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SF作家のアキバ事件簿254 こどもの日の奇跡

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/05/13

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第254話「こどもの日の奇跡」。さて、今回は、GWに沸く秋葉原。主人公の目の前で交通事故で娘をかばった父親が即死します。


その日から、死んだ父親の霊が主人公に、なぜ自分を蘇らせなかったと責め立てるようになります。一方、末期癌を患う娘を持つシングルファーザーは…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 聖都をめざせ


GW前のパーツ通り。


人も光も、少しだけ浮かれている。

裏アキバの100円ショップの奥。


若い画家志望の男が棚の前で立ち止まる。


「あっちのイーゼル、取ってきて」


ぶっきらぼうに言う。


黒いメイド服の女の子が、

無言でうなずいて走り出す。


コスプレではない。

裏アキバでは、それが日常だ。


同じ店の店頭では、僕がメモを片手に、

塗料の棚の前で立ち尽くしている。


隣でマリレが腕を組んでいる。

こっちは完全に"制服"のメイド服だ。


しかもセパレートで、妙に風通しが良い。


「テリィたん、早く選んでよ」


せかす。


「何色で塗っても同じでしょ」

「同じじゃない」


僕はメモを見せる。


「色調、光沢、粒子感。全部指定されてる」

「誰の指示?」

「ミユリさん。徹夜で書いたらしい」


マリレが肩をすくめる。


「あらあら。仲直りした途端に姉様、GWナチね」


さらっと言う。


「一応言っとくけど、私は国防軍だから」


マリレは1945年、ベルリンの陥落寸前に、

タイムマシンで秋葉原へ脱出してきた…


いわゆる"時空ナヂス"の"最後の大隊"だ。

彼女は、自己紹介みたいにサラリと語る。


「ミユリさんはさ」


僕は棚を見つめたまま言う。


「僕を巻き込む天才なんだよ」

「テリィたん、あのさ。

 言いなりになってないでさ」


マリレが横からメモをのぞき込む。


「少しは戦えば?」


にやっと笑う。


「大阪で"王様"になったんでしょ?」


僕は答えない。ただ、ため息をつく。

塗料のラベルが、どれも同じに見えてくる。


「ねぇ、マジ早くして」


マリレが言う。


「私、魚屋に行くんだから」

「魚屋で何買うんだよ」

「スピアへのプレゼント」


さらっと。


「最近うるさいのよ。

 GWは"特別なもの寄こせ"って」


僕は少し考える。


「魚屋に"特別"があるとは思えないな。

 こどもの日に手巻き寿司でもやるのか?」


そのとき、外でクラクション。

短く、鋭い。


十字路。

2台の車が、出会い頭に突っ込みかける。


急ブレーキ。


ハンドルを切る。

1台が、弾かれるように店へ向かう。


店内。


黒いメイド服の彼女が、ぬいぐるみを手に取る。

柔らかそうな顔。


次の瞬間。


画家志望の男が彼女を突き飛ばす。

鈍い音。男の体が宙に浮く。


ボンネットを転がり、

路上へと叩きつけられる。


音が消える。


一瞬だけ。


彼女が駆け寄る。声にならない声で。

口が動いている。でも音が出ない。


「誰か!救急車!」


誰かが叫ぶ。人が集まる。輪ができる。

パーツ通りが、一気に現実に引き戻される。


「まだ息がある!」


野次馬の1人が言う。

僕は動く。反射みたいに。


「行くぞ、マリレ」

「ダメ」


即座に返る。


「やめて。ここでやったら…」


低い声。それ以上は続けない。

でも、わかる。


僕が"王"だとバレる。


立ち止まる。

1歩手前で。


そのとき。


黒いメイド服の彼女が顔を上げる。

長い髪。濡れたような瞳。


まっすぐ、僕を見る。


責めるでもない。

ただ…知っている目だ。


僕は動けない。


時間だけが進む。

サイレンが、遠くから近づいてくる。


選ぶのは、今だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。


エアリは休憩中だ。

紙コップのコーヒーを見つめながらつぶやく。


「残されたセフレが気の毒ね」


間を置く。


「でも、自分のセフレを救うために

 自らの命を投げ出すなんて…

 マジ立派なご主人様だわ」


半分は独り言で、半分は僕への当てつけだ。

彼女は、僕のセフレだから。


「ミユリさんは?」


僕は聞く。


「GW用の電飾チェックしてるわよ」


その声と入れ替わるように、ミユリさんが現れる。


「テリィ様」


細い指で、ペイントの缶を僕の鼻先に突きつける。


「これは何ですか?」


静かな声。

でも逃げ場がない。


「こんなお粗末な赤では、

 GWのポップが映えません」


1拍置く。


「私のメモ、ご覧になりました?」

「赤は…これしかなかったんだ」

「テリィ様には、

 一番簡単なお仕事をお願いしました」


微笑む。

逃げられない笑顔。


「それも出来ないとおっしゃるの?」

「出来ない」


即答だ。


「知ってるだろ?」

「でしたら最初からそうおっしゃってください」


こちらも即答。

手の内は読まれてる。


「GWディナーセットな試食の合間を縫ってでも、

 私が参りましたのに」


完全に不利だ。そのとき…

エアリが、ふっと口を挟む。


「そういえば」


何気ない声。


「昨日の事故の人、洪水教徒だったみたい」


空気が少し変わる。


「近くの僧房に住んでたって。

 今夜、聖歌隊が祈りの歌を歌うらしいわ。

 ご遺族のために」


洪水教。


世界が大洪水に沈むとき、 

生き残れるのは方舟に乗った教徒だけだと説く、

新興宗教だ。アキバで流行ってる。


「…そう」


僕は短く返す。そのとき。

視界の端に、何かが引っかかる。


椅子だ。


バックヤードの、少し奥。

そこに。


ちょび髭の伍長が座っている。


古い制服。濡れたような目。

僕を見ている。恨めしそうに。


「お祈り?それは良いですね」


ミユリさんは気づかないまま続ける。


「キャンドルを灯して…」


ふと思い出したように顔を上げる。


「そういえば外の電飾ですけど」


現実が戻ってくる。


「豆電球が17個も切れてました」


さらっと言う。


「全部交換しておいてください」


1拍置いて逃げ場を奪う。


「1つでも消えていたら、嫌でしょう?」


完璧なGW。それが彼女の正義だ。

まさしく、GWナチ。


僕は立ち上がる。ゆっくりと。

そして、伍長の方へ歩く。


「テリィたん?」


背中からエアリの声。


「どうしたの。洗濯でもする気?」


気づくと。僕は洗濯機の前に立っている。

白い蓋。回っていないドラム。


どうしてここに立っているのか、

よくわからない。


「エアリもマリレも」


遠くでミユリさんの声。


「もう少し協力してね」


誰も真剣には聞いていない。

そして…僕は動けない。


「残念だょ、テリィたん」


すぐ後ろで声がする。

振り向かなくてもわかる。


ちょび髭の伍長だ。


「なぜ余を助けてくれなかったのだ」


低い声。静かな非難。

洗濯機の蓋に、自分の顔がぼんやり映る。


僕は、何も答えない。答えられない。

外で、電飾のテストが始まる。


1つ、また1つ、灯りが点く。


だが、その中で1つだけ、

暗いままの球があることに気づく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ディッシュアップカウンター。

小さなベルが、乾いた音を立てる。


チリン。


キッチンのマリレが鳴らす。

すぐに反応する影が1つ。


百合のスピアが、滑るように飛んでくる。


「何?」


短い。


「相談なんだけど」


マリレは少し声を落とす。


「だから、何なの?」

「GW明けまで、バイトが目一杯入ってるの」


1拍置く。


「だから?」


マリレは言葉を選ぶ。


「GWのプレゼントって…

 GW前じゃないとダメかな?」


視線を泳がせる。


「できれば、何日かずらすとか」


さらに小さく。


「GW明けにデートするってことで

 どうかなって」


スピアは、ほとんど間を置かない。


「別にいいわよ」


あっさり。


「いっそのこと、梅雨の前でもいいんじゃない?」


肩をすくめる。


「GWって年に一度の大事な日だけど、

 私たちには関係ないし」


マリレが顔を上げる。


「それでいいの?」


少しだけ救われた顔。その瞬間。

真正面からスピアの視線が刺さる。


何も言わない。

ただ、じっと見ている。


そして、ゆっくり口を開く。


「プレゼントはGW前」


断定。


「それでなきゃ、絶交よ」


軽い調子だが、冗談には聞こえない。

空気が、ほんの少しだけ冷える。


マリレは言葉を失う。

ディッシュアップカウンターに手をつく。


そのまま、動かない。


ベルの余韻だけが、

まだどこかに残っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。

"タイムマシンセンター"。


ランチのデリバリー袋を下げて

スピアがドアを押す。


「こんにちは。ブディ館長?」


少し遅れて、影が動く。

物陰から、ブディが現れる。


汚れた白衣。マッドサイエンティストのコスプレ。

でも、今日はどこか落ち着かない。


「やぁ、スピア」

「ねぇ聞いてよ」


スピアは間髪入れずにまくし立てる。


「マリレったらひどいのよ。私の愚痴、聞いて」


ブディは、別の方向を見ている。


「あいつ、GWのプレゼント買う気ないのよ」


そこでようやく気づく。

視線が合っていない。


「ごめんなさい。ブディ?」

「今、ちょっとまずいんだ」


短い返事。

スピアは一歩引く。


「あ、うん。わかった」


ブディが付け加える。


「それから、ぼくは2、3日留守にする。

 デリバリーも、しばらくいらない」

「ねぇ、何かあったの?」

「いや。別に」


軽い否定。

でも軽くない。


スピアはそれ以上踏み込まない。


「…ならいいけど」


少しだけ笑ってみせる。


「Merry GW!」

「あぁ」


返事は、空を切る。

ブディはもう別のことを考えている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィ警部の家。

テレビの前。


「いいぞ!その滑り…あぁ何やってるの!」


ラギィが叫ぶ。

隣では居候のカレルが腕を組んでいる。


「心と体のバランスが一時的に崩れたのが原因だ」


冷静に言う。


「だから着地が乱れた」

「何?」


ラギィが顔を向ける。


「なんですか、警部」

「ずいぶん立派なこと言うようになったじゃない」


カレルは肩をすくめる。


「僕はただ」


1拍置く。


「世紀末の大洪水に至るビジョンが

 描けてないから失敗したのだ

 って言ってるだけです」


ラギィは一瞬黙る。

そのとき。


ドアが勢いよく開く。


「ねぇ!」


るんるんのメイド服。

ティルが飛び込んでくる。


「秋葉原、すごい騒ぎよ!」


そのままテレビの前に座る。


「どこの御屋敷もGW狙いの商品で人がいっぱい」


ラギィとカレルは、同時に体をひねる。

同じ方向に。


ティルが反対に傾くと、また同時に動く。

まるで磁石みたいに。


「パーツ通りなんて」


ティルは続ける。


「インバウンドのための聖歌で溢れてるし——」

「やったー!」


その瞬間。


2人同時に拳を上げる。


「金メダルだ!」

「ばんざーい!」


ティルだけが取り残される。


「ねぇ」


少しだけ声を落とす。


「私たち、こどもの日とか祝わないわよね?」


ラギィが画面を見たまま言う。


「武者人形ならあるわよ」

「ガレージにプラスチックのが」


ティルは視線を落とす。


「そうよね」


小さく。


「プラスチックで充分よね。

 でも、そろそろ飾っても良い頃じゃない?」


カレルが即答する。


「ここ2,3年、飾ったことないンだ。

 今は物干し台に使ってるし」

「よし、次で逆転よ!」


ラギィが叫ぶ。


「金メダルまでのビジョンを描くの!」


ティルはまだ別のことを考えている。


「じゃあ、ごどもの日のご馳走は?」

「コンビニのちらし寿司」


カレル。あっさり。


「安くて、美味しくて、簡単」

「アリじゃない?」


ラギィがうなずく。

ティルは小さく息をつく。


「よかったわ」


少し笑う。


「私も、こどもの日のご馳走なんて

 食べたことないから」


誰も反応しない。


「行け!行け!」

「ばんざーい!」


また2人が拳を上げる。

テレビの光だけが、部屋を照らし出す。


ティルは、その光の外にいる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「チューブ入り納豆?宇宙食?」


ミユリさんが、眉をほんの少しだけ動かす。


「YES。NASAの売店で売ってた。

 片手で出せるの。実用的でしょ?」


マリレは胸を張る。


「まさか、貴女。それを…

 スピアへのプレゼントにするつもりでは

 ないわよね?」

「いや、それがプレゼントなのです」


さらっと。


「約束してた上限、ちょっと超えるけど」


ミユリさんは小さく息をつく。


「予算を超えること自体は、

 スピアは、決して怒らないと思うわ」


1拍置く。


「でも、納豆チューブを贈るセンスは…」


言葉を選ばない。


「なさ過ぎるわ。

 そんなのなら、あげない方がマシ」

「だ・か・ら!それで去年、失敗したの。

 何もあげなかったから」

「でしょうね」


同僚メイドのエアリが横から差し込む。


「貴女、百合になって最初のGWでしょ?」

「そもそも、GWなんてどうでもいいの。

 みんなGW商戦に引っかかってるだけ。

 バッカみたい」

「今の言葉をそのままカードに描けば?」


ミユリさんは即答する。

さすがにマリレが息を呑む。


「ねぇ姉様」


少しだけ真顔になる。


「何を買えばいいの?納豆チューブ以外で」


ミユリさんは歩きながら言う。


「考えるの」


振り返らない。


「スピアが貴女にとって、どんな存在か」


1拍置く。


「そうすれば、自然に浮かぶはず。

 スピアにとって"心がこもっているもの"で

 自分では買わないものが」


足を止めないまま続ける。


「あぁ、もう行かないと…

 GWのショーの練習、食事会の準備、

 ポスター用のペイントの交換」


遠去かる声にドップラー効果がかかる。

マリレがボソリとつぶやく。


「じゃあね、GWナチ」


ミユリさんがくるりと振り返る。


「何が言った?マリレ」

「い、いえ。姉様、別に」

「では、また」


去っていく。

完璧に忙しい背中だ


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


亡くなった画家志望のアパートには

"洪水教第7僧房"のプレートがかかっている。


長い黒髪の彼女が、動かず立っている。

その前で、教団の聖歌隊がレクイエムを歌う。


先頭にいるのはスピア。


地下アイドル時代の名残りで

歌うバイトをしている。


僕は、物陰からそれを見ている。


「ここで何をしている?」


声がする。目の前に、ちょび髭の伍長が現れる。


「あなたの元カノは、お元気かなと思って」

「元気なはずがないだろ」

「大勢の前で蘇らせるわけには

 どーしても、いかなかったのです」


鼻で笑うちょび髭の伍長。


「でもミユリの時は助けただろう」


僕は息を止める。


「なぜ、それを」


伍長は笑わない。


「今の私には"王"の心が読める」

「元カノの面倒は私が見ます」

「いつまで?」

「元気になるまで」


伍長は首をかしげる。


「彼女が元気になると思うか?

 TO(トップヲタク)を亡くしたんだぞ」


言葉が出ない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(トラベラーズビクス)の前。

僕は意味もなくうろつく。


ドアが開く。


ミユリさん。

心配そうに僕を見る。


「僕たち、友達になるって話したよね」


僕は言う。


「聞いてほしい。友達として」

「もちろんです」


やわらかく。


「おかえりなさいませ、ご主人さま」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


駅前タワマンの1室。


「ここが最後の家よ」


スピアが聖歌隊に言う。


「小児がんの子がいるの。励ましの歌を」


ドアが開く。


「パパ来て!」


幼い声。

奥から出てきたのは…


ブディ。


スピアが固まる。

言葉を失うブディ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


メイド長オフィスはペントハウスで

狭いベランダがある。


僕は、ミユリさんの胸に抱かれている。

かなり現実感の乏しい姿勢で。


「できなかった」


僕は告る。


「人が多すぎた。見られていた。

 ホントは助けられた。

 でも、僕は見殺しにした」

「いいえ」


ミユリさんは即座に否定する。


「事故です」

「彼は命がけで彼女を救った」


僕は続ける。


「でも、そこで蘇らせれば

 ヲタッキーズのみんなが危険になる」


そのとき。


ちょび髭の伍長が現れる。

ベランダの壁にもたれ、腕を組んでいる。


「本心を言ったらどうだ?」


僕の耳元でささやく。

目を閉じる僕。


「違う」


小さく言う。


「その時、僕はみんなのことなんか

 考えてなかった。

 南秋葉原条約機構(SATO)で受けた拷問を

 思い出していた」


ミユリさんが息を呑む。


「また、あれをやられるかもしれないって…

 怖かったンだ。だから助けなかった」


1拍置く。


「僕は、自分のために彼を見殺しにした」


沈黙。


「それでも違います」


ミユリさんは言う。


「テリィ様のせいではありません」


抱きしめる力が強くなる。

その横で、ちょび髭の伍長が聖歌を口ずさむ。


彼は…ベランダの縁をバランスをとり歩く。


「彼は怒っている」


僕は言う。


「どういうこと?」

「見えるんだ」

「亡くなった人が?」


ミユリさんには、見えない。

僕だけが、歌うちょび髭の伍長を見ている。


「どうすれば良い?」


僕は頭を抱える。


ちょび髭の伍長は、両手を広げる。

そのまま、後ろに落ちて逝く。


僕は駆け寄る。


ベランダの縁。

地面には、誰もいない。


「テリィ様、どうしました?」


振り返る。

ミユリさんのすぐ後ろ。


ちょび髭の伍長が立っている。


「私は簡単には消えないぞ」


静かに告げる。


「他に行き場がないのでね。

 よく考えルンだ。

 君は今、何をすべきか」

「テリィ様、私を見て」


現実に引き戻す声。


「ミユリさん」


僕は、訴える。


「僕は…何をすべきなんだ」


第3章 萌える街にあとわずか


ドアノブをひねり、ビニール袋を提げ外へ出る。

毎週水曜日は"萌えるゴミ"の日だ。


路上に、ひとり立つ影。

スピアだ。


「何をしにここへ?」


眉をひそめるブディ。


「何しにって言われても…

 たぶん説明してもわかんない。

 でも、来ちゃったの」


少しだけ肩をすくめて笑う。


「ああ…シドニのことだね。僕の娘だ」


幼女の名はシドニ。


「とても可愛らしいお嬢さんね」

「ありがとう。

 GWの間だけ、一緒に過ごそうと思ってね。

 タワマンを借りたんだ」


「へぇ素敵ね。でも、お嬢さんって…」


言葉を探して、スピアは一瞬詰まる。

ブディがそれを引き取る。


「骨髄癌だ。もう手術もできない」


風が止まる。


「お気の毒です」


唇を噛むブディ。


「君とはいろんな話をしてきたのに、

 これだけは言えなかった。どうしてもね」

「いいのよ。できることなら、

 私、何でもするから」


少しだけ顔を上げるブディ。


「ありがとう。でも、昨夜の歌で充分だ。

 君の声、いい声だね。地下アイドルみたいだ」


スピアが照れたように笑う、その時。


「パパ。王冠がつけられないの」


小さな声。


振り向くと、ドレス姿の少女が立っている。

王女様のコスプレ。


大きすぎるティアラを両手で押さえている。

2人の表情が、一瞬でやわらぐ。


「あなたは誰?」

「スピアよ。貴女がシドニね?」

「そうよ」

「素敵なドレス。パパからのプレゼント?」

「今夜、ミュージカルに出るんだよ。な?」

「うん」


ブディは、そっとティアラを直してやる。


「ほら。似合ってる」


少女は、ほんの少しだけ胸を張る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。


ドアが開き、両手いっぱいに紙袋を抱えた

ミユリさんが入ってくる。


その視線の先。

バンパーを抱えて立っているマリレ。


「なにそれ?」

「熊よけバンパーです」


即答だ。


「それを?」

「はい。スピアに」


満面の笑み。

ミユリさん、無言で額を押さえる。


「私のアドバイス、ちゃんと考えた結果がこれ?」

「だって姉様、完璧に条件満たしてますよ?

 "心がこもってて、自分じゃ買わないもの"」


胸を張るマリレ。


「ベンツ770K、私達があちこちぶつけて、

 ボロボロだったじゃないですか。

 だから新品同然のバンパーを

 廃品置き場で探してきたんです。

 ほら、そろそろ熊も出る季節ですし」

「秋葉原に熊はいないわよ」

「油断は禁物です」


真顔だ。

ミユリさん、深く溜め息。


「わかったわ、スピア。プラン変更。

 私が付き合うわ」

「嫌です」


間髪入れず。


「ショッピングなんて行きません。

 GWで浮かれるなんて、みっともないです」


ピタ、と空気が止まる。


「今、なんて?」


静かに振り返るミユリさん。


「あ。い、いえ、その…」

「年に1度の国民的イベントを、

 普通に楽しみたいの。どこか悪い?」

「いいえ、総統閣下」


右手を上げるマリレ。キレのある敬礼。


「それ、デスラー総統ばんざい、って奴?」

「伝統です」

「どこの」


くるり、と背を向けるミユリさん。


「マリレ」

「はい、姉様」

「あとで覚えてなさい」

「光栄です」


ドアが閉まる。沈黙。

マリレ、ふぅっと息を吐く。


「危なかったわ」


誰もいないバックヤードで、

ボソリとつぶやく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通りにあるコンビニ。

冷凍ケースの前。


ラギィが勢いよく指差す。


「冷凍食品!おお!これさえあれば、

 外食なんかいらないわ。

 テレビの前から1歩も動かずに済む。

 カレル、行くわよ!」


ガサッ、と商品を投げる。

カレルが笑顔で受け取り、カートに放り込む。


「ほら、パスだパスだパスタ。

 これでオリンピックに集中できるわ」


その背後から、柔らかな声。


「あら警部。お元気?」


振り返るラギィ。

顔がぱっと明るくなる。


「エイミ。メリーGW」

「メリーGW、カレルも」


片手を上げて応じるカレル。

その横で、ティルが静かに微笑む。


「あなたがティルね?スピアから聞いてるわ」

「いやだわ。どんな噂ですか?」

「感動的な話よ。

 身寄りのないヲタクを引き取って、

 一緒にGWを過ごすなんて」

「いや、エイミ。そんなんじゃ…」


ラギィの言葉を、エイミは軽く遮る。


「謙遜しないの。あなたのしてることは立派よ。

 まさに"GW精神"って奴ね。

 新しい消費スタイルだわ」

「ええ、まぁそうね」


ぎこちない愛想笑い。完全に押されている。

さらに畳みかけるエイミ。


「ねえラギィ。こどもの日のご馳走って、

 人数が多いほど美味しくなると思わない?」

「そうなんです!ちょうど今その話を…」


ティルが冷凍食品を掲げる。


「これで万全だと思ってルンdeath」

「まぁ、なんてコトかしら!」


エイミは大袈裟なポーズで天を仰ぎ、

予約していた大きな七面鳥を受け取る。


「ねえ、よかったらうちに来ない?

 みんなで食べましょう。私のパイもあるし」

「え、ええ…素敵だわ」

「決まりね。それじゃあ、また」


カートを押して去っていくエイミ。

取り残されるラギィ。手に冷凍食品"贅肉マン"。


「…どういう流れ?」


カレルが小さく溜め息をつく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


裏アキバにある芳林パークの仮設ステージ。

"秋葉原こどもミュージカル"のゲネ。


「さあ、みんな!リハーサル通りで大丈夫よ!」


ミユリさんの声が通る。


王子、王女、賢人、戦隊ヒーロー。

着ぐるみの子どもたちが大きくうなずく。


ステージ脇。


僕はアルトトロンボーンを片手に

ホーンセクションを率いる。


「笑顔でね!いってらっしゃい」


子どもたちが駆け出す。


その背中を笑顔で見送りながら、

ミユリさんとスピアは溜め息をつく。


「でも、かわいそうな話ね」

「涙が止まらなかったわ」


1拍の沈黙。

スピアが顔を上げる。


「私、決めた。ブディとシドニの力になる」


ミユリさんが横目で見る。


「どうやって?」

「そばにいてあげたいの」


空気が変わる。


「それ、どういう意味?」

「ブディって良い人でしょ?

 シドニも良い子。あの子には…母親が必要よ」

「ちょ、ちょっち待って」


ミユリさんの声が低くなる。


「結婚とか、そういう話?」


スピア、言葉に詰まる。


「だって、姉様。うちのママは17で結婚した。

 だからって私も同じことをしたいわけじゃない。

 でも…」


拳を握る。


「このまま何もしないなんて、嫌なの」


ミユリさんは1歩近づく。


「優しさよ、それは。でもね」


静かに、はっきりと。


「"救う"と"奪う"は、紙一重なの」


迷言だ。スピアの目が揺れる。


「親子の時間を、あなたが埋めてしまったら

 それはもう、別の物語になるの」


沈黙。


「じゃあ、どうすれば良いの?」

「寄り添うの。でも、踏み込まない」


スピア、うなずく。


「こんなのないよ…GWなのに。奇跡の日なのに」


その言葉に、僕の指が止まる。


アルトトロンボーンを持つ手が微かに震える。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


子どもたちの歌声。

拍手。笑顔。


その全部が、やけに眩しい。


奇跡の日。


誰かが言ったその言葉が、頭に残る。


僕は何もしていない。

何も決めていない。


ただ、見ているだけだ。


昨夜と同じように。


あの路上で。

あの男を。


助けられたかもしれない命を。


「テリィ様」


ミユリさんの声。

彼女は、まっすぐ僕を見る。


「また"見てるだけ"で終わりますか?」


言葉が刺さる。


「今回は違う」


自分でも驚くほど、静かな声だ。


「今回は、選ぶ」


ミユリさんの目が、わずかに見開く。


「どうやって?」

「まだわからない。でも」


1歩、前へ。


「奇跡って奴があるなら、使いどころは今だ」


遠く、子どもたちの歌声が聞こえる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


芳林パークの"GW仮設ステージ"。

スポットライト。ざわめき。拍手の予感。


マイクを取るミユリさん。


「みなさん、こんにちは!

 ただいまより"秋葉原こどもミュージカル"、

 開演です!」


ステージ上には、王子や王女、

ヒーローに扮した子どもたちがズラリと並ぶ。


袖にはボランティアの母親たち。

ピットには僕が率いるホーンセクション。


「私は本公演のプロデューサー、ミユリです。

 ほかにも老人ホームのGWイベントや、

 GWディナーの企画などを担当していますが…」


1拍置く。


「一部では"ボランティアナチ"とも

 呼ばれています」


"大人の事情"に子ども達はキョトンとする。

ミユリさんは、マリレをチラ見して牽制。


「…はい、前置きはここまで。

 かわいい子どもたちに、大きな拍手を!」


一斉に子どもたちが飛び出す。

演奏が走る。


譜面を追う僕の肩に、そっと手。

ミユリさんが耳元で囁く。


「見て」


顔を上げる。


客席の端。シドニを見つめるブディ。

あの男の顔に、こんな穏やかな笑みがあったのか。


その瞬間。


視界の端に、ちょび髭の伍長が現れる。

僕を直視しながら、にやりと笑う。


「どうする?テリィたん」


音が一瞬だけ、遠のく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


終演後。マリレのアパート。


床に置かれた熊除けバンパー。

コンコン、と叩く音。


「その子を助けたら、何が起きると思う?」


マリレは振り向かない。


「また南秋葉原条約機構(SATO)に狙われるのよ?」

「SATOの特殊部隊は解散した。

 銀の手形の記録もナセドが消してる。

 もう誰も、何も知らない」


1歩、近づく。


「やるのね?」

「今の僕には、やるしかない」


沈黙。

マリレがゆっくり振り返る。


「この1年、私たち何をしてきたかしら」


静かに、でも重く。


「生き延びるために、いろんなもの捨ててきた。

 人間らしさとか。迷いとか。


1拍置く。


「それでもやるって言うなら…応援するわ」

「エアリは、どうかな」

「貴方のセフレはOKだって」


少しだけ肩の力が抜ける。


「ミユリさんは?」


マリレがミユリさんの声色を真似る。


"テリィ様には理由があるのでしょう。

 それがテリィ様のためになるなら、

 それがきっと正しいことです"


マリレが鼻で笑う。


「やれやれ。どうも反対は私だけみたい」


歩み寄る。距離が詰まる。


「どうせ止めてもやるンでしょ」


肩をすくめる。


「だったら好きにして。ただし…」


指で熊除けバンパーを叩く。


「しくじらないで」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのアパート。


テーブルの上に見慣れない御馳走が並ぶ。

ティルが張り切っている。


「カレル、椅子お願いね」

「あ。それは無理だな」

「どういうこと?」

「椅子、これで全部」


2脚。


「食卓に椅子が2脚?」


ラギィがソファから顔だけ出す。


「昔はもっとあったのよ。壊れて減った」

「よくそれで生きてきたわね?」

「そもそも食卓使わないし。

 ソファとテレビで人生完結」


カレルがぼそっと。


「ラギィには、スペアという概念ないんだ」


ティル、振り返る。


「私が1日かけてお料理してるのに、

 トドみたいに寝転んで韓流ドラマ?」

「的確な比喩だな」

「褒めてない!」


1歩踏み出す。


「私もここに住んでるの。

 椅子、あっても良いでしょ?」

「確かに」


カレル、立ち上がる。


「書斎から持ってくるか」

「それとエイミの分も」

「は?」


ラギィが固まる。


「こどもの日のご馳走、

 一緒に食べましょうって誘ったの」

「なんでだよ!?」

「そうでもしないと、2人とも、

 一生そこから動かないでしょ?」


間。


「…いつ来るんだ」


ピンポーン。


「ちょうどね」

「冗談じゃない!」


ラギィ、飛び起きる。


「なんで今まで黙ってたの!?」

「警部、いいから動いて!」


カレルも慌てる。

ゴミを蹴飛ばし、片付け、ズボンを引き上げる。


ティルだけが、にっこり見ている。

深呼吸。ドア、オープン。そこには…


肩出しドレスで、艶やかに微笑むエイミ。


「こんばんは、ラギィ。来ちゃった」


「い、いらっしゃい」

「ありがとう。カード付きの花束、嬉しかったわ」

「カード付きの花束?」


ラギィ、ゆっくり振り返る。

ティルと目が合う。


にこり。


「私も会いたかったわ」


ラギィ、無言で天を仰ぐ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


こどもの日の夜。


窓のロックを外し、僕は静かに室内へ滑り込む。

暗い。だが、武者人形の下だけがぼんやり明るい。


そのソファに。


ちょび髭の伍長が座っている。

当たり前のように。


「容態が悪化した。外神田ERに搬送された」


低く、淡々と告げる。


「どうする、テリィたん」


僕は答えない。

答えは、もう決まっているから。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ドンドン!


「エアリ!」


アパートの扉を叩く。


「シドニが外神田ERへ運ばれた」


「だから?」


間髪入れずに返ってくる冷たい声。


「今から行く。もし僕に何かあったら」


言い終わる前に扉が開く。


「お断り」


エアリは、僕をまっすぐ見る。


「私も行くわ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのアパート。


食卓は笑い声で満ちている。

中心にいるのはエイミだ。


皿を下げようと立ち上がるティル。

エイミが続く。


「あ、私も手伝うわ」

「いいえ、大丈夫です」


ティルは柔らかく微笑む。


「お2人は、いつからのお知り合いなんですか?」

「ああ、長いわよ」


ラギィが得意げに笑う。


「子供の頃から顔は知ってたけど…

 ちゃんと話したのは、

 ラギィが私をバイクで轢き殺しかけた時ね」

「貴女が岩場で寝てたからでしょ?

 しかもボーイフレンドと裸で」

「ちょっと、それ以上は食卓NGよ」


エイミがぴしゃりと遮る。


「で、次に会った時には逮捕されたのよ」

「逮捕!?」


ティルが目を丸くする。


「危険なヒッピー集団だったから。

 保護したのょ」

「違うわ。

 私たちは第一始祖人類の遺跡を守ってたの」


1歩も引かないエイミ。


ティルは、笑顔で立ち上がりキッチンへ。

ローストチキンにナイフを入れる。


「3度目に会った時は、命を救ってもらったわ」

「それ、聞きたい」


ティルが振り向かずに声を投げる。


「大げさよ。ただの火事」

「でも助けたんだろ?」


カレルが隣に立つ。


ティルは無言で手をかざす。

瞬時にチキンは美しく切り分けられる。


「すごいな」

「GW中はどうせ韓流ドラマ三昧だから。

 たまには、ね」


ティルは、リスのように小さい舌を見せて笑う。

うなずくカレル。


「こんな"こどもの日"は久しぶりだ。

 いや、初めてかもな」


食卓では、ラギィとエイミが笑い転げている。


それを見つめながら、カレルが言う。


「最高のプレゼントだよ」


ティルは静かにうなずく。


「私にとっても」


皿を差し出す。


「はい、どうぞ」

「ごちそうね。料理上手なのね」


エイミの言葉に、カレルは、

ほんの少しだけ口元を上げる。


その頃。


別の場所で、誰かが命の境界線に立っていることを

この部屋の誰も、未だ知らない。


第3章 こどもの日の奇跡


外神田ER。夜。

青いスクラブに身を包んだ僕とエアリ。


場違いなほど整えたポマードの髪が、

かえって異物感を際立たせている。


「ノックは合図よ」


小声でエアリが言う。


「1回は"用心"。2回は"安全"。3回は…限界」

ROG(了解)


短くうなずく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


外神田ER。小児病棟。


薄暗い廊下。規則正しい機械音。

僕は1人。病室へ滑り込む。エアリは外で見張り。


ベッドに並ぶ、小さな寝息。


1人が目を覚ます。シドニ。

僕は唇に指を当てる。


「やぁシドニ。これは夢だ」

「…だれ?」

「いい夢。だから、安心して眠って」


ゆっくりと、彼女は目を閉じる。


僕は胸に手を置く。

もう一方の手で髪を撫でる。


…力を流し込む。


記憶が逆流する。

ブディの笑顔。シドニの笑い声。


その奥に。


「どうする?テリィたん」


振り返る。


ちょび髭の伍長が、そこに立っている。

ニヤリと笑っている。


息が荒くなる。

それでも、手を離さない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ふらつきながら立ち上がる。


隣のベッド。

青いパジャマの子供。


ナースステーションから視線。

不審そうな目。


ドアの外。エアリ。


コン、コン。(2回)


"安全"。


僕は、次の子の胸に手を置く。

ちょび髭の伍長は、椅子から立ち上がる。


じっと見ている。


…また流れ込む。


見知らぬ記憶。

笑顔。転倒。泣き声。小さな日常。


歯を食いしばる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


廊下。


「すみません、この部屋は…」


エアリがナースを引き止める。


「見守りたいんですけど」

「それならもう…」


軽くいなす。自然すぎる嘘。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


次のベッド。


ピンクのパジャマの少女。

目を開ける。


「あなた…テニスの王子様?」


一瞬、間。


「いや。餃子の王将だよ」


少女がくすっと笑う。


「おやすみ」


手を当てる。


流れ込む。


…重い。


…深い。


…痛い。


涙が勝手に落ちる。


視界の端で、ちょび髭の伍長が立っている。

今度は笑っていない。


ただ、見ている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


限界が近い。


膝が折れる。

床に崩れ落ちる。


汗が滴る。


外では、ナースがざわつく。


「ちょっと、あの人…」


ガードマンが呼ばれる。

廊下。エアリの視線。


コン、コン、コン。(3回)


限界。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


それでも僕は這う。


次のベッドへ。

手を伸ばす。


「やめろ…!」


誰かの声。警備か、エアリか、自分か。


わからない。

触れる。


…流し込む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ドアが開く。


警備が入る前にエアリが割り込む。

内側から閉める。


カーテンを引く。


「テリィたん!」


僕はもう立てない。

呼吸が壊れる。


「大丈夫なの!?ねぇ!」


外から叩く音。


「開けろ!」


エアリは、目を閉じる。


「…神様、いるなら」


小さく。


「助けてよ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


…静寂。


ドアが開かれる。

警備とナースがなだれ込む。


その瞬間。


子供たちの笑い声。

ベッドの上で、飛び跳ねている。


点滴のチューブを揺らしながら。


「ねぇ見て!」

「できた!」

「わたしも!」


呆然と立ち尽くす大人たち。


窓が半開き。

夜風がカーテンを揺らす。


そこにはもう、誰もいない。


第4章 聖地の聖夜


夜の首都高。


SASジープが黒い流れを切り裂く。

車内モニターに流れるニュース。


"子供たちの奇跡的回復"


インタビューに応じる母親。


「この子も突然、癌が消えたんです!

 こどもの日の奇跡です。きっと神様が…」


映像が切り替わる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


"マチガイダ・サンドウィッチズ"。

僕達のアキバの居場所(アドレス)


壁掛けモニターを見上げるYUI店長。


「大した奇跡だな」


腕を組む。


「まあ、どうせ新薬の実験台にされたンだろ」

「YUIさん、そこ押さえてて」


ミユリさんは手元から目を離さない。

リボンを結ぶ指先は一切迷わない。


「でも全員よ?

 しかも"末期"って言われてた子ばかり」


横でエイミが息を呑む。


「ありえないわ」


エアリが、そっと僕の肩に手を置く。


「しかもね」


エイミが続ける。


「みんな、同じ"手形"があったんですって」


一瞬、沈黙。

ミユリさんが顔を上げる。


「はい、ここ押さえて」


そして、さらりと言う。


「これで無神論者のテリィたんも、

 今夜のミサには来るでしょう?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。


「ヤッホー!タイムガール!」


スピアが飛び込んでくる。

エアリが慌てて布をかぶせる。


…遅い。


「なにそれ」


にやりと笑うスピア。

布を引く。


現れる。ピカピカに磨かれたバンパー。

マリレ、頭をかく。


「まだ乾いてないけど」


「これ、車の?」

「そう。あんたのベンツ用」


一瞬の沈黙。


「最高じゃない」


スピアが笑う。


「ちょうどボロボロだったのよ」


マリレ、勝ち誇る。


「でしょ?」


スピアが近づき、頬にキス。


「ありがとう。Merry こどもの日」


1拍置いて、プレゼントの山を指差す。


「で、本命どれ?」


マリレ、固まる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


山を漁る。

カード付きの平たい箱を掴む。


ポストイット。


"just in case / LOVE こどもの日ナチ"


剥がす。中から本カード。

満面の笑顔で振り向く。


「Merry こどもの日!」

「わーい!」


破る。祈るマリレ。

中は…小さな真珠だ。


沈黙。


本物(モノホン)?」

「当然でしょ?」


声、少し裏返る。

スピア、静かにマリレの膝へ。


「こんなのいらないのに」


抱きつく。


「でも、もらう」


キス。


「幸せだから」


マリレ、力が抜ける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ペントハウス。夜風。


窓から入る僕。

振り返らずに言うミユリさん。


「行きましたね。病院」

「うん」


少し間。


「もう大丈夫?」

「ああ」


振り向く。


「どうして、全員助けたんですか?」


僕は考える。


「1人目を助けたら、隣が見えた」


それだけだ。

ミユリさんは静かにうなずく。


「ご立派です。でも…

 これで終わりにしてください」


目を伏せる。


「世界には理由があります。

 私たちは神じゃない」


顔を上げる。


「今夜、ミサに?」

「行かない」


即答。


「僕は神を信じてない」

「そうですか」


微笑む。


「Merry こどもの日」


僕は窓から去る。

風がカーテンを揺らす。


「Merry こどもの日、テリィ様」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜のパーツ通り。


先を歩く、ちょび髭の伍長。

振り向かない。


「大丈夫だ。あの家族は」


声が震えてる。


「強い女だ。俺がいなくても…やっていける」


僕は1歩、近づく。


「何かあれば、力になります」

「ありがとう」


少し笑う。


「でもな。もう行け」

「どこへ?」

「家だよ」


立ち止まる。


「こどもの日は、家族と過ごすもんだ」


歩き出す。


「これからも、ずっとな」


そのまま、消えて逝く。

窓の中で、誰かに手を振りながら。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


こどもの日のミサ会場。


光。歌声。

SASジープから降りる僕たち。


ブディがシドニを抱いている。

その肩に手を置く。


マリレが、僕に楽器ケースを渡す。

両手で背中を推す。


ステージへ。

ホーンセクションに混ざる。


仲間たちが指差す。

隣に、ミユリさんが来る。


「テリィ様。神を信じないんじゃ?」

「ミユリさんを信じてる」


1拍置く。

横からスピア。


「テリィたん、幼女に甘いよね。

「違う。僕は巨乳主義だ」

「何ですって?」


次の瞬間。


閃光("雷"キネシス)


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


僕は黒焦げだ。


でも


音楽は、止まらない。



おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"聖夜の奇跡"をテーマに、シリーズ中の"ほのぼの回"を描いてみました。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、GWに沸き立つ秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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