貴族墜落作戦!4
晩飯を食べに、ダイニングへと向かう薫とアリシア。
アリシアは、うーんと考え込みながら歩く。
先ほどの埋め合わせの件で、悩んでいるようだ。
苦笑いしながらその姿を眺めていた。
「どんだけ悩んでんねん」
「ふええ!? な、悩んでないですよ。本当ですよ」
「そんでもって、めっちゃええ表情やねんけど」
「……気のせいですよ」
薫に指摘されるとアリシアは、顔に手を当て緩んだ頬を頑張って引き締めるが、緩んでしまう。
時折、「えへへ」などの声が聞こえるが、もうツッコミを入れてもダメそうなので、諦めることにした。
ダイニングについた二人は、全員揃っての食事を始める。
食事中は、終始カリンの料理の説明を聞きながら薫は、舌鼓をうっていた。
軽くお酒も飲む薫。
この後は、カインに今日の報告をして、明日の予定を組む手筈になっている。
食事を済ませた薫とカインは、そのままリビングへと向かった。
二人ともソファに座る。
カリンが、食後のお茶を持って来てテーブルの上に置く。
そのまま一礼して、リビングを後にする。
「じゃあ、今日の報告をしてもらえますか薫様」
「ああ、一応、迷宮熱の特効薬は、この通り出来たで」
薫は、アイテムボックスから、迷宮熱の薬の入った袋を取り出す。
袋の中から、錠剤を取り出し、カインに見せる。
「おお、本当に出来たのですね。効果は、問題ないのですか?」
「効果は、大丈夫や」
「うーむ。薫様を疑うわけではないのですが……」
「言わんとしてることは、わかるからええよ」
カインは、薫の作った迷宮熱の特効薬が、本当に効くかどうか分からない。
それもあって疑ってしまうのだ。
今まで、そのような薬など、見たこともないのだから仕方ない。
それを薫は、分かっていたので、提案をするのであった。
「カインさんの職場に迷宮熱に罹った人っておるか?」
「ああ、今日それで、休んだ者が二人いるなぁ」
「じゃあ、その二人に薬を渡すから、それで確かめたらええよ」
「よろしいのですか!?」
「信用してもらわんと話にならんからな。これは、その2人の三日分の薬や」
笑顔で、カインに迷宮熱の薬の入った袋を渡す。
飲む時の注意事項もちゃんと教える。
「2、3日で結果が出るからな」
「すみません。疑ってしまって……」
「かまへんって、疑うのが普通や。でも、アリシアの時は、疑う前に切羽詰まってて、今みたいな考え出来んやったもんな」
意地の悪い笑みを浮かべて、カインに指摘すると、頭を掻きながら苦笑いする。
心の余裕が無くなると人は、視野も狭くなってしまう。
怪しいと分かっていても、もしかしたら助かるかもしれないと、微かな希望を持ってしまう。
薫は、カインを少し弄ってから話を戻す。
「そうそう、一個問題があんねん」
「なんですか?」
「薬の量産やねんけどな。流石に俺だけで、この街の感染者の人数分作るのはしんどいから。やれって言われたら、逃げ出すレベルや」
「まぁ、そうでしょうね」
カインも量産については、苦笑いするしかない。
この【大迷宮都市 グランパレス】の人口は、約10万人はいる。
3割迷宮熱に罹っただけでも3万人だ。薬も一人につき1日3個いる。それを三日分掛ける。3万人で、約27万個の薬が必要となる。薫のMPなら問題ないが、確実に現在と同じ状態になるのは、明白である。
「というわけで、大量生産の為に特効薬の精製方法を教える」
「もうそんな事まで、わかっているんですか!?」
「まぁ、本職やからな。ただ、教える前に一回こっちで作ってみて、サンプルを取りたいねん。俺の作った練成の薬と、採取したアイテムで作った薬の効果が、違う場合があったらいけへんからな」
「それは、薫様にお任せします。こっちも薬の効果を試す時間もありますから」
「それじゃあ結果がで次第やな。そういえばカリンから薬貰ったか?」
「まだ貰ってませんね」
薫は、まだ渡してなかったんかと思いながら溜息を吐く。
カインは、呼び鈴を鳴らし、カリンを呼ぶ。
少しするとカリンがやってきた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、今日薫様から迷宮熱の薬を渡されたと聞いたのだが?」
「ああ! すいません。忘れてました」
てへっと舌を出し、失敗失敗といった感じで、戯けていた。
その表情に呆れるカイン。
慌てて、薬を取りに行き戻ってくる。そして、その薬をカインに渡す。
「すいませんでしたぁ!!」
「怒ってないからいいよ。呆れただけだから」
「ふぇええ!!?」
「冗談だよ。そんな顔しないでくれ。毎度のことだし、もう慣れてるから」
「そ、そんなに失敗してませんよ!」
「アリシア以外は、結構抜けてるところが、多い気がするのだが?」
「何も言えないですぅ~」
二人の掛け合いに苦笑いする。
それを見てカリンは、「いつもは、こんなんじゃないんです。本当なんです!」と言うが、カインの表情から、こういった失敗は、結構あるみたいだ。
完璧にこの家の事をやっていると思っていた薫だったが、アリシア関連の仕事しか、薫は見ていなかったので、この考えが一気に崩壊していく。
「な、なんですか! 薫様! その目は」
「いやぁ~。別に何も思っとらんでぇ」
「完璧に何でもできる人間なんて居るわけないじゃないですか!」
「まぁ、それは、当たり前やけどな。でも、それが仕事のカリンは、もうちょっと頑張らんとなぁ」
「うぐぐぅ……」
ちょっとした仕返しで、このようなことを言っているのがわかるのか、ジトーっとした目で、薫を見る。
その視線を回避し、カインに話しかける。
「じゃあ、それを飲んでおいてや。アリシアちゃんにその菌が、入ると大変なことになるからな」
「わかりました。しかし、私は、迷宮熱に罹ってませんよ?」
「ああ、やっぱそういう考えになるやんなぁ。ちょっと間違えがあんねん。病気は、感染してから潜伏期間が、存在すんねん」
「潜伏期間? 感染したらすぐに症状が出るわけではないのですか?」
「大体の病気っていうのは、潜伏期間が存在する。今回は、迷宮熱や。これは、菌が咳なんかで空気中に撒き散らされるんや。それを呼吸で、肺に取り込んでしまうと感染する。でや、そのままだと発症は、せんこともあるんや。まぁ、例外もあるけどな。発症するのも条件がある。簡単に言うと体力の低下で、免疫力が下がったりすると発症するとかやな」
「なるほど……見た目では、わからないということですね。もしかしたら私も感染はしてるけど、発症はしてないという事もあるのですね」
「飲み込み早くて助かるわ。そういうことや」
笑顔で、カインの理解力にうんうんと頷く。
理解力がなければ、もっと簡単に噛み砕いて教える予定だったのだが、その手間が省けた。
「しかし、それを調べることは、出来ませんよね?」
「現状で、それを診断できるんは、俺だけやなぁ」
「そうですか……。何か方法があればいいのですが」
「そこら辺もこっちで調べとくから安心してええで」
「今後の課題ですね。薫様がずっとこの街にいるとは、限りませんし」
「そうなんよなぁ。こっちにもめんどい事情があるからなぁ」
「ん? 事情ですか?」
「ああ、こっちの話や。気にせんといて」
薫の最後の言葉に少し引っかかるカインだが、今は迷宮熱の事に集中する。
「一個聞きたいんやけど、【精製水(微小)】って迷宮のどの階層で採れるんや?」
「ん? 【精製水(微小)】ですか? それなら一階層でゴブリンがいますからそこで取れますが」
「一階層か入ってすぐやん。めっちゃ近いな。それ以外は、何処かあるか?」
「今のところ確認があるのは、そこだけですね」
「そうかありがとな。因みにカインさんとこの商会は、扱ってないよな?」
「ないですね。価値の無いものですから……ま、まさかとは思いますが」
「そのまさかやねん。それが、迷宮熱の薬に必要な素材の一つや」
頭を抱えるカイン。
今まで需要がない分、買取すらしなかった素材アイテムだ。
それも買い取りする価値すら無いから今から、それに価値をつけるにも困るのだ。
最低の料金で、百リラだ。まとまった数で、収めるにしても相当な数を集めないといけない。
しかし、それをしてくれる探求者が居るかといえばいないだろう。それをするくらいなら、階層を上げてそれより価値のある物を取ってきたほうが、何十倍もいいからだ。
「今は、一度薫様に作ってもらってからですよね。一回の精製で、どれほどの量ができるかにもよりますから」
「そうやなぁ。そこに期待せんとなぁ」
二人は、溜息を吐きながら苦笑いする。
今日の報告は、コレで終わりなので、カインに薬を飲んでもらって終わりだと思うのだった。
「じゃあ、これで今日は、解散やな」
「はい。では、明日また報告お願いしますね」
「了解や。薬ちゃんと飲んでや。あとサラさんにも宜しくな」
「わかってますよ。では、今日はこれで」
そう言ってリビングを後にする。
薫は、そのまま自室である客室に戻る。
風呂に入り服を着替えて、そのままベッドに倒れこむ。
「(明日で、【異空間手術室】を使って五日目か……。そろそろ抜けてくれへんかなぁ)」
そんなことを思いながら薫は、意識を手放し眠りにつく。
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朝日がさす気持ちのいい天気、意識もとろ~んとしていた。
目を開けて、視界が少しずつ定まってくる。
ベッドの端に目線をやるとぴょんぴょんと動くアホ毛が見えた。
「お、おはようございます」
「おはよう。今何時や? アリシアちゃん」
「えっと今は、十時ですよ」
「そうか……ありがとな」
そう言ってベッドの端に隠れるように座っているアリシアの頭に手を置き撫でてやる。
昨日とは、違い少し距離を取った状態でアリシアは、薫の部屋にいた。
ご満悦な様子で、薫に撫でられる。
五日目もまだ気だるさは、抜けないようだ。
だるそうな薫のそんな様子を見てアリシアは、
「わ、私調べてきたんです!」
「ん?」
「魔力を過剰に使う事によってなる症状をです」
えっへんっといった感じで胸を張るアリシア。
その様子におお、すごいやんと思い微笑む。
そしてアリシアは、詳しく説明してくれる。
「ま、まずですねぇ。これの正式名称は、【魔力欠乏症】って言うみたいです。基本的には、MP回復薬を大量に使った分だけ使うと良くなるそうです。お金のない人は、睡眠をとって、回復に努めると良くなるそうです。睡眠中にMPが、回復するのは、一秒で4回復すると言われてます。な、なので、薫様これを飲んで下さい」
そう言って薫にMP回復薬を渡してくるアリシア。
薫は、そのMP回復薬を笑顔で受け取る。
「なんか心配させてしまってわるいなぁ。これは、ありがたく受け取るわ」
「はい!」
役に立った? 役に立った? っといった感じで、薫を見てくるアリシアを見て薫は、もう一度頭を一撫でしてあげる。
「よう調べたなぁ。ちょっと感心したわ」
「わ、私だってただ寝てるだけではありませんよ、薫様」
「知っとるよ。治療の本読んどるのも見とるしな」
「ふぇっ!? な、なぜそれを知ってるのですか!!」
「いや……普通にベッドの横に積んでた本のタイトルが、治療の本やったからやけどな」
「うー、せっかく驚かそうと思ってたのに……失敗です。さらなるなでなでもありませんショックです」
最後の言葉は、ゴニョゴニョっと言った感じで、薫には聞こえなかった。
しかし、薫には、いい情報だった。
寝ている間のMP回復量が分かったからだ。
さすがに、使った分だけMP回復薬を使うなど考えたくもなかった。
百万もMP回復アイテムで、どうにかしようと思うアホはいないだろう。
報酬の金額では、利益が少なくなってしまう。
コストパフォマンスが悪すぎるからだ。
寝ているだけで回復するのであれば、こちらのほうがいいに決まっている。
薫は、簡単に計算するとここ五日間は、十二時間の強制睡眠が発動している。
これから、大体一週間で、元に戻る計算になる。
なので、自然回復を待つことにした。
「ありがとな、アリシアちゃんお陰で、どのくらいで治るかわかったわ」
「えへへ。よかったです」
その後アリシアは、部屋を出て行く。
薫は、服を着替えてから朝食を食べにダイニングへと向う。
歩きながら薫は、迷宮の探索でいる物を揃えないとなと思うのであった。
食事が終わってから、商業区域で買い物をしてからいくかと思う。
食事をしてそのまま薫は、商業区域へと向う。
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お昼前でもかなりの人がいる。
これから迷宮に挑む人たちや、情報交換をする者などで溢れていた。
そんな中で薫は、法衣などを売っているお店を発見する。
その店に入って行く。
「どうも、武器と防具がほしいんやけど」
「これはこれは、治療師さんですね。良い装備がありますぞ」
両手を揉みながら、腰の低いおじさんが出てきた。
スキンヘッドで、見た目はちょっと怖い。
「どんなんあるんや?」
「うーん……軽くて扱いやすいのは、こちらのシルバーダガーですぞ。五階層まででしたら主力で使うことが出来ますぞ。もっと上の階を探索されるのでしたら他にもありますぞ」
「いや、そんな上には、行かへんからそれでよさそうや。後は、防具やな」
「法衣ですかな? それならこちらがいいですぞ。エアリスの法衣ですぞ。コレは、魔法攻撃も軽減してくれるシロモノですぞ。セットでブーツも付いてお得ですぞ」
「へー、そんな効果も付いとるんかじゃあそれで。いくらや?」
「一万リラになりますですぞ」
「はいはい。了解」
薫は、そう言ってアイテムボックスから、金貨の入った袋を出す。
「あ、あのお客様? そんな簡単に決めて宜しいのかですぞ? 普通は、値切ったり他の物見たりとかするものですぞ?」
「金に困っとらへんしな。別にええよ」
「そ、そうですか。では、精算しますぞ」
「頼むわ」
お金を払い品物を受け取る。
薫は、買い物した物を装備し、そのまま迷宮の入り口を目指す。
まずは、ゴブリンからのドロップアイテムの【精製水(微小)】だ。
それを手に入れないと今回は、進まないので気合を入れる。
薫は、対人戦なら得意だが、モンスターとは戦ったことがない。
一応、スキルで合気道を持っている。
ステータス画面で詳細を確認する。
【合気道】
・完全カウンター攻撃
・相手の攻撃力を倍にして返す効果。
相手の力を受け流す効果。
・効果範囲 自分の間合いのみ。人型のみに有効。
「(人型以外に効果ないやん……これはひどいなぁ)」
そんなことを考えて歩いていたら迷宮入り口につく。
溜息を吐きながら入り口に近づく。
入り口には、ガイドの人が何人も立っていた。
探求者達が、なにやらその人と話をしているのを薫は、聞くことにした。
「フロア移動の方は、私に言って下さい。迷宮の階層を指定して下さればその階にお連れしますよ」
「15階だよろしく頼む」
「分かりました。では、パーティーを組んで下さい。指定のフロアまでワープしますので」
「ほらこれでいいか?」
「はい。では、一ワープ五百リラです」
「ほら、さっさとしてくれ。日が暮れちまう」
「では『指定階層移動魔法――ワープロード』」
ガイドが魔法を執行すると魔法陣が現れ、ガイドと探求者数人が消えた。
それを見て薫は、「おお、なんや移動魔法もあるんか!」と驚くのである。
少し気になって薫は、何人もいるガイドの一人に話しかける。
「ちょっとええか?」
「フロア移動ですか?」
「いや、それじゃないんやけど。移動魔法って町から町へってできるんか?」
「ん? えーっとこれは、迷宮のみですよ? 町から町へとかできたらいいんですけどねぇ。そんな便利な魔法は、今のところ無いんですよ。知らないんですか?」
「ど田舎から、出てきたんでそこら辺知らんのんや。変なコト聞いて、わるかったわぁ」
「いえいえ。では、このグランパレスを堪能して下さいね」
「ああ、そうさせてもらうわ」
ガイドとの話を切り上げ薫は、迷宮の中へと入って行く。
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迷宮の中は、薄暗く通路の壁に松明が、等間隔に置かれている。
湿気もあり溝に水が流れている。
薫は、これが迷宮蚊の発生源かなと思いながら歩く。
中を歩いて行くと幾つもの通路に分かれている。
元きた道が、わかるように目印を見つけつつ薫は、ゴブリンを探す。
少し先に進むと開けたフロアに出た。
そこには、松明が沢山置かれていて、通路よりも明るかった。
奥に緑色の動く物体が見える。
肌は、緑でボロい布切れを着ている。手には、棍棒らしき物が握られていた。
「(あれか……子供の頃にやったゲームに出てきたゴブリンによう似とるなぁ。気持ち悪いなぁあれを倒さなアカンのんか)」
見た目に若干嫌悪感を抱きながらも薫は、腰に装備したシルバーダガーを抜く。
正眼に構えて、ゴブリンとの間合いを詰めていく。
薫の気配を感じ取ったのかゴブリンは、こちらの方を向く。
目があった瞬間にゴブリンは、こちらに向かって、奇声を上げながら走ってくる。
奇声に一瞬薫は、怯むがすぐに気持ちを切り替える。
生きるか死ぬかの戦いだ。一瞬の躊躇などが、命取りになる。
ゴブリンは、棍棒を振り上げて、薫めがけて真上から振り下ろす。
その瞬間に正眼に構えていた薫の身体が、その攻撃に反応する。
身体を横に向け半歩横にずれる。最小限での回避で、棍棒を躱す。
ゴブリンは、そのままの勢いで通り過ぎて行く。
その前に進む力を利用し、薫はゴブリンに足をかけて、後頭部にダガーを持った手で、切りつけ真下に叩きつける。
ゴブリンは、後頭部から青い血を吹き出しながら、地面に頭から突っ込んでいった。
「グギャアアアアアッ!」
「うわぁ、普通の人間にしたらアカンなぁこれ。一応、合気道のカウンターが乗ってるから、ダメージもええカンジで入っとるやろう」
ゴブリンの目は、赤く光り、怒りを表しているのか奇声も先ほどとは、違って低く腹に響く。
プルプルと足を震わせながらこちらにまた、走ってくる。
それにまた、カウンターを入れ今度は、通り過ぎる力にダガーの刃を首に叩きこむ。
「グギ……ァァァァっ」
通りすぎて行くゴブリンは、そのまま力なく倒れていく。
先ほどの攻撃で、絶命したようだ。
倒れたゴブリンは、光の粒子になり消えた。ゴブリンが、倒れていた場所に小さな試験管が落ちていた。
それを薫は、手に取り【解析】で、調べると【精製水(微小)】だった。
「よっしゃ。一つ目ゲットやな。この調子で、いけば十個くらいは、集めれそうやな」
初戦闘に薫は、手応えを感じ自信もついた。
自身うまく立ち回れるか、内心では、不安もあったからだ。
今までに、このような事をしたことのない人間には、あまりにもきつい。
生き死にが、掛かっているからといって、自らが殺したりなどは、元いた世界では普通しない。
この異世界では、普通のことだ。
薫は、少しずつ慣れていこうと思うのであった。
この後、薫は、奥へと進みゴブリンを十体ほど倒して、【精製水(微小)】を十個ほど手に入れた。
数も集まり、引き上げようと思い元来た道を戻っていくと、一番初めに倒したフロアの場所にまた、一体ほどゴブリンが湧いていた。
「(最後やし試してみるかなぁ。こんな使い方したらアカンのんやけど……ものは試しって言うし)」
心の中で、そう思いながら薫は、ゴブリンに気付かれるようにわざと大きな音を立てる。
その音にゴブリンは、反応し、こちらに走ってくる。
それに合わせて、薫は攻撃を躱し、カウンターでゴブリンの心臓部分に手を当てる。
「『医療魔法――直流除細動器 ベクトル5』」
手を当てていた心臓部分に凄まじい勢いで電流が流れる。
ドン! っという音とともにゴブリンは、声もあげずに倒れた。
そのまま光の粒子へと変換され消えていった。
「(うわぁーお! アカンやろこれ……さすがにこの使い方は、動いてる心臓に相当負担が、かかるみたいやなぁ。てか、ベクトル5でコレやと……いや、考えるのは、止めとこうか。良い子は、まねしちゃだめだぞ! 公共施設においてあるけど! って誰に言ってんねん! 普通に考えて、生きとる奴に使うアホなんて、おらへんやろ)」
薫は、心の中でツッコミを入れる。
直流除細動器は、本来なら心停止した患者に使う物だ。
そして薫の医療魔法で、使えるこの魔法は、流す電気量を幾らでも上げることができる。
必要に応じて段階を上げることもできるのだが、これほどの威力は、いらないというくらいの出力が出るのだ。
他の医療魔法も同じでベクトルによって操作できる。
基本1で十分なのだが、今回は、モンスターなので、試しに5まで上げてみたのだ。
結果は、ご覧の有様である。
合気道のカウンターでゴブリンの懐に入り、心臓部分に手を当て電流を流しこんだ。
ゴブリンは、その電流で心停止し絶命した。
薫は、自重しようと思うのであった。
実験も済んで、迷宮の出口へと歩く。
出口までの間、モンスターの遭遇などはなかった。
外へ出ると丁度お昼時だった。
そのまま薫は、商業区域に戻りアイテムを売っている露店に近寄る。
人の良さそうなおばちゃんが経営してるお店らしい。
「すんません。オレンの実あるか?」
「ん? あーあるよ。なんだい? 毒矢でも作るのかい?」
「あははは、そんなところや」
「何個欲しいんだい?」
「そうやな、十個ほど貰おうか」
「はいよ。百リラだよ」
そういうと露店のおばちゃんは、手づかみでオレンの実を十個ほど袋に詰めてくれた。
それを受け取り薫は、料金を支払った。
そして、アイテムボックスにオレンの実を入れる。
「あんた、治療師だろ?」
「ん? そうやで」
「大変よねぇ。ほら迷宮熱? あれ今年も出てるみたいだからねぇ。おばさん怖くてねぇ」
「あー、そうやろうなぁ。気をつけんと逝っちゃうこともあるらしいからなぁ」
「怖いわよねぇ。でねぇ、面白い話を耳にしたのよ!」
「ほう、なんやなんや?」
何処の世界もおばちゃんは、世間話が、好きなようだと思う薫。
しかし、この情報が、意外とバカにならないから困るのだ。
そんなことを思いながらおばちゃんの話を聞く。
「ほら、治療区域のアルガス伯爵の経営してる治療院あるじゃない? 今回の迷宮熱で、また値上げするって噂があるのよ」
「ほう、なるほどねぇ。荒稼ぎする気やなぁ」
「でもね。ただ荒稼ぎするだけじゃないみたいなのよ!」
「ん? どういうことや?」
「なんかね。アルガス伯爵ここ数ヶ月で、見た目が、凄く変わってしまってるらしいのよ。でね、周りからは、なにか病気に罹ってるんじゃないかって、噂なのよ。今回の値上げで、たぶん【エクリクス】で、治療して貰うための資金を集めてるんじゃないかって、言われてるの」
「ほほう、何やらええ情報やったみたいやなぁ」
「まぁ、噂なんだけどねぇ。あらやだ! お客さんと話してちゃ商売できないわねぇ。うふふ」
「ありがとな。じゃあ、俺はこの辺で」
「また、おいでよ。年寄りの話くらい若いのが聞くのが仕事よ」
「また来るわ。今度も噂きたいしとるで」
そう言って薫は、手を振りながら露店から離れて行く。
薫の姿が消えるまで、露店のおばちゃんも手を振っていた。
「(アルガスが、病気ねぇ。なんか使えそうなカードになりそうやな)」
そう思いながら薫は、悪い顔をしながら歩く。
今度は、イルガとリリカが、どうなっているかを見に行くのだ。
昨日は、リリカに処方した薬が、最善の薬ではなかったから、それの交換もあった。
そのため薫は、宿泊区域に足を運ぶ。
イルガ達がいるのは、三番街の【ブリングル】へと向う。
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昼過ぎ頃だろうか魔力欠乏症のせいで、完全にグロッキーな薫。
やっとの思いで【ブリングル】に到着する。
「異世界なんやからワープ系の能力で、パパっと移動できればええのになぁ。無い物ねだりは、アカンか。カインさんから、「馬車出そうか?」って、言われたけどそんなもんこんな人の多い所で、走らせたらめんどいしな。逆に遅くなりそうやし、気をつかうから断ってもうたしなぁ」
ついついごちる薫だが、なんだかんだ言ってこの景色と雰囲気が好きなのもあり、たまにはゆっくりと歩きまわるのも悪く無いとは思っているのだ。
しかし、今の体の状況から、ついつい愚痴がこぼれてしまうのである。
薫は、宿屋に入って行く。
「いらっしゃいま……あ!」
「よう! また来たで」
「昨日は、有難うございます。体力回復薬まで貰ってしまって」
「ええよ。気分はどうや?」
「いつも通り絶好調ですよ。うふふ」
受付の女性は、胸を張りドヤァっといった感じで薫に言う。
それを見て笑いながら、「良かったなぁ。無理すんなよ」とだけ言って、イルガの部屋に取り次いでもらう。
受付の女性は、パタパタと早足で、行って戻ってくる。すぐに許可も下り薫は、イルガの居る二階の部屋へ向かう。
部屋の前に着きノックをしてから入る。
「おお、薫! 来たか。すごいぞ! 昨日のしんどさが、嘘のように無くなったぞ」
そう言うともの凄くいい笑顔を薫に向けてくる。
正直暑苦しいことこの上ないが、感謝してくれてるのだから無碍に出来ない薫なのであった。
「そりゃよかったな。で、リリカの方はどうや?」
「まだ、苦しそうなのだが、昨日よりかは、随分いいと本人も言っていたよ。今は、寝ているからなぁ。薫がくれたあの回復アイテムの錠剤が効いたのだろう」
「そうかよかったわ。もう一回診察してから、処方する回復アイテムを選ぶことにするわ。一番効き目のあるやつを選ばんとな」
「そんなこともできるのか! 薫は、すごいな。私が知ってる治療師は、そんな事できるやつなんて見たこと無いぞ」
「あははは……」
治療師で、そんなことできる奴は見たことがないの言葉に、若干苦笑いになる薫には気付かなかった。
それと、イルガには前回の特効薬のことを、回復アイテムと言っているのでこのまま押し通すことにする薫。
「じゃあ、リリカの診察をしようかねぇ」
「ああ、頼むぞ薫」
そう言うと薫は、リリカのベッドに近づき診察を始める。
リリカの額に手を当て、【診断】を発動させる。
その結果、クレイブ菌とわかったので、薫は【薬剤錬成】で、昨日作っていた【クレブライト】をアイテムボックスから取り出し、昨日処方した薬と交換する。
「これで、ええかな」
「次からその回復アイテムを飲ませればいいのか?」
「ああ、朝昼晩の三回に分けて飲ませればええから。あとは、必ず何かしらお腹の中に食べ物を入れてから飲むことええか?」
「ああ、わかったよ。色々すまないな」
「昨日も言ったやろ? ええって、気にする必要あらへんよ。それとイルガのおっちゃんもちゃんと飲めよ。じゃないと病み上がりで、また同じようにぶり返すことになんで」
「わ、わかっている。子供じゃないのだからな」
そう言って胸を張るイルガに薫は、溜息まじりに言う。
「いや、めっちゃ不安になるやん」
「何処をどう見たら不安に思うのだ! 言ってみろ薫よ」
「……じゃあ、言わせてもらうわ……。なんで、全身フル装備でおるんや」
「ん? えーっと、あー、いや、そのこれはだな」
ジト目で薫は、イルガを見る。
その視線に汗を掻きながら言い訳をする。
「ちょっと買い出しにだな」
「買い出しに行くだけなのにフル装備で、行かんといけんのんか?」
「よ、用心のためだ」
「だんだん苦しくなってきてんで」
「……す、すいませんでした」
溜息を吐きながら薫は、イルガの装備を外すように言う。
渋々イルガは、装備を外しベッドに横になる。
「マジで、治す気あるんやったら、寝とくもんやけどなぁ」
「も、もう平気だと思ったからであってだなぁ」
「あー、もう言い訳聞きとうないわ。リリカの看病もせんといけんのんやなかったんか?」
「リリカは、大丈夫だから行って来てって、言うから」
「心配させんようにそう言ったんやろ……。気の回らん鈍感なおっさんやなぁ」
「……」
薫の言葉にやっとリリカの気持ちが、伝わり自分自身を責める。
攻略初日から、迷宮熱で倒れたこともあり、早く迷宮に潜りたかった。
それをリリカは、わかっていたので、敢えて邪魔にならないようにイルガにそう言ったのだ。
「ちゃんと言葉の意味を汲み取ったらんと可哀想やで」
「ごもっともだな」
「ちゃんと治ってから、二人で攻略したらええやん。迷宮は、逃げたりせんのんやから」
「そうだな。まずは、リリカの体調を治してからだな。薫、すまなかった。手間を取らせてしまった」
「わかってくれたらええんよ。それじゃあ俺は、コレで帰るわ」
「ああ、また何かあったら寄ってくれ。歓迎するからな」
「そん時は、頼むわ」
出て行く際にリリカのベッドの方を見るとリリカと目があった。
顔を真赤にさせて、パクパクと口を動かしている。
薫はいい笑顔で、サムズアップさせリリカに向けると、ジト目で返されてしまった。
余計なことをしてしまったかなと思ったが、ええかとさっさと気持ちを切り替えて、部屋を後にする。
宿屋を出て、今日の予定を確認する。
後は、帰ってから薬を素材で作ってみるだけだ。
何も問題なく作れればいいなと思いながら、オルビス邸へと帰るのだった。
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嬉しいものです。
次回は、時間が取れれば早いです。取れなければお察し下さい。
メッセージなど沢山送って頂き有難うございます。励みになっております。では~