貴族墜落作戦!2
お昼時の街の広場へと足を運んだ薫。
【大迷宮都市グランパレス】の中心に迷宮の入り口がある。
その入り口の周りは、情報交換の場として、沢山の人でごった返していた。
迷宮の攻略の話、どの階層にどのようなモンスターがいるかなどである。
そんな話をしている中で、迷宮熱の話題を出している人たちに薫は、近づいて行く。
「どうも、今話ししとった迷宮熱なんやけど、罹った人何処に居るかわかるか?」
「ん? あー、治療師の人か」
「ああ、そうや」
「たしか宿泊区域の3番街の【ブリングル】って宿屋に居るって聞いたな。この迷宮に挑めると思っていろいろ準備してたらしいけど、すぐに迷宮熱に罹っちまうとわな」
「なんか可哀想な探求者やな。情報サンキュー、助かったわ」
「いやいや、しかし治療師もこれから大変だな。迷宮熱がどんどん増えていくから、あんたらは、宿屋を走り回らないといけないんだよなぁ。俺らも罹らないようにしないとな」
「罹ってくれてもええよ。治療費は、がっぽり頂くけどな」
「冗談は、よしてくれよ。搾り取られちまう……」
最後の方は冗談交じりで話していた。
探求者達から情報を得た薫は、宿泊区域のある南へと向かう
迷宮を中心として、放射状に大まかに北が貴族区域、東が商業区域、西が医療区域、南が宿泊区域と分かれている。
区域にも番号がふってあり、1から5番街まである。
1番街に近いほど迷宮に近いので料金も高くなる。
逆に5番街は、外側に近いので安くなっていた。
一部例外もある。
北の貴族区域の一番奥は、この都市を治める王が住んでいる城がある。
この都市の発展は、この王がかなり絡んでいるとのことで、やり手の人間らしい。
「まだ身体が本調子じゃないなぁ。歩くんキツイわ」
愚痴をこぼしながらも宿泊区域に到着する。
宿泊区域の3番街【ブリングル】を目指して歩く。
1、2番街の宿泊施設は、明らかに豪華で、外壁にも色々と装飾され高そうな雰囲気を醸し出している。
周りの施設を見ながら「へー、ほー」などとため息混じりで、歩いて行く。
10分くらい歩いただろうか。
やっと三番街へと入っていく。
この街の中で中間クラスの宿泊施設だ。
看板の名前を確認しながら歩いて行く。
するとようやく目的地の宿屋へと着く。
見た目は、石造りの5階建てのビジネスホテルかと思わせる。
中へ薫は、入っていく。
薫は、そのまま受付へと足を運ぶ。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「いや宿泊ではないんや。ちょっと聞きたいことがあるやけど」
「はい? あーもしかして迷宮熱の人の治療ですか?」
「あはは、話が早くて助かるわ。そうや、何階に居るか教えてもらえんやろうか?」
「わかりますよ。服装で、白衣着ちゃってるんですから。あー、ちょっと待って下さいね。ご本人と話してみて、許可が出ないとこちらで勝手にやってしまうと後々面倒なので」
「構わなへんよ」
「では、少々お待ちください」
そう言って受付の女性は、出て行ってしまった。
待ってる時間MP回復に努めるため薫は、ロビーの椅子に座り目を瞑って待つ。
しばらくして、受付の女性が、帰ってきた。
薫は、また受付まで移動して、
「すいません。断られてしまいました」
「あらら。これは、予想外やな」
「体力には、自信があるから治療師なんぞの世話になるか―! って言ってましたからね」
「頑固やな……」
「でも、男性は、まだ元気そうなんですが……女性の方がちょっと」
「ん? 二人も罹っとるんか」
「はい。たぶん伝染ってしまったんだと思います。看病してらっしゃいましたから」
「あー、マスクとかそんなもんこの世界には、なさそうやしな」
「ん? ますく?」
「いやこっちの話やから気にせんといて」
「は、はぁ」
ここに来て、少し状況が悪くなったなと思う薫。
今までが、良すぎたのもあるから、その反動かなと思いながら他にいい方法がないか思考を走らせる。
勝手に入っていくのもあとあと面倒になるし、他に罹っている人を今から探すとなるとまた、時間が掛かる。
考えながらふと目線を下に向ける。
カウンターの上の宿泊者名簿に目が行く。
「ん? イルガ・オルクス? あのおっちゃんもここ宿泊しとったんか」
「あ、え? お、お知り合いですか?」
「ああ、助けてもらったからなぁ。で? そういう返答が返ってくるってことは、まさかとは思うけど……」
「こ、個人情報です。私の口からい、言えません」
受付の女性は、口をミッフィーちゃんにして、何も喋れませんといった感じで、薫に訴えかける。
苦笑いしながら薫は、もう一度迷宮熱に罹った人に「芦屋薫が来た」って言って来てくれるか頼む。
それを聞いて、受付の女性も苦笑いしながら軽く頷き、少々お待ちくださいと言いカウンターをあとにする。
少ししてから、パタパタと走ってこちらへと戻ってくる。
「入ってもいいと許可を頂きました」
「おお、すまんやったな。何回も往復させてもうて」
「いえいえ、大丈夫ですよ。部屋の番号は、206です。そこの階段を上がって突き当りの部屋です」
「おおきに」
そう言って薫は、二階へと上がっていく。
廊下を歩きながら病気の事を考えながら。
受付の女性が伝染ると言っていたので、何かしらの予防策も考えないといけないと思いながら、部屋を目指す。
部屋の前に着きドアをノックし、返事を待つ。
返事が返ってきたところでドアを開け中に入っていく。
「まさか、イルガのおっちゃんが、迷宮熱の患者だったとは思わんかったわ」
「そんな目で見るな。私だって罹りたくて罹ったわけではないのだからな」
「それは、わかっとるつもりや。で、その看病でリリカも伝染ったわけやな」
「……」
薫の言葉に、返す言葉もない感じでイルガは、ベッドの上でおとなしく寝ていた。
見た目が、風邪に似た症状といった感じの病気というのが、薫の第一印象だった。
少し離れたベッドで、リリカも寝ている。
リリカに近づいて行き、同じように少し観察する。
リリカの方が少し呼吸の乱れが感じられた。
「二人共がこれやとさすがにキツイな」
「私が、迷宮熱に罹ったばかりに……。リリカを先に、体力回復をしてやってくれないか? 私は、あとでいいから」
「まぁ、焦らんでもええよ。ちゃんと見るんやからな」
そう言いながらリリカの様態を見ながらイルガとは、違った症状が出ていた。
唇が青くなっていて、寒がっているように見えた。
その症状を見た薫は、迷宮熱で体力を失った所で発症したのかと思いながら思考を進める。
このまま【診断】を使って、どういった症状なのかをサッと調べても良かったのだが、あまりにもこの【診断】に頼りすぎると薫の普段の観察眼と勘が鈍ると思って、ある程度の病気を絞り込み答え合わせと言った感じで、使うことにした。まずは、病名もわかっているイルガからかなと思いイルガに近づく。
「まずは、イルガのおっちゃんからやるわ。リリカは、ちょっと違った病気も罹っとると思うからな」
「ち、違う病気!!」
「明らかに症状が違うから多分、合併症やろうな」
「だったらリリカからすれば……」
「えい! やかましい。病人なんやから医者の言う事聞かんかい」
「あ、はい」
「リリカが大事なんのは、わかったからとりあえず言うこと聞いてくれ」
「……ああ」
ここまで、イルガの言葉を聞いていて、二人の間柄はただの探求者同士と言った感じではないのだろうと思う。
昔、同じような患者がいたなと思いながら、ちょっと苦笑いしながらイルガに手を翳す。
「【診断】」
額に手を当てた状態で執行するとイルガの身体を青い光が包み込む。
薫の脳に血液中に病原体がないかなど、いろいろな情報が入ってくる。
正常な身体にあってはならない物を隅々まで探していく。
そして、【診断】の効果で勝手に検査結果が出てくる。
薫が考えていた感染症の結果が【診断】の結果と一致する。
「間違いないなぁ。病名は、迷宮熱で感染経路は、蚊が媒体やな。そしてそこから飛沫感染で広がっていくやつやな」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げるイルガに不敵に笑う。
薫が想い描いていた通りで、拍子抜けでもあった。
迷宮熱のスタートは、夏の暑くなってから発生する蚊が、そもそものこの病気の根源である。
それもこの蚊は、迷宮に生息する迷宮蚊である。
そこに潜る探求者達が真っ先に罹るのは、必然であった。
そして、街に帰還した者が発症する。
さらに、咳をすることにより、周りを巻き込みながら、感染を街全域に拡大していくといった具合だった。
「ほんじゃ、迷宮熱のことも色々調べようか」
「いや、薫。体力回復魔法をしてくれるんじゃないのか?」
「ん? ああ、それもするけど根本的な病気自体を治しにきたんやで?」
「薫? 迷宮熱は、治せないというのが一般的な考えなんだが……。体力回復で、どうにか治まるまで持ちこたえるっていうのが普通だぞ? 頭大丈夫か?」
「変人みたいな者見るような目で見んといてくれるか? まぁ、黙って見とけばええんよ。どうせ分からんのんやから、専門職に任せとき」
「……」
薫の言葉にイルガは、これ以上何か言っても仕方ないと思い黙ることにした。
薫の調べるのが終われば、体力回復魔法を掛けて貰えるのだから薫のやり方に従う。
「よし、それじゃあ【解析】」
【迷宮熱】
・感染源 迷宮蚊
・病原体 カルミナクリーン
・潜伏期間 2-3日
・主な症状 40℃を超える高熱、吐き気、悪寒、咳、喉の痛み、頭痛など症状が重くなると体力低下と脱水症状で死に至る。
・治療方法 【リファンミナド】の摂取、体力回復に努め、栄養価の高い物を摂取、水分補給など
「(まぁ、見たこともない情報がコレかいな。さすがに病原体までは、詳しくないからなぁ知らんもんも出てくるわな。で、この【リファンミナド】ってのが多分、抗生物質やろうな)」
薫は、ステータス画面に解析で得た情報を開示して見ながら【リファンミナド】に【解析】をかける。
【リファンミナド】
・成分 【オレガノダイン】
・副作用 眠気等
「(はぁ? 成分一個? 嘘やろ?? ま、まぁ成分が分からんと薬作れんからな……って今まで一個の成分で、抗生物質ってあんまり聞いたこと無いな。やっぱ異世界やからやろうか)」
心の中で色々とツッコミを入れながらもくもくと【薬剤錬成】に必要な情報を得ていく。
外科の仕事では、ないなぁーてか久々やな。臨時で他の科に行った時以来やなぁと思いながらもやっていく。
薫は、研修医の時代からどの科に進むか定まっていなかったので、あらゆる科の知識と技術を習得していった。
寝る間も惜しんでVRシミュレーションなどを使用し、ありとあらゆる手術や病気の診断などを、来る日も来る日も反復していた。
研修医を終える前に、あるきっかけで外科に入った。
決まっていなかった頃は、色んな科からお誘いもあった。
薫は、研修医時代からどの科に行っても即戦力でいけるレベルまで持っていた。
何も知らない人からしたら、天才と言われる程度だったが、同期からは、天才で片付けれない部分もあった。
類まれなるセンスもあるだけになんとも言えなかった。
「成分がわかったところやし。作ってみるか。おっとその前にイルガのおっちゃん」
「ん? 調べ物は、終わったか?」
咳をしながら薫の方を向く。
やっと体力回復魔法をかけてもらえると思い安堵した表情で見る。
「薬剤錬成――【リファンミナド】」
「薬剤錬成――【ロキソニン】」
薬剤錬成で、作った物に解析も掛けてちゃんと出来ているかを確認する。
成分構成も問題なく解析で、先まで見えているのでちゃんと効力もあることがわかり薫は、少し安堵する。
そのまま同じものをイルガ、リリカ、そして薫自身の分も錬成する。
薫の分は、この部屋に入ってる以上感染は、しているので病原菌を殺す意味での服用分だ。
「イルガのおっちゃんこれ飲んでくれ」
「なんだ? 体力回復のアイテムか?」
「あー、えっとなぁ」
そう言ってきたイルガに説明して怪しまれても面倒だし、それに今までの言動も入れて、治ってから話をすることにした。
その方が、リリカの治療の時もスムーズに進められるのもある。
説明して「なるほど、それを使おう」などと言う人間には、見られなかったからだ。
そんなことを考えながら薫は言う。
「ああ、体力回復アイテムや。かなり効くやつやから安心して飲んでくれ」
「すまんな。借りができちまったな」
「何言ってんねん。俺を前に助けてもらってるんやから、これくらいどうってことないで」
ササラ大草原の事を言うと、そういえばそうだったなと言い力ない笑顔で答えた。
薫は、水を手に取りコップに注ぐ。
それをイルガに渡して、先ほど作った二つの薬を飲ませた。
「苦いな……だが、効きそうな気がしてきたぞ」
「気持ちの持ちようやな。そのままゆっくり休んどきいや」
「ああ、すまないな」
そのままイルガは、眠りに就くように目を瞑った。
瞑ったまま薫に問いかける。
「リリカを頼む……あの子は、私の大切な人から預かった子なんだ」
「ああ、任せとき。絶対助けたるから安心して寝とき」
そう言うと、眠りについていく。
相当、体力が失くなっていたのだろう。
それを見て、薫は行動する。
「回復魔法――【体力全回復《アポロンの光》】」
「回復魔法――【体力定期回復《アポロンの加護》】」
二つの回復魔法をイルガに掛ける。
2つとも最上級回復魔法である。
現大司教ですら扱えない。
一つ前の大司教が扱えた最上級の体力回復魔法なのだが、薫はそんなもの知る由もない。
失った体力の全回復、自己治癒の向上と、病気によってどんどん減っていく体力を、定期的に回復させる魔法だ。
イルガの意識がはっきりしていた時に、この魔法を使ったらどれほど問い詰められたか、わからないレベルであった。
「まずは、一段落やな。さて、リリカの方もなんとかせんとな」
リリカのベッドに近づいて、リリカに話しかける。
意識は、朦朧としており返ってくる返事が弱々しい。
「俺の声聞こえとるか?」
「……んっ」
「大分弱っとるな。一旦体力回復してからか……」
リリカの様態を見ながら薫は、イルガと同じように体力回復を二つ掛ける。
そうすると少し楽になったのか、リリカの表情が少し和らぐ。
「今から病気を調べるけどええか?」
「……う、ん」
ゆっくりとだが先ほどよりかは、マシな返事が返ってくるようになった。
始めに見た時、唇が青くチアノーゼ症状がでていた事そして呼吸の仕方などから、細菌性肺炎の可能性があると踏んでいた。
リリカの額に手を当て、そのまま【診断】を使う。
脳に結果が流れ込み当たりを絞り込んでいたモノと一致する。
「(やっぱりかぁ。迷宮熱で、弱ったところに細菌が入ったって感じやろうな。比較的早めに処置出来そうやから、意識障害まではないやろうな)」
内心もっと悪い病状だとしたら手術で、またごっそりとMPを持っていかれて自分自身が、大変なことになると思っていたところだった。
手術は、簡単にしていいものでもない。
人の体を切り開くということは、多大なダメージがかかるからだ。
薬で治せるのなら、それで治したほうが良いのだ。
手術は、最終手段と薫は、思っている。
「細菌性肺炎かぁ……。マクロライド系、テトラサイクリン系の薬でええかなこの細菌だったら。あとは、迷宮熱の薬やな。これで、一旦様子見やなリリカは」
「薬剤錬成――【アジスロマイシン】」
薬を作り出してリリカに水を差し出す。
それに気付いて、ゆっくりと顔だけをこちらに向けてくる。
弱々しくて、始めにあった時のツンツン具合がない。
赤毛のショートヘアは、額の汗でペタンと引っ付いてしまっていた。
それを薫は、タオルで拭き取りゆっくりと身体を支えて起き上がらせる。
「飲めるか?」
「……ぅ、ん」
そう言うとリリカは、口に含み水と一緒に飲み込む。
ちゃんと飲んだことを確認して、ゆっくりとまたリリカをベッドに寝かせる。
薬を飲んでリリカもまたイルガと同じように目を瞑り眠りに就く。
薫は、二人の3日分の薬と余分に何個か錬成する。
二人分の薬を袋に詰めて、イルガのベッドの横に一つと、リリカのベッドの横に一つ薬の入った袋を置いて、処方箋を走り書きで書き袋の下に置いていく。
「これでええかな。あとは、俺も飲んでっと、帰ってみんなに移りましたとか洒落にならんからな」
そう言いながら薫も薬を服用して、イルガ達の部屋を後にする。
廊下を歩き階段を降りてカウンターに着く。
そこに受付の女性が、笑顔で立っていた。
「すまんね。面倒かけてもう治療終わったから」
「そうですか。お疲れ様です。これから大変ですけど頑張って下さいね」
「ああ、これからやもんなぁ。あ、そうや。ほい、これ飲んどき」
ポンっと、受付の女性に薬を渡す。
きょとんとした表情で薫を見てくる。
「迷惑かけたお礼や。体力回復薬やから飲んどき」
「ええ! いいんですか」
「飲まないんやったら返してもらうで?」
ちょっと意地悪そうな顔で言うと受付の女性は、ポンと口に放り込んで「お返しするものがありません」と言いながら飲み込むのであった。
薫は、笑顔で言う。
「仕事頑張ってな。明日もちょっと様子見に来るから、そん時もよろしくな」
「はい、わかりました。お待ちしてますよ」
笑顔で、手を振って見送りをしてくれる受付の女性に、軽く薫も手を振って別れた。
宿屋を出た後に、薫は今回解析で入手した情報を元に、調べねばならないことが増えた。
薬の精製方法で、必要な素材の入手だ。
そのためにも、一度オルビス邸に帰り再度解析を使用して、詰める必要がある。
そんな事を考えながら、薫はオルビス邸に向けて歩くのであった。
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