第3章 第2話
鈴宮、ウェイド、オリヴィアの三人はオープンカフェで紅茶を飲んでいた。
「これ、ニコルからローリーの他の写真も貰って来たよ」
そう言ってオリヴィアが封筒から出した写真のローリーはどれも笑顔だった。
「うわぁ、仲がいいんだな。全部二人で映ってるじゃんか」
「うん、二人は付き合って二年目だからね。一度も喧嘩はないらしいし」
「すげ……」
鈴宮は繁々と写真を見た。
「……やけに店の前の写真が多いな」
鈴宮は気になった写真をテーブルの上に並べた。
「ホラ、これも。どいつも店の前で撮ってる」
「ホントだ」
うーん、とオリヴィアが唸った。
「アンティーク店が多いねぇ」
するとずっと黙っていたウェイドが言った。
「ローリー、いやダニー・ケイゴンはアンティーク店の店長の情報を買いに来たんだ」
「アンティーク店の?」
「アダム・デンプシー。イギリス一、デカイ店を構えてる」
オリヴィアがぽんと手を叩く。
「デンプシーね!知ってるよ、前に捜査したことがある」
オリヴィアは胸のポケットから手帳を取り出して、パラパラと捲った。
「えーっと……あーアダムとは少し話しただけかぁ。彼で三代目、妻、息子のみねぇ」
ふんふん、とオリヴィアが頷いた。
「前はどんな理由で調査したんだ?」
「うん、それがデンプシーの店のアンティークの入手方法のことなんだ。その事件に少し家具が関わっていたからね」
「入手方法……」
鈴宮はコーヒーを新たに頼み、砂糖を入れてグルグルとスプーンで混ぜている。
「ローリーの弟は?何か心当たりはないの?」
「兄ちゃんは親父と喧嘩して家出。まあ、よく有るパターンだよな」
「連絡は?」
「彼女にも無いんだろ?弟にも無いさ」
そうだねぇ、とオリヴィアが困った様に言った。鈴宮はまだかき混ぜている。
「まずアダムとローリーの関係を調べるのが先だな」
ウェイドは紅茶を飲み終えると同時に言った。オリヴィアはうん、と頷く。
「一度に三人が動いても仕方がない。アヤ、お前はアダムの店へ。オリヴィアはローリーの手掛りの聞き込みだ。俺は二人の関係を探る」
「了解!うんうん、何かいいね。こういうのも」
「オッケー、じゃ、早速行って来るぜ」
鈴宮は席を立ち、歩き出そうとした。オリヴィアもじゃあ、と手を振って後ろを向いた。
「……待て」
「「……」」
ウェイドが低い声で続ける。
「お前たち、会計がまだだぞ!?」
バッ!!二人は一目散に駆け出した。
「待てッ!人様に迷惑掛けるなって親から学ばなかったのか!!コラッ!!」
ウェイドの叫びは虚しかった。二人の姿はもう見えない。
「……ここか。アダム・デンプシーの店は」
そこは大きなアンティーク店だった。赤煉瓦がとても似合う。
━カラン
扉を開けると同時にベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
2、3人の従業員が話し掛ける。皆、皺のないとても綺麗なスーツを着ている。だらしない格好の鈴宮は少し気後れした。
「何をお探しですか?」
「あっ、いや、外装につられてつい……」
鈴宮は苦しい嘘をついた。しかし従業員は気にした風もなく、ニコッと笑った。
「そうでしょう?有名な建築家に頼んだんですよ」
へぇ、と従業員の顔をジッと見ながら言った。営業スマイルとはいえ、妙な笑い顔に鈴宮は馴染めなかった。
店内もまた感じが良く、大きな窓から見える外の緑がアンティークを美しく際立たせている。
「うわ、これ、ウチに似合いそー」
鈴宮はいつの間にか夢中になっていた。鈴宮が気になったのは、古い暖炉だった。
「お目が高いですね、お客様」
話し掛けられて、鈴宮が顔を上げるとそこには一人の男性がニコニコと立っていた。
「この暖炉はウチの商品の中でも特に人気でね。注文なさるお客様はとても多いんですよ」
「へぇ」
実はボロさが気に入っただけだったが、鈴宮は同調するように頷いた。チラリと胸のプレートを見ると『アダム・デンプシー』と書いてある。
「あなたが店長さん?」
「はい。アダム・デンプシーです。今日はどういった御用事で?」
アダムがニコニコと手を差し出した。二人は握手する。
「いや、ちょっと外装につられて……」
「そうですか」
鈴宮はアダムが自分を疑っていることに気付いた。ここにいる客は皆、きちんとした格好をしているのに、自分はだらしない。当然だと感じた。
「いや、すいませんね。こんな格好で……」
「お気になさらずに」
相変わらず笑ったままだ。
「不審な動きでもあるんですか?店長が出てくるなんて、かなり警戒してるな」
独り言の様に呟いた。
「いえね、しつこいお客様などもいらっしゃいますからね。しかし、貴方は違うようだ」
鈴宮はちょっと困った様に笑った。
「しつこいって……どんな風に?」
「お金がないのに譲ってくれとせがまれるんですよ。こちらも商売ですからね。お断りしてるんですが……」
そりゃそうだ、と頷いた。
「どうして、そんなことするんでしょうね?」
「こう言っては難なんですが、失礼なことを言いましてね。私の店の商品が盗まれたものだと。そんなことは無いんですよ。ちゃんとした所から取り寄せていますからね」
鈴宮はジッとアダムを見ている。嘘はついていないか?
「それは困りものですね。……ここの商品は何処から取り寄せてるんです?」
「各国からですが、特にお世話になっているのはステイツさんの店からですかね」
「ステイツ?」
「はい。ビル・ステイツという技工士がいましてね。とても良い物を造るんですよ」
へぇ、と鈴宮は感心した。経営者たる者は色々と考えなければならない。
「すいません、話に付き合わせちゃって。また伺わせて貰います。今度はちゃんとした格好で」
「またのご来店、お待ちしております」
そう言って、アダムは頭を下げた。
オリヴィアはローリーの彼女、ニコル・バートンと会っていた。
「ニコル、ローリーは最後に会った時、変な感じとかしなかった?」
ニコルは肩までついた髪をいじりながら言った。
「ソワソワしてたような気がする。いつも周りの目を気にしてた」
ポツポツとした話し方だ。
「ソワソワ?どうしてか分かる?」ううん、とニコルは首を横に振る。オリヴィアも困ってしまった。
「ローリーの弟のラッセルは父親と喧嘩して出て行ったって言ってるみたいだけど……」
「弟?」
「うん、ラッセル・クラコフスキー。え?知らないの?」
「うん、ローリーに弟がいるなんて聞いたことない」
ニコルはますます不安そうな顔になる。
「私、ローリーとよく家族の話をしたけど一度も弟がいるなんて言わなかった。……あっ!妹がいるって言ってた!親が死んじゃったから、妹しか家族がいないって……」
オリヴィアは手帳にスラスラとメモを取って行く。
「妹は?名前、思い出せる?」
「名前……確か、えぇと、エミィ?そう!エミィ・クラコフスキー!」
「エミィね、分かった。大丈夫、安心して。今回は心強い助っ人もいるからね」
ニコルは力強く頷いた。
「ったく、アイツら……」
ウェイドはブツブツと文句を言いながら、情報局で資料を探していた。ペラペラとアダムの情報を捲る。
「……?」
アダムのファイルに破かれた部分がある。
「アイツ!!人が必死に集めた情報を!!」
ウェイドの苛々は更に増した。ローリーが破って行ったのはアダムの友好関係に関わる部分だった。
「……友好関係ねぇ。また俺に探し直せって言うのかよ」
はぁ、と特大の溜め息をついた。
夜、三人は再び集まった。今度は修復屋だ。オリヴィアは手帳をピラピラと捲りながら、他の二人が来るのを待っていた。
「ただいまー!って、オリヴィア!早いな」
「うん、待ちくたびれちゃったよ」
頬を膨らました。悪い悪い、と言いながら鈴宮はソファに腰掛けた。
「ウェイドは?」
「さっき出たトコだって。朝よりも機嫌が悪かったよ」
「いつもだろ」
「まぁねー」
のんびりとした会話が繰り広げられている。そして数分後、修復屋のベルが鳴った。
「ウェイド、遅いよー!」
オリヴィアはそう言った後、黙ってしまった。
「お前、ソレ……」
「手伝え!!!」
ウェイドが両手に重そうに抱えているのは大量の資料だった。
「ヤダ!!俺、そういうの苦手だもん!」
「お断りだ!情報局の仕事だろ!」
ギロッとウェイドが二人を睨んだ。鈴宮とオリヴィアは後ずさりする。
「お前ら……朝の恩を忘れてないだろうな?」
ビクッとした。
「忘れたとは言わせないぜ……」
ウェイドは拳をポキッポキッと鳴らす。
「「手伝わせて下さい!!!」」
結局鈴宮とオリヴィアは一晩中、資料を整理する羽目になった。