第2章 第3話
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鈴宮、ルーシー、それとジョアンと呼ばれた少年は向き合って座り、黙ったままだった。鈴宮は自分が嘘をつくために利用した少年がルーシーの家にいる理由が見付からなかった。
「私のせいでお姉ちゃんが出ていったって言ったでしょ?」
ルーシーが暗い声で言った。鈴宮はただ「あぁ」と反応した。
「ジョアンは私のクラスメートなの。ずっと仲が良くて……」
ルーシーがめそめそしているので、ジョアンは肩を支えてあげている。
「ジョアンのお母さん、病気なの。とっても重い病気。でも……お金がないの」
そう言われた瞬間にジョアンは辛そうな顔をしたのに気付いた。そう、ルーシーなりの優しさだ。ただ男のプライドもある。それが分かってしまう鈴宮は複雑な気分になった。
「私、パパに頼んだの。ジョアンのお母さんを助けてあげてって。…だけど、駄目だったの」
ルーシーは泣き始めた。ジョアンの顔が歪む。
「ジョアンのお母さん、とってもいい人で、大好きだからって言ったのに……」
鈴宮は黙ったままだった。何も言ってはいけない気がした。ルーシーにとっても、ジョアンにとっても。考えなしに関わってはいけない。
「お姉ちゃんに相談したら、急に怒ってパパと喧嘩したの」
「……それでセリーヌは家を出たんだね」
「そう……」
うつむいたまま返事をした。鈴宮は立ち上がって、ニコッと笑った。
「大丈夫! お姉ちゃんは俺が連れ返すよ! あと、ジョアン、君も心配しないで。俺を君の家まで連れてってくれるかい?」
ルーシーとジョアンは顔を見合わせて、大きく頷いた。
ジョアンの家は小さかったが温かかった。ジョアンは五人兄弟の長男で、下の弟や妹の世話をよく見る、しっかりした少年だった。
「母さん、ただいま。今日はお客さんを連れて来たんだ」
寝ている母に近寄って、ジョアンは手を握った。
「初めまして。修復屋のアヤ・スズミヤです」
軽く会釈をした。ジョアンの母もゆっくりと体を起こし、挨拶をする。
「あ、無理しないで下さい。俺は貴方を治しに来たんですから」
修復屋はニコリと笑う。
鈴宮はジョアンに針はないかと家中を探させた。ジョアンの妹の一人が見付けて持って来た。
「母さんに何をするの?」
ジョアンは不安げな顔をした。鈴宮は針を火であぶって消毒しながら、
「大丈夫だって! ……あつッ!」
と火傷した。ますます心配になった。
「本当に大丈夫? やったことはあるの? 母さん、余計に悪くならない?」
鈴宮の周りをそわそわとうろついた。
「ジョアン、俺は修復屋だぜ? 余計に悪くなんかするもんか」
と、鈴宮は不満そうな顔をしている。そうかなぁ、とジョアンは力なく呟く。
「よし、準備完了! ジョアン、お母さんを起こしてあげて」
テキパキと指示された通りにジョアンは動いた。鈴宮は起き上がったジョアンの母親の背や腕や足の色んな場所に針を刺した。それを見て、悲鳴をあげて泣き出した子どももいた。
「修復屋さん、それ、痛そうだよ。大丈夫?」
「ジョアン、心配しすぎ! 痛そうだけど、コレが結構効くの! ツボってやつなんだけどな」
ジョアンはチロリと母親を見た。思ったより痛そうではなく、青かった顔も次第にマシになってきた様な気がした。
「すごい! さすが修復屋さんだ!」
興奮して、誉めちぎるジョアンに満更でもないように鈴宮が続けた。
「当分はお母さんも辛くないと思うよ。ただ、俺は痛みを和らげるしかできない。後はやっぱり医者の仕事なんだ」
ジョアンは落ち込んだように、だけどしっかりした声で「うん」と言った。
鈴宮がジョアンに出されたミルクを飲んでいる時だった。ジョアンは鈴宮の隣に座り、黙ってミルクを口にしていた。
「……なぁ、ジョアン。今日、お前がルーシーの家に行ったのは、助けてもらうのを断る為か?」
ジョアンは少し驚いて、始めのうちは話さなかったが、ゆっくりと首を振った。
「ルーシーは優しいし、大好きだよ。でもルーシーに頼ってばかりは嫌なんだ。僕だって男だ。それに、ルーシーに泣かれるのは嫌だ」
ジョアンの声は急に大人びた様に聞こえた。鈴宮は微笑んで、そしてミルクをおかわりした。
「あっ、母さんのお金!ちゃんと払うよ!」
「いいさ。この美味しいミルクが修復代だ」
鈴宮はミルクを美味しそうに飲み干した。
鈴宮はフラフラと町を歩いていた。手に持っている紙切れを見ながら、辺りをキョロキョロと見ていた。
「あった」
鈴宮は小さなカフェテリアに入っていった。
━カランカラン
鈴宮は窓際の日の当たる席に座った。
「ご注文は?」
「じゃあ……ブラック」
ウエイターが聞き覚えのある声に気付き、客の顔を見ると、先日自分が殴った左頬が痛そうな修復屋が笑っていた。
「アヤさん! どうしたんスか?」
さすが元ボクシング部だ。大きな声だった。鈴宮はちょっと耳を押さえながら言った。
「いや……ちょっとボワロー家のことについて知りたいことが」
カールはあぁ、と相槌を打って、店長の方へ走って行った。数分後、私服に着替えたカールが戻って来た。
「仕事が終わるまで待ってたのに」
「いや、大丈夫です。店長もセリーヌを気に入ってて、セリーヌの一大事なら許すって」
カールの豪快な笑い方は気分が良かった。
「じゃあ、遠慮なく……。今日、病院に行ったんだ。で、ルーシーに会ったんだけど、家出は自分のせいだと言ってるんだ」
カールはパイナップルジュースを飲んでいる。ここのお勧めだそうだ。
「ルーシーのせい、ねぇ。確かにセリーヌもルーシーの問題が原因だとは言ってました」
「セリーヌがルーシーの話を聞いた途端に怒ったらしいんだ」
「感情起伏は激しいですが……元々親父さんを良くは思ってなかったみたいですね」
鈴宮はコーヒーを飲みながら、考え込んだ。
「親父さんのやり方が気に入らないって。仕事の方針とか」
「セリーヌのお母さんは?」
「あー…家出です。似てるでしょ?」
クククっと笑った。鈴宮の方は苦笑いだ。
「それもセリーヌと同じ理由?」
「多分」
コクリと頷いた。
「どういうやり方か知ってるか?」
うーん、とカールは考えた。
「いや、異様に診療費が高いとか……じゃないですか?先代は人気ありましたからね」
「成程。やっぱり調べてみる必要があるな」
鈴宮はありがとう、と言って店を出ていった。
「あー、ウェイド? 俺。アヤ・スズミヤ。……金? もうクドイよ、お前。……うるせっ! 耳元でデカイ声、出すなよ。あのさ、また情報が欲しいんだけど。……条件付けるのかよ! じゃあ、美味しいパイナップルジュースを奢ってやろう! ……え? それでいいの? お前、安いな。……え? 無いよりはマシ? うん。そーだな。じゃあ、メモを用意しろ。言うぞ」
延々と公衆電話で話し続けた。鈴宮の隣を通る散歩中のピンシャーが可愛かった。
鈴宮は夕方、夕飯を頂くためにスコット家に出掛けた。セリーヌの様子を見るためもある。
「お邪魔しまーす」
鈴宮はドアを何気無く開けた。中を見た途端、吹き出してしまった。
「ぶはっ……何だよ、それ。ウケる!!」
そこには大人っぽい黄緑色のワンピースを着て、プラチナブロンドの髪を高く上にまとめたシェリルが立っていた。多分、セリーヌの服を借りたんだろう。隣のセリーヌも同じ様な格好をしていた。違うのは、彼女の方はしっくりしていた所だ。
「何? パーティでもすんの?」
鈴宮は笑いが止められなく、お腹を押さえながら笑っていた。
「……」
シェリルはいつもの元気は無く、黙ったままだ。代わりにセリーヌが怒っていた。
「失礼ね、アヤ。シェリルちゃん、おかしくないわよ! とっても可愛い」
鈴宮は黙っているシェリルの顔を覗き込んだ。
「へぇ、意外とお嬢さんだな、シェリル」
何気無く言った一言なのに、シェリルはそっぽを向いてしまった。
「そんなに怒るなよ、シェリル。笑ったの謝るからさ。ごめん、ごめん!」
手を合わせて謝る鈴宮を見て、セリーヌは笑っていた。そこで鈴宮の携帯電話が掛ってきた。
「お、電話だ」
鈴宮が電話を取ろうとした途端に、シェリルが先に奪った。
「ちょ……待て! 勝手に出るな! シェリルちゃん!」
「はい。ゲッ、ハサウェーだ。じゃ、サヨナラ」
「待て! ハサウェーってウェイドじゃないか! 待て! 代わってくれ! おい! シェリル様!」
電話が切られたのを見て、鈴宮はガクッとした。電話代も馬鹿にできないのだ。スーシャはカカカ、と笑って楽しそうだった。
「アヤ。ここの電話を使えばいいじゃないか」
スーシャは自分の家の電話をクイッと指差した。すぐさま、鈴宮の顔が輝いた。
「いいの!? 素敵! さすがスーシャおばあさま!借ります、借ります!ありがとう!」
バッと鈴宮は電話の方に走って行った。シェリルは呆れて溜め息をついた。
「……そうか。ありがとな、ウェイド」
静かに電話を切って、鈴宮はテーブルに戻って来た。
「うわ、美味そう! まともな飯なんて久しぶりだなぁ」
楽しそうに鈴宮は笑った。それから皆で楽しく会話をしながら夕食を食べた。
それからデザートを食べている時に鈴宮が話し始めた。
「セリーヌに話があるんだ」