第2章 第5話
翌日、朝の空は真っ青だった。
「今日はとってもいい天気ね、アヤ」
大きな荷物を持って、セリーヌが笑いかけた。
「それ……家に帰る準備?」
「違うわ。いつまでもシェリルちゃんの家にお世話になっていられないし……カールの家に運びに行くの。寄ってもいい?」
「オッケー」
鈴宮は首を縦に振った。気を利かせて、セリーヌから荷物を受け取ろうとしたが、こちらに渡す気配はなかったので諦めて隣を歩いた。
カールの家に荷物を運び、待ち合わせの午後四時になるまでずっとカールの家にいた。セリーヌは朝から気が張っていたので長い待ち時間が緊張をほぐしたようだった。そしてとうとう病院に向かった。
「珍しくちゃんと時間を守るのね、パパ」
会った途端にセリーヌは嫌味を言った。ジェイムスは顔色を変えることなく、黙って座っていた。
「……相変わらずなんだから」
溜め息をつく。長い間家出をしていたわけではないのに、彼女たちは随分顔を合わせていないようだった。
「初めまして。修復屋のアヤ・スズミヤです」
鈴宮は丁寧に挨拶をして、ペコリと頭を下げた。ジェイムスも椅子から立ち上がり、手を差し出した。
「ジェイムス・ボワローだ。娘が迷惑を掛けたようだね。すまない」
二人は握手した。
「いえ、俺は何にも。あっ、ご安心を! ちゃんと女友達の家に泊まって貰いましたから!」
鈴宮が慌てながら弁解した。セリーヌはその様子を見て少し複雑な顔をした。
「パパは私のことなんか全然心配してないわよ」
セリーヌは静かに、そして冷たく言った。鈴宮は少し驚いたようにセリーヌの方を見て、再びジェイムスを見た。
「……じゃあ本題に入りましょうか」
気まずい雰囲気の中、鈴宮が話し始めた。
「まず……俺の持っている情報は全て知り合いの情報局から入手したものです」
「そんな便利なものがあるのね」
「あー……裏専門だからね」
鈴宮は控え目に笑って言った。
「……それで、知り合いは何て言ったのかい?」
「あ、はい。俺は『ボワロー病院について知らないか』と聞きました。まぁ様々な情報があったんですけど、一番重要な事実が分かったんです」
「一番重要な事実?」
「そう、君のお父さんがずっと隠していた事実さ」
ジェイムスは何も喋らない。セリーヌは不審そうにジェイムスの顔を見る。
「……賄賂ってこと?」
ピクッとジェイムスの肩が動いた。セリーヌはそれを見逃さなかった。
「そうなの?パパ。ずっと悪いことしてて、それを私たちに隠してたの?!」
セリーヌが早口で巻くし立てた。ジェイムスは何事もなかったかの様に、ゆっくりと娘を見た。
「私は……娘たちにそういう風に思われているとは思いもしなかった。……残念だ」
セリーヌの顔がみるみる赤くなった。
「じゃあ何だって言うの! パパ、何にも言ってくれないじゃない!」
一息で続ける。
「ママの時もそう! 追い掛けもしないで……それで何が分かるって言うの!?」
セリーヌはもう泣きそうだ。
「違うんだ、よく聞いて。ね? セリーヌ」
鈴宮が、セリーヌをなだめた。優しい声で。
「ジェイムスさんは診察料を他の病院より多く取っている。でもこれは政府に公認されていることなんだ」
「政府が公認……?」
「あぁ、ジェイムスさんは“幸せな家”の理事長だからね」
「“幸せな家”? そんなの聞いたことないわ」
「そうだろうね。もっと田舎の、とても小さな町にあるから」
セリーヌは納得いかない顔のまま、椅子に座りなおした。それから、ジッと父親の方を見ていた。
「アヤ、その“幸せな家”っていうのはどんなものなの?」
「……それは私が話そう」
ジェイムスが閉じていた目を開けた。鈴宮はお願いします、と伝えてから黙った。
「“幸せな家”は孤児院だ。病気で親を早くに亡くした子どもたちを主に預かっている」
「……孤児院?」
「ルーシーが産まれた後に丁度その話が政府から舞い込んできてね。そこを運営するための金が必要だと頼まれた。しかし、ただでさえ高い税金だ。市民から余分にお金を集めることはできない。そこで診療料が目をつけられた」
ジェイムスは淡々と話し続ける。セリーヌの顔は不安げだ。
「診察料を余分に取っても患者が絶えないのはこの地域しかないと言われた。親父は患者に悪いと反対したんだがね」
「……どうしてパパは引き受けたの?」
「小さい頃から、親を病気で亡くした子どもたちをずっと見てきたからな。孤児院でも無いよりはマシだ」
「……」
セリーヌは何も言わなかった。
「ジェイムスさんは毎月、余分なお金をきちんと孤児院に届けてるよ」
鈴宮が付け足した。ジェイムスはちゃんと責任は果たしている。
「ママは……? 知ってるの?」
「コニーか? 知ってるよ」
「じゃあ何で家を出てったのよ」
「……コニーは早とちりしたんだ。一度、孤児院に行って帰ってきたら、コニーが粉ミルクの臭いがすると言ってな。まぁ、赤ん坊もいるから当たり前なんだが……。私に他の女性の子どもがいると思ったようで……」
鈴宮がクスリと笑った。肩を小刻に震わせている。セリーヌはそれをキッと睨んで、それから父親を見た。
「ママも知ってるなら、どうして帰って来ないのよ?」
「コニーはそこで保母さんをやってるよ。三ヶ月だけ家を空けると言ってたが。伝えなかったか?」
「聞いてないわ! もう! 早く言ってよ!」
セリーヌは父の勘違いに腹を立てた。丁度その時、ルーシーがおどおどと部屋に入って来た。
「ルーシー! どうしたの?」
姉は優しく声を掛けた。
「お姉ちゃん、パパ。ジョアンのお母さんを助けてあげて」
「……そうよ、そうよパパ。孤児院と人を助けるのは別だわ。病気の人を治すのが医者でしょう?」
セリーヌはルーシーの頭を撫でながら、真っ直ぐに父親の目を見た。
「ダッジさんの病気は直に治る。あれは過労だ。十分休めば大丈夫」
「でも、パパ! ジョアンはパパに重い病気だと言われたって言ってたわ!」
「そう言わないとゆっくり休まないだろう?」
娘二人は口を大きく開けたまま固まってしまった。鈴宮だけが笑っている。
「でも! アヤ! あなたも治療すれば治るって言ったじゃない!」
「あー……休養という名のね」
ケラケラと笑う。セリーヌは顔を真っ赤にして怒った。
「ヒドイ! 騙したのね! もう二度と依頼しないわよ!?」
鈴宮は笑ったままだった。
「じゃあ、ジョアンのお母さんは大丈夫なの?」
「ああ」
ルーシーの顔がパアッと明るくなった。
「ジョアンに伝えてくる!!」
ルーシーは扉をドタンと開けて、階段を駆け降りて行った。
「……でも、パパ。お金が高すぎて診察を受けられない人だっているわ。診察料を余分に取るのは、あんまり賛成できないわね」
「……それは分かっている。しかし政府から口止されていてね」
「でも……!!」
「……娘にここまで訴えられたらな。政府に掛け合ってみよう。患者に理由を話して、了解してくれた人にはお願いしようか」
その日初めてジェイムスが笑った。
「パパ!! ありがとう!」
セリーヌはジェイムスに抱きついた。父は優しく頭を撫でた。鈴宮は離れた所で微笑みながらそれを見ていた。
「アヤ、ありがとう。本当にありがとう」
「仕事ですから」
鈴宮はニコッと笑った。セリーヌは鈴宮の手を取ったまま放さない。
「……ねぇ。アヤ」
ジッと鈴宮の目を見た。鈴宮はゆっくり目を反らした。
「……何?」
「ふふふー。何か隠してるでしょ?」
「ん? 隠してないよ」
鈴宮は目を合わさない。セリーヌは握った手にグッと力を入れた。
「いたっ!」
「カールから電話があったの。心当たりは?」
「ない……ことはない?」
セリーヌのニッコリ顔は不気味に光る。
「ねぇ。カールの秘密って何? 彼、私に教えてくれないのよ」
「いやぁ……二人の問題だし」
「謝礼アップ!!!」
「ぐっ。アップ?」
鈴宮は完全に金につられている。セリーヌは余裕の笑みだ。
「仕方ない。実はカールも“幸せな家”の出身者なんだよ」
「えっ!? 私、そんなこと聞いてないわ!」
「それが実際2、3年しかいなかったらしいからね。ジェイムスさんはあんまり顔を出さないみたいだから、知らなかったみたいだけど」
「……ちょっと待って?」
「何?」
セリーヌがスッと手を前に出した。鈴宮はビクッと後ずさった。
「もしかしてパパのこと、私よりも先にカールに話したの?」
「……」
「アヤ! 正直に言いなさい!」
「……そうです。すいません」
鈴宮はうなだれて、元気さは一欠片もない。
「もう! どうしてよ!」
「カールに、一緒に行けないから心配だって言われて。今度カフェテリアで奢るって言うからさ」
ごもごもと言い訳した。セリーヌはジッと睨んでいる。
「つまり、食べ物につられたわけね?」
「はい」
ショボンとしている。セリーヌはふっと表情を和らげた。
「仕方のない修復屋さんね!いいわ。許してあげる」
「サンキュ」
遠慮しがちに笑ってから、修復屋は帰って行った。
「ねぇ、カール。今度私も“幸せな家”に連れてって?」
「いいよ。一緒に行こう。子どもたちが喜ぶよ」
「あ、そうだ! パパも連れてきましょうよ! 理事長のくせに顔を出さないなんて、おかしいわ」
「それは良い案だ」
「早く行きたいな」
これで第2章も終りです!どうだったでしょうか?コメントなど、よろしくお願いします!次は新しい仲間が出てきます!お楽しみに!