第2章 第4話
「話って何?」
鈴宮と向き合って座っているセリーヌは余裕のある顔をしている。反対に鈴宮は苦笑いだ。
「嫌だなぁ。勘がいいっていうのは……」
鈴宮は溜め息混じりに呟いた。セリーヌは意地悪そうな笑い顏だ。
「……今日、ルーシーに会いに行って来たよ。そこでジョアン・ダッジにも会った」
「あら、ジョアンにも会ったの?」
ちょっと意外そうな顏をした。彼が病院まで来るとは考えなかったのだろう。
「ジョアンの母親にも会った。そうだな、見た感じじゃ、ちゃんと治療をすれば治る病気だな」
「へぇ、すごいのね、アヤ。病気も治せるの?」
「痛みを和らげるくらいならね」
鈴宮は無理矢理笑う。
「それで……ルーシーがセリーヌの家出は自分のせいだと言ってるんだ」
「ルーシー。違うと言ったのに」
セリーヌの顏は悲しそうだった。下ばかり見ている。
「君はジョアンの母親の話を聞いた途端に父親と喧嘩したらしいね。何故?」
「うーん、そうね。パパのやり方は昔から気に入らなかったし、ママの件もあったしね。もう知ってるんでしょう?」
「あぁ」
鈴宮が頷くのを見ると、セリーヌはクスリと笑った。
「パパが何してるか知ってる?」
いつもより低い声。
「あぁ」
「そう。言うまでもないかもしれないけど、……パパは診療費を余分に取っているわ。もう犯罪よね」
ふーっと大きな溜め息をつく。悲しそうだ。
「でも捕まらない?」
「えぇ。多分賄賂でも渡してるんじゃないかしら」
セリーヌの顏が曇る。シェリルは隣でただ窓の方を見ていた。
「この辺りに病院はうちぐらいしかないから、たくさんの病人が来るわ。彼らに申し訳なくて……」
鈴宮は黙ったまま、セリーヌの話を聞いていた。セリーヌは額を押さえて顔を隠すようにしていた。
「パパは自分のことしか考えてないのよ……」
「君はルーシーの話を聞いて、とうとう我慢できなくなった?」
「……そうよ。本当にそう。ジョアンはいつもルーシーに良くしてくれるいい子で、その子のお母さんが苦しんでる。それなのにパパはタダでは見れない、って言うのよ。余分なお金を一杯持っているくせに」
セリーヌの語調が次第に荒くなってきた。あの時の怒りを思い出した様だ。
「……ごめんなさい。ちょっと熱くなっちゃったわね」
今日のセリーヌの笑顔は元気がない。
「俺は……真実を知ってるんだ。でも、これは君の父親の口から知った方がいいね」
「……真実?」
「ああ。何があったか、という話だよ」
そういうと鈴宮は立ち上がった。セリーヌの隣に立って、手を差し出した。
「もうすぐカールが来る。ちょっと話したら? 辛いことを言わせて、ごめんね」
「ありがとう、アヤ。意外と紳士的じゃない?」
鈴宮は思いっ切り、やられた、という顏をした。
20分後、カールがスコット家に来た。セリーヌは外に出てカールと散歩に出掛けた。
「あー疲れた! 泣かれるかと思った!」
無駄に大きな声を出して、鈴宮はソファに座った。
「修復屋は女を舐めてる。女はそう簡単に泣かないぞ」
シェリルは隣に座って、ぶつくさと文句を言っている。そしてスーシャお手製のアップルパイと紅茶を出した。
「おっ! アップルパイじゃん! 今日はついてるな! 一日に二回目もデザートが食べられるなんて!」
フォークを取って、嬉しそうにはしゃぐ。やれやれ、と言った調子でシェリルは見ていた。
「ばーちゃんは?」
「寝ちゃった」
「早いな! まだ十時なのに!」
「いつもそうだよ。今日はまだ遅い方だ。元気だって言っても、もう年なんだから」
シェリルは大きく伸びをした。
「へぇ、じゃ、夜中はいつも一人なのか、お前。寂しいなー」
「……そんなこと、ない」
コクっと紅茶を飲みながら、シェリルは自分にいい聞かせるように言った。
「慣れてるよ、一人には。私は小さい時からばーちゃんと暮らしたことしかないからさ」
「うーん……よく考えたら、俺も人のことは言えないな。遥しかいなかったし」
「ハルカさんだけで充分だ。あの人は三人分位、騒がしかったから」
鈴宮はアップルパイを食べながら、ちょっと笑った。
「言えてる」
シェリルは天井を見ながら、ポツリポツリと話し始めた。
「セリーヌの話を聞いてて、彼女には悪いけど、羨ましかった。私は父さんと喧嘩したこともないから……」
鈴宮は食べるのを止め、考えた。考えたことも無かったが、自分にも経験はない。何故だろう? 頭がズキリと痛んだ。喧嘩したい訳じゃないけど、と何でもないことの様に言い放つシェリルはいつもより大人っぽく見えた。
「シェリルは偉いな」
鈴宮はポンポンとシェリルの頭を叩く。シェリルはキッと鈴宮を睨んだ。
「子供扱いするな!」
「いーや、その逆だ。大人だなぁと思っちゃったよ」
軽く笑う。しかしシェリルは納得いかない顔をしていた。
「修復屋は? ハルカさんがいなくなって一人だろ。寂しくないの?」
「……そうだよな。そういや俺も一人だった。寂しいかぁ。そうだなぁ、でもアイツ、夜中は博打ばっかだったからさ。元々いなかったし……」
一つずつ思い出すように、鈴宮は話した。シェリルは黙ってそれを聞いていた。
「うん。今はもう慣れたな」
「……同じじゃないか、私と」
そうだなー、と笑う鈴宮がシェリルには無理をしているように見えた。
「まぁさ、寂しくなったら電話しろよな!何時でもオヤツを食べに来てやるからさ」
「……」
シェリルは鈴宮に背を向けた。
「ん? どうした?」
「なっ、何でもない」
そう言ったシェリルの顏は少し赤かった。
「カール、私は何か間違えちゃったのかしら?」
二人並んで夜の公園を歩いていた時にセリーヌが呟いた。
「ふっ、どうしたんだよ、いきなり。セリーヌらしくないなぁ」
カールは思わず噴き出してしまった。それほどセリーヌの弱気は珍しいのだ。
「笑わないでよ! 失礼ね!」
「ごめんごめん!」
こういう風にじゃれあう二人はとても仲の良いカップルに見える。
「……私ね、ママが出ていった時、止めなかったの」
ポツリと言う。
「どうしてかしら? ママも悪い気がしたの。おかしいでしょ?」
「そう?」
「そうよ。だって、私もママと同じ理由で家出して来たんだもの」
ふふ、と笑っているような、笑っていないような顔をしていた。セリーヌはカールの手をギュッと握る。
「私ね、パパが必死に仕事してるの、知ってるの」
「うん」
「夜中にね、こっそりと私たちの成績を見てたことも知ってるの」
「……うん。ちょっと俺は勘弁だなぁ」
「後ね、頭かかえて必死に悩んでたことも知ってるわ」
「うん」
「私ね、私……パパに構ってもらいたかっただけなのかしら」
「うん」
「もうっ! カールったら! さっきから『うん』としか言ってないじゃない!」
「うん……あ、ごめん」
セリーヌは微笑みながらカールの肩に持たれかかった。そして二人は帰路についた。
「あ……遅くにすいません。ジェイムス・ボワローさんですか?はい。自己紹介遅れました、街の修復屋、アヤ・スズミヤです。お宅のお嬢さんがいらっしゃってて……はい。そうです。明日、セリーヌさんと病院に行こうと思ってます。本当のことを知りたいのだと。……すいません、知ってるんです。“幸せな家”のことを……。はい。本当は事前にお会いしたかったんですが……そうです、セリーヌさん、焦り性だから待てないみたいで。すいません。はい、ではまた」
店に帰ってから、鈴宮はヒッソリと電話を掛けた。ふーっと、ソファに座り、顔をしかめた。
「すっごい冷静。“幸せな家”に触れてもスルーするなんて、予想以上だぜ、セリーヌ父!」
と、鈴宮は一人呟いていた。
そして翌日、鈴宮はセリーヌと共に病院へ向かった。