貴族墜落作戦!9
薫は、 日課を済ませてカリンにタオルを貰いその流れで、脳天に軽くチョップをお見舞いし部屋に戻った。
昨日の事を思い出して、にやけていたのが勘に障った。
仕方ないねと思う。
薫は支度をして、リース治療院へと向かう。
昨日のお客さんの口コミも広まっている。
今日も忙しくなると思うのであった。
リース治療院に着き中へと入る。
すると中には、ソファでのんきに寝ているリースが居た。
起こさないように薫は、奥へと行き台所に立っているダリアを発見する。
「おはよう、まともな料理が食べれそうやな」
「おはようです。さすがに昨日のアレ見たら作らざるを得ないでしょ」
「作戦終わったら一度食ってみるとええよ。死にそうになるから」
「何でしょうね。その言葉に重みを感じます」
「そらぁ、一回食らってるからなぁ。一口食うだけで、いろんな状態異常が、連鎖的に発動する優れものやで」
「やだそれ怖い」
二人で和気藹々と話をしていたらリースが起きてきた。
ダリアが朝食を作っていたのを見て、肩をガックリと落とし、少し悄気るのであった。
そんな行動を気にすることなくダリアは、お皿に盛り付けていく。
薫も今日は、朝食をオルビス邸で食べてなかったので、一緒に頂くことにした。
じっくりと煮込んだクリームスープだった。
リースが適当に買ってきて、余っていた食材で作った料理だ。
薫は、手を合わせいただきますと言いひとくち口に運ぶ。
「これはうまいな」
「伊達に採取で、いろんなところに潜ってないわよ。料理できないと潜った先で、パラペコで死んじゃうしねぇー」
「だよなぁ。いやーこれぞ料理やな」
染み染みそう思いながら薫は口に運ぶのであった。
リースもそれを食べて、女子力の差を感じた。
食事も終えたダリアは、隠密護衛として、アルガスの者に見つからないようにリース治療院の裏口から出て行った。
それを見送りリースと薫は、開店の準備をする。
「あー、今日はどんだけの人がくるのかしら」
「昨日の倍は来そうな予感がするなぁ」
「わ、私魔力もたないわよ……」
「まぁ、俺も手伝うし大丈夫やて」
「あんたも無理はしないでよ」
「ん? なんや、心配してくれんのか?」
「そ、そんなんじゃないし」
むすっとした表情になるリース。
それを見て、やれやれと思いながら準備を整える薫。店を開けようと扉の前に立ったリースは、表情が強張る。なんとリース治療院の外には、20名ほどの列が出来ていた。まぁ、言わずもがな全員顔を隠してのご来店だ。
「ど、どうしよう薫。あんなに多人数捌けないわよ」
「まぁ、大丈夫やろ。さっさと開けたらんと待ってる奴ら可哀想やで」
「そ、そうね」
リースは、ドアを開けお店を開店させる。
朝っぱらから、30名の列を作り上げるほどの噂までに膨れていた。
このままだとリースの方が、先に参ってしまうと思い薫は、リースに「自分のペースで頑張れ」と言ってから、並んだ人達を順番に店内へと案内していく。
それぞれに別れて、体力回復魔法と薬を渡していく。
リースの方は、大体1人終わるのに3分から5分くらいで終わらせていた。
これでも一応早い分類には入るのだが薫は、リースが1人終わらせるまでに大体10人を終わらせていた。
それもちゃんとそれぞれの人達にどうして、この薬を継続して飲まないといけないのかも説明してである。
横目で、リースが此方をチラチラ見ているが気にしない。
薫は、リースの負担を減らすようにし、リースよりも数をこなすのであった。
凄まじいスピードで、体力回復魔法を執行していく。薫に魔法を掛けられた人達も目が点になり、ぽかんとしているが薫は、全く気にせずに進めていく。
精算を済ませて、並んでいる人達をどんどん消化する。
一時間でようやく並んでいた人達の列が無くなった。
「よし……これで、一旦休憩やな」
「……あんた絶対おかしいわよ」
「気にしたら負けやで」
「ぐぬぬ、あーもう! 私は、少し回復するために仮眠とるから、ちょっとの間お店頼むわよ」
「はいよー」
薫は、平然とした顔でソファに座り、お茶を入れる。
その姿に魔力切れのリースは、ツッコミを入れたいがそんな余裕はなかった。
そのまま奥へと消えていった。
一時間で、大体リースが12人で、薫は120人くらいだった。
それだけの数をこなして、平然としてられるのは、魔力保有量が蛇口を捻れば出るような薫だからこそなのだった。
「(2人ほど紛れ込んどったな。両方か……或いは、また別の奴らかやな)」
薫は、朝一に並んでいた人達の中に迷宮熱ではない者が、2人ほど紛れ込んでいた事に気付いた。
それは、先日試した無詠唱での診察を発動させることに成功していたからだ。魔力をコントロールする事で、少し離れていても魔力を伸ばすことが出来るようになった。相手に気付かれずにできるのだ。しかし、精密な検査とかになると、直接触らなければ出来ないようだ。簡単な診察のみ適用できた。
「(何かしらのアクションが、今日中にはありそうやな)」
そう思いながら薫は、紅茶を飲むのであった。
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とある屋敷の中。
額に青筋を立てた中年の男がいた。
豪華なソファに体を預け脚を組んでいた。
かなり痩せ細っているが、眼光は鋭く、上に立つ者の独特のオーラを醸し出していた。白髪混じりで、短髪に整えられていた。髭が長くあしらわれ、豪華な法衣に小さな魔法石が散りばめられていた。
「お前は、無能か! あんな小娘に出来てなぜ貴様が出来ない!」
「アルガス様お、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか!」
ドンっと肘掛けを殴りつけ肩で息をしながら顔を真っ赤にさせるアルガス。
その表情に青ざめる幹部クラスの治療師。
今まで見たこともない程の激怒っぷりに生きている感覚がしない。下手に弁明してたら、顰蹙買う事になりかねないので、目線を逸らす事しか出来なかった。
「この薬をどうにかして解析しろ!」
「私の力では無理ですアルガス様」
リース治療院の行列に部下を紛れ込ませて、薬を手に入れたのは良いが、薬の配合や何を使っているかが、全く分からなかった。
それもそのはず此れは、薫が薬剤錬成で作ったオリジナルで、皆が知り得ている成分ではない。わからないのは必然である。
「後は、報告では見ない顔の男の治療師を雇ってたみたいです」
「そんな報告いらんわ! それよりも薬の方だ!」
「し、しかしその男は……」
「えーい、黙ってろ! 気が散る」
「……」
完全に沸騰してしまったアルガスは、聞く耳すら持たない。
幹部の男は、リースのこの騒動のせいで、ここまで肝を冷やす羽目になるとは思いもよらなかった。
前回の回復魔法の時は、此処までにはならなかったが今回は違う。
利益と功績のレベルが違う。
此れが齎す価値が、どれほどの物かを考えれば、激怒し焦るのもわかる。
下手したら自分自身の地位迄の物を得るかもしれない。
そうすると、今やっている嫌がらせも簡単には出来なくなる。
爪を噛み、眉間にしわを寄せ考える。
するとふと悪い考えが、思い浮かぶ。
頬を吊り上げ邪悪な笑みを浮かべる。
「なぁ、お前があの娘の噂を今から操作しろ」
「は?」
「いいから、今から俺の言うことを上手いこと流せ」
「わ、わかりました」
「あの娘の特効薬は効かない。うちの薬が効くとな」
「!!!?」
「なんだ? 口答えしたそうだな」
「お、お言葉ながら、それをしてしまうと……アルガス様の地位も危なくなります。もしも露見したら……」
「露見しなければ良いのだろう? いつもやっている事じゃないか?」
「しかし……その場合は、リースを殺すという事ですよね」
「致し方ない犠牲だ」
「……」
「とりあえず早いほうがいいか。お前は、口答えせずに私の命令に従っていれば悪いようにはせん」
「わ、分かりました」
「先ずは、あの女の確保だな。それからじっくりと薬の精製方法でも聞くとするか」
「……」
「今回の案件は、俺の直属の部隊を出す。証拠を残すわけにはいかないからな。今すぐに徴集を掛けとけ」
「はい……」
「俺は、様子見がてらあの小娘の治療院に行ってくる。あの治療院の薬が効くという噂が、これ以上広まらないようにするためのな」
「お、お身体は、大丈夫なのですか?」
「こんな時こそ、俺が動かなければならないだろうが」
そう言ってアルガスは、馬車を用意させリース治療院へと向かう準備をする。
アルガスの薄気味悪い笑い声が、屋敷にこだまするのであった。
そんな、アルガスの表情に幹部の男は、唇を噛み苦虫を潰したような表情になる。
アルガスには、聞こえない小さな声で、リースに「すまない」と言うだけだった。
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リース治療院は、お昼になってようやく客足が途切れた。
リースは、MP切れの為のソファで仮眠中である。
ヨダレを垂らしながら、何やら寝言を言っているようだ。
そんなリースを薫は、微笑ましいなと思いながら見るのであった。
元いた世界で、同僚と一緒に一日中手術や診察などで、疲れきって泥のように寝ていたのを思い出す。
仮眠室や、自身のデスクに頭から突っ込んで寝ていた。
今思えば、笑い話だが中々にハードな日々だった。
睡眠時間が、ほとんどない状態でも最高のパフォーマンスを発揮させていた。 元いた世界でも化け物だったが、流石に体の限度もある。何度もナース達から休むように言われて、ようやく休むような生活をしていた。
今思えば、周りにも多大な迷惑をかけていたなと思い苦笑いになった。
そんなことを思っているとリースが起きてきた。
「うー、なんとか回復したわ」
「お疲れ。ちょっと昼休憩しよか」
「そうね、お腹も減ってきたし。何か作るわよ」
「おう、却下で」
「何でそんな嫌そうな目してるのよ!」
「自分の料理の腕を見てから、そういう発言をして欲しいもんやな」
「ぐぬぬ、言い返せないのが悔しい」
薫は、取り敢えず簡単に食べられる物を買ってくるから、一度お店を閉めてくれと頼むだった。
自分の居ない時に何かあったら困るからだ。
リースはそれを了承し、お昼ご飯を食べてから、再度開店させることを了承した。
薫は、買出しついでに露店のおばちゃんに会いに行く予定だ。
噂が良い方向に広がっていた。
そのお礼も兼ねてである。
仕度をした薫は、リース治療院を出る。
ちゃんと閉店看板とお昼過ぎから再開と書かれた物を掛けてからだ。
薫は、そのまま商業区域へと向かう。
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商業区域へ到着すると露店で、簡単に食べられそうな物を買ってそれから、露店のおばちゃんの場所へと足を運ぶ。
「おばちゃん来たでぇ」
「おや、お昼に来るとはね。昨日の晩にでも顔を出すかと思ってたよ」
「ちょっと昨日は、バタバタしててな。こっちに来る時間なかってん」
「まぁ良いさ。で?そっちは順調かい?」
「まぁ、あれだけ来れば順調やろうな。あいつ一人じゃ回せないくらいやし」
「それは良かったねぇ」
「ああ、おばちゃんのおかげや。ありがとな」
「私は、なんもしちゃいないさ。話好きなただのばあさんだよ」
「よぉ言うわ」
二人は、顔を見合わせ笑うのであった。
それから少しして、話をしていると一人のお客さんが来た。
薫は、邪魔になってはいけないと思い少し離れる。
するとそのお客さんは、露店のおばちゃんに軽い耳打ちをし、おばちゃんはそのお客さんに紙袋を渡した。
フードを深々とかぶった者もは、その紙袋を受け取るとそそくさとその場から離れ、人ごみの中に消えていった。
薫は、情報を持ってきた人かなぁと思った。露店のおばちゃんの方を見ると少し、顔色が悪い。
「なんや?悪い話でも入ったか?」
「……」
「当たりか」
「はぁ、本格的にアルガスが動き出すみたいだよ」
「ふーん、それは怖そうやな」
「呑気な返しだねぇ。まるで、そろそろそんな情報が入るのを予期してたみたいな言い草だね」
「まぁな。こっちも色々と調べながらやけど……大体は把握しとるつもりや。おばちゃんには、俺の抜けてる部分を補強してもらうって感じやな。まぁ、此処から時間との勝負や。あっちも早めに動くやろう」
「そこまで分かってるなら話は早そうだね。アルガスの治療院も迷宮熱の薬があるって、噂が流れてるらしいわよ。それとリース治療院の薬は、飲むと体調が悪くなった効き目がないって噂もね」
「こりゃ、本格的に攻めてきそうやな。今日の夜は、用心せんとあかんやろうな」
「あんたが心配になってきたよ……そんなのんびりとして、緊張感のかけらもないねぇ」
「コレでも心臓バクバクしてるんやけどなぁ」
「顔と言葉があってないんだよねぇ」
「でも助かったわ。コレで、あいつらの動くのは確定したしな」
「最後に一つエクリクスの連中もこの街に昨日入って来たよ。あいつらと関わるのは、得にもならないからね。本当に気をつけるんだよ」
「成る程な。おばちゃんありがとな心配までしてもろうて」
「いいんだよ、気にしなさんな。あんたを見てると危なかしくて、つい口を挟みたくなるんだよ」
「甘やかしてもらってもええんやで?」
「厳しく躾ないとね。あんたみたいな無茶する子にはね」
そんな馬鹿みたいな話をしながら薫は、エクリクスの奴らの事も考えなければならないなと思うと少し、めんどくさいと思うのであった。エクリクスの奴らとは、関わりたくないのだが、治療をした中に二人ほど迷宮熱では無い者がいた。多分一人は、アルガスの所の者で間違いない。あと一人は、エクリクスの者かもしれない。断定はできないが、無きにしも非ずと考えるのが妥当である。
昨日の内にこの街に入ったのなら、迷宮熱の特効薬の話を耳にし、今日リース治療院に探りを入れてきたとも考えられる。少し頭を悩ます薫。自分の情報をエクリクスに流したくないのだ。興味を持たれても困る。それに良い噂がない。裏で良からぬ事を企んでいる組織という認識だ。
「それじゃあ、俺はこの辺で」
「またおいで」
そう言うと薫は、足早に商業地区を後にし、治療区域のリース治療院に戻るのであった。
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リース治療院に戻ると店の前には、また列が形成されていた。
薫は、正面から入るのを諦めて、裏口の方へと回る。
ドアを開け中に入るとリースは、ソファに体を預け魔力回復の為に仮眠を取っていた。
その姿を眺めていたらリースから、グゥ〜っと腹の虫の音が鳴る。
その音を聞いた薫は、ついつい笑ってしまった。
眠りが浅かったのかリースは、耳を真っ赤にさせ、重い瞼を落とさないようにこっちを睨みつけてくる。
「遅い! お腹ペコペコで死んじゃうじゃないの!」
「すまんすまん。ちょっと野暮用でな。でもリース寝とったやん」
「う、うっさいわね。ていうか 野暮用ってアルガス伯爵の件?」
「そうや、多分今日中に仕掛けてくるで」
「……」
少し不安そうな表情になるリース。
それを見た薫は、ちゃんと説明する。
アルガスが、リース治療院の薬は効かない。自分のところの薬が効くという噂を流した事。それによって、この後何が起こるかを話した。
「大丈夫や。こっちも万全の態勢で行くんやから」
「うん……分かってるんだけどね。やっぱりいざとなると腰が引けちゃうわ」
「そんなもんやろ。正直、俺も結構ビビってるんやで?」
肩を竦めてそう言うとリースは、笑いながら「どの口が言ってるのよ」と言うのであった。少し、場が和みリースの不安が少しだけ紛れた。
「そんな事よりもご飯よ! 沢山食べないと此れから来るお客さんを捌けないわよ」
「そうやな。此れで足りるか?」
そう言って、買ってきたケバブのような食べ物を渡す。
嬉しそうにそれを受け取りリースは頬張る。
大きさは、手の平よりも大きく中は、三層に分かれている。下から肉、野菜、肉といった感じだ。最後に特製のソースを垂らしてある。
ゴマのような風味が漂うそれは、食欲をそそる臭いなのである。
リースは、薫の方にサムズアップし、このくらい余裕と言った感じでかぶりついていた。
満面の笑みで食べてるその表情は、なんとも微笑ましい光景だと思うのであった。
「久々にエテテの肉詰めを食べたわ」
「へー。そういう名前やったんかこれ。ケバブかと思っとった」
「はいはい。世間知らずなあんたの発言なんて、もう突っ込みませんよーだ。コレは、ケバブなんて名前じゃないわよ」
「名前分かっただけでええわ」
「庶民料理も知らないあんたが怖いわよ」
「はい。ツッコミ頂きました。リースの負けな」
「あんた本当嫌な奴よね」
「そうか? 優しい方やと思うで?」
「何処が? 意地悪しかしてないじゃない!」
「うーんなんというか弄り甲斐があるとつい……」
そう薫が言い終わる前にリースのチョップが炸裂する。
しかし、チョップをしたリースが痛がる。
「っ!!!? あんたバッカじゃないの!」
「あーすまん。身体強化してるから殴ったりすると痛いで」
「そういうものは、さっさと言いなさいよー馬鹿ー! ていうか随時強化とかぶっ飛んでるにもほどがあるわよ」
「いやー、思いのほか手が早かったからなぁ。言う前に当たったというかなんと言うか」
リースは、チョップした右手を摩りながら涙目で睨む。
薫は、やらかした感が半端なかったので、その後リースに平謝りするのであった。
その後、殴るならリース自身も強化しないとダメージは通らないでという一言に今度は、全力で殴ってやるという怖い言葉が聞こえたが、薫は聞かなかったことにした。
食事も済みお茶を飲んで、開店の時間を待っていると外が騒がしくなってきた。
馬車の音が聞こえてくる。
薫は様子を見るため窓際に行く。
すると先程まで並んでいた者たちが、蜘蛛の子を散らしたかのようにその場からいなくなった。
薫は、来たかと思いリースに気を引き締めるように言う。
少しすると店の前に馬車が止まる。
執事のような男が、馬車の出入り口に立ちドアを開ける。
すると中から、痩せ細った中年の男が出てくる。
白髪混じりで、短髪に整えられていた。髭が長くあしらわれ、豪華な法衣に小さな魔法石が散りばめられていた。
アルガスは、馬車から降りリース治療院の入り口に向かって来る。
その光景を薫とリースは、店の中で見ながら待つのであった。
「あれがそうか?」
「ええそうよ。あれがアルガス伯爵よ。また一段と痩せたわね」
「なるほどなぁ、ちょっとヤバそうやな……」
「?」
薫の言葉を理解できなかったリースは、考えるのを止めアルガスの方を向きその時を待つ。
リース治療院のドアが開く。
チリンチリンと扉に付いている鈴が鳴る。
アルガスと執事がリース治療院に入って来た。
「いやー、此れは此れは大変繁盛しているみたいだな。小娘の分際でよく頑張ってるじゃないか」
「ええ、おかげさまで今まで生きてきた中で、一番繁盛してるわよ。どっかのお偉いさんのせいで、最近は商売上がったりだけどね」
「相変わらず口の悪い小娘だな。礼儀作法も知らないのか?」
「どうでもいいでしょ。そんな事」
にこやかな表情なのに何故か、火花を散らす二人に薫と執事は、呆れながら様子を見るのであった。
アルガスは、店の中を舐めるように見る。
お目当ての物の確認も兼ねてなのだろう。
テーブルの上の物を手に取り、じっくり見てそれらしい物でないと分かると元に戻さず、ポイッと地面に捨てるのであった。
捨てた物が、他の物に打つかり試験管に入った薬品が割れたりした。
リースは、その行動に青筋を立てながらじっと堪えていた。
貴族に手を出した時点で負けなのだ。
薫もリースが、変な行動をとらないか若干心配だったが、今のところは何とか抑えているようだ。
その内、堪え切れなくなり手が出るかなと思い、その対処でもするかと思うのであった。
そんな事を思っているとアルガスは、診察台の上に置かれた紙袋に目が行く。その目線にリースが、少し反応するとニヤリと笑い確信する。
「此れが薬か? 小娘」
「答える義理もないんだけど」
「まぁ、その表情で大体分かったがな」
「あーもう! さっさと帰ってくれる! 仕事が出来ないじゃない!」
「何だ? 別に俺が居ようと居ないと関係なく開店して治療してもいいんだぞ?」
「お客が入ってこれない事分かってて、そんなこと言うなんて……最低ね」
「何を言ってるのか理解できんな。まるで、俺が居るから入ってこれないみたいないちゃもんは、よしてくれないかねぇ」
唇を噛み如何にか怒りを抑えるリース。
薄気味悪い笑みを浮かべリースを見るアルガス。
アルガスが居ることによって、リース治療院に入って来れる者はいない。入って来ようものならその者は、この街の治療院全てが、使えなくなってしまう可能性があるからだ。それだけの力があるからたちが悪いのである。
「今までよくくもった方じゃないか。客が、一人もこない治療院なんぞすぐに潰れてしまうレベルだぞ。まぁ、小娘のようなプライドの欠片もない奴にしかできないだろうなぁ。俺なら即たたむがなぁ。がはははは。それにそこの男。お前もかわいそうにな。こんな潰れかけの治療院に雇われてなぁ」
「くっ!!!」
「まぁ、今の内に稼いでいればいいだろう。この先何が起こるかわからないのだからなぁ。そこの男もここが潰れたら、俺の治療院で雇ってやるぞ。金は、ここの三倍は出してやる」
「何よ!まるで何かあるみたいな言い草じゃない。それにまだ潰れてないわ。引き抜きとかどんな神経してるのよ」
「がははは、周りに良く思わない奴がいるということだよ。俺は助言してやってるんだ。有難く思えよ」
「よく言うわよ。主犯の癖に」
「おいおい、よしてくれないか。人を罪人扱いするなど証拠もないのに」
蔑んだような目線で言うアルガス。
そんな二人の会話をただ黙って見ている薫。
アルガスの執事も微動だにしない。ただアルガスが、無茶をしないかを見守るかのような感じであった。
「お前の母親も同じように頑張ってたみたいだが、最終的には原因不明の病で死んでいったなぁ。親子二代で、性懲りも無くよく頑張るものだ。無能の親に似て、頭が悪いのか……」
「……」
アルガスが最後まで喋る前に部屋の温度が、スーッと下がる感じがした。
アルガスは、リースの触れてはならない部分に触れてしまった。
完全に頭に血が昇ったリースは、瞬間的に魔力強化をし、アルガスの腹部に強烈な正拳突きを繰り出す。とんでもない速さで繰り出された拳にアルガスは、反応出来ず大きく目を見開き驚く。
リースの拳が、アルガスに命中する瞬間に薫と執事が、双方魔力強化で仲裁に入る。先に割り込んだのは薫だった。アルガスの腹部に薫は、軽く触れ後ろへと離す。空いた片手でリースの拳を止め、執事が後ろによろめいたアルガスの前に割り込む。体に魔力を纏い強化して構えていた。
「落ち着こうやリース」
「そうですぞ。旦那様この様な事は、できるだけ避けてくださいとあれほど来る前に申し上げたではありませんか」
「「……」」
頭に血が昇ったリースは、肩で息をしながらアルガスを睨みつけていた。
そんなリースの姿を見て、アルガスは冷や汗を掻くのであった。
目の前にいる二人が、仲裁には入らなければ確実に死んでいたかもしれない。
今の体の状態で、リースをどうにかという事はまず出来ない。
「小娘が、貴族に手をあげるという事が、どういう事かわかっているのか」
「……」
「手をあげた時点で、お前は罪人なんだよ。まぁ、今回は俺の器のデカさに免じて、お咎めなしにしてやる。次は無いからな」
悪い事を企んでいるかのような薄気味悪い笑みを浮かべていた。
此処で、罪を罰してしまうと薬の精製方法が、分からずじまいになるからだろうなと思う薫なのであった。
本当だったら一発退場もあり得る展開だ。
薫は、ほっと胸をなでおろす。
魔力を消費し切ったリースを椅子に座らせアルガスの方を向く。
「なぁ、おっさん」
「お、おっさんだと?」
「貴様! アルガス伯爵になんて口の利き方だ」
「あー、それはすまんやったなぁ。俺は、この街の人間や無いからそういうの疎いねん。次から気をつけるわ」
薫の軽い返しに若干不機嫌になるアルガス。
その脇で執事の男は、肩を震わせ怒りに満ちた形相でこちらを睨んでくる。
「で、何だ?」
「あー、最近腹痛とか便に血液が混ざっとらんか?」
「!!?」
「貴様! 無礼であるぞ。初対面でそのような事聞くなど……」
「おい! バルドちょっと黙ってろ。それで何だ? そんな症状があったらなんだというんだ」
「いや別に何もないで。体には気を付けえや。でないと長く生きれへんでって言っとくわ」
「お前……この病のこと知ってるのか?」
「いやーどうやろうなぁ」
「旦那様いけません。このようなわけのわからない奴の言う事を聞いてはダメですぞ」
薫は、相変わらず終始笑顔でいた。
その余裕とも取れる態度に何かしらの情報を持っているという事が、アルガスにも見て取れた。
いや、そう取れるように薫が導いてるだけなのだ。人という者は単純な生き物で、病などでどうしようも無く不安にさらされ、切羽詰まってる時に何か治せるという糸口を見つけると執着してしまう。
金や権力がある者は、どんな手を使ってでもである。当の本人にしか病の不安は、分からないからだ。それに、先程の薫の言葉にアルガスが思い当たる節があるから余計にだ。アルガス本人にしかわからない部分まで言い当てていた。
「旦那様、もう少しすればエクリクスからの使者が来られます。それまでの辛抱です」
「分かっている。そろそろ来る頃なのは知っているが……」
「まぁ、来ても治せんやろうなぁ」
「貴様! まだ言うか。減らず口を叩け無くして……」
執事の怒りがピークを過ぎようとした時にアルガスはそれを制止した。薫の断言して答えた意味が、何となくだがアルガスにも分かる。アリシアの病を治せなかったという情報がアルガスにも入っていた。
それゆえにアルガスもそこまで、エクリクスの者を宛てにはしていなかった。
良くてこの症状が、軽くなるくらい出来ればいいとしか思っていない。
「治せる者を知ってるのか?」
「どうやろうなぁ。まぁ、そんなことよりそろそろお引取り願えますかねぇ」
「そ、そんな事だと」
「こっちは関係ないしなぁ。それに他人の店の物を貴族様は、壊しても何も言われんのんか?」
「くっ」
奥歯を噛み悔しそうな表情になるアルガス。
いくら貴族でも他者の物を勝手に壊したり盗んだりすれば罪に問われる。
色々と物色した時に壊れた物があった事を思い出した。
「あんな安物……」
「安かろうが高かろうが関係ないやん? 他人の物を壊したんやで?」
「弁償すればいいだろ」
「そういう問題やないんやけどなぁ。弁償してくれんでもええよ。その代わり上の者から厳重注意でも受けてもらおうか? その方が、色々とやりにくくなるんやないんかなぁ」
「……」
「まぁ、そんな事せえへんけどな。やから安心しいや。ではお帰り下さい」
薫は、そう言うと笑顔で治療院の出口へと向かい扉を開け待つ。
アルガスは、今これ以上追及しても情報は出てこないと思い、治療院を渋々後にすることにした。
バルドは、終始薫を睨みつけながら店を出るのであった。
二人が店から居なくなり静まり返った部屋。
薫は、大きく溜息を吐き椅子に体を預ける形で座る。
「あー、あかん。しんど過ぎや」
「……」
「少しは頭冷えたか?」
「別に……」
「まぁ、落ち着いてから少し話しよか? 多分今日は、もう客はこんやろうしな」
「そうでしょうね……」
アルガス襲来で、周りに並んでいた者達も次いつ来るかわからないと思うと、なかなか入りにくいのだろう。
薫は、窓の方を見ると皆あたりを観察し、如何するか迷っているようだった。
「今日は閉めるか?」
「うん」
「了解」
そう言うと薫は、店先に出て看板を本日終了という文字の書かれた方を向ける。そうすると周りにいた者は、その文字に気付き店の周りから去って行った。
薫は、アルガスの邪魔が無ければもっと治療出来たのになと思うのであった。こちらの世界に来ても、邪魔する者がいるのかと思うと嫌気がさすのである。元の世界では、国内での医療行為は出来ない。どこも雇ってくれるところがないからだ。海外に行けばあるにはあるだろうが、情報社会である以上海外でも雇ってくれる所は少ない。邪魔する者はとことん邪魔してくるのだ。
頭を掻きながら店に入り、薫とリースは今日の売り上げを計算し、締めに入っていった。
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パカパカと石畳を闊歩する音がリズムよく響く。
馬車の中で、アルガスは爪を噛み眉を顰めていた。
そんな姿をバルドは、心配そうに見ていた。
「旦那様……やはりあの男の言葉が気になりますか?」
「ああ、あいつは何か知っている。あんな事言われて気にならない方がおかしいだろ」
「ですが嘘という可能性も」
「それはないと確信している」
「と言いますと?」
「あいつが言った症状は、俺に当てはまっている。それに確信を持って言ってる風にしか取れない。まぁ、俺の勘だがな」
「如何しますか? 薬ついでに奴も捕らえて聴き出しましょうか?」
「そうだな、一人も二人も変わらんだろ。今日の夜に二人を俺の屋敷に捕まえて連れて来い。くれぐれも周りに気付かれずにするんだぞ」
「分かりました」
「少しでもこの症状を和らげれば良いのだがな。まぁ、過度な期待はするまい。あいつから、何の情報も出なければ処分して構わん。どうせ、この町の者ではないのだから居なくなっても問題ないだろう」
「では、今回は二人の拉致でいきます」
「バルド失敗は許さんぞ」
「は、はい」
最後のアルガスの言葉にバルドは、言葉を詰まらせてしまった。
余りにも冷たい冷酷な瞳。感情の一欠片も見せないその表情に息を飲む。
失敗したら自身もただでは済まされない。
そう思いバルドは、より一層心を引き締め今回の作戦を行うと思うのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
治療院のソファで体を沈めるリース。
まだイライラしてるのだろう。
片足が忙しなく上下していた。
「そろそろ、落ち着いたか?」
「お、落ち着いてるわよ」
「足が忙しなくてそういう風に見えへんのんやけど」
「うぐ……だ、だって母さんの悪口を……それに母さんを追い込んだのもアルガスなのよ!」
「まぁ、その時俺が居たわけやないから、どんな病気かわからんしなぁ」
「絶対あいつのせいよ」
「まぁ、それはさておき。これで、今夜辺りが山やな」
「来るでしょうね。ってそうよ! 頭に血が上ってて忘れてたけどあんた何やってんの!」
「ん? 何がや?」
「アルガスに目付けられるような言い草で、煽ってたじゃないのよ。あからさまにハッタリかましてたじゃないのよ」
「あー、あれか」
「あれか……じゃないわよ!どうすんのよ」
「まぁ、リースだけやと不安に思ったからかなぁ」
「わ、私がドジ踏むと思ってんの」
「え?」
「何よその顔は! あんた本当に腹たつわね」
「あははは、冗談やて。あいつの病状がわかったから、手っ取り早く進めれへんかな思うての行動や」
「え? どういう事よ」
「あいつの病状が分かったんや。治す事もできるで」
「!!?」
「まぁ、リースが嫌なら治さへんけど。このまま行けば進行次第で、長くは持たんかもしれんかもしれんけど」
「……」
「どないする?」
「わ、わかんないわよ」
「まぁ、せやろなぁ」
俯き悩むリース。
アルガスは自分の店に嫌がらせなど多々してきた。
母親の代の時からだ。
しかし、死んで今までの行為を精算など甘いと思ってしまう。
今回、起こるであろう事も考えると生きて精算させたい。罪を償ってもらう事の方が、アルガスにとって一番効き目があるのではないかと思うのであった。
リースの考えがまとまったのだろう。
顔を上げ薫を見る。
「治してあげて、それから今までの行為を償って貰う」
「あいよ。そんじゃ治す方向でいこか」
「あんた本当軽いわね」
「そんなもんやて。そういう風に振る舞っとかんと不安がる奴がおるからなぁ」
「な、何よ。それ私の事言ってるの?」
「……」
「む、無言でこっち見るのやめないさいよね!」
「ちょっとからかっただけやて」
「もう……あ、ありがと」
「ん? なんか言ったか?」
「何にも言ってないわよ。バーカ!」
小さく消え入りそうな声で言うリースの感謝の言葉は、薫には聞こえることはなかった。
耳を真っ赤にしながらその後は、ギャーギャー騒いで薫に恥ずかしさを隠すついででボカボカと叩くのであった。
「で? あんなに痩せた原因って何なのよ」
「説明してわかるか?」
「わ、分かるように説明しなさいよ」
「へいへい、ええか? とり敢えず病名は【癌】や」
「がん?」
「そうや、それでできた箇所によってまた名前が変わってくる」
「その病気は、あんな風に痩せたりする病気なの?」
「アルガスは【大腸癌】や。症状としては、 すべての癌がそうやないんやけどな。あんな風に急激に痩せたり、排便で血液が混ざる。下痢なんかもあるしなぁ。早期発見の難しい病気なんやけどなぁ。今回は、運が良かったなぁ」
「如何してあんたはそれに気付いたのよ?」
「まぁ、俺は見ればわかるからなぁ」
ちょっと、おちゃらけた感じで言うとリースは真剣な目で薫を見て言う。
「今は茶化さないで」
「はぁー、分かったよ。なんで気がついたかやけど噂を耳にしてな」
「噂?」
「そや、最近急激に体重が落ちて姿が激変したってな」
「それだけで判断したの?」
「まさか御冗談を。それだけやないちゃんと一個ずつ確かめながらや。当ては、何個かあったんやけど症状聞いて確信持ってたな」
「あんた本当におかしいわよ。なんでそんなの分かるのよ」
「そりゃ、今までぎょうさん同じような病気見てきたし、治してきたからなぁ。経験の差やないか? 答え合わせも終わってるしな。まぁ、これはリースのおかげで調べれたし」
「え? 私なんかしたっけ?」
「こっちの話や」
そう言って、笑顔でリースの頭をクシャクシャとする。
薫の言ってる意味がわからないリースは、少し不機嫌な表情になる。
薫は、リースが殴りかかった時にアルガスを逃がす為腹部に触れている。その一瞬で、診断を無詠唱で使い答えを得ていた。後はアルガスがどう動くかで、このカードをどう使うか考えていたのだ。結果的には、治す方向になったが、まだ詳しく調べる必要がある。直接肌に触れてない事で診断の結果が、細部までチェック出来なかったからだ。今回の診断の結果は、【大腸癌・ステージⅠ期】と出た。しかし、他にも別の病が隠れているかわからないから様子見としている。
大腸癌には病期がある。 これを表すので使われるのがステージ分類だ。大腸壁の中に癌がどの程度深く浸潤(周囲に拡がること)しているか、リンパ節転移、遠隔転移の有無によって進行度が規定されている。
ステージ分類は、0からⅣ期までの五段階に別れる。
数が増えるごとに進行度が上がる。それにより生存率が下がってくる。
0期は、癌が粘膜にとどまったもの。Ⅰ期は、癌が大腸壁にとどまるもの。Ⅱ期は、癌が大腸壁を越えているが,隣接臓器におよんでいないもの。Ⅲ期は、癌が隣接臓器に浸潤しているか,リンパ節転移のあるもの。Ⅳ期は、腹膜,肝,肺などへの遠隔転移のあるもの。
このように五段階に分かれている。
アルガスの大腸癌は、ステージⅠ期に該当していた。
リースにわかりやすく伝えているのだが、思いの外わかっていないようだ。話が右から左に流れているようなそんな気がした。
「うん、わかったわもういいわよ」
「……」
「コレ以上言われてもわかんないわよー! どうせ私はダメな子よーだ」
「いや。分からん方が、今のところ普通やから大丈夫やで。むしろわかった方が怖いわ」
「とりあえずアルガスは、進行が遅いからまだ大丈夫ってことよね」
「そうやな。でも安心はできないんやけどな」
「すぐに進行しちゃうの?」
「そんな一日二日で、どうこうってわけやないんやけどな。こうも身体に変化があって何も薬を飲んでないとも限らんわけや。それによって何か他のものが併発したりすることもあるからなぁ」
「早め早めの治療をしないといけないってことよね?」
「そういうことや。まぁ、今どうこう言っても意味ないからとりあえず時間が過ぎるのを待つとしようか」
「そうね」
そう言って二人は、店の中の掃除、特にアルガスが散らかした物の片付けをした。
これから起こるであろうことにも備えながらである。
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夕刻時にリース治療院の裏口を叩く音が聞こえた。
リースは、身体に力が入り少しこわばったような表情になる。
薫は、その音と時間的にある助っ人を呼んでいた事を思い出し裏口へと向う。
裏口を開けるとそこには、少し不機嫌な男と上機嫌な女がいた。
「すまんすまん。呼んどったの忘れとったわ」
「薫この前は良くも見捨ててくれたな……マジで大変だったんだぞ」
「いや、ええやん? 痴話喧嘩に俺の入る隙なんてないで?」
「そうよ! イルガ。薫に当たるなんてお門違いよ。言うなら妻である私に言うべきよ」
「いや……リリカ頼むからちょっと黙っててくれないか? 話がややこしくなるから」
「つ、妻に向かって黙ってろって酷いわ……」
「あーもう。兎に角、薫お前の言う通りに来てやったぞ。これで、この前の建て替えてもらった金はチャラでいいんだな」
「ああ、それでええよ。助かるわー。しかしまたこれは、一段とリリカのはっちゃけ方がパワーアップしたな」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
「誰のおかげだと思っとんや?」
「マジで殴りたくなってきたな。薫一発殴ってもいいか? いいよな? 歯を喰いしばって目瞑ってみろ。楽にしてやるから」
「イルガのおっちゃんもまた相変わらずで安心したわぁ。ちゅうわけで、中入ってくれ。ここで騒いだらアカンからな」
「イルガ……私の事……嫌いなの? 放ったらかしにされたら……夜の街に消えちゃうんだからね」
「……き、嫌いじゃないが……そ、そういうのは……って夜の街に消えるだと許さんぞそんな事!」
「店先でやかましいわー! この馬鹿がぁあああー」
「うぼらぁああああ」
リースの正拳突きがイルガの腹部に突き刺さる。
イルガは、くの字になりながら壁に激突する。
ぴくぴくと顔面は青ざめていた。
あまりにも五月蝿かったからしかたない。
薫は、擁護するでもなく生暖かい目で見ていた、
リリカも吹っ飛んでいったイルガに気が付かず、先ほどの自分を心配しての言葉に酔いしれていた。
身体をくねらせもじもじとしながら「許さない」が「俺以外の男と遊ぶのは許さない」へと変換され何故かそこから「お前は、俺のもの」と変換されているようだ。
薫は、リリカが幸せそうで何よりと思いながら見守るのであった。
「とりあえず薫そいつあんたが呼んだんでしょ?」
「ああ、そうやけど……アレ生きとるんか?」
「死なない程度には手加減してるわよ」
「じゃあええか。とりま中に運ぶわ」
「はぁ……変な人ばっかりね」
リースは、額に手を当て大きなため息を吐き店の中へと消えていく。
薫は、リリカに先に行くように言い店へと入らせてからイルガの方を向く、
面倒臭そうにイルガへと近づき頬を叩きながら起こすのであった。
「おーい。イルガのおっちゃん」
「……」
「起きんとこのままおいてくでぇ~」
「……」
全く反応しないただの屍のようだ。
と言ってる場合でもないので手っ取り早く起こすために薫は、イルガの耳元でささやく。
「あ! リリスが変態に絡まれとるで! あ! 身体にベタベタとさわっt」
「何処じゃボケェ!!! 殺す! 薫その変態は、何処にいる!!!」
「おはようさん。さっさと店中入るで」
「あ? あれ? リリカは? 変態は?」
「何寝ぼけてるんや? さっさと行くで」
「……あ、はい」
腑に落ちない感じでイルガも店へと入る。
店の中に全員入るとソファに座り、自己紹介と言った感じで他愛のない話をする。
リースはリリカと、気が合わず、なぜかイルガと気が合ってしまい二人は話し込んでいた。
そんな二人を目に涙をうるうると浮かばせて見つめるリリカ。
薫は、また面倒くさい事が起こるなと思うのであった。
イルガの学習能力のなさには頭を悩ませられるだろうと思いながら薫は、フォローを入れて後々に響かないようにするのであった。
「で? 薫この二人は、使えるの?」
「それなりにはっていうふうにしか聞いてないなぁ」
「おいおい、なんだ? 一応これでも俺とリリカは、迷宮攻略者だぞ?」
「え? そうなんか? じゃあめっちゃ強いやん」
「なんで薫が驚いてるのよ。ていうか大迷宮を攻略したわけじゃないんでしょ?」
「大迷宮は、ここが初めてだ。前に行ったのは中規模だ。それなりに有名なところだぞ?」
「何処を攻略したの?」
「この大陸の最南端に位置する【ライアス迷宮】よ。私の未来の旦那よ。強いに決まってるじゃない。二人共疑ってるの?」
「ライアス迷宮!? ほんとにあそこをあんた達二人で攻略したの?」
「攻略には、半年ほど掛かったがなぁ。なんとか攻略して報奨金も出たぞ。まぁ、地位と土地はいらないから貰わなかったがなぁ」
「リース、俺には中規模とかそういうの分からんのんやけど、凄いんか?」
「あんたはほんとに……」
「「薫るらしいな」」
「ひどい言われようやな。まぁ、別にええけど」
三人が一斉に薫の方を見て溜息を吐く。
薫のわかるようにイルガが教えてくれた。
「そういえば、前に話したよな?」
「俺が聞いたのは、迷宮を攻略すると金とか地位が貰えるとしか教えてもらってないしなぁ」
「ん? そうだったか?」
「そうやで。酷い言われようやったけど教えてもろうてないから知らんわ」
「あははは、すまんすまん。まぁ、時間も未だあることだし、ちょっと説明してやるか」
「頼むわぁ。後わかりやすくな」
「はいはい、とりあえずは、迷宮は生き物っていうことは……知らないよな?」
「おう、知らん」
「そう返ってくると思ってたけど……。こんな初歩的なことを、知らないなんておかしな話だな。普通は、親からだったり子供の頃に教わることだぞ? どんな辺境で生まれたんだよ」
「まぁ、それは置いといて。迷宮が生き物ってどういうことや?」
薫の質問に答えるイルガ。
迷宮は、人を食らうために生まれると言われている。
何故生まれるかまでは、把握できてないらしい。
発生も、どんな場所にできるかもわからないからたちが悪い。
後は、人が迷宮に一人でも入らないと、モンスターを迷宮外に召喚して周りを襲うとされている。
要は、人という餌を来させるためにモンスターを召喚する。
早めに攻略してしまえば後は、安心して放置できる。
だが、何年かに一回は、定期的にその迷宮に潜って調査もしないといけない。
今のところは、復活したという事は確認されて無いが、何があるかわからないというのでそう決められている。
異例として言われるものもある。
この都市のグランパレスの大迷宮は、発見当時外に放つ魔物が異常だった。
グランパレスの眼の前にあるササラ平原に、火龍などがいたと言われている。
「そんなところを、よくこんな都市作れたな」
「あははは、そりゃできたさ。なんせ、大迷宮を攻略した当時、最強と言われた探索者ギルドのコミュニティが徴集されたんだからな」
「へぇー、まーたすごい化物やったんやろうなぁ。火龍とかを倒すくらいの奴らやろ?」
「ああ、探索者ギルドのコミュニティって言っても、商業ギルドだったり、治療師ギルドのコミュニティもあるぞ。簡単に行ったら一番上が各ギルドで、その下に何個もコミュニティがあるって考えてもらえばいい。冒険者のランクがC以上の者が、代表つまりギルドマスターとしてパーティーを組むことができる、普通だったら五人までしか編成できないが、ギルドに加入することによって、十五人までの編成が許されるんだ。普通のパーティーを組むより、利点が多いとされてるからな」
「Cランクねぇ。めんどそうやなぁ」
「はぁ……薫。Cランクが、どれくらい凄いかわかってないから、そう言えるんだぞ」
「俺は、探索とかはええわ。のんびりと治療しながら暮らすからなぁ」
薫は頭を掻きながら面倒くさそうな表情になる。
基本的に迷宮に潜ろうとも思ってないし、潜る時があればその時にどうにかするつもりだからだ。
しかし、前聞いた時より迷宮に関しての情報が手に入った。
この街を出て次の街に行く時に気をつける一つのラインがわかった。
街があるすなわち迷宮がある。
モンスターが、街道や山にいるならばその近くに迷宮があり、人という餌を欲している。
一つ薫は、疑問に思ったのは迷宮が発生し、そのまま放置し続けるとどうなるかだ。
大体の予想はつくのだが、一応答え合わせのために聞くことにした。
「迷宮を放置し続けるとどうなるんや??」
「ああ、それも昔試したらしいんだが、悲惨だったらしいぞ。迷宮が進化して、層が深くなって召喚されるモンスターが、最下層じゃないと出てこないモンスターになってたらしい」
「えぐすぎやな……」
「相当な被害が出たらしい。今も放置されてる迷宮はあるが、ボーダーラインを超えないようにしてるのが現状だ」
「まぁ、対処してるんなら、ええんやろうけど。これやと、国同士の争いとかも起こらんやろうなぁ」
「昔は、あったが今はそれどころじゃないからな。寧ろ、争ってる時に迷宮をほったらかしにして、滅亡する事だってあるんだから割に合わんだろ」
「ある意味平和なんかもしれんなぁ」
「薫は、変わってるな。そんなふうに考えたことはなかったぞ」
「人それぞれやし、そんなもんよ」
そう言いながら薫は、窓際へと向かい窓を開けて煙草に火を着け気持ちを落ち着かせる。
辺りは暗くなり、人通りも少なくなってきていた。
寧ろ、いつもより人が少ない気がした。
薫は、そろそろかなぁと思いながら煙草を消し、窓を閉めて皆に気を引き締めるように言うのであった。
大変お待たせしました。
HDDが吹っ飛んで、文章を修復するのにやる気がなかなか出ませんでした。
そして、やばいことに最初描いたものより文字数が増えております。なんでや?
残り一話でこの貴族墜落作戦!は終わり新しい話になります。
寧ろ、そっちを私は書きたくて早めに書いたのにこれですよ……。
なんとか携帯の方に貴族墜落作戦!10話の話が、4000文字ほど残っているので頑張りたいと思います。
てか、今月イベント多すぎですね。やることいっぱいでした。
では、頑張って書いていきますので読んで頂けたら幸いです。




