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第2章 第2話


 殴られた左頬を冷やしながら、鈴宮はぼーっとしていた。状況を把握しきれない。何故、自分が殴られたのだろうか?

「修復屋さん、すいません。俺、どうやら勘違いしてたみたいで……。あ、俺、カール・ソディっていいます」

謝りながら片手を差し出した。何となく握手をして、頭を働かせた。

「あ……自己紹介遅れました。アヤ・スズミヤです。えっと……勘違い?」

カールの隣にいたセリーヌが彼氏の背中をパシパシ叩く。

「カール、彼、怒ってるわよ! 顔に傷が残ったらどうするんだ! って言われちゃうわよ。ホラ、もっと謝って!」

「言いませんよ!」

すぐさま鈴宮が否定すると、セリーヌはニヤッと笑った。

「良かったわね、カール! 修復屋さんは許してくれたみたいよ?」

うん、とカールがセリーヌを見る。

「え……いや、まぁ、もういいですけど……」

上手く丸め込まれた鈴宮はガックリする。まだ左頬は痛い。更に痛みが増している。

「セリーヌの友達に連絡したら、他の男のトコに行ったって言うからつい……」

「やだぁ、もう!タリーったら! 人聞きが悪いんだから!」

セリーヌは楽しそうに文句を言った。鈴宮はうなだれた。セリーヌのテンションには付いていけない。

「安心してください。ミスター・ソディ。知り合いに老人と娘の二人で暮らしている家族がいるんでね。少しだけそこに頼んでみます」

依頼なのでね、と溜め息混じりに付け足した。

「ありがとう! えっと……アヤくん?」

セリーヌが高い声をあげた。

「アヤでいいですよ。ボワローさん。ちょっと待ってて下さい」

「あら、ボワローは止めてよ!パパを思い出しちゃう。セリーヌとカールよ。よろしくね!」

やれやれというように鈴宮は笑った。



七時くらいに鈴宮とセリーヌはシェリルの家に着いた。カールも着いていく、と言ったのだが、カフェテリアでのバイトがあったために先に帰った。正しくはセリーヌに帰された。

「こちら、セリーヌ・ボワローさん」

「初めまして。お世話になります。セリーヌって呼んで下さいね」

愛想のよい笑顔でセリーヌが軽く会釈した。

「で、こちらがスーシャ・スコットさんと孫のシェリルさんです」

鈴宮が二人を指して言った。スーシャは手を差し出して、セリーヌと握手をした。しかしシェリルはまだ警戒しているようだった。

「私、シェリルちゃんに嫌われてるのかしら?」

セリーヌがコソッと鈴宮に耳打ちをする。ますますシェリルが不機嫌になった様に見えた。

「いや、アイツは元々人見知りするから気にしないで」

そうなの?とセリーヌは呟いた。シェリルはわざとフンッと顔を背けた。スーシャは孫を咎めることもなく、笑っているような顔をしている。そして少し雑談した後でスーシャはセリーヌを家の中に案内した。

「じゃあ、悪いけどよろしくな。ちゃんとお礼するからさ!」

残ったシェリルに鈴宮が言った。シェリルはジッと鈴宮を見つめて

「バーカ!」と言い残して家の中に入った。



左頬が腫れてきた。平穏が訪れた修復屋で、鈴宮はソファで寝転んでいた。

「いってぇ……」

わざと声に出してみる。もしかしたら痛みが退くかもしれない。しかし無駄だった。もっと痛くなった様な気がした。

「はあ」

偶然にも医者にかかる理由ができてしまったことを鈴宮は嘆くことしか出来なかった。


「ねぇ、シェリルちゃん! シェリルちゃんは今、何歳?」

結局シェリルの部屋に泊まることになったセリーヌがパジャマ姿で話し掛けた。

「……17歳」

ボソリと、しかし睨みつけるようにシェリルは言った。

「17歳!? ビックリ! 若いのねー!」

シェリルは155センチ程しかないので、いつも15歳位に見られる。若いんじゃない、幼いんだ。シェリルはそれがコンプレックスだった。

「ねぇ、シェリルちゃん。私のこと、嫌い?」

セリーヌの唐突さに驚いた。初めて会ってからまだ三時間しかたってないのに核心につくようなことを聞くなんて、と目をパチクリさせた。

「好きじゃない」

シェリルは何とも曖昧な答え方をした。セリーヌは首をえー?と言いながら曲げた。その仕草が可愛らしくて、シェリルはちょっと悔しかった。

「好きじゃないって言われても、私、どうしたらいいか分からないわ」

「……どういう意味?」

「嫌いと言われたら話し掛けたりしないし、好きと言われたら友達になろうと思うわ」

シェリルはフッと思わず笑ってしまった。

「何よぉ」

セリーヌがちょっと不満そうに顔を覗かせる。シェリルはパッと顔を背ける。

「……正直者」

シェリルはセリーヌの正直さは嫌じゃなかった。

「あっ、傷付けた?ごめんなさい」

セリーヌがあたふたとした。シェリルはちょっと戸惑いながらも、

「大丈夫」と微笑んだ。


かれこれ一時間は話しているんじゃないだろうか?女の子のお喋りはとても長い。

「ねー、シェリルちゃん。アヤの黒髪って綺麗ね。偏見じゃないけど、日本人はは皆、あんなに真っ黒なのかしら?」

いきなり変わった話題にシェリルが過剰反応した。少し警戒の目だ。

「……」

「うん……色が綺麗。今日、初めて会ったけど、気に入っちゃった」

セリーヌが思い出したかの様に言う。シェリルは黙ったままだ。

「毛質も良さそう。ボサボサだったけどね」

ふふ、と楽しそうに笑う。

「好きになった?」

シェリルは言ってしまった後にハッとして、口に手を当てた。セリーヌはジッとシェリルを見て、そして笑った。

「好きよ、好きになれそう。……もちろん、友達としてね!」

セリーヌが意地悪な笑いをする。シェリルは顔を赤らめた。

「ちっ、違う! 勘違いしないで!」

シェリルの慌てようが可愛かった。セリーヌは方肘をついて、シェリルを見つめた。

「何がー?」

「うっ、きっ、気にしないで!」

「気になるわ。ハッキリ言ってよ」

キッと泣きそうな顔でシェリルがセリーヌを見た。

「意地悪だな!」

セリーヌはケタケタと笑ってしまった。可愛い。まるでもう一人、妹ができたみたいだった。

「ねぇ、どうしてアヤって呼ばないの?」

シェリルは顔の熱をパタパタと手で冷まさしているところだった。

「……アヤって名前は、アイツの好きな人がつけた名前なんだ」

プッとセリーヌが吹き出した。シェリルはまた顔を赤くした。

「焼きもちー? かわ……可愛いっ、シェリルちゃんってば!!」

「うっ、うるさい!」

久々にスコット家の夜は賑やかだった。



翌日、鈴宮が鏡の前を立つと唖然とした。殴られて腫れていた左頬が真っ青になっていた。

「うわっ……ヒドッ……」

いつまでも殴られたことを引きずるのは女々しいと思った。しかし、これは酷い。さすが、セリーヌ曰く、元ボクシングクラブだ。鈴宮はいそいそと顔を隠す物を探した。結局、布を左頬に当てて隠すことしか出来なかった。今日は医者に行かなければならない。ルーシーが見たら、人を呼ばれてしまうんじゃないか?と心配になった。



ボワロー医院は大きかった。鈴宮が入るのは二度目だったが、何度来ても驚く。

「診察券はありますか?」

私服姿の事務員が訪ねる。

「あ、すいません。無いです」

もう二度と来るもんかと、捨ててしまったのだ。事務員は作り笑顔で新しい診察券を作る為の紙を渡した。鈴宮は嫌々ながらも、おとなしく書いた。

「じゃあ、診察まで待ってて下さいね」

鈴宮は待合室を見渡した。人がうじゃうじゃいた。これでは順番は当分来そうにない。鈴宮は二階に上がる階段を探した。


階段は診察室の中に在るようだ。待合室で雑誌を持ったまま、キョロキョロしていたら発見した。

「どうやって中に入ろうか」

鈴宮は少し考えた後、スクッと立ち上がって、診察室の入り口にいる看護婦の所へ行った。

「すいません、先に俺の弟が来てて……中に入ってもいいですか?」

看護婦は笑顔で

「どうぞ」と中に入れてくれた。鈴宮は中学生くらいの少年が診察室へ入って行くのをチェックしといて良かったと思った。

階段を人に見付からないように上るのは簡単だった。人が多いので、皆がてんてこまいなのだ。柵を乗り越え、階段を上った。

辿りついた場所もやはり広かった。チャイムを鳴らすと、明るい少女の声がした。

「はい、どちら様?」

「セリーヌさんに頼まれた者です」

「お姉ちゃんに? ……分かった。開けるわ」

正直に言って良かった。診察室からしか上がれない入口なのに、人が来るわけないと向こうも警戒していたようだ。

「入って……」

出てきたのはセリーヌによく似た少女だった。違うのは真っ直ぐな髪の毛だ。ルーシーはリビングに案内した。

「お姉ちゃん、今、どこにいるの?いきなりいなくなっちゃって、心配してるのよ」

ルーシーは涙ぐむ。鈴宮は少々困り顔をした。

「大丈夫だよ。元気だから」

「……顔はカールに殴られたの?」

「……大当たり。勘違いされてね」

姉を思い出したのか、クスリと笑った。

「お姉ちゃん、帰って来ない気なの?」

元気がない声で言った。

「うーん……俺は帰らしたいんだけどね。なかなか頑固で……」

「お姉ちゃんはパパに似てるの。二人とも頑固なのよ」

グスンと鼻をすすりながらルーシーは言った。

「セリーヌはお父さんと何があったの?」

鈴宮は優しい口調で話し掛けた。

「違うの。お姉ちゃんは私のせいで出ていったのよ。全部私のせいなの!」

涙を拭きながら、ルーシーは続けた。「お姉ちゃんが帰って来なかったらどうしよう!!」

━パタン

クローゼットの扉が開いた。鈴宮は口をポカンと開けたまま、一時停止していた。

「ジョアン! 出てきちゃ駄目って言ったじゃない!」

ジョアンと呼ばれた少年は鈴宮が弟と嘘をついた少年だったのだ。




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