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貴族墜落作戦!8

 薬の結果が出るまでしなければならない準備が整い。

 薫は、のんびり情報収集とアリシアのリハビリをした。それとリリカから魔力強化の訓練に時間を使った。

 魔力のコントロールが、出来たほうがいいと思ったからだ。

 また、道行く人を犠牲にすることのないように、簡単なレクチャーをしてくれた。

 同時進行で、リースのところに行ったが、相変わらず人っ子一人患者さんがいない状態に苛立っていた。

 下手に突くと何されるか分からなかったので、そっとしておいた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 そして、薫とユリナで作った薬を試験投与をして、三日後にようやく薬の結果が出た。



「薫様、結果が出ましたよ」



 そう言って、ダイニングで寛いでいた薫に報告する。

 カインは、かなり舞い上がっているようだ。



「ようやくこれで動けるなぁ」

「そうですね。では、明日にでも動き始めますか?」

「そうやな。とりあえず噂を流してもらおうか」

「はい。といってもどうやって流すのですか? 下手に流すと失敗してしまいますよ」

「大丈夫やそれは適任者に頼むからな」

「では、それは薫様に任せますね」

「ああ、それで薬の量産やけどどうなっとる?」

「それが、一昨日から数は少ないですけど商会の方に一定個数が、入るようになったんですよ」

「なんや仕事早いなぁあのおばちゃん」

「!!? あれもじゃあ薫様が、手配してくれたんですか?」

「ん? まぁ、試験運用ってところや」



 薫は、からからと笑いながら露店のおばちゃんの情報操作に感心する。

 市場のバランスを崩さずにそして、怪しまれない程度に情報を流したんだなと思うのであった。



「それじゃ明日からカインさんは、リースの監視兼護衛を手配しといてくれ」

「わかりました」

「俺は、噂を流してもらうから、多分リースのところ大忙しになるやろうから。少し、手伝ってくるわ」

「薫様も出られるんですか?」

「アルガスが直々に来るかもしれへんやろ? 顔を確認しときたいってのもあるし、それにもう一個気になることもあるんや」

「分かりました。では、明日から頑張りましょう」

「おう」



 ひと通りの報告が終わり二人は、ダイニングから自室へと戻った。

 薫は、明日の準備をし、そのまま眠りに就いた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 早朝に目が冷めた薫は、ここ最近の日課のジョギングを開始するためにさっさと寝間着から、運動しやすい服装に着替える。

 着替え終わり廊下に出る。

 辺りは、鎮まり返り人の気配は感じない。

 まだ誰も起きていないようだ。

 大きな音を立てないように薫は、静かにドアを閉め。そして、玄関へと向うのだった。

 外へ出ると澄み切った空気が、肌を撫でる。

 7月なのに早朝は、肌寒かった。

 薫は、そのまま10kmのジョギングをした。


 

 ジョギングから帰ってくるとオルビス邸の門の所でカリンが、タオルを持ち笑顔で待っていた。



「どうしたんや?」

「いやーここ最近ずっと早起きして、走ってらっしゃるので」

「まぁ、日課みたいにしとるかなぁ。体力がないと医者としてはなんもできんからなぁ」

「いしゃですか? よくわかりませんが、体力がないとですね! 本当は、薫様身体が弱い方かと思ってましたし」

「前も言ったやろ。不調やっただけや」

「な、なんで構えてるんですか?」

「ん? いや何となくここ数日は、からかってくるからつい」

「が、学習してますし、何度もあんなチョップを脳天に食らったら私の身長が縮んじゃいます!」

「アリシアちゃん以下になったらおもろそうやなぁ」

「お、面白くもないですよ。むしろ怖いですよ。薫様、目がマジじゃないですか!」

「冗談やて」

「最近の薫様は、ちょっと醸しだすオーラが違うから怖いんです!」

「ああ、訓練で魔力強化も練習しとるからなぁ」

「……」

「どったの? 黙りとか珍しいな」

「ここ数日私は、そんな薫様にちょっかいをかけていたかと思うと寒気が……」

「大丈夫やて、女の子には優しいからなぁ」

「あのチョップでどう優しさを感じろって言うんですか!」

「男やったかグーかなぁ。ゴリッと頬を力一杯振り切るで?」

「私だとポロンと首から上が飛んじゃいそうですね」

「どうやろうなぁ。試してみるか?」



 薫がそう最高の笑顔で言うとカリンは、全力で首を横に振りながら拒否するのであった。その必死な行動に思わず吹き出してしまった。

 しかし、薫の最小限でも魔力強化している攻撃を生身で受けるという事は、かなり危険である。魔力量も高いので、リリカなどの全力とほとんど大差ないか、それ以上の力なのだ。それを鍛錬のために薄く体に纏いコントロールし、それを随時継続している。一般の魔法使いや治療師には、到底真似することの出来ない芸当だ。

 有り余る魔力保有量が、あるからこそできる芸当なのだ。

 そんなことを知ってか知らずかここ数日で、魔力の量などの調整や威圧のコントロールも感覚で掴み始めていた。殆ど使いこなしているが、まだまだ粗いとリリカに言われた。

 リリカ曰く、瞬間的に高火力の物理攻撃を魔導師や治療師が、打つという反則的な物だが、いつ打つかによって、勝敗が決まってくる。対人においては、回避されたら終わりなのだそうだ。見た目で、弱そうと思い余裕をぶっこいてる奴にガツンとやるのが、楽しいとリリカは言っていた。顔が、マジだったことに少し表情が固まる。

 薫も数発リリカの強化した攻撃を受けてみたが、あんな小さな体から、出される威力ではないという感じだった。



「薫様? 如何したんですか?」



 少し考え事をしていたせいで、静止したままで止まっていた。

 それにカリンは、少し心配した様子でもあった。




「ん? ああ、大丈夫やて。それより今から、さっさと汗流してくるから紅茶でも入れといてくれると助かるわ」

「はい。お安いご用ですよ」



 カリンは、笑顔で良い返事をした後、玄関周りの掃除をササッと終わらせて屋敷の中へと向かっていった。

 薫は、さっさと自室に戻りシャワーを使い汗を流した後ダイニングへと向かう。

 そうすると丁度支度ができていた。

 温かいラックスティーを出し、横にラスクのようなパンが、添えられていた。

 それを見ていると若干2名の小動物のような者達の顔が浮かび上がった。

 薫の表情にカリンも気づいたのかサムズアップをし、小声で「朝から癒されましょう」と言うのであった。カリンの行動は、確信犯であると思う薫であった。

 呆れながらもここ数日の朝は、サラとアリシアの食事をしている姿に薫も心を癒されていた。

 アリシアは、気を付けようとしている行動が見えるのだが、中々、体が思うように行かないのだそうだ。

 食事を終えてから覚醒した後に「何時もあんなのじゃないんですよ!本当です」などと必死に弁明をして来るのだが、説得力の欠片もないのである。

 そんなアリシアを笑いながら宥めるのであった。

 そして今日も恒例行事のように2人は、船を漕ぎながら食事をするのであった。その姿を微笑ましく2人は見守る。

 薫は、癒された後少し早めにオルビス邸を出る為準備をする。

 露店のおばちゃんに噂を流してもらいアルガスの耳に入るように情報操作してもらうのだ。数日前に試している限りでは、薫の思った以上の成果を出しているから、問題無いと言える。

 魔力強化をしつつのんびりと歩く。



「それじゃあ、いっちょ始めるとしよかぁ」



 そう気合を入れて商業地区へと向かうのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 時刻は8時頃だろうか。

 商業地区の人集りは、そこまで無い。

 薫は、人気のいない壁に凭れ掛かりその光景を見ていた。

 どちらかと言うと、商店の仕入れの物を運ぶ人達の方が多い気がした。

 服装が少し貧相な者が多い。多分、奴隷の類かなと薫は思った。

 ガタイの良い若い連中が、大きな木箱を商店や露店に運んでいく。その中でも亜人が少し多い気がした。犬耳や角の生えた者そして、肌が紫色の亜人もいた。ホーッと言いながら薫は、その人達を眺めていた。そうして眺めていると横から、露店のおばちゃんが声を掛けてきた。



「奴隷を見るのは初めてなのかい?」

「ん? ああ、おばちゃんか。まぁそうやなぁ」

「珍しいねぇ。大概は、何人か買って働かせたりしてるのだけれどもねぇ」

「そんなもんなんか? 俺は知らんからなぁ」



 薫の言葉に目を大きく見開き驚く。



「あんたが、どんな素性の人間かは知らないけど世間知らず過ぎやしないかい?」

「この街来てからよう言われるわ」



 薫は苦笑いを浮かべながらおばちゃんに聞く。

 そもそも奴隷になる人は、どのようにしてなるのかが、よく分からなかった。基本的には、悪いことをして捕まったらなるのが妥当なのかなと薫は思っていた。

 そんな薫の表情を見ていたおばちゃんは、ざっくり教えてくれた。

 奴隷に落ちるものは、大まかに悪事を働き捕まった者、借金の返済の為の身売りなどだ。悪事でも一般市民などを殺した者は、対象外だ。窃盗などの軽い者などがこれに当たる。借金の返済は、家の事情で、売られる事がある。身売りは、モンスターや賊に親を殺されてしまったりして、一人で生きていけない者が該当する。あとは、賊が裏で手引きし、裏で売り出される事もある。大まかにはこのような感じとおばちゃんは、話してくれた。



「成る程なぁ。でも盗みとか働いた奴は、主人を騙してまた悪事とかはせえへんのんか?」

「誓約を交わすから大丈夫よ。じゃなきゃ買えないわよ」

「誓約?」

「そうよ。奴隷商会で買ったら先ずは、誓約の儀式をして制限をかけるのよ。お金を盗まれたら終わりだものね。あとは、主人に危害を加えないとかが基本的な誓約かしらねぇ」

「成る程なぁ。それを破ったらどうなるんや? もしかして死ぬんか?」

「そういうのもあるけど基本的には、一生体に制限がかかるのと賞金が懸けられて大変なことになるわねぇ。逃げ切ることは、不可能に近いから人生詰みね」

「なんともご丁寧にそんな誓約が存在するんやなぁ。軽く怖いわぁ」

「お金出して殺されるなんて、馬鹿の所業じゃないの。それを回避するためよ」

「気になったことがあるんやけど……その誓約を交わして、その契約を解除されることはあるんか?」

「んー。それは、期限のことかしら? それだとその人に課せられた期限は無いのよ。だから買った主人が、解除しない限りは永続なのよ」

「ふむふむ。なんか可哀想やなぁ」

「あらやだ。奴隷として買われたほうが、可哀想じゃないわよ」

「どういう事や?」

「買われれば主人は、ちゃんと奴隷の事を管理しないといけないのよ。衣食住を提供する義務が生まれるのよ。蔑ろにすると主人が、罰を受ける羽目になるんだからね」



 おばちゃんは、腕を組み溜め息を吐く。その表情には、本当に奴隷を管理するのも大変なんだなと思うのであった。



「おばちゃんは、奴隷を買っとるんやんなぁ」

「ええ、息子みたいなもんだねぇ。若くて、働き者だよ」



 頬に手を当てながら照れ臭そうに言うおばちゃんは、慈愛に満ちた表情だった。しかし、その表情の隅にかすかな悲しさも見えた。薫は、それ以上詮索するのを止め、迷宮熱の話を切り出した。



「おばちゃんにちょっと広めて欲しい噂があるねんけど」

「ん? 何か面白い噂なのかねぇ」

「かなりおもろい噂やと思うで」




 薫の言葉におばちゃんは、目を鋭くさせた。

 その変わりように薫も仕事モードへと移行する。表情は、かなり悪どいと言っていいほどだ。



「迷宮熱の特効薬を見つけた治療師がおるねん。3日間、朝昼晩の3回服用するだけで治るんや。ええ情報やないか?」

「ほーう、それはまた楽しそうな噂だね。でも確証はあるのかい?」

「そうやなぁ。此処は、おばちゃんの中にだけ止めといてや。一応、後ろにオルビス商会が付いとるって噂らしいで。特効薬の量産に入ってるって言ったらええかな」

「!!? あの商会がねぇ。だったら有力な噂だね。それで、何処の治療院なんだい?」

「リース治療院って聞いたかなぁ」

「あの娘が!!? いや……無きにしも非ずだよねぇ。それで、流してあの店を盛り上げるのかい? 今は、アルガス伯爵に目を付けられてもめ……」



 そこまで言っておばちゃんは、何かに気付いたように言葉を止めた。顎に手を当て考える。思考を研ぎ澄ませて、薫の言った言葉をよく噛み砕く。そして、一つの答えが、弾き出されたようだ。



「あんたは……恐ろしい事を考えてるねぇ。アルガス伯爵に喧嘩売るつもりかい?」

「何のことやろう? あくまで噂やで」

「本当にあんたは、私を使って、とんでもない事をしようとしてるねぇ」




 ちょっと作ったような困り顏で薫に言ってくる。

 それを見て、薫は、冗談交じりに「いや〜すまんなぁ」を軽く謝罪を言うのであった。



「別にかまやしないよ。何より楽しそうだねぇ。その噂で下手するとアルガス伯爵が、詰んじゃう事になるんだろ?」

「さぁ、どう転ぶんやろうなぁ」



 おばちゃんは、その言葉にほんの少し笑みを浮かべるだけだった。



「まぁ、あくまで噂話だしねぇ。導火線に火を点ければあとは、勝手に広がっていくわねぇ」

「そう言うのは、早そうやなぁ」

「取り敢えず良い噂話だったわ。伯爵のこと嫌いな奴が、多いから広がるのは早いと思うわよ」

「それじゃあ、よろしゅうなおばちゃん」

「うふふ、でもあんたは、こんな話を私なんかにしても良かったのかしらねぇ」

「ん? ああ、それは大丈夫やろ」

「?」

「勘かな。一番最初に会って、話しててそう思ったんや。俺のそういう勘は、意外と当たるから大切にしとるんや」

「勘ねぇ……じゃあ、期待を裏切らないようにしないとね」



 そう言っておばちゃんは自身の露店へと戻って行く。

 帰り際に「無茶は、するんじゃないよ」と言い残し露店の準備をし出した。

 薫は、頭を掻きちょっと嬉しい気持ちになった。

 あまり関わってないような人から、心配されるという事は新鮮な感じがした。

 気持ちを正し、薫は、そのままリース治療院へと向かう。

 噂の広がりようから、どのくらいの人数がくるか分からないからだ。

 多分、リース一人で回すのは、困難になるだろうと見ている。

 その為のヘルプとしてリース治療院へと向う。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 リース治療院に着いた薫は、ドアを開け閑散とした院内を見渡す。

 誰も患者が来てないが、きちんと整理され埃一つない綺麗な空間だ。

 奥で、何やら音が聞こえる。そして、奇妙な匂いも治療院の方に漂ってくるのだ。嫌な予感がした薫は、そっと奥に近づき覗き込む。

 そこには、予想をはるか斜め上に行く惨状とかしていた。

 鍋から漂う化学薬品のような香り、鼻を刺激し、頭が痛くなる。

 それを、ルンルン気分で煮詰める魔女のようなリース。

 これは、完全に食べ物ではない。

 劇物を作っているとしか思えない。

 そんな光景に薫は頭を抱えた。

 リース、本人に自覚がないのだからタチが悪い。

 初めてリースの食事を食べた悪夢が蘇り、お腹が痛くなった。

 人の食べていい物ではない。女子力ゼロのリースは、完璧なまでの殺傷能力を特化させた料理を作っていた。

 薫は、アレをよく食べるなと思うのであった。

 本人曰く、お腹に入れば一緒との事。

 耐性ができているのかリースは、お腹を壊さないらしい。これは本人曰くである。薫は、コレのせいで散々な目にあった為かなりのトラウマ物である。リースが、普通に口に運んでいた為、見た目がアレでも味は大丈夫なのだろうと思って口にした。結果、お察しだ。色んな状態異常が併発し、死にかけたのだ。



「おい、リースまたとんでもないもん作ったな」

「あら? ちょうどよかったわ、あんたもこれ食べなさいよ。此れから戦闘開始なんだから精を付けないとね」

「どちらかと言うと生を刈り取るって言った方が、正しいんやないかなぁ。仕事する前に俺が逝ってしまいそうや」



 そう皮肉を言った薫だが、リースは聞いてないようだ。

 今日から動き始めるという事は、言っていたから気持ちが昂ぶり、張り切っているのであった。

 お皿に紫色に濁ったスープを入れ、それを口にしながらニコニコとしていた。薫は、口元が引き攣りながらその光景を見ていた。



「で? どうなったの? 今日から開始なのよね?」

「そうやなぁ。昼頃には、何かしら動きが出てきても可笑しくは無いやろうな」

「ふふふ、楽しみだわ。あのクソ伯爵をぎゃふんと言わせられると思ったら笑いが止まらないわ」

「おい……その笑顔は、あかん奴やから引っ込めようか? 患者が、ドン引きするレベルやで」

「おっと、いけないいけない。平常心……平常心」



 そう言いながら、崩れた笑顔が表情の片隅から滲み出てくるのであった。

 まぁ、仕方ないかなぁと薫は、思いながら自らが作った方の迷宮熱の特効薬である【リファンミナド】を袋から出して、机の上に置く。



「そ、それが特効薬なの?」

「ああ、でも今回は、俺が作った方を使う。効果が出やすいし、ここの宣伝にもなるしな。カインさんの所で作ってるのは、効果が出るまでにある程度の日数がいるってのもある」

「なんでそんなに効果が違うのよ」

「んー、よう分からんなぁ」

「あんたって使えるんだか使えないんだかわかんないわよね」

「まぁ、ええやんそんなん。てか、リースって薬剤師のスキル使えるんか?」

「当たり前でしょ。まぁ、本職にはかなり劣るけどねってあんたもできるでしょう?その薬作ったんだから」

「……まぁなぁ」




 やはり、使えて当然なのかと思いながら薫は、その後リースと話をしながら時間を潰した。その中で、回復魔法に関する話になった。



「あんた間違っても『完全治癒エクスキュア』とか使わないでよ!」

「いや流石に使わへんよ。大神官と一緒の魔法使えるとか広まると怖くてやれんわ」

「どうだかねぇ。一応、体力回復魔法も使えるのよね」

「おお、使えるでぇ」

「……一応聞いとくけど何使えるの?」

「『アポロンの』」

「はい! ……聞いた私が馬鹿でした! 絶対それも使っちゃダメよ! その魔法は、一つ前の大神官様が使ってた最上級の体力回復魔法よ! ほんっとうにあんた馬鹿! いい! 使うなら『体力中回復エイルヒール』までにしときなさいよ」

「あ、はい」



 やはり、イルガとリリカに使った魔法は、大変珍しい魔法だったようだ。指摘してくれる人がいないと、かなり危ないと思うのであった。無知って怖いなと薫はしみじみ思った。



「はぁ、治療する前からドッと疲れちゃったじゃないの」

「すまんすまん」

「さて、もうすぐお昼ね。本当に来るのかしら」



 そんなことを言っていたら扉が開き呼び鈴が鳴る。

 治療院に入ってきたのは、灰色の魔法法衣を着て頭には深々とフードをかぶっていた。足取りが少し、危なっかしくそして、肩で息をしていた。



「す、すいません。此方に迷宮熱に効く薬を精製できたと聞いてきたんですが」



 フードを外し、そう言ってきた。

 顔は、熱があるのだろう。ほんのり赤くなっていた。目がクリクリとして可愛らしく、長い真っ赤な髪の毛を一つに纏めて、三つ編みにして纏めていた。その人の纏うオーラは、魔導師かそこらへんかなと薫は思うのであった。



「はい、ありますよ。大丈夫ですか?」

「あはは、かなりしんどいんですよ。毎年恒例行事になってきてるんですが……今年は、また一段とキツくて」

「直ぐに体力回復魔法と薬を用意しますね」

「薫! 薬を持ってきて」

「あいよー」



 リースに言われ薫は、薬を約一日分の量を用意する。

 それを小さな紙の袋に入れる。

 用意してリースの所に戻るとリースは、その女性に体力回復魔法を掛けていた。

 リースの手が緑色に光り、女性の体をその光が包み込んでいっていた。

 その光景を待機用の椅子に座り、薫はじっと観察していた。

 魔法が発動してから、2分ほど経過してリースの手から緑色に光がスーッと消えていく。

 すると女性は、今迄肩で息をしていたのが無くなり、顔色も少し良くなっていた。



「はい、此れで体力は回復出来たわ。後は、薫そんなとこ座ってないで、薬を早く!」

「はいはい、ただいまー」



 リースの所に薬を持って行く。

 袋に入ったリファンミナドを渡す。



「これを、一つ今から飲んでください。この袋に入ってるのは、今日飲む薬です。3個入ってます。朝昼晩と食事の後に飲んでください」

「コレが……薬ですか? 噂では、すぐに効かないって言われてますけどなんで効かないんですか?」



 ちょっと不安がる女性に、リースは少し焦っていた。専門外のことを突っ込まれると説明できないのだ。薫の方を向き、目で助けを求めていた。かなりのテンパりようだ。見ていてちょっと楽しかった。



「それは、体の中に迷宮熱の病原体が、住み着いているからやで」



 そう言って薫が分かりやすく説明するために話に入っていた。

 するとその女性は、ふむといった感じで考え込んだ。



「迷宮で例えるなら深い階層ほどモンスターって強いやろ?」

「は、はいそうですね」

「迷宮熱も深い階層のモンスターと一緒なんや。何回もダメージを与えて倒すやろ? 普通に一発じゃ倒れへんやろ」

「成る程! ダメージをこの薬で与えて弱らせていくんですね! それに必要な回数がこの薬の量なんですね」

「正解や。分かりやすいやろ?」

「よく分かりました」



 そう言うと女性は、薬を一粒取り出し服用する。

 ちょっと苦かったのだろう表情が渋くなる。



「ちょっと失礼するで」

「はい?」


 薫は、女性の額に手を翳し、スッと戻した。



「??」

「ほい、もうええで」

「は、はぁ」



 その女性は、きょとんとした表情で薫を見ていた。



「で、では、私はこれで……えっとお代は」

「あ、はい。えーっと薬三個で1500リラと体力回復魔法が800リラなので、合計2300リラになります」

「え? そ、そんなに安くていいんですか?」

「え? や、安いですかね?」

「あの……す、すいません。基準が、アルガス伯爵の治療院が先導を切って値段を決めて、周りもそれに合わせる形で料金が高いって思ってました。それに迷宮熱の薬って言うからものすごく高いって思って、金貨も用意してたのですが……」

「き、金貨!? そ、そんなに頂けませんよ。そ、そりゃ欲しいですよ! ですけどやっぱり高いと人を選ぶってことに繋がると思って、私はできませんね」

「うふふ、正直ですね。でも、あなたみたいな人もいるんですね。これからも頑張ってくださいね。次からは、ここを利用します。そ、その色々言われると思うけど折れないで下さいね」

「はい! ありがとうございます」



 そう言ってリリスは、頭を下げる。

 その女性は、「やめて下さいそんなに頭を下げないでください」と言ってたがぺこぺことリースは頭を下げる。

 リースは、「その薬の回数で、症状が改善されなかったらまた来てください」と念を押すようにその女性に言うのであった。

 料金を貰い満面の笑みでその女性を見送るリース。



「ふぅ……」

「お疲れさん。テンパってたな」

「うっさいなぁ。ちゃんと対処の仕方を教えなかったあんたに責任ありと私は言いたいわ」

「へいへい。すんませんねぇ」



 そう言いながら薫は、その後に備えてリースに色々な言い回しを教えて解決した。

 一人目が来てから二十分くらい経った頃だろう。

 二人、三人目とやはり顔を隠すように治療院に入ってくる。

 これは、アルガスの力の影響なのかなと思うのであった。

 その二人もちゃんとリースは、治療して料金を貰う。

 目を輝かせながら金銭箱の中を見つめる。

 かなり嬉しそうな表情だ。

 その後もちょくちょくだが人が来る。

 リースは、10人くらいを治療した辺りから様子がおかしくなっていた。

 三時を周った頃だろうかリースの顔色が悪い。



「うー、やばそう……魔力切れー」

「そうか、ならここから俺が代わるから睡眠取って魔力回復させとき」

「うん。ごめんちょっと裏で休んどくからなんかあったら呼んで」

「あいよー」



 そう言うとリースは、裏に入りソファにダイブし、すぐに意識を手放し寝てしまった。

 相当疲れていたのだろう。中級の魔法でもリースの魔力保有量は、常人並だ。薫とは全然違うから仕方がない。

 薫は、その後リースの代わりに6時までの間20人の患者を見た。

 今日最後の患者がやってきて薬の説明をしている頃にリースは、裏から起きてきた。



「ごめん! 寝過ぎた」



 そう言って、裏からバタバタと出てきた。

 かなり焦っていたように見えたが薫は、いつも通りの返事で返す。

 そして、最後の患者に『体力中回復エイルヒール』を掛ける。

 その姿にリースは、目が点になる。

 薫の手から、青白い光が一瞬でその患者に広がり圧縮し、患者の身体に一瞬で収まっていく。

 普通の『体力中回復エイルヒール』とかなり異なるものだったからだ。

 リースの知識で、魔力が高いと早いことは知っていたが、一瞬で終わるとかは今まで聞いたことがなかった。



「ほい。これで終わりや」

「ありがとうございます。すごく体が楽になりました」

「それはよかったわ」

「料金は……」

「ああ、薬が三回分で1500リラ。体力回復魔法が800リラで、2300リラです」

「え?」

「何や? みんな同じ反応やな。ここの治療師の料金設定やからそれでええらしいよ」

「あ、ありがとうございます。あまりお金がなかったものですから……」

「よかったな。ここの治療師が低料金設定で」



 そう笑いながら薫は、患者と話していた。

 リースはというと未だに目が点で、こちらを見ていた。

 それに患者が気付きリースに頭を下げる。

 それにようやく気付いたリースも慌てて頭を下げた。

 料金を払い何度も頭を下げる。それに釣られてリースも同じように頭を下げる様を薫は、笑いながら見るのであった。

 最後の患者が帰るとリースは、先ほどの薫の『体力中回復エイルヒール』の事を問い詰めたが、薫自身知らないのでなんとも答えようがなかった。



「あんたといるとびっくりすることが多すぎるわ」

「いやー。俺は、リースといると知らないことがよくわかるわー」

「世間知らず」

「毎回言われとるからもうなれたかなぁ」

「嫌ななれよね……それ」

「仕方ないやろ? 実際そうやし」



 悪びれた様子もなく答える薫にリースは、溜息を吐くしかなかった。



「それと一個気になったんだけど」

「ん? なんや?」

「あんた最初に来た人に何したの?」

「さぁ? 何したんやろうか」

「お、教えなさいよ」



 ジト目で訴えてくるリースに薫は、どうするかなぁと思い少し考えた。



「そういえばリースに一個聞きたいことあるんやけど」

「何よ! 質問を質問で返さないで教えなさいよ」

「まぁええやん」

「たく、仕方ないわね。何よ」

「無詠唱ってあるん?」

「あるにはあるけどまた特殊な物を聞いてくるわねぇ」

「あったら便利やん」

「特殊なものよ。使える人とか私の知る限りではいないかなぁ」

「そうなんやー残念やなぁ」

「何? あんた使いたいの?」

「まぁ、出来れば色々併用できるかなって思ってなぁ」

「あんたじゃ無理に決まってるじゃない。まぁ一生かかって頑張んなさいよ」

「そしたらそうするかねぇ」



 薫は、その話をそこで切り話題をさっさと逸らしにいった。



「あー、そうや売上計算せんでええのんか?」

「あ! そうだった」

「ずっと客が来なかったから、そんなことまで忘れてしもうたんか……哀れやなぁ」

「ち、ちがうもん! 忘れてないし! ちょっと隅っこに置いてただけだし」



 そう言いながら急いで金銭箱を開ける。

 そして計算するリース。



「か、薫! 自己新記録更新した!」

「おお、よかったやん」

「ほ、本日の売上なんと! 69000リラです」

「稼いだなぁ」

「こんなに稼いだの初めてよ」

「魔力尽きるからなぁ。休み休みじゃないと続かんやろ」

「そうなのよねぇ」

「雇うやつでも探さないとやれんと思うでこれから」

「うー、でもそんな余力がないのがなぁ」

「まぁ、おいおい考えていけばええんやないかなぁ」

「あ! そうよ。これは、あんたの取り分」



 リースは、薫に20人分の料金46000リラを差し出してきた。



「ん? どうしたんこれ」

「私が治療したわけじゃないから……それに、この薬もあんたが用意したじゃないのだからこれ」

「いらんよ」

「で、でも」

「俺は、現在金に困っとらんしなぁ」

「んー」



 リースは、ふくれっ面になり、何かしなければ収まらないといった感じだった。

 それを見て薫は、仕方ないと思い。



「じゃあ、俺が困っとる時に助けてくれるってのでどうや? それまでに、ちゃんとこの治療院を立てなおしとくんやで? でないと頼ろうとしたらまた、潰れそうですとか目も当てられへんからな」

「わ、わかってるわよ。今回は、それで手を打ってあげる」



 ムスッと少し、不機嫌なリースに薫は、頭をぽんぽんと叩く。

 その行動にまたしても不機嫌になる。

 次にリースの取った行動は、食事して帰れとのことだったが薫は、丁重にお断りするのであった。まだ人生を終わらせたくなかったのもあるし、あの悪夢を見るのが嫌だというのがでかかった。

 それを知ってか知らずか美味しいのにと訳のわからないことを口にしていたが薫は、聞かなかったことにした。

 時間も時間になってきた。

 あれやこれやと話をしているともう午後7時となっていた。

 辺りも暗くなり、人通りも少し少なくなってきていた。



「そしたら俺は、今日はこれで帰るから」

「そ、そう」



 リースは、少し不安な顔をしていた。

 今日、噂を流しているのだから、よほど早くアルガスの耳に入らないかぎり訪ねてくることはないと思っていた。

 だが、当のリースは、不安でたまらないようだ。



「不安か?」

「ぜ、全然よ! ばっちこい!」

「表情と言葉が咬み合ってへんよ」

「うぅ……」



 やはり不安に思っているのだ。

 相手がどう出てくるかがわからないのだから仕方ない。

 頭を掻きながら薫は、外の様子を見る。すると何人か外の人物と目があった。

 薫は、何かに勘づきそのまま外へと出て行く。

 そして扉の前で腕を組み魔力強化をし、少し威圧を醸し出すとその方向を見ていると数人が此方に歩いてくる。



「いやー、こわいっすよー。さすがにそんな威圧を私達に向けないで下さいよ。あの人の言ってる事と違うじゃないっすかぁ」

「そう言うってことは、お前らはカインさんところのやつか?」

「ご名答です。リースさんを影から見守るように言われてます」



 三人ほど薫の前に立つ。



「自己紹介が遅れました。私は、ラルフです。そんで、こっちのちっこい女の子がダリアで、こっちのひょろいのが、シュミットです」

「ダリアよ。よろしくです」

「しょっぱなから凄まじい威圧でした。私も精進しないとです。シュミットです。以後お見知り置きを」

「薫や。今回の作戦では世話になると思うけどよろしゅうな」

「はい。それでなんですけど……リースさんは、あちらの方でいいのですか?」

「ん? ああ、そうや。あのアホの子みたいな表情しとるのがそうや」



 その言葉に三人は笑い、場が和むがリースはカーッと赤くなり店の中に入ってしまった。



「とりあえず目立つから中で話そうか」

「そうですね」



 そう言うと皆リース治療院へと入り、椅子に腰掛けて話をする。

 最初に薫に話しかけてきたラルフは、普通の冒険者の格好をしていた。

 いたって普通の青年なのだが少し纏ったオーラが違う。

 黒髪短髪で、色白何処にでも居るような防具を身につけている。

 ダリアは、魔導師の服装で法衣を羽織り、少しやんちゃそうな子に見えたが此方もオーラが違う。

 茶髪で、ポニーテールにしていた。治療院の中をキョロキョロと見回しているせいか髪が、ゆらゆらと揺れていた。

 シュミットは、市民を装ってぼっとしたチュニック下は、だぼっとしたズボンを着ていた。

 黒髪で長髪だ。どちらかと言えばナルシストっぽく見えてしまっていたが、ニコニコしている表情からは、考えられないような雰囲気を醸し出している。



「それは、変装かなんかか?」

「そうですよ。俺たちは、基本採取などの最前線で動いてます。しかし、まさか私達が徴集されるとは思いもよりませんでしたよ」

「どういうことや?」

「私達は、オルビス商会でも一応、最高の人材って言われてるの。まぁ、それが誇りと思ってるんだけどね」

「なるほどなぁ。気合入れてあんたらを入れてくれたんか」

「そういうことです。でも今回は、相当でかい話と聞いてますから仕方ないですね。慢心は、駄目ですから」



 三人それぞれが醸しだすオーラから薫は、只者ではないと思いながら気を引き締めて、話を進める。

 今回の作戦を念入りに打ち合わせ、リースの護衛方法を確認していく。

 夜の護衛とこれからアルガスの行動によって、彼らの行動が変わっていくからだ。

 ひと通り話が終わり、リースにも確認する。

 それと、差し入れは絶対に食べるなと三人に釘を差すのも忘れなかった。

 確実に作戦に支障が出るからだ。

 三人は笑っていたが、奥の台所にある未知の料理に絶句し、薫の言ったことを理解してくれた。

 それによってリースから、ナイスパンチが薫の頬を撃ちぬいたのだが、コレも作戦のためと思い耐えた。

 後のことは、女性同士ということでダリアにリースを任せた。

 交代制で、ラルフとシュミットが外の番をする事に決まり、リースの不安は少し取り除かれた。

 意外とダリアとの話が噛合い意気投合するリースに薫は、今日はもう帰るからと告げオルビス邸へと帰っていた。

 いつでも薫は、アクションが起こせるように待機と言う形である。



 リース治療院からの帰り道に薫は、街に噂の広まりを感じるのであった。

 嘘か真かと言われながら、リースの治療院の名前が聞こえてくるのであった。

 それを薫は、耳にしながら明日には、何かしらあるかもしれないと思うのであった。




祝100万PV

ほんとに有難うございます。

一週間に一回は更新したいのですがなかなかうまく行かないですね。

次の話こそは……

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