薫は、メスを取りお腹に3mmから10mmの孔を開ける。

 スッーとメスを入れると真っ赤な鮮血が、お腹から流れる。

 薫は、トロッカーと呼ばれる細長い筒を先ほど切開した皮膚の穴に差し込む。

 そのトロッカーに炭酸ガスを出す器具を慎重に通し、お腹の内側に炭酸ガスを注入する。

 少しするとお腹が膨れていく。体内で空間ができたのだ。

 薫は、そのまま手術補助の効果で炭酸ガスを出す器具を固定させる。

 確認してから、お腹にまた同じように3mmから10mmの孔を4箇所開ける。

 トロッカーを差し込み今度は、腹腔鏡と呼ばれるカメラ(電子スコープ)を入れる。

 ステータス画面に内部の映像が表示される。

 精密に動くことを確認し、次の穴に鉗子と呼ばれる長くて細い手の役割をする器具をトロッカーに通す。

 もう一つの穴にも、鉗子を通す。

 最後の穴に超音波凝固切開装置を挿入する。

 これは、特殊な止血装置で、普通の開腹手術のようにおなかの中に手を入れて、血管を糸で縛ることなく、凝固止血をしながら切り離すことが出来る器具。

 この操作を数mmずつ何度も丁寧に繰り返すことで、おなかの中で大腸などを周囲の臓器から切り離すことが出来る。



 全ての器具の準備ができた薫は、アルガスの容態を確認しながら癌ができているS状結腸を目指す。

 体内の臓器を傷つけないように細心の注意を払いながら進める。

 手術補助で、薫の行って欲しい場所に腹腔鏡が進んで行き映像を映し出す。

 薫のイメージ通りに寸分の狂いなく動く。

 鉗子で、邪魔な臓器を掻き分けながら大腸のS状結腸に辿り着く。

 そして、病巣を作る部分より少し多めに取り、超音波凝固切開装置でミリ単位で切開していく。

 多めにとるのは、癌細胞が大腸に残らないようにする為でもある。万が一残っていると癌が再発する恐れがあるからだ。慎重に大腸に連なる血管などを凝固しながら切開していく。

 モニター越しで薫は、目を細め手術を進める。全神経を手術に使いながらモニターで、麻酔量、血圧、心電図を確認しながらである。

 たった一人で、この情報量を処理し続ける。

 失敗の許されない、人の命が掛かった手術を集中力を切らさず、焦らずに進めていく。

 どんな小さな違和感すら見逃さないといった感じであった。



 癌に罹った部分の摘出に成功すると、その部分をトロッカーの下まで鉗子でつまみ持ってくる。

 そして、摘出した部分を体外に出す為にお腹に4cm程メスで切開する。

 無事、その穴から癌に罹っていた部分を体外に取り出す。

 そして、その穴から切り離された大腸と大腸を縫い合わせていく。

 綺麗に正確にとんでもない速さで縫い合わせていく。

 最後に解析を掛け、癌細胞が残ってないかを確認し、切開した部分を縫い合わせていく。

 手術時間は、約一時間で終わった。



 麻酔を止め、意識が回復するのを待つ時間に、薫はアルガスが術後飲む薬の精製をした。

 なんとなく、今回のMPの消費は、前回とは比べ物にならないくらい消費した。

 動くことが出来るか心配になり、もしもの為に作って置き、誰かに頼めばいいかと考えていた。

 薬の精製が終わり、少しするとアルガスは薄っすらとだが、意識が回復した。

 アルガスをタンカーに載せ替え手術を後にする。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 手術室から薫が出てくるとバルドがぐしゃぐしゃの顔で出迎えた。

 その後ろには、カインとディアラが呆れながら見ているのであった。



「アルガス様は、無事なんだろうな!!」

「ええい! 鬱陶しいわ」



 薫に掴みかかり、ゆさゆさとかなり強めに揺すってきた為、薫は苛立ちと気分の悪さについシバいてしまったのだ。

 凄まじいスピードで、地面にめり込むバルドだが、何とか立ち上がり薫の報告を聞く。

 もう、安心していいという事と罪を償うという同意書を見せた。

 バルドは、またその場で泣き出し喜んでいた。



「薫様もう大丈夫なんですか?」

「悪い部分は、全部摘出したからな。問題ないと思うで」

「薫さん、未知の病気を治すなんて凄いじゃないですか!!」

「ああ、うん。まぁ、これが仕事やからな」



 頭を掻きながらその場で、薫は薬の説明をしてカインに渡す。

 その瞬間、意識が飛ぶ。

 薫が最後に見たのは、焦って支えるカインとディアラの表情だった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 眼が覚めるとオルビス邸の客室だった。

 右手が、柔らかく温かいものに包まれている感覚がした。

 右手に視線を送ると、アリシアが手を握り眠っていた。

 時折、薫様〜薫様〜と呪文のように唱えていたが、聞かなかったことにした。

 然し、エクリクス襲撃を打破出来たのは、アリシアが切っ掛けなんだよなと考えた瞬間、薫は顔が熱くなった。

 思ってた以上にアリシアの存在が、薫にとって大きな存在へとなっていた。

 それを自覚したのは、エクリクスとの戦いの時であった。




「こっぱずかしくて言えねーな」



 そう言いながら頭を掻く。

 そんな事をしていたらアリシアが目を覚ます。

 目が合った瞬間アリシアは、うさぎの如く薫にダイブする。



「おはよう。アリシアちゃ……うぐぅ」

「うわぁああん。やっと目を覚ましてくれました。このままずっと起きないかと思ったんですよ」



 アリシアはわんわん泣きながら言う。

 薫は、心配をかけてしまったんだなと思い、アリシアに謝罪をしながら頭を撫でる。

 泣き止むまでそれを続けるのであった。

 目を充血させ、スンっと鼻を啜る。



「心配かけてもうて、すまんやった」

「そ、そうですよ。一週間も寝続けてたんですからね」

「え? 一週間も俺寝とったんか?」

「そうですよ! すっごくすっごく心配したんですからね」



 目覚めて驚愕の事実を聞かされる。

 気を失った後、薫はカインの馬車で此処まで運ばれたのだ。

 深夜なのにカインは治療師を呼び。

 薫に回復魔法を施してもらったのだ。



「カインさんにも礼を言わなあかんな」

「薫様、目を覚ましたんですね」



 そう言いながら扉を開け放つカリン。

 相変わらずのテンションで少し安心してしまう。



「カリンにも迷惑かけてしもうたな」

「私はいいんですよ。それよりアリシアお嬢様ですよ!」



 そう言うとカリンは聞いて下さいと言わんばかりに薫に言う。

 薫が此処に運ばれて直ぐに、アリシアも起きてきて薫の容態を見るや。

 泣きながらずっと離れなかったらしい。

 かなり苦労したとか。

 そして、このまま薫が起きなかったら私生きてる意味ないとか言い出した。

 それには薫も「おう……」と苦笑いになる。

 アリシアはと言うと顔を真っ赤にさせ、聞かないでと言わんばかりに薫の耳を塞ぎにかかるが、薫はそれを阻止してカリンの長話を聞くことにした。

 アリシアは居た堪れなくなり、布団に頭を突っ込み現実逃避した。

 なんとも可愛らしくお尻だけ出ていた。

 頭隠してなんとやらというやつだ。

 カリンは、問答無用でペラペラと喋り続ける。

 それを笑いながら聞く薫。

 特にアリシアの問題行動が、加速して行く様が異様に可愛かったが、カリンの止めの一撃で、アリシアはノックアウトした。

 それは、魘されていた薫が汗をかいていた為、カリンが拭いてあげましょうと言って、悪い顔をした事から始まる。

 アリシアは、カリンが良からぬことを考えいるに違いないと察知し、湯とタオル、着替えを持ってきた後、カリンを部屋から追い出した。

 薫を守る為と思いやったのだが、これが罠であった。

 アリシアは、薫の額の汗を拭き取る。

 そして、体を拭く為布団をのけてシャツのボタンを外す。

 何やらドキドキと良からぬ事をしている感覚に陥る。体を拭きながら薫を見つめるアリシア。そっと薫の胸に抱きつく形で、顔を埋めた。

 その瞬間であった。



「カリン……見ちゃいました。うふふ」

「な、な、何してるんですか!!?」




 窓ガラスに張り付き満面の笑みでアリシアを見つめていた。

 ボンっとアリシアは、恥ずかしさの余り真っ赤になり、ワタワタした状態でバランスを崩して薫と一緒にベッドに倒れた。

 ゴスンとアリシアの頭がベッドの頭に当たり、ピクリとも動かなくなる。

 カリンは、からかい過ぎたと思い急いで部屋に入り、アリシアの容態を見る。

 なんとも幸せそうな顔で気絶していた。

 カリンは、心配して損したなどと思い、さっさと薫の汗を拭き取り着替えさせてから、アリシアを回収して部屋を後にしたと言う。

 薫は、口元を押さえながら笑いを堪えていた。

 アリシアは布団からピョコっと顔を出した。



「わ、笑うなら笑ってください。ちょ、ちょっと魔が差しただけです!」

「いや、ほんとおもろい行動とるなアリシアちゃんは」

「あれ? そんなに笑っていていいんですか薫様?」

「ん?」

「聞きましたよ〜。今回の事件の打開した切っ掛けってアリシアお嬢様だそうですね。うふふ」

「な! お前それ何処で」

「どういう事ですか?」

「実はですね〜」



 カリンは、鬼の首でも取ったかのように楽しげに話す。

 エクリクスを倒した切っ掛けが、アリシアを殺すと言われたからと話した。

 アリシアは、何か思い当たる節に気が付いた。

 お見舞いにやってきた人達が、アリシアを見て「成る程ねぇ〜」などと言って帰って行ったことを。

 その時薫は、面会謝絶状態にされていたので、皆会うことはなかった。

 カリンは、不思議に思い帰って行くイルガとリリカに話を聞いていたのだ。

 薫は、顔を赤くさせ頭を掻く。



「あん時は、無我夢中やったしなぁ。否定はせえへんよ。アリシアは俺の特別な人やからな」

「薫様もまたアリシアお嬢様の事を……うふふ。ってえ〜!! なんですかその返しは! 揶揄い難いじゃないですか!!」

「か、薫様がぁ〜。私を、と、特別〜」



 ちょっと、アリシアを揶揄い気味に言う。

 すると「キュ〜」っと言いながら、ベッドに倒れこむアリシアに、2人は心配そうな目を向ける。

 目がぐるぐる回り、至福の笑みで枕を抱き締めていた。

 そんなアリシアを見ながら、薫とカリンは笑うのであった。


読んで頂き有難うございます。

書いてて2万文字超えたので二つに分けました。

やっとHDDが吹っ飛んだところまで戻ってこれました。

更新は、週イチで投稿できるように頑張っていきますのでよろしくお願いします。

不慣れながらTwitterというのを始めました。

情報などを流せていけたらいいかなぁと思ってのことなのですが。

良かったら絡んで下さい。

http://twitter.com/musasab_HM

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