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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ジェノサイド・プレイヤー

作者: 竹倉一里
掲載日:2013/11/04

短編です。

批評を頂ければ幸いです。

 




 

 名前:『G』

 性別:男性

 年齢:一八歳

 属性:悪

 レベル:−

 経験値:−

 所持金:0オロ

 装備ランク:E

 能力平均値:S−

 属性別スキル:偽装 善性忌避 対世界殺傷術式 『象徴』の悪徳

 称号(忌み名):世界の敵 『正義』を狩る者



 職業:虐殺者



「今、貴様が見ているのが『ステータス』というものだ」

 正面、玉座に腰掛けた矮躯の少女が傲岸な物言いで告げるのを聞き、少年はステータスから声の主へと目線を上げる。

 印象的なのは髪だ。天窓から注ぐ太陽の光を受け艶やかに輝く金の髪。それを結うでもまとめるでもなく、ただただ乱雑に余りにも長い金の髪を、大理石の床や赤い絨毯へと広げている。その中心には白磁人形のように愛らしく、同時に冷たい印象を抱かせる、幼い一人の皇帝がいた。

 アルドラ帝国一○○代皇帝、オルテンシア・エルク・アルドラ。齢一六の若年でありながら、魔界を統べる唯一絶対の帝国を掌握し切った魔族の女帝だ。

 それに相対するのは、少女と比べれば遥かに年上に見える、それだけの少年だった。

 魔界ではあまり珍しくもない黒い髪、黒い瞳。逆に肌色は魔界では希少な、オルテンシアと同じ透き通るような白肌だった。体格は太くもなく細くもなく、高くもなく低くもなく、大した特徴はなかった。

 ただ髪の先端が鮮血のごとく赤く染まっていることを除けば、彼は人族らしき容姿を持っていた。

 彼らのいる部屋は、そろ広大さに似付かわしくない閑静さがあった。彼ら二人以外には衛士も大臣もいないのだから、当然ではあるが。

 少年が口を開く。オルテンシアへと投げた言葉は、

「貧相なのか充実してるのか分からないステータスだな」

「見せろ」

 当然のように命令の口調を下すオルテンシアに、少年は大して反感も覚えた様子もなく、指で弾く動作で目の前のステータスを寄越す。

 それに目を通したオルテンシアは、満足げに目を細める。

「──ほう。これはまた面白い結果になったものだ」

 彼女が注目したのは、能力平均値と称号、そして職業の欄だった。

 その様子を、少年が気怠げに首を傾げる。

「……何が面白いんだ?」

「面白いとも。能力平均値がS−など、我が帝国軍にも、他種族にもそうはいない。貴様が正規の軍人であるなら、相応の階級を与えてやるところなのだが」

「メリットはありそうだが興味は湧かないな、その扱いは」

 眠たげにあくびをしながらの返答。その態度はオルテンシアに示すにはあまりに命知らずなものであり、だからこそ彼女は一層楽しげに少年を見下ろす。

(飽きん奴だ。私に醜い媚を売ることのない気骨者はせいぜいが側近のみ。部外の、それも異界の人間がここまで不遜に振る舞うというこの瞬間、この場……ハハ、実によい)

 ステータスを指で弾いて少年へ返す。そして、彼に笑う。

「称号は世界の敵、加え職業は虐殺者……本当によい当たり籤を引いたものだ」

 それは明らかな称賛の言葉だった。少女の性格を知っている者が見れば、目を剥いて己が狂したことを疑う光景がそこに広がっていた。

 当の少年はその称賛に、気のない返答をすることで受け流す。

「どっちも今さらだろくだらねえな。分かり切ってんだよ、俺が世界の敵ってことなんざ。お前だって承知で召喚したんだろうが」

「そう言うな。それを前提として、私は貴様を評価している」

 そう、少女の気分はこの上なく高揚していた。もう少し露骨な表現をすれば、それは淫欲にも似た堪えがたい疼きの感情……『興奮』だ。

 彼女自身は、この結果に至る過程に対してさしたる思い入れはない。外界の異種族、魔界と敵対する他勢力の行った『とある儀式』を、暇に任せて何ともなしに真似しただけ。要は暇潰しの手遊び、娯楽の一種として起こしただけにすぎない。

 成功しようが失敗しようが構わない。どちらかと言えば、失敗に終われば魔力の暴走によって彼女の生命が絶たれる可能性があった分、成功すればいい、という思いが一摘みの砂ほど存在したが、それだけだ。彼女はいわゆる刹那的快楽主義者であり、その代償として己が命を払われようが気にしない。

 故に、

(成る程……『それ』に倒されるべき我らが儀式を起動し、成功させた場合はこうなるのか)

 儀式の本懐をねじ曲げ、完了してしまった『成功例』を前にして、彼女が喜びを得ないはずがない。

 善性の儀式を反転させ、真逆の存在を喚び出した成果を、彼女は愛しげな柔らかい声で呼ぶ。

「私のものとなり、世界を殺せ。そして一生を供にすると誓え、骸の字を持つ者よ」






    ◆






 名前:サクマ・キリオビ

 性別:男性

 年齢:二四歳

 属性:善

 レベル:1( 〜???)

 経験値:0

 所持金:0オロ

 装備ランク:E

 能力平均値:B−( 〜A+)

 属性別スキル:対悪性術式 救済者の約定 『慈悲』の正義 

 称号:救済を施す者 救世の渇望



 職業:勇者



「理解は追い付いたかね?」

「な、何とか」

 魔術師を名乗る老人に説明され、サクマは半笑いで頷きを返す。

 そこはサイフ王宮の一角、掘っ建て小屋に偽装して造られた魔術師の工房であり、神聖なる儀式を執り行う儀式場でもある。

 地下深くに造られたその空間で、老人は魔法陣の上に腰をつけているサクマへ声を落とす。

「よろしい。ステータスについては概ねの説明は終えた。何か質問はあるかね?」

「装備ランクとか能力平均値とか言うのは、どうすれば上昇させられるんですか?」

 スーツを着た大人が情けないな、と思いつつサクマは初歩的なことから尋ねる。敬語の口調は状況に対する不安の表れではなく、純粋に彼の人間性が関係していた。

「装備ランクはその時点の装備より高ランクのものを纏うことで上がる。ステータスの装備ランクの欄を叩いてみなさい」

(クリック……ってことか?)

 言われた通りのことをしてみると、ステータスの上から装備欄が展開される。


 装備:E


 武器:なし

 頭:なし

 胴体:異界の正装1(上)

 腕:壊れた時計

 腰:異界の正装1(下)

 足:古ぼけた革靴


 攻撃力:+0 防御力:+4



 その名称に、サクマは首を傾げた。

(スーツとかネクタイ、ズボンは『異界の正装1』って名前で表されているのか? 時計と革靴はそのままなのに……って、時計壊れてるのかッ?)

 慌てて見ると、確かに針は止まっている。ヒビも損傷もなさそうだが、中の機械が故障してしまったのだろう。

 これは諦めるしかなさそうだ、とサクマはため息をつき、彼の突然の慌てように目を見開いている老人に続きを促す。

「装備一つ一つのランクは装備の名前を叩けば表示される。総じてEということは、どれもがこの世界の最低ランクの装備品より劣っているということだ」

「うへぇ……そりゃキツそうですね」

「能力平均値も変わらない。レベルを上げ、手に入れたアビリティポイントで数値と伸びしろを伸ばし、その過程で新たなスキルを習得する。そうすることでランクはEからDに、DからCになっていく」

 その説明を聞き、サクマは考える。ステータスや装備、そして彼の住んでいた世界とは名称の違う通貨に王宮魔術師という身分、極め付きに自身の職業となっている『勇者』。

(まるでRPGの中に入ったみたいだ)

 素直に驚きを覚える。まさか異世界召喚などと言うファンタジーな出来事に巻き込まれるとは……いや、渦中の当事者が自分である以上、巻き込まれるという表現は適切ではない。余波を受けた被害者ではないのだから、どちらかと言えば何かしらの報いと捉えるべきだろう。

(となると、気になることがあるな)

 ふと湧いた疑問は、喉に留めることなく吐き出された。

「訊いていいですか?」

「何かね?」

「俺が召喚された理由って……もしかして魔王を討伐するため、とかですか?」

 老人の顔が強張る。常に薄く開かれた目をわずかに見開き、驚愕とも畏怖とも取れる緊張を漂わせている。

「えー、と」

「…………失礼を。質問に答えを為さぬのは不敬に当たりますな」

 早口でそう言うと、老人はきびすを返して出口に繋がる階段へと足を掛ける。

「え、ちょっと!」

「サクマ殿も来られよ。そこまで見抜かれているならば話は早い。装いを調えたのち、陛下の御前へと謁見いたします」

 立ち上がることを示し、先行するように昇っていく老人の背中に、追い縋るようにサクマは付いていく。

「見抜いてるって……? それに陛下……つまり王様のところへ行くんですか!?」

「左様。巨人族を統べるサイフ王国、その八七代国王であるカークト・サイフ国王三世は、勇者たるあなたの存在を待ち焦がれている。勇者召喚の目的を理解しているなら、説明を省いても問題はなくなりますからな」

 それに、と声を潜めて老人は告げる。

醒武器(セフィラ)召喚も、大分に短縮が望めるのは、老体には喜ばしいことじゃ」

 額に疲労の汗を浮かべ、苦笑いを漏らして昇っていく。

 その様に、サクマは何かを言いたげに視線を揺らしつつも、口を開くことなく追従する。






    ◆






 名前:メア

 性別:女性

 年齢:『黙秘』歳

 属性:善

 レベル:1( 〜???)

 経験値:0

 金:0

 装備ランク:C

 能力平均値:B( 〜A)

 属性別スキル:対悪性術式 精霊の加護 『知恵』の正義

 称号:ダークヒーロー 必要悪の暗殺者 



 職業:勇者



 本を積み直し、メアはゆっくりと目蓋を閉じる。腰掛けた安楽椅子に深く身を預け、対面に座る少女に言葉を投げる。

「ありがとう。大体把握したわ。これが『クエンティス』のルールなのね」

 投げやり、陰気。そんな表現以外がそぐわない口調は、しかし不思議と後ろ向きな雰囲気を伴わない。本人の退廃的な衣装を含めて、全体的にまとまらず不安定な印象を抱かせる。

「勇者様のお役に立てたなら、幸いです。きっと書物達も喜びましょう」

 彼女の声に答えるのは少女。銀に近い金髪を流し、結晶華と彩色草を編み込んだカチューシャと若草色のワンピース、木の皮をなめして拵えたヒールサンダルを身に付けた、麗しき少女だ。彼女の耳は長髪からはみ出るように尖りを見せ、時折ぴくりと震えを起こす。

 彼女は儚げな笑みを浮かべ、

「本当に……手前勝手な召喚に応じていただき、ありがとうございます」

「構わないわよ。ちょうど殺る相手がいなくて退屈だったし──魔王を殺すって話に食い付くのは当然」

 木漏れ日暖かく、吹く風の清涼さに安らぎを覚える森の隠れ里の光景に相応しくない、血生臭い発言をしたメアは、積み上げた本の表紙をコツコツとノックしながら、

「驚いたわ。勇者召喚儀式の手順はおろか、ステータスの見方すら記載されてるなんて」

「私達は見ての通り田舎者ですから……歴史の重みすらなくしてしまえば、後は見た目しか取り柄がなくなりますので」

 苦笑混じりの自嘲には反応を示さず、メアは記載内容の反復のためか暗唱を始める。

「勇者について。

 『クエンティス』の全種族が生まれつき行使可能な魔法であるが、勇者のそれは一般のものとはその内容は大きく異なる。

 性別や年齢などの基本項目に違いはないが、勇者には『金』と『属性別スキル』があり、逆に『種族』という項目は存在しない。それは勇者が『クエンティス』外の並列世界における存在者である証明であり、弊害でもある。

 ……中略。

 レベルや能力平均値には成長限界値……いわゆる伸びしろが存在し、勇者は基本的にレベルの限界値は存在せず、能力平均値はA+〜Sが限界値とされる。それを我々妖精族と比較すると、一般的な妖精族の伸びしろはレベルが95、能力平均値がB−であり、レベル95、能力平均値B−での下位火炎系統魔法『フォーゴ』は、小さな森一つを焼き尽くす威力を持つ。故、それ以上の伸びしろを持つ勇者の力は強大とされ、その力は『クエンティス』を揺るがす魔王を倒すために喚び出される、と」

 一通りの暗唱を終え、メアは目蓋を開く。

 暗い瞳に見つめられ、妖精……エルフと称される種族の少女は身を引きかけ、思い直したように姿勢を戻す。

「凄いですね……もう暗記してしまわれたのですか?」

「私の数少ない取り柄って奴ね。前向きに捉えられる、唯一の取り柄と言い換えてもいいわ」

 こともなげに言うと、メアは安楽椅子から身を離して少女の後ろへ回る。

 そして静かに、滑らかな動作で腰紐から提げたナイフを首筋に押し当てた。

「…………っ」

「いい子ね。叫び声でも上げようものなら真っ白な肌に穴が開いていたわね」

 明確な怯えを孕んだ目を向けられ、メアはようやく満足そうに笑む。見た者の神経を逆撫でし、同時に生物的な恐怖を煽る、そんな狂笑。

 ナイフを持たない左手で少女の首を撫で、指を徐々に下へ滑らせる。ワンピースの裾から露になる白く綺麗な足を撫でると、少女はくぐもった声とともにぴくりと身体を震わせる。恐怖から来る震えではない。その証拠に、白い頬が紅潮のかけらを見せている。

 その反応に愉しげな微笑を乗せた口が、艶めかしい声で少女に囁く。

「ねえ、リラス・カペラ。滅びを迎える妖精族の優しい優しい王女様」

 問い掛けられている。そう受け取った少女、リラスは湧き上がる未知の感覚に戸惑いと拒絶を覚えつつ、声を抑えて返事をする。

「な、……っ、なん、でしょうか……?」

「クスクス……とぼけないの。私は訊いているのよ」

 ぞくり、と背中が粟立つ。いつの間にか太股を撫でていた左手にもナイフが握られ、髪の隙間を縫うように冷ややかな感触が背中に伝わる。

 血の気を引かせたリラスに、なおも彼女は問い掛ける。

「私を召喚する代償に、王家全てを差し出したあなたが、魔王を狙うのはなぜなの?」

「……?」

「辻褄が合わないわ」

 釈然としない。そんな感情を示すように、メアの端正な顔が疑問に歪む。

「魔族を滅ぼして魔力を強奪する? 無理よ、そもそも妖精族には魔族の魔力を扱う手立ても抗体もない。魔族を配下に妖精族の領土、カペラの森を拡大する? それも無理、衰退したあなた達が手綱を握れるわけはない」

 次々と可能性を上げては否定していく。それが進むごとに、リラスの震えは増していく。

「ねえ──どうなのよ」

「そ、それは……」

 かちかち、と恐怖で歯の根を鳴らしながら、強張る舌を懸命に動かして言葉を作る。

「………………わ、分かりません」

「……は?」

 その答えに、間の抜けた吐息しか返すことができなかった。






    ◆






 名前:スクリーム・アルト

 性別:男性

 年齢:一八歳

 属性:善

 レベル:1( 〜???)

 経験値:0

 金:0

 装備ランク:E

 能力平均値:C( 〜A+)

 属性別スキル:対悪性術式 先見の妙 『理解』の正義

 称号:悟りし者 速極思考回路



 職業:勇者






 壁一面には生体ポットが埋め込まれ、天井からの照明が反射して独特の陰影を作り出す広間。

 少年、アルトは自分の目前に『ある』一人の人物の言葉に、耳を傾ける。

『困窮した妖精族であろうと、絶大な力を誇る神種族であろうと、魔族を倒さなければならない理由は不明確なのです。そればかりは、我ら機巧人族も未だ証明終了に達していない命題です』

 目前、滑らかな発声で召喚の意図を説明した緑髪の少女は、返答を求めるようにぎこちない笑みの表情を作る。

 人工肌や魔導筋の動作は完璧に生物のそれを再現しており、一目では自然だと思うだろうが、アルトにはそれが機械による人間の真似事にしか映らない。よって、年頃の少年が見目麗しい異性へ抱くような感情の動きはまったく存在しなかった。

 故に彼は淡々と、少女以上に機械的な口調で言葉を返す。

「そいつはつまり、自分達でも魔族を討つ明瞭な理由は判断できない、ってことだな」

『はい』

「だったら簡単な話だろう」

 そのあまりにあっさりした物言いに、少女の思考中枢に一瞬の混乱が生じる。

 この少年は何と言った?

 少女の眼がアルトの姿のズームアップを行い、耳は心音や脈拍の速度を計測する。

『我らが命題を、崩せると言うのですか?』

「当たり前だ。君達はともかく、神種族や妖精族までもが答えにたどり着いていないというのが信じがたいくらいには簡単だ」

 本当に分からないのか、と納得するように頷くアルトに、いよいよ少女の混乱は極点に達したのだろう、耐えられないとばかりに背後の玉座へと腰を落とす。

 それを見て、アルトはため息をこぼす。

(情報処理が滞って、体感バランスの演算にエラーが出たのか)

 いちいち人間臭い挙動だなと思いつつ、このままでは話が進まないと判断したアルトは、答えを口にした。

「要は種の存続、生命の危機に対する根源的恐怖もしくはそれに連なる何か……それが魔族への攻撃意思となって表面化しているんじゃないか?」

『それは……』

 困惑した少女に、アルトは口角を上げて呟く。

「まあ、君達に『心』があるなら、という前提の話だがな」

 言い捨てると、少女へと背を向けて広間の扉へと歩み始める。背後から呼び止める声が聞こえたが、アルトは無視してその場を後にする。

 廊下へと出ると、静かに一礼してくる、一見人間のようで……しかしアルトには機械人形にしか見えない門兵を一瞥して、あてがわれた自室を目指す。やや足早な歩調で、白衣がはためき紺のネクタイがゆらゆらと揺れる。

 ずり落ちかけた眼鏡の弦を押し上げ、少年は隈の掘られた端正な顔に薄ら笑いを見せた。

「まったく……あれで機巧連合国ミザールの三総統の一角って言うんだから驚きだな。この分じゃ他の二人……いや二体もどれほどのものか。期待はできそうにないな」

 言いつつも、彼には不快の感情はなかった。むしろ真逆の、目的を見つけたという喜悦に頬を緩ませている。

「差し当たって、連中の思考中枢、駆動中枢、人工筋配列や魔導エネルギーの供給方法の吟味に機肢骨格の補強や調整……ああ、やることが山積みだな!」

 目を爛々と輝かせ、兵士達の強化方法を次々に思考しながら、アルトは回廊を闊歩する。

 その背後に、茶錆色の波紋が追従していることに気付かぬまま。






    ◆






 名前:紙澤(かみさわ) 扇那(せんな)

 性別:女性

 年齢:一三歳

 属性:善

 レベル:1( 〜???)

 経験値:0

 金:0

 装備ランク:E

 能力平均値:C( 〜S)

 属性別スキル:対悪性術式 完全攻略道標 『勝利』の正義

 称号:勝ち組(ヒキコモリ)メソッドマスター ラスト・サバイバー 



 職業:勇者



「醒武器……ですか?」

「うむ。ぬしには、今からそれの召喚を行ってもらう」

 鷹揚に頷く鬼面の大男の言葉に、扇那は緊張の身震いを起こした。頭の中ではしきりに『場違い』『無茶振り』『夢なら覚めて』と繰り返されている。

 問題から目を逸らすように、顔を正面から右下へ傾けると、

(ひ……!?)

 自分と大男が座る祭壇の下から、期待の面持ちで見上げてくる鬼人の群れ。老若男女の区別なしに、総勢二○○○を優に越える目が自分達を見つめている。

 それに、扇那は恐怖と居たたまれなさの波を感じた。

(何なのですかぁ……何であたしがこんなことに……!)

 泣きそうだ。事実目じりには涙の粒が溜まっている。一度瞬きすれば、とめどなくこぼれていきそうだった。

「ぬ? どうしたのだ?」「な、何でもありません!」

 さりげなく涙粒を拭い、居すまいを正す。虚勢ぐらいは張らなければ、今すぐに逃げ出しそうになるからだ。

「それで、召喚はどうすればいいのですか?」

「応。話が早くて助かる。文句を言われるのは承知の上だが、面倒だからなぁ」

 カッカッカ、と豪快に笑いながら、扇那の肩をバシバシ叩く。手加減はしているのだろうが、痛い。間接が外れるのではないかという衝撃が襲う。

(ぅう〜……。ヒキコモリの耐久力考えてほしいですよー!!)

 苦笑いで収まるまでやり過ごし、異常はないか撫でて確かめる。

 外れてはいないようだった。

 大男は巨体に似付かわしくない素早い動作で胡坐から立ち上がると、赤塗りの下駄を鳴らして祭壇の端へと移動する。

 振り向きつつこちらに向けて、

「ぬしも同じようにせい。醒武器の召喚儀式を執り行うぞ」

「は、はい!」

 慌てて大男の方へ走り寄りそうになり、

(あれ……こういうのって、片方とは真逆の位置に立つべきなんだっけ?)

 ネットの聞き齧り知識の上、ヒキコモリ故に実証実験もしていないので確証はないが、恐らくそうすべきなのではないだろうか。

 身を翻し、大男の逆位置に立つと、彼はそれに頷きを見せ、おもむろに短刀を取り出した。

 そしてそれを、躊躇いなしに無手の左手に突き刺す。

「え……」

「始めるぞ」

 左手を強く握り締める。掌に空いた穴から血が滴り落ち、祭壇の縁をなぞるような溝にその血を流し込んでいく。

 血の河は扇那の足元の溝にも達し、彼女の靴裏すれすれを通っていく。

 やがて血流が繋がり、ちょうど真上から見れば赤い線で描かれた長方形を示すだろう状態だ。

 彼は短刀の刃を拭って鞘に収めると、それを扇那へと投げて寄越した。

「ほれ」

「へっ……ええ!?」

 取り落としそうになるのを堪え、何とか両手で受け取る。

「な、な、何をしてるんですかッ!」

 抗議を叫ぶ。それに大男は腕組みをし、

「後はぬしの血を垂らせば、契約は為される。ほれ、我のしたことを反復せい」

 さらりと、とんでもないことを言った。

「え、ええ?」

 つまり、あれだろうか。

 大男のしたように、ナイフで掌に穴を空けて血を落とせと?

 想像するまでもなく、扇那は拒否の手振りを示した。

「い、いやいやいや! いきなりそんなこと言われても無理です!」

「ぬ?」

 不思議そうに首を傾げる鬼。本気で理解していないようだ。

「何を言うのだ? ぬしは了承を返しただろうが。召喚儀式を行うことへの異議を唱えてはいなかったろう」

「そ、それは! あなたが詳細の説明を怠ったからで……!」

「異なことを言うものだな」

 呆れたように、鬼は半目で見てくる。

「な、何ですかその目は!?」

「はあ。──いいか?」

 聞き分けない子供を諭す口調で、

「──やればできる」

「最低の答えですー!?」

 精神論を堂々と振りかざす大人は嫌いだ、と扇那は上目遣いに睨み上げる。

 しかし大男は涼しい顔だ。好きにしろ、というよりは、どうせ通る道だと言う表情に、幼子が不満を示すような膨れっ面を返す。

 周りを見回し、やり遂げなければ気まずくなると判断した扇那は、低く唸りつつも短刀を抜き、左手に刃を向ける。

 そして、

「んっ……!」

 不思議と痛みはそれほどなかった。注射器で突いたような小さな痛みが走り、掌の中に冷たい刃物の感触を覚え、刺さったことを認識する。

 目で見て確認する勇気はなかったが、十分だろうと判断して短刀を抜く。

 血が溝へと落ちる。大男の血流に自分の血が混ざりゆくのを想像し、身の毛のよだつ思いをした。

 しばらく経った頃、血が止まった。

 変に思い、薄らと目を開けて見ると、

「ぇ……なに、これ?」

 ──傷がない。

 長らく日光に当たらなかったために不健康な白さを持った自分の肌には、傷一つ残っていなかった。

 色んな角度から掌を観察するも、跡はない。本当に貫いたのか疑問が浮かぶ。

 が、その疑問に取り組む猶予はなかった。

 大男が野太い豪声を轟かせ、呪文を謳い上げ始めたからだ。

「満ちろ、第七の象徴! 勝利を守護する天使の召来を求める声を聞け!」

 血流が脈動を始める。同時に祭壇の中央に幾何学な紋章を描く溝が現れ、血流への道を作る。

 繋がった道から、血流が紋章に注ぎ込まれていく。

「盟約に従い、鬼人族族長、泰山木(たいざんぼく)の血と、勇者を担う者、紙澤扇那の血を捧げ奉る! この贄を以て、汝が御力と御化身を降ろし給え!」

 血で彩られた紋章が輝きを増し──その中心に、赤光に塗り潰されない、金色の波紋が起きる。

 それを確認した大男、泰山木は、疲労を滲ませる顔に、ニヤリと獰猛な笑みを乗せ、

「さあ来いよ──新たな担い手が待ち兼ねてんぞ!」

 そして。






    ◆






 名前:ソル・アーザ・アルメイダ・ヴィエイラ

 性別:女性

 年齢:一七歳

 属性:善

 レベル:1( 〜???)

 経験値:0

 所持金:0オロ

 装備ランク:D

 能力平均値:B( 〜S)

 属性別スキル:対悪性術式 彼岸の高嶺花 『美』の正義

 称号:女神の彫像 焔翼の巫女



 職業:勇者



 炎が舞い散る。朱色の紋章から出でたのは、荘厳な神威を内包する一対の手甲だった。

 炎と同じ朱色を持ち、手軽そうながらも堅牢さと威風を損なわない、貴族淑女の手袋にも似た拵え。肘までを覆い、大岩を打てば微塵に破砕し残骸すら燃やし尽くすだろう、そう思わせる『力』を、否応なしに理解させられる。

「…………」

 宙に浮くそれを、ソル・アーザは無感動に見つめる。

 緋色の髪はうなじ辺りで切り揃えられ、両目横の前髪がおとがいまで伸ばされ、同じように括られている。髪と対照的な蒼瞳は硝子玉を彷彿とさせる透明さと無機質さを兼ね備え、整いすぎるほどに整った顔立ちと合わせ、浮き世離れした人形と形容できる。

 スッ、と細い腕を上げ、手甲の一つに触れる。手甲は応じるように火の粉を散らし、触れなかった方も炎へと変化しソル・アーザの腕へと巻き付いていく。

 手甲に包まれた両腕を見下ろし、やはり大した感想を抱くこともなく、後ろに立つ少年に問いを投げる。

「ソルの為すべきことは?」

「他八種族が召喚した勇者達と協力し、魔王を倒して魔族を絶滅させることさ」

 朱色の髪と眼を持つ、少女然とした容姿の少年は、背中の翼を揺らして答える。その声は楽しげでもあり、憂鬱そうでもあった。

「嫌ならやらなくてもいいけど」

「拒否を返す。ソルはその使命を全うする義務を有している」

 台本を朗読するように平坦な声は、やはり無感動ながらも自らの意思をはっきり示している。

 ソル・アーザの態度に、少年が肩をすくめる。

「そう、余計な口出しだったかな?」

「否定を返す。ミカエルの気遣いには感謝の意を示したい」

 ミカエルと呼ばれた少年は、微笑みとともに頷くと、ソル・アーザに背を向けて水面の床を歩き出す。

 向かうのは、広大な空を天蓋とした広間と外を繋げる門だ。

「ソル・アーザ。君も来なよ。浮天城ギェナーの城下街は下界よりも快適だよ? 巫女だからって遠慮は要らない。ここは、君達の忌避する俗世なんかとは程遠い、正しく『天の国』だからね」

「……肯定を返す。貴方の提案を慎んで受けることとする」

 わずかに逡巡を見せ、よく見なければ分からない程度にコクリと首肯し、下駄を鳴らすことなくミカエルの後を追う。

 彼らはそれから一度も言葉を交わすこともなく、空を映す広間から姿を消した。






    ◆






 名前:ザンナ・ナーガラージャ

 性別:男性

 年齢:一九歳

 属性:善

 レベル:1( 〜???)

 経験値:0

 所持金:0オロ

 装備ランク:D

 能力平均値:A−( 〜S+)

 属性別スキル:対悪性術式 逆鱗 『栄光』の正義 

 称号:竜の血脈 進む者



 職業:勇者



 灰色の煉瓦で組み上げられた地下室。壁には鉄釘が打ち込まれ、そこに様々な武器や防具がぶら下げられている。その全ては訓練用に刃を潰した模造品であり、本物よりも若干軟らかく丈夫な出来となっている。

 竜王領域エルタニンの王都ミアプラキドゥス、その最中央に位置する聖竜城塞の第三地下修練場だ。

 その修練場の一角では、二人の人物が己の得物で打ち合っていた。

 一人は峰が短く刃が長い、曲線を描く形状の片刃剣、カトラスと呼ばれるそれを左右の手に一本ずつ持ち、間断ない連撃の演舞を魅せている。

 彼は人族ではない。筋肉質の巨躯にはわずかに青みがかった鱗が張りつき、鱗に覆われていない耳は先端が尖っている。手足の爪は鋭利な鉤となっているし、何より決定的なのは腰辺りから生える尻尾……竜尾だろう。

 彼、アコナイト・マーティンは竜人族の戦士だ。王都守護騎士団最強の騎士と謳われるほどの彼は、今現在相対している少年に、驚嘆を抱いていた。

(凄まじいな。よもやこの俺が、一度も決定打を叩き込めないというのは)

 アコナイトの剣技は、『音破(おんぱ)』という、彼の一族に伝わる一子相伝の剣術である。読んで字のごとく、その剣速は音を突破する境地に達する。竜人族の強靭かつしなやかな身体と長年の鍛練の積み重ねが合わさって初めて手が届く、絶技だ。その免許皆伝を受けたアコナイトの斬撃は、瞬き一つの間に敵の首を刈り取るレベルであり、騎士団においても、『音破』を使用した彼とまともに打ち合える者はいない。

 注釈しておくと、今の彼は『音破』を使用してはいない。そもそも訓練での使用は禁じられているし、訓練用の剣では重さが合わない。真似事はできようが、本来の威力には到底及ばないだろう。

 だが、使用しなくとも基本速度は生半可なものではない。油断すればその直後には強烈な直撃を食らい、油断しなくとも初見で完全に見切れるわけではない。現にその剣速は音速の一歩手前に迫っており、これが同僚ならば数百合打ち合う間に有効打の二、三は入れているはずだ。

 しかし、この少年は違う。初見で、しかも自分と打ち合うにはあまりに不利な得物で、打ち込まれることなく食らい付いている。

「流石は、勇者と言ったところか!」

「ふん……」

 猛りの混ざる笑みで称賛を投げると、少年は不機嫌そうな吐息を漏らす。

 相対のもう一人である少年は、アコナイトとは対照的な痩躯のシルエットだった。フード付きのジャケットを裸に直接羽織り、首からは竜頭の彫刻の施されたネックレスをかけている。下は膝丈までのハーフパンツであり、素足のまま石畳の訓練場を疾走していた。

 金眼は猛獣じみた釣り上げ眼によってより狂暴な威圧を醸し、左首筋から左頬にかけての斬痕が、さらにそれを助長する。

 『栄光』の勇者、ザンナ・ナーガラージャ。元の世界においても竜の血脈として崇められた一族の、末裔の少年だ。

 彼は己の得物をぐるんと回し、

「よく言う。さっきから一度も入れさせねえクセしやがって」

「いや、心からの称賛だ。俺とて騎士団最強を名乗らせてもらう者だ。無論自負がある。いくら勇者と言えど、そう簡単に入れさせるわけにはいかん」

 何より、とアコナイトは前置きし、

「俺のカトラスを、よもや長槍で捌くなどと……驚嘆に値する」

 そう、ザンナは槍……それも一際長大なリーチを持つタイプの槍で、カトラスの二刀流を捌いていた。

 槍などの長柄武器は、剣よりもさらに遠距離から攻撃が行える、遠心力を乗せて破壊力を増すという利点を持つ反面、懐に入られると得物での攻撃に転じられない、引き戻しにも時間がかかるという欠点がある。アコナイトのスタイルは二刀カトラスを用いた近接戦闘であり、槍による結界布陣を突破されれば打つ手がなくなる。故に、ザンナは極めて不利にあるはずなのだ。

 が。

 カトラスが走る。大振りされた槍の勢いをわざと押すように払い、ザンナの体勢を崩させる。槍の勢いに振られ、わずかに身体が傾いだ瞬間を狙って体幹目がけた突きを放つ。突きはそのままザンナの脇腹に吸い込まれるように触れ、

「……接巴(せっぱ)

 すり抜けるように、空振りした。

「ぬ……」

 勢いを増した槍が襲う。刃ではなく柄、鉄製の棒部が左手のカトラスに激突する。

 一際高い金属音が響き、アコナイトは弾かれる形でザンナから距離を取る。

「まったく……末恐ろしいな」

 膝立ちから身を起こし、困ったように苦笑して言う。

「終わろう。三時間(・・・)も打ち合ったんだ。休憩を挟まないと互いにキツいぞ」

「……ちっ」

 不満げながら、ザンナも疲労の色が濃い息を吐き、槍を壁に立て掛ける。

 修練場を出た二人は通路に設置された長椅子に腰を下ろし、ステータスを開く。

「おい、アコナイト」

「どうした?」

「レベルが上がってる」

 ザンナは自らのステータスをアコナイトに見せる。確かにレベル数値が2に変わり、経験値欄も0から104と溜まっている。

 そして能力平均値の欄には、小さくNEWという表示が点滅していた。

 アコナイトは、ほう、と頷き、

「まああそこまでの立ち回りをしたんだ。1や2上がるのも納得できる」

「モンスター倒したりでレベルアップするんじゃねえのか?」

「それも主な手段の一つではある。こうした訓練でも経験値は手に入るしレベルも上がる。……まあ、あのレベルの打ち合いでないと、そうそうレベルアップはできないがな」

「非効率なモンだな」

 つまらなそうに呟き、ステータスの能力平均値の欄を開く。そこにはレベルアップにより更新された生命力や魔力、各種パラメーターの数値があった。

「筋力、敏捷力、耐久力、基礎生命力、基礎魔力、巧力……あん? 巧力って何だ?」

「得物やアイテムの扱いの巧拙だ。手先の器用さと言い換えれば分かりやすいか?」

「ふうん。俺は筋力と巧力が高いみてえだな。魔力は低いが」

「お前は魔法を駆使するタイプじゃないようだな。アタッカーというところか?」

「要は特攻隊か。使い捨てもいいとこだな」

 吐き捨てると、乱暴にステータスを閉じる。

 アコナイトは取り成すように穏やかな口調で、

「どんな戦いだろうと、拓り開く者がいなければ後続の軍は思い通りに動けない。使い捨てと言うならば、そうならないレベルまで上り詰めることで克服できるやもしれんぞ?」

「……ふん」

 アコナイトの言葉に、やはりつまらなそうに鼻を鳴らして、ザンナは足を組んで背もたれに体重をかける。後頭部に両手の組み手を当て、虚空を呆、と見つめる。

 そして不意に、独白のように彼はこう呟いた。

「『栄光』の勇者ね……。いったいどういう基準で選定してやがるんだか」






    ◆






 名前:桐山 タクミ

 性別:男性

 年齢:一六歳

 属性:善

 レベル:32( 〜???)

 経験値:1342707

 所持金:0オロ

 装備ランク:B−

 能力平均値:A( 〜S+)

 属性別スキル:対悪性術式 絶対領域 『王国』の正義

 称号:境界の放浪者 異端の魔導師



 職業:勇者



 ボサボサの黒髪の少年、タクミは、ただただ茫然自失を晒したまま硬直していた。

 周りの主神や従神達は興味深げに見守ったり、同情の微笑みを投げ掛けたりと、その『事態』を遠巻きにしている。

(待て、落ち着くんだ)

 言い聞かせるように、タクミは頭でその単文を繰り返し唱える。

 そうだ。落ち着け。大丈夫、こんなもの最初の異世界召喚と比べればインパクトに欠けるしそれ以降の冒険で胆力は十分に培われているんだからこんな状況に動じるはずがないああそうさその通りそうに決まってるそれに『これ』自体も今回が初めてってわけじゃないんだから恥ずかしがる必要なんて……って意識しちゃダメだろうが! せっかく意識を逸らそうとしたのに結局舞い戻っちゃったじゃないか!

 ほんの数瞬で自身の煩悩に克てないことを悟ったタクミは、抵抗を諦めて現実に目を向けた。



 召喚した目的を話された直後に、赤髪の姫君にキスされた。



 顔をまったく動かせなかった。指すら微動だにしない。驚きからか頬の紅潮や心拍数の上昇は見受けられないが、それでも当然の感情が湧き上がるのは止められない。

 一○秒ほどだろうか、姫君はようやく唇を離し、玉座に座る主神に向けて得意気に言う。

「どうよバカ親父! これで私は半神半人よ。これなら神殿の外に行っても大丈夫でしょ?」

「ふむ。まあおまえがそう言うならば構わんが……」 白い顎髭を撫でさすりつつ、楽しむように問いを放つ。

「しかし、どうするつもりだ?」

「何を?」

「おまえは神と人の混ざり物(・・・・)となった。区別が曖昧な存在は、この神国ポラリスへの進入を許可できん。気安く戻れるなどと思うなよ」

 言葉面は厳しいものだが、彼の声音は期待を含む色がある。自らの娘がどのような受け返しをするかを試しているのだろう。

 対して姫君の方は、

「上等よ。だって神殿(ここ)退屈だし。しばらく人間界の空気ってのを堪能させてもらうわ。姫とか呼ばれるのもうんざりだし」

 そう言ってドレスの端を摘むと、おもむろに裂き始める。主神を除く周囲が騒めくのを無視し、適当な長さの切れ端を手にすると、それを使って赤の長髪をポニーテール気味に結んだ。

「ん、こんなもんかしら」

 くるりとその場で回転し、靡き方を確かめた少女は満足そうに頷き、そこでタクミの方へ向き直る。

 俯き姿勢の直立で佇む彼に、少女は片手を差し出しつつ、

「そんなわけで、しばらくアンタに着いて行くわ。リナ・カメリア・ポラリスよ。長いからリナかカメリアで呼びなさい」

 やや上から目線なその言い草に、タクミは二言三言小声で呟くと手を差し出し、握手を交わす……その寸前。

醒武器(セフィラ・)招来(プロスクリスィ)──神威の術環(マルクト・エヴァゲリオ)

「な……」

 碧色の紋章が浮かぶと同時、紋章と同色の指輪がタクミの両中指に顕れる。

「醒武器……?」

 リナが戸惑いの後退を見せるや否や、タクミは静かな声で唄うような詠唱を開始する。

「《雷の仔等よ、我が手に集いて敵を討て》」

 集束した雷光の剣がリナを襲う。その速さは正しく雷そのものであり、至近に立つリナに回避の術はない。

 故に、

「危なッ」

 パシン、と。リナの掌底が雷を叩き消した。

 その光景を見て、驚く者は一人としていなかった。周囲が注目するのは雷剣を打ち消したリナよりも、攻撃した側のタクミである。

 不意討ち気味の魔法攻撃を、こともあろうに主神の娘へあっさり行うという行動に、驚きを禁じ得ないからだ。

 リナは手を押さえつつ、タクミを睨む。

「何すんのよ!」

「お返しだ」

「はあ? 何の?」

「いきなりキスをする痴女には罪ってもんが理解できないらしいな」

「んなっ……ざけんじゃないわよ根暗顔! アンタみたいなのは、どうせ一生キスはおろか女と手ぇ繋ぐことすらできないんだから、私とできたことを誇りに思いなさい」

「残念ながら、俺は別の世界に婚約者がいるんでな。行き遅れの遠吠えなんぞ悠々と聞き流せるぜ」

 片や怒気を顕にし、片や淡々といなし続ける。温度差の激しい口喧嘩は進んでいく。

「第一、アンタの雷剣のせいで手袋破れちゃったじゃない! 後で直すの私なのよ!」

「そうか、損害を被るのがお前だけで幸いだよ。でも……服は裂けても身体にはダメージなしか。うーん、魔素構成をもう少し考えるべきか?」

「神種族の魔力耐性嘗めないでよね! 次来たら完璧に弾き返してやるわよ! ……って、私の被害を軽く扱うな!」

「じゃあ次は魔素に雷と刃の属性を付与してみるか。リナ、相手しろよ」

「はあ!? アンタ、私を何だと思ってんのよ!」

「調整役」

「……オーケー、その喧嘩買ってやるわよ。今さら後悔しても遅いから」

 口喧嘩が本格的な殴り合いに発展し始めるが、主神達はそれを興味深げに見つめるだけで、仲裁に入る者はいない。ある種の混沌を湛えた空間が、ここに形成されていた。

 神種族でなければ致死率が高い魔法を躊躇なく使用したタクミがおかしいのか。

 死なない度合いとはいえ、雷速の斬撃をあっさり打ち払ったリナが異常なのか。

 娘が攻撃されたにも関わらず、諌めることもせず見つめる主神達が正常なのか。

 それすら判然としないまま、神域の夜は更けていく。






    ◆






 名前:ヘルツ・ローゼンハイム

 性別:男性

 年齢:二○歳

 属性:善

 レベル:1( 〜???)

 経験値:0

 装備ランク:E

 能力平均値:C+( 〜S)

 属性別スキル:対悪性術式 不退転の巌 『峻厳』の正義

 称号:首斬り歩兵 無窮の砦



 職業:勇者



 一面の壁につき一七本、四方の壁として数えれば六八本。座蒲団に正座して相対する二人の間に、燭台の上で灯る一本。計六九本の蝋燭が、その部屋の光源だった。

 柘植牙と名乗る片方の男が、粛々とした声音で対面のヘルツへと語り掛ける。

「勇者とはそもそも、何かしらにおいて異端とされる者が選ばれるのだ。召喚を行う前までは半信半疑といった事前情報ではあったが……汝を見ていれば納得のしようがある」

「…………」

 ヘルツは答えを返さない。柘植牙の言葉を反芻しているようにも、全てを聞き流しているようにも見える。

 反応がないことにも構わず、柘植牙は続ける。

「すてえたすを見て改めて思い知らされる。基本性能の違いも然ることながら、いくつかの項目は私では閲覧できんのだ。汝からの許可を取ったにも関わらずな」

「…………」

「本来すてえたすは、所持者の許可を得れば、ほぼ無制限に閲覧が可能となる。しかし勇者のそれは異なるようだな。開こうと手を伸ばしても、拒絶される」

「…………」

「まるで醒武器(せふぃら)だな」

 人族と何ら変わらない外見の柘植牙は、しかし野生の狼を彷彿とさせる警戒の気配を放つ。

 その視線の先にあるのは、ヘルツの傍らに置かれている二対の鉤爪。猛獣の鋭利な獣爪を思わせる拵えを持ち、白銀色の爪刃の側面にはあみだくじの線のように入り組んだ赤い脈紋が刻まれている。

 第五醒武器・獣心たる厳爪(ゲブラー・ティモリア)

 柘植牙の統率する獣神族を象徴する形状と意味を持つ武器に、柘植牙は畏怖と侮蔑の入り混じった感情を抱き、ヘルツは感慨を匂わせず一瞥することすらしない。

「醒武器は勇者にしか装備できない。いや、正確には勇者以外に装備されることを拒む、というべきだな」

「…………」

 ヘルツはやはり無言のままだが、薄く目を開き、視線で問いを示した。

『結局のところ、貴殿はどういう真意でこの問答を始めたのか?』

 それを読み取った柘植牙は、元々険しい顔つきをさらに厳しく顰め、

「……一種の嫉妬だな。我々より格上がいることは弁えているが、異界の軍隊で雑兵に身をやつした汝にすら抜かれるとは、とな」

「……では」

 ようやく、ヘルツは口を開く。巌じみた筋骨隆々とした体格に似つかわしい、聞いた者の身体を震わせる低音域で放つ言葉は、

「貴殿は私が疎ましいか」

「是と言えばどうする?」

「その場合は我が身の立場を弁えよう」

 その声に嘘偽りの陰りは微塵もなく、口先だけの誓いと笑える隙もなかった。

 それを受け、柘植牙は表情をやや和らげる。

「……済まぬな。過敏になりすぎた。無礼を謝罪しよう」

「私は気に留めていない。用心深さは罪ではないよ」

 無表情のまま柘植牙の謝罪を認めたヘルツは、続いて小さく呟いた。

「……私は、他者の生への執着に口出ししてよい者ではないのだしな」






    ◆






 名前:−

 性別:−

 年齢:−

 属性:−

 レベル:−

 経験値:−

 所持金:−

 装備ランク:−

 能力平均値:−

 称号:−



 職業:−



 天井に嵌め込まれた、一○色を含むステンドグラス。月の光が天窓であるそれを通過して、色鮮やかな彩光を赤絨毯が敷かれた大理石の床に落としている。

 ステンドグラスからの光は、時折月光とは無関係に静かな明滅を繰り返し、まるで何かの啓示を表すように床の上を踊る。

 それを見上げ、玉座の老王は嘆息した。

「獣神の社も勇者召喚を為したか」

「そのようですね。レグルス、でしたか?」

「うむ。彼の者らはその名で呼ばれることを好まぬがな」

 老王の言葉に応じたのは、騎士甲冑を着た四○代の男だ。年齢を感じさせない精悍な顔つきに、金髪を適度に伸ばしている。甲冑の下の身体は引き締まっており、衰えなど少しも見出だすことはできないだろう。

 彼は碧眼を細め、老王と同じくステンドグラスを見上げる。

「これで、人族を除く八種族が召喚を完了したことになりますね」

「うむ。いよいよじゃな」

 老王──マグノリア・アルニラムは、傍らに立つ、近衛騎士団長にして唯一の肉親であるノース・アルニラムに渋面のまま告げる。

「そして、我らは勇者を召喚できないという枷がある。なまじ国土が広いために、やり切れなさは大きい」

「……そうですね」

 微笑は保ったまま、ノースもわずかに固い声で答える。

 床面の光は、一つを除いた九色が手を取り合うようにゆらゆらと踊っている。ただ一色、白金のステンドグラスのみが揺れ踊ることなく真っ直ぐな光を投射していた。

 マグノリアは背もたれに背中を預け、疲労と失望を吐き出す。

「忌々しい枷だ。『勇者の血族による勇者召喚は不可能』などと」

 勇者召喚の儀式にはいくつかの制限がある。

 一つ、魔王を討伐するためである勇者召喚は魔族には行えない。

 一つ、勇者召喚は一種族が一回のみ行える。二人以上の重複召喚は不可能。

 一つ、勇者召喚は一種族の王族若しくはそれに連なる家系の者しか行えない。



 一つ──過去に勇者の血脈を持つ者は、一族郎党の命を捧げることでしか勇者召喚の儀式を行えない。



 その枷は生半には壊せない。決死の覚悟で儀式に手を加えたとしても、成功率は限りなく低いのだ。

 そもそも人族は、クエンティスでも特に魔法に秀でた妖精族や神種族ほどに魔法を使えない。そしてその二種族ですら儀式のねじ曲げは困難だ。手を加えるなどすれば、恐らく犠牲は王族に留まらない。それこそ人族全てを儀式の暴発で消し飛ばしてしまうだろう。

 穏やかな口調を意識したノースが諌めの言葉を出す。

「唯一の幸いは、八種族の勇者と代表者が、連関国家としてアルニラムに集うということですね」

「魔界への通り道があるのは我がアルニラムの領土だけじゃからな」

 クエンティスは一つの大陸に九つの種族が領土を取り決めて住んでいる作りだ。天使族の浮天都市や神種族のポラリス神殿は大陸と直接的な繋がりはないため、正確に言えば七つの種族が大地に足を着けている。

 そして理由は不明だが、人族の最大国家であるアルニラム領内に聳え立つ塔・タルタロスのみが、魔界に通じる唯一の道となってしまっている。内部調査は未だ全体の半分までしか済んでおらず、九○○年前から続くとされる内部調査も、進行度合いに陰りが見えていた。

 それこそが、魔族との戦いに終止符を打てない原因だ。こちらからは攻め込めず、逆に魔族は自在に往来が可能。ただ迎撃するだけで、侵略を完遂せんとクエンティスに踏み込んできた魔王を総力戦で殺し切るという、綱渡りのような手段で、過去の勇者やクエンティスの種族達は辛うじて一応の勝利と一時の安寧をもぎ取って来た。

 しかし、

「そうしたところで、今回も魔族を撃退し切る保証はない」

 過去一○○○年で、魔族が攻め込んできた回数は五回。最初の三回では天使族、神種族が不参加だったために、危うくクエンティスは滅びかけた。四回目以降も、多少のばらつきはあったが全種族の総力を結集して凌ぎ切った。

 つまり、悠長に構えている余裕がない。本来ならば、人族も勇者を召喚すべきなのだ。

 ただ、彼らの身分がそれを阻害していた。

「加えて、我らは王族故に安易な選択を行えない。いきなり王族が皆沈めば、奸臣や混乱でアルニラムを中心にクエンティス滅亡が始まる公算が極めて高い」

「前門の虎 、後門の狼。正しく抜き差しならない立ち位置ですからね」

「まもなく魔族が攻め入ってくるだろう」

 マグノリアが瞑目して呟く。

 肘掛けに握り拳を叩きつけ、その痛みも顧みずに、自らの不運を嘆くように。

「タルタロスの封印は弱まってきている。魔物の出現頻度も徐々に増しておる。文献に記された通りの、魔族の侵攻の予兆じゃ」

 音がはっきりと聞こえるほどに歯を軋らせる父王を見て、ノースは黙したまま、自らに誓いを立てる。

 それは、

(必ずや、父上とアルニラム、そしてクエンティスを守り抜く。何に代えても……!)






    ◆






「勝手にしろ」

 オルテンシアの言葉に、少年は端的にそう返しただけだった。

 その態度には流石に彼女も眉を潜め、

「ずいぶんと安請け合いだな。私はこう言っているのだぞ?

 ──我が伴侶として、死後(・・)まで連れ添え、と」

 オルテンシアは魔王だ。魔王は代々死の間際に己の持つ魔力を血縁へ受け継いでいく能力を持つ。先代魔王である彼女の父は、二○○年前のクエンティス侵攻の折に勇者達に討ち取られたとき、最期の死力を絞り尽くし、保有する全魔力……言い換えれば、魂に到る何もかもが生まれたばかりだったオルテンシアへと受け継がせた。

 魔族はある特質を備える。大気中の魔素や体内魔力を吸収・浸透させることで老化を抑えるというものだ。

 オルテンシアは先代魔王の魔力を受け継いだ際に、膨大な量の魔力を持ったことで、その特質の異常活性を起こした。一八四年間、赤子のまま眠り続けるという形で。

 目を覚ました彼女は、再び眠りに就くということもなく成長したが、異常活性の弊害か年齢や魔力容量とは逆に幼子のような体躯で成長が止まってしまった経歴を持つ。

 彼女は未だに膨大な魔力を有しており、その一部を特質に当てたとしても優に三○○年は生き続けるだろう。

 少年の雰囲気の異様さは、確かに魔族に比肩し得る剣呑さと血なまぐさを内包してはいるが、その身体は人間であることに相違ない。

 オルテンシアは人族の寿命に付き合ってやる気は毛頭なかった。気分屋故に、頭に『今のところ』と注釈を入れるべきだろうが、元々彼女は他者を従える意識はあっても他者に従う意識はない。彼女にとって、自己と他者は常に上下の区別をはっきりさせている。

 つまり、彼女はこう言ったのだ。

 お前には死後の安寧はない。魂が磨耗しようとも私と共に在れ。

 そんな脅しにも似た忠告をしたつもりの彼女は、

「だから、勝手にしろっつってんだろ」

 表情を変えないまま、数瞬の逡巡も見せない少年に、初めて喜悦以外の感情で口の端を動かした。

 愚者を嘲笑う動きだ。

「勇敢と無謀は違うと、はっきり言っておこうか」

「…………」

 少年は視線を向けた。

 オルテンシアの見た目ではなく、内面を覗き込もうとするように。

「たかが人族の寿命で、私に着いてこれると?」

「言うことが支離滅裂だな。共にしろと言ったのはお前だろうが」

「無論延命措置は模索してやろうとは考えていた。私達魔族についての無知もあるだろうと説明してやるつもりもあった。……だが、すんなりと頷くとは思わなかった」

 嘲笑は気が付けば苛立ちや困惑を含むものになっていた。少年の視線を、理解不能なものを見る目で迎え打っている。

「貴様は孤高を好む者だと思っていたぞ。私と同じくな」

「だとすればおめでたいな。主観の物差しでしか物事を測れないなら、お前は速やかにその玉座から降りて城下の連中に這いつくばれ」

 悪意はない。少年は無感動のままに侮辱とも取れる挑発を行っている。

「貴様、死にたいのか?」

 冷徹な表情でオルテンシアは訊ねる。ここで少年がどう返そうが、彼女は躊躇なく『成功例』を殺害するだろう。

 自らの喜悦快楽を邪魔立てするならば、一時愛おしさを覚えた対象も塵芥と区別なしに殺す。それが彼女であり、少年はその線を完全に越えてしまっていた。

「答えろ、貴様はどちらだ?」

 反応を返さない少年に、再度の問いを放つ。これで返答がなければ、問答無用で致死の攻撃を行うだろう。

 オルテンシアの殺気に気付いたのか、それとも別の要因か、少年は一言、



「その質問、全部お前に跳ね返るぞ」



 直後、オルテンシアは手刀を構えて玉座を立ち、少年は彼女の首筋に十爪を余さず突き付けていた。

 彼我の距離は一五メートル以上。その道程にはオルテンシアの金髪が広がっており、踏みつけることなく、オルテンシアの反応速度を上回って玉座へ到達するのは不可能に近い。

 しかし、少年はこともなげにそれを成し遂げた。

 それに、オルテンシアもしばし黙り込む。

 先ほどとは反対に、少年がオルテンシアへ問い掛けた。

「お前は俺と共にいろと言ったな? それはつまり、俺に(ころ)される覚悟があってのことか?」

「……何?」

「お前は家畜をどう思う」

 相手の戸惑いを無視し、淡々と問答を開始する少年。

「本来野生であるものが、食われるためだけに保護され、食われるためだけに育てられ、食われるためだけに殺されバラされる。人はそれを家畜と呼ぶが──大多数は、それを殺しと正しく認識するか?」

「しないだろうな」

 頸動脈を掻き切るように爪が突き立てられている状況で、オルテンシアは平然と答える。

「家畜とはそうあるものだろう。家畜自身にそれについての是非を問うことができない以上、家畜とは殺されるものだ」

 何が言いたい? と睨みつけるオルテンシア。彼女でなくても、脈絡を見つけることは困難だろう。

 少年は彼女の耳元に顔を寄せ、囁くように言う。

「その認識だ。俺達にとって家畜は殺されるのが当然だ。そこに良心の呵責があろうとも、真の意味で殺害を悔やむことはないだろう」

 そして、と前置いて、

「俺にとって、人の形を取る者は漏らさず家畜の立ち位置だ」

「────」

「家畜は支配者の食欲によって殺される。そうやって嗜好を持たれるってのは、つまり存在価値を認められ、食用として愛されているってことだ。愛の形なんだよ。

 人の形を見れば殺すことしか思いつかない。それが俺だ。愛するために人の形を殺して回る。他者からの愛への返しは全て、殺すことでしか表現できねえんだ」

 耳元から顔を離し、締めくくるように言う。

「お前は伴侶として死後も連れ添えとも言った。つまり、それだけの価値を俺に見出だしたってことだ。

 価値とは愛。そして愛なんてのはどうしたって主観で歪んじまう」

 分かるかよ。そう質すような一拍を生み、彼は最後の言葉を告げた。

「だから俺はお前を(ころ)そうとしてんだよ。お前が俺に本当に愛情を抱くかなんて知らん。ただ価値(あい)に相応な殺意(あい)を返すだけだ」

「……………………く」

 オルテンシアの肩が震える。いいや、肩だけではない。身体全体が、何かを堪えるような痙攣を発している。

 そして、

「く────くははははははは! 何だそれは! 貴様副業に道化師でも据えるつもりなのか!? 長々と語ったと思えば、独りよがりな愛を吠えるとは!」

 哄笑。

 愉快げに、先の苛立ちの色も露と消え、最初に喜悦を見せたオルテンシア・エルク・アルドラへと戻っている。

 彼女は涙さえ浮かべ、可憐さと妖艶さが同居した嬌笑を、広間全体へ響かせる。

 爪は外されていた。少年は玉座にもたれて悶絶するオルテンシアを気の抜けた──そしてどこか微笑ましげに見つめる。

 やがて笑いが収まり、上機嫌な態度で、小さな女帝は指で近寄るように示す。

 それに従った少年に、自身の顔と同じ高さに目線を合わせると、

「成る程。確かに私は『最高の成功』を呼び寄せたらしい。斯様に見事な異端者を手にできるとは」

 小さく、少年の唇に己の唇を重ね合わせた。

 互いを離すと、彼女は満足そうに頷いて、手振りで玉座の横に来るよう命令する。

 横に立った少年を見上げ、訊ねる。

「貴様の説に当てはめるなら、私の愛の形とは『支配』だ。貴様はそれに応じるか?」

「逆に訊ねるが、お前は殺されろと言って素直に頷くか?」

「ただでは殺されんさ、勿論な。貴様が私を(あい)すのならば、私も貴様を支配(あい)するために容赦はしない」

「それが正答だ。俺達はそうあるべきなんだ」

 だから頼むぜ、と少年は言い。

 貴様の方こそ、と少女は笑い。

「俺は世界を殺して全てを血に染めてやる」

「私は死した世界を余さず支配し尽くそう」



「それより前に」

「途上の路傍で」



「「勝手に死ぬのは許さない」」






    ◆






 斯くして物語は幕開く。

 クエンティスと魔界。

 九種族と魔族。

 勇者と魔王。

 世界と虐殺者。

 善性と悪性。

 勇者とて一枚岩ではない。彼ら勇者の選定基準は、『常軌を逸した正義』への信仰。

 知恵。理解。慈悲。峻厳。美。勝利。栄光。王国。

 欠けるのは人族の呼び出す『基礎』の正義。勇者ではないその子孫は、己の守るべきものを守るために、善にも悪にも転がるだろう。

 魔族は魔界の塔(タルタロス)の封を壊し、クエンティスへの侵攻を開始する。

 その先頭に立つ少年は、禍々しい障気を放つ得物を片手に、縦横無尽に世界の貌を削り取っていく。

 魔王は気まぐれな猫さながらに、気分気ままに神出鬼没を繰り返し、戦局を派手に掻き回していく。

 加減はない。

 救いもない。

 あるのは着々と近づく破滅の足音。

 勝ち残るのは、生き残るのは。

 最後に立つのは誰なのか。

 行方は誰にも分からない。






 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 多人数の視点をうまく描けていた。 [気になる点] 文が長く、読みづらかった。 行間を適度に取ってみては? [一言] 楽しく読ませてもらいました。 ウチ的には、人物ごとに章を分けてみたほうが…
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