貴族墜落作戦!5
オルビス邸に戻った薫は、早速薬の精製を始める。
先ずは、オレンの実の毒を抜く作業からだ。
その時、薫の部屋をノックする音が聞こえた。
ノックに気づき薫は、どうぞと返事をする。
すると、ドアが開きアリシアが、ひょっこりと顔を出して、何か言いたそうな表情をしていた。
薫は、それを汲み取りアリシアの言葉を待つ。
「か、薫様、私も薬を作るところを見てもいいでしょうか?」
消え入りそうな声で、アリシアは薫に言うのであった。
それを見て、薫は笑顔で手招きだけし、アリシアを呼び寄せた。
その行動にアリシアの表情は、太陽のような輝きを放ちながら此方にテトテトと近づき床に座る。そのまま一礼し、薫の手に持つオレンの実を見る。
「勉強熱心やなぁ。急にどうしたんや?」
「そ、その薫様のお仕事を見てみたくて」
「ほう、で?本音は?」
「す、少しでも薫様と一緒にって、な、何言わせるんですかぁ〜!!?」
「あはははは、素直やなぁ。めっちゃ分かりやすいわ」
「うぅ〜。酷いです薫様」
アリシアの思わぬ失言に薫は大笑いし、アリシアは頬を膨らませ顔を真っ赤にさせるのであった。
「さてと・・・・・・先ずは、解毒やったら回復魔法の『解毒』でええかな」
「それは、オレンの実ですよね? 解毒してどうするんですか? あ、えっとす、すいません邪魔ですよね」
「いや、かまへんよ。寧ろ分からんやったら聞いてくれ。知識欲の強いのはええ事やで」
「ほ、本当に良いんですか?」
「そういうのやったら大歓迎やで」
そう言いながらオレンの実を一つ手に取り、両手で覆い被らせるようにし、魔法を執行する。
「『回復魔法――解毒』」
ほんのり手の中が、青白く光る。
その光は、すぐに消えてしまう。
不思議そうにその光景を魅入るように見つめるアリシア。
薫は、そのままオレンの実に『解析』を掛けて、毒が無くなっているかを確認する。
【オレンの実(解)】
・毒のないオレンの実。
・食用としては、向かないが、腹の足しにはなる。
・食べ過ぎると下痢などを起こす事もある。
・【オレガノダイン】が含まれている。
「よし、解毒は成功やな」
「早いですね。あっという間に解毒出来たんですか?」
「ああ、調べた限りでも問題無く、毒は無効化されとるで」
「薫様は、特別なのでしょうか?」
「へ? どういう事や?」
ちょっと抜けたような返事で返した薫を見て、くすくすと笑うアリシアに薫は、どういうことか聞く。
「普通は、『解毒』で解毒すると10秒程掛かると言われています。魔力が高い人程早いらしいですよ」
「なるほどなぁ。アリシアちゃんが居てくれて助かるわ。俺の知らんこと教えてくれるから」
「そ、そんな事ないでしゅ・・・・・・・あぅ」
「くっ・・・・・・・」
「わ、笑わないでくださいよぉ〜」
少し早口で喋っていたせいもあり、噛んでしまったアリシアの表情を見て、薫は耐えられなかった。
ポカポカと薫を叩くアリシアは、とても可愛かった。
だが、薫にはダメージは無かった。
「薫様、私をオモチャにしてませんか?」
「ソンナコトシテルワケナイヤロー」
「なんですか? なんで棒読みなんですか? 否定してくださいよ。私、オモチャじゃないですよ! あ〜今、目そらしました! そらしましたよね。むぅ〜! わ、私だって、怒る時は怒っちゃうんですからね」
「いや〜、スマンスマン。ちょっとやり過ぎたわ」
「なんかさっきから弄ばれてるような気がします」
今度は、半泣き状態で頬を膨らませる。そして、少し薫から距離を取る。距離を取るといっても薫が手を伸ばして、丁度届かない絶妙な距離だ。
それ以上は、絶対に離れもしないし、近づきもしないのである。
「すまんかったって。ほらこっちおいで」
「……」
横目で、チラチラ様子を覗う。若干警戒しながらも、お尻を引きずりながらほんの少し、こちらにやってくる。表情は、ツーンとした感じだ。
薫は、頭を掻きながら自業自得かと思うのであった。
「ご機嫌直してくれんやろうか?」
「ふぅーんだ」
「じゃあ、どうやったら機嫌直してくれるんや?」
「……うーん」
薫がそう言うとアリシアは、少し考えてから言う。
「薫様の昔の話が聞きたいです。教えてくれるならご機嫌が直ります」
「なんや? そんなんでええんか?」
「それがいいんですぅ」
頬を膨らませながら言う。
薫は、アリシアの意図が分かっていたが、今のアリシアの状態を見て、何も突っ込まずにアリシアの言うことを承諾した。
「じゃあ、薬の方が一段落したらな」
「はい。お願いします。……わーい」
先ほどまでのご機嫌斜めな雰囲気は、何処へやらといった感じで、上機嫌になるアリシア。
それを見て微笑ましいなと思う薫なのである。
「えーっと。先ずは、皮を剥いて果肉と皮に分ける。【オレガノダイン】が、殆ど含まれてないって書いてあったからなぁ。実は、後で何かに使うかねぇ」
「おれのだいん? 聞いたことないです」
「俺も初めて、素材を使った精製方法を試すからなぁ。失敗もあるかもしれへん」
「薫様が、失敗とか見てみたいかもです。わくわく」
「違う意味で、わくわくするんやめてもらえへんかなぁ。心の声がだだ漏れやぞ」
「な、なんの事でしょうか? 私分かりません」
「はぁ、ええわ」
アリシアは、薫から目線を逸らしていた。
薫は、溜息を吐きそのまま次の工程へと移る。
次の工程は、乾燥させる。
「乾燥させなあかんのんやけど、乾燥装置とかないやんなぁ?」
「乾燥ですか? 薫様は、薬剤師のスキルをお持ちじゃないんですか?」
「ないな。あるんは、回復系全部と薬そのものを練成・・・・・・」
薫は、言葉を全て言う前にアリシアの表情に変化があったので、そこで止めた。気が緩んでいたため口が、少し滑ってしまった。
パクパクと口を動かしながらアリシアは、
「全回復魔法が、お使えになられるんですか?!!」
「なわけないやん。冗談や」
しれっと返したが、疑いの眼差しを受ける。
それを逃げるように話題を薬剤師のスキルへと持っていく。
「まぁ、それは置いといて。薬剤師のスキルに乾燥させるようなものがあるんか?」
「あ、はい。HP回復ポーションなどの材料は、全て乾燥させてから成分を抽出して、使うとされているんですよ。なので、薬剤師のスキルに乾燥させるスキルがあるはずです」
「 なるほどなぁ。普通にやったら一週間は、掛かりそうやしなぁ。俺は、出来んからなぁ」
「どうしましょうか・・・・・・」
「コレは、さすがに専門家に任せるんがええやろ。カインさんに頼んで、薬剤師を一人借りる事が出来るか頼んでみるか」
「お抱えの薬剤師さんが、何人もいると言ってたと思うので、多分大丈夫だと思いますよ」
アリシアの最後の一言で、問題ないと思い安心する。自身でできる作業は、今のところここまでだなと思うのであった。
「今日は、ここまでやな」
「終わりですか?」
「ああ、そうやな。現状お手上げやからな」
アリシアの表情にキラキラと光るものを感じる。
薫は、何処まで話をするかで少し悩むのであった。
「で、では、薫様の昔の話を聞かせてください」
「昔ねぇ、そんなおもろい話とかは、ないんやけどなぁ」
「面白くなくても大丈夫です。薫様の事もっと知りたいんです」
「それじゃあ、どんな話が聞きたいんや?」
「治療師になろうと思ったきっかけを聞きたいです」
「治療師ねぇ」
薫は、治療師の事をよく知らないので、医者になるきっかけを当たり障りのないように少し改変して話す。
「簡単に言ったらそうやなぁ。親友を助けれんかったってのが、きっかけやったかなぁ」
「お友達を亡くされたのですか……」
「まぁ、あんまり気にせんでええよ。そこら辺は、もう割り切れとるからな」
「でも……」
「今の俺やったら難なく治せるからな。あの頃は、8歳の餓鬼やったし。何もできん無力の塊やった。もう二度と大切なものをなくさないための力やしな」
「……どんな病気だったんですか?」
アリシアは、少し申し訳なさそうに薫に聞く。
その表情を見て、笑いながら頭を撫でる。
そうすると表情は、少し和らいだ。
「心臓の病気やった」
「私と同じ心臓の病気だったんですか?」
「ちょっと違うかな」
頭を掻きながらアリシアに言う。
その表情にアリシアは、心臓の病気が他にもある事を知る。
「多分やけどアリシアちゃんが、読んどる治療の本には、載っとらん分類の病気やで。それも知る事もできへん分類や」
「多分そうだと思います。大体は、目を通してみましたけど薫様が、言ったような詳しい事は、何一つ載ってませんでした」
「まぁ、そうやろうな。調べる手段ないから仕方ないやろうな」
「如何して薫様は、その病気が分かるんですか?」
「うーん。何て言ったらええんやろうな。企業秘密じゃダメか?」
「絶対的な自信を持って、言い切ってたところを見るとなんらかの魔法で、調べれると私は、見てるんですけどどうなんでしょうか」
「……よう見とるなぁ」
わくわくといった感じの眼差しを向けるアリシア。
薫は、苦笑いするしかなかった。
診断のスキルは、現在薫しか使える者がいないのだろうという見解だ。何故なら使える者がいれば、なんらかの情報が、残っているはずだからだ。それすら無いのならば、この世界に診断を使えるものが、いないということになる。もしくは、使えるがそれを隠しているかだ。薫は、その二つの答えを出していた。どちらが、正解かはまだ分からない。なんせ異世界に来て、まだ一週間すら経っていないからだ。
そんなことを考えていたらアリシアが、此方の雰囲気を察したのかモジモジとし、チラチラと様子を覗っていた。
「あー、すまんすまん。ちょっとボーッとしとったわ」
「す、すいません。私も深く聞き過ぎちゃいました。教えられないこともありますよね」
「いや、そうやないんや。ただ、これから面倒臭い事が、起きるのは明白やからなぁ。巻き込みたくないんよ」
「面倒臭い事ですか?」
「こっちの話や。アリシアちゃんは、気にせんでええよ」
「は、はい」
アリシアは、薫の言葉を聞いて、少し不安な気持ちになった。
薫も薫で、勝手に【エクリクス】の使者と名乗っているだけにその内バレるのは明白だ。それは、重々承知している。その時にオルビス一家に多大な迷惑を被るのではないかということが、気がかりだった。
今回のアルガスの一件が、一段落したら薫は、そこら辺の事をカインに言うつもりでいるのだ。
自身で、撒いた種だ。それに伴う事は、全て受け止めるつもりだった。
「あ、そうです! 薫様の親友さんは、どんな心臓の病気だったんですか?」
「ん? ああ、【動脈硬化】っていう病気や。生まれつき心臓の血管が、薄くてな普通は、子供の頃になるような病気じゃないんやけど。原因は、不明やったが脆かってん。手術で、治るはずやったんやけど体力的な面があって、なかなか出来んかったんや」
「そんな病気もあるんですね。でも、体力が無いと出来ないのですか?」
「アリシアちゃんは、そこまで衰弱してなかったからなぁ。でも親友は、薬で生きてるっていうくらい弱っとったんよ」
「あっ……」
「まぁ、それがきっかけかなぁ。失いたくないものをこの手で、掴み取れるようになるって、どんな病気でも治せるようになって、俺の周りだけでもそういう悲しい気持ちにならんようにってなぁ。餓鬼の頃にそう思ってなぁ。失ったものが、デカ過ぎたんやろう」
「大切な人だったんですね」
「まぁな」
辛気臭くなったこの空気を薫は、さっさと払いたかったので、話をアリシアに振る。
「じゃあ今度は、アリシアちゃんのことでも聞こうかなぁ」
「わ、私ですか?」
「俺もアリシアちゃんの事知りたいなぁ」
そう言うとアリシアの表情は、赤くなりちょっと嬉しそうになる。
そんな表情を見て、薫はまた弄りたくなるのであった。
アリシアは、病気になってから、殆ど家から出れなかったらしい。それもカインとサラの過保護のせいもあるのだろう。その時こんなことがあった。あんなことがあったなど笑顔で話してくれた。それを薫も笑いながら頷くのであった。
そんな他愛のない話をしていると夕方になっていた。
ドアをノックする音が、聞こえて返事をするとカリンがそこにいた。
夕食の準備が整ったとの事だった。
それを聞いた二人は、仲良く夕食に向うのであった。
夕食を食べ終わると薫は、カインとリビングへと向かい報告をする。
ソファに座り一息つく。
「薫様どうですか? 薬の方は」
「ああ、ちょっと手詰まりなことがあってなぁ」
「薫様でも手詰まりなことがあるんですね」
「アリシアと同じようなこと言うな……珍しいんか?」
「それはね……なんでも治してしまうのですから、今回のこれも卒なく終わらせると思ってました」
頭を掻きながら苦笑いするカイン。
それを見て、親子だなと思う薫なのである。
「それでや。薬剤師を一人貸して欲しいんやけど」
「薬剤師ですか?」
「乾燥の手順があるんよ。それを普通にすると一週間くらいかかりそうやからなぁ」
「なるほど……いいですが。私の仕事場でするのは駄目ですかね?」
「いや、かまへんよ。そこらへんは、カインさんの都合に合わせるわ」
「それだと助かります」
これで、乾燥させる作業は、クリアできると思う薫。ついでにそのまま完成まで、持って行こうかと思う。
その方が、また何かでいるスキルなどが出てきそうだからだ。
必要な素材は、自分が持っているので問題ない。
「そうや。薬は、届けたんか?」
「ああ、それでしたらはい今日社員に届けさせましたよ」
「そうかならよかったわ」
カインに薬の効き目を確かめさせねばならないいからだ
そのために昨日の夜に薬を渡したのだ。
「今日は、コレで報告は終わりやな」
「そうですか。そういえば、アリシアが迷惑を掛けてませんか?」
「ん? なんでや?」
「薬の精製の時に一緒にいたとカリンから聞いていたので」
「あー、全然問題ないで」
「そうですか」
薫の問題ないの一言で、ほっとするのである。
今回、作っている物が物なだけに慎重になるカイン。
それを察して、そう言う薫なのであった。
「それじゃあ今日は、この辺でお疲れさん」
「はい。明日は、一緒に行く形でいいですか?」
「ああ、その手はずでよろしく頼むわ」
「わかりました」
そういうとカインは、リビングを後にする。
その場で薫は少し、ソファに身体を預け目を瞑る。
身体のだるさが、どっと出てくる。
「(顔に出さへんようにするんが、精一杯やなぁしんどいわ)」
薫は、少し休んで自室へと帰った。
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薫との報告が終わってカインは、自室へと戻っていた。
「おお、サラ今日出しておいてくれたか?」
「ん? あ~お手紙ね。ええ、出しましたよ。ほんとにあなたったら抜けてるんだから」
「そういうな。昔から、そうだったろ?」
「舞い上がってるとすぐに忘れちゃうんだから……。せっかく使者を出してもらってるのにお礼の手紙すら送らないなんて失礼よ」
め! っといった感じで、カインにデコピンをするサラ。
頭を掻きながらいやはやなどと言ってごまかすのだ。
「サラのおかげで、助かったよ。【エクリクス】に礼をせずにいたら面倒だからな。あははは」
「そんな事言ってるとほんとに面倒事が、降りかかりますよほんとにもう」
二人は、笑いながら談笑するのであった。
見て頂きありがとうございます。
次回は、早めに……できそうです。