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読書が趣味で悪いか。

作者: ムクダム
掲載日:2026/05/16

 私だって本くらいは読む。読むのは平日の通勤中や休日の移動中といった隙間時間であることが多い。洒落た喫茶店や優雅なソファでどっしりと構えて読書に励むということはしていない。別に、洒落た喫茶店に馴染む服を持っていないとか、我が家にはゆったりできるソファがないといったことがその理由ではない。


 集中して本を読むということが苦手、というより、何か一つことに没頭するということが不得手であるということが歳を取るにつれて分かってきたのである。学生時代などは、遊びであれ勉強であれ何かに熱中することができる人を羨ましく感じ、自分も同じように没頭できるものを見つけたいと思っていたが、結局上手くいかなかった。どんなに楽しいことであっても、没頭せずチビチビと進めるのが性に合っているのだと感じる今日この頃である。


 没頭して読書をするということはしないけれど、私は自分の趣味は読書であると考えている。趣味は読書だと言うと、それは無趣味の言い換えだなどど意地悪なことを言われることもあるが、本を読んでいる時間を楽しい、充実していると感じるのであれば、それは趣味といって何らおかしくはないはずだ。

 そもそも趣味とは、自分をそういった時間の中に置くことができるものを指すと認識している。

 どのようなことであれ、自分が心地よいと思える時間を作り出せるのであれば、それは趣味と言って差し支えないだろう。読書なんて何の役に立つのかと言われることもあるが、役に立つとか役に立たないといった評価は趣味とは無関係であり、話が噛み合わないことになる。

 

 ただ、楽しい、充実しているという感覚は、単に愉快な気持ちであると言う状態を指すわけではないと思う。辛く、苦しくても充実していると感じる時間はある。

 趣味でかえってストレスが溜まる人の話も聞いたことがあるが、では、ストレスがない方が良いのかというと必ずしもそうではないようだ。イライラして、ストレスを溜めながら続けるからこそより楽しい、充実した瞬間を迎えることが出来る場合もあるのだ。

 ストレスフリーな生き方を目指す人もいるだろうし、それが悪いとは思わないけれど、ストレスは外部刺激に対する反応であり、その反応は多種多様である。その中から自分が心地よいと感じるものが生まれる可能性もあるのだから、ストレスを忌避してばかりと言うのはもったいない気がする。

 苦しい、辛いと感じたからと言って、すぐにそれを投げ出すのではなく、もう少しだけ付き合ってみるのも良いのではないだろうか。


 本を読んでいてイライラすることもある。独特な言い回しや、周りくどいと思える描写にぶつかると精神的負荷も大きい。いっそ読み飛ばしてしまおうと思うこともあるが、それらを地道に読み進めてこそたどり着ける読後感というものもある(中には本当にただダメな作品もあるが、それはそれで得難い経験であると割り切るようにしている)。 

 

 何にせよ趣味と人との関係とは一見して分かりやすいものではないし、簡単に説明できるものでもない。個人の主観と直結することであるから、他人の評価や視線は気にせず、自分の気持ちと向き合ってみるのが肝要なのだと思う次第。他人にどう見られるか、どう思われるかを念頭に置いて自分の趣味を考えるのはナンセンスであると言いたいわけである。

 趣味は人それぞれであり、そこに高尚だとか低俗だとかいった評価を下すことはないが、趣味は「生きること」と言い切れる人がいるとすれば、その人はこの世で最大の幸福を得ていると言えるのかもしれない。終わり 

 


 


 

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