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第1章 前編

初めての小説なので、至らない点があると思います。感想などよろしくお願いします。


 ざわつく街の中に、一際ボロい建物がある。

『修復屋』

寂れた建物に今日も一人、お客様が訪れる。



 「ごめんください」

カランカランと、錆びたベルの鈍い音がする。部屋の中は薄暗く、どんよりしている。

「どなたかいらっしゃいますか?」

爽やかな水色のワンピースを着た、ブロンドの女性が困った様に辺りを見渡した。

――何もない。日に焼けた青いソファと角の削れたテーブル。ぎっしり詰まった三つの本棚。

人の気配がしないので、女性が諦めて店を出ようとしたその時だった。

「へい、らっしゃい!」

女性はキョトンとしている。聞き取れないようだ。それもその筈。異国の言葉である。

「すみません、何て?」

「あぁ、気にしないで。いらっしゃいませ。ご用件は?」

二階から降りてきたのは日本人の少年だった。もう少しで成人になる位だろう。真っ黒な髪は、少し伸びていてボサボサだった。シャツをだらしなく着て、ジーパンをはいている。

「あっ、どうぞ。汚い所ですけど……」

ソファをパッパッと手で叩いて、促した。ソファからの埃が舞った。

「ゲホッ、ゲホッ……きったねぇ!」

少年は咳き込んだ。走って、そして窓を開けようとした。

「クッ……かたッ! オリャッ!」

ガタン。

「……」

窓が外れた。

「すみませんね、騒がしくて。で、何でしたっけ?」

壊した窓を放置して、笑顔で女性の反対側に座る。綿が出ているのをお尻で隠したのだ。

「あの……本当に修復屋さんなんですか?」

女性の顔は不安で一杯だ。

「もちろん! れっきとした修復屋ですよ! ご注文はなんなりと!」

「それじゃあ……」

お客様は静かに話し始めた。


「これ、私の祖父の形見なんです」

差し出されたのはアンティークの懐中時計だった。金色で少し傷んだ所があるが、かえって趣きがある。

「素敵な時計ですね」

少年は顎を手で触りながら呟いた。女性はちょっと微笑んだ。

「えぇ。私も気に入っているの」

「コレを直したいんですか?」

少年はジーパンのポケットからクシャクシャのハンカチを出して、それでソッと時計を取り上げた。

「? 動いてますよ?」

懐中時計はチクタクと時を刻んでいる。女性は少年の手から時計を受け取った。

「この時計、時間が遅れているの。一日一分、必ずズレるのよ」

少年はチラッと部屋の古時計を見る。古時計と懐中時計は確かにズレている。

「あ、ホントだ」

「この時計、祖父が幼い頃に住んでいた町の時計屋さんのものなの。ホラ、ここを見て下さい」

時計の裏を向けた。よく見ると、小さな鍵穴がある。

「鍵が無いんです」

「……ですね。成程、鍵が無いと時間を合わせられないんですね?」

彼女は少年の目をジッと見て、コクンと頷いた。


「懐中時計かぁ。カッコいいよなー」

少年は時計のチェーンを持ち、ブラブラと揺らした。パシッと見事にキャッチして、電話帳に目を戻す。既に三時間たっていた。延々とこの時計の製作者を探している。

依頼主はキャリー・マーティング。24歳。ここらじゃちょっとしたお金持ちの家のお嬢様だ。彼女の祖父のジョセフはイギリス郊外の小さな町に住んでいた。

「キャリーさんか……美人だったなあ」

と、その瞬間

――ボフッ

「った!」

少年は頭を押さえながら振り返った。

「まただ! 真面目に仕事しろ!」

扉の前に身長155センチ位の小柄な少女が仁王立ちしていた。

「またかよ! またラジオ壊したのかよ、お前んトコのばーちゃんはよぉ!」

少年はうんざりとしながら、頭に当てられた少女の黄色い鞄を拾った。

「……。いや、いいぞ。直してやる。丁度、小腹がすいてたんだ。報酬は食糧で!」

「違う!」

少女がすぐさま否定した。二つに結んだプラチナブロンドの髪が可愛い。

「ばーちゃんがコレ! 修復屋に、って!」

ズイッと突き付けられたのはタッパーだった。

「おぉ! 気が利くな! さすが80歳!」

「まだ78歳だ!」

「同じだよ。何かなー」

少年は嬉しそうにタッパーの蓋を開けた。

「ん?」

タッパーから異様な臭いが漂う。中には干からびた魚が液体の中で泳いでいる。

「乾かした魚を煮た! ばーちゃんがジャパニーズ料理だって。修復屋の為に作ったんだ」

少女が誇らしげに言う。

「いらん! 俺は食わんぞっ!」

大袈裟にタッパーの蓋を閉め、ズイッと少女に返した。少女は少し不機嫌になる。

「お前、贅沢だぞ。ばーちゃんは修復屋がホームシックだろうと思って作ったのに」

「俺がホームシック? 俺はコッチにいる期間の方がずっと長いんだよ! あと、ソレは日本料理じゃねぇ!」

「何を言ってる。“サシミ”というちゃんとしたジャパニーズ料理だ」

「刺身は生魚だっ! コレは刺身でも干物でも煮魚でもねぇ!」

少年がゼェゼェと息を切らしている隣で、少女は「そうか、コレは焼魚か!」と一人納得していた。

「もう帰れよ、シェリル。俺はこの通り忙しいんだよ!」

「私も用はない! この部屋汚いぞ! 掃除しろ!」

悪態を付きながら、シェリルは部屋を出ていった。

「扉を足で閉めるな!」

少年は再び電話帳とにらめっこを始めた。


「あった! これだ、コープランド時計店!」

電話帳の片隅に本当に小さく載っていた。住所はイギリスの端っこだ。

少年は電話帳を閉じ、真ん中の本棚へしまった。そしてジャケットをはおり、部屋を出た。



「やっぱ、田舎って最高! 人情味、溢れてるっ!」

少年は農家の家で夕飯をご馳走になっていた。ホワイトシチューは一つ一つの具が大きくて美味しい。

「ホラ、飲みな。ウチで採れたミルクだよ」

「おぉ! 美味そう!」

コップにたっぷりと注がれたミルクは真っ白で濃厚だ。

「少年。何処へ行きたいって?」

おじさんがパンを千切り、バターを塗っていた。

「コープランド時計店です。知ってます?」

少年はミルクをおかわりした。周りでは子どもたちがはしゃいでいる。

「コープランド? 聞いたことねぇなぁ。おい、母ちゃん。コープランドだってよ!」

「さぁねぇ。ここらに時計店があるかどうかも怪しいもんだ。この辺は農家ばかりだよ」

おばさんは子どもたちのシチューのおかわりを注いでいた。

「え? 知らないんスか?」

「あぁ。時計でも買いに来たのかい?」

「いや、俺はコレ、懐中時計を直しに来たんだけど」

少年はジャケットのポケットから時計を取り出した。

「へぇ、立派じゃないか。コレがコープランドのもんなんだな?」

少年は大きく頭を振った。部屋は暖炉のお陰で暖かい。外は雪が降りそうだ。


親切な家族の家を後にし、外へ出たら既に雪が積もっていた。少し吹雪いている。

「さむ……」

吐く息は白い。あいにく、ジャケット一枚だ。マフラーもない。

「電話帳に載ってたのに。何処へ行ったんだ?」

ウロウロと雪の中を歩き回った。ますます寒くなっていく。少年は少し大木に寄りかかり、天候が良くなるのを待つことにした。

――ズボッ

「え?」

――ズズズズズ…

「えぇ!?」

足が雪の中に沈んでいく。

――ザザザァッ

「ぎゃっ!!」

落ちた。


「ここ、どこだ?」

ほんのりと明るい光が満ちている。ロウソクだ。通路みたいな道の向こうに扉があった。

「ベニヤ板を突き破って落ちたのか、俺は」

破壊したベニヤ板の破片が雪と混ざって散らばっている。風が地下まで吹き込んで来る。

「ロウソクが消えちゃうな。直しとくべきかな?」

ポンポンと膝に付いた雪を払い除け、鞄から金槌と釘を取り出した。

「板。お、準備がいいね!」

丁度ベニヤ板が並べて置いてあった。近々修理をするつもりだったのだろう。

少年は手際良く作業を進めていく。天井が低いため、梯なしでも板を取り付けることができた。

「これでよし!」

満足そうに取り付けた天井を眺めた。そして、外へ出ようとした瞬間だった。

「どちらさま?」

少年は振り返ると、そのまま固まってしまった。

「キャリーさん?」

声の主は依頼主のキャリーに瓜二つだった。

「キャリー? 私はアンジーだけど…」

「アンジー? アンジー・マーティング?」

「コープランドよ。貴方こそ、どちらさま?」

アンジーは怪訝そうな顔付きで少年を見た。

「コープランド……地下にあったんだ。そりゃ、誰も知らない訳だ」

少年は独り言を言った。

「もう! 私の話を聞いてる? あなたは誰?」

「あ、すいません。俺は修復屋です」

ハッと気が付いて、慌てて自己紹介をした。アンジーはまだ怪しんでいる。

「どうやってここへ? 誰も知らない筈なのに……」

「木にもたれかかってたら落ちちゃって。いや、参った参った」

少年は困った様に頭を掻いた。アンジーはちょっと溜め息を付いて、扉の方を指差した。

「いいわ、中に入ったら? それより、何て呼べばいい?」

「俺の名前はアヤ・スズミヤ。よろしく、アンジー」

二人は軽く握手をした。





鈴宮綾(スズミヤアヤ)

本編の主人公。

修復屋。

日本人。

18歳。

好きなものは紅茶。


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