第3章 第1話
「へい、らっしゃい! ……ってシェリルか」
やっと暖かくなった四月の中旬、街の修復屋を訪れたのはお得意様のシェリル・スコットだった。今日はプラチナブロンドの髪を下ろして、上の方で小さくお団子を作っている。
「久しぶりの客だと思ったのになー」
鈴宮が文句を言った。僅かな期待を裏切られたのが悔しかったのだ。シェリルはフン、と顔を背ける。
「折角お前の店を探してたお客を案内して来てやったのに、何ていいぐさだ」
「えぇ!? お、お客様!!? いらっしゃいませー!」
鈴宮は満面の営業スマイルで出迎えた。シェリルの後に店に入って来たのは、真面目そうな少年だった。少年はペコリと頭を下げた。
「初めまして、ラッセル・クラコフスキーです」
「修復屋、アヤ・スズミヤです。よろしく」
鈴宮は手をスッと差し出し、握手した。そして、汚い所ですが、とソファに座るように勧めた。
「で、今回はどんな依頼で?」
ラッセルは鞄から一枚の写真を取り出した。写真にはラッセルと肩を組み、楽しそうに笑っている男性が映っている。
「僕の兄、ローリー・クラコフスキーを探して欲しいんです」
「お兄さんを?」
「はい。兄は二年前に家を出て行ったきり連絡が取れないんです」
ラッセルの言葉には元気がない。ションボリとしている。
「どうして家出を?」
「父親と大喧嘩をして……そのままです」
うーん、と鈴宮が唸った。ラッセルは鈴宮の目を真っ直ぐ見た。
「お願いです。兄を探して下さい!」
ガッとラッセルは身を乗り出して頼んだ。
「はい、承りましょう」
鈴宮は優しく微笑んだ。
「シェーリルちゃーん」
ラッセルが帰った後、鈴宮がシェリルに擦り寄った。
「何だ? 気持ち悪い……」
「とにかく、ありがとう」
丁寧に頭を下げた。シェリルはビクッとする。
「どっ、どうしたんだ、修復屋! いつもの修復屋じゃないぞ?」
「だって一週間も仕事がなかったんだもんよー。飢え死にするかと思った……」
鈴宮は泣き真似をした。シェリルが溜め息をつく。
「ちゃんと仕事しろよ」
「するする! 早速、情報局に出発だー!」
「えっ! ハサウェーの!? 私は行かないぞ!」
嫌がるシェリルの腕を掴んで鈴宮はいつもより上機嫌で情報局へ向かった。
――カランカラン
「アーーヤーー!!!」
鈴宮が情報局の扉を開けた途端に誰かが飛込んできた。
「久し振りだなっ! 小さくなって! ……え? 小さく?」
「退け。私は修復屋じゃない」
ブスッとした声が飛込んできた人の腕の中で聞こえる。
「そっちはシェリルだ、オリヴィア」
はぁ、と溜め息をつきながら、鈴宮は友の肩を叩いた。
「シェリルちゃん!? ごめん! 間違えた!」
手を合わせて謝った。
「フンッ」
シェリルはワザと聞こえるように言った。
「しかし珍しいな。お前がここにいるなんて」
「おぉ! アヤ! 改めまして久し振り!」
茶髪を肩より少し長く伸ばして、下の方で二つ結びしている少年はオリヴィア・ブラント、探偵だった。
「うん、全然人の話を聞いてないね、君は。そういや、ウェイドは?」
「ウェイド、怒って部屋から出てこないんだよ」
オリヴィアが頬を膨らました。
「また怒らしたのか?」
「俺じゃないよ! 何か、客に情報を持ち逃げされたんだって。アヤみたいだな!」
「……。俺は逃げてない!」
「そういう問題じゃないだろう」
隣でシェリルが小さくツッコミを入れた。
「お前は? 何の用?」
「俺? 人探しだよ! ホラ、この人。知らない?」
オリヴィアが差し出した写真にはカップルが幸せそうに映っていた。
「……ん?」
「探してるのは、ローリー・クラコフスキー。で、彼女がニコル・バートン。依頼者はニコルなんだ」
「ローリー……って、俺もコイツを探してるんだけどっ!」
「えぇ!? アヤも!? 奇遇だね!」
嬉しそうなオリヴィアとは反対に鈴宮は嫌そうだ。
「俺は絶対譲らないからな!俺の生活費が掛ってるんだから!」
オリヴィアが不思議そうな顔をした。
「え? 一緒に調べればいいじゃん」
「は? だって、依頼主だって一人の人を二人に探してもらっても金が勿体ないじゃないか!」
「いいじゃん。俺たちはお得だよ」
そう言って爽やかに笑うオリヴィアを見て、彼の探偵の先生を思い出し、鈴宮はゾッとした。シェリルも呆れ顏だ。
「あ! ウェイドだっ! やっと機嫌直したの?」
オリヴィアが階段から降りてくるウェイドに大きく手を振った。
「下がうるせぇからだよ!」
キッと此方を睨んだ。オリヴィアが肩をすくめる。
「おう、アヤ。なんでお前まで……」
「お仕事をしに、な!」
隣にいるシェリルに笑いかける。シェリルは無反応だ。
「俺も仕事さ」
オリヴィアはえっへん、と胸を張る。
「……おい、それ誰だ?」
オリヴィアが持っている写真を見て、ウェイドが目の色を変えた。
「ローリー・クラコフスキー。俺とアヤが探してる人」
「そいつだ! 俺の情報を持ち逃げしやがったのは!」
「えぇ!」
「ウェイド! それはいつのことだ?!」
「一昨日だ。金を明日払いに来ると言って、結局来なかった」
ウェイドは苛々と頭を掻いた。
「待って! ということは、最近までこの町にいたってことだよね?」
「あぁ! そうだ! 案外早く見付かりそうだぜ!」
鈴宮は嬉しそうだ。
「待てよ、ローリーじゃない。ダニー・ケイゴンと名乗ってた」
「ダニー・ケイゴン。それがローリーの偽名か」
スッと手帳を取り出して、オリヴィアがメモをした。さすが探偵だ。そして、メモが終わると、ニパッと笑って言った。
「じゃあ、今回は久し振りの三人の共同戦線だね!」
「はぁ? 何で俺まで……」
ウェイドが文句を言った。
「だってウェイドもお金を返して欲しいでしょ? 三人で動けば早いよ!」
ウッという顏をしてウェイドは暫く黙って考え込んだ。
「仕方ないな……」
諦めたように呟く。
「よーし! 捜査開始だぁ!」
オリヴィアの元気な声が情報局に響いた。
「共同戦線って……」
帰り道、鈴宮は溜め息をついた。隣のシェリルはフフ、と笑った。
「……何だよ」
笑われたことにムッとして、鈴宮はシェリルにつっかかった。
「いや、修復屋は三人の中じゃ一番立場が弱いのかなと思って」
「失礼だなー」
「ごめん。でも修復屋の意見なしに決まってたから……」
納得のいくことを言われて、鈴宮はうなだれた。
「そうなんだよ、オリヴィアがいるといつもな。アイツのペースにはめられるんだよ……」
力の込もってない声だ。シェリルはまた笑った。
「ブラントはマイペースだな」
シェリルはウェイドは嫌いだがオリヴィアは気に入っていた。
「どうなることやら。シェリル、お前も参加する?」
シェリルは首を横に振った。
「いい。幼馴染みの交流の邪魔はできない」
「交流って……仕事だよ」
「なんか少年探偵団みたいだな」
シェリルはまた笑う。
「確かに……って、うるせぇよ!」
鈴宮は行く先を不安に感じながら、帰路についた。
オリヴィア・ブラント
探偵。
フランス人。
18歳。
好きなものはミックスジュース。